3月5日より個人コンサルイベントを大宮で行います。

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新刊『昨日まで日本を愛していた』執筆中

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「変な批判しながら、脱がさないでよ。帰れない」
「ヤリマン、何人くらいとやった?」
「今どき、ヤリマンなんて言わない。ビッチでしょ。三十人くらいかな。フェラだけとか含めるともっと多い。寝取りの経験はないけど、3Pはある。男たちとカラオケボックスからラブホに流れ込んだ。最悪だ」

「帰らなくていいよ」
 友哉は利恵の手を握ったまま、彼女をまたベッドに引きずり込んだ。いったん、スカートを穿いた彼女のそれを脱がせ、全裸にしてしまう。
「カラオケボックスをラブホ代わりか。若気の至りとはいえ、そんな女を結婚対象にする男は、自分に自信がない、何もかもあきらめている男しかいない。またはセックスできれば、どんな女でもいい男かな」

 利恵は唐突にそう言った。
「またカミングアウトか。どうぞ」
 優しく笑うと、安心したのか、
「カラオケボックスをラブホ代わりにするようなセックスをずっとしてた。いろんな男たちと。知り合いが連れてきた知らない男もいた」
と言って、すっきりしたのか帰り支度を始める。

「お金をもらったことは気にしないでいいよ。俺が独身なのに愛人って言うな。付き合い方で見ると、ゆう子の方が愛人っぽいぞ」とジョークも混ぜながら慰めたが、利恵の涙は止まらなかった。松本涼子の存在に怯えていることを友哉は知らなかった。
「ゆう子さんとのホームパーティー、最高に楽しい。あなたと別れたくない。だけど、わたし、カミングアウトするから今日、別れてもいいよ」

 さすがに疲れたのか、月曜日は三人は会わずにいたが、火曜日に夜に、友哉が常宿にしているホテル・インディゴ東京の部屋に利恵がやってきて、フレンチのディナーに舌鼓をし、そしてベッドに入ると、
「もう会社をやめて、完全な愛人になる」
 利恵はそう言って、なんと泣き出した。
 恋人ではなく、愛人としか言えないことに泣いたのだと友哉は思い、

「おかしいな。休んで一年も経ってないのに見捨てられたか」と力なく笑うと、「ゆう子さんは真面目な社会貢献をしたらスポーツ紙の一面トップよ」と利恵がバカにして友哉を爆笑をさせた。

 トランプやウノの罰ゲームでは、友哉がゆう子の前で好きな女優の名前を言わされたり、利恵が友哉から奪った一億円のうちの一千万円が没収されたりした。ゆう子の罰ゲームはマンションの前にいるパパラッチの前に行って「勝訴」と書いた紙を見せてダッシュして帰るという過酷なもので、なのにゆう子はそれをやってのけた。これまでもマスコミの前でふざけていることが多かったようで、カメラマンたちがシャッターを切らなくて、ゆう子が、

 友哉が常宿にしているホテル・インディゴ東京の部屋に、さっきまで利恵が遊びにきていた。
 ゆう子のマンションで倒れたあの日から五日経っていて、友哉が起きると涼子は帰っていて、いなかった。
 翌日から日曜日までは、予定通りにゲームやセックスに興じ、三人はとても仲睦まじく大いに楽しんだ。

第十三話 ずっと、あなたが好きだった

『第十三話 あらすじ』
「利恵を愛するために涼子との関係を清算しようとする友哉だが、元米兵幹部に狙われ、元カノのセクシー女優、奈那子も謎の男たちに狙われる。ストレスで怒り心頭の友哉をサポートするため、トキの側近たちが遂に動き出す。」

line近寄ることもできない。あんな欲のない女に…
 ゆう子は足が震え、思わずしゃがみ込んだ。
「お邪魔しました。なるべく、来ないようにします」
 涼子は呆然としているゆう子に会釈をして、部屋から出て行った。

第十二話 了

「魔が差したんじゃないです。わたしがそういう性格の女なんです。一回しかセックスはしてないけど淫乱な性格なんです。イケメンの彼にキスをされて緊張もしなかった。やりたかったんですよ。それをあの人に正直に言って土下座して復縁してもらうよう頼みます。それでだめなら諦めます。でも好きでいたい。親を失った小鳥みたいに森の中の巣で、ずっと待ってるの」
 ゆう子は廊下の影から、涼子を見ていた。そう、悪女と少女は同類…

「見た目が女子高生。しかもアイドル歌手よ。わたしは二十六歳の一般人なの。わたしの気持ちは、ゆう子さんにも友哉さんにも分からない!」
 利恵はそれだけを言い放ち、リビングに戻った。
 涼子が帰り支度をしている。

「しかも、あの子、わたしたちが愛人みたいにいることを許してくれそうもない」
 ゆう子は黙って頷いた。利恵に同意してやまない。
「だけど、友哉さんはわたしを…わたしたちを見捨てないよ」
「あんなに副作用がきつくて? あんなに若い美少女から誘惑されても?」
「彼女、二十歳だから少女じゃ…」
 ゆう子もパニックなのか論点を変えようとする。

 ロスからの機内での会話だった。彼が疲れていたとはいえ、半ば本気にも見えた。行方をくらますには十分すぎるほどの金も持っている。
「そ、そうだ。寂しそうに海亀が見たいって言ってた…」
 ゆう子が呆然とした面持ちで、ロスのバーでの彼の言葉を思い出した。郷愁にとりつかれたような顔だった。温泉ばかりが嫌になったと言ったのも涼子のことがあったからで、だけどその涼子が帰ってきた。

「涼子ちゃんにあっさり取られるよ。魔が差した浮気を自覚されたら、もう向こうは完璧。スニーカーにしか興味がない清貧な美少女なの、あの子は。わたしなんか、これまでは金、金、金なの」
と、言った。言葉はとても俗っぽいが、その声は真剣だった。
「それに友哉さん、この仕事が終わったらさっさと南の島でゆっくり暮らすって言ってたから涼子ちゃんとどっかに消えちゃうかも」

 思わず涼子の言葉を止めるゆう子。利恵が、「お父さん?」とゆう子を見た。
「ごめんなさい。利恵さんが知ってると思って。業界では噂になっていて…」
 涼子は申し訳なさそうに言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、わたし、友哉先生と復縁していいですか。あのひとが嫌がったら消えますが…。汚い女ですよね、わたし…」
 その言葉にゆう子と利恵はひどく緊張をした。二人とも、言葉を失った。
 利恵がゆう子を洗面所に呼び、

と、ゆう子を見て言った。利恵の顔は、「あんたが自分の話をはっきりしないからそう決めつけた」と言っている。
「そうよ。二人とも友哉さんと結婚はしない。わたしは他の誰とも」
 ゆう子は目を伏せて言った。利恵から目を逸らしたかっこうだ。
「ゆう子さんはお父様のことが原因なんですか」
「あ、それは言わないで」

「わたし結婚はしない。意地っ張りかも知れないけど、一回別れた時に手切れ金を寄越せって言ってしまったの。手切れ金って言い方はしなかったけど、似たようもの。たまに過激なセックスする代わりにお金をくれって言ったの。でも仲直りしてくれた。ずっと愛人みたいにいると思う。ロスで一回別れた時、死にそうなくらい辛かった。もうあんな思いはしたくないんだ。ゆう子さんは、三年間は秘書兼愛人なの。そうだよね?」

「わたしも三人でセックスとか無理です」
 涼子がポツリと言う。
「うんうん。そんなことはしなくていいの」
 ゆう子が彼女の肩を撫でた。
「お二人はどうしてセックスだけなんですか。友哉先生とは結婚したいとか考えないんですか」
 すぐに利恵が、

「きっとマリー解かれた反動で、一瞬、記憶が飛んだけど、他の男の人とセックスしたら甦ったのね」
 ゆう子がそう見解を言うと、利恵が黙って頷いた。
「どうする? チャーリーってあのお爺さんが、それならそれで問題はないって言ってたけど、三人で付き合うわけにもいかないよね」
 利恵はひどく動揺していた。自分が切り捨てられるとでも思ったのだろうか。

「おかしいな。あなた、小学生の頃は友哉さんを嫌がっていたんじゃないの。なんていうか、怖い大人の人が、あなたのお父さんといつも一緒に飲んでいるって」
 友哉と松本航は互いの家で一緒に酒を飲みながら、仕事の話をしていたのだ。
「お父さんよりもかっこいいなって思ってた」
 ゆう子と利恵は息を飲んだ。それでは、利恵がマリーを解除された後と同じだ。涼子の気持ちは変わってないのだ。

 利恵は、ゆう子の顔を思わず見た。
「友哉さんを好きって思ってるの?」
 ゆう子が、座ったまま涼子ににじり寄る。
「温泉に行った思い出とか、すごく愛しくて…。その人に抱かれた後、その人じゃなくて、友哉先生と会いたくて会いたくて…」
 それで友哉さんを探していたのか。ゆう子と利恵は顔を見合わせた。

しかもあんたの場合、昨日の今日。さらに友哉さんはあなたの処女を守っていたんじゃないの。よく知らないけどね」
と、たしなめる。涼子ははっとした顔をしたが、すぐに
「すみません。そんなつもりじゃなくて。その人とセックスをした後に、友哉先生のことを思い出して…」
と言い、泣きはじめた。
「モンドクラッセなんです。好きなひとがいるホテルで別のひととやってしまったって…」
「え?」

「違います。自分で自分を傷つけたんです。適当にセックスをしてしまって」
「さっきの彼氏の話ならそれはこのこととは別のことでしょ。あなたの新しい恋愛かな」
 利恵が言うと、ゆう子は少し涼子を睨みながら、
「他の男性とセックスしたことを結婚を誓った人に言いに来るなんてどうかしてるよ。よく元彼に再会したら平気で他の男性とのセックスを言う女もいるらしいけど、それに気分をよくする男性はほとんどいないと思う。

「惚れクスリみたいなのを解毒されたから、友哉さんへの気持ちがなくなったの。わたしたちが謝ることじゃないけど、長い間、友哉さんを好きでいて、その感情がコントロールされたことだったのは申し訳ないと思っている。巻き込んだ形になった。ごめんね」
「傷ついた」
 涼子が俯いたのを見て、
「うん。ごめんね」
と、今度は利恵が言った。

「それは晴香ちゃんとあなたを仲良くさせるためのもので、晴香ちゃんと今、どうなっているのか分からないけど、成田空港の事件の後で、そのクスリを解毒させたの。この前、あなたがオーパスワンがないから帰るって言った時よ」
「わたし、友哉先生とゆう子さんの本当の関係が知りたくて来たのに、急にどうでもよくなったような気がするんです」

「わたしが聞いた話では、あなたが中学生になるかならないかギリギリくらいの頃に、ある人たちが、あなたに友哉さんを好きになるクスリを与えたのよ」
 ゆう子と利恵は、涼子を早く帰すために、本当のことを教えることにした。

「おいしいからdots
「おいしいわけない。少し怒っていいんだよ」
 ゆう子が言うと、「怒ってばかりだから、自重してるのに」と、友哉は目を伏せた。少し元気になってきたのか、ゆう子の体をベッドの中に引き寄せる。腕力だけは尋常ではない。
「ゆう子の体は温かいな」
 そう言って、また眠ってしまった。

 利恵もまだ男性に愛されたことはあまりないかも知れないが、これからの歳だ。いや、利恵は友哉が懸命に愛している。だが、友哉はもう四十五歳。利恵が本当にお金ばかりに目を向けている女なら、まだ一度も女に愛されたことがないかも知れないのだ。
「わたしのレトルトのカレーになんで怒らないの?」
 ゆう子の問いに、友哉は目を少し丸めた。

『目の前、目の前』が口癖なのはそのせいか。テロで殺されていく女たちは、彼にとって蒸発した母親だから、目の前のわたしたちのためにしか動きたがらない。
 利恵がセックスだけでも目の前にいればいいんだ。そんな利恵が戻ってくるとは思ってなかったから、あんなに嬉しそうだったのだ。お金を渡して別れるつもりだったのは、女の体が目当てでもない証拠だった。

 母親は、息子の彼を嫌って愛人の男と蒸発。つまり母親の愛も知らない。父親はその後年病死。そして結婚した妻には見捨てられている。その時になぜ涼子がいなかったのかは分からないが、それにもめげずにお金を欲しがった利恵にもとても優しい。母親に棄てられた男の人がこんなに女性に優しくできるなんて。わたしの命と自分の命を交換するような口振りも信じられないくらいの女への愛。もちろん、それは目の前にいる女だけdots

 友哉の目が湿っていて照明の灯りで光っていた。
line泣いてる。友哉さんが…
 ゆう子は自分が驚いている表情を隠すために、母親のような微笑みを作ったまま、息を飲んでいた。涙を流さないのは、彼のプライドか、泣きすぎたから涙が出ない。
line両方だ。もう答えは出た。わたしと会う前に、もう死ぬほど泣いた男性なんだ。記憶の映像は泣いてばかりのシーンはカット編集。そりゃあそうだ。トイレも男性が自分で慰めるシーンも見えなかった。

line母親、奥さん、父親が嫌いで出て行った姉、恋人。皆、彼にナイフを突き刺す。そんな仕打ちを受けるような悪人じゃないのに。むしろ、優しすぎるくらいだし、頭もよくて仕事もできる。さっぱり分からない。まるでヨブ記の世界だ。無理に良い解釈なんかできない。皆、天才に嫉妬してイジメてるだけだろ。それに今はもう天才じゃない。弱くなってるから優しくしてやれよ。桜井さんも利恵ちゃんも、無理を頼んだり、自分勝手だったり。

lineなんなんだ、いったい。律子といい涼子といい、悪女が付いて回っているような男だ。因果応報というやつか。だったら、友哉さんが昔に何か悪いことをしたのか。せめて涼子ちゃんが処女のままだったらマシだったのに、復縁をせがんだ時は処女で、彼が迷っているほんの少しの間に他の男とやったのか。まるでとどめを刺したかのようだ。

友哉さんは、女たちのするセックスに対するこだわりはそれほどじゃないから、その裏切り行為がまた絶望なんだ。しかも大切に守っていた少女。やっぱり友哉さんが守っていた処女だったことも問題か。
と思う。友哉には気づかれないように、「戻ってくんなよ」と、ゆう子は侮蔑するように小声で呟いた。

「あいつ、再会した時に処女だって言ってたのに他の男とやったんだな。驚いて急に眩暈がした」
と呟いた。ゆう子には男性の心理は分からなかったが、
line処女だった婚約者の女、いや少女が、浮気をしてその男の体液を残した生々しい体のまま戻ってきた状況か。誠実に接して抱かなかったら他の男にやられたのか。

「わたし?」
 また手を握る力を強める。言葉にできないのは迷いがあるのだろう。ゆう子はそれが分かり、
「ずっと離れないから、あのパーティーの後に考えようね」
と言った。
「そうか。二人とも生きていて愛になるなら嬉しいな」
 まるで天涯孤独な子供のよう。まさに別人だった。
 友哉は一呼吸置いた後、

「してたよ。あいつが十五の時に結婚することを約束した。子供だったけど、あいつは真剣で、俺は愛に餓えていたからとても嬉しかった。それが事情があって離れることになって、それから四年間、ずっと待ってた。男が待つのは恥ずかしいか。途中会えない事情があった。だけど、あいつはマリーの力の愛だった」
「きっと涼子ちゃんみたいな人が、また現れるよ」
 ゆう子がそう励ますと、友哉はゆう子の右手を握った。

いや、成田空港での会話も忘れるはずはないから、事故のショックの記憶喪失ではなくて、極度の鬱で、嫌なことや難しいことを次々に忘却しようとしているのか。成田でも饒舌に語っていたのに、急に、「女は性欲処理でいいんだ」と単純明快な俗な話に切り替えていた。
「涼子ちゃんとは結婚の約束はしてたんだよね」

「わたしや昔の彼女たちや愛人みたいな女の子に語っていたよね」
「知らない」
「初めてわたしに会った時に、飛行機に乗る前にわたしに話したよね」
「覚えてない。問い詰めないでくれないか」
「あ、うん、ごめんね」
line記憶喪失? さっきの若い男の子のブルゾンの話も。

「愛したのは律子さんと涼子ちゃんなのね」
「律子dots涼子? 俺たち、どんな付き合いだったのかな」
 友哉が首を少し傾げた。真顔だった。ゆう子は何か嫌な予感がして、
「友哉さん、成田でした時間の話、覚えてる?」
と訊いてみた。
「時間? また妻に会いたい、の中に書いたよ。きっと、あの世には時間がないから」
 小説のタイトルを口にした。

 ゆう子はそう考えるが、友哉が口を閉ざしたから訊き返せない。AZでは無断で友哉のメールは覗けない。
「こんなことしているのに、すまん。誰も愛したくない」
「いいのよ。あなたの恋愛は休戦中。小説の仕事もそう。今はゆっくり休んで」
「うん。やっぱり足がいいな。太もも」
「こんなになってもわたしの巨乳は嫌か。巨乳ってほどじゃないし」
 ゆう子はそう口を尖らせながらも、健康的な太ももの隙間に友哉の右手を挟んだ。

「嫌がらせや裏切りや…。そんなのばかりだ。なんてストレスだ。でも、そそると考えれば楽になった」
と、よく意味が分からない言葉を作り、弱々しく、
「ゆう子のおっぱい」と言った。
「え? あ、うん。触っていいよ。いっつも自由に触っていいのよ。あなたの玩具だよ」
 力なく手を伸ばす友哉。まるで死にかけている病人のよう。でも臓器に異常はない。
lineメールってなんだろう。誰かからの嫌がらせ? そそる? 猥褻なメール?

「皆、死んでいった。皆、油断していた。体調がそれほど悪くないと、俺は平気だと錯覚するんだ。トキの時代の戦争だ」
「うん。そうらしいね」
 具体的には知れないが、AZの話からの説明で安易に想像できた。
「利恵は、どうしたらずっといてくれるかな」
「え?」
「なんで、変なメールが来るのかな」
「変なメール?」
 ゆう子は首を傾げていると、

lineそんなことがずっと続けられるスーパーマンがいるはずないのに。PPKのdotsRDの誤発射が怖い。本人は気づいていたのか。疲労感だけではなくて、鬱状態になって自殺させようとする副作用に。なんとかしないとだめだ。
「わたしも利恵さんも絶対にいなくならない。それに、そんなに辛くなるのに、なんで涼子ちゃんを元気にさせたりするの? 休んでてって言ってるのに」
 ほんの少しだけたしなめる。
 友哉は、何も言わずに首を振った。だが、しばらくすると、

 呆然とした目つきで呟き続ける友哉。
lineやっぱり評価が高すぎるよ、トキさん。わたしも楽観していた。あの友哉さんがこんなに弱まるなんて。わたしに感情的に食って掛かるなんて。戦うのが上手だから、まさに楽観していた。
 トキさんが、「副作用はかなり辛い」と言っていたが、テロリストや公安の警察官を平気でやっつける男が、こんなに弱化するのだ。相当の苦しみに違いない。トキさんの世界での禁止薬物だけのことはある。スポーツカーを運転するのが辛いと言い出した時に気づけばよかった。わたしが凶悪犯をやっつけたいと思って、無理にやらせてしまった。

「俺の話を聞いてなかったのか。この命はおまえを助けるために三年持たせるんだ。おまえを助けるその時が、俺のつまらない人生の最大の楽しみだ。副作用の愚痴も今日でやめるよ」
「つまらない人生?」
 ゆう子はほっとしたが、「つまらない人生」と言った友哉に驚いた。「絶望」よりどこかリアルだった。
「あと、二年ちょっとか。闇の中に堕ちていく感覚が突然やってくる。突然だ。闇の中に死んでる女たちがいるんだ。八つ裂きにされた晴香、おまえ、利恵、涼子、知らない子たちdotsそんな悪夢さえ見えなければな。ようは自殺させようとする副作用があるんだ」

 友哉が起き上がる勢いでまくしたてたから、ゆう子が思わず頷いた。声を張ったせいか、友哉がまたベッドに沈み込んでいった。
「わたしを助けるのを止めて、ガーナラを解毒してもらえば」
 ゆう子は本心ではないことを口にした。死にたくない。死ぬことが決定している未来をこの男性に助けてもらいたい。けれど、こんなに辛いなんて。複雑な心境になり、目の前の愛する人の答えを待った。友哉の唇が動くまでのほんの数秒の間が、ゆう子には死刑か無罪の判決を下される瞬間になった。

「そ、恥ずかしくてまた絶望するね」
 友哉はくりすと笑い、
「このまま副作用に耐えていれば、パーティー会場でおまえを狙うテロリストかストーカーなんか秒殺だ。わかるか、ゆう子」
とまた声を荒げて言った。
「う、うん、ありがとう。秒殺ですね。じゃあ、二人とも死なないんじゃん」
「俺の話はパーティーの日までに副作用に耐えられるかって疑問だ」

「いい加減にしてよ」
 ゆう子が、優しい瞳に涙を滲ませた。
「わたしの希望はあなたよ。生きているあなた」
「パーティーが終わっても俺がずっと生きていたら何がしたい? 贅沢なデートか、セックス三昧か、結婚、離婚の繰り返しか」
「女に酷い目にあってきたからって八つ当たりしないで」
「八つ当たり? 何がしたいのか聞いただけだぞ」
「ペアルックでデートかな」
「ペアルック? この歳でか」

「どうでもいいんだよ。俺の命なんか!」
「な、なに言ってんの?」
「絶望の数だけ命は不用になっていく。それ以上の絶望には人は耐えられない。その不用な命は絶望していない人の寿命を延ばすために俺は使う。おまえは人生で何回、絶望した?」
「えdots。に、二回かな」
「一回は母親のことか。もう一回は何か分からないが、三年後に死ぬのが決まっている女の顏には見えない。つまり、まだ希望がある。その希望に俺の命を使う。どうだ。いい取引だ」

と呟いた。
「じゃあ、未来人じゃないのね。うーん、なのにガーナラの副作用を知っている。あら不思議」
 ゆう子が茶化すと、
「思い出せない俺が悪い。もっと集中しないと、副作用が増す原因になっている」
と言い、また歯を食いしばった。
「頑張り屋さんね。だめだよ。寿命を縮めるよ」
「寿命? それならおまえの方が大事だろ」
 語気を強めて言う。ゆう子は驚いて、体を固まらせた。

「場所が山奥なんだ。周りが森林で。だけど、俺はトキと出会ってから、おまえに成田で会うまで街中しか行ってない」
「じゃあ、涼子ちゃんと行っていた温泉街ね。トキさんと会う前にもあなたと涼子ちゃんに、彼らは接触していたようだから。それも忘れているのよ」
 友哉は首を傾げると、
「トキの仲間じゃない。この時代の服を着ていた。青いブルゾン」
と言った。続けて、
「俺が持ってるブルゾンに似てる」

TOPページの画像、毎日更新。
写真インスタはtakeru0502rd

「いや、誰かが止めた方がいってdots
「え? いつ?」
 ゆう子が目を丸めた。
「若い男が、女がいなくなったら大変だって。誰だったかな」
「友哉さんは、わたしと成田空港で出会うまでに、トキさん以外とも会ってるのね。だけど、副作用がきつくて忘れたんだと思う」

 歯がかすかにガチガチ鳴っている。体の震えを堪えていると喋りにくいようだ。そういえば、友哉が疲れると滑舌が悪くなるのを、ゆう子は思い出した。
「頼っていいの、わたしたちに。ね、ハードボイルド友哉さんのプライドは捨てて」
「ありがとう。これでも頼っているつもりだ。トキdotsトキの奴、副作用のことはdotsそうか、俺が平気だって言ったのか」
「そうなんだ。売り言葉に買い言葉ね」

「いや、苦しいのか。死ぬのは怖くない。自殺もしない。暗闇に落ちるような感覚の副作用が怖い。なんなんだ、これ」
 友哉が歯を食いしばっている。今、この時間も頭の中が深海のような色なのだろうか。
「分かってる。ひどい薬だよね、ガーナラって。でも女がいれば大丈夫。実際に回復するじゃない」
 ゆう子が優しく声をかけ、そして友哉の下半身に手を伸ばした。
「くそう、ゆう子がいないとdots利恵がいないとずっとこんな体だ」

 ゆう子はそう言って、ショートパンツを脱ぎながら、
「下手くそで悪かったね。じゃあ、なんとかして優しく愛撫するよ」
と笑った。
「違うんだ」
 友哉がじっとゆう子の目を見ていた。
「怖い」
「怖い?」

 友哉の胸を愛でるように擦っていると、友哉が目を開けて、
「まだ涼子はいるか?」
と言った。
「いるよ」
「声が聞こえるかな」
「リビングに? 大丈夫よ。安い部屋じゃないから」

「飲むんじゃないけど、まあいいか。うーん。たぶん、晴香ちゃんが八つくらいの時かな。あなたが中学生の頃。そのクスリを与えられたあなたが、友哉さんと温泉に行ったの。きっと、宿に籠もるタイプの作家の先生だから、わたしも一緒に温泉に行きたいとか我儘を言ってたんだと思うよ」
 利恵はそう言って、
「わたしはよく知らないから、ゆう子さんに訊いて」
と寝室を見て言った。

 寝室にはゆう子だけが残って、利恵が涼子をリビングに引いていった。
「あなたが友哉さんを好きだったって気持ちは、クスリを与えられた感情で、もう忘れてくれないかな。媚薬みたいなクスリよ」
 ソファに腰を下ろした利恵が、疲れた面持ちのまま言う。
「クスリ? それを飲まされたのはいつですか」

と叫ぶ。利恵が慌てて駆け寄ってきた。
「だから、涼子ちゃんは入れない方が良かったのよ」
 ゆう子が言うと、利恵も悩ましい顔つきになる。
「あんた、友哉さんをベッドに運ぶから手伝って」
 涼子に言うと、彼女は神妙に頷いた。
 気絶している大人の男は重く、すぐ横の寝室のベッドに乗せるだけで、二十分もかかってしまった。

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トップページのポトレ写真、
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「車の中で着替えさせておいて、ラブホに行かないってケンカした。思い出した。お父さん、公認で婚約してたんだ。なのになんで、抱いてくれなかったの? なんでわたしが彼とデートしている同じホテルにいたのよ。バカ!」
「モンドクラッセのこと? そういう話は友哉さんにしないでくれないかな。彼、疲れてdots
 利恵がそこまで言ったところで、友哉が大きな音を立てて廊下に倒れた。
 ゆう子が、
「ほら! 変だと思った」

「なんか、だんだん思い出してきた。晴香が寝た後とか、一緒に寝たよね」
「添い寝だよ。気にするな」
「あー、思い出した! 車の中で裸になったし、ディズニーシーも行った!」
 また大声を出す。隣に立っている利恵は呆れた顔で涼子を見ていたが、ゆう子は、息切れをしている友哉の様子がおかしいような気がして、彼ばかり見ていた。

 利恵がまっすぐに涼子の目を見て言うと、涼子はまるで歳の離れた姉を見るような顔で、神妙に利恵を見た。
「友哉先生、わたしのことはなんて呼んでたの?」
 玄関の土間に立ったまま、涼子は嗚咽をもらしながら言った。
 ゆう子が、「マリーを外したのに変だよね」と、友哉に耳打ちする。友哉も首を傾げた。
「涼子」
「呼び捨てだったの?」
「そうだ。涼子と晴香」

 利恵も同じように頬を緩ませたが、「ラリってるのかも」と、得意の古い言葉を口にしながら、すぐに涼子を見に玄関に行った。
 少し開けると、涙を飛ばしながら涼子は強引に中に入ってきた。
「なんだ。今度は泣いてたのね」
 利恵がたしなめるように言う。泣いたら、入れてあげるわけじゃないという意味だろう。
「怒ったり泣いたり、いい加減にしなさい」

「元気になる光、与えすぎたんじゃない?」
 利恵がそう言うと、
「ほんの少し、病院の痛み止めに使う医療用麻薬も入れたのが失敗だったか。でも、そこで寝ていられても困るじゃないか。俺だって、今日を楽しみにしてきたんだ」
と、友哉が言った。珍しく感情的になっている。
「楽しみにしてくれてるんだ。嬉しいな。さっき、恋人って言ってくれたし」
 ゆう子が体を左右に揺らしながら笑っている。

「いつの間に恋人、作ってんだ!」
 大きな声を出した涼子を、なんと友哉は玄関の外に放り出した。
「すごーい。昔のお父さんみたい」
 ゆう子が感心して手を叩いた。
「あいつとは昔からこんな感じだ。しかも、いつの間にとか言ってるよ。別れてから四年以上だ」
 ところが父親のような威厳に効果がなかったのか、涼子はさかんにドアを叩いた。

【告知】新しいTwitterは、
@yamamiya_r1289です。

【告知】Twitter半凍結でアカウントを削除しました。新しく小説の名義でやります。

「会ったその日から淫乱だったから、素質はあったんじゃないか。下手くそだけどそれがそそる」
「下手くそだから淫乱秘書に徹してるの。自分からしてるの」
 今度はゆう子が間髪入れずに言うと、友哉が、
「利恵に変なところで対抗するなよ。そんなことはどうでもいいんだ」
と苦笑いをした。
「じゃあ、便利なセフレが二人か」
「涼子、恋人を便利とは言わないんだよ」

「お金が目当てだって自分からカミングアウトしたから」
 友哉が正直に教える。
「滅多に言われない。わたしから頼んでるの。反省したいから」
 利恵が間髪入れずに言う。
「じゃあ、ゆう子さんはどんな女?」
「淫乱な秘書」
「あなたが淫乱にしたの?」

「あ、そうか。そんなことはできないな。でもいない時もあった。中学生の男の子と会った時とか。まあ、でも抱かれてないからわたし、怒ってるような気がしてる」
「なに自分から文句を言って、あっという間に自己完結してるんだ。ならさっさと帰れよ」
「友哉さんに聞きたかったのはそれだけ?」
 ゆう子がそう言った。
「はい。あ、そうだ。あなたはなんで利恵さんのことをメス豚って言うの?」
 涼子が、利恵をちらりと見た。

「こっそり帰れって言ったでしょ」
 利恵が声を上げる。
「このセーター、あなたに買ってもらったやつです。覚えてますか。温泉で、わたしのこと抱いた?」
 友哉は、苦笑しながらソファに座った。
「またそれか。娘がいる部屋で、君を抱くのか」

「なにしてるんですか」
 涼子が寝室から出てきて、立ったまま抱き合っている友哉とゆう子を見た。
「回復したのか。じゃあ、帰るんだ」
 そう言ったのは友哉だった。
「じゃあ、利恵さん、わたしの洋服を返して」
「寝室に置いてあるよ。着替えたら、こっそり帰って」
 涼子は寝室に戻ると、ほんの二分くらいでまたリビングに戻ってきた。

「見てたのか。起きたらすっきりだ。あとで自分にもしよう」
 友哉はおかしそうに笑ったが、足元がふらついている。
「無理しないでよ。わたしたちもセックスを何十時間も続けられるわけじゃないんだから」
 ゆう子がそう言うと、目の前に立っている彼女を友哉は抱きしめて、「抱き心地がいいなあ」と笑った。そのまま下着の中に手を入れると、ゆう子は「あ」と声を出した。利恵が、「ちょっと、わたし、料理係り?」と不満そうな顔をした。

新型コロナ禍で個人コンサルは大宮付近限定です
詳しくはツイッターで

「寝室に涼子がいる気配くらいわかる。腐っても俺は佐々木友哉だ」
「さすがです、友哉様。えっとね、なんか鬱っぽくて、自傷の前科があるから寝かせているの」
「わかった。治してくる」
「え?」
 友哉が、素早く寝室に行ってしまい、二人は止めることもできなかった。
 見ると、パジャマで雑に寝ている涼子の頭を撫でている。寝室の扉を閉めていなくて、二人はその様子を見ていた。友哉のリングが緑色にゆっくり点滅している。

 キッチンからそう言って笑うと、
「寝室にいる小学生みたいな女のおっぱいを触ろうかって話だ」
と、二人を見て言った。
「ばれた」
 ゆう子が友哉から思わず離れる。
「こらこら、寝室の美少女に気づかれないように、俺に跨れよ」
「できないよ」
 ゆう子はキッチンにいる利恵のところに行き、彼女の肩にもたれかかった。

「女の裸体は美しいから、それは共有物。少女が男に触られて傷つくのは、触られると傷つくと親と社会が洗脳しているからに過ぎない」
「お、ロリコン全開。だけど許す。わたしもまだセーラー服、いけるから。ゆう子さんなら体操服もジャージも似合うよ」
 利恵が笑った。
「なんなら、もう一人、呼んでもいいよ」
「いつもの友哉さんらしくなってきた」

 ゆう子は、涼子がいた時はジーンズだったが、それを脱いで下は紺色のショーツだけ。上はグレーのパーカーでノーブラだった。乳房は触りやすく、「贅沢だな」と友哉は少し笑った。
「気にしなくていいよ。毎日、大事件や事故を防止しているんだから。かわいい女の子を抱ける特権があるの」
「心配するな。そんな謙虚な悩みはない。女のおっぱいは本来、猥褻なものでも性器でもないから、肩やウエストに触るのと同じレベルにしないといけない」
「どういう哲学?」

 利恵が頷くと、
「ゆう子、きてくれ」
 友哉から呼ばれて、ゆう子はリビングに戻った。
「ゆう子、おっぱい触らせろ」
 大きく息を吐き出した友哉がそうはっきりと言った。
「あ、はい」
 ゆう子は、ソファに座る友哉の隣に慌てて座った。

「また利恵ちゃん持論。だったらトキさんにきてもらって説明してほしいよ。一回しか来られないって彼も言っていたし、AZにも書いてある」
「だったら一周してきた」
 思慮深い利恵の面持ち。いつも物事を考えている人間の顔をしている。
「一周して向こうで友哉様になって帰ってきた。イメージとして」
「成立するイメージね。まあ、この問題は議論しても答えは出ないから、先に目の前の問題を片付けて行こうよ」

「AZを読んで遊んでないで、なんかすれば? ちょっと来て」
 利恵に叱られ呼ばれたから、ゆう子は料理の手伝いかと思ったが、
「トキさんとの約束を覚えてないってどういうことよ」
と耳打ちされた。
「地獄耳、利恵」
「ふざけてないで」
「副作用がひどくて忘れたんでしょ」
「違うと思うよ。トキさんの時代と行き来してるから、記憶が混乱してるんだと思う」

責任を持っている人間がその責任を成せなかった時に自殺しようと考えると、RDは責任感からなる自殺を複雑すぎる心理のため理解できず、その手助けをするように自分を撃ち殺します。しかしトキ様が自信を持って、友哉様にRDをお渡ししました。友哉様は自殺しません』
「それはヤバくないか!」
 ゆう子が大声を上げたものだから、利恵が飛び上がった。寝かけていた友哉が、耳を塞ぐような仕草を見せる

「はあ? 半年ちょっと前でしょうに」
 友哉は首を傾げると、目を閉じて座ったままウトウトし始めた。喋ると疲れるのだろう。
 AZでまた友哉のことを調べていると、RDに関する記述が出てきた。
『友哉様は大丈夫です。なぜなら友哉様のPPKから照射されるRDには欠陥があり、それは自殺できる欠陥です。

「根拠なんかない」
 友哉がポツリと言い、ゆう子が驚いて彼を見た。
「リングから聞こえたぞ。ゆう子にも隙があるんだな」
「根拠がないなら、こんな仕事だめでしょ」
「根拠はないが約束はした」
「トキさんと?」
「そうだ」
「どんな約束よ」
「覚えてない」

line百八十九。うーん、微妙。激しく動いている時が、二百五十くらい。だけどワルシャワでは五百くらいまで上がっていた。そこからこんなに落ちているのか。怖い。自殺でもしないのだろうか。
 ゆう子がAZで『鬱がひどくなって自殺しないのか』と、調べてみると、
『友哉様は自殺はしません。どんな地獄を見ても絶望しても、拷問されても』
と書いてある。
line評価、高すぎる。何を根拠に言い切れるのだろうか。トキさんは本当に、友哉さんのこと知ってるのかな。

 今、友哉が新宿にいるのも、ゆう子のマンションに近いからで、それは利恵が銀行に行っている間に、友哉の体調が悪くなった時の対策だった。涼子が、相馬翔と関係を持った時は、大手町のモンドクラッセにいたが、今は新宿である。
「友哉さん、血圧見ていい?」
 AZを見ながら言う。友哉は何も答えずに頷いた。

 なのに、今の友哉さんにはけっこうまともな行動力がある。自惚れだけど、わたしと利恵ちゃんがいるからか。
 ゆう子は、常識的な言葉を作って雑誌を読んでいる友哉を見て、目を丸めていた。
lineだけど、涼子ちゃんが他の男とやった話は今の友哉さんにはまずいな
 ゆう子が頭を抱えた。
 ゆう子の感覚だと、転送を繰り返しながら、凶悪犯と戦ったら、顔色がよくなるまで、三日か四日は必要だった。それはゆう子と利恵がいて三日である。

 律子がSNSに男と遊んでいる様子を投稿しているのが、AZから簡単に覗けた。律子が、友哉に対して悪意や恨みがあるという証拠だった。AZはそういう人物しか覗けない。
line友哉さんの耳にも入るように投稿してるし、とはいえ、晴香ちゃんの親権は譲らない上に会わせないし、こっちでも拷問か。涼子ちゃんの存在を知っていて怒っていたとしても、あの女も夫を放置していたし、その後、浮気してるじゃん。

lineなんなのいったい。ガーナラって拷問サプリか。友哉さんが二択で選んだようだけど、ちゃんとした説明はトキさんからあったのかな。
 ゆう子は、時々、奥歯を噛んでいる友哉を見ながら、恨めしそうに思った。
 いろんなことに耐えてる男性だな。大けがで入院、手術したショックがある上に、涼子は見舞いにこなくて、奥さんは離婚したら晴香ちゃんを気にしないで浮気相手と外出ばかりか。

と左手のリングを見て言う。光も使えると言いたいのだろうか。
「ぽっくり逝くことはないなって」
 続く言葉にも力はない。
 弱気なセリフだとゆう子と利恵は思った。相当、参っているのだろう。友哉の今の体は、栄養状態も内臓を調べた際の血液の数値も正常なのに、精神面が激しく傷んでいるようなものだった。AZでよく調べると、『疲労が蓄積されると、血圧の降下とともに二十四時間、死の恐怖に苛まれる』と書いてあった。

と笑った。
「別にいいよ。高層階だけど、ベランダはトキの仲間に見られるぞ」
「突然現れて激突じゃない?」
と笑ったのは利恵だった。
「露出願望が強いから見てもらうのは好きだけど、あんな礼儀のない人たちと激突は嫌だな」
 ゆう子が苦笑いをしながら友哉に酌をすると、
「ずっとおまえたちがいれば大丈夫だと思う」

と詫びる。友哉が来たら、ゆう子は自分で勝手に乱れていて、それを友哉が見て愉しむ約束だったが、涼子がいたから料理の準備が精一杯だった。テーブルには手料理と買ってきた惣菜が並んでいて、もう一つの机にはトランプやゲームが置いてある。利恵はまだ煮物を作っていた。
「酔ってないし、普通の女でつまんないかも。お酒が入ったらベランダで裸になって踊るよ」
 またゆう子が恐縮した。利恵がそれを聞き、
「確かにゆう子さんって酔わないと、それなりにまともだよね」

 友哉はリビングまで入ると、すぐにソファに座って、「お酒くれないかな」と、キッチンの利恵を見て言った。利恵のエプロン姿がよかったのか、「かわいいエプロンだな」と目を輝かせて言う。
「ごめんね。下は裸でもパンツだけでもなくて」
 利恵が恐縮して言うと、ゆう子も、
「あの、まだ飲んでないから観賞してもらう気分じゃなくて」

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と、ゆう子に言った。黙って頷くゆう子。
「友哉さん、そろそろ、待ちくたびれているか、ぶっ倒れてるかだけど…」
「パーティーは中止にできないし、どうしたらいのかな」
 利恵は悩ましく言った。

 涼子がいるとは知らずに、友哉がやってきた。午後六時だった。

 もともと、仕事が忙しいだけで自傷を考える女の子だから、ゆう子は心配になってきた。俯いたままの涼子を見て、利恵も冷静になり、
「パーティーは中止しないけど、ちょっとあっちで寝かせたら」
と寝室に目をやった。
「その服は違うのに替えて。ゆう子さん、何か貸してあげて」と言った。
 涼子が寝室に消えた。すぐに利恵が、
「友哉さんが昔を思い出すあの洋服はだめよ。ゆう子さんがわたしにそう進言したくせに」

 利恵が大きな声を出した。大きな声と言っても、利恵にしてみればである。
「だからその服は何よ!思い出の洋服で大人を誘惑して、若い男と二股でも狙ってるのか」
「利恵ちゃん、手、手!」
 ゆう子が、利恵の手を指さした。利恵は包丁を握ったまま、リビングに入ってきていた。
「友哉先生に見てもらおうと思って。二股なんかしません」
 言い返す気力もないのか、力なく呟く。少し、様子がおかしすぎると思ったゆう子が、
「体調が悪いの?」
と優しく声をかけた。

「ほーら、自分を棄てた母親を憎まない態度が、わたしたちのような悪女を嫌わないって本質がある証拠よ。女が反省さえすればね。ゆう子さんなんか親子で無反省よ。さすがの友哉さんもゆう子さんのお母さんとは気が合わないな」
「利恵ちゃん、わたしは涼子ちゃんのこの問題と関係ないから」
 ゆう子がキッチンから出ていった。うんざりしている。
「恋人の利恵さんをオーラがないとか言うのに?」
「ああ、めんどくさい!」

「ちょっと利恵ちゃん。どこかの男とやったとか、今の話とかわたしたちが勝手に知ったらだめな問題ばかりだよ。友哉さんに聞かれたらまずい」
 キッチンに駆け込んで利恵に耳打ちする。しかし、利恵は涼子をきっと睨み、
「その最後のプレゼントをゴミ捨て場に投げ捨てた?」
「きっと部屋にあります。開けてないけど」

 筑前煮が煮込まれている鍋の蓋を開けた利恵は、涼子は見ずに、
「友哉さんは、そんな気持ち悪いメールはしてこないけど、女を心底愛しているので。女に裏切られても女を守ろうとする。ようは本質ってやつよ」
と、先に含みをもたせた答えを言った。
「お母さまも蒸発している。居場所を知らせる最後のプレゼントを友哉先生は開けなかった」
「それは初耳」

 涼子が、キッチンにいる利恵に顔を向けた。
「彼氏が毎日、好きだってメールしてくるんです。また抱きたいとか。あ、彼氏じゃなくて、やっちゃった人。初めての夜もいっぱい好きだよって言ってくれました」
「だからなんなのよ。良かったじゃない」
 男性経験が豊富で大人の利恵があからさまにイライラしている。
「彼はわたしのことが好きなんですか」
「好きなんじゃないの。そう言ってるなら」

「いや、百人は多いって。今の彼は腹上死になる可能性もあるし」
 ゆう子がいつものように冗談めかして言うと、利恵が睨んだ。
「ロスでテロの男をやっつけたり、わたしを助けたり、かっこいい」
「なんだ。分かってるじゃん。はいはい、さっさと帰って」
 自分から部屋に入れておいて、帰れと言っている利恵を見て、ゆう子は苦笑いをした。
「あの利恵さんdots

「そんなことしてるんですか」
涼子があからさまに驚いた。
「友哉さんはあなたも知っているように、いろんな酷い目に遭ってきたよね。それで毎日吐いたり、食事が摂れなくなったりするから、たまたま彼と出会って友達になったわたしとゆう子さんが、友哉さんを慰める会を結成したの。お酒とセックスで慰めるのよ。悪いの? 戦う男を慰めるのが女の役目。彼は今、世界中から期待されてる英雄よ。女が百人いてもかまわない」

「あとで削除しておくね。これから友哉さんを呼んで、三人でパーティーなの。ごめんね。帰ってくれないかな」
「わたし、嫌われてるんですか。前にワインを飲みにきていいって。そういうのも思い出した」
 それを聞いた利恵が、
「嫌ってないけど、今から大人のパーティーなの。好きじゃない男とやったくらいで泣いてる女はいたらだめなの」
と語気を強めて言った。とても迫力があった。

「わたしとゆう子さんは友達だったんですか。テラス席から転落して運んでくれたのは友哉先生で、場所はゆう子さんの部屋。それからメルアドを交換したのを思い出した」
「思い出した?」
「誰かに見せたんですよね。友哉先生ですか」
 と言い当てる。
「見せてないよ。そんなことしてあんたに訴えられたら、わたし書類送検だ」
「大丈夫ですよ。怒ってません。確認したかっただけで」

 利恵の話を聞き終えると、
「ゆう子さん、なんでわたしのパンチラ写真持ってるんですか」
と今度は、ゆう子を凝視した。だが、その言葉には力はない。鬱っぽいとはまさにこのことだった。
「わたしレズっけがあるから、ちょっと見たいなって」
 すぐにばれる嘘だった。涼子は、

「利恵さんは好きじゃない男の人とやったことがあるんですか」
「上京してきた時はよくナンパされたから。なんていうのかとっても平凡なの、わたしって女は。日本中の女の子たちがやっているような恋愛をしてきただけのつまんない女なの。だから、利恵が好きだよ、かわいいよ、なんて簡単に言わない友哉さんに惹かれるのよ。友哉さんにオーラがない美人OLって言われた。的中」

 動揺したゆう子が早口で言うが、涼子はその言葉に反応はせず、
「好きじゃない人とセックスしちゃった」
 泣きそうな顔で言う。利恵が料理の手を止めて、
「わたしもしたことがあるから、気にしないでいいよ。魔がさすっていうか。ちゃんと避妊した?」
と言った。
「しました」
 涼子がぼそりと答えた。驚いたのはゆう子で、
「あんた、誰とやったのよ。処女だったよね」
と声をあげた。
「それはdots
 ゆう子の方が目を泳がせている。

「スカートもパンツも穿いてないように見えるよ。それで街を歩いてるの? 若い子はすごいな」
 ゆう子が笑うと、
「友哉先生と温泉に行った時のかっこうdots
と、虚ろな目で言った。
 ゆう子と利恵は、言葉を失った。
「な、なんかあったの? 銀色の服の男が現れて、頭を触られたとか。その時、ピカーって蛍みたいなのが光ったとか」

「来る前に、なんで彼を探しているのか訊いて、それから帰したらいいでしょ」
「わかった」
 利恵は、ゆう子よりも二つ年下だが、まるで姉のようだった。ずっとそうだった。
「友哉さんをなんで探してるの? お父さんになら、連絡したらしいよ」
 ゆう子がソファに座った涼子に言う。涼子は、お尻まで隠れるワンピースのニットを着ていて、下はデニムのショートパンツ。

「一杯飲んでいく? 入って」
 利恵がエントランスの扉のロックを解除するボタンを押した。ゆう子がびっくりしている。
 涼子がマンションの中に入ったのを見てモニターを消した利恵は、
「女優さんって会社勤めの経験がないのか、常識がないの? あんなこと言ったら、あんたは友達じゃないって言ってるようなものよ」
 呆れ返った顔でゆう子を見た。
「だけど、友哉さんが来るから」

 なぜ、友哉さんを探しているのだろうか。
 ゆう子と利恵は顔を見合わせた。
 正直、今から三人だけのホームパーティーをするのに、部外者がいては困る。
「最近は新宿のホテルみたい。うちら今日はホームパーティーなんだ。ごめんね」
 つれなく言う。利恵は、ゆう子を思わず見た。ホームパーティーなら、やってきた友達もついでに入れればいい話で、まるで松本涼子は友達じゃないと言い放ったようなものだと、利恵は呆れ返った。

 思わず険がある言い方になってしまうが、結婚話が破談になったことは涼子にはなんの罪もなく、ゆう子は慌てて、「ごめん。ちょっと立て込んでいたんだ。どうしたの?」と声色を変えて言い直した。
「友哉先生はいますか」
「いないよ」
「どこにいるか知ってますか。晴香がモンドクラッセにいるって言ってたけど、出かけたみたいで」

「違うよ。デートしたい願望はあるから、利恵ちゃんに計画してもらおうかなって」
 利恵はいい加減にゆう子の過去を知りたいと思い、難詰していこうとしたがそれを聞いてはいけない運命なのか、またインタフォンが鳴り響いた。
 来訪してきたのは松本涼子だった。
「涼子ちゃん? な、なにをしにきたのよ」

「そもそも二人でも行けばいいじゃない。そんなに見つからないと思うけどなあ」
「それが意外と見つかるもんだし、友哉さんと二人きりでデートする自信がないんだ」
「昔、なにかあったの?」
「昔って言うか、なんかデートが怖いというか」
「なんで?」
「わかんない。計画すると気持ち悪くなる」
「元彼とのトラウマじゃないの? ゆう子さん、わりと繊細だから」

 ゆう子は、今は何を言っても無駄だと思い、話を変えた。
「三人でドライブに行ったら、その海とかでさdots
「ん?」
「わたしと友哉さんをちょっとの間、二人きりにしてくれないかな」
 ゆう子がそう言うと、利恵はおかしそうに笑って、
「いくらでもどうぞ。さっと消えて、頃合いを見て戻ってくるから」
 と言った。

「まさか。わたしはお金がほしいって言った女だよ。この前、狙っているって言ったけど、友哉さんには断られるだろうな、結婚」
「セックスは回復も含めてちゃんとしないとだめだけど、そのことでお金をせがんだのは、そんなに気にすることはないと思う。友哉さんも気にしてないよ。金額が大きいから?」
「そうかもね。出会って間もない女が、一億円ももらって、それに喜んで結婚してほしいって、なんかまさに打算的って言うか、幸せにはなれないような気がする」

 金曜日の夜、ゆう子と利恵は、キッチンで一緒に料理を作っていた。
 利恵が料理が上手なので、ゆう子は、「利恵先生」と冗談っぽく言っていた。
「花嫁修業してね。わたしはずっと愛人でいるから」
 利恵は真顔でそう言った。
「なんで? コロコロ変わるね。それに利恵ちゃんの方が家庭に向いてるよ」

 キスはその一回だけで、「好きだ」とも言ってくれないが、光の刺激を使ったまさに軽い愛撫は、ゆう子には最高に楽しくて、ある一瞬、一瞬で「幸せだなあ」と感じるようになっていた。
 そんなことがあったのが晩秋の水曜日で、翌朝になっても友哉の顔色が悪かったから、
「木曜日は事件はない。あっても行かせないよ。金曜日の夜から利恵ちゃんと三人でゆっくり遊ぼうね」
と、ゆう子は子供をたしなめるように言った。友哉はその時も弱々しく、「うん」と言った。

「そのかっこうで、セックスの軽い話、かわいいよ」
 どこか少年のような口調だった。ブランド物の洋服でいると、「かわいいじゃないか」と大人のセリフ回しになっていたような気がした。今は目を輝かせて褒める言葉を使っている。
line友哉さんが、変わってきた。
 ゆう子はそう思って、とても感動していた。あきらかに成田で出会った頃の冷たい態度はなくなってきた。

「サドとサドだから」
「そういうことにしておこう」
 友哉がため息を吐き、話をやめると、ゆう子が口を尖らせて、「マリーを使って、わたしをマゾっ子にしたらセックスも上手くいくんだよ。その取説はないのか」と、まくしたてた。

と友哉が口を開いた。
「ごめんなさい。先に言っとく。きっと分からない」
 ゆう子が肩を落とした。
「トキの仕業だよ」
「え? なにそれ」
「彼が最初に俺に教えたことは、RDの撃ち方だったが、次にどんどん取説を送ってきたのは、おまえとのセックスのやり方だった。避妊、マリーの使い方。そして、奥原ゆう子とのセックスは苦労します、とトキは言った」

と友哉が首を傾げた。友哉からよく、「手を繋いだまま寝てくれ」と言われているゆう子は、手よりも男性を握ったまま寝た方が彼が喜ぶと思い、それをすると、逆に叱られたりした。しかし、利恵はよくしているらしく、「本当にあいつは男のこれが好きだよ」と視線を下に向けて笑った。
「利恵ちゃんが良くて、わたしがだめな恋愛に関することが多い。わたしが嫌いなんでしょ」
 ゆう子がすねると、
「バカでもわかることだがdots

「おかしいな。今のようなキスをおまえにすると、それよりも口に突っ込みたくなる」
 少々、リアルなセックスのことを口にした。
「友哉さんのキャラでしょ。別にいいのよ、わたしもだから」
 ゆう子が苦笑いをしたら、
「違うんだなあ。手を繋ぐのは抵抗がない。そこが不思議なんだ」

「やだ。やめてよ」
 声を上ずらせたゆう子は、寝室に隠れるように入った。
 寝室の灯りを付けずに、ゆう子はベッドの端に座った。心臓が破裂するかと思った。
 涼子のことから完全に嫌われていると思っていたのに…逆に優しくなっているように感じるが、わたしと利恵ちゃんがセックスや家事を頑張っているからだろうか。
 ゆう子は、クロゼットからシンプルなパーカーを取り出し、下にはグレーのスポーツタイプのショーツだけにして、友哉のいるリビングに戻った。

と分かって、自分の仕事がとても重要だと再確認をした。それは何かとても幸せな気持ちにさせた。
「あなたはわたしがいないと何もできないのよ」
 ある日の夜、ソファで座っている友哉にそう微笑み、ゆう子はそっと顔を近づけた。すると、彼はゆう子のその顔に自分の顔も近づけ、触れるようなキスをした。
「え?」
 思わず声を出してしまう。こんなキスは初めてだった。

「事件の回避のお仕事は、一週間、休んでそれからまたやることにする。つまり隔週ね」
と、友哉に厳しく言った。
 ゆう子が管理するAZがなければ、起こる事件が分からない友哉は観念して、頷いていた。
 ゆう子は、
lineああ、だからわたしがAZを持っていて、友哉さんは持てないのか。

「疲れると運転する集中力がなくなるから、人や前の車に対して自動停止する車がいいんだ。利恵が乗るなら万が一の時に頑丈な車がいいしね」
 友哉がそんな話をしていたのは、国内の事件を四回、解決した翌日。それからゆう子と利恵がいくらセックスやコスプレなどで癒しても、友哉は嘔吐をしたり、食事を残すようになっていた。
 肉体が回復してもメンタルはなかなか回復しないと分かったゆう子は、

 続けて、信州の山中でレイプされ殺された女の子を、その山中へ繋がる道には行かせず、友哉がマリーを使ったナンパをして回避。その後、すぐにマリーを解いて、別れてきた。
「田舎の女の子は朱色のポルシェに興味を示すから、マリーが効いてしまう」
 友哉はそう笑っていたが、新しく、ゆう子と利恵を一緒に乗せられる四ドアの車を買ったばかりで、ポルシェはやはり売るようだった。
 友哉が注文した車は小さな外車のSUVだった。

 桜井に、十二月十二日の都内の事件を与えたが、都内以外の事件では、まず最初に、埼玉県の郊外の住宅街に、外国籍の男が侵入し、たった二万円を盗んだだけで一家を皆殺しにした事件を直前で回避させた。
 続けて、十数人の死者が出た静岡県の高速道路の玉突き事故で、最初に前の車に追突した男性が急性心不全だったので、サービスエリアでその男性に気つけクスリを与えて、事故を未然に防いだ。

 ゆう子と利恵は、毎週金曜日に必ず、友哉を囲んで三人で遊ぶことに決め、普段の平日は友哉は、ゆう子がスルーしていいと言った、国内の凶悪事件を阻止するために奔走していた。
「人に優しくすると不幸になる」
と言っていたが、桜井真一が事件を解決するのを楽しんでいるのを見て、気が変わったらしい。
 ゆう子は、友哉の言動を深く考察せずに、退屈そうにしている友哉にAZで分かる凶悪事件を教えた。

 そして無意識に天井を見ていた。
lineこの上の部屋に好きな人がいるかも知れない。なのにここで、好きでもない違う男とセックスをした。
 涙はとめどなく流れ出て、
「わたしはいったい何をしているのだろうか」
 ただ、そんな言葉が漏れるだけだった。

 記憶の断片の数々が無数に蘇る。それも愛の時々の切れ端ばかり。
 メイクをする手を止めて、ベッドの上に座った。そこには相馬翔に抱かれた跡が生々しく残っていた。シーツは乱れ、出血を拭いたティッシュは、ゴミ箱の横に落ちていた。彼の体液の臭いもした。ゴミ箱の中のコンドームから漏れているのだろうか。乳製品が腐ったような臭いだった。
 昨夜、素敵だと思ったセックスが、急に不潔な行為だったと思うようになって、涼子は涙が出そうになってきた。「やらなければよかった」と、口に出していた。

lineキスをされた時になんとも思わなかった。相馬さんを好きじゃないんだ、わたし。それすらも分からないなんて、どうかしている。どこかの病院でわたしがキスをしたのは、晴香のお父さんだ。あの童謡は、籠の中の鳥のこと。晴香のdotsいや、あのひとが、「おまえを籠の中から出してやる」と約束したんだ。中学生の時に。そして、
「新緑の森の中に解き放してくれたんだ」

 相馬翔に抱かれたことを書こうと思った時、また晴香からメールが届いた。
『やっぱりモンドクラッセにお父さんがいるみたい。ずっと常泊してるんだって。仕事の後で行けば?』
 涼子はそれを読んで、返信するのをやめた。
 急に心臓の動悸がしてきて息が苦しい。
 このホテルに、一緒に温泉に行ったあの人がいたのか。

 スマホに目を向けると、着信のランプが点滅していて、「もう連絡をくれたんだ」と、相馬からのメールだと思った涼子は満面の笑みでスマホを手にした。だが、相手は晴香だった。
『ちゃんと帰った?』
と書いてある。
 どうしようか。涼子は息を飲んだ。
 まさか、セックスをしたと言えるはずもなく、だが、このまま黙っていていいのだろうか、とも思った

と相馬が言った。
「あ、いいですよ。またデートしてくれますよね」
「涼子ちゃんの鞄、靴下がいっぱいだね。笑ったよ」
「え? あ、冷え性なんだ」
「そうか。連絡するよ」
 相馬翔はそれだけを言うと、部屋から出ていった。
 涼子は、キスをしてほしかったと思ったが、それほど深くは考えずにメイクを続けた。

 涼子に言われたとおり、彼はペニスを涼子の体に押し込んだ。
 また痛みが走ったが、それでも涼子は、「嬉しい」「楽しい」と思っていた。

 翌朝、二人は、ホテルから仕事の現場に向かうために、慌ただしく部屋から出る用意をしていた。
 化粧をしていたら、
「先に行っていいか。部屋のお金は下で払っておくから」

「わかんないよ。中学生が初めてだったら、もう五年経っているから、それで痛かったのかも」
「そうだな。出血があるから初めてだと思うけど、でも、そんなことはどうでもよくないか」
 相馬はキスをしながら、「好きだよ」と囁いた。
 ああ、セックスっていいな。心が安らぐ感じがする。男性って、力強くなったり、優しくなったりして、素敵だな。
 涼子は、頬を朱色に染めて、彼に抱きついた。
「もう一度、抱いて」

「分かった。じゃあ、ベッドに行こう。僕は光栄だ。松本涼子の初めての男になれるのは。初めてじゃなくても光栄だ」
 そう生真面目に言った。
 気分がよくなった涼子はベッドに入り、彼に脱がせてもらい、ゆっくりと抱いてもらった。
 とても優しくしてくれていて、挿入の瞬間も怖くなかったが、痛みはあり、思わず、「痛い」と声を出してしまった。
「よかった。はじめてだったんだ」

「女って自分が処女かそうじゃないか、分からないの?」
「どこかで聞いたせりふ」
 友哉にも言われている。そして友哉は涼子を抱いていない。
「男の挿入によるかな。君が若すぎて少しだけだったら分からないだろうし、激しくしていたら分かるでしょ」
「じゃあ、わたしは処女か激しくは抱かれてない」

「違うよ。わたしがその人を好きだったdotsらしいの」
「らしい?」
「友達はそういうけど、覚えてないんだ」
 晴香と父親がそう言うなら、本当に後遺症があり、まさか、晴香の父親に恋をしていたのは本当なのか、と不安になってくる。だが、喋っておいて後戻りできないと決意し、
「それで、処女なのかもう経験しているのか知りたくて、相馬さんならいいかなって」

「もしかすると、経験があるかも知れなくて、もしかするとないかも知れない。もしあったら、中学生の時の友達のお父さんが初めての人。キスも記憶になくて、でもそのお父さんと一緒に寝たことがあるからキスはしているかも。なんか、ごめんなさい」
 相馬翔は、考える素振りを見せ、いったんつけたテレビを消した。
「中学生は早いな。友達のお父さんなら犯罪じゃないか」

「かごめかごめのdots
「ああ、なんでそれを?」
「嫌いなんだ、あの歌。だから、その男の人に聞かせてやろうと思ったのに、キスをしていた。たぶん、夢かな」
「きっとそうだよ。矛盾してるし、病院のベッドで寝て処置もされてないんだから」
「うん、あの、正直に言ってもいいかな」
 涼子は、ソファの一番隅っこに座り直した。

 涼子がそう言ったのを聞いた相馬翔は、『よし、抱いてもいいんだな』という女好きな表情を作っていた。
「記憶が混乱していて、なんか最近、誰かにキスしたような記憶があるの。病院のベッドだから、黒猫のメンバーじゃないんだ」
「転落した時の病院じゃないの?」
「病院には後日行ったけど、ベッドには寝てないの。CT撮影しただけで。誰だろう。なんかわたし、童謡を歌っていたんだ」
「童謡?」

「してない。局ではよくすれ違うけど」
「友達じゃないんだね」
「違うよ。メールの内容は理解できないけど」
「どんな内容?」
「ちょっと言えない。エッチな話で」
「そ、そうなんだ。奥原さんと友達だったら、僕が君とやったことで、君の人気が急落したら僕が潰されちゃうよ」
「まさか。ばれないよ」

「知ってるよ。転落した君が消えたから都市伝説って世間は言ってるけど、君は三日くらい休んでいたから業界では本当のことって噂になってる。後遺症があるの?」
「誰かに抱っこされて連れていかれて、どこかの部屋で治療してもらったんだ。誰だったかな。なんかゆう子さんがいたような気がしてきた」
「ゆ、ゆう子? 奥原さん?」
「うん。なぜかメルアド、持ってるし」
「本当に? アイドルの君と奥原さんとなんの関係があるの? 共演した?」

 相馬翔は、とても好青年だった。避けるように離れた涼子に襲い掛かるかもせず、「もう少し飲もうか。テレビでも見ようか」と、気を遣う言葉をさかんに作った。
「嫌じゃないの。気持ちの整理をしてます」
 ぎこちなく笑って言うと、
「はじめて?」
 びっくりしたのか、大袈裟に目を丸めた。
「わたし、ちょっと前にテラス席から転落して頭を打ったの」

 セックスっていいのかも知れない。友達もそう言ってる。早くやってみたい。もし、晴香のお父さんとすませていたとしても覚えてないのだから、今日が初体験でいいんだ、と考えていた。
 シャワーを終えた相馬翔は、部屋の照明を暗くして、ソファに座っている涼子にキスをした。特に緊張しなくて、キスはよくしていたのかもしれない、と考えてしまう。
 涼子はふと、あれ? 最近、誰かにキスをしたなと思い、「ちょっと待って」と、彼から離れた。
「え。急に嫌になった?」

 涼子が心配そうに窓の人に目を向ける。見慣れぬものに怯える子猫のようなその表情を見た相馬は、
「トップアイドルはやっぱりかわいい。オーラがある。本当にかわいいよ。僕もシャワーを浴びてくるから、ワインを飲んでて」
と言って、とても嬉しそうにバスルームに入っていった。
 男性は、女を抱く時にこんなに喜んでくれるんだ。
 涼子はとても気分がよくなった。

「なんてかわいいんだ」
と、相馬は感嘆の声を上げた。悪い気はせず、
「あなたもかっこいいです」
と、涼子は言い、彼の近くに座った。
「さっき、下でケンカがあったみたい。怖い」
「うん。窓の外を赤い閃光がはしった。レーザーの光りかな。物騒だよね」

 部屋はスイートルームだった。
「わざとこんなに良い部屋にしたんじゃないよ。飛び込みは、高い部屋にされるもんだ。ワインを注文したから、その間にシャワーを浴びなよ」
 爽やかに笑うから、涼子は、この人は優しくしてくれる、と観念するようにバスルームに向かった。
 シャワーを浴びている間にルームサービスがやってきて、ワインをボトルで置いていったようだった。バスローブを着ている涼子に、

 ホテルの前の暗がりで、赤い光がはしったのが見えた。しばらくすると、騒ぎは収まり、また涼子はホテルのエントランスに駆け足で戻った。ロビーにいた客が、「外国人がケンカをしていた」と、肩をすぼめて友人と喋っていた。警察官がすぐにやってきて、ホテルマンに話を聞いていた。涼子はエレベーターの前にある椅子に逃げるように走って行き、座った。すぐに相馬翔から電話がかかってきて、部屋の番号を聞いた涼子は、手のひらが汗で濡れているのに気づいた。途端に、胸がどきどきしてくる。

「空いていた。僕が先にチェックインするから、時間差で入ってきて」
 彼はそう言うと、料理が残っているのに、慌ただしく会計をして店から出ていった。
『下着、どこかで売ってないかな』
 涼子は店から出て、近くのコンビニでお泊りセットを買い、下着も買った。マスクで顔を隠しているとはいえ、誰かに見つからないか緊張していた。その時、ホテルの前で何か騒ぎがあり、涼子は思わずコンビニにまた戻った。身を潜めるようにして外を覗う。

「部屋を取れるかな。でもなければいいよ」
 涼子は本心を言った。無理にする必要はないし、できるならそれでもいいということだ。
「電話してみる。空いてなければ都内の別のホテルに行けばいいさ」
 相馬翔がそう言ったのを聞いて、やっぱりやりたいんだな、と涼子は緊張した。もう大人だし、こういう状況は断るのもよくないと思って、ウロウロするよりもこのホテルの部屋が空いていることを祈った。

 涼子は相馬翔を見て、少し興奮していた。白い肌は清潔感があり、筋肉はあまりないが、優しく触ってくれそうな手をしている。
 何かがあって記憶の一部を無くしているとして、自分が処女なのか経験があるのかも分からない。中学生の時が初体験だったら、ませたガキだと思うだけだが、はっきりさせたい気持ちはあった。周りの皆は経験しているが、自分はセックスには嫌悪感があって、それはやったことがないからで、好きになれるかも知れないとふいに思う。

 中学生の時に一緒に温泉やこういう高級ホテルで遊んでいた友達の父親と、ひょっとしたらセックスをしていたのかもれしない。貸し切り家族風呂に入っていた記憶と、晴香と川の字に寝ていた記憶があって、時々晴香を避けて、佐々木友哉の胸に潜り込んだ記憶もあった。だが、それは怖い夢を見て寝付けなくて、甘えただけだったはずだ
line抱いてもらおうかな。ストレスがひどいし、この人、かっこいいし。

 ワインを一杯飲んだところで、涼子は彼を覗きこむような顔で訊いてみた。
「取ってないけど、平日だし、空いてるんじゃないか。部屋で飲む? 人目につかないし、俺、変なことはしないよ」
「あ、う、うーんdotsどうしようかな」
 また、晴香の父親を思い出してしまう。佐々木友哉を。

「やっと来てくれた」
 相馬翔は、ドット柄のジージャンを脱いで、とても嬉しそうな笑顔を作った。
 中華のレストランだった。
 涼子は気を取り直して、とりあえず、今日はこの人と食事に専念しようと思った。
 涼子が、「辛くない料理とワイン」と言うと、彼はテキパキと注文を済ませる。
 かっこいいな、と涼子は見惚れていた。だが、急いでいるように見え、
「まさか、部屋は取ってないよね」

 父が電話を切った。まさにがっかりした様子を露わにしたため息が聞こえた。
dots晴香のパパが死にかけたのに見舞いに行かなかった? なんなの、それ? 普通は行くよ。
 前髪をかき上げて、その左手をおでこにあてたまま、悩ましく足元に目線を落とした。
dotsいや、わたしは行かなかった。わざと。どうして?
 よろめきながら椅子から離れ、カフェを出た。
 相馬翔に指定されたホテル内のレストランに入ると、彼はもう来ていて、「やあ」と言って手を上げた。

「泣き喚いていた? ラブラブ?」
「勘弁してくれよ。結婚する約束だっただろうに。転落の後遺症があるのか。もう一度、病院に行け」
「そ、それはさっき晴香にも言われたから」
 涼子は呆然としていた。すると、父が、
「佐々木先生が死にかけても見舞いに行かなかった。所詮、子供の恋愛はそんなものか。自分の娘だが、俺はがっかりだぞ」
「え?」

「え? お、お父さんは反対しなかったの」
「ああ、俺は最初は嫌だったよ。だけど、おまえが佐々木先生のことが好きなんだって泣き喚いていたから、先生と俺と男同士で議論して、お母さんも晴香ちゃんが一緒ならいいっていうから、晴香ちゃんも一緒に温泉や高級ホテルの宿泊をさせてやるようにしたんだ。もちろん、最初は都内のホテルは俺も一緒だったが、高校生になってからは一人で行っていた。俺には分からないがラブラブってやつだ」

「すみません。読んでない。それより温泉の話を聞かせて」
 父親に遠回しに嫌いと言われたが、母親の介護を拒否したら当たり前だと思っていて、そのうちに仲直りできると涼子は考えていた。こちらには、母親から無理やり学校に行かされた恨みがあるのだ。それを父、航は考慮してくれていた。しかし、『贖罪って小説のヒロインはそれとは関係なさそうだな』と首を傾げる。
「おまえが晴香ちゃんと佐々木先生と一緒にずっと遊んでいて、先生が執筆で籠もる温泉も一緒に行きたいって言うから冬休みや夏休みに行かせてたんじゃないか」

「おまえを引退させて母親の介護を三李と一緒にして、俺が働けば生活は容易だ」
「はい。お父さんは腕利きの編集者です」
「だが、おまえをアイドル歌手にしてくれたのは、佐々木先生だ。命も救ってくれた。だからその償いをさせている」
「償い?」
「贖罪って小説を知ってるか。おまえ、その小説のヒロインの気分なのか。似てるぞ。俺はあの少女は嫌いだ」

「また俺を怒らせたいのか」
「え? いいえ。ちょ、ちょっと確認」
 思わず背筋を伸ばし、その背が震えてしまった。
「おまえにアイドルの仕事を続けさせているのはなぜかわかっているか」
「え? お、お金を入れるため?」
「俺はそんなに落ちぶれた父親か」
「す、すみません」
 また背筋を伸ばしてしまう。

「大丈夫だ。食事も摂れるし、たまに笑っている」
「よかった。休みが取れたら帰るね。ところでお父さんに聞きたいことがあるんだけど、わたし、晴香のお父さんと温泉に行ったことが何回かあるよね。なんで、年頃の娘が、友達のお父さんと温泉に行ったの?」
「はあ? なに言ってんだ、おまえ」
 朴訥な父親が素っ頓狂な声を出したから、涼子は目を丸めた。

 父親の松本航には正直に、「けがをしたら休めると思って、衝動的にやった」と言ってあり、だが、「だったら芸能活動をやめなさい」とも言われなかった。
 松本航は、妻の介護をするようになってから、フリーの編集者になり、仕事量を減らしていたから涼子の収入を頼りにしていたし、娘である涼子に償いをしてほしいと思っていた。それはそう、
line佐々木友哉を裏切った償いだ。

 涼子がちょうど高校に上がる時に、家の階段から落ちて腰の骨を折り、介護が必要な寝たきりになった。父と妹と介護士が交代で世話をしていて、アイドルの収入は松本家には重要で、世話をしない代わりにアイドルの仕事をしているとも言えた。涼子はそのプレッシャーもあり、また自傷をするようになっていた。クレナイタウンのテラス席でもここから飛び降りられたら、と考えていたのだ。

 涼子は、混乱が収まらず仕方なく父親の松本航に電話をした。
「どうした?」
 疎遠になっている父親がすぐに電話に出てくれて、涼子は笑顔を作った。
「今日はお母さんは元気にしてる?」
 涼子の母親は寝たきりで、今は父親と妹が世話をしている。

 いや、確かに高校生の時にディズニーシーに二人だけで行った記憶がある。皆で行く予定が噛みあわず、たまたまわたしと晴香のお父さん、友哉先生と二人になったのか。
「友哉先生?」
 涼子は目を泳がせた。そんな呼び方をしていたのだろうか、と驚く。晴香のパパ、または佐々木先生だったはず。
 そういえば、晴香のパパの車だった。車の中でわたしdots
lineよく着替えていた。なぜ? 晴香のお父さんの前で服を脱げるの?

 少し前にクレナイタウンで偶然会ったけど五年近くは会ってなかったから、別れたって言われても、付き合っていたとしたら中学生の時?
 確かに、中学生まではよく晴香の家に行っていたけど、晴香のお父さんとエッチなことをした記憶はない。温泉で家族風呂に入った記憶はあるから、裸は見られたかも知れないけど、気にしてないからいいとして、それだけで付き合っていたことになるのだろうか。

「一回、切っていい?」
と涼子は言って、スマホをテーブルの上に置いた。
 メニューを見て注文をしたが、店員が持ってきたのは注文した覚えがない飲み物だった。何を注文したのか覚えていないほど混乱していた。
lineなんでわたしが晴香のお父さんとやるのよ
 少し怒りが湧いたが、すぐにまた鬱っぽくなる。
 晴香のお父さんって利恵さんの彼女でdots

「デートじゃないけど」
「じゃあ、いいや。今日は行かない。あんまり飲んで、その男と変なことにならないようにね。初体験はお父さんと!」
「ちょっと、初体験って?」
「まさか、お父さんと別れた後、誰かとやったの? それともお父さんともうしちゃってた?」
 もう、何を言われているのはまるで理解できず、

「奥原ゆう子もあの美女もわたしは好きだけど、お父さんには涼子がいるから、なんとか妨害作戦を考えているんだ。いまどこ?」
「え? ああ、モンドクラッセ東京の近く」
「ちょっと遠いけど行くよ。そこにお父さんがいるって聞いたし」
「わたし、今から俳優の相馬翔さんと飲むんだけど」
「は? それってデート?」

 いろんなことを考えているうちに、車は銀座に到着をして、涼子はモンドクラッセ東京の裏で降りた。カフェがあったから、いったんそこに入る。ようやく晴香に、
 晴香のお父さんを奪うってどういう意味?
とメールをする。すると、電話がかかってきた。
「なに言ってるの? 本当に病院に行って」
と言われる。また涼子は首を傾げた。

 当日は都内での仕事だったから行けなくはなく、迷っていたが、その日にちと奥原ゆう子からのメールの日にちが一致していた。
「成田でわたし、晴香のお父さんとなにをしたてのかな」
 マネージャーからは、成田の近くの病院まで送ったが、そこで何をしていたのかは知らないと、素っ気なく言われた。我儘なことを頼んだのか機嫌が悪かった。

 呆れた口調での晴香の電話が切れて、涼子は奥原ゆう子のことを思い出した。自分のスマホの中にパンチラの自撮りのような画像が五枚あり、送信先が奥原ゆう子になっているのに、昨日気づいた。その前のメッセージにも、「友哉さんが倒れたから成田にきて」とあって、その意味も分からない。自宅には、晴香からハガキが来ていて、「成田空港でお父さんと会うから来ない?」と書いてあった。

「お父さんから聞いた話ではそこに利恵さんはいなかった」
「いたよ。確か神楽坂にマンションを買うからって、ちょっとケンカしたんだ。なんでだろう。わたし、高級マンションに興味ないのに」
「どっちと住むのに?」
「利恵さんでしょ」
「だったら、嫉妬深い涼子ちゃんは怒るでしょ」
「誰に何を嫉妬するの?」
「涼子ちゃんさあ。また後で電話するね。頭痛薬でも飲んでおいて」

「利恵さんか。うん、そうね。なんとなくわかる」
「なに言ってるの?」
「なんか一日、ぼうっとしてるの。だいぶ、治ってきたけど」
「そうか。一回、頭を打ってるからまた病院に行ったら?」
「利恵さんは大丈夫だったのかな」
「?」
「わたし、テラス席から転落したよ。でも、利恵さんは大丈夫だったというか、いなかったような気がするし」

 あれからお父さんと会った? 奥原ゆう子ももうひとりの美女も気にしないで、若さでお父さんを奪い返してね。
とメールに書いてあった。
「どういう意味?」
 スマホの画面を見て、思わず口に出してしまう。通話に切り替えて、
「いきなり、なに? もう一人の美女はdots
。えっとdots
「利恵さんよ。わたしの先輩の命の恩人。ま、あの人はいっか」

「すみません。今日は銀座に行ってくれませんか。そこからは電車で帰ります」
 運転手は涼子の事務所の運転手で涼子の運転手ではなく、たまたま空いていた初老の運転手に恐縮して言う。
 店は六本木かと思ったら銀座の高級ホテルの店だった。モンドクラッセ東京。
「いきなりホテルか。部屋には絶対に行かないぞ」
 ちょっと苦笑いをして、スマホの着信を見た。
「あ、晴香だ」

【告知】個人コンサル半額セールの場所は埼玉県限定です。
よろしくお願いします。

それを今まで断ってきたが、なぜ、断ってきたのかよく覚えてなくて、相馬翔に声をかけられた時、はじめて誘われた、という感覚になった。
 同年代のアイドルの女の子たちは、男性アイドルと平気でやっているのに、真面目に断っていたのだ。
lineお父さんくらい年上が好きなのに、そういう男の人からは誘われなかったからかな。
 腕時計を見たら、午後六時を回ったところだった。局から出て、車に乗る。

 テレビ局の廊下だったが、涼子は人目を気にしながら、
「いいけど、場所によるかな。見つからないところ」
「大丈夫。いっぱい知ってるよ。八時でいい?」
 彼はあらかじめ用意してあった店の名前を書いたメモを涼子に渡した。すぐに涼子から離れて、足早に去っていった。涼子の事務所はそれなりにタレント揃いだが、奥原ゆう子のところほど老舗ではなく、事務所に力がないため俳優や男性アイドルから誘われるのはよくあった。

「白がいい! こっちも一番高い日本酒を買ってくる。利恵ちゃんの奢りだよ」
ゆう子がそう言うと、「利恵の金はもともと俺のなんだけどなあ」と友哉は笑った。その笑い声に、ゆう子と利恵はほっとして、顔を見合わせた二人は涙を浮かばせた。

 松本涼子は、番組の収録の最後に、俳優の相馬翔に声をかけられた。
 涼子よりも八歳年上の若手人気俳優だ。
「二十歳になったんだよね。今夜、飲みに行かない?」

「友哉さんは、何年か前、涼子ちゃんと会わなくなってから、ほとんど遊んでないんだ。誰とも。その後、事故で車椅子、それが治ったらいきなりテロとの戦いよ。だから、遊ばなくちゃ」
 ゆう子はそう言って、指輪の通信で友哉に声をかけた。
「用意ができた。遊びにきて。ゲームも買ったよ」
 明るく言うと、
「ゲーム? 楽しそうだね。ワインがないなら買っていくよ」
と友哉が言った。

「女性に気を遣う人だから、友哉さんが、もう着替えなくていいとかいっても、笑顔で別の洋服に着替えよう。ワルシャワでそれに喜んでいた記憶があるの」
「そうだね。パンツとか持ってきて、どっちがいいのか訊くのもいと思う。ねえ、今日はどうする?」
「ゲームを買った。女の子が負けたら脱いでいくとか、そういうゲームもしよう」
「楽しそう!」

「泣きながら本音が出たね。利恵ちゃんは手料理も頑張って。謎が多い男のひとだけど、オタクみたいに洋服フェチなのは明らかだから、そのプレイをずっとしよう。友哉さんがセックス以外にしたい遊びがあったらそれも聞いて、屋外は利恵ちゃんが専門。室内はわたしが頑張る。あと、わたしの記憶で知っている涼子ちゃんと友哉さんが過去にデートした場所では、利恵ちゃんはデートはしないように」
「わかった。あとでその場所を教えて」

「とりあえず、涼子ちゃんのことで落ち込んでいるはずだから、セックスで癒し続けよう。女遊びをしないで桜井さんとずっと飲んでるんだよ」
「あんなにお金があるのに?」
「うん。女に対する信念があるんだろうけど、あれじゃ、ガーナラの副作用で死んじゃうよ」
「死なれたら困る。未来人どうこうがなくなったら、結婚を狙っているのに」

「傷つかないらしい。ひと時のショックはあっても傷はつかないらしい、そんなの風邪と一緒らしい。傷ついたら、この場合、涼子ちゃんを攻撃した意味になるから、傷ついてないって言うと思う。実際はボロボロだけどね。桜井さんとずっと飲んでるから」
「ゆう子さん、もういい。わたし、自分が甘えたで死にたくなってきた」
 利恵が頭を左右に振ると、涙が飛び散った。

「そ、たぶん、二人で山奥の温泉宿で暮らすのが夢だった。それをしたらきっとトキさんの期待も裏切るよね。利恵ちゃんとトキさんとわたしを気遣って、涼子ちゃんと復縁しないんだ。わたしは彼の哲学と信念、分かってきた。自己犠牲と目の前の愛だよ。今、目の前の真実を見る。これも口癖」
「か、彼が傷つくじゃない!」
 利恵が声を挙げた。

「う、うん」
「友哉さんとやりまくってるよね。おまけに一億円ももらって」
「うん」
「なのに、ポイしない。友哉さん、頭、おかしいよ。夢も希望もないんだって。人を傷つけるからだって」
「涼子ちゃんとの夢を叶えたら、わたしとゆう子さんを傷つける?」

 利恵が真っ青になった。
「AV女優のわたしと? 処女のアイドルじゃなくて?」
「あんた、やっぱりAV女優だったのか」
「みたいな」
「AV女優よりもすごいよ。たぶん、ずっとそう考えていたんだと思う。涼子ちゃんが帰ってきてから。俺には今は利恵がいるって。ついでに三年契約のこのバカ秘書も。だけど、戻ってきた涼子ちゃんが、結婚を約束していた女だから困っていたんだよ。ねえ、利恵ちゃん」

「AZには、無感情すぎるからゆう子さんたちが友哉様を楽しませてほしいって最近、出てきたんだ。なのに、あの時、友哉さん…、わたしたちに何か言おうとした…。涼子ちゃんが帰った後、怒る前に」
「あ、そう言えば…。わたしの名前を口にした」
「もしかするとね」
 ゆう子はまた涙を零した。
「これで利恵ときちんと付き合えるって言おうとしたんだ。わたしの名前も一緒に」

「PPKをあそこに押し付けてた時に、絶対にマリーを使っていた」
「感じやすくなるように?」
「そ、げんに大洪水でしょ。彼、わたしにも時々、こっそりとマリーを使う。わたしが疲れてる時や感じにくい時やストレスがある時に」
「うん、すごい剣幕で怒っていたけど、彼が出て行った後、わたしたち気絶してたわけじゃない。マリーを使ってたのか。男性の優しさを疑うわたしもなんか分かってきた。友哉さんは冷静で寛容な男のひとだよね」
と言う。

 ゆう子は自分に唾を吐きかけるような顔をした。眉間に濃い線が浮かんだ。そして、
「裸族でうるさい女と一億円もらって調子に乗ってる女を笑って見てくれてるのに」
と言った。そして、半ば叫ぶように、
「あのケンカの時、AZを見たら、友哉さん怒ってないの。怒ったふりをしてのお説教よ。おっぱいだけの女優とか言われたけど、それって普段も笑って言ってることで、わたしはなんとも思わない。友哉さんはそれをわかってる」
「実はわたしも濡れた」
 利恵も頷く。

「トキさんの時代の人たちがそうなのかも。だから、対等で友哉様って呼ぶんじゃないかな」
「そうだね。トキさん、あの友哉大先生をつまんないビジネスで口説き落とした唯一の男性かもしれないからね」
「つまんないビジネスよね。彼、さかんに正義の味方にはならないって言ってた。テロリストを倒して、殺人犯になったんでしょ」
「そう、人に優しくすると不幸になる。まさにその通りだ。わたしたちが友哉さんを不幸にしてるのよ」

「ロスで、恋人のわたしが別れるなら金を寄越せみたいなことを言って、たぶんがっかりさせて、そのすぐ後に許嫁が豹変して離縁したようなものよね」
「そうなるね。車に轢かれてケガをしたら奥さんと離婚。その直後の恋人、つまり利恵ちゃんにお金でセックスするって言われて、再会した結婚の約束をしていた女は豹変。それを笑っている愛人秘書のわたし。それらがほぼ、一年間の出来事だよ。あの人、よく自殺もせず正常でいるよ。前にも言ったけど、脳が進化してるんだ、本当に」

「友哉さんが自分を見失うほどの大ショックの最中に、わたしたちはどんちゃん騒ぎ。わたしは友哉さんの傷ついた心を癒すために、たぶん未来の偉い男性、トキさんに頼まれた。そして今、秘書として傍にいるのに逆に傷つけてんの」
 投げやりに言って、そして涙を滲ませた。
「未来に関わる敵と戦うために、友哉さんをわたしたちに守ってもらいたかったのかな」
 利恵はそう呟くと気分が悪くなったのか胸を自分で擦っている。

「ずっと、昔の恋人を懐かしむように、涼子ちゃんを見ていたんだ。それをわたしたちが変態みたいに言ったり」
「うん。まあ、変態みたいにお尻は見てたからそこはいいんだけど、わたしたち、喜んでいた。涼子ちゃんが消えてくれて」
「うん。そうだよ。処女のアイドルには勝てないから」
 利恵は正直に言って、目を伏せた。

「わかった? 傷つけたって意味」
「うん。わたしたち、涼子ちゃんが帰った後、ひどいことをいっぱい言ったよね。残念だったねとか」
「それを言ったのはわたし。しかも、バカにしながら。友哉さん、ベランダで帰っていく涼子ちゃんのことを見ていたのよ。呆然自失ってやつね」
「二十五歳も下の女の子は無理だって彼の道徳的な言葉も、自分に言い聞かせるものだったんだ」
「洗脳されていたとはいえ、あれじゃ、豹変した女よ。結婚を誓っていた女の子が、突然、それは嘘ですと言ったような態度だった。涼子ちゃんは悪くないけど」

「自殺する男性じゃないよ。自分の命の重さは知らないけどね」
「自分の命の重さ?」
「こんなにひどいめにばかり遭っていたら、生きてるのもしんどいからじゃないの。わかんないよ。自殺する気はないけ
ど、銃を向けられてもまったく感情に変化がないからね」
「頭がおかしくなってモデルガンだと思ってるとか」
「利恵ちゃん」
「ごめんなさい」

 そして、
「ソックスはなに?」
と訊いた。「涼子ちゃんの温泉でのファッションだよ。浴衣に靴下。お風呂の帰りに浴衣の裾から白い靴下。着替えている時に靴下は取らないで、パンツと靴下だけ。鞄の中が靴下でいっぱい。あの子、痩せてるから冷え性なんだ」
「じゃあ、これはやめた方がいいかな」
「それは聞いてみよう。逆に好きかもしれない」
「は、早く友哉さん、呼んだ方がいいよ。自殺してるかも」

友哉さんにはそれがショックだったんだ。さらに未来人にマリーを解かれたら、友哉さんへの恋着を無くしてさっさと帰っちゃった。友哉さんのショックは計り知れないよ」
「友哉さんが死にかけたのに見舞いに来なくて、元気になったら戻ってきて、また消えた婚約者?」
「はっきり言うとそうなるね」
 利恵は脱ぎ捨ててあった赤い柄のソックスを落ち着きなく、手に取って、それを穿こうとして止める。思慮深い面持ちになって、また靴下を手に取り、思い直したようにまた穿いた。

「それは分からない。わたしの夢の中では、奥さんが友哉さんの介護が嫌で離婚してる。涼子ちゃんも高校生くらいでいなくなっているんだ。転落事故の後、ここにきて久しぶりって言っていたし」
「じゃあ、衝撃の片想いならぬ、衝撃の再会ってこと?」
「うん。病院に見舞いに来なかったのは涼子ちゃんだよ。たんにアイドルの仕事が忙しくて会えなかったのか、だからと言って常識的には見舞いはするよね。お父さんと一緒にもいけるよ。公認の仲だったんだからね。なのに病院に来なかった。

「たぶん中学三年生。最後に一緒にいた時は高校一年生だと思う。入学式が見えたから。そこまでの歳になったら結婚は法的にオーケー。今、彼女はちょうど二十歳。歳の差はあるけど、もともと約束していたなら、涼子ちゃんは二十歳でもずいぶん待っただろうし、友哉さんが松本涼子の写真集を持っていたなら、彼もずっと待っていたのよ」
「離婚したのは涼子ちゃんと結婚するため?」

「だから?」
 利恵はピンと来ないのか、水を向けるようにゆう子の続く言葉を促した。
「わたしの夢の中で、涼子ちゃんと結婚の約束をして、友哉さんはとっても喜んでいたよ。しかも奥さんとはほとんど口も聞かない夫婦だったんだ」
「確かに結婚どうこう言ってたけど、涼子ちゃんは当時何歳?」

 利恵は合点がいったのか、だが、だからなんなの? という目でゆう子を見た。
「言われてみれば。でも、疑惑が晴れたなら大した話じゃないよ。解決した問題」
 利恵がそう言う。
 ゆう子はグラスに半分残っていたワインを飲み干すと、
「友哉さんは、涼子ちゃんが光で洗脳されていたって知らなかったでしょ」
と、少し語気を強めた。

「成田でわたしは否定したけど、あれで確定だ。夢の中に出ていた姉は涼子。姉じゃなくて、ただの恋人よ」
「女子高校生と中堅ベストセラー作家の恋」
「そ、晴香ちゃんの友達にして、友哉さんを好きになるよう未来人に洗脳されたのが、わたしが晴香ちゃんの姉だと思っていた涼子ちゃんだったんだ。つまり姉は最初からいない。他の温泉にいたもう一人の男性は、涼子ちゃんのお父さんだよ」

「成田でわたし、そう訊いたら絶対に違うって。じゃあ、あの二人、姉妹? 腹違い? え? わかんない」
と声を上げた。
「北の旅館だよ」
 ゆう子はバカだなあという目で利恵を見た。
「あ、涼子ちゃんが一緒に行ったって答えてたね」

「つまり、晴香ちゃんのお姉ちゃんがやっぱり行方不明とか死んでるとか」
と訊いた。
「利恵ちゃんは鈍いなあ」
 ゆう子は今日もワンペースでワインを飲んでいる。
「そのお姉ちゃんの顔、よく思い出したら、誰かに似てたんだ。松本涼子だよ」
「え?」
 利恵はビールを飲む手を止めて、

「上の娘が、学校からの帰りに、友哉さんと手を繋ぎながら結婚したいとか好きだとか言っていて、友哉さんは大人になったらしてやるよって答えていてね。とても嬉しそうなんだ。あんな笑顔はわたしは見たことがなくて、奥さんとはほとんどケンカばかりだから、余計に笑顔が輝いて見えた」
「娘が宝物なのは、晴香ちゃんとの接し方を見ていたら分かるし、父親は皆そうでしょ」
 利恵は、ゆう子が何を言いたのかわからず、ようやくビールを口に運んだ。そして、

 利恵が身構えた。
「大人の男が二人で少女を犯していたとか」
「利恵ちゃん、妄想が行き過ぎてるよ。晴香ちゃんよりも少し年上の女の子がわたしの見た夢の中はいるんだ。晴香ちゃんもその年上の子も、友哉さんにぞっこんでさ。奪い合いだよ。わたしと結婚してって」
「うーん、友哉さんはイケメンでスマートなお父さんだから、娘がそうなることもあるよ。加齢臭もまったくないから、臭いから近寄るなって言われなさそうだし」

「わたし、トキさんに友哉さんの四十五年間の映像を見せてもらったんだ。何度も言うけど、断片的ですべてではないけど、その映像の中に決まって娘が二人いて、とても友哉さんと仲良しでさ。ディズニーランドやスカイツリー。それから四人で温泉にも行ってるのよ」
「この前からの難題だよね。四人って? あと一人は?」
「友哉さんと同い年くらいの男の人」
「ますます危ない話になってきたな」

「傷つけたって? まああれだけ怒ってたから、傷ついたは傷ついたでしょ。ロリコンとか言われたし」
 利恵はビールのグラスを持っていた。話が長くなると思ったのか身構えている。
「そのハイソックがいいのかどうかって話になるよ」
「え? ハイソックス?」
 利恵が床に置いたハイソックを思わず見た。

と言い、いつものようにワインを冷蔵庫から取り出した。友哉をまだ呼ぶつもりはないようなことを言ったが、バスローブを取ると、ソファの影でチャコールグレーの高級スポーツショーツとブラを付けて、その上にはスポーツウェアのジャケットを着た。利恵も軽くシャワーを浴びた後、洗いざらしの白いシャツと下はデニムのミニにしてあった。足にはハイソックスを穿いていたが、足が蒸れると思ったのかいったんそれは脱いだ。

表紙写真は、
https://www.instagram.com/r12ryokoにあります

 だが、ゆう子が、
「呼ぶのは遅くなってもいいかな。利恵ちゃんなら明日会社も休めるし。ちょっと話があるんだ」
と利恵の気勢を制した。
「涼子ちゃんのことか。なんだか重くなりそう」
 利恵が苦笑いをした。
 いったん、シャワーを浴びにいったゆう子は戻ってくると、
「わたしたち、友哉さんをとんでもないくらいに傷つけたかも知れない」

 利恵が、ゆう子の顔を覗き込んだ」
「トキさんたちのスーツに描かれてるんだ」
「怪しすぎる。合致しすぎてる」
「その話はまた今度。今日は涼子ちゃんのことよ」
「え?」
 マンションに戻った二人は疲労困憊だったが、「すぐに友哉さんを呼ぼうよ。彼も楽しみにしていたから、ゆう子さんがジムでランニングしてるような女の子の服をきて、わたしが女子高生みたいにかっこうしたら、超喜ぶよ」と、利恵が興奮して言った。

「中国からくる新種のウイルスって友哉さんがなんとかできないの?」
 利恵が真顔で言った。
「できるよ。中国にいるコウモリの洞窟を友哉さんが、PPKで破壊の限りを尽くせば」
「今度、頼んでよ」
「断られるよ。限がないし、人類の自業自得だって言うから。彼、ニホンオオカミの研究してるじゃん。絶滅させた人間が嫌いだからね。ま、そのニホンオオカミといえば…」
「ん?」

「ピンクのシャツはいやだなあ」
 利恵が嘆くと、
「利恵ちゃんには利恵ちゃんの好みの格好をしてくれるよ。女性に一方的に押し付けているだけの男の人じゃないから」
とゆう子が笑った。
 ゆう子は時々、マスクやサングラスを外したが、利恵が一緒だからか、マスコミはもちろん、一般人も気づかなかった。

「友哉さんのパンツの好み、もろにスポーツ系。女子の洋服に色気を求めないんだけど、自分は色っぽい洋服を着るから変な男の人だよね」
と、利恵が笑っていた。
 銀座に行って、グッチの新作のジーンズとシャツを買っただけで、二十万円になった。だが、ゆう子はその友哉のファッションが好きで、別のブランド店に行くと、ピンク色のシャツも喜色満面、せっせと買っていた。

コートは例えばグレーだったら、光沢があるように光っていなければいけなく、それはブラックでもそう。艶がないとだめだということだ。本来一緒に選ばないと分からない趣味なのだが、ゆう子と一緒に歩くわけにもいかなかったし、女二人で相談して買いたい気分でもあった。
 女性用の高級ブランドのスポーツタイプのショーツを買っている時に、

「友哉さんが腕時計をしないから、プレゼントしようと思って買い物に行ったら、気持ち悪くなってできなかった。パニック障害の発作だと思うけど」
と説明する。利恵は、「そうなんだ。大変だね」とだけ言った。
 友哉の洋服は高くなった。
 あらかじめ、サイズを聞いて、二人が買ったのだが、友哉は派手なシャツや色を好み、だが、悪目立ちも好まない。

 それから青山に行き、ブティックでそれほど派手ではない大人の洋服も十着以上、まとめて買う。お金は利恵がすべて払い、総額は五十万円ほどで、「わたしが買っているブランドの服なら一着か二着の金額」と、ゆう子は小さく笑った。そして、
「こういう買い物はできるんだ。よかった」
と、ゆう子は胸を撫で下ろした。利恵が、
「どういう意味?」
と訊いたら、

 若い女の子が群れる原宿では、友哉が、涼子に恋着していると断定して、女子中高生が着るような洋服を買い漁り、渋谷ではその上の年代の流行のファッションを調べて、また買い漁り、いったんそれをゆう子の愛車の後部座席とトランクルームに押し込んだ。
「全然、いける。原宿ファッション」
 二十五歳の利恵は、とてもはしゃいでいた。しかしゆう子は元気がない。

「謙虚すぎるよ。大丈夫か。じゃあ、先にそっちに行く。もう首都高の新宿線だから」
「先に利恵ちゃんで、後がわたしがいいんだけど」
「それは優位を確信した正妻の姿勢だ」
「あ、そうなるのか。じゃあ、今日はわたしが先でいいよ」
 車は深夜の西新宿に入った。ゆう子のマンションはもう見えていた。

 ゆう子と利恵は一緒に原宿、渋谷、青山、銀座の順で買い物をしていた。

 ゆう子が孤独な人生なのは知っていた。しかし、これ以上どうすることもできない。ゆう子が口を塞ぐから、過去に何があったかも掘り起こすつもりはない。友哉は何も返事をしなかった。すると、友哉が嫌がったのかと思ったゆう子が、
「重いこと言ってごめんなさい。利恵ちゃんのところにも行ってね。わたしはトキさんからのレンタル彼女だし、利恵ちゃん、優位でやや平等にして」
と言う。

「怒り方が変態なのはどうかと思うよ」
「女を殴るわけにはいかんだろ」
「そうか。でも今度、わたしに向けて撃ってみて。きっと発射される。悪い女だから」
「まさか」
「寂しいから、友哉さんに撃たれて死のうかな」
「なに言ってんだ」

「今の俺はおまえと利恵との時間が楽しい。あと、昨夜、もう一昨日か。言い訳かもしれないが、あれは芝居だ。PPKは誤発射しないんだ」
「わかってる。AZから見て、友哉さんの感情の数値に変化がなかった。クールな友哉さんね」
「だけど、それが逆に女子には怖いだろ。すまん」
「わたしは平気だけど、そういう子もいるね。暴力よりも理詰めで責めてくる男性が嫌いなひと」
「利恵は喉奥が好きだから、まあ、こんな怒り方でいいかなって」

安倍さんの持病を罵倒する人は、自分も難病と闘いながら、
仕事をしてみろ。

「そんなの欲しがるのは親の愛情に恵まれている女だけよ。しかもいつでも彼氏がいてその彼氏からも好きだって言われ続けた女の贅沢。わたしは友哉さんとの時間だけでいい」
 ゆう子がまた恋愛の哲学を語る。
「友哉さんが自分の時間が欲しいなら。今日はいいけど」

 友哉が笑ったのを耳にしたゆう子が、
「嬉しい。毎日会いたいから」
と言った。
「自分の時間も持ったほうがいいぞ」
「自分の時間?」
 ゆう子は失笑した。

「そうか。じゃあ、行こうかな。女優さんだから、もっとお芝居を見せてほしいと思っていた」
「良かった。どんなお芝居が見たい?」
「事情があって夫とセックスしないといけない妻。不機嫌な態度で一日、淡々とセックスをしている。あ、あと、不感症の女が頑張ってセックスするけど、感じなくて呆然と抱かれ続ける。もちろん声は出さない」
「それ、わたしがうるさいから、黙らせたいだけじゃん」

 軽快にハンドルを切って、公道に出る。
「かっこ良さそうですね。わたしその車に乗ったことがないんです」
 ゆう子が言った。
「敬語はやめろよ。怒ってないから」
「あ、でも、レイプごっこの台本作ったんだ」
「いいよ。無理しないで。あんなのは勢いで言っただけだ。利恵にもそう言っておいてほしい」
「でも作ったんだ。わたし、迫真の演技をするから」

「俺は違う店に行くよ。もっと触れる店に」
と桜井が嬉しそうに言った。そして、
「良かったな。二人ともいなくなってないじゃないか」
と、友哉の肩を叩いた。

 ポルシェ718に乗り込むと、すぐにゆう子からの通信が入った。

 桜井の元カノの名前は、児玉咲。半年ほど付き合ったお金のないキャバ嬢だったらしい。彼女の財布にお金が急に増えたから問い詰めたら、「マカオのカジノで儲けた」と言った。だが、マカオには行っておらず、後を付けたら都内のハプニングバーに入ったそうだ。桜井が調べたら地下室がカジノ。胴元が、一介の警察官には手を出せない政財界の連中だった。
 店から出た友哉が、立体駐車場に向かう途中、

「乗った! なんて価値の高い報酬だ」
 桜井は呆れ返っていたが、友哉は逆に喜色満面になっていた。
「先生は素人マニアなんだdots
 そう言って、男たちに酒を注いでいるキャバ嬢を見た。

「うちの部署に地味な美人がいる。利恵ちゃんのような顔立ちだがショートヘア、剣道初段で礼儀正しい。しかも色っぽい」
「なに?」
 友哉が、ぱっと明るくなった。
「俺が土下座をして彼女に頼む。ササキトキの捜査にかこつけて、おまえの私生活を聞き出すように頼む。恋愛談義でもしながら彼女と婦人警官の制服でドライブでどうだ」

 桜井が疲れた面持ちを露わにして苦笑いをする。
「その三百億円で美女を用意すればいいじゃないか。それこそ、ゆう子ちゃんに頼んで、売れてない女優さんとかだよ。セックスしなくても女優さんの下着姿くらいで元気になるんだろう。それくらいなら奥原ゆう子ちゃんの事務所の子に頼めるんじゃないか」
「面倒臭いな」
「分かった!」
 桜井が大声を出したものだから、友哉が少したじろいだ。殴られると思ったようだ。

そして地下室が秘密のカジノだ。場所は赤坂。ボスの名前は篠崎。事務次官補だが、アメリカにコネがあるらしい。店は有名人ご用達で、だから今のゆう子ちゃんはまずい。休養中におまえとハプニングバーに入っていたら復帰できなくなる」
「ゆう子への気遣いは嬉しいが、だからと言って利恵はだめだ。また利恵に危ない橋を渡らせるのか」
「先生さあ」

「そうか。そこは俺が抑える。ボスは抑えられないが、金で動いている奴らは抑えられる」
「悪いが、今は女が傍にいないと戦えない。疲れてるんだ」
 友哉が真顔で言って、首を左右に振った。
「分かってる。その黒ずんだ目のクマを見たから頼みづらいが、本当に頼む。もとよりカップルじゃないと正面から入れない店だ。ハプニングバーの形になっていて、単独男性は紹介でしか入れない特別な店だ。

自分たちから「三密」にならなければ、
いいだけだよ。簡単だって。

「誰に?」
と言う。
「とぼけるな。裏カジノを潰して、ただですむと思っているのか。暴力団や地下組織に狙われる。女に厭きたドラッグ中毒のタトゥー野郎とFBIをクビになった男の筋肉マンがカップルで俺を殺しにくる」
「怖そうに言わないな。先生、本当は何者だ?」
「怖いよ。映画で見たことがある話だ。俺の魔法は三分一ラウンドしかもたないし」

 桜井が、友哉の腕を殴るように叩いた。けっこうな力だが、男同士で何事もない。
 友哉は少し考える素振りを見せた後、
「そうだな、行方不明はまずいか」
「やる気になってくれたか」
「俺が狙われるようになった時はどうする?」
dots
 桜井が神妙な顔になった。そして、

「怒ってない。その事実があるのは否定しない。そんなことをさらっと言うから、女にもてないんだ」
「もてたいと思ってない。アイドルの女の子や若い女優が金持ちの社長と金とセックスの結婚をするのと、あんたの元カノが裏カジノで知り合ったお偉い政治家のセックスの愛人になるのと何が違うんだって言ってるんだ」
「同じだよ。ああ、本質は同じですよ、先生。だけど行方不明なのが違う」

「年間、行方不明者は十万人。そのうち、若い女は一万人だとして、ほとんどがセックスの世界にいる。もしくは、強い男の虜。もちろんお金ももらっていてね。そう、行方不明ではなく風俗嬢にもなっている」
「俺の元カノも、どこかの金持ちのセックスの虜になっているだけで、行方不明じゃないって言いたいのか」
「そうだ。怒るなよ」

「一言、余計なんだよ。俺は、彼女が戻ってくると信じる。五分五分だ。男はそれに賭ける」
「七、三だ」
「どっちが七?」
「とどまるほう」
「先生よ。あんたみたいにはっきり言う男、初めてだよ。友達もいないだろ」
「目の前にいる」
 桜井は大きなため息を吐いたが、否定しない。

 友哉の言葉に、桜井が、
「夢や希望はないとだめだ。それが完璧な夢や希望がダメなわけで、それは認める。先生の言い方が、イエスかノーの二元論になっているから、女の子たちが嫌がるんだ」
と、たしなめた。友哉は素直に頷いて、
「桜井さん、あんた、顔がよければ警視庁で一番もてる男になれるぞ」
と言って、桜井をまたげんなりさせた。

「少しはあるよ」
「なら断る。夢や希望は持たない方がいいよ」
「アホか。夢も希望もない人生の何が楽しいんだ」
「じゃあ、訊こう。その女を助けに行ったら、ここでセックスの仕事をしているのがいいと言って、拒否されたらどうする?  桜井さんよりも、お金持ちの男たちと乱交している方が楽しいし、お金になると言ったら、あんた、自殺ものだぞ」

「そうか。なら言っちゃ悪いが、死んではいない。まだまだ使えそうだから、どこかでセックスの奴隷になっていると思うよ」
 友哉が淡々と言うと、
「おまえ、そんなことをさらっと言うから、女にもてないんじゃないのか。今はもててるけど」
と苦笑いをした。
「その元カノともしかするとやり直したい?」

「少しは驚けよ」
「無感情は最強。そして最悪に女から嫌がられる」
「クールでかっこよくないのか」
「そうらしい。わたしの胸や足にしがみついて泣け、泣け、うるさい」
「奥原ゆう子が? まあ、いいや。俺の元カノがそのカジノにはまった後、行方不明だ」
「美人か。歳は?」
「美人だ。歳は二十八歳」

「あんたたちの関係は聞いたが、こんなことは頼めないかな」
と神妙な顔をして言った。
「あんたの魔法である裏カジノを潰してほしい」
「裏カジノ? そんなの警察がやれよ」
 友哉が苦笑をした。桜井が公安警察官なのだから。
「ボスが官僚の事務次官補だ」
「ふーん、よくある話だ。闇の天下り組織」

と桜井は子供みたいに喜んだ。
 桜井のキャラが、ゆう子の好みではないようで、ゆう子はため息をついた後、
「友哉さん、今夜はうちに来る?」
と、元気のない声で言った。
「どっちでもいいよ。そんなに疲れてないし」
「車に乗ったらまた連絡します」
 ゆう子が通信を切ったところで、リングから目を逸らすと、桜井が、

「桜井さんに任せた方がいいですよ。お墓参りの日にそんな仕事したらよくないから」
「お墓も府中なんだ。足も治ったし、秩父に移さないと」
「秩父?」
「うん、親父が好きだったんだ。府中の件は桜井さんに任せるよ。今から桜井さんの電話番号を言う。これからは電話で事件のことを教えてやってくれ」
 桜井に聞こえるように言うと、
「奥原ゆう子と電話番号を交換するのか。やった!」

世界は変わり、あなたが偉業を
成し遂げる番だ

「俺の恋愛は地上にないって話か。かっこつけただけだ。今も街の喧騒の中で息切れしている。都合のいい女にならなくていいよ」
「わたしにはそういう感覚はないの。虚ろな恋愛をしているだけ」
「虚ろ? そうか。なんとなく感じるよ。やかましいのに空気に見える」
「やかましいが余計」
「利恵がだめだったら一人で行くつもりだったけど、案件は桜井さんでいいよな」
 友哉は恋愛の話が長くなるのを避けた。

「うん。他に何かありますか」
「俺の父親の命日で、墓参りに行くんだ。利恵と一緒の話だったけど、嫌われてるかも知れないからね」
「そうなんですか。利恵ちゃんなら大丈夫ですよ。逆に友哉さんに尽くすって」
「利恵がそんなことを? おまえは嫉妬しないのか」
「女が嫉妬する恋愛の次元にいないお方なんでしょ。嫉妬したり、一番を争ってたら、あなたはさっといなくなる。行き先は天空? それとも未来の世界?」

 桜井が半ば泥酔した様子で口を開けると、ゆう子から、
「聞こえたよ。また未来の世界に行ってきたんですか」
と、茶々が入った。
「どうやって行くんだ。こっちが聞きたい。今の俺の大問題は俺の独り言がおまえに聞かれることだ。ところでゆう子、さっき、十二日って言った?」
 答えが出ず、友哉は気持を切り替えた。

 しかし、レベルが4、5になると、凶悪殺人者という判定か。それにしても、
lineR12がマリー?ガーナラはガーナラ?
「どうした、先生」
 友哉がぶつぶつ言っているのを黙って見ていた桜井が、怪訝な表情を作った。
「何もかもセット。または目的が別だった。それがこの時代に対応できていない。ちゃんとしろ、トキ」
「はあ?」

トキがゆう子の避妊に気を遣ってくれていたし、トキの未来の世界では暴力はもっとも軽蔑される行為のようで、セックスのSMのようなプレイがだめなのか。いや、だったら、リングの力で女を濡らせることができるのに矛盾がある。合意した時に、光やガーナラを使い、大いにセックスの快楽に耽るのはいいのか。よく分からないな。セックスは関係なくて、ただ、俺がケンカによく絡まれて実際にやっていたからか。

「俺が敵を殺すか殺さないか判断する時の数値だ」
「女で遊んできたから悪党って評価なんだろう。俺はおまえに殺される男なのか」
「いや、ボーダーラインだ。ギリギリセーフってやつ」
 友哉が笑うと、桜井は心底安心したのか、大きく息を吐きだした。
lineなるほど、利恵もレベルが高いし、俺も高い。ゆう子は1なのは正義感が強くて優しいからだろうな。俺や利恵のようにセックスで遊んだ経験が余計にあると少し高くなるのか。

と教えた。友哉がそのままを桜井に伝えると、「俺の仕事じゃないが、それは止めたいな」と言う。
「あんたダークレベルが高いのに、いい奴だな。最初に俺を殺そうとしたくせに」
「殺そうとした? ああ、ムカついただけだ。誰でもムカつくよ」
 友哉は、桜井と初めて会った銀行の応接間の出来事を思い出していた。リングが赤く光ったのは、激高した彼の脳が興奮したから念のために警告したのかと考える。
「ダークレベルってなんだ」

 メールを覗き込んだ桜井が、「口が悪い娘だよな。成田でも辟易したぜ」と苦笑する。
「すまない。誰に似たんだろう」
 友哉の言葉に、桜井は目を丸めた。
 ゆう子から通信が入った。
「桜井さんの管轄は分からないけど、直近だと十二月の十二日に、東京の府中市で女が一緒に暮らしている男を殺した後、車で逃亡中に集団登校の児童の列に突っ込む事件があります。子供が五人も死んでる」

「俺が無理やり生き返らせて歴史を変えたんだから、それでいいじゃないか。独身ならそれほど未来に影響も与えないようだし」
「じゃあ、おまえの娘は?」
「晴香は…晴香は逆?」
 友哉は頬杖をついて考えた。晴香にメールをしてみると、若者らしく反応が早く、「学校で違和感ってなに? なんにもないよ。出席日数? 普通にあるよ。幽霊? 誰が幽霊だよ。ひとをゾンビみたいに言うな」と返信がきた。

「歴史上死んでる?」
「ゆう子が言っていた。白い服の男たちにやられてなくても、別の暴漢か誰かにやられていた歴史になっている。成田に旅行のために出向いたのか、仕事で行ったのかは分からないけど」
「俺、幽霊?」
 泣きそうな顔をした。酔っているのもあるが、公安警察官の警部補には見えなかった。友哉が本当に怖くて、小さくなっているのかもしれなかった。

と言った。友哉が首を傾げると、
「タイムカードを押しても、押されてなくてさ」
と言う。「公安にタイムカードがあるのか」と、友哉は笑った。
「桜井さんいたの? とか、よく聞かれるし、なんか違和感が俺にも周りにもあるんだ」
「あー、あんた、歴史上死んでいる人間だから、存在してないのかも知れないな」
 友哉が思わず手を叩いた。他人事のように笑っている。

「雑誌に載ってるこのペンダントを買ったらこうなります、みたいな頭の悪そうな光景じゃないか。その中に、ゆう子と利恵がいるならいいけど、知らない女たちとは嫌だ。利恵は怒ってしまったから、もういないか。でも、ゆう子はいるようだ」
「そうか。奥原ゆう子がいるのは最強だし、羨ましいよ。俺も職場でもてるようになった。だけど…」
 桜井はいったん言葉を止め、
「なんか違和感があるんだ。俺、本当に生きてるのか」

「その辺りの事情は分からないが、ストレスがあるらしいから、少しは弾けた方がいいぞ」
「あんた、本当にいい奴だな」
「いや、先生さ。顔色がいつも悪いからだよ。銀行で最初に会った時はそうでもなかった」
「うん。副作用なんだ。あんたに説明した薬の」
「それが女と遊ぶと少しは治るんだったら、高級ホテルのスイートルームに美女を五人くらい金で呼んで、一緒にシャワーでも浴びればいいじゃないか」

「おお、ジェームズボンドみたいな男にそう言われると、なんか照れるぞ」
 桜井は本当に嬉しそうに笑った。
「先生も豪遊しないじゃないか」
「十分使った。宮脇利恵に一億円」
「あれは仕方ない。テロリストの人質になった上に別れ話が出たなら、慰謝料だ」
「そのうち遊ぶよ。そもそも遊ぶためにもらった金じゃない」

「そうだな。あんた、大腸に小さな癌があったんだ。もう、引退しなよ。三億円のうちの一億円は使ったとして、警察官なんかやめればいいじゃないか。晴香の命の恩人だから、足りなくなったらまた工面するよ」
「金はもういらない。皇居の事件を解決してからちょっと仕事が楽しくなってきたんだ。周りの評価が高くなって、人生が変わりそうでね」
「金はいらなくて仕事が楽しくなったか。あんたみたいな男が増えたら平和が続くよ」

「命を投げてない。あれは計算通りだ」
「落雷を計算するのか。天才だ」
「ゴルフしてるおじさんは皆、分かるよ」
 友哉の言葉に、桜井が大きく笑った。
「おじさんだよなあ」
 そう呟いて、若いキャバ嬢と茶髪の男の子の店員を見た。
「俺のことは桜井って呼んでくれ。歳はそんなに違わない。二人ともおじさんだ」

「やめてくれよ。年下だよ」
「久坂光章って横浜の警察官を知ってるか」
 桜井が唐突に言うと、友哉が口を噤んだ。
「いいんだよ、先生。久坂さんから聞いた。その自殺未遂を繰り返していた女子高生、誰かは教えてくれなかったが、自分の命を投げて、女を助ける男がいるなんてな。宮脇利恵さんのこともあったから、あんた、本物だよ。死ぬのが怖くないのか」

「女の子と遊んでるのかと思ったのに頑張るんですね。わかりました」
 桜井は上目遣いで友哉を見て、「悪いね」と笑った。友哉よりも背が高いのに、背中をわざと丸めている。
「奥原ゆう子ちゃんはキャバクラに行っても怒らないのか。一途な片想いといい、昭和の演歌みたいな女だ」
 桜井のその例えに、友哉は大きな頷いていた。
「桜井さん、なんでそんなに腰が低いんだ」
「先生を尊敬してるんだよ」

 どこか大人しい。前日のケンカのせいだろうか。しかし、友哉はゆう子が監視してくれていてほっと胸を撫で下ろしていた。
「お父さんのところにいるの?」
 父親の介護に行っているのかとも思い、訊いてみる。
「あ、違うよ。すみません。しっかり監視してます。ちょっと飲んでるけど」
「彼に仕事を一件頼みたいから、近場に凶悪事件がないか、調べてほしい」

「はい。大宮にいる友哉さん。昨日はごめんなさい。さっきのチンピラですか。レベルは3だったけど、レベル4以上か警察官全員集合しか友哉さんの相手にならないよね。隣の男の人もちょっとレベルが高いけど、大丈夫ですか」
「桜井さんだ」
「あ、本当だ。すみません。ぼうっとしてて」

 涼子は典型的なファム・ファタル。男を破滅させるのが生き甲斐の女。それを計画的に実行する。しかし、利恵は自然体かもしれない。
「その方が厄介か」
 友哉は苦笑いをした。気を取り直してリングでゆう子に通信した。桜井にはリングのことを、「通訳、電話、病気の治療。なんでも出来る指輪だ」と説明してある。
「ゆう子、監視してる? さっきチンピラに絡まれたけど」

命はひとつしかないが、学校の友達は、
またできる。新入生へ。

自粛しないのがカッコいいとか、
そんなレベルじゃない。自粛!

コロナの騒ぎで世界と戦う麻生太郎さん

「生きるためのセックスじゃない女だと思う」
 利恵のこと、先程のキャバ嬢のことを言う友哉。
「さっきの子なら奨学金のためにバイトしてるって前に言っていたよ」
 桜井がそう擁護すると、友哉は「そうか。すまん。後で謝る」と呟いた。
line利恵。おまえに惚れている。涼子もそうだが悪女が好きなのか、俺は。

 桜井が友哉の心の内を読んだかのように、
「同じくらい悪態を吐いていたと思うけど、利恵ちゃんに怒るってことは、先生の中では彼女が恋人なんだな。ゆう子ちゃんは本当に片想いか」
 少し溜め息を吐くが、
「複雑そうでわからん」
と言い、また息を吐き出した。
 なぜ、お金ばかり見ていた彼女が魅力的なのか。

 誰もいなくなったら、今度は場違いな音楽が気になる。演歌だった。誰か店の隅でカラオケをやっているようだ。
「キャバクラの何か楽しいんだ」
「独身男の唯一の楽しみだ。おまえに金をもらってから、楽しさ倍増だよ」
「だから何か楽しいんだ?」
「若い女が楽しい」
「あんなの金のことしか頭にないパーじゃないか」
 そんなことを言ったのに、お金を欲しがった宮脇利恵を思い出した。

「惚れてないよ。それにどっちかと言うと利恵に怒った」
「もしかして、奥原ゆう子の片想いの男がこの人?」
 キャバ嬢の女の子が言った。歳は十九くらいだ。勝手に自分のカクテルを頼んでいる。
「男? ゆう子は男を男の人って言うぞ。しかもおまえ、客に向かってその口の聞き方は変だ。本当にここはVIPルームか」
「まあまあ、先生、怒るなよ。女に怒らないって誓ったんだろ。君ら、奥原ゆう子の話は忘れて、俺とこの人をしばらく二人だけにしてくれないか。後でまた呼ぶ」

 いかにも目を美容整形している女の子が慌ててハンカチを太ももの上に置いた。まるで、目玉のお化けだが、それがもてはやされる時代だ。
「奥原ゆう子は整形してないのか」
「してないと思う。自然な造形だ」
 奥原ゆう子の名前に、女の子たち三人が興味を示した。
「どうでもいいよな。奥原ゆう子なら多少整形していてもなんでも。あんなにバカにされても、それに怒った自分に落ち込んでるくらい惚れてるんだから」

「副作用だ。あんまりそれまでと違う生活をすると、反動でぽっくりいくぞ」
 桜井は思わずグラスを落としかけるくらい、体を固まらせた。
「ロックはやめた。水割りにする」
 桜井にグラスに水を足すような言われたその彼女はとても美女だったが、化粧は濃い。ミニスカートの太ももの上にハンカチを置かない女の子が一人いて、太ももの隙間を桜井がじっくりと眺めている。
「あ、ハンカチ、忘れてた。桜井さんは本当にエッチだね」

「いない。適当に飲んだら消えてもらう」
 キャバ嬢が三人、暇そうな顔をしたまま、ぞろぞろと歩いてきて、二人の隣に座った。
「代行は頼まないよ。ここで酔いがさめるのを待つことにする」
 友哉は彼女たちをちらりと見ただけで、桜井にそう言った。
「わかった。こいつはウーロン茶。俺はブランデーをロック。おまえに生き返らせてもらってから、妙に酒に強くなったんだ」

「御名答。そのストレスはキャバクラで治るかもね」
「おお、言うね。そうこなくちゃ」
 チンピラに絡まれた勢いで友哉は、桜井と一緒にキャバクラに入った。桜井の行きつけのようで、彼を見た店長の男が二人をVIPルームに通した。
「口の堅い美人を三人くらい呼んで、他は入れるな」
 桜井に命じられた店長は「わかりました」と頭を下げた。
「口の堅い女っているのか」

と、話すのも嫌そうに言うが、桜井には友哉が疲れているように見えたのか、
「今、腕力を使って疲れたのか」
と心配そうに訊いた。友哉から蘇生された桜井も少し体調に変化があり、ガーナラのことを友哉から聞いていた。
「違うよ。ケンカが強い弱いってあの女が言った。その話が嫌いなんだ」
「好きになったある女はケンカが強い男が好きで、好きになったある女はケンカをするような男は嫌いで、恋人が変わる度に、男は強くなったり弱くなったりしなくちゃならない。つまり、さっきのようなバカに対処する方法がない」

 友哉に追いついた桜井が苦笑している。
「素敵なバカカップルだ」
 細い足を軽快に動かす友哉は無表情だった。
「ノーベル賞、取れるはずねえのに。まさに言ったもん勝ちってやつか」
「よく言われる。ヒットしても誰かのもっとヒットした作品と比較される。トップのトップのトップにならないとずっとアンチみたいな奴らに中傷される仕事だ。匿名でポルノ小説を書いていた方が気楽だ」

 桜井が警察手帳を出すと、男は驚いて後退りして、「おまえの本、売れてねえな。ノーベル賞、取ってみろよ。どうせ、奥原ゆう子のヒモだろ」と叫びながら走って逃げて、なんと彼女を置いて行ってしまった。
「あのバカ面で本を読むのか」
 友哉が苦笑いをしていると、残された女が、「警察がいなかったら、わたしの彼の方が強いよ」と嘯く。友哉は女を無視して、早足で繁華街の奥へ歩き出した。
「置いてきぼりにされたわりには、男に失望しないんだな」

と怒鳴った。ところが、その巨漢の男が友哉を見て、「おお、片想いの男じゃねえのか」と声色を変え、声を上げた。いかにも酩酊している様子だ。
「ああ、奥原ゆう子の男だ」
 女も声を上げた。
「まずいな」
 桜井が逃げようとすると、巨漢の男が桜井の腕を掴んだ。その腕を友哉が払うようにして叩く。
「佐々木、やめろ」

 繁華街を二人で歩いていると、若い女を連れた巨漢の男が「おいおい」と叫びながら、桜井に体をぶつけてきた。巨漢の男の腕にしがみつくように歩いている派手な女がうっとりしている。どうやら、ケンカが強い彼氏が好きなようだ。しかし、桜井は刑事。友哉が思わず吹き出すと、巨漢の男がいきり立った。
「オヤジ、なに笑ってんだよ」

「焼き鳥屋が嫌なら、あっちに風俗がいっぱいある。あとで行きなよ」
「おまえも一緒だ。代行で帰れ」
「なんで人気女優と付き合ってる男が、風俗店に行くんだ」
「社会勉強? 今さらなんだが」
 友哉と桜井は、そこで話を止め、ビールを飲みだした。
 焼き鳥で胃袋を膨らませた二人は河岸を変えることにする。

と愚痴った。汗まみれの若い店主が「え?」と思わず声を出した。
「仕事、大変だね。今のは冗談だ。俺たちもこう見えても大変なんだ。このおっさんはちょっと前に多臓器不全で一回死んだくらいで、本当はお酒は禁止」
「このイケメンは、交通事故で足が動かなくなったところで、妻に離婚されてノイローゼ。お互い頑張ろうな」
 友哉と桜井がそう言うと、店主は笑って頷いた。

「まあ、美人は調子に乗るから、たまにはお灸をすえないとだめだって」
「怒るといなくなるじゃないか」
「おまえ、そんなに女に弱いのか」
「弱くはない。いなくなるのがなんだか嫌でね。居場所が分かればいいんだが…」
 茶褐色の甘辛のタレが肉から零れ落ちるほどのもも肉の串焼きを口に突っ込んだ桜井が、
「居場所ねえ。なあ、なんで三百億円もあって一本百円の焼き鳥屋なんだよ」

 ひどく落ち込んでいたが、
「そりゃあ、あの二人が悪すぎる。煽ってるようなものだ」
 慰めてくれたのは桜井真一だった。友哉は、涼子がその時にいたとは言わずに、元カノの話をして笑われたと説明した。女優やアイドルに好かれていることを自慢しているようになるのは嫌だった。

「友哉さん、どこに行ったんだろう。一人が寂しい人なのに」
 ゆう子はそう呟き、涙を浮かばせた。

 埼玉県の中心部にある狭い焼き鳥屋に、友哉はいた。二つの雑居ビルの間にあり、息が詰まりそうな店だ。
 ゆう子と利恵にPPKを向けた翌日の夜だったが、友哉はあの日から寝てなかった。
lineもう二度と、女には怒らないと誓ったのに、またやってしまった。

「あのお爺さん、涼子ちゃんに帰ってきてくれてありがとうって言ってたのにdots
 ゆう子がベランダの外の薄暗い空を見た。
「パーティーの席からもいなくなるのかな」
 ゆう子がそう呟くと、利恵が少し顔を上げて、思慮深い面持ちで、ゆう子と同じようにベランダを見た。
 新宿の夜は、友哉が夢に見ている沖縄の夜空とは違い、星が見えない。

「寝取りで他の男の精子を顔にかけてもらってそれをつけたまま、街を歩いて友哉さんのマンションかホテルに行くのか。昔、似たようなことはしてた。あ、思いだした。顔に出された後、カラオケボックスの会計をわたしがしたんだ。罰ゲーム」
「あんた、実はAV女優だったんじゃない? それ、AVの企画でしょ?」
 ゆう子がため息をついた。

 ゆう子が苦笑いをした。
「うん。ゆう子さん、それにわたしを怒ってたのね。今、気が遠くなるほど反省してる。わたし、宝くじが当たって偉そうにしている奴みたいになってた」
 利恵が慌てて下着を穿きながら言った。
「さっきのプレイ、厳しいけどやるの?」

その当たり前も友哉さんはやろうとしないくらい優遇されてるしね。コスプレで車に乗るのや着替えをスマホで見せるのが嫌なら一億円は返した方がいい。友哉さんの言うとおり、他に手を挙げる貧乏な子、一万人はいる」
「うん。一億円もらってコスプレが嫌だって贅沢過ぎる。上から目線で癒してやるかって態度でいたし」
「明らかに利恵ちゃんの「チャラい」に激怒してたけど、チャラいのは利恵ちゃんじゃん。誰でも怒るよ」

「うん。反省しよう。お金目当てのメス豚だって自分から言って、セックスだけの女は嫌だって矛盾してる。ねえ、わたし、ちょっと漏らした。下着、貸してくれる?」
ゆう子は新品の下着を持ってきて、利恵に渡した。
「形は違ったけど、利恵ちゃんにブチ切れたでしょ。こんなことは言いたくないけど、出会ってすぐに一億円ももらったら、セックスばっかりは当たり前で変にかっこつけないほうがいいよ。

「実はわたしは初めて見た。あの銃を撃ったところを。腕時計を壊されたことはあるけど、撃ったというよりも銃口が光っただけだったからね。やっぱりイーサンハントだ」
「トムクルーズ?」
 惚けている利恵を、少し睨んだゆう子は、
「一から十まで私たちが悪い」
と、まっすぐな声柄で言った。

「うん。さすがにそれは解明できないけど、疑った方がいいかも。R12ってなんだろう。未来の武器か何かの名称を知っていた。友哉さんはトキさんに未来の世界にいた記憶を消されてるのかもしれない。dotsあ、ダークレベル2のままだった。良かった。利恵ちゃんを撃ち殺す気も殴る気もまったくなかったみたい」
「十分、DVかセクハラだけど」
「今のセクハラは楽しかったよ。なんなの、あのリングの熱は? 乳首にビって。超感じてしまった」

「赤い光線で、ふ、服にだけ穴が開いてる」
 利恵はハンガーが壊れていないのを見て、その射撃の芸当に驚きを隠せないでいる。そして、
「佐々木友哉だって自分を誇示した。そんな男、いるの?」と言った。
「大作家じゃないもんね。結局、未来の世界の偉い人なのか」
「わたしたちの時間の数秒間に、行ったり来たりしてるのかも」

「涼子と俺との歴史を俗語で嗤いやがって。俺の恋愛は地上にはない。dotsいいかおまえら」
 ゆう子と利恵は襟を正すように座り直した。
「恋愛ごっこがしたいなら、まさにチャラい男の子のところへ行け」
 友哉はそれ以上は何もせず、何も言わず、マンションから出ていった。
「ち、地上にないってdots。言うことがヤバいよ。あれは帰ってこないと思う」
 ゆう子の額に汗が滲んでいる。

人間の真実と本心は、病の中にある。
それを見抜け。

 女の本質を語る友哉。女嫌いを剥き出しにするが、

lineきっとずっと涼子ちゃんを守ってきた

と、ゆう子は思った。学校の虐めでボロ雑巾のようになっていたのだろうか。それが今は人気アイドルになったのだ。

 彼がわたしが着るブランド物の洋服を嫌がるのは、わたしがなんら自信のない女だったからなんだ、とゆう子は分かった。
 利恵は、『俺が辛い時だけ』と譲歩した友哉の優しさに触れた。
「男の本性を知りたいと言ったり、それを語らせたりして、女はその時は満足するが、半年もしたらいなくなる。それを語らない誠実そうな男のところに行って、またその誠実な男に本心を語らせて、最初は自分のモノになったと独占欲を剥き出しにしてうっとりしているが、次第に苦痛になってきて、また別の誠実な男に乗り換える」

 友哉はいったん言葉を止めると、
「天下の佐々木友哉だ」
と力強く言い放った。
「俺に従え」
 ゆう子と利恵が絶句している。
「二択だ。俺に従うか、テロとの戦いをやめるか。何しろ、こちらにはガーナラの副作用がある。二日に一回は地獄を見ている。おまえらと恋愛ごっこをしている余裕はない。俺の気分に従え。健康的なおまえは、スポーティーなファッションに変えて、大人しく俺の手を握って寝ながら、AZの研究を続ける。利恵はそのままのファッションでいいが、一億円分のセックスと家事を俺が辛い時にしろ」

「俺がこの銃とリングを使って、世界を統治してもいいが、そんな価値はこの世界にはない。逆に滅ぼすぞ。それも面倒臭いからこんなにモノが溢れた世界に執着しないで、なんにも飾らない松本涼子のような女を口説いて、その新しい彼女をぼうっと見てる人生にしようと思っていた時期があった。南の海を見ているように。俺はロリコンなんだろ。おまえらのお望みどおり、どこかの美少女を連れて沖縄に行くよ。言いたい放題、ぺらぺら喋りやがって。俺は合コンにきた安っぽい男じゃない。俺はdots

 友哉は急に右腕を反転させると、ハンガーにかけてあったアレキサンダーマックイーンのワンピースをPPKで撃った。ワンピースには無残にも穴が開いた。
 ゆう子と利恵は声も出せずに、ワンピースの焦げた穴を呆然と見た。
「わたしは汚い過去がある女だとほのめかしながら、一着三十万円以上のワンピースを新着が出る毎に着まわして、何を主張したいんだ」
dots
 ゆう子は何も答えない。

 サディズムを露わに語る友哉。拳銃による強烈な愛撫に感じていた利恵は、声を出そうと頑張ったが、あまりにも怖くて逆に自然な声が出ない。友哉がゆう子を見た。
「おい、涼子を愛してるって話じゃないぞ。俺は目の前の真実を愛する。おまえも利恵もいい感じで濡れてるじゃないか。愛しいよ」
「はい。御名答。ぬ、濡れてます」
 半ば震えながらだが、ゆう子の言葉遣いは変わらない。友哉はそんなゆう子を見てくすりと笑った。
「かわいいやつだ。しかし、あれはいい加減にしろ」

俺が愛してるのは目の前の真実で女じゃない。
俗語で片付けるな

涼子は出たり入ったりの女だが金には目を向けない。晴香は娘。世界中の兵士、諜報員、警察官がそうだ。子供がいるから戦っているだけだ。誰が汚れた世界のために命がけで戦うんだ。価値があるのは金を欲しがらない涼子のような女だけだ。その涼子もセックスを覚えて、歳をとってくると、おまえのように金のお喋りばかりするようになる。おい、声を出せ、利恵!」

「ほう。それでいい。無料奉仕でこの世にあるすべての変態セックスを続けろ。見てみたい、純愛とやらを。どこのカップルも夫婦も、別々のカフェでパートナーの陰口ばかりの世の中だ。大半が金の問題。こんな金に塗れた愛のない世界は恐竜が絶滅したように一瞬で滅びてしまえばいい。皆が一緒に死ぬなら、俺は大歓迎だ。金と欲にまみれたこの狂った世界のどこに助ける価値があるんだ。俺がテロリストと戦うのをためらう理由はそれだ。分かるか。トキが正義の味方なら、俺はあんな爽やかな正義の味方はごめんだ。晴香と涼子がいたから了解しただけだ。

軍の兵士にそんな報酬はあるのかってな。おまえの一億円に対する反撃はこうだ。首都高のコスプレとドライブ先のラブホのセックスだけで一億円は高いって、日本中の女の子たちが、まさに手を挙げる。その子たちに二億円払って、尽くしてくれる女とセックスを楽しむって話だ」
 利恵が肩をすぼめた。泣き出していないが、ゆう子をちらりと見て小さく頷く。
「その代わりは、百万円はいらないって言いたかったの」

「その代わり?」
 友哉が目を剥くと、ゆう子が、「利恵ちゃんの話を聞いてあげて」と思わず言った。
「あ、あのdots
 利恵が口を開こうとしたが先に友哉が、
「おまえに条件を提示できる権利があるのか。別れるか、俺が納得するまで俺の性奴隷かだ。一億円は危険な目に遭わせた慰謝料のつもりだが、別れてないなら話は変わる。おまえはロスで俺の三百億円に因縁をつけた。

「寝取りの男たちの性病検査は俺がしてやる。顔に精子をつけたまま、街を歩いて、その美貌を軽蔑されながら俺の部屋に来い。その度に百万円やるよ。嫌ならやらなくていい。そのまま消えろ」
「えdots
 利恵がようやく声を出した。
「ゆ、友哉さん、涼子ちゃんがいなくなって利恵ちゃんまで捨てる気? 落ち着いて」
 ゆう子が声を震わせた。
「ごめんなさい。やります。その代わりdots

 ゆう子が神妙に頭を下げた。おでこと首筋に汗が滲んでいた。すると、友哉はリングがはめられている左手を伸ばし、ゆう子の乳房の上を触った。
「熱!」
 ゆう子が声を上げた。
「ふざけてばかりだと、乳首を焼き切るぞ」
「ちょ、ちょっと気持ちいいけど」
 ゆう子が口に手をあてる女の仕草を見せて喜んでしまっているのを見た友哉が、「おまえはいい」と言って、また利恵を睨んだ。利恵の顔面は真っ青だった。

 口から涎だけを吐きだした利恵を見て、つまらなそうに言うと、今度は利恵のだらしなく開いた股間に銃口を押し付けた。ショーツの上から膣に食い込んでいる。
「妊娠しないペニスだ。これでセックスをしようか、利恵」
 利恵の股間に銃を押し付けたまま、
「ありがとうございますって言えよ。おまえらを美人だってさっきから言ってんだよ!」
 遂に怒鳴った。
「は、はい。顔だけです。ありがとうございます」

「拳銃のフェラチオは興奮するか。PPKは男のよりも短いから寝取りで他の男とやっていろいろ比べてこい。男のペニスと拳銃は人類の邪悪の象徴だから、おまえにぴったりだ。すぐに口に出す俺のにも似てるだろ」
 顔を接近させて、興がった様子で言った。そしてようやく銃を利恵の口から離した。
「なんだ。これは射精しないのか」

「本気じゃねえよ。女の口を責めるのは人類史に燦然と輝くSMプレイだ。ごめんなさいが聞こえない。謝る気があるなら股を開いてそのまま漏らせ」
 利恵はだらしなく足を開いて、白い下着を大きく見せた。数秒ほど、利恵の股間を見ていた友哉が、「人の家だから許してやる。ただし、メス豚はこれから人間みたいにトイレには行くな。ホテルの部屋のそのへんで垂れ流して自分で掃除しろ」と命じた。
 利恵は、銃をくわえたままさかんに頷いた。

 今度は利恵に銃口を向けた。そしてその銃口を利恵の顔に近づけて、なんと口に押し込んだ。
「もう一度、チャラい男って言えよ」
 口をふさがれた利恵は、「ごめんなさい」と二回言ったが、「聞こえないな」と友哉は言い、口角を持ち上げた。
「あの口の悪い涼子にも言われたことがない。晴香にも律子にも。チャラい、軽い、軟派、軟弱、ヘラヘラしている。その類の言葉を言われたのは、四十五年生きてきて初めてだ」
「友哉さん、危ないよ。さっきのお爺ちゃんが、本気になったら撃てるって」

「わたしをレイプしろと言った台本が読めない顔とおっぱいだけの女優」
 怒気が詰まった重苦しい音を喉から出していた。ゆう子に銃口を向けている。
「はい。ごめんなさい」
 真顔で謝った。
「おまえのごめんなさいは聞き飽きた。裸で部屋をウロウロするな。セックスをスポーツと言い張るアイドル女子大生か、おまえは。もういいから自分の指で大人しくやってろ。dotsチャラい男しか言い寄ってこないオーラがまったくない美人OL」

 トキたちが造った未来のその銃はセーフティー機能が備わっていて、友人やダークレベルの低い人間に誤発射をしない。それでもゆう子と利恵は金縛りにあったかのように動けなくなった。しかも、『友哉様が本気になったら傷をおわせることはできる』と、さっきの老人が言っていた。友人も敵になったと判断すれば撃てるのだろうか、とゆう子は思った。
「涼子ちゃんのこと、そんなに好きだった? ベランダで泣いてた?」
 ゆう子がそう直截的な言葉で訊いたが、逆効果だったようで友哉はそれを無視して、

「ちょ、ちょっとdots
 ゆう子は、冗談なのにまさか怒った? と焦ったが、ベランダに出たのは泣いていたのか、涼子を探しに見に行ったのかも知れないと分かり、体を固まらせた。友哉が仕事のこと以外でこんなに複雑な、どこか悔しいような顔をしているのを初めて見たのだ。
「友哉さん、マジにならないでdots
 利恵も顔色を変えている。その利恵を一瞥して、友哉はなんと手にワルサーPPKを現わせた。

 ゆう子がワイングラスを持ち上げて、乾杯の仕草を見せた。
 すると友哉は、ゆう子のそのグラスを奪い取り、テーブルの上に叩きつけるように置いた。ワインがグラスから飛び散り、友哉の髪の毛についたが、彼はそれを拭わず獲物を見つけた肉食動物のような目を見せていた。赤いワインが額に落ちてきて、それが血に見えた。
 ゆう子から見ると、利恵のトイレを盗撮した男を睨んだ時の目に似ていた。

合格おめでとう。全国の受験生、おめでとう

忘れたい事があるならバカな遊びに興じたらいい。
考えてはいけない

日産を救った男を大悪党にする
日本の大人のお子様たち

 友哉の話は二人には嬉しいものだったが、ゆう子が「セックスで始まる恋はセックスで終わるとか、二十五歳も離れていたらだめとか、なんか友哉さんらしくないね」と言うと、利恵も、「チャラい男が頑張って真面目な振りをした感じのセリフ」と、追撃をした。
「松本涼子の小さなお尻を舐めるように見ていたくせに道徳的なこと言って、らしくない。ストレス発散のために、やりたかったって正直に言えばいいのに。でも、もういなくなっちゃったからわたしがお尻を小さくするようにダイエットするよ」

 友哉は力なく呟くばかりで、ベランダに出てどこかを見ていた。
「機嫌が悪いからロリコン疑惑の検証はやめようか。テンドウって誰のことかな」
 利恵がそう笑っていたら、友哉はベランダから戻ってきて、「知らねえよ。トキの仲間だろ。そもそも、二十五歳も離れている女の子を今さら口説くことなんかしないし、俺には君たちがいるから、女日照りで困っているわけでもない。松本涼子を口説く理由はますますない」と言った。

 何か言いかけたが、ゆう子がその言葉を遮るように、
「あ、処女だって言ってたか。北海道の旅館でもやらなかったのね。偉い。でも今なら犯罪じゃないから、人気アイドルとやれそうだったのに」
と笑った。ゆう子はライバルが消えたからか、とてもはしゃいでいた。
「元カノが帰ってこないことを祈っていたけど、あっさりといなくなった。エッチはアイドルじゃなくて女優で我慢してね」
「そうだな」

「もうその話ばっかり」
 利恵が口を尖らせた。ゆう子は、
「びっくりした。昔からそんな関係だったんだ。まさか婚約してたの? あとで説明して。婚約してたとしても、それがマリーの効果だったら、少女レイプになるよ」
と、とてもじゃないが笑えないことを言う。友哉は顔を曇らせている。「どこの記憶が無くなったんだ」と呟いた後、
「やってないよ。セーフだな。まあ、これで利恵dotsそれからゆう子とはdots

苦しむため、バカにされるために
生まれてきたんじゃない。やり直せる

あなたとしたいのはセックス。

何が悪いの?わたしは女よ

 少しだけ友哉を見て、そしてまさにほんの少し首を傾げる仕草を見せた後、涼子は玄関に向かった。
「まさかの展開。さっきのお爺さん、どうするんだろう。未来人なのに大失敗?」
 ゆう子が呆然としていた。
「友哉さんに無関心だったのか。そういう女の子に使ったマリーの効果が切れるとああなるんだ」
 利恵が大きく息を吐き出しながら言う。自分はああならなくてよかった、と顔に書いてあり、「もし、利恵ちゃんもああなったら、一億円を逃すところだったからね」と、ゆう子が笑った。

 ゆう子が友哉の顔を見た。友哉は、苦笑しているだけで何も言わない。涼子が立ち上がり、「またワインを飲みに来ていいですか。オーパスワンが今日は無かった」と言う。
「えっと、松本さんは友哉さんの許嫁じゃないの?」
 利恵がそう訊くと、
「許嫁? なんの冗談ですか。晴香のお父さん、相変らずかっこいいですね。奥原さんと熱愛ですか。ちょっと妬けるな。でもまあ、晴香パパですよ」

 テーブルの上の週刊誌を見た涼子は、
「よかった。危うくわたしと先生が熱愛になるところだった。奥原さんがいるのに」
と言った。
「涼子ちゃん、成田空港の近くの病院ではありがとう」
 ゆう子が確認するように訊いてみる。目を丸めて、神妙な表情になっていた。
「成田空港? ああ、この前ですか。晴香に来てくれって言われてマネージャーと行ったけど、何をしにいったのか覚えないんです。ずっと寝てたのかな。後で晴香に聞いてみます」

 初老の彼が涼子の肩に触れた。手に水晶のような銀色の玉を持っていて、それが緑色に光った。
 涼子が目を閉じた。すっと落ちていくように眠ってしまい体を崩し、利恵がそれを支えた。
「トキ様もすごい賭けに出るものです。緊張しました。涼子さんは今、ストレスになっていると思うので、私のことは忘れるようにしておきました。では私はこれで失礼します」
 初老の男、チャーリーは山間にある濃い霧が風で流れるような消え方をした。
 すると涼子が目を覚まし、ゆう子と利恵が身構えた。

あなたには価値がある。
教育を受けた日本人は頭が良い

最後の○○が何度も出てくる
あなたが強ければ。

同じ時代を生きた
違う時代の人もあなたの友だ

 ゆう子も真剣な口調で訊いた。
「涼子を守っている妙に強い連中だ。彼らは俺よりは若い。テンドウはもっと年寄りだ。この御老体が友情を育んでいる。そんな感情が出ていた」
「友哉様、我々の世界の心配は無用です」
「涼子ちゃんを守っているって?」
 ゆう子が訊くと、
「我々の世界から見守っています。それで幸せじゃないですか。友哉様も、皆さんのことを毎日見守っていますよ」

「テンドウ? テンドウがトラブルになる確率は?」
「テンドウ様を知ってるのですか」
「知らん。だがトリプレックスやらの中にはいないのに、テンドウ様と呼ぶなら相当な位にいる人物だろう。なになに様が増える一方だ」
「単純に三十%ほどではないかとdots
 初老の男、チャーリーが真顔になった。
「トリプレックスってなに?」

「ほう、俺をそんなに好きなのか。そりゃあ、びっくり」
「うるさい。好きも嫌いも楽しければいいのよ」
 二人のやり取りを聞いた利恵が、
「友哉さんにうるさいdots。わたしでさえ、言った事がない。まさに今どきのカップル」
と言った。
「確率は七十七%。これでいいのでしょうか」
 R89を見て呟く。

「涼子さんからマリーを外すのは、トキ様からの要望で、涼子さんの学業も終わり、歌手の仲間とも諍いもなくやっているのを確認したためです。そして涼子さん、ちゃんと戻ってきたので。でも、外すのはリスクが高いかも知れません。テンドウ様は大丈夫なのでしょうか。なんかわたしも冷や汗が出てきました。涼子さん、いいですか」
「どうぞ。そのクスリを消されてもわたしは何も変わりませんので」
 自信満々に言い放った。

「そうですよ。好戦的とはいえ、いつも友哉様をこっそり見ていたので」
「じゃあ、外しても友哉さんを好きなままってこと?」
「それは良いことです。なにか問題でも?」
 余裕のある老人の笑みに、ゆう子は黙ってしまった。

「それは、利恵さんが、マリーを与えられる前から友哉様を好きだったのではないですか。マリーとはそういうもので、涼子さんにマリーを与えたら友哉様と即セックスというものでもありません。ただ、好きな人を好きでいる。それだけのことです。犯罪的なハッキングではありません」
と老人が答えた。利恵が思わず頷いた。どこか安堵の表情も見せる。
「うん。それはわたしたちも検証した。つまり涼子ちゃんはそんな子供の頃から友哉さんが好きだったってこと?」

「今から光を使った…つまりハッキングを解きます。長期間、効き目があるマリーだったので外すと彼女は少し失神すると思いますが、すぐに目を覚ましてその時に彼女がどうなるか、ちょっと予測がつきません」
「利恵ちゃんが、友哉さんにその光を外されても、友哉さんのことを好きだったけど」
 ゆう子がそう訊くと、

 利恵がゆう子を睨んだが、友哉は、「それはそそるな」と笑った。
「ほら、少女のベッドの中を妄想してる。ロリコンじゃん」
 ゆう子が勝ち誇ったような顔で利恵を見た。利恵が「あとで検証する」と頬を膨らませて言った。
 初老の男は苦笑いをしながら、「緊張感のない楽しい女性たちですね」と言い、涼子に近寄った。
「なんですか」
「よく帰ってきてくれました。会えなかった時期の傷は友哉様が癒してくれますよ。存分に、このお方で遊んでください」
「?」

「かわいい」
 利恵が思わず呟いた。
「その程度の効果なら、マリーなんて際どい光を中学生の涼子に与えるなよ。間違いが起こったらどうするんだ」
 友哉は涼子から手を離すとソファに座って、PPKもしまっていた。呆れた表情を見せている。
「間違いは起こってると思うよ。そんなに惚れちゃったら思春期の一人の部屋でいろいろね」
 ゆう子が呆れかえった口調で言った。
「いやらしいこと、言わないでよ」

「喋れるようになった」
 ポツリと言う涼子。うっとりした瞳で友哉を見上げた。
「失語症だったの?なんで?」
 ゆう子が声を上げた。
「食べることもできるようになった。あなたはわたしのお医者さんで、ミステリアスヒーロー」
 友哉の手を握って言う。もう、女の顔になったまま、溶けそうな笑顔だ。

「マリーです。友哉様。落ち着いてください。そんなことはありません。マリーの効果は、人を睨む涼子さんにはよく効きました。そして九割以上は友哉様の努力です。その友哉様の努力に彼女は惚れたのでしょう」
「惚れてないもん」
 涼子が口を尖らせて言うと老人が、
「本当ですか」
と笑った。すると、「うそ」と小さな声を落とし、友哉を女の目で見た。

「始めのうちは友哉様にも好戦的だったので、涼子さんのサディズムを抑えるためにもマリーが必要だとトキ様が判断された」
「あんた、サドなの?」
「ゆう子、黙ってろ」
 友哉が間髪入れずに言うと、ゆう子は「はい」と言って背筋を伸ばした。
「涼子が立ち直ったのは、俺のアイデアや努力じゃなかったのか。R12の効果か」

 涼子がポツリと言って、友哉を見た。少し、目が潤んだように見えた。
「友哉様のアイデアは、晴香様と涼子さんを友達にして、涼子さんの父上と四人で温泉やイベント会場に遊びに行くというものでした。しかし、当時の涼子さんは、友哉様の娘の晴香様のことも警戒されていたので、我々が涼子さんにマリーを与えました」
「なんで、あんた、晴香ちゃんを警戒するのよ」
 ゆう子が思わず言うが、涼子は答えない。

 ゆう子に水を向けると、ゆう子が思わず頷いた。
「友哉様、脳が復調してきましたね。良かった」
 友哉が頭痛を嫌がるように頭を左右に振っている間に、老人の話が始まった。
「リングの話は複雑なので、皆さんは後でこのお美しい天才女優に聞いてください」
 初老の男がゆう子に手を向けた。ゆう子は虚を突かれたのか、きょとんとした。
「その昔、涼子さんのお父上が、友哉様にある相談をされに行った。涼子さんを連れて」
「覚えてる」

学校の虐めを放置するこの国を変えよう

「マリーです。友哉様、どうしてR12を知ってるのですか」
「え?」
 友哉が珍しく、体を固まらせる。
「トキの仲間の誰かが言ってたdots
「言ってませんよ。私の名前はなんで知ってるんですか」
「さっきから自分で言ってるじゃないか」
「言ってませんよ。ねえ、ゆう子さん」

「まあまあ、皆さん、揉めないでください。実は涼子さん、あなたに我々が光を与えたのです」
 ゆう子と利恵が思わず顔を上げた。
「光? まさかマリー?」
 ゆう子が声を上げた。すると友哉が、
「R12じゃないのか。チャーリー」
と老人に訊く。

「浮気してる男みたいに聞こえる」
「してるじゃん」
「してない。この状況をよく観察してほしい」
「どう見ても浮気」
「違う。俺とおまえは別れている」
「なにー?」
 涼子が目を釣り上げた

 友哉がそう言うと、
「それがわたしたちのいつものデートでしょ」
と、彼を睨んで言う。ゆう子と利恵がいることが相当、気に食わないようだった。
「函館は人探しも兼ねてたから許す」
「ああ、見つからなかった。すまなかった。歩かせて。許すって何回も言ってたが、その口癖、やめてくれないか」
 少しばかり恋人同士のような会話をして、二人は視線も重ねた。

「ありますよ。別にいいでしょ。彼氏なんだから」
 利恵が、涼子を凝視している。そして、
「いつ?」
と消え入るような声で訊いた。
「高校一年生の冬。最後のデートかなあ」
 また、つんけんして言った。
「デートじゃなくて、おまえが俺の取材旅行に一緒に来ただけじゃないか」

と言った。ゆう子は手になぜかテレビのリモコンを持っていて体を固まらせていた。どうやらワイングラスと間違えているようだった。
「もしかしたら、別れてないんだっけ? 愛着してる涼子」
dotsさあね。そーゆー話もあったかなあ」
 涼子が投げやりに言って、そっぽを向いた。
「あ、あんた。北海道の旅館に友哉さんと行ったことがあるか。嘘は言うな」

「はい。もちろん、使ったのは光の技術です」
 友哉は、老人から少しだけ目を逸らしながら「ありがとう」と呟いた。老人が目を細めて、友哉を見た。息子を見るような目だった。友哉が、老人に背を向けて、ゆう子たちに体を向けた。演説するように、
「改めまして、皆様。こいつがゆう子に会う前の彼女。隠していたのはわざとだ。偶然再会したが、もう別れたつもりだったから隠していた。しかし、こいつは自分で遠距離恋愛とか言ってるよ」

「それから確認したいことがある」
「なんでしょう?」
 友哉がトキの使いの老人に近寄った。ゆう子たちは声も出さずに呆然としている。その中で、涼子だけはどこか勝ち誇った顔に変わってきていた。
「涼子の家の庭で、彼女が高校一年生の時に妙な魔法を使ったのも、トキたちか」
 涼子にはもちろん、ゆう子と利恵にも聞こえないように訊いた。

「お二人は以前からのお友達なのですが、まだ仲良くなっていないようなので」
「え?」
 利恵が声を上げた。友哉が、思いだしたかのようかのように、
「そうか。二人が同時に現れたから変だと思った。本当は俺と利恵と出会った時には、もう二人は友達になっていて、利恵が、涼子の口癖を懐かしいって思うのか」
と言った。『イケメン小説家は怖いな』のことだ。

「そうですよ。だけど久しぶりに会ったら、女が二人もいた」
と、涼子はつんけんしながら言った。
「トキの使いの御老体。それをばらすのは自然か」
「おや、神経質なお言葉。ばれてないのが不自然で、利恵さんが気づいていないのが、そう、まさに不自然なんです」
「へえdots
 友哉が首を傾げた。

「学生の頃、友哉様にそう言って了解してもらった。それを実現させたいと思っている。あなたの夢ですね」
 涼子は頷いた。そして、
「なんで知ってるんですか」
と、当たり前の疑問を口にした。
「許嫁?」
 ゆう子が思わず叫んで、その口を開けたまま動かなくなった。
「編集者の娘と作家が不倫?」
 利恵が涼子を見て訊くと、

 老人が涼子に目を向けた。ベランダに立ったままだが、それほど離れてはいない。涼子は、体をびくっとさせた。
「涼子ちゃん、大丈夫よ。これがわたしたちの秘密で、あなたが仲間になれるかどうかって話だと思う」
とゆう子が言った。
「あなたは友哉様と結婚したい」
「え?」
 驚いたのは涼子だけではなく、ゆう子と利恵も目を丸めた。

 友哉が饒舌になったところで、
「それが迷惑なんです」
と老人が、ぴしゃりと言った。
「な、なんで? 小説のネタなのにdots
 年長者に叱られた友哉が、目を泳がせたのを見て、「やっぱ、未来の偉い人じゃないな。普通の男ね」と利恵が溜め息をついた。友哉が砕けたからか、利恵は少々、落ち着いてきたようだ。
「では松本涼子さんdots

「今度は説教か」
 友哉が目を丸めると、老人は少しだけ友哉を睨み、
「世界最強の殺し屋はどこにいますか」
と訊いた。
「確か、ネパールのインドの国境近くの村なんだ。インドとネパールを旅行した時に立ち寄ったけど、治安が最悪。逃げて帰ってきた。そいつ、村人に化けているから、国際警察が見つけられなくてdots

「それは俺の性格がいい加減だからってジョージに言われたぞ」
「そうですか。そうだと思いますよ」
「なにい?」
 友哉が頓狂な声を出す。
「涼子さんの居場所は知らないのに、世界を動かしているような男たちの居場所を調べてらっしゃる。小説のネタのようですが、仕事よりも愛する女性を労わってください。そちらの美女たちも失いますよ」

「涼子さんに会いにきました。友哉様を追跡していたら、涼子さんに会えると思って頑張っておりました。アイドルとやらのお仕事、あちこちに移動するので、涼子さんになかなか会えなくて四苦八苦です」
「なんで涼子ちゃんに会いたいの?」
 ゆう子が友哉とトキの使いを交互に見ながら訊いた。
「ほう、本当に涼子の居場所が分からないのか」
 友哉が老人に訊くと、彼は少し頷いた。

「おや、そうでしたか。ジョージは利恵さんを見ていないからではないでしょうか」
「利恵ちゃんが女神?こんな淫dots
 利恵が身を乗り出して、ゆう子の口を塞いだ。
「ゆ、ゆう子さん、あんまり冗談が過ぎると、さすがのわたしも怒るよ」
 笑みを零していたが声は笑っていない。ゆう子をきっと睨んだ。
「トキの世界は女が少ないから、わざわざ美女を見に来たのか。どうぞ、ここは美女、展覧会だ」

 涼子は少し震えていた。利恵が優しく抱きしめているが自分も怖いから、涼子に体を寄せているのだ。
「ゆう子さん、はじめまして。おお、あなたが利恵さんですか。なるほど、女神と言えば女神に見えます」
「は?」
 利恵が目を丸める。
「若者と爺さんとじゃ、利恵の見解が違うようだな」

「何をするのか知らないが、来る前に計算して来い。思い付きでやってくるから、俺に撃たれそうになるんだ」
「まったくその通りでございます」
 老人が頭を掻きながら笑った。
「話が全然見えないんだけどdots
 ゆう子が、初老の男と友哉を交互に見て言った。
 未来の人間を初めて見た利恵も言葉を無くしている。

「次から来る若い奴には、普通に話すように言っておいて欲しい。腰が低すぎる。カロリッチは態度が悪かった。おまえら、極端すぎるぞ」
「分かりました。善処いたします」
 老人は頭を下げると丸い水晶のような物体を手の中に出した。AZが出てくるようにそれは突然彼の手に握られていた。
「R89じゃないのか」
「R89もあります。この後の確率を計算しないとdots

 初老の男は首を傾げるが、なのに説明をする気はないようで、
「若者に自信を付けさせていただいたようで、ありがとうございます」
と、友哉に頭を下げた。
「ジョージか。あいつがオドオドしていたと思ったら急に生意気なことを言いだしたからだ。俺は何もしてない」
「友哉様に生意気なことを? 彼は戻ってから胸を張って歩いてます。体が弱かったのに、自信がついたのか、トキ様も目を細めてますよ」

 今度は、手品のように手の中に出した布きれで汗を拭いながら大らかに笑うが、友哉は面白くなさそうな顔をしていた。
「このマンションも位置情報を破壊しているようだが、突然現れるな。レベル不明で撃ってしまう」
「このマンションは何もしてませんよ。我々が友哉様とお話をするために来るには適した場所です」
「このマンションは安全?」
「はい。おかしいですね。その説明がなかった? 若い者を派遣すると友哉様に緊張してしまうんですね」

「別の者たちが守っています。奴らも人手不足で、そうそうは押し寄せてこられません。晴香様の家の周りや学校の位置情報を破壊してあるので、直接飛び込むこともできないので、成田のようなことはありません」
 ゆう子も利恵も知らない話をしている。
「そうだったな。それなら娘の着替えや風呂も見られなくて安心だ」
「はい。わたしにはもう興味がない話ですが、若い者たちは見たかったようで、叱っておきました」

「老人は撃たないように、別の者に聞いたはずではないですか。わたしに悪意がなくても、友哉様が本気になれば傷は与えられます。カロリッチが殺されるかと思ったとdots
 彼は手で額の汗を拭った。
「温度差がありすぎる。車に突然乗りこんできた男と笑顔で握手をするのか。とにかく玄関から入ってきてくれ。晴香のガードはどうなってるんだ」

大切なものは失ってから分かるから、
今月も冷静にね

 友哉が横目で玄関の方を見ると、老人も視線を玄関に投じ、
「はい。申し訳ありません」
と老人が深々と頭を下げる。まるで、友哉が王様で老人がその執事のようだ。
「一秒もかかったのか。妙な現れ方をしたら一撃だぞ」
「はい。気を付けます」
 利恵がパニックになっているのか、ゆう子ではなく肩を抱いている涼子に、「友哉さんって何者?」と訊いている。涼子が震えながら無言で左右に首を振った。

「友哉様、そのRDを仕舞っていただけませんか」
 老人は顔面蒼白のままだ。
「ベランダからいきなり現われて、人に悪態を吐いたり、寝ているゆう子を見たり、車の中に突然飛び込んでくるおまえらを笑顔で迎える奴がどこにいるか」
「ゆ、友哉さんに一票」
 利恵が震えながら呟いた。
「あれが入口だ。分かるか。玄関というドアだ」

「友哉様、カロリッチが言ったのは本当ですね。わたしが現われてからたったの一秒dots速い」
 感心したように言った。
「だ、誰?」
 混乱してるのは涼子だった。友哉は拳銃を持っている。ベランダには奇妙な男がいる。パニックになって当たり前だった。
「ベランダが視界に入る場所に座っている。トキもベランダから俺の部屋に入った。ゆう子に会いにきた時もきっとベランダから侵入」
「さ、さすが、めっちゃ疲れているスパイ」
と、ゆう子が言ったが、驚いているからか棒読みだった。

 友哉が突然PPKを手に持ち、涼子の方に向けた。正確にはベランダにだが、涼子は仰天して、体を反転させようとして倒れた。
「ちょっと友哉さん!」
 涼子の近くにいた利恵が、涼子の肩を抱き寄せた。ゆう子は思わずベランダを見ている。
「友哉様、撃たないでください。トキ様の使いのものです」
 銀色の服の男は、初老で日本人ではなく、南国色をした顔を強張らせた。

「君ね、君が俺を許すって言ってる意味が分からないけど、まあ、そのスリムジーンズはかわいいよ。だから、まさに許してくれないかな。つまり、昔話をやめてくれないか」
 友哉が涼子の下半身を見て、そのまま、じっと涼子のお尻を見ていた。
 ゆう子が、「やっぱり、涼子ちゃんはかわいい?」と、口をアヒルのようにして言うと、「皆、かわいいよ」と、また何事もないような顔で言う。
 その時だった。
「誰だ」

 涼子が言うと、友哉がやりきれない表情になった。
「まあまあ、後輩よ。遠距離恋愛じゃ、男性はいろいろ困るよね。友哉さんの場合、わたしの知っている限りでは風俗に行かないで、性病のないプロ愛人と遊ぶみたいだから許してやれ」
と威張って言った。
「許してますよ。いっぱい」
 含み笑いを見せたが、目付きが悪くなっていた。

「それにどこかに、セックスの愛人が常にいましたよ。読者の女かプロの。そうそうなんとか奈那子とか言うAV女優とも仲が良かったみたい。晴香に聞いた」
と笑みを零しながら教えた。友哉は浮かない顔で、テーブルの上にあった誰かのワインを口につけた。
「まあ、それはちょっと見えてたけど、付き合っていたほどじゃないよね」
「遠距離恋愛の子をほっといてAV女優か」

 友哉に釘をさされると、涼子が口を尖らせて、
「いましたよ。遠距離恋愛みたいな女が」
と言った。友哉が涼子を凝視した。
「マジで? だから見えなかったのか」
「見える? 見えない? 友哉先生の何かのデータでも見たんですか」
 涼子がきょとんとした顔をしていると、「黒猫リンリンはかわいいな」と、友哉が笑った。
 涼子は「かわいい」と言われて機嫌を良くして、

 ゆう子は腹巻の上からスウェットを着て、お腹を隠した。
 涼子がワイングラスを持ったまま立ち上がると、皆から離れるようにベランダの傍に立った。
「友哉先生がもてないってdots。こんなに綺麗な女が二人もいるのに」
「うちらと会うまで、彼女いない歴、四年以上だったようだ」
 ゆう子がそう教えると、涼子が悩ましい表情をつくって、少し肩を落とした。
「そ、そんなはずはないです」
「おい、妙なことを口にするなよ」

「知ってるよ。この下のブヨブヨしたのはなんなの?」
と笑った。
「ああ、肉だよ。肉」
 ゆう子が憮然とした顔を見せると、利恵が大笑いをした。涼子も思わず笑っている。
「笑えないよ! 利恵ちゃんと涼子ちゃんが超痩せてるから!」
「面白いだろ。俺のジョークは」
「一生忘れない。わたしの体を使って笑いを取るとは。しかもわたしが一番気にしている部分を責めるなんて。そんなだからもてないんだ」

「奥原ゆう子が腹巻?」
 利恵が驚愕した。
「この際、そんなことはどうでもいいのだ。いざとなったら裸に腹巻も考えるよ」
「どうしてこんな滅茶苦茶な女を友哉さんが好きなのか、わからなくなってきた」
 すると、友哉がゆう子に近寄り、
「好きとは言ってないが、ゆう子、これはいったいなんだ」
と言って、ゆう子の腹巻を人差し指で突いた。
「腹巻だよ。まさか知らないの?」
 ゆう子が真顔で驚くと、

「水着の頁ばっかり見てるんですか」
「もっと水着の頁を増やしてくれ。でも写真集でなんかしてるわけじゃないよ」
「やだ。なんですかそれ」
 涼子は、大人の下品な言葉に怒り、ワインを一気飲みした。すると、ゆう子が「なんかお腹が痛い」と言い出し、トイレの方を見た。
「ほら、すぐ裸になるからだよ。トイレ、開けたまま入らないでね」
 利恵がたしなめると、ゆう子はトイレには行かずに寝室に入って、しばらくすると、ティシャツの上に腹巻をして帰ってきた。

「まさか、涼子ちゃんがいるとは。まあ、美女が三人もいて壮観だな」
と言い、そのくせ、誰にも視線は投げなかった。それを見た涼子が、
「先生はわたしの写真集を買ったって聞いてたのに、実物は見ないの?」
と言った。病院での溢れ出た想いの言葉は、ゆう子と利恵に知られないよう口に出さないようだった。友哉もそれが分かり、ふざけた口調で、
「水着じゃないから」
と言った。

と言って、あえて廊下で彼にkissをした。酔っていて、それくらいなんでもないようで、すぐに二回目のkissをした。
「み、見せつける仲間?」
 涼子は苛立った顔つきになった。
「あんたが、友哉さんとわたしたちのラブシーンを見て、なんで怒るの?」
「他人のラブラブを目の前で見て、気分がいい女がいますか」
 友哉は、大手町界隈で買ってきたワインを冷蔵庫に入れて、

「ちょっと眩暈がする。ロスの後遺症かな。ホテルでも寝てたのに何度も起こされた」
 よろよろと歩いている友哉に、利恵が駆け寄り、たまたま横がトイレだったからかそのまま二人でトイレに入った。涼子が、「え?」と思わず声を上げた。
「トイレで超変態なことをする仲間よ。あなたもそれに加わるの?」
 ゆう子が不敵に笑って言うと、すぐに利恵がトイレのドアを開けて、
「ゆう子さんがそう言うと思って、わざとトイレに入ったのよ。もう、ゆう子さんのジョークは読めてる」

「国王のハーレムの中には奴隷の男の子もいた。それでもいいのか。この時代では、男の子では犯罪だから、イケメンの大人の男を用意して、ハーレムにしようか。それなら、ゆう子も楽しいよな」
「ああ言えばこう言う。女を論破する男はもてないって言ってるでしょ」
 ゆう子がワインを一気飲みした。
「もてる気はないって言ってるだろ。すまん、利恵、来てくれ」
 今度は利恵を呼びながら、靴を脱ぎだした。

「友哉先生が、成田でわたしを好きになったそうです」
「うふふ」と笑いながら言う。少し口を尖らせたその笑い方に、利恵が「かわいい」と感動した。
「利恵ちゃん、そいつのルックスに感動してる場合じゃないよ。今のが本当ならあの男は三股を目指しているハーレム男になる。国王になる気だ」
 酩酊した目付きで言った。

「うん、でも会うのが怖い。わたし、なんか悪いことをしたのかな。お母さんに会うと、それを見ている人たちから怒られそうな気分になるの。石を投げられるみたいな」
 そこまで言ったところで、
「あんたたち、何コソコソ話してるのよ」
とゆう子が言った。涼子が、友哉から離れてリビングに戻ると、
「あんたたち、本当はかなり仲良しなんじゃない?」
と、ゆう子が訊いた。涼子は気を取り直して、

 耳元で呟く。
「なに、やぶからぼうに」
 友哉を睨もうとしたが、すぐに目が泳いでしまった。
「さっき松本と連絡した。お母さんの世話を父親と妹だけにさせておくのはどうかと思うぞ」
「お金dots入れてるし、でも、帰ろうとすると足がすくむんだ」
「すくむ?」
「お母さんが怖い」
「もう学校に行けとは言わないだろ」

 友哉はコインパーキングから、ゆう子の部屋の玄関の前に転送されてきた。
「え? 涼子dotsちゃん。なんでいるんだ」
「週刊誌にいろいろ書いてあったから心配で。マスコミには見つかりませんでしたか」
 玄関から入ってきたと思った涼子は、突然、友哉が現われた事に驚かなかった。
「大丈夫dots
と言いながら、涼子を手招きして呼んだ。涼子が、ゆう子と利恵を無視して友哉に駆け寄る。
「おまえ、なんで実家に帰らないんだ」

「なんか、かわいいなあ。松本涼子」
 利恵がトイレの方を見て言った。
「まあ、普通にアイドルだし」
「妹にしたい感じ。背が低くて、表情がコロコロ変わって、我儘そうで、口がたつから叱ってあげたい」
 利恵の言葉に、
「へえ、利恵ちゃん、そんな母性みたいな優しさがあるんだ。意外」
 ゆう子が笑うと、「失礼な」と利恵が、ぷいっと顔を背けた。

「だったら戻ってきたんだから、友哉さん、元気ハツラツになるはずだよ。あの子、友哉さんの居場所すら分からないようだから、連絡も取り合ってないんだ」
「処女が本当なら、友哉さんはやってないことになるしね」
 利恵が胸を撫で下ろした。
「でも、転落事故を救ってもらって惚れた可能性は高い」
「歳の差はあるけど、友哉さんが若く見えるし、もともと知り合いならありうるね。うーん、でもdots…」
「でもdots?」

 どこか自信満々だった。
「彼が来るなら?」
 利恵はまさかこの女も友哉さんが好きなら、本当にそれは自然なことなのだろうか、と、ゆう子同様、疑うようになってきていた。涼子がトイレに立った時に、
「あのさ、成田でも訊いたけど、あれ、怪しいよ。例の元カノがやっぱり涼子ちゃんなんじゃないの?」
と、ゆう子に耳打ちした。

「ほら、やっぱりだめだ」
 涼子はいつの間にか冷蔵庫の前にいて、冷えたワインを探しているようだった。
「白がないなあ」
「じゃあ、友哉さんに持ってきてもらおう」
「そうしてください。お二人の話じゃ、友哉先生がコスプレが好きなのしか分かりませんから」
 涼子はシャトームートンロートシルトを手に取った。
「わたしのミニスカの方が魅力的ですよ。今日はジーンズだけど、彼が来るならスカートが良かった。これも空けていいですか」

「ロリコンじゃなくて、服フェチでしょ。こういう格好が好きなんだって」
 利恵が語気を強めながらそう言い、涼子の服装を見た。シンプルな、どこにでもいそうな女子高生に見える。実際には涼子は二十歳だが、背も低く童顔なのでなおさらだった。
「なのにゆう子さんはそれに反発して、ブランド物の服ばっかり着るから、だからだめなんだって言ってるの。そのあおりを食ったわたしがもう秋なのに浴衣を着せられたりしてるんだから」
「わたしの人生は全裸かブランドなんだ」

 涼子がゆう子を少しだけ睨んだ。利恵も困惑した顔をして、
「難しくてわたしも分からないのよ。それより、ゆう子さん、我慢って、まさに正妻になれない愛人のようなセリフなんだけど、ロスで注意したよね。自分を卑下しすぎるの」
 利恵に叱られるが、酔っているゆう子はかわまず、
「だって、友哉さん、ロリコンなんだもん。VIOを完全に処理しておいてよかった。友哉さんが涼子ちゃんに見惚れている時に、わたしは我慢しているよ」
と、また言った。

 ゆう子の言葉に、「友哉さん、来ていいのかな」と利恵が困惑気味に言った。
「仲間にはしたくないけど、涼子ちゃんがいれば回復するのは分かってる。美少女で処女の破壊力抜群。利恵ちゃんとわたしが生理の時は、涼子ちゃんのキスでしのごうか。友哉さんがいいって言うならわたしは我慢する」
「我慢ってdots
 利恵が呆れかえった。言っていることが、常にあからさますぎると思った。
「低体温の話ですか。それが女の色気で治る理由も教えてほしいです」

と、けっこうな怒気を見せた。
「そもそもゆう子さんは日本中、大騒ぎなのに記者会見も開かないし、マンションの前はマスコミだらけ。隠れて入ってくるのに、必死ですよ。友哉先生はどこにいるか分からなくて、お父さんも困ってる。友哉先生はどこにいるんですか」
「休養中なのに、記者会見なんか開くか」
「じゃあ、先生はどこ?」
「都内のホテルに常泊している。でももうすぐ来るよ」

「お二人は、仲良しですね。じゃあ、友哉先生はまさかの双子。わたしすら知らない兄か弟が実はいて、お二人は兄と弟の両方とそれぞれ付き合ってるってことですか。成田の先生がわたしの古い知り合いの友哉先生で、ロスの人は兄弟の人で影武者みたいになっててdots
「あ、それいいな」
 ゆう子が爆笑した。利恵も酩酊した様子を露わにしながら笑っていた。すぐに涼子は怒りだして、
「違うんですか。もうさっぱり分かりません。じゃあ、仲間にしてください。だから秘密を教えてください。仲間になるにはどうすればいいんですか」

「か、かっこいいしdots
「し?」
「良い小説を書くしdots
「し?」
「頭がいいしdots
「し?」
「もういいよ。ゆう子さん、しつこい」
 利恵がゆう子の頭を雑誌で叩いた。

「仲間にするのはちょっとdots
 ゆう子が拒んだ。利恵は、来るものは拒まずのゆう子さんが珍しいなと思い、しかしすぐに、恋敵として涼子を警戒しているんだ、と分かった。
「あんたはなんでそんなに友哉さんを気にするの?」
 ゆう子の目が据わってきた。
「クレナイタウンで助けてもらったしdots
「し?」

と教えた。利恵は「ロスで聞いたよ」と言っただけで、それ以上は訊かない。
「そのロスでは何をやらかしたんですか。病院でお手伝いした時に、先生は成田の近くにいたのに、その一時間後にロスで発見されていましたよね」
「それはわたしたちの仲間にならないと言えない」
 そう言ったのは利恵だった。奥原ゆう子と付き合っているのだから、有名アイドルにもすぐに慣れたのだろう。

「あの、友哉先生の話がしたくてきたんですが」
 涼子が、「どうでもいいよ」という表情を作って言う。
「松本さんは、友哉さんのことを友哉先生って呼ぶんですね」
 利恵に訊かれた涼子は、
「そうですよ。佐々木先生じゃ、父と同じ呼び方だから」
と言う。ゆう子が、
「お父さんが編集者で、彼女は友哉さんのことを昔から知っているみたい」

「すごい。こんなに超かわいいのに処女。まさに国宝」
 利恵も目を丸めたまま、涼子を讃えた。二人ともバカにしている様子はなく、利恵に至っては、手鏡で自分の顔を見ていた。自分は汚れていると思ったようだった。
「涼子ちゃん、素晴らしいオチだった。わたしは敬服するよ」
 ゆう子は頭は下げなかったが、なんと脱いだショートパンツを素早く手にして、きちんと穿いたのだった。

「この場合は、その鞄の靴下で、わたしもなんか猥褻なことをしてますって言うのよ。彼氏が靴下フェチで涼子ちゃんの足を舐めるとかね。するとわたしと同列になって、お酒が美味しくなる。それが飲み会だよ」
「すみません。処女です」
「え?」
 ゆう子と利恵が同時に、しかも大きな声を出した。
「本物の清純派アイドルだ」
 二人とも目を見開いて驚愕している。

 涼子がたじろいだのを見て、利恵が、「ゆう子さん、ありえない。そんな大御所タレントみたいにかわいいアイドルの子をイジメて」と、ゆう子を少し睨んだ。すると、
「わたしが身をていして恥をさらしているのに、そんなかわいい話でまとめられたらかなわん。黒猫リンリンだっけ? ここではそれは通用しない」
と言う。利恵が、「ま、確かにかわいくまとめたオチだったよね。千円って」と納得してしまった。涼子が、「やっぱり怖いな。あのひとがいないと」と呟くが、ゆう子には聞こえない。
「すみません。どう言えばよかったですか」

勝負に出ていれば、いずれは勝つ。
何もしないことは弱さだ

平和が続くことを祈る

男と女は出会うために生まれ
別れるために生まれたんじゃない

「靴下なら、わたしがいっぱい持ってますよ」
 涼子が自分の鞄を見た。
「夏も冷房で足が冷えるじゃないですか。わたし、三足、千円の安い靴下がいつも鞄に入ってます」
「だから? オチは?」
 涼子の話がつまらなかったのか、咎めるように言う。
「え? オチ? オ、オチはないです」

 利恵が目を丸めると、
「わたし、そこまでバカじゃないよ。半信半疑だ」
と笑った。
「なにそれ。勢いで喋ってるんだ。もう真面目に聞かない」
「全裸で靴下を穿いたり脱いだりして、いわゆるあそこをチラチラ見せていたら、心底嫌がったしね」
「全裸で靴下、マニアだね」
「マニアを意識したんじゃなくて、男性を興奮させるための技のつもりだったけど、友哉さんが嫌がったからやめた」

「最初は短パンみたいのを穿いてたのに脱いだの。たまにおっぱいも出すの。もっと注意してくれる?」
 利恵も呆れ顔だった。ゆう子が、涼子を見ながら、
「友哉さんの前では基本、全裸で胡坐だよ。わたしの部屋で何が悪い」
と嘯いた。
「全裸で胡坐? ありえない。友哉先生はそれでいいって言ってますか?」
「何も言ってない。もしかすると、とっても嫌がってるかも」
「あれ? さっきまで喜んでるって言ってたのに?」

 ゆう子と利恵が一緒にため息を吐いた。
「昔、お父さんと一緒に会った時にも、足を見られて怖かったですよ。今、思えばわたしのミニスカが悪いんだけれど。見せておいて見たら怖いって矛盾していることはアイドルをやっていて痛感したから、今ではファンの男性たちにおおいに見てもらっています。だけど、ゆう子さんのその下着だけの姿は変です。女子会なんで」
 上がスウェット。下は薄いオレンジ色のショーツで胡坐をかいて座っている。スポーティなショーツだが、下着は下着だ。

「毛沢東は、ものすごい性豪で、人民の命なんかなんとも思わない独裁的社会主義者の代表格なんだけど、ゆう子さんが言うには優しさの欠片もなかった男らしくて、友哉さんとは違うって話をしていたのよ」
と言った。
「毛沢東と友哉先生となんの関連があるんですか。女の子の足が好きなだけで、政治には詳しいけど、その活動はしない作家さんですよ」
「足フェチだからなあ」

と気持ちと違った言葉に変える。
「佐々木友哉研究会だ。彼は毛沢東になるか」
「毛沢東?」
「若い子は知らないと思うけど、中国にいたとんでもない奴だよ」
「知ってますよ。若い子って言うけれど、お二人とも若くて、毛沢東の話はできないと思いますよ」
「利恵ちゃんがね。博識なのよ」
 名指しされた利恵が、すました顔で、

 涼子は、ワインを自分でグラスに注いだ。
「悪口を言って楽しめって言われた」
 利恵がそう言うと、涼子が神妙な目付きになった。そして口の中で、
「変わってないじゃん。イケてる」
と言う。
「え? なに?」
 ゆう子が問いかけると、
「悪口は良くないです」

「確かに適当。急にやる気無くしたり、またやる気になったり大変だよ。あんな頭のおかしな男の人がまた結婚なんて考えるはずない」
 ゆう子が真顔で言うと、利恵は利恵で、
「友哉さんと結婚は悪くないけど、即、離婚しそう。散財してセックスして食べるだけで、人生は終わりよ」
と言った。
「あのひとの悪口を言う女子会なんだ」

「そうですか。すみません。あの、彼dots友哉先生って、適当に生きてる男の人だから、公然の二股もありえなくはないけれど、ゆう子さんはトップの人気女優で、そちらの方もまあまあ美人じゃないですか。友哉先生は独身なんだから、どちらかと結婚をしたいとか考えてるんじゃないですか」
「結婚?」
 ゆう子と利恵は顔を見合わせた。そしてすぐに、吹き出す。
「何がおかしいんですか」

「ウソウソ。そうならまだ救いはある。二人ともセフレ。または二人とも彼女で二股」
 利恵の言葉にゆう子が大きく頷く。それを見た涼子が、
「気持ち悪い女子二人dots
と、また首を傾げながら呟いて、気持ちをしっかり持とうと思ったのか、頭をさかんに振ってから、
「すみません。ゆう子さんはこちらに座ってくれませんか」
と先輩を気にするが、「涼子ちゃんと話をするなら正面がいいじゃん」と、ゆう子が制した。

 ゆう子を凝視した。
「二股」
 ゆう子がすました顔でワインを口にした。
「酔ってますね。それ、本当ですか」
 今度は利恵を見やる。
「うーん、厳密に言うと、ゆう子さんは仕事上のセフレ。わたしが彼女?」
「あー、本心言った!」
 ゆう子は思わず叫んだ。

「普段もそうして男の人を魅了していると錯覚してる女に見える」
「今の男子なら、あなたみたいなボーイッシュな美少女が好きだと思う」
 二人はそう言いながらも、ケンカもせずに、まず利恵が腰を下ろした。
「静かに罵り合う異様な光景」
 ゆう子が首を傾げている。
 気を取り直した涼子が、
「この利恵さんって人があの人の彼女なら、ゆう子さんは本当に片想いなんですか」

「そうですか。わたしには平凡な美人にしか見えないけどdots
「あなたも、かわいいけどアイドルらしい華が見えないよ。気が強そうだし、マザコンの男の子ばかりがファンじゃないの?」
「うーん、当たっているけど、スカートをフワフワさせているお嬢様に言われたくない」
「そこから移動しただけ」

「どーしたのー?」
と、ゆう子が二人の間で手を上下に振った。
「オーラのないアイドルdots
 ポツリと言ったのは利恵だった。すると、涼子が、
「見慣れた美女。どこにでもいそう」
と応戦する。しかし、二人とも物静かだ。
 ゆう子が、
「利恵ちゃんなら、個性的な美人だと思うけどdots。うん、タイプじゃないって男性もいると思うよ」
と言った。

 利恵はスカートの裾をふわっと浮かせながら移動をした。そよ風が舞うようないつもの所作だ。
「可憐な方ですね」
と涼子が無表情で言う。
「うん。清楚可憐なこちらは友哉さんの彼女の宮脇利恵さん」
 利恵の隣に座ったゆう子がそう紹介すると、涼子が、
「え?」
と、声を出し目を丸めた。利恵をじっと見る。すると、利恵も涼子をまじまじと見つめた。長く見つめ合う二人。


 白い薄手のニットとブルージーンズのシンプルな出で立ちの涼子は、利恵を見て、「お友達がいるなら帰りますね」と、玄関で言った。
「紹介するよ。重要な人物だから」
 ゆう子がそういうと、涼子が少しだけ首を傾げながらスニーカーを脱いだ。
 利恵が、「わあ、かわいい」と声を上げて、ソファに座るよう、自分が絨毯の床に移動した。
「あ、下でいいですよ」
「わたし、スカートだから床がいいの」

「松本涼子だ。ひい。本物dots
 利恵が声をあげた。
「どうしたの?」
 ゆう子がモニター越しに涼子に訊いた。
「週刊誌を見たから来ました」
 涼子がとても納得する回答をしたので、ゆう子はエントランスからの扉のロックを解除した。
「次から次へと敵がやってくる」
 ゆう子のセリフは本当に面白いと、利恵は思い、また思わず笑っていた。

                            第十一話 了

「行ってないらしい。映像と資料、それと本人のゲノムから採取したって」
「毛沢東やヒトラーのゲノムがあったのか」
「どっかにあるでしょ。妙な夢を持つと、傷つくよって叱られた。その男性が野心なんか持たないよ」
「言い得て妙だなあ。都会に夢を見て、東京の大学に入って、ボロボロになった」
 利恵がしんみりと呟いた。
 時間がどんどん過ぎていき、二人とも完全に酔いが回ってしまった時に、インターフォンが鳴った。友哉と思ったら、モニターには、松本涼子が映っていた。

「ヒトラーとか毛沢東はレベル5。参考資料で、過去の独裁者たちや凶悪犯罪者たちの名前が出てくるんだけど、目の前に敵や宗教観の違う人間が現われて、それをきちんと分別しないまま殺す奴らだよ。5のまま下がらないらしい。政権批判をした子供に対しても5のまま銃殺。家族と恋人に対しては少し下がるけど、恋人が不愉快なことをすると、一瞬で5に戻ってレイプして殺す。他に、嫌悪している人種か職業の人をそれこそ、誰彼構わず殺す。切り裂きジャックがそうね」
「過去に行って調べたのかな」

「ネクタイが手刀で真っ二つ。しょぼい彼のカメラがキックで粉々。あ、利恵に近づいたら、今度は首を切るとか怒っていたよ」
「ほら、わたしが大好きなのよ」
「うん。ちょっとあの台詞には嫉妬したけど、首を切るってdots
「急に怖いね」
「そして自分の首も折れたかのようにがくってなってさ。苦しい胸を擦りながらトボトボ歩いていったとさ。てんてん」
「ダークレベルが高い有名人はいる?」

 笑うのを止めた利恵が、真顔になった。
「彼はもともと2なんだけど、2のまま怒ってるんだ。殺意がなくて、悪徳も考えてないってことよ。感情が一定して安定してる。利恵ちゃんの銀行のしょぼい男の時も目は怒っていたけど、桜井さんに任せていたよ」
「あ、彼ね。書類送検された後に、ちらっと見かけたけど、わたしを見てダッシュして逃げたよ。友哉さん、何をしたの?」
「だから、急に強くなる。ホント、勘弁してほしい」
 ゆう子が心底、疲れた表情を見せた。

「秘書なのに、とんでもない悪態吐いてるね」
「うん。そうしたら怒った。とばっちりを受けたのは桜井さんだけどね。蛙の顔とか悪口言われて、部下の男の人は足を撃たれてさ」
「普通に犯罪者ね」
 利恵がクスクス笑った。
「利恵ちゃんの所の社長さんを、狸の置物」
 利恵が今度は爆笑した。
「急に頭がキレッキレになったから怖くなったんだけど、ダークレベルがそのままなんだ」
「ダークレベルがそのまま?」

「ちゃんと読んだの? わたしが友哉さんって冷たい感じで嫌だなーってしつこく念じていたら出てきた。ふふ」
「ゆう子さんに根負けする千年後のAiなんだね」
「うん。わたしの上品なお喋りに勝てる人はいないよ」
「上品って意味、知ってる?」
「見た目だけが上品なあんたに、その言葉そのまま返す。友哉さん、気は強くない。破滅願望があるだけよ。最初、ワルシャワでも怖がっていたよ。それをわたしがちょっとイライラしていたから怒らせたんだ。幻滅したとか期待外れって」

 利恵が目を丸めた。
「気が強いと怒りは別だと思うけど、これ見て」
 ゆう子がAZの画面を見せると、また緑色の文字が数センチ、浮かんで並んだ。
『怒りを抑制できる進化した脳を持っている人間』
「文字がフワフワかわいいね。触ったらどうなるの?」
 利恵がAZの文字に手を翳すと、まさに光の中を通り抜けるように、文字は乱れず、ただ、利恵の右手だけが左右に振られていた。
「う、通り抜けた」

「仕事も恋愛も報われなかったからだよ」
「それが原因で、プロ市民みたいな活動もしないのね。作家なら、なりそうだけど」
「どこかの途上国の政治の被害にあっている子供たちは気にかけているけど、基本的に友哉さんは本気で怒らない」
「怒らない?」
「初めて利恵ちゃんの銀行に行った時に、友哉さんを逮捕するために桜井さんたちが押しかけてきてね。友哉さん、目がオドオドしていたんだ」
「へえ、あんなに気の強い人が?」

サイン本などを購入したら住所をお知らせください。

「爆笑だね。独裁者になるのがどんなにしんどいか。休暇が欲しいしか言わないあんな虚弱な男の人が、世界征服なんか考えないって。でも、あの銃で原発を吹っ飛ばすことは可能なのよね」
「原発に悪意があると判断したら可能だ。だけど、それによって、怒った市民を制圧するとかさ。反対勢力を処刑していくとかさ。彼はそんなことよりも利恵ちゃんとのドライブが好きだよ」
「うん。ほっとした顔で運転してる。やっと休みだとか言ってる。どれほど疲れてきた人なのかなって」

「だから会わせてよ」
 利恵が窓の外、ベランダを見て言った。
「わたしも会いたい。でも無理みたい。AZとリングとRDっていうあの銃を友哉さんに渡した時に、まさに友哉様に一任。世界征服? そんなことはしないなってトキさんだってそれは考慮しているはずだ」
「AZはゆう子さんが持っているけど、リングの力で洗脳できるもんね」
「トキさんがテロリストで、友哉さんにそれをやらせたいなら、選んだ男を間違えてる。あんなにやる気のないテロリストがいたら、爆笑だよ」

「真っ先に出た。晴香ちゃんの先輩がいたし、時間差で晴香ちゃんもいたから念のためとか」
「痴漢の人は?」
「痴漢の人じゃなくて冤罪。だけど、大河内さんにわたしは影響を受けたから、もともと出会う運命の人だったかもね。人間のダークレベルや背格好のデータはわたしと友哉さんが出会った頃のある日の全世界の人間のデータだよ。五月に出会ったから、四月一日の五十億人分とか」
 利恵は大きく頷いたが、何回か首も傾げていた。
「やっぱり世界征服が可能」
「利恵ちゃんは、トキさんを知らないからね」

「そんなことができるなら、例の凶悪事件の予測も、ゆう子さんの記憶にしないでデータにすればよかったんじゃないかな」
と言った。
「え? 事件は毎日出てくるからデータ化しなかったと思う。警察に任せればいいようなことを友哉さんにやらせるわけにはいかないし、どうも、ワルシャワ以外は、うちらに関係がある事件くらいしか重要視していないみたい。優先順位で、順番に事件が出てくるんだ。知らない女性がレイプされた事件とか、わたしの記憶にあっても百番目くらいだよ」
「ロスは?」

まあ、言い換えれば起こしてくれるならぐっすり寝ていてもいいんだけど、友哉さんが回復に手間取って道端で倒れたとか見てないといけないし、わりと大変な仕事だよ。だからさっきのルームサービスの人はレベルが低いんだ。わたしが利恵ちゃんとお喋りしていて監視してなかったのに、これが真っ赤に光らなかった」
 利恵は友哉の話よりも、自分が監視されているのが心配だったようで、「わたしが監視されてないならいいよ」と言った。そして、

「マジで。そんなバカな…」
 利恵は顔を曇らせるが、それはほんの刹那で、ゆう子が手にしているAZをまた興味深く見ていた。
「すごいな。わたしも欲しい。ある意味、ゆう子さんの玩具じゃない」
「へへへ、けっこう楽しいよ」
 ゆう子が妖艶に笑う。
「だけど、友哉さんにレベル5の人間が近づいたのにわたしが寝ていたら、これ、真っ赤に光って叩き起こされるからね。

「そうそう、そうやって場所を特定してくれれば見つかる。そして利恵ちゃんの許可がそうしてあればね。防犯カメラに侵入するまでもなく、衛星をから見て背格好で見つかるよ。登録してある利恵ちゃんとディズニーランドの利恵ちゃんが極端に変わることはないよね。体重とか」
「変わっても1kg以内でしょ」
「そういえば利恵ちゃん、三年後のパーティーで髪の毛が減ってたよ。ショートにしたとかじゃなくて本数だと思う。若禿げかな」

「敵じゃないからね。敵なら追跡しなくても見つかるよ。街中の防犯カメラに侵入しまくればいいんだ。友哉さんはわたしと指輪で繋がってるからいつでも見つかるだけ。なんかロマンス」
 ゆう子がうっとりとした顔を作る。惚けてはいなく、珍しく艶かだった。利恵が、「あれ? かわいいよ」と思わず声を上げた。
「わたしがディズニーランドに行くって言ったら、見つけられる?」

「世界中の人間のデータが入ってるからね。相馬くんがもし敵だったら、彼のスマホ、パソコン、そして衛星を使って、彼の様子が見れるよ。心配しなくても、わたしは利恵ちゃんのことは追跡したり監視したりしてない。友哉さんの近くに女が現れる度に、利恵ちゃんなのか違う女なのかってパニックにならないように友哉さんの知り合いは、わたしが詳しく登録していってるの。念のために桜井さんと晴香ちゃんも登録したよ」
「追跡してないと、わたしは見つからないの?」

「あー、すごい!」
「当たり前じゃん。わたし、奥原ゆう子だよ。どんな俳優さんの写真も持ってるよ。これをAZに移してdotsそれで相馬くんのことを見たいってわたしが念じるか、それを書き込みするとdots
 AZの画面に『エラー』のメッセージが出た。
「相馬くんが友哉さんの敵だったら見えるけど、わたしたちが彼の裸が見たいとか、そんなよこしまな気持ちじゃ、AZは反応しないんだ。トキさんたちの世界は素敵すぎるよ」
「でも相馬さんのダークレベルは出ている。2なんだ。性別男。日本人」

 ゆう子が苦笑いをした。
「で、話をさ、逸らさないでくれないかな。許可が取れない人の部屋も見られるの?」
「よこしまな気持ちがあったらだめだけど、敵なら見られるよ。友哉さんを殺そうとする奴とか」
「相馬翔の部屋とか?」
 有名人気俳優の名前を挙げた。
「利恵ちゃんのミーハーはどうすれば治るのかな」
 ゆう子がスマホの画像フォルダを開くと、その俳優との飲み会の写真が出てきた。

「ちょっと待って、そのAZは未来のAiだから、ゆう子さんは簡単に誰のことでも見られるの? 盗撮っぽく」
「うん。それにしても友哉さんのスマホをトイレに置いてもらえばいいだけなのは盲点だった」
「盲点でもなんでもない。この時代でも変態カップルはやってる。あのね。ペットや介護が必要な親を監視するカメラでもできるの。電気屋さんで売ってるって。ゆう子さん、もしかしたら世間知らず? それとも単純なことは分からないの?」
「あらー。そんな便利なものが販売されていたのか」

 利恵が殺気立った。もちろん、彼女の怒りは物静かなものだった。目の色が変わっただけだ。
「このスマホのインカメラとかあのパソコンのカメラで」
 ゆう子がテーブルの上のノートパソコンを見て言う。
「マジ? わたし、スマホのインカメラ、黒ペンで潰すよ」
「それがいいよ。友哉さんとの盗撮ごっこも嫌いみたいだしね。わたしはトキさんが細工してくれた。わたしのスマホやパソコンに誰も侵入できないように。もちろんAZは未来のAiコンピューターだから侵入は不可能」

「当たり前じゃん。街中監視カメラがあるんだよ。常に利恵ちゃんを誰かが見てるわけじゃないけど、必要な時には見られるよ。わたしは有名女優だから着替えまでも見られているかもしれない」
「え? 誰に?」
「政府とかCIAに」
 ゆう子が失笑した。
「利恵ちゃんはお嬢様だね」
「どうやって、他人の着替えを見るのよ。許可も取ってないのに」

「例えば知らないドイツ人の人が現れても、ダークレベルと性別は分かる。そして、画像があればわたしは調べることができる。そのドイツ人のデータはAZにないけど、世界中の監視カメラのシステムにハッキングできるようになっていて、例えば利恵ちゃんの顔の写真を取り込むと、「この人間を調べますか」って表示されて、わたしが「そうする」と念じるか、『原因』のボタンに触れると、政府や民間の監視システムが持っている利恵ちゃんのデータが一瞬で出てくるの」
「え? わたし、政府とかに監視されてるの?」

ベルが2、身長百六十センチとかは出たけど、名前や学歴とかは出なくて、わたしが後で知っている限りを登録しておいた」
「つまり、わたしも全世界の人間の中からデータがあったってこと?」
「そ、クレナイタウンの松本涼子の転落事件の時にレベルが分からない男がいるって問題は、そのことよ。利恵ちゃんがいたら分かる。他の誰でも。なのに分からない人間がいたから、未来人なんじゃないかって友哉さんが言ったの」
「そんな気がしてきた」

「全世界の人間のデータが入ってるんだ」
 ゆう子がAZを左手に持ち、右の人差し指で指差して見せた。
「全世界?」
 利恵が声を上げる。
「そ、ただし、満十歳未満と百歳以上はなくて、友哉さんと生きている全世界の人たちに限定されている。その人たちのプライバシーを尊重するために、名前や学歴とかはなくて、ダークレベルと性別、背格好だけになってる。利恵ちゃんが銀行で友哉さんと応接間に入った時に、レ

「なに?」
「なにってdots。男性向けのエッチなサイトに素人の女子の部屋を見せる課金制のコンテンツがある。同じことを友哉さんに頼まれたよ。バスルームの出入りを見せてほしいって」
「へー、そんな楽しいプレイをしてるんだ。わたしには本当、なんにも言わないんだ」
「めんどくさい」
「めんどくさい? まあ、忙しければめんどくさいね。じゃあ、なんで友哉さんの近くにいる人のダークレベルや背格好が分かるかと言うと、それは驚愕なシステム」
 利恵が身構えた。

わたしの恋愛の過去を友哉さんに教えなかったのも、女性のセックスは言えないって。プライベートを守っていて、友哉さんがトイレとか行くと、テレビ電話みたいな映像が図形に変わっちゃう。友哉さんが無意識に拒否しているのも分析してるんだろうな」
「ゆう子さん、友哉さんのお風呂とかトイレ、覗きそう」
「うん。見られなくて悔しい。でも図形だけでもじっと見てる」
「ちょっと気持ち悪い女だよ。それに、友哉さんがスマホをトイレに置いてくれたら見れるよ。それなら、わたしたちの時代でもできるよね」

「そのAZの監視のシステム、超不思議なんだけど、友哉さんの様子が分かるのは他にGPSも拝借してるんだよね。で、なんで近くにいる人のデータみたいなのが出るの? リングのカメラ機能で解析してるの? 最初にわたしのことも見たらしいし」
 利恵が少し神妙な面持ちになった。
「解析してない。先に言うと、トキさんたちって超神経質というか、未来の世界がすごく人権を尊重しているのよ。あ、トキさんの時代の少し前はまるで人権がなかったみたいだけどトキさんたちが正したみたいだ。

「なんにも気持ちの変化がなかったけど」
「うーん、やつはなぜかもてる」
 ゆう子は口は悪いが、なぜか嬉しそうだった。酔いのせいもあるだろうが、ずっと体を左右に揺らし続け、笑っていた。
 彼氏がもてることが嬉しいのか、わたしが未来の力を使わずに友哉を好きでいるのが嬉しいのか分からないと利恵は思ったが、訊く必要もないと思った。すべての会話が不毛に思えてくる関係だと悟ってきた。

「友哉さんのリングにカメラ機能があって、許可を取れば簡単に友哉さんの周りが見えることに最近気づいた。トイレやお風呂、覗いたらダメって事になっててなんにも見えないと思ってた」
「それ、使いこなせてるの? 天才秘書さん」
 利恵は、はっとした顔をし、
「そういえばロスのホテルの部屋で、わたしの肩に手を置いて、いま、俺が好きかって変なことを訊かれた」
と言った。
「ああ、その時に外したんだね。それでも利恵ちゃんは友哉さんが好きなのか。それは本物だ」

 利恵は、「怖いからいいのに」と、声を上ずらせた。
「利恵ちゃんに使った『マリー』は、まだ効いているの?」
「ばらしたのか。情報漏えいじゃないか。最初に出会った時にも外したり、また使ったり試行錯誤していて、だけど、利恵に変化はそれほどなかった。そして最終的にはロスで外した。だからふられたって言っていたんだ。もう、しつこいからそっちに行くよ」
 友哉は通信を切った。ゆう子がAZの画面を見ると、部屋から出ていく様子が見えた。

「本当に浮気の監視になってるね」
と苦笑した。
「許可をもらって見てる。監視してるわけじゃなくて、なんかあったら大変だから。友哉さんの近くにレベルの高い人間が現れたりしないか時々、見てるだけだよ。あれ、誰かいるdots
ゆう子がAZの画面を凝視した。
「女?」
「ルームサービスかな。dotsあ、いなくなった。帰ったみたい。性別やレベルとか見る暇がなかったけど、ルームサービスだね。友哉さん、聞こえる? 今度は真面目な話。利恵ちゃんがまた聞きたいことがあるって」

「利恵ちゃん、女子会でなんでも喋るタイプだね」
「うん。なんか無口な印象を男性に持たれるから、女同士だと喋る」
「大麻みたいな効果はわたしが頼んでるんだ。友哉さんがわたしに無理やりクスリを使ってるんじゃないよ。そんなふうにわたしに神経質なうちは、あの嘔吐や食欲不振や不眠は治らないよ。それじゃだめなんだよね」
 ゆう子は真顔でそう言うと、AZを手にした。
 友哉の位置を見る。モンドクラッセ東京に戻ったようだ。それを見た利恵は、

「分かりやすい事例だった。ゆう子さんの絡み酒、そのうち、友哉さんに叱られると思う。避妊とか取り決めがあったのね。わたしが良くない区別をされているのかと思った」
 利恵が胸を撫で下ろした。
「決めたかどうかはともかく、ワルシャワでわたしをクスリ漬けにするって言ってて、わたしは拒否しなかった」
「でも、羨ましいな。その大麻みたいなセックス。昔、強いお酒でセックスして気持ちよかったんだけど、翌日、死ぬほど二日酔いになった」

そんなショッキングなセックスはない。人類の歴史で、それが始まってからまだ数十年。仮に国家がある時代からのセックスが今のセックスと似ていると仮定しても二千年間はゴムはなかった。ゴムのセックスでカップルの頭がおかしくなっても当然。調べる必要もない」
 リングから、友哉の声が聞こえていて、利恵は、「なんだ。スピーカーに出来るならしてよ」と言った。
「いやー、屁理屈が説得力あるねえ」
 ゆう子は納得をして、通信を自分から切った。

 利恵にそう伝えると、「読書量、足りなくない? 恋愛小説家なのに」と利恵がバカにした。すると、友哉が、
「利恵、調べるまでもない。ゆう子、リングをオープンにしろ。例えは悪いが、種牡馬がコンドームを付けて種付けをしたら、肌馬、つまり牝馬はびっくりしてショック死だ。馬はとても繊細だからだ。人間だって繊細な女だったら、違和感が生じるだろう。射精したペニスの動きを締め付けて妊娠しようとする本能があるのに、締め付けて絞り出した精子は膣の中に入ってこない。

「ただの光だから、異変はないよ。くそう、大ショック。わたしを実験台にしてた」
 頭に血を登らせたゆう子がまた通信を試みると、「しつこいなあ」と友哉が面倒くさそうに言った。
「わたしを実験台に使ってるのか」
「ワルシャワからそんな話ばかりしていたはずだ」
「あ、そうだった。ねえ、ゴムをしているカップルの女性は鬱になる確率が上がるの?」
「知らない。俺はセックスの専門家じゃなくて恋愛小説を書いていただけだ」
dotsと先生が言ってます」

 通信が切れた。ゆう子が床の上にあったメモ帳に何やら走り書きをして利恵に見せた。
『ぼーぜん。わたしをモルモット』
と書いてあった。
「口で言えば?」
「わたしをモルモットにしている最中で、上手くいってるから、利恵ちゃんにもやったって」
「そんなこと言ったの? ひどい男だね!」
 利恵も声を上げた。
「わたしも妊娠しないようにしていたんだ。別に体に異変はないよ」

「へー、わかった。聞いてみるね」
 ゆう子が通信すると、すぐに「今度はなに」と、またやる気のない声が聞こえる。
「疲れてるのにごめんね。なんで利恵ちゃんには光を使った避妊はしないの?」
「トキから確実に避妊できるって言われていたけど不安だったからね。でもゆう子が妊娠する気配はないから、利恵にもしているよ」
「あ、こっそりしていたのか。ん? わたしで試した?」
「普通のピルでも最初は半信半疑だろ。光での避妊もゆう子をモルモットにしている最中。利恵にはそう言っておいて」

「一人で、友哉さんの銀行口座を作って、一人でイギリスの資産家と交渉して、わたしにも交渉して、一人でタイムトラベルしてきたの? その装置は誰が造ってるの? 友哉さんがブツブツ言ってたけど、後からトキさんの部下が未来のこととか説明しにくるとか言って来ないって」
「なるほど、いろいろ聞きたい。友哉さんに連絡できる? そんな便利な避妊なら、やってほしいんだけど、なんでわたしにはしないのかな。ゴムだと悪寒戦慄は治らない。そういう臨床があるのを調べたんだ。鬱病になる若い女のほとんどはゴムのセックスか彼氏がいない」

「セックスのことはほとんど出てこないよ。友哉さんの性癖は出てきたけど、それも表面上の話で、女性の体形の好みとか下着の好み。トキさんたち、紳士な集団ぽいからね」
「トキさんたちっていうその理由は?」
「一人でこんなの造れるはずないでしょ」
と言って、AZを利恵に向かって突き付けた。

「利恵ちゃんが、今、喋ったからAZのロックが一個、外れると?」
「そう、調べたら?」
 ゆう子がAZをいじると、
【宮脇利恵の持病 悪寒戦慄。友哉様と出会う前に発症したが軽度のもので、生活に支障はない】
と緑色の文字が浮いた。
「それだけ? エッチなことをしたら治るとか書いてないの?」

「悪寒戦慄。男をやめてから半年くらいしてから発症して、友哉さんに抱かれるようになったら治ったのに、友哉さんが抱かないと寒気がするから、わたしがセックスが好きなんだ、きっと。ちょっと何をスマホで調べるのよ」
 ゆう子がスマホをいじっているのを見て、思わず声を上げる。
「利恵ちゃん、お母さんのことをおかんって言うのかと思ったら、そういう神経症か」
 スマホを見ながら大きく頷いている。
「わざとのボケは面白くないし、ゆう子さんにはスマホは不要。AZにそれくらい出てくると思うよ」

「セックスを合意で男の人たちと遊んで、男が悪いって言う女は、わたしは友達にはならない。あんたが悪いのはそこよ。どっちも悪くなくて、ただ遊んだだけさ」
 断言するゆう子。
「ごめんなさい」
 利恵が深々と頭を下げたのを見て、ゆう子が我に返ったように、
「あ、そんなに頭を下げなくても、こっちも言いすぎた」
と、狼狽して、ゆう子も少し頭を下げた。

セックスは興奮するものだから失敗はある。それくらいは覚悟してやらないとね。遊びなら、セックス以外にもリスクが高いのはある。クライミングとかバイクとかカジノとか。どれもルールがあるけど、トラブルは必ず起こる。その時に、それを人のせいにしないのが、それもルールよ。セックスならレイプ以外はそういうことだ。分かるか、ビッチ」
「ビッチは余計。友哉さんにも同じことを言われた。そんなに怒らなくてもいいでしょ。なんでわたし、怒られてばっかりなの?」

「あんたよ」
 ゆう子が即答すると、利恵はバツの悪そうな顔をした。
「彼らと合意の上のセックスでしょ。結婚するから抱かせろとか、一回でいなくなったとか、まさに取り決めがないセックスをされたとか、そういうのがあったの? まあ、何回かはあったと思うよ。セックスも仕事も他の遊びも、何度も続けていると必ずトラブルがあるからね。セックスだとそのたった一回で、女が文句を言うんだ。だけど、遊びだったら男のひとたちも完璧じゃないし、

「なんで母親みたいに尋問するの? 学生男子たちは怖かったけど、セックスの出会い系の男たちは安全よ。性病検査をした検査表を最初に出すから」
「リアルな男遊びだね」
 ゆう子が項垂れてしまう。
「何が悪いの?」
 利恵が少しだけ目尻を釣り上げさせた。
「は? 悪いと思ったから反省していたんじゃないの?」
「あ、そうだった。問題は、わたしが悪いのか男たちが悪いのか」

「指輪の力で避妊もさせてくれているの? それ便利だね」
「脳に妊娠しないように信号を送るんだよ。実際、妊娠してない」
「わたしはゴムだよ。ピルはまた飲み始めたけど、まだ効いているかどうか分からなかったから。あ、ロスでは生でやってしまった」
「昔、ピルだったの?」
「ゴムじゃ、最高のエクスタシーは得られなかった。わたしはね」
「性病のリスクは?」

「よくある大学サークルの媚薬とお酒を使ったレイプとはちょっと違うんだ。安心して。友哉さんに聞いてみようか。効果がどうなっているか」
とゆう子が言った。
「効果がなくなるの?」
「薬みたいなものだから永久に効いているわけじゃないんだ。どこかでは効果が切れるみたい。わたしの避妊もそうだから、この前、もう一回、やってもらった。友哉さんの意思があったら、避妊の効果が切れたらリングがまた緑色に光って継続を促すの」

「分かった。惚れる効果はどのくらいなの?」
「女性にマリーを与えると、目の前のある程度、好意のある男性に惹かれるのは確かよ。で、この前、涼子ちゃんがここに来た時に、初めて会ったのに、すごく友哉さんに好意的でわたしに攻撃的だから、そんなにもてる男がいるのかなって、疑ってるんだ」
「わたしはともかく、ゆう子さんと松本涼子はすごいよね。わたし、未来の力で友哉さんに洗脳されているのか」
 利恵が少し、顔を曇らせたのを見て、

ガーナラは光じゃないし、わけが分かんない。プラズマとも連動しているしね。そこが仲介なんだけど、トキさんの日本語の間違いだと思う。橋渡しって意味かと思う」
「ゆう子さんも間違ってるんじゃないの? 友哉さんと自爆する前にリングが光ってたよ。赤と緑の交互に」
「それよ。マリーが女を惚れさせる光だとして、友哉さんが近くにいる好きな女性をマリーの光が検知する。その女性に対してプラズマが作動する。橋渡しじゃん」

 利恵は目を大きく丸め、持っていたビールグラスを置いた。
「まあ、わたしもトキさんにそれをやられて、友哉さんが好きなのかもしれないけど」
「未来の世界の惚れ薬みたいなの?」
「うーん、なんかよく分からないんだ。仲介手数料みたいな説明もあるし」
「なによ、それ」
 利恵が肩を落としながら力なく笑った。ゆう子の冗談だと思ったのだ。
「マリーって名前なんだけど、友哉さんに与えたガーナラって薬物とセットの光みたい。

スクリーンに残る永遠の美女が
Blu-rayで蘇る。乾杯。

信じてる。愛してるよりも好きな言葉だ
(友哉)

「わたし、ゆう子さんと差別化された方がいいしね。ほら、妻と愛人とは違うって言うじゃない。さっきは平等にしてほしいって言ったけど、与える物品に対することで、すべてが同じだと、飽きられる。ゆう子と利恵は違うほうがいいような気がするんだ」
「そうか。光の大麻は物品ね。だったらその前に、利恵ちゃんには言いたくなかったんだけどdots
 利恵が、動かなくなった玩具を見ている子猫のようにほんの少しだけ首を傾げさせた。
「友哉さん、最初、リングの力を使って利恵ちゃんを落としたんだ。知ってた?」

「依存症なんだ」
「最近、そんな気がしている」
「セックス依存症の彼女に、他の男と寝てこいって言う男は、精神が強いと思うよ」
「わたしを愛してないのよ」
「違うよ。友哉さんは、女は誰も愛さないの。それが逆に目の前の女に愛を与えるのよ」
 ゆう子の言葉に、利恵がくすりと笑った。
「さすがです」
と、ゆう子を小さな声で褒める。

「まだしてない」
「するの?」
「うん。わたしからお金をもらってやるって言って、そのお金がわたしの口座にある以上、やるよ。なんか時間をかけた大掛かりなセックスは やる気になるの。お金は、一億円以外はもらわないで。その方がわたしも気が晴れるし、上手な男がいたら体調もよくなるかも」
「友哉さんも、いつでもできる男性じゃないからね。体調が良ければ、十人くらいの女を一度に抱けると思うけど」
「そう。疲れてわたしを抱けない日が多いから、セックス依存症のわたしに寝取りを提案してきたのかもしれないし」

でも、わたし自慢のウエストを太らせたくないんだ。友哉さんと付き合っていて栄養のバランスはよくなったし、友哉さんとのセックスで気分も体調も最高潮になっていたのに、最近、また発症するようになった。それが決まって、友哉さんとエッチをしない時なんだ。ケンカしたら高級レストランも行かない」
「お金のことでケンカばかりしてるからだよ。寝取りはどうなったの? それでもいいんじゃない。あの下着フェチの哲学者曰く、取り決めがあるなら愛があるらしいから」

「セックスはすごく楽しくて、何度もイクとホルモンバランスが安定するのか、そう、熟睡もできる。愛のあるセックスならより効果的かも知れないけど、相手の男性が上手なら体調はよくなる。二年間、男をやめている時に発症して、薬も少し飲んでた。友哉さんと付き合いだしてから治ってることに気づいたんだ。だから、セックスをしないでいると、エストロゲンが低下するのかな。更年期障害みたいな感じ。まだ若いからダイエットのせいだと思う。

 利恵が背筋を震わせる。
「冷房止めようか」
「違うの。悪寒戦慄って自律神経失調症。友哉さんに抱かれないと発症する」
「抱かれないと?」
「そんな気がした。ここに来る前にケンカしたから。もしかすると誰でもいいのかもしれない」
「深刻なカミングアウトするね」
 ゆう子が真顔になった。パニック障害の持病があるゆう子は、利恵の気持ちが分かるのかもしれない。

「やめないのか!」
 利恵はあきたれ顔で、しかし快活に笑ってみせた。異常性愛と言ったが、それくらいやっている女はたくさんいる。知らない男の精子を飲んでいる女たちに比べたら、好きな男性の精子を残しておくのは愛かも知れないとも、利恵は思った。
lineそう、異常だったのはわたしのほう。わたしの体は好きでもない男たちの血で出来ている。だけど、それを認めてくれる彼氏が現われたら、もっと楽しいのかも知れない。その男は、佐々木友哉か。未来の世界の英雄かも知れない男性がこんな女を?
「寒い」

 男性の精子を大事に残すのは、元彼に教わったか、元彼に執着している。
 後者は、ゆう子の傷なのかもしれないと、利恵は分かり、笑ってあげようと気持ちを切り替えた。
「異常性愛だよね。友哉さんが帰った後、また口に入れてるんだ」
「そ、そんなことはしてdotsしてませんよ」
「してるんだ。まあ、スカトロよりいいか。臭いから、換気をしてね。部屋に入った途端に臭うの」
「はい。善処します。冷蔵庫に入れようかな」

「も、もったいなくてdots
 声が上擦った。しかも肩をすぼめてしまっている。
「もったいない? なにそれ」
「証拠かな」
「証拠? なんの」
 続く言葉を作ろうとしたゆう子の歯が震えているように見えて、利恵は質問する言葉を止めた。
 元彼で覚えた性癖を指摘されるのは、余程恥ずかしいのか辛いようだ、と利恵は分かった。
 裸で部屋を歩き回るのは、恐らくセックスの時だけではなく、子供の頃からずっと。

「ん? あ、逆にあっさりと友哉さんが犯人を捕まえた?」
 二人は顔を見合わせて、しばらく考えていたが、答えが出ないからか、また恋の話を始めた。
「セックスの癖と言えばさ。ゆう子さん、男の人の精子、残しておくのやめたら? 友哉さんが初めてじゃないなら元彼とやってたのね。すっごいばれてると思うよ」
「え?」
「え、じゃないよ。口から出したのをゴミ箱に捨てないで、一日くらいほったらかしにしてあるよね。ロスでも見たけど、ひどい時はコップの中。この前、部屋を見せてもらった日にナイトテーブルの上にあったよ」

「マンションから出て、車を運転してるんだ。早く終わらせてくれ」
 友哉は淡々と答えるだけだった。ゆう子もつまらなくなって通信を切った。
「一回、ホテルに戻って休むってさ。まだお疲れみたい。晴香ちゃんからのハガキがあったらしいよ」
「ハガキ?」
「成田に迎えにきてって。ロスに行く前に出したみたいね。わたしのマンションにいたから読めなかったんだ」
「そうか。迎えに行ってたら大変だったのかな」

「そんな経験なんかないって。幻覚だよ」
「友哉さんはそれを聞いていて、ゆう子さんは嫌われてないんだね」
 ゆう子は思わず、
「わたしが黒人の俳優さんと遊んでた経験があっても嫌いにならないの?」
と訊いた。
「気分はよくないが、楽しそうに喋っていたから、まあ、いいかなって」
 友哉がつまらなそうに答える。
「そんな経験はあるわけないじゃん。なんかつまらなそうですね、先生」

「はあ? それっていつの話?」
「大河内さんの日の夜。俺のよりも二倍の大きさなんだね」
 ゆう子が冷や汗をかいているのを見た利恵が「どうしたの?」と訊いた。
「わたし、大ファンの黒人俳優の男性とセックスしているって友哉さんに言って、興奮していたらしい。しかも大きさまで口にして友哉さんをぶちのめしたようだ」
「そんな経験があったのか。しかも全然、彼を癒してないじゃないの。男性の大きさを笑うのは禁句よ」

「友哉さん、わたしが情報漏えいマニアだと思ってないか。光の刺激と本物の麻薬と違いは分かる?」
「違い? そりゃあ、光は安全だよ。感じ方の違いは分からないが、ガーナラの方は幻覚が見えると思うよ」
「幻覚?」
「または妄想が現実だと思うのか。ゆう子は黒人の経験があるんだろ」
「え? あるわけないよ」
「そうか。黒人の有名人のと俺のと間違えていたぞ。アメリカに旅行した時に黒人俳優とやってたのかと思った」

同じ時代に生きていて良かった
…と思える人たちがまだいる

時代が真っ暗闇だから、質素に美しい君が
輝く

素敵な男性に恋をして
何が悪いんだ!(ゆう子)

作品を創ればお金になる。人も繋がる。
「架空」はもう終わった

と言った。利恵には聞こえない。
「利恵ちゃんとドラッグのセックスをしないのはなぜ?」
「え? 希望されないから」
「知らなかったらしいよ。言えばやってあげるの?」
「言えばなんでもやるよ。利恵、知らなかったのか。おまえから筒抜けだと思っていたのに。やる時は翌日の仕事に影響がないように」
 ゆう子が、利恵に友哉の言葉を伝えると、利恵は「言えばしてくれるんだ。良かった。別の理由があるのかと思ってた」と、胸を撫で下ろした。

「分からない。ちょっと友哉さんに聞いてあげる。なんで利恵ちゃんには使わないのか」
 ゆう子は利恵の返事を待たずに、AZの画面で、友哉の位置を見た。
lineどうしよう。使わなくても感じすぎるからって言われたら。
 利恵は背筋に冷や汗をかいていた。これから判決が下されるような気分だ。
「あ、横浜の自宅にいる。友哉さん、横浜の友哉さん」
 すぐに友哉が応答したようで、
「今からホテルに帰る」

「そう。女性の膣に入れることができるんだ。それがさ、超気持ちよくてね。光だけでも体が軽くなる感覚で気持ちいいのに、さらにガーナラはまさにあそこに直だね。両方使ったら、うちら、セックスの奴隷にされるよ。いや、頼みたいくらい。今なら女優業、休んでるからやってもらってもいいし、いや、もう本当にたまらん」
 ゆう子が、だらしない笑みを零した。
「わたしはそこまでされたくないけど、もっともっと気持ちよくなるならやってもらいたい。その本物の麻薬と光だけとは感じ方は違う?」

「効果があるようにすればいいのに。彼、ストレスの塊なんだから」
「個別にストレスを治すガーナラがあったらしいけど、友哉さんの性格が変わるのが困るから使わなかったらしい。ストレスを抱えて苦悩している友哉様が、強いらしい」
「なんかトキさんたち、友哉様って呼ぶのに厳しいね」
「わたしも思った。でも、光の方は少しは自分にも使えるようだし、まあ、疲れたらわたしで遊べってことよ」
「そうか。女を気持ちよくさせる麻薬みたいな生薬を使えるんだ?」

「友哉さんに使ったガーナラは戦闘用ガーラナって言うらしくて、きっと、戦う時に使うために戦場で辛くならないように麻薬関連の生薬を血中に入れてあるんだろうね。AZで見たら無数に動植物の名前が出てくるから、調べる気力もないよ」
「ヘロインとかじゃなくて生薬のdots大麻の葉っぱみたいなものかな」
「たぶんね。他にも幻覚を見せるような植物があるよね。その一部が、女の膣内に入ってきたら、まあ、うちらイチコロだよ。ただ、友哉さんのために作ったガーナラは友哉さん本人が気持ちよくなることはできないらしい」

「話を戻すけど」
「また戻すの?何に?」
「友哉さん、ウイルスを持っている動物の宿主にもなっている。ワクチンも接種済みだ」
「へえ、コウモリが体内にいて、エボラ出血熱に感染しても平気とか」
「エボラってコウモリが感染源なの?」
「らしい」
「なら、コウモリを丸ごと鰹節にした成分も体内にあると思うよ」
「コウモリを鰹節? うーん、妙な拳銃以外にも力や武器があるとはdots

大事な話は慎重に静かな場所で
するべきよ

俗を相手にするな。俺だけを見ていろ
(友哉)

小屋みたいな場所に逃げ込んだ新妻が、なんであなたはいつもいないのって遺書を遺して死ぬんだ。愛憎の塊みたいな新妻で、それしかないから逆に真っ白な女で本当にいたら死ぬか生きるかの二択しかしていない生き方をしていると思う。同類の友哉さんには似合っているかも」
「だから利恵ちゃん、その新妻が例の女じゃないかって話はやめよう。不毛だ」
「わかった」
 利恵が大きく頷いた。トキからもらった夢の映像に出てくる晴香の姉か友哉の恋人か分からない女。そう松本涼子のことである。ゆう子も利恵も一時、松本涼子ではないかと疑ったが、今は友哉には隠している恋人がいるか亡くなった恋人がいると思っていた。

「俗を相手にするな。俺だけを相手にしろってその主人公の夫は言うんだけど、だったら町にある大衆温泉はどうかと」
「利恵ちゃんの突っ込みは鋭すぎるよ」
 ゆう子が苦笑する。今度は利恵が物語の続きを喋りだした。
「結果、新妻が自殺したのは夫が長期間の出張中で、新妻は仕事でいなくなる夫を憎んでいたよね。でも自殺した原因が夫がいない隙を狙った近所からの嫌がらせで、

 利恵がそう言うと、ゆう子が小説の内容を話しだした。
「狭い町で悪い噂ばかりが目立っている若い新妻が大衆温泉施設で女たちに虐められるシーンで、夫が、おまえが睨み返すから悪循環になる。笑顔を返せ。気持ち悪いって言われたら、はいそうですって言えって、女子風呂から出てきた新妻を叱るんだ。新妻が反論しようとしたらさっと抱きしめて、かわいいって褒めるんだよね。すると、目付きが悪かった新妻が子供みたいに笑うんだ。しかも周りにいる人たちが大胆な夫の行動にびっくりしてね。物語上は、罵声を浴びてるけど二人には聞こえなくなっているんだ。うーん、純愛文学」

「わたしのことは抱く気満々だったけど」
 利恵が失笑する。そして、
「ここに来る前に叱られたんだ。友哉さんにしてみれば、わたしとゆう子さんが女子会をやるのが嬉しかったみたいなのに、わたしが違う超つまんない話ばかりしてたんだ。ぶん殴られるかと思ったけど、その後、優しくしてくれたから今、ここにいる。彼は言葉は厳しいけど態度は優しいよね」
「何をしてくれたの?」
「その小説と同じようなことよ」

「う、うんdots
 利恵が肩を落とすと、ゆう子はベランダの方に目を向けた。もう外は暗くなっていた。
「優しいばかりの言葉を作っていた男たち、今はもういないね」
 先にゆう子が口を開いた。利恵は頷いただけだ。
「目的がセックスか自分のイメージ作りだから」
「ゆう子さんも騙されたことがあるんだ」
「わたしも女らしくないから騙されたかどうかは分からないけど、友哉さんに出会って衝撃を受けた。わたしを抱く気がなくて偽悪だらけで、だけど優しかった」

「二択ならね。ここにもうひとり女がいたらそっちを取る。あんたもわたしもどう見ても心の病を抱えていて、友哉さんはそれを勝手にないものとしていて、症状が出たら言葉ではなく優しさで包む男性。彼もそれに疲れてきたら、まともな女を選ぶって。遺作にもあったよ。癇癪を起こす若い妻をそっと抱きしめるの」
「遺作じゃないけどdots。『また妻に会いたい』の前半でしょ。わりと厳しい言葉を言うのよ」
「わたしにも最初厳しかった。でも優しい言葉は三日しかもたないって書いてあった」

「うん。ギリギリで友哉さんを逃がした天才秘書よ」
 利恵がゆう子の太ももの脇に置いてあるAZを覗きこむようにして見た。特に反応はなく、ゆう子が、
「勝手にこいつと友達になろうとしないでよ」
と釘をさした。
「そのAZが男性だったら、二択でわたしを取ると思うよ」

「その電気の元は?」
「さあ、リングは光だけだから、ビリビリするのはウナギじゃない?」
dots
 利恵が笑うに笑えずため息を吐いた。ゆう子はたまに欠伸をしていて真剣みがない。
「ワルシャワで大ピンチだった時はAZは助けてくれなかったってことよね」
「AZが大ピンチと判断しなかったんだよ。その時はわたしを優秀だと判断したわけ」
「本気で言ってる?」

「よく分からないんだ。桜井さんを蘇生させた時には栄養素だけ与えていたからどういうことか調べたら、リングの中で蘇生に有害な物質はストップさせていて、桜井さんの体に適切な栄養素と熱だけを与えたとか」
「不可能ではない技術だと思うけど、それを友哉さんの、つまり人の心の意思でできる技術は現代には絶対にない」
「友哉さんが亡くなったばかりの人に必要な栄養素や損傷した細胞を修復させる薬とかを熟知しているってことよ。ただ、友哉さんも専門家じゃないからAZもフォローしていたみたいで、友哉さんが血流を促した時に、リングを通してAEDみたいなショックを桜井さんの心臓に与えたみたい」

「手を握って、愛してるって思っててくれ。恋愛には興味はないがおまえには興味がある」
(友哉)

友哉さんが、怒ったり興奮すると、リングから麻薬系の熱が放出されるようになってるんだ。さっきも言ったけど、最初はAZがコントロールしていたけど、そろそろ友哉さんが勝手にできてると思うよ。優しくリングから出すと、気持ちいいお薬。相手を倒すために出すと高熱になって、大やけどって感じ」
「個別に生薬を体内から放出してるの?」

「なんでもRって付くね。どっかの道?」
「栄養ドリンク剤の中の生薬も分離してないじゃん。千年後の医療技術では毒性の生薬と体に良い生薬をまとめるのは簡単なんだよ。それらハイブリッド生薬のドラッグを友哉さんが意識的に使う時にだけ、目的に必要な成分がリングを通して体から出るんだ」
「体から出せる? そんなすごい技術があるの?」
「なんか、汗をかいたら体内から塩分が出て行くでしょ。汗だったら自力で出せる人はいるよね。

「毒蛇やふぐが自分の毒で死なないのは、毒袋みたいな場所に保管されているからで、血液中にあったらだめでしょ。なんで友哉さんは自分の薬で変にならないの?」
「ある毒物がそのまま血中にあったら大変だけど、友哉さんの血中には数千種類の生薬が入っていて、普段は生薬がバランスよく、お互いを調整しているらしい。毒性の生薬もあるけど、それを別の生薬が抑えているんだ。未来の時代の化学物質がそれらをコントロールしている。R25って化学物質が数千種類の生薬を融合させてケンカしないようにしてるらしい」

「友哉さんはいつでもラリってるわけじゃないよね」
「なんか懐かしい言葉だな。しかも利恵ちゃん、その清楚な顔で涼しげに汚い言葉をたまに使うからおかしいよ。セックスの時の淫乱な言葉も その顔で言うから、友哉さんは利恵ちゃんに夢中なんだな」
「そ、そうかなdots
 悪い気はしないが、すぐに話が脱線するから、苛立ってしまう。

 利恵が首を傾げた。「誰でも分からない話だと思う」と、ゆう子は苦笑した。
「簡単な病気はリングの光を使うだけで治せるの。レセプターを刺激してね。でも重い病気やケガは友哉さんの体の中にあるガーナラって生薬のエネルギーみたいなものをリングを通して、相手の体に入れるんだ」
「ワームホールを作るほどの力でしょ。そのガーナラの中にセックスのドラッグみたいなのもあるの?」
「血液中にあるの。毒蛇が自分の毒で死なないのと同じなんじゃないの」

今、目の前の真実を見ろ
今の君と過去の君は違う(友哉)

(愛せないなら)わたしのことを信じて
(ゆう子)

どこが嫌い?(ゆう子)
どこも嫌いじゃないよ(友哉)

愛はコツコツ積み上げていくものよ
(ゆう子)

「うん。それ余韻があるならいいな。なんでわたしには使わないのかな。安全みたいなのに」
 絞り出すように言うと、ゆう子が、「どうしたの? なんか嫌な話だった?」と顔を曇らせた。
「ごめんなさい。ちょっとやきもち。平等にしてほしいな。レセプターの刺激以外はなんかある? それだけでは桜井さんを蘇生できないよね」
「うん、二つある。光を使って脳を刺激する未来の技術は麻薬みたいに肝臓が悪くなったりしないと思う。もうひとつはリアルな生薬」
「どういうこと?」

「どうせ? dotsあ、ごめんなさい」
 利恵は思い出した。三年後のパーティーの席で、ゆう子は死んでいるのだ。
「わたしみたいな女もだめだね」
 利恵が自虐的な言葉をつくり、ゆう子の不安を拭おうとした。
「セックスが好きなのに、普段はエロチシズムを発揮するのが面倒臭いって女には、男性は疲れるから、トキさんからもらったリングの光で、興奮させてもらってもいいんじゃない?」
 ゆう子が気を取り直してそう言った。

 ゆう子と知らないあの女優、二人の目上の女性に叱られた利恵は、こっそりとスマホを操作し、友哉に『ごめんなさい。これからはセックスが終わった後も、いろいろ頑張るね』とメールをした。友哉からの返信が珍しく早くて、『頑張る? どうした? ゆう子に何か言われたのか』と心配してくれた。
『ごめんなさい。また今度、謝る』
 それだけを返信してスマホを鞄に入れた。
「わたしが友哉さんとコツコツ愛を育んでもいいの?」
「え? う、うーんdots。どうせdots

line自分がセックスで満足すると、セックスとはまるで無縁のことがしたくなって、またセックスがしたくなると、ベッドの中で乱れに乱れる。友哉さんのdots男性の性欲はあまり考えてなかった。優しくないのか、わたし。その内面を見てほしいって言ってきたのか。これからはちゃんとやろう。

「コツコツ?」
「一気に結婚とかさ。あっという間にお金持ちになったから、勘違いしてるのかな」
 また、ゆう子が酩酊している目をすわらせる。
「そ、そんなことない。リアルにいうと、イカされるとやる気がなくなるから、翌日に生着替えとか見せるのが面倒臭くなるんだ」
 ゆう子の目付きが怖くて、そう言ってしまう。あの女優に叱られたことを思い出す。

「ベッドの中では頑張るけど、セックスが終わったら、別のことをしたいの」
「トランプとかしてるよ。ま、その罰ゲームにもえっちなネタが仕込んであるけどね。でも、利恵ちゃんは外でデートしてるから」
「そうだった。でも、その時もミニスカ穿かされたり、映画館で太ももに触ってきたり、ちょっとしつこい」
「それがしつこいの? 羨ましいな。わたしとは映画に行ってないし。なんか、利恵ちゃん、変だね。コツコツ積み上げていく気がないんじゃない?」

「は? この健康美でアピールするさ。彼、下着フェチだから、かわいいパンツの生着替えを見せまくってる。パジャマから私服に着替える時とか寝室まで見せに行くんだ。あと、ストッキングを穿く時とかに、このムチムチの太ももを見せてる。超、嬉しそう。それで回復するっと言ってる。幸せっ」
「そ、そうなんだ」
「どうしたの? それくらい簡単でしょ。やってあげてる?」
「う、うん。たまにね」
「まさか、一億円もらった彼女とは思えないくらい、サボってる?」

「そつなくは口癖みたいで、そつなく助けている様子はないね」
と、ゆう子も笑った。
「友哉さんって、ゆう子さんの内面は見てる?」
「内面? いやーん、見られたら最悪。ちょっと政治思想のようなものは勘付かれたから、これ以上は見られたくないな」
「女らしさとかは?」

「もてるの?」
「女優さんが惚れてる」
 利恵がゆう子をちょんと指差した。
「もてない男の人の方がストレスだよ。わたしの話、聞いてなかった? 女の下男になるじゃん。友哉さんのあの余裕綽綽の態度。高い山の頂上から、女を見ていてそれでいて、足を滑らせると助けに駆け降りてきてくれる」
「そつなく」
 利恵が小さく笑うと、

「銀座のカフェで会ったことがあるのを思い出した。ゆう子さんに似てる」
「似てないよ。病的に痩せてたし」
「わたしが見た時はふっくらしてた」
「そうなんだ。恋でもしたのかな。男、好きだったからね。わたしも友哉さんと出会ってから、ちょっと太った。いい男は、女を太らせるのよ」
「なんで?」
「ストレスを与えないから。ストレスで太った女子はいい男に恋をしたら痩せるしね」
「そうかな。友哉さんみたいにもてる男、ストレスじゃない?」

line友哉さんはわたしを好きだとさかんに言ってくれる。どうしてこんな女が好きなのだろうか。成田でわたしを抱きしめて、別れたくないんだって寂しそうに言った
 利恵はこめかみを指で押す仕草を作りながら、
「もてる男なのにdots。ねえ、高峰若葉って女優さん知ってる?」
 ゆう子に聞くと、
「なに、唐突に。知ってるよ。もう引退したんじゃないかな。どうして?」

 もちろん、相手の男性に他に女がいなければ選択の余地がなく、セックスの経験は問題視されないことが多いと思っている。そう、もてない男だったらなんら問題はなく、自分のような美女に夢中になってくれる。今までの男たちもそうだ。だが、佐々木友哉は違う。
 いや、無名になったあの女優をものにした彼もそうだ。彼と友哉は単純にもてる男なんだ。自分が男たちの引く手あまただと自惚れていると、結局、彼や友哉のような頭が良くて、心が強い男を逃すのだ。だけど、

 自立の話も慎もう。未来人どうこうは三年間だけのようだし、なんとかその後、結婚したい。
 利恵は、セックスに不慣れな奥原ゆう子を見ていて危機感を抱いた。こんなに美人がまるで処女のようなら、自分は俗に言う、もう調教し開発する必要がないまさにAV女優か。しかも、ゆう子は、「内面を見て」とか「自立がどうこう」とか言っている様子はまったくない。
line完全に負けている。
 もともと、ゆう子さんは有名女優。負けていて当たり前だが、まだ、秘書という立場を崩さない今がチャンスなのに、まさにわたしは自滅しているではないか。

 利恵は、膝をたてて座っているゆう子を見た。行儀、悪いな、と思う。無名のあの女優がゆう子と重なった。友哉が、ゆう子が見せびらかしている『女らしくない』姿勢、言動をさかんにいじっているのを思い出していた。それでいて、美貌は褒めているのだ。私にも。
 友哉さんにもロスからの帰りに叱られた。セックスが終わったら、別のことをしていてそれに夢中で、男性はほったらかし。友哉さんは独身。もう失敗したくない。

 セックスばかり求めて、その余韻がなくなった時にわたしが内面を見てとか言い出したんだ。もしかすると、遊びの恋が本気の恋に変わると内面を見てほしいとか美貌以外を褒めるように言いだすのかもしれない。肌が綺麗だと褒めてと言って、かわいいと言ってもらいたくて、セックスが上手だと感心してもらいたくて、さらに内面も褒めろって言っていたのか。男性は、女をずっと褒めてないといけないのか。だからか、歴史上の偉人たちも女で苦労しているはずだ。次に会った男の人には言わないようにしようline

 その女優の彼女は、なぜか利恵に握手を求めて、利恵もなんとなくその手を握り、彼のいる席に戻った。
 利恵はすぐに店を出て泣いた。
line学生時代の乱交は知られたくない。彼といた時はセックスばっかり。それで内面を見てほしいってdots。夢を語り合う余地はなかった。遊んでもらっていたのだから。そうだ。わたしがバカすぎた。
 涙はとめどなく流れて、彼と女優がいたカフェの窓を見た。
line本気にはなれなかった。奥さんがいたし、セックスばかりだったから。だけど、好きだった。

「綺麗な体だって言われてイカせてもらっていて十分じゃないの。彼のセックスは最高よ。今、子供は保育園」
「え、彼の子供ですか」
「違う。主人の。主人は、わたしの内面を見るからつまんない。優しいとか家事が上手だとか話し合いをしようとか、そんな台詞、もっとおばさんになってからでいいの。しかも、わたしの女らしくない素行は知らんぷり。行儀の悪さとか。逆に彼は、おまえのお尻が好きだって言うから、こんなスリムジーンズよ。嬉しい。この歳でこんな真っ青なジーンズが穿けるなんて。これだけで抱けるって。そんなことを四十歳にもなる女に言ってくれる男性いる? わたし、幸せ」

 利恵を舐め回すように見て、
「おっぱいがあったりすることしか見えない。内面は母性? それともその若い体を使ってセックスをしてきたこと? 過去を見てほしい? 親はどんな人だったとか誰と初めてやったとか。ああ、夢を語り合いたいのか? それ、内面?」
と嗤った。
「違います」
 利恵が辛酸を舐めるような顔つきで言うと、その女優は「怒らないで。わたしも彼に似たようなことを言われたから」と微笑んだ。

「内面がある女なんて死滅したの。わたしは彼に過去を知られたくない。今は恥じらいをお芝居でしか見せることができない。平気でパンツ、脱ぐからね。まさか、セックスだけじゃなくて内面を見ろと言って、それが女らしさのことじゃないって言わないでしょ。内面って、あなたの学歴のことや別の才能のこと? 今、優しさの大安売りをしている男たちばかりで、料理も洗濯もしてくれて、ほとんど女と変わらない男ばかりで、それで女の内面って、男性との違いはなんなんのかしら」

 利恵が驚いて、紅茶のカップを持つ手を震わせていると、席を立って近寄ってきた。
「内面がないって言ったら、怒っていなくなった美人がいたって、彼がとっても後悔していたの。それがあなただって、今、聞いた。あのね、女の内面って恥じらいや優しさでしょ。彼やその前の男たちからお金をもらってセックスしていた女のお願いとしては、やや無謀ね。そんな生活をしながら陰徳を積んでいたからそれを指摘してほしかったとか。まさかね」
 利恵が呆然としていると、

毎日があなたに一つくらいは
チャンスが転がっている。見つけられる

誕生日おめでとう、利恵。…の外見の
モデルの女性 笑

 その数か月後に銀座で偶然彼と会った。彼が銀座によく行くから、偶然とは言い難く、利恵はそれほど驚きもせずに、二人でよく行ったカフェの片隅で座っていた彼に会釈をした。彼は女性と一緒にいて、見たことがある女優だった。あまり有名ではない女優だ。何度も俳優とお泊りデートをしたり不倫をして干された女優だった。彼女は、利恵を見ると、
「わたしも内面はないよ」
と利恵に聞こえるように言った。

文芸の映画ばかり見ていて、アクションやサスペンスが好きな利恵とはその趣味も合わない。けれど、少しずつ彼を好きになってきた利恵は、
「セックスだけじゃなくて、わたしの内面を見て」
とある日の夜、酒とセックスだけの別れ際に言ってみた。すると、彼は無精ひげを擦りながら、
「内面があるのか」
と冷たく言い放った。利恵はそれに憤慨して彼と別れた。

 友哉と出会う前の男に、少しだけ友哉と似ている性格の大人がいた。既婚者で、セフレのような関係だったけど、経験が豊富で頭の良い三十半ばの男だった。友哉のようなイケメンではなく重厚感もなく、少し軽い性格だったから性癖の一致で付き合い始めただけだった。出会い系で知り合ったのだ。学歴がなく、なのにお金持ちで、いつもピリピリしていてセックスでストレスを解消していると正直に言っていた。

 二十五歳で、これほどセックスを知っていたら、まるでAV女優だ。友哉と出会った時には彼氏がいなかったことから、「一年以上、セックスしてなかった」と口を滑らせてしまった。つまり、もっと若いうちからセックスに没頭していたことになり、その通り体が男性のペニスで成熟したのは二十二歳くらいだった。高校、大学時代はまさにセックスとイベントばかりだった。女のそれを良しとする男たちは決まって、頭が弱そうな凡人かお金はあるが結婚する気がない、奥さんがいるおじさんだった。

快楽は幸せではなく、幸せは快楽ではない

令和はより、良い時代になりますように

「うん。そんなことができるなんて知らなかった」
lineもしかすると、わたしは簡単にイッてしまうから使わないのかも知れない。
 友哉からは、「イク時の様子が最高に色っぽくて美しいし、見ていて楽しい」と、抱かれる度に褒められるが、経験が豊富なのを慰められているようにも感じて、それほどいい気分ではなかった。

line友哉さんを独り占めされて、わたしが捨てられるのは嫌だけど、ゆう子さんはかわいくて楽しい。憎めない女。有名女優と友達になれるなんてありえないし、友哉さんはお金があるし、楽しい人生になってきた
「そんなことはないよ。ゆう子さん、とても面白いから。それに美容の話とかも聞きたいし、友哉さんとのセックスのことも気になるし。だからドラッグのセックスの話の続きを聞きたい」
「感度は十倍くらいになるよ。恥ずかしいけどイカされると失禁もする。最後には涎を垂らして失神しているらしいから、そこが嫌なんだけど、まあ、やめられないよ。利恵ちゃんにはやらないんだ」

「そうだね。しばらく楽しんでればいいね。わたしも脳を刺激する気持ちいいのやって欲しい。ドライブのセックス、ちょっと厭きてきたんだけど、そんな媚薬みたいなのがあれば楽しくなりそう。ねえ、友哉さん、呼んでよ」
「よかった。利恵ちゃんが今日はよく喋ってくれて。恋愛の話、こんなに女の子としたの初めてだ。ロスで説教ばかりされたから嫌われてると思った」
 利恵は、ゆう子の言葉に少し嬉しくなった。

「信用されてるんだよ、トキさんに。でも、性奴隷は気を付けた方がいいな。怒るとセックスが強くなるタイプだから」
「信用されてるのか。初めて会った男がdots
 利恵が首を傾げ、視線を壁の一角に投じた。
「考えても時間の無駄よ。友哉さんが未来の人って話でしょ」
「そう。しかも一番偉い」
「そのうちに分かると思うよ。友哉さん、言動が変わってきてるしね。極度の女性不信も治ってきたみたいだし、友哉さん、どこから見ても権力志向じゃないからさ」

悪い環境を変えれば、
あなたはもっと前に進むことができる

「世界征服しようとしても止めない?」
「AZは止めないね」
「バックレよう」
「世界を征服されたら、逃げても捕まると思う」
「うん。このままいよう」
 利恵がそう言ったところで二人はお腹を抱えて笑った。
「そんなことしない。あの男」
と言葉を合わせる。

「ちょっと待ってdots
 利恵はいったん言葉を止めて唾液を飲み込んだ。
「そのAZが未来のAiで、トキさんっていう君主が造ったとして、友哉さんはトキさんに善悪のすべてを一任されているの? 彼、そんなに偉い人ってこと?」
「そう。実際に成田で、こいつ、友哉さんの命令を聞いたからね。びっくりした。わたしにしか反応しないと思ったら、友哉さんの声に反応した。わたしがモタモタしていたらね」

「エコだね」
「違う。これ見て」
 ゆう子がAZの表面を見せると、
『友哉様の意志に従う』
というテキストが表記されている。
「どういう意味?」
「最初は教えるけど、友哉さんが覚えたら、友哉さんが自由にやってよくて、もし友哉さんが悪さに使ってもかまわないって意味。例としたら、うちらを性奴隷にしてもAZは止めませんってこと。友哉さんの行為が正しいってことだよ」

「そうだよ。レセプターを刺激して気持ちよくするんだよ。ヒスタミン受容体を刺激すれば、今日からわたし、花粉症だ。それと同じ。わたしたちの時代に見つかってないレセプターもトキさんの時代では解明されていて、その中にもセックスに応用できるレセプターがあるんだ。AZと友哉さんのリングが繋がっていて、友哉さんが何かの目的でレセプターを探すとリングから光を出すように友哉さんの脳をAZが指導して、そのレセプターを刺激する。友哉さんが知っている、または記憶したレセプターならAZは作動しない」

り強敵だな。ゆう子さんはセックスが初心者のようだから、彼が好きなプレイで差を付けて料理の腕でも差を付けないと、また別れることになったらまずい。一億円を没収されるかも知れない。
 利恵は刹那、危機感を抱いたが、気を取り直して、
「指輪のdotsリングの薬って、光の作用のこと?」
と訊いた。

line初めてエクスタシーを得たのか。男をとっかえひっかえの女優と思ってたけど、そんなに長く付き合った男はいないのか。
と分かった。
line友哉さんもそれには気づいているはず。男が同じ時期に二人の女と出会った場合、よほどどちらかが悪女じゃないかぎりはセックスの経験が少ない女を選ぶものだから、奥原ゆう子はやは

「あ、そうか。いちいち鋭い女だな。でも、昨夜はちょっと薬を入れてくれたし。もう最高」
と、また振り子のように体を左右に揺らしながら言った。どうやら、機嫌がいい時のゆう子の癖のようだ
「あの指輪で? なんか良さそうね」
「もうありえないくらい最高なんだ。壁を突き抜ける快感。全身が性感帯になってしまって、初めて中でいきまくった。ロックとセックスはドラッグだ」
 クッションを叩いて笑っているのを見て、利恵は心底羨ましいと思った。だが、

「だから、え、じゃないって。トランプの罰ゲームなんだけど、勝てないんだよなー」
「利恵ちゃんが勝った時は?」
「滅多に勝てないけど、名店のディナーとか高級ホテルのスパ」
「好きだね。そういうの」
「嫌いな女はいないと思う」
「コスプレドライブしてるだけじゃないの? 聞いたことがない。わたしの前では蛇に睨まれた蛙のように大人しくて、なんにも命じないのに」
「命じなくても脱ぐから」

 利恵はビールを飲むのを忘れてしまうほど呆れていて、温くなったビールをキッチンで捨ててきて、また冷たいビールを自分でグラスに注いだ。
「わたしには怯えてなくて、そんなセックス毎回だよ。だからそんなに鬱ではないと思う。楽しそうよ」
 気を取り直すように、強い口調で教えた。
「え?」
「え、じゃないって。彼がサドなのは明白でしょ。さっきも言ったけど、出会った時から激しいもん。命令されるよ、よくあるプレイばかりだけど、ミニスカートでノーパンで買い物に行けとか」
「え?」

「乱歩とかヒッチコックの物語がエッチになったみたい。友哉さんはそれに文句は言わないの?」
「文句? 雑とかしつこいとか、歯があたるから痛いとか、そしていつも下手とは言われるけど、怒ったりしないよ」
利恵は呆然としていた。ゆう子はセックスの話が楽しいのか饒舌になって、
「ずっとわたしに怯えていたのに、大河内さんのことで怒らせた日の夜はそれなりに激しくやってくれた。いっぱい命令されたよ。待ち焦がれていた」
「怯えていたdots

「友哉さんは行儀が悪いとか、そういうことは言わないの?」
「言われたよ。出会った日に、飛行機の中で下品だって。今朝も言われたよ。うるさいって。だけどわたしの情熱的なセックスに夢中なんだ」
「具体的にはどんなことをするの?」
「裸のままいて、飛びついたりする。基本的に裸族」
dots
「ずっと追い掛け回してスキンシップ。わたしは室内ストーカーだ。ずっと友哉さんを見ているんだ」

この季節の富士山は本当に美しいね

男と女が消えた平成が終わり、嬉しく思う。

 確かにスカートで胡坐をかいたり、トイレのドアを閉めなかったりするが、男性の前でもやっているのか。利恵はまた珍しいものを見るような目で、じっとゆう子を見ていた。
「だけど、友哉さんはそんなわたしがいないとだめなんだ」
 ゆう子が快活に言うと、
「急に元気になったね。友哉さんよりも、ゆう子さんが躁鬱なんじゃないの?」
と利恵が呆れて苦笑いをした。
「そうかもね。いちいち鋭い女だな」

「また自虐的になる。有名な大人気女優なのよ。わたしなんか過去をばらしたら一発で捨てられる」
「それにわたしはもてないんだ」
 ゆう子は気を取り直して、また芝居がかった表情をつくった。わざと泥酔して弾けているお嬢様みたいだと利恵は思った。
「出会って一時間喋ったら嫌われる。皆、こう言うんだ。下品だ。行儀が悪い。うるさい。言葉遣いが悪い。パンツを見せるな。いったいなんなんだ」

「そうなのdots。大丈夫? 気分でも悪い?」
 ゆう子が胸に手をあてているのを見て、利恵が持っていた缶ビールをテーブルに置き、ゆう子の顔を覗きこんだ。
「ちょっと昔のことを思い出した」
「お母さんに虐待されていた過去は仕方ないよ。ゆう子さんのせいじゃないから」
「ああいうことがあると、他にも枝分かれするようにいろいろあった。友哉さんのようなすごい男性の傍にわたしなんかがいていいのかな」

「やりまくってたdots。友哉さん、まともな女に囲まれてないな」
 呆れ返ってしまう。ゆう子がほんの少しベランダの方に視線を投げた。すぐにまた利恵に顔を向けたが、戻ってきた目に目力がなくなったのを見た利恵が、
「ゆう子さん?」
と小声で声をかけた。
「え? ああ、なんでもないよ。松本涼子が仮に友哉さんの友達だとして、わたしと利恵ちゃんと三人で、まともなのはいないなって。あの子も好戦的で癖があったからね」

「そう、ナンパしてくれる男で練習したんだ。ラブホにこもったこともある。ホント、友哉さんに言わないでよ。ばれてないから」
 利恵が胸の前で手を重ねて祈るようにゆう子を見た。自分から喋ったくせに、とゆう子は思った。
「ばれてるよ」
「前の男性にセックスを教わったことがばれるのは当たり前で、それに怒る男はどうかと思う。いろんな男とやりまくってたのはばれてない」

人は必ず死ぬから、若くして自分から死ぬ必要はない

「男性をリードできるんだ。いつからそんな女になったの? 悪い意味じゃなくて」
「男たちに教えられたのもあって、若気の至り。元彼は田舎で付き合っていた人と東京に出てきた人、二人だけで、しかも最初の人とは高校の時だからあんまりしてなくて、東京の人とはそれぞれ半年くらいだって言っちゃったのに、セックスが異常に上手らしいんだ」
「あーらま。お持ち帰りのセックス三昧がモロにばれてるよ」
 ゆう子は興味が無さそうに笑った。

 利恵は自分の悪行を思い出し、顔を曇らせて、
「あの時は、求めすぎたから、セックスを続けるのを自重したのもあったし、副作用の辛さも知らなかったんだ」
と弁解する。
「利恵ちゃんのセックス、好きなんだろうな。わたしとはやる気がないからさ。お喋り専門の女になりつつある。わたしとのセックスは疲れててできないと思ってたけど、利恵ちゃんとはどうなの?」
「会うとやるよ。わたし、セックスの勉強もしてたから、アイデアが豊富。友哉さんはそれに疲れないんじゃないかな。わたしが誘導する時もあるから」

令和、いいね

「涼子ちゃんを助けた時も倒れたし、自分の命がかかってるんだから回復のために、利恵ちゃんを犯してもいいのにやらないよね。優しすぎるよ。わたしにも、必ず、抱いていいかって訊くからね。アホかって。セックスの秘書なんだから、無理やり口に突っ込めって思う。まあ、それも、PTSDか鬱だからできなのかって思ってきたけどね」
「回復させなくて、お金ちょうだいって言ったんだな、わたし」

と笑う。
「自信満々かも知れないけど、女子との恋愛には控えめだよ。OLスーツで首都高を廻り続けるのも彼は好きなんだろうけど、利恵ちゃんならまだ学生服もイケるだろうから、本当は頼みたいと思っているはずだよ。でも言わないよね。きっと、ずーと考えてるんだよ。浴衣ならいいけど、学生服や体操服は嫌われるかも知れないとかさ。それが三十周になっちゃう原因。利恵ちゃんがロスで回復をやめた時も、無理にしなかったんでしょ」
「あ、うん。ごめんなさい」

「普通に、わたしは負けてるね。料理とかで挽回するか」
「利恵ちゃん、ドライブデートでわたしを上回ってるよ」
「OLスーツでかれこれ首都高を三十周くらいした。勘弁してほしい」
「車の運転が好きだし、利恵ちゃんも好き。首都高なら考えずに回れるから、きっと疲れてるんだね」
「わたし、疲れてるって連発する男、嫌いなんだけど、友哉さんのそれは違うから許している。本物の疲労だから、癒さないとだめだと分かってきた。それに疲れてると言いつつ、泣かなくて、疲れてるわりには自信満々な素振りが面白くて」

「だから事前に報告する浮気ならOKなんだ。でもそれ、すごい愛の告白だと思うよ」
「わたしは寝取りはできないけど、成田の時にわたしの評価が高くなったみたい。なんか、信じてほしいって言ったのが良かった」
 ゆう子が少し、勝ち誇った。
line女を信じるのが好きなのか。わりと子供だな
 利恵はふと、そう思うが、それ以外の彼の言動、行動力は妙に冷静で大人だから、ストレスに負けないように純粋な部分を残しているのかも知れないと思った。でも裏切られたら逆にひどいストレスになるから、ゆう子さんの言うとおり鬱になっているのか。

「ばれたか。まあ、冗談ではなく、つまり恋人を裏切らなければ何をしてもいいらしいよ。裏切りの目安が時間なんだってさ。利恵ちゃんが寝取りをしたとして二時間の約束だったのに、その男と一泊してきたら終了ってことだ。約束も大事にする男の人だから、二時間でちゃんと帰ってきたら確かに裏切りにはならないよ。合意もあるわけで。わたしにも、おまえがもしそれをやっても、その埃を掃うから美しいままだって。その埃は別の男の人の体液なんだ。大河内さんの時にもそんなことを口にしていた」

 利恵はビールを一気に飲んだ後、
「謝罪のなんたらで、寝取りがいいとか意味が分からない。つまり、浮気してきた女に謝罪をさせて愉しむ男?」
と息巻いた。すると、ゆう子が目を輝かせるようにして笑った。
「それ、友哉さん、好きそう。利恵ちゃん、寝取りしてきて、その後、土下座して足でも舐めれば? また一億円くれるよ」
「そんな簡単に一億円ずつもらえるなら、誰とでも寝るよ。とか言うと、また愛がないって切り返しが来るんだ。その手には乗らない」

「少しだけ正解だけど違う」
「怒らないでよ。男性の悪口を言う女子会よりも、自分たちを戒める女子会の方が有意義だ」
「賛成。わたしは、まだ本気になれる男と出会ってないだけ」
「友哉さんは?」
「妙な話さえなければ愛せる。未来人どうこうよ」
「確かに、未来人とか数千種の生薬を飲んでるとか、ちょっと異常だからね。利恵ちゃん、バイバイ」
「しつこいなあ。三年間、様子を見るって」

「セックスしていたら、たまには痣はできるね。傷も。でもいずれは消える」
「愛もいつかは消えてなくなるって口癖が彼にはあるね。自分は愛は失わないから、女に対する皮肉だよ」
「女は恋は好きだけど、実は愛は嫌いだって言うからね」
「利恵ちゃん、男性を愛した事がないっぽいもんね」
「なんで言い切るの」
「お金の話が先に口に出る女は、お金のない男にしつこく愛されて嫌になったことがあるのか、単純に資本主義社会で勝ちたいと思っている今どきのバカ女でしょ。利恵ちゃんは前者かな」

体に刻印も出来てしまう。全裸以外のセックスをやる時間ができたら、その二人は二人だけの秘密を持ってしまう。だから、自分の恋人が短時間の浮気はいいけど、長時間は浮気ではなくなるからだめだって」
「難解な世界に突入しそうな話だね。裸で食事をして、服を着たまま入浴とか。確かに変わったプレイをしたら、恋人同士じゃなくても二人だけの世界になるね。耽美というか退廃?」
 利恵が目を丸めた。
「刻印も入れ墨じゃないよ。友哉さんにしか見えない傷とか痣らしい」

「わたし、避妊してるのに、中に出さないから聞いてみたら、そんなことを言ってた。ただし、時間は気にしていた。美女が何をやっても美しいわけじゃないよ」
「時間?」
「自分の恋人が長い時間、別の男といるのはだめだって。許可を取ってセックスしてもいいけど、短時間だって。短時間では物語は創れなくて愛は滅多に生まれないかららしい。長い時間なら女の

「うん。じゃあ、耽美は?」
「女性の肉体美が先。常にね。内面は顔に出る。美女なら笑顔よ。友哉さん、セックスが好きなようで射精にこだわらないからね。実はプラトニックが好きな男なんだ。フェチがその証拠。見てるだけでいいんだ。射精するとしたらその目的も、自分がすっきりするためじゃないんだ。女体を汚すのが楽しくて、妊娠させるのが目的でもないの。その精液で汚れた様子を見て、汚したはずなのに美しいと思うんだって」
「ぶっとんでる。そんなことカミングアウトしたの?」

「テロリストとスケールが違いすぎるから、怒る気にもなれないと思うよ」
「久しぶりに頭の回転がいい女子と出会った。それはあんた」
「ありがとう。で、フリーセックスはなに?」
line心臓がドキドキした。なんなの、あのAZってタブレット。わたしをじっと見ているような気がした。
「許可制の自由恋愛」
「ああ、寝取りね。その話、やだな。成田からトラウマ」
「許可制の」

 ゆう子が目を据わらせる。
「ごめんなさい。なんか、わたし、きっと悪女だね」
 利恵が首を少しだけ傾げたままAZを見ているが、ゆう子は構わずにお喋りを続ける。
「そうだよ。やっと分かってきたか。友哉さん本人もきちんと謝る。ワルシャワで大声を出した後、すごく謝罪してきた」
「どんなエッチをしてきたのよ」
「違うって、テロリストと戦った後に興奮して怒鳴ったの。ぶっ殺してやるとか。彼が本気で怒ったのはまだあの時だけ。わたしのお喋りに怒らない」

 また、AZの表面が緑色に光り、小さな文字が浮かんだ。
『その女と決して仲違いしてはならない』
 そう浮かんで、すぐに消えた。
「ケンカしたらだめだって」
「はあ? 酔ってるよね。まあ、うちら超仲良しじゃないけど、ケンカもしてないよ」
「ゆう子さんのことじゃない。女神との話」
「ケンカしようか」

「え?」
 ゆう子が思わずテーブルの下を覗いて、AZを見たが、その光は消えていた。
「なんだろう。まずい話でもしてて、AZが怒ったのかな。でも緑色ならいいか」
「その女神の名はdots
「は?」
 利恵の棒読みのような呟きに、ゆう子が目を丸ませる。
「その女神を迎え入れた女の名は?」
「利恵ちゃん?」

と、言った。『謝罪武将』は絶版ではなく、ただ、ゆう子に読まれるのが嫌だったから咄嗟に嘘を吐いた。利恵は、友哉との思い出を独り占めをしたいと思ったのだ。
line今のわたしがゆう子さんに勝てるところは、彼をリアルに中学生の時から知っていたことだけ。それをばらしてしまったら終わりだ。
 そう思ってやまない。
 んdots謝罪?
 謝罪の女神dots
 利恵がテーブルの下にあるAZを見ていたら、AZの角がうっすらと緑色に光った。
「あのdots。AZが緑色に光ったけど」

 自分のことを言われたような気がした。元彼と友哉との間隔は二年弱あったが、その前は乗り換えてばかりだった。中にはそう、自分を友人と取り合った挙句、病的に弱くなった男もいた。元彼と友哉との間隔が空いたのも、セラピストに止められた力で、自分の意思ではなかったのだ。利恵は、かぶりを小さく振り、気を取り直して、
「謝罪の習慣はきっと絶版になった本の中か」

 利恵の言葉に、なぜかゆう子が長く笑っている。やがて「友哉さんらしい」と言った。
「なんでも、誠意をもって謝る女はこの世にいないらしいから、恋愛の小説でその理想も書いたらしい」
「いないって断言するか。さすが、天才は違う」
「いないよ。無反省が女の恋愛の特徴でしょ。遅刻は当たり前だしね。男性が弱ったり、仕事を失敗すると、すぐに男を乗り換えていくんじゃん。わたしのお母さんもそうだった」
「そ、そうだね」

「人と人が謝り合えば殺人はなくなるって持論。なんでも、マナーが生まれてから殺人は激減したらしいんだ。だけど、謝罪は浸透してないって友哉さんが言ってた」
「そんなことを考えている男が、独裁者を目指すことはまずないか。わたしも読書家だけど、それは知らないテーマだなあ。友哉さんの本、早く全部読もう。絶版もあるから探すのが大変」
 『謝罪武将』のことだったが、ゆう子には伏せておく。
「本人にもらえばよくない?」
「前の家に忘れてきて、取りに行きたくないって」

女の美しさを見せることに躊躇のない美女がいる

 利恵が疑わしい目付きで、
「わたし、意外とお金持ちが好きそうに見えて、政治家とか嫌い」
と先手を打つように言った。
「大丈夫。作家だけど、まるで政治に興味がない。どちらかと言うと、芸術家よりのメンタルだよ。ルノワールが核爆弾持っても戦争はしないよね。基本的なテーマは、耽美、謝罪の習慣、愛憎、フリーセックスだよ」
「謝罪の習慣って?」

「世界一、弱い諜報員か工作員だとして、そのAZがあれば怖い男ね」
 利恵が言う、「そのAZ」がどこにもない。よく見たらテーブルの下に置いてあった。
「なんで隠したり出したりするの?」
「それをやると疲れるから、もう隠さない。友哉さんは怖い男にはならないよ。権力志向がまったくないし、耽美派だしね」
「耽美派か。新品の下着とか大好きだしね。三百億円はそれに使ってしまうような感じ」
「歴史に残る下着フェチじゃん。そんな変態が友哉様か。まあ、下着フェチは知ってるけどさ」
「権力志向は絶対にない?」

「神様に見えちゃうんだ。ピカソの女たちがそうじゃん。だけど、神様のわけがないから、現実を見ると冷めるんだよ」
「ピカソの女たちはほとんど最後まで残った」
「そうか。まあ、そのうちどうなるか分かるでしょ。わたしも友哉さんの奇妙な行動力にはびっくりだよ。痴漢冤罪でひどい目に遭った大河内さんと話した時にも、友哉さんは神の領域か諜報員だけど、めっちゃ疲れてますよって言ってた」
「めっちゃ疲れてるスパイって」
 利恵が失笑した。

「新妻が浮気して、その男の精子を飲んだ後、帰宅して夫の手料理を食べたら味が分からなくなる。…すごい話でしょ。わたし、友哉さん、尊敬しちゃった。本物の作家だよ」
 利恵が唸るように言う。
「女が、芸術家や小説家に恋をしたら一巻の終わりだよ。よかった。利恵ちゃんはもうすぐ終わるね」
 ゆう子が含蓄のある言葉を作って、笑みを零した。
「どういう意味?」

「知ってる。この前、レンタルして見てみた。B級映画なんだけど、舞台俳優とか出ていて、良い作品だった。途中で観るのやめたけど」
「なんでやめたの?」
「律子さんの話のような気がしたから」
 ゆう子が嫉妬を剥き出しにしたのを見た利恵は、
「あれは違うと思うよ。友哉さん、料理に興味ない」
と笑った。物語は、料理が得意な夫の妻が浮気をしているうちに味覚障害になるというものだった。

「未来の話は胡散臭いからいいよ。これ、友哉さんの最後の小説。あ、まだ引退してなくて休筆中ね。さっきの若妻の小説以外は、あんまりそんなドロドロとした親子の話や恋愛の小説はないけれど、これは味覚障害になる主婦の物語とか、まるで今の友哉さんと似てない男が主人公。確か映画化しているの」
と言った。ちらりとテレビ画面を見たが、テレビはついていない。

「絶対君主制ね。良識的な男性がやれば国民から信頼される」
「めっちゃ、好青年でイケメンだった」
「いいなあ。わたしも会いたかった。で、ゆう子さん、このこと、疑問に思ってなかった?」
「なかった。バカです。友哉さんは利恵ちゃんにあげる」
 再び白いハンカチを振り回すゆう子に、利恵が爆笑した。
 利恵が徐に、友哉の小説の文庫を取り出した。

「国王を世襲じゃなくて、選挙で決める制度よ。トキさんが日本人だというなら、日本人の血を重んじて、トキさんの父親かお爺さんかそのその前の人か、とにかくその日本人の男性が選挙で国王に選ばれて、その後は、日本人の血を重んじて世襲にした。だからトキさんが君主なの。象徴ではなくて政治もやっているから、トキさんが君主として日本を統治している。どれくらい偉い人?」
「さあ、日本だけじゃなくて、ほとんどの国にも力があるらしい。人口が少ないんだって」

「なるほど、利恵ちゃん先生と呼ばせてください」
「だって日本の天皇って言葉はなくなっているよね。国名も違うんでしょ」
「スリーアイランド」
「どこかに残っていた日本人が国を再建させた。その時に国王を決める事になって、選挙君主制を採用したのね」
「なにそれ?」

「ゆう子さんがファンの人に三回くらいお腹を刺されて、なのに死ななくて、自宅に帰ったら窓から隕石が飛び込んできて、翌日に宝くじを買ったら一等が当たったとしてね。そんなことは起こり得ない確率でしょ。だけど、どれかひとつだったら起こり得て、実際に体験している人たちはいっぱいいるの。晴香ちゃんの子孫が天皇家に嫁ぐなんて、友哉さんの家系が不良キャラだから拒否されるだろうし、確率的には単純にトキさんのただの御先祖様」

「わかんない」
「晴香ちゃんの子孫が皇室に入る確率が1%だとして、わたしたちが未来の世界のその出来事に巻き込まれるのも1%だとするよね。二通りの1%に襲われることなんかないってことよ。だったら、単純にたったひとつの、つまり、友哉さんと晴香ちゃんがトキさんのご先祖様でただそれだけのことに巻き込まれたって方がまだ可能性はある」
「ふーん」
 ゆう子は首を傾げて、またワインを舐めるようにして口に少し含んだ。

「うん、トキさんがそう言っていた」
「トキさんの話が本当なら、滅びたんだね。天皇家も他の日本人も」
「そうかもね」
 二人とも項垂れてしまう。
「友哉さんは天皇家と関係ない。晴香ちゃんの子孫が天皇家に嫁ぐ確率と比べると、たんに友哉さんと晴香ちゃんがトキさんのご先祖様の方が確率は高い。どちらにわたしたちが巻き込まれるかって確率よ。わたしの理屈分かる?」

「トキさんが本当に未来人で、日本の君主なら天皇家はどうなったの?」
「え?」
 ゆう子が、まさに、狐につままれたような顔をした。
「ほら、なんにも考えてない。トキさんは自称君主なんでしょ。君主って意味、知ってる?」
 ゆう子が思わずAZで調べようとしている。
「うう、なんにも解答が出てこない。エラーが出る。ロックがかかっている」
『君主』については、電子辞書を見ているゆう子。
「教えられないってこと? 確か、千年後の世界には日本人が少ししかいないのよね」

と言った。ゆう子がにやりと笑い、
「ふ、あんな非現実的な男。楽しくて仕方ないぜ。怪しい元カノが戻ってきたら修羅場を楽しんでやる」
と言った。
 利恵は「やれやれ」と言って、いったん、ビールを口にしてから、
「あのね、疑問があるんだ。ゆう子さんはバカだから分からないと思うけどdots
と、首を傾げながら呟いた。
「何回、ひとをバカって言うのさ。今から利恵ちゃんのする話が理解できなかったら認めるよ」
 酩酊した様子のゆう子が利恵を睨みつけた。

「他の男と結婚とかしていればいいけど、友哉さんの活躍を知って戻ってきたらうちらはヤバいよ」
「一緒に心中なら、わたしもしたけど」
 利恵が珍しく屈託ない笑顔を作った。
「そうか。ヤバいのはわたしか。けっこう頑張っているけど」
 ゆう子が頭を掻いている。それほど深刻な様子ではない。それを見た利恵が、
「わたしたちいろいろ言ってるけど、あんまり危機感ないというか、実はただ、お喋りのネタにしてるだけじゃない?」

「友哉さんが苦笑いをして終わり。でも一緒に寝てたよ。セックスしている様子はなかったけど、そこはカット編集かな。一瞬、姉だと思ったのは、背格好が似ていたから」
「お父さんと一緒に心中しようと提案する娘がどこにいるのよ」
「うん。しかも友哉さんから聞いた。元カノのお母さんが寝たきりだって。だから、北の旅館の心中未遂疑惑は完全に元カノ」
「その元カノが今はどうしているかって展開にならない?」

「うdots。そ、それは姉妹の一方の姉じゃないと思う。まさに元カノでしょ」
「御名答。わたしもこれだけは元カノの映像だと思った」
「なんて重いんだ。ますますバックレたくなってきた」
「いいよ。バイバイ。ライバルが減って嬉しい」
「面白そうだから、もう少しいる。で、その後、どうなったの?」

「北だけに背筋がぞくぞく」
「そう、まさに冬。部屋の外に小さな露天風呂があるの。大きい旅館で、その旅館の取材みたいな様子。で、そのまま宿泊してるんだ。外は猛吹雪。五階以上の部屋みたいで、友哉さんが、そのベランダから下を覗いて「海原が荒れ狂っている。吸い込まれそうな黒い海。あれは地獄に繋がっているのか。みたいなことを言ってるの」
「作家さん、らしいね」
「そうしたら、例の姉が、後ろから寄ってきて、一緒に死のうかって」

「律子さんがいたのかもしれないけどdots。で、泣いている娘はいったん自宅に帰ったとか。その後に見舞いにも来ない。それも律子さんが行かせなかったんだろうけどね」
「ホラーより怖くなってきたんだけど」
「まだ怖い話があるよ」
 ゆう子が、薄気味悪く笑うと、利恵が体を乗り出した。
「北のどこかの旅館で、姉と二人きりの旅行をしてるんだ。もしかすると、どこかに妹もいたかもしれないけど、部屋には二人だけの映像しか見えなかった」

「事故の映像。でもその時は、車の運転手が心臓発作か脳出血で亡くなっていたんだよ。睨んでも止まらないよね」
 ゆう子が苦笑してしまう。
「わたしの推理の恋人と一緒に跳ねられたかも知れないやつだよね。正しくは、娘さんを渡らせようとしたんだっけ?」
「そうなんだけどね。娘、たぶん晴香ちゃんは救急車に乗らなかったんだ。消えていた」
「はあ?」
 利恵が声を裏返らせた。

「自殺する気じゃなくて、自分は死なないと思っているか自分の命の重さを知らない。本当に知らない。利恵ちゃんとの時も、自分は死んでもいいんだぜって顔だった」
「ロスの自爆の時ね。でもそこまでは激しくない。実際に車は止まる。計算して止めてる。止まらなそうなおばさんの軽自動車なら、児童の方を止めている」
「うーん、どこかで見たな。そのやり方」
「どこ?」

と利恵が興奮して言った。
「彼が道に出て、車の運転手を睨みながら止めちゃうんだよ。タイの繁華街じゃないんだから、逆に危険すぎるって。でも友哉さんは強引に車を止めてしまって、そしたら女の子たちが横断歩道を渡るってこと。死ぬ気? って言ったら、必ず止まるって笑ってるんだ」
「彼の一番悪いところ」
 ゆう子が肩を落とした。
「悪い?」

恋が愛に変わり、信じる気持ちが生まれると、
二人は永遠になる

遠藤憲一さんの温泉のドラマがステキ

わかったよ、かわいいよ。日本の猫。
愛してる

「バックレよう」
 利恵が真顔で言った。
「その女子中学生を温泉の混浴や貸し切り風呂、そして部屋でやりまくった後に殺して、遺棄したというわけだ。バックレよう」
 ゆう子がバカにしたように笑っていると、
「冗談。女の子に超優しいからね。信号のない横断歩道で渡るのを待っていたら、小学生から高校生くらいの女の子を見てるから、真正のロリコンかと思ったら、車を彼が止めるんだ。しかもそれが怖すぎるくらい、激しい」

「ああ、それはよくある話かも」
「友哉さんの生い立ちはいっぱい見えたけど、大人になってからの女性関連は特に隠されてる。奈那子やプロ愛人とのセックスが削除されてないのは、それこそプロだからでしょ」
「なるほど、確かに素人さんとのセックスを見せたらプライバシーの侵害になるよね。やっぱり姉じゃないように気がしてきた。もし、姉だったら、友哉さんが結婚したのが二十歳くらいにならない? 中学生のその子との映像、いつの頃?」
「約十年前。あ、そうか。だったら友哉さん、かなり若いね。教師と生徒ならありそう。実際に作家先生だし」

孤独を何度も経験して、本当に変わった。そして美女が
やってくる

と神妙に言葉を並べた。
「実はわたしもそっちが結論。友哉さん、元カノが見舞いに来なくて鬱になるような男じゃない。ワルシャワで問い詰めた時に、死んだ、とは言ってないし、だけど、AZに女の気配がない。AZ、友哉さんを監視できるからね」
「極悪タブレットだね。姉のことがAZに出てこないのは?」
と利恵が訊いた。
「晴香ちゃんもあんまり出てこなかったよ。友哉さんの交友関係はプライバシーで隠されているんだ。まあ、アンロック式だからそのうち出てくるんだろうけどね。姉は年齢的に友哉さんと近すぎるから、姉は実は律子さんの連れ子とか養女とかで、今はまったく交流がないとか」

「でも例えば、元カノじゃないとして、死んでいるわけでもなくて、今も続いている彼女なんじゃないの? わたしたちに黙っているとか。旅行もデートもしない複雑な恋人っているものよ」
と言う。続けて、
「なんかわたしが一番じゃないような気がして。だって、女に振られてもかまわないような厳しい意見を平気で言う。あんな男、いないよ。いや、イケメンは皆、あんなのかな。わたしの付き合った男の中では一番イケメンだから。これは冗談じゃないよ。もし、ゆう子さんも一番じゃないとしたら、その元カノとまだ繋がってるとか」

「あー、なるほど、トキさんが優しいから残酷すぎるシーンが編集されているわけだ」
「不倫していた恋人が即死。それに付け込んだ妻が病床の彼に離婚届けを突き付けた。不倫していたなら自業自得かもしれないけど、友哉さんと奥さん、セックスレスだったらしいから、友哉さんの浮気が一方的に悪いわけじゃない。晴香ちゃんとも会えなくなって、うん、わたしだったら発狂している」
「わたしだったら自殺している」
 ゆう子と利恵が一緒に頷いた。しかし、利恵が声柄を変えて、

「ん?」
「元カノが病院に見舞いに来なかったのが大ショックっておかしくない? 普通来ないよね。だから、死んだ彼女、すなわち恋人が死んで、その直後に友哉さんが事故に遭って、だからPTSDになるとほどショックを受けたのかと考えたんだ。ワルシャワではその女は生きてるような口振りだったけど」
「恋人の死と交通事故が重なったら、誰でも大ショックだよね。ゆう子さんの夢の映像では見えてないのかもしれなくて、恋人と一緒に跳ねられたのかもしれないし」

「おおまかとかいくぶんとかdots。で、その若妻が自殺するんだけど、遺言に、わたしの人生をめちゃくちゃにしたあなたが憎いけど愛してる、愛してるって何行にも渡って書き殴ってあって、でもその字が汚いの。夫は理由が知りたくて霊場に会いに行くんだ。頑張って最後まで読んだよ」
「辛い話だもんね」
「物語は辛くないよ。元カノの話なんか読みたくない」
「元カノかなあ。仮に本当に死んだとして、友哉さん、お墓に通ってる?」
「通ってないよ。そうか、じゃあ違うか。なんか深読みしすぎてるような気がしてきた。だけどさあdots

「わたし、読んだよ。霊場に行く小説でしょ」
「また妻に会いたいってタイトル。奥さんが女子高生で、主人公の男が友哉さんくらいの大人。歳の差を世間から叩かれて、女子高生が精神的に病んでしまって、親も病気になっちゃう。それで山奥の神社にお祈りに行くんだけど、女子高生の若妻がすごく病んでて、彼を殺そうとしたりするんだよね」
「うん。おおまか、その若妻の頭がおかしい話だった。平気で夫に死ねとか言うの」

 ゆう子が頷いた。
「何人かいると思うけど、夢の映像の中には主に姉妹とAV女優のセフレ、プロしか出てこないんだ。あとは律子さん。そのホテルにいたのも姉かも知れない」
「昔の女のことを引き摺ってる男、女々しいから、二人でバックレようか」
「利恵ちゃん、時々古い言葉使うから面白いね」
「昔の本から拾っているうちにこうなった」
「ロスでの元カノを助けに行くってあの台詞は言葉のあやで、本当は死んでるような気がする。急にお墓参りに行きたくなったとか。それは彼の最後の小説がそういう話だから」

「あ、そうか。カラスの襲撃に備えて目を保護したわけだ」
「震度4くらいの地震がきて、目の前の女の子の手を引っ張る。すると、その女子、なにすんのよって怒った。よく見たら、彼女の上のシャンデリアが今にも落下しそうなくらい揺れてて、その女の子がびっくり」
「その女は誰?」
「元カノだと思う。ホテルだったから」
「元カノか。車の中で生着替えをやってくれた女ね。ロスでも日本にいる元カノを助けたいって言ってた」

「キレキレの様子はどんなこと?」
「印象に残ってるのはサングラスかな。友哉さんが姉と庭にいて、徐にサングラスをかけるの。いつものように口でアームをくわえながらね」
「あれはかっこいいよ。車の中でもしてる」
「姉が、かっこつけてるとか笑ったらカラスが襲い掛かってきて、ぶん殴る」
「姉を?」
「利恵ちゃん、たまに天然になるね。カラス」

基本的に女に弱いから、利恵ちゃんからもわたしからも、レベル1に見える。ロスのバーに律子さんがいたら、泣いてたんじゃないかな。鋭い顔のイケメンだけど、優柔不断に見える。それが急にスケールの大きなdots。そう、まさに彼女の人生に関わるような優しさを見せても気づかないよ。昔の友哉さんは違っていて、それこそ、毎日鋭い眼光でキレキレ。元カノや姉妹の前では、特にカッコいい男性で父親だったから、分かりやすかったと思う」

「それはないな。あるならもう誰かとしてるか、彼氏がちゃんといるよ。友哉さんの女の好みはきっと利恵ちゃんか元カノだよ。見た目が素朴な美人かな。利恵ちゃんは中身が派手だけどね」
「見た目が温厚な面持ちの美人で、中身が派手な女が好きなんだと思うよ。自慢じゃないけど」
「認めてるんだね」
「いくぶん。友哉さんの優しさの話、いろいろ勘違い。ごめんなさい」
「ああ、いいよ。彼のやっていることは、普通の女の子には理解できないでしょ。今の友哉さん、

 それほど自虐せずに、ケラケラわらっている。
「ほら、誘導尋問に引っかかった。方言のことを訊いたらペラペラ」
 利恵の言葉に、ゆう子が体の動きを止めた。
「普通に、バカだと思うよ、ゆう子さんって」
「何度、あんたにバカって言われたか。そのうちぶつよ」
「そのAZをしまってから殴ってね。で、結婚したくないの?」
「したくないんじゃなくてできないと思う。利恵ちゃんみたいな家事が得意な女の子に取られる」
「ゆう子さんなら美貌だけで結婚してくれるよ」

「それは色っぽい女。なるほど。福岡育ちなのはプロフィールで見たよ。あっちの方言は出ないの? ゆう子さん、喋り方が変」
「中学から東京。女優になったからね。お母さんに顔以外も似たくないから、方言はやめた。それがこの喋り方の原因かもね。わたしはあの女を一生許さないよ。わたしは男性に抱かれて、ありがとうございますって言う女になるんだ。それに女は見せてなんぼだからね。しかしそのセックスが下手くそって言われて、利恵ちゃんみたいに料理も裁縫もできないのに結婚したいって、そこまで自惚れてないよ」

「ひどいなあ」
「わたしがその前に出会ってワルシャワに行ってますが」
「ゆう子さんは空気だからいいよ。彼、咳き込んで帰ってきたみたいだし」
dotsどうしてもいじられてしまう。これがブーメランか」
 ブツブツ言っていると、利恵が話を変えた。
「お母さまはけっこうな熟女なのに、そんなにもてたの?」
「この顔が老けただけの女よ」

「はい。ごもっともです」
 ゆう子が殊勝に頭を下げたら、利恵はビールを一気に飲み干し、
「で、本当にわたしたちの前にずっと彼女はいなかったの?」
と訊いた。一応、ゆう子も数に入っている。
「最低三年は女の子と旅行とかしてないよ」
「最後がどこかの温泉の話ね。そうか。わたしと会うまで、お互い一人だったのね。やっぱり運命」
 険が出ていた目元を緩める利恵。
「利恵ちゃん、美人だけど運命って顔じゃないよ」

「わたしが彼を作家先生だと知ったのは、ロスアンゼルスで」
「あ、そっか」
 なぜかゆう子が頭をかいた。利恵が妙に真剣になったから場を和ませようと懸命だ。
「今から覚悟してもいいよ。彼に女がいなければ」
と言って、ゆう子を見た。利恵は怒ったのではなく、友哉に興奮したのだ。目の前にいなくても、ゆう子がさかんに彼の本質を話したからだった。
「あわわわdots。とりあえず、わたしのことは置いておいて。トキさんからの依頼でやってきた秘書だから」
「そのトキさんって人が、本当に未来人かエリア51から来た人みたいだから許してるだけで、ゆう子さんが秋葉原からのレンタル彼女だったら、わたし、さっさといなくなってる」

「彼を見たら興奮する。きっとテストステロンってやつよ。抱かれたいと思ってしまう」
「知ってる。自信のない男性からは出てこないのよね。筋肉のないおデブさんからも」
「もし、彼にずっと女がいなかったとしたら、女の間違いを論破してしまうあの怖さだけど、素直な女には何も言わないだろうし、そもそも作家の男性でしかも若くないんだから、それなりに覚悟して付き合わないとだめ。覚悟した女がいなかったなら彼の女運が悪かったのよ」
「利恵ちゃんは覚悟してるの?」

「ずっとのわけない」
 利恵が急に真顔になった。
「悔しいけどdots。あの自信満々な態度、切れる頭、イケメン、細マッチョ、小説家。もし、トキさんからもらった大金がなくてもそれなりにお金持ちだったみたいだし、絶対に女はいた」
「そんなに怒んなくてもdots
 利恵が声を震わせるほど、真剣に言うものだから、ゆう子が思わず、彼女をなだめるようにして手を振った。

「壊れない?」
「ダイヤモンドより硬い」
「売れそうだね」
「なんでそんなに売る買うが好きなの? ああ、お母さんの相手の中に友哉さんがいたらよかったのに。彼なら、わざと頭を下げて、お母さんが満足して裸になったところで窓から逃げちゃうか、お母さんがイク前にやめて主導権を握る。または、セックスする前に論破しちゃう。だけど、そういう男の人は怖く見えるからもてないからねえ。友哉さんが、ずっと一人なのは頷けるよ」

「え? それ、人が入ってるの?」
 利恵が、AZを見て目を丸めた。AZはいつの間にか、ゆう子の手にひらに乗っていた。
「入ってないけど、わたしの疑問に答えてくれる男性が、かなりイケてる人なんだよ。リスクを恐れない男。何しろ、わたしを怒るからね。おい、あんまりひどいことを言うと、AZ捨てちゃうぞ。おまえはわたしに捨てられた男だ」
 ゆう子が酔った勢いで、AZを殴っている。利恵は呆然だ。もはや、ゆう子のお喋りについていけなくなっている様子だった。

「友哉さんが好き。あと、友哉さんに関わっている男性が、意外とイケてる。桜井さんは、性格がオヤジ臭すぎて困るけど、晴香ちゃんを救ったのは男らしいし、あと、あの冷静なイケメン、トキさん。それから名前は言えないけど、わたしに対して口の悪い男がいるんだ。その人もきっと友哉さんに似てる」
「へえ、浮気してるの?」
「してないよ。このAZだ」

と、恨み節を言った。
「そうなんだ。わたしも迂闊にできない話はあるもんな」
「最初は同情してくれるんだ。でもそれはまさにセックスするためよ。結婚の対象外だ。だから、何回かやったらいなくなっちゃう。まさにお嬢様のような女が現われたら、そっちに乗り換えるわけよ。最悪だよ」
「ゆう子さん、男が好きなのか嫌いなのかどっちなの?」

「そ、そうかもdots
「でもなんで虐待されたことを話してしまうの。ホームパーティーでバカ騒ぎする人たちに。そういう過去はもっと慎重に、静かな場所で話すことよ」
 利恵が生真面目に言う。ゆう子は、「利恵ちゃんにしては常識的で説得力があった」と前置きしてから、
「方言を喋らないことで、お母さんの話に誘導されていくんだ。まあ、それはわたしがお喋りなんだろうけど、聞きだしておいてそれが嫌で別れるのはひどくないか」

「なんだ、乱交してるんじゃない」
「乱交ほどじゃないよ。ストレスがひどくてバカ遊びしたくてさ。ゲームの罰ゲームにエッチネタを仕込むんだ」
「それ、楽しいよね」
「利恵ちゃん、さすがに経験があるね。ただ、彼氏候補の男性以外にも裸は見せてしまった。酔うとそうなる。それが終わった後、皆に虐待された話を泣きながらしたんだけど、目が覚めたら部屋に誰もいないんだ」
「喋り過ぎたんじゃない? 虐待以外のことも。覚えてないだけで」

「したほうがいいよ。嫌われないって」
 ゆう子を慰めるように言うが、ゆう子はさかんに首を左右に振って、
「今まで何度この話をして男にやり捨てされてきたか。何度って言っても三回くらいよ。わたし、男遊びはしてない」
「三回くらいでも愛がなければ十分遊びだけど、あんたに言われたくないって反論されるから言わない」
「今すぐ言いたいよ。二回はわたしはその彼らを信じていた。抱かれているうちに愛されると思った。なのに、最初の人は一回で、次の人は一ヵ月で三回くらいやっていなくなった。あとの一人はこの部屋のホームパーティーでふざげすぎたら消えた」

「1の男の人、刺激がないよ」
「うん。お母さんの相手の男のひとたち、正直、男性崇拝のわたしでも嫌だったから。お母さんの命令はなんでも訊いて、車で飛んでくる。お母さんの殺し文句が、迎えに来なかったら、抱かせてあげないだからね。オドオドした男たちが、月に何回も自宅までやってきて、お母さんに頭を下げて、子供のわたしがいるのに、隣の部屋でセックス。お父さんは会社に行ってるのよ」
「最悪。ねえ、その話、友哉さんにしてあるの?」
「してない。嫌われる」

「そう。脳内のテロリズム性が強いか弱いかがダークレベルの基準なの。なんかがっかり。トキさんの世界の判断基準に。男性の場合、カッとなってどんどん人を殺すような男が4。それで現実に一人以上殺している。これが基準。カッとならないのに殺すのがサイコパスで5。3は判断ができないから、友哉さんに任せる男で、でも誰かを殺したいほど恨んでいるとか日常的にDVとかしている男も3らしい。2は友哉さんみたいに冷静で、だけど怒る時は本気になる男性と軽犯罪の前科がある人。1が、いつも温厚で、笑っていて清廉潔白みたいな男の人」

「他に女との過激なセックスもそうだし、テロリストを殺すのもそう。でも、嫌がる女をレイプするわけじゃないし、善人に銃を向けるわけでもない。そこが2にとどまる理由。きっと、その高校生たち、人を殺すほどの悪だったと思うよ。むしろ、1の男の人たちが、実は、お母さんに貶められてきた男たちが1だから、ちょっと矛盾した数値なんだよ。バカや女性化した男なら1なんだって」
「女に優しくて媚びていて、決して怒らない男が1ってこと?」

「すべての暴力は悪だよ。この国は特にそう。猫を虐殺した子供も殴れない」
「なに、その謎かけみたいなdots
 利恵は一呼吸置いてから、
「わたしを守るためにテロリストを爆死させた友哉さんは悪?」
と言った。
「違うね。利恵ちゃんとは話が、だんだん、だんだん、だんだん合ってきた」
「だんだんがしつこい」

「それも興味ある」
「うん。詳しくはロックがかかって見えないけど、わたしが友哉さんのダークレベルのことをしつこく訊いたら、三年前に高校生たちを病院送りにしたから、少しレベルを上げたって」
「病院送りって。かなり犯罪だよ」
「正当防衛とも言えるって書いてある」
「そっか。オヤジ狩りに遭ったのね。わたしもオヤジ狩りとかしているガキ、嫌いだからいいか」
 利恵が苦笑いを見せる。

「お母さんに、本をいっぱいもらった」
「良いお母さん」
「わたしのダークレベルは?」
「は? なによ、突然。2だよ。友哉さんも」
「その指標や基準はなんなの?」
「女はわかんない。友哉さんは、あきらかに、やる時はやりますよって精神がダークレベルを上げてるの。ロスでも話したけど昔に、悪い高校生たちをこらしめたらしいよ」

彼氏の悪口なんか半端なく喋ってる。バカとかくそとか。出世しねえとか。なのにその彼氏が目の前にやってきたら、満面のかわいい笑顔になるから、もう女友達が信じられなくなった。で、わたしはその仲間にいたけど、うんざりして外れて、また読書家になって、二年くらいしたところで友哉さんと出会った」
「そうか。利恵ちゃんのその反省期間というか、知識が豊富なところが友哉さんのお気にいりだと思う。またってことは文学少女だったんだ?」

、自分の話になりそうで自爆してるけど、学生時代の女友達は、ゆう子さんのお母さんみたいな子ばかりだった。彼氏と男の悪口を言いながら、セックスはやりたがっていた。女子が二人以上になると、男の悪口か品定め。彼らがやってきたら、色気で誘って、ラブホに行ってやりまくって、また学生食堂で男の悪口。下手くそだったとかね。

日本の男たちは知らないけど、中世ヨーロッパの頃。本を読めば読むほど、男たちは人ばかり殺していて、決闘が好きで、女たちは男のお金を奪うのに必死。美談にされている有名な女にも愛人がいたりね。で、その後、教育や国の民主化で賢くなっていったのは、実は男性の方だけで、殺し合いをほとんどしなくなったのよ。ところが女たちの、財産やお金目当ての恋愛は続いてるのdotsって、

猫を救う人たちが増えた時代に乾杯

美を取り戻せば、地球のすべてが良くなる

「口にするのは恥ずかしいけど、愛でしょ」
「そう。だけど、友哉さんの欠点は気にいった女は、全部愛そうとすることかな」
「それも最悪」
「でも、お母さんの周りにいた男たち。お父さんもそうだったけど、お母さんしか愛してなくて、自滅していったから、まあいいかなって」
「悪女を一人、愛しているよりはリスク回避で何人もいた方がいいと思うよ。わたしは友哉さんにそれをやられるのは嫌だけど、実は昔の男たちに女がいっぱいいたのは、それだったんだよね。

「うん。利恵ちゃんは、やっぱり女らしいよ。裁縫もできるし、さすがだ。友哉さんはお母さんの怨霊が憑いた女子高生は完全に無視。だから、わたしはお母さんへの復讐はやめることにした。友哉さんが偉そうに、いろんな傷を治してやるとか言ってて本当にやってくれてる。その彼の優しさや知性をセックスがしたいからだって、わたしは思わない。優しくしたからやらせろとか一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとかね。そういう男の人じゃなくて、なんか別のことを女としたいんだ。どうよ?」

「どこが? 普通の会見じゃん。タブロイド紙の記者も黙ってたからね」
「ゆう子さんの天然に呆然としていたのよ。わたしの銀行の人が衝撃を頭に受けたのかって言っていたから」
dots
「女子高生をこらしめるなんて、めんどくさいことはしないほうがいいよ」
 利恵はたしなめるように言ったのではなく、本当に疲れた表情を見せた。続けて、「他にすることがあると思うよ。結婚はともかく一生、手料理ができないのってどうかな」と呟く。

「冷静なんでしょ」
「そう、利恵ちゃんに一億円をさっと入れたのと一緒。ホームレスの男性の所に行ったら、先にもう友哉さんが話をつけていた」
「話が出来すぎてるのよね。何もかもトキさんに仕組まれてて、わたしたち踊らされてるとか」
「そう?大した未来人じゃないよ。わたしのお喋りにこいつ、パニクったけど」
 ゆう子がAZをちらりと見せて、また消失させた。
「ゆう子さんのお喋りには対応できないのか。確かに記者会見からめちゃくちゃだよ」

日本のサッカーに光と希望が見えた。強い。

【プラズマシールド】友哉のリングから発生するバリア。この時代でもボーイング社などが開発済み。

【転送】瞬間移動。友哉のガーナラが東京都の電力と同様のエネルギーを発生させてワームホールを作り、その瞬間に移動する。障害物がない時は光の速度を超えるだけで、それほど疲労しない。

【R89】トキの世界で有事に備え、確率を計算する小型の装置。簡単な転送も可能にしてある。

【ストプ】違う時代の人間に危害を加えると、自殺を促す光。トキらが友哉の時代に来る前に浴びてくる

【ガーナラ】人口が激減したトキの世界での精力剤だが、男を凶暴化させるために禁止になった。友哉の足を治療するために再開発。数千種類の動植物の生薬とそれらをコントロールする化学物質が入っていて、腐敗していない人間を蘇生させることも可能。

【光】ガーナラとセットで開発させた脳をハッキングするまさに光。光のセンサーがレセプターを刺激し、人の体をコントロールしてしまう。

【リング】ゆう子と友哉が通信に使うだけではなく、友哉のリングには体内のガーナラを人に与える目に見えない針が付いている。

 利恵がそう言うと、ゆう子が爆笑した。地検の八重樫と同じ台詞だったからだ。
「そんなにおかしいの? で、痴漢された女子高生がどうしたのよ」
 仕切り直しなのか、利恵はビールをぐいっと飲んだ。
「その犯人の女子高生をこらしめてほしいって頼んだんだけど、まさに、わたし、AZでお母さんみたいな悪女を探しまくってたんだ。徹夜でさ。それを友哉さんに怒られた。神がかり的な怒り方だ」

「肌が綺麗って言われると舞い上がるよね。桜井さんがやってきて、特捜最前線は追い返した」
「なにそれ? へえ。桜井さん、ゆう子さんを見張ってるのかな」
「友哉さんにやられた部下の人たち三人くらいで、うちらを見張ってるの。わたし、晴香ちゃん、松本涼子よ。正確には、成田のことがあったから守ってくれていて、悪い気はしない」
「ゆう子さんに会いたいからだよ。公私混同してると思う」

「どうだった?」と口にして、揚げ出し豆腐をテーブルに置いた。
「美味しそう。お酒のつまみにいいね」
「料理なんて簡単よ。友哉さんも本気になればできる。作家なんかレシピ本、一撃で読むよ。他の頭の良い男性も。だから、料理の腕を褒められたくない」
「何を褒められたいの?」
「裁縫とルックスかなあ。肌が綺麗だとか」

と大きな声で言うと、ゆう子がエレベーターホールで振り返り、「桜井さんは男らしいけど、わたしを舐めるように見るのはやめてね。それから流行の安い腕時計。わたし、伝統のあるヴィトンやグッチとかのアクセサリーが好きなの。男性の洋服は分からないけど、友哉さんは靴もきちんとしてるよ」と、ズボラな桜井を見て、しかし、美しい微笑みを見せて言ったのだった。
 部屋に戻ると、利恵が、

「思春期の娘に近寄って、母親と離婚した父親の居所を訊くような真似はやめろ。しかもあの娘は何者かに狙われてる。おまえら、その何者かに間違って殺されるぞ。俺みたいに」
 桜井がそう脅しをかけると、
「八重樫さん、我々の仕事じゃないですよ」
と部下が歯を震わせながら言った。八重樫たちがマンションから出て行くと、ゆう子が「じゃあね。今、女子会なの」と言いながらすぐに立ち去った。桜井真一が、
「冷たい。助けにきたのに」

「おまえが佐々木友哉の娘に近づいたから、付けさせてもらった。赤坂の料亭から女と一緒に出たから調べたよ」
 顔色を変えた八重樫は、帰る素振りを見せながら、
「我々は佐々木時を探しているだけで、佐々木友哉に彼の居場所を訊きたい。なのに、佐々木友哉も見つからない。それだけのことですよ」
と吐き捨てるように言った。

「それは公務員の風上にも置けませんね」
「君、先月の十五日に赤坂の料亭で副財務大臣と飲んだが、その時に一緒だった銀座のホステス。彼女の食事代とその後のホテル代の領収書を切ったのは公私混同じゃないのか」
「うわ、それはヤバいです。税金でホステスとえっち」
 ゆう子が笑いを堪えるように、右手を口に押し付けた。
「どうしてそんなことをdots

「当たり前だ。警察官だからな」
 桜井が、ゆう子から離れたところのソファに腰を下ろした。「やあ、奥原ゆう子ちゃん。こんなにまじかでまた会えるなんて」と笑った。ゆう子がげんなりした顔をする。
「公安の仕事ではない」
 八重樫がそう言うと、
「公私混同が趣味でね」
と桜井がニヤニヤ笑いながら言った。

 ゆう子が視線をガラス製の自動扉に向けると、そこに桜井真一が立っていた。
「東京地検特捜部の八重樫さん、俺は佐々木友哉担当の公安の桜井真一だ」
 八重樫と呼ばれた男は立ち上がると、軽く会釈をして、
「存じていますよ。佐々木友哉の娘を助けて絶命。その後、生き返った有名な男」
と言った。続けて、
「その後も佐々木友哉の娘を部下と一緒に警護している」
と言う。

「あなたと佐々木友哉さんとが友達なのは日本中の人が知っています。彼が、すばる銀行本店に口座を持っていないのに、よく出入りをしていて、彼がキャッシュカードを使う時だけ、ATMの監視カメラが作動しない。おかしくないですか」
 ゆう子がAZで操作していた。ゆう子が忙しくてそれができない時は富澤社長も協力しているのだ。
「あらま。それは大変です。そんなお話なら後ろにいらっしゃる警察の仕事かとdots

「そうなんだ。だけど佐々木時って人に納税する義務がもしあるなら、今年じゃないから、来年にまたきて」
「予定納税の義務があります」
「なんのお金か分からないのに?」
 両手を小さく広げて「わかんない」のポーズを作る女優、奥原ゆう子。部下の一人がまだ見惚れている。日本の映画賞、総なめのトップ女優だ。

「それは失礼しました。もちろん、お化粧するまで待ちましたよ。佐々木時という男の行方を探しています。どうしても見つからない。巧妙な架空口座で、すばる銀行の社長も分からないし、凄腕の弁護士たちがいて凍結もできない。路頭に迷った末に、奥原さんを頼りにやってきました」
「架空口座? なんの話かわたしにはさっぱり」
「すばる銀行に突然三百億円が振り込まれた。名義は佐々木時だが、我々は佐々木友哉だと思っているから、あなたのところにきたのです」

「知りませんよ」
「では、佐々木友哉さんのことで、ロビーまで降りてきてもらえますか。またはそちらの玄関先でもいいです」
 ゆう子が、利恵におつまみを作っておくように言って、一階にあるロビーに降りた。応接できる部屋があり、そこに通して、ソファに先に座った。短パンはジーンズに穿き替えていた。
「本物の奥原ゆう子さんですねえ」
と、若い検察官が言うと、年長者の男が彼を睨みつけた。
「わたし、犯罪者じゃないので、アポなしで来ないでください。すっぴんだったらどうしましたか」

と四十歳くらいのスーツを着た男が言った。後ろに部下のような男たちが二人いる。
「利恵ちゃん、東京地検特捜部ってなんなの?」
 振り返って訊くと、
「税金のことでしょ。ゆう子さんじゃなくて、ゆ、じゃなくて佐々木時の」
 頭の回転がいい利恵。咄嗟にトキの名前に変える。
「ふーん、すみません。なんの御用でしょうか」
「佐々木時さんについてお伺いしたいのですが」

「いつものことだよ。それは利恵ちゃんの仕事の邪魔になるのを避けただけで本当はしたいんだ」
「上手く言えないけど、嬉しそうだった。彼、副作用が辛そうだけど、ゆう子さんとわたし、自惚れてるけど、二人でいるのが楽しそうよ」
「ま、普通にハーレムだからね」
 けらけらって笑う。
 その時、ゆう子の部屋のインターホンが鳴った。ゆう子が出ると、
「東京地検特捜部のものです」

「ううん。社長が友哉さんのまさに下男だから大丈夫。彼、すごく疲れていたから、わたし、初めて回復って言葉を使って、トイレで何かしようかって言ったら、いいんだって、とっても嬉しそうに笑うんだ。ありがとうって何回も言って」
「そうなんだ。一応、やる気はあったんだ。ごめんね。怒ってばかりで」
「友哉さんを見たらムラムラするから。でも断られた。というか彼は、急いでいたんだけど」

「こっちもさ、死んだ人の悪口は言いたくないけど、あの女がいなくなって福岡と東京では助かった男性がいっぱいいたと思うな。痴漢冤罪も楽しんでいた女だからね。それでわたしが、危うく友哉さんに嫌われかけた。なんて怨霊だ」
「彼から聞いたよ。うちの銀行に小切手取りに来た。痴漢冤罪でホームレスになった男性を助けたんでしょ」
「やっぱり利恵ちゃんの所に行ってたんだね。ごめん。迷惑かけて」

「だから利恵ちゃんと同じだよ。男はセックスだけだって。優しいのはセックスしたいからだって。射精することとレイプすることしか考えてないゴリラだから、AVでも見て勉強しろって」
「ごめんなさい。そこまで言い切ったわけじゃdots
lineセラピストの先生と似てる。AVを見ろとは言わなかったけどdots。いい先生だったけどな、美人で成功者だった。
 利恵は漠然と不安を覚え、手に平に少し汗をかいていた。

でも、お母さんはイブの日には別の男からも何かもらっていたんだ」
「お父様も相当、ゆう子さんのお母さんに惚れていたのね。ゆう子さん、虐待を受けていたんだ」
「わたしに男の人の悪口を言いながら、わたしを殴って、その男たちに会ったら、好きだって言ってセックスしてた女だよ」
「どんな悪口?」

。お母さんの男たちは、めっちゃお母さんの下男だったからさ。それに喜んで、つまり利用しながら、お父さんがつまんなくなったら他の男とセックス。その男がつまんなくなったらまた別の男。一度に二人や三人の時もあった。どの男も優しいって自慢していて、それが聞けば聞くほど、たんなるバカと付き合っている。そしてまたお父さんを優しい人だって、近所に自慢している。お父さんはそれに喜んでかどうか知らないけど、クリスマスにお母さんにプレゼントしてた。

「利恵ちゃん、いいね。わたしがマジになったらそうして突っ込みを入れて。確かにお父さんは、お母さんにベタ惚れで媚びてたよ。洗濯機回そうか、料理作ろうか、コンビニ行ってこようかって、友哉さんの女への気配りとは違う生活臭い気配りだ。友哉さんは、ここに危険なものはないか、彼女の体調はいいか悪いか、が基本。お母さんたちはそこは嫌うか気づかない。重要なのは女に媚びてくれるかだよ。甘やかしてくれるかとかね

「お母さん?」
「もう死んだ。若い愛人の男とセックスしている時に死んだよ。男がたくさんいたから、若い男の子が嫉妬して殺されたのかもしれないけどね。小学生だったわたしを殴りまくって、お父さんを軽蔑しながら、男を何人も作ってさ。友哉さんみたいに強くて頭のいい男性が怖いくせに、ふざけんなって」
「強さは一瞬だけどね」

「わたしはトキさんに頼まれたレンタル彼女のような女だから、誰がきても三年間は空気みたいにいるさ」
「空気ならもっと黙っていたら?」
「おー、今の面白いよ」
 酔いが回ってきたゆう子が、利恵の皮肉にはさして怒った様子も見せずに笑う。
「お母さんみたい。どいつもこいつも。なんだ。お母さんみたいな女たちしか日本にはいないのか」

せめて何でもない日に盗めって思う。律子さんは友哉さんが熱を出しても看病したことがほとんどないみたいだ。利恵ちゃん、チャンスなのに元カノか新しい女に取られちゃうよ」
「え? いや、取られない。ゆう子さんには取られそう。ゆう子さんには楽勝は冗談。なんでさっきから、わたしと友哉さんを仲良しにさせようとアドバイスしてるの?」
怒りとは無縁の精神を持つ利恵。ゆう子の暴言や怒りを「アドバイス」と言う。

「うんうん。それはいいよ。友哉さんの優しさはスケールが大きくて、わたしでも気づかないことが多いからさ。AV女優の奈那子とは超変態セックスをやってたんだけど、終わったら奈那子、ぐったりじゃん。友哉さんもぐったりなんだけど、明け方まで看病するかのように見てるんだ。実際、わたしがパニックの発作で飛び起きたら、友哉さんはほとんど起きてるか一緒に起きてくれる。なのに、奈那子、友哉さんが寝てしまったら財布からお金を取っていなくなってんの。

lineまさか。病的に疲れている様子以外は完璧じゃないか。なんか惚れ直してしまった。さっきも、わたしが体調が悪そうに見えたから、すんなりとあきらめたのかも。
 利恵が、にやけてしまっているのにゆう子は気づかず、うっすらと怒気を見せている。
「わたしのお母さんと一緒。奈那子とかね。きっと律子さんも。謎の元カノは違うっぽいけどさ」
「銀行口座のことは勘違い。ごめんなさい」

まで腰を使ってろとか言わないのは、彼はセックスだけの男性じゃないからだよ。何か別のことも考えてるの。セックスと同時にね。それはあなたの体調とかだよ。酔って寝てるって言ってもさ、若いからセックスしても死ぬなんて滅多にないどころか逆に楽しいのに、気を遣ってるんだって」
 利恵はまさに打ちのめされていた。ゆう子の暴言の数々に怒れないほどだ。

「セラピストの洗脳ね。その件は友哉さんに言って。わたし、心理学者じゃないから、その洗脳を解けない。友哉さんなら解いちゃうと思うよ。恋愛小説家として中堅以上の佐々木友哉先生とどこかのセラピストじゃ格が違うって。それに、一億円もらっておいてdots。しつこくて悪いけどさ、知っての通り、彼は性豪。セックスは大好き。なのに、お金を渡したからやれとか回復する

「するよ」
「知ってるんだ」
「若い頃にされたことがあるよ。何度も」
「経験豊富なのに学習してないのか。その元彼の男子はよくて友哉さんがだめなんて、あんた、大人になったら逆に退化してるの?」
「いったん、お休みして、男を軽蔑したから、いろいろ忘れていた」

「分かった。でも寝てる間に犯されるのはdots
「本当に嫌なの?」
「いいえ。わたしが疲れてなければ全然OK」
 ゆう子は息を吐き出して、
「友哉さんはそんなことはしない男のひとだけどね。ラブラブみたいなんだし、本当に話し合ってね。若い男の子だったら勝手に寝ている彼女の顔に出したりするんでしよ。知らないけど」
と言う。

「それがピンと来ない」
「死ぬかも知れないからね」
dots
 利恵が瞬きをやめて、ゆう子を見た。
「セックスしないと?」
「色気をちょっと見せるだけでもいいし、優しくするだけでもいいよ。松本涼子が手を握って歌を歌ってくれただけで、元気になったから。ようは、美女の色気と優しさで彼は血圧が上昇していって、体が楽になるんだ。血圧が極端に乱高下する副作用だって」

dots
 何が悪いのだろうか。確かにお金を請求したのは良くないがdots、利恵が首を傾げたのを見たゆう子が、ため息を吐いた。
「セックスは女は何をやってもいい世の中になってんのよ。利恵ちゃんが寝ている恋人の友哉さんに跨るのは良くて、友哉さんが寝ている恋人の利恵ちゃんを犯すのはだめって、なんなの? わたしがブチ切れるよ。まあ、回復のためにもちょっと話し合っておいてね。友哉さんの、副作用、半端ないんだから」

「でしょ。認めたか」
「暇な時よ」
「その方が悪徳じゃん」
「そうなの? 疲れているからって彼女にイタズラする方が悪くない」
「利恵ちゃん、女を一からやり直す前に、滝に打たれてきたほうがいいよ」
「ひどくない? その暴言」
「あんたが友哉さんにひどすぎるから、代弁してるんだよ」

「寝てる利恵ちゃんを抱いてないから、銀座を走り回った疲れがあからさまに出ていたよ」
「寝てる間にレイプしていいなんて言ってない」
「レイプじゃないでしょ。カップルなんだし、セックスが好きなんだから。利恵ちゃんが、セックスが嫌いなら話は別だけど」
「セックスは好きでもいきなり犯されたら嫌だよ。いや、でも感じるか。わたしも暇な時に寝ている友哉さんを何度か起こして、頼んでるし」

「そうか。遊びたいんだね。あのさ、絶対に男の人は言うよ。これだけお金を渡したから、セックスをしろって。一億円も利恵ちゃんに渡して、何も言わない彼はなんなの? わたしが大河内さんに会う前の日、つまり銀行の男の子をこらしめた日の前日の夜、酔っぱらって寝てたでしょ。そのプレゼントで誤魔化された日よ」
「久しぶりに飲みすぎた。いろいろ面白かったから。PPKって拳銃を見せてくれた」

「何に使いたいの?」
「ぱっと思いつかないけど、友哉さんがホテルの部屋をスイートにしないから、わたしがもらったお金でグレードを上げるとか。冬になったら、大間のマグロとか高級寿司を食べまくるとか。リゾート地の温泉に行くとか。だって、都内にマンションを買ったら無くなっちゃうし」

「え? な、ないよ」
 いつも友哉に論破されていると腹を立てていたが、ゆう子とも同じだった。誰と話しても矛盾や間違いばかりを口にしていて、こうして叱られるのだ。
「一億円渡したから、ああだ、こうだって言われてる? さっき、惣菜を買うお金がない話でも聞いたけど、ま、無駄遣いするな、くらいでしょ」
「うん。美容に使うようにって。財布とかはプレゼントするって言うし、なんか使い道がなくない?」

「機内でわたしを試していたのか」
「機内で一億円を振り込んであるって言われたらどうなってたのさ。あんた、調子に乗ってただけでしょ」
「そうかも。でもうちの銀行名義になっていて、友哉さんの、ササキトキの名義じゃなかった。だから課税される。そのあたりが愛情じゃなくて、セックスのお金と思う。だから、まだ優しさは認められない」
「バカ。ササキトキの名義にしたら利恵ちゃんも国家権力に狙われるでしょ」
「あdots
「あ、じゃないよ。さすが、友哉さん。恋人と揉めてる最中にも気配り大将。で、なに? 一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとか言われたことがあるの?」

「その時点でもう利恵ちゃんに、一億円振り込んであったんでしょ。で、飛行機の中でも成田でもそれを言わずに別れた。ということは、選択する権利はすべて利恵ちゃんに丸投げしてあったわけ。寝取りをしてもよし、お金を持って逃げてもよし。彼、偽善者じゃないから、一億円を渡したら利恵ちゃんが戻ってくるとかの賭け事を楽しんだのかもしれないけど、まあ、その男らしさと優しさに気づかない利恵ちゃんは、なんの経験を積んできたのか正直、疑うよ。女は処女も淫乱も変わらないって、どこかの本に書いてあったけど本当だねえ」

「ほらね。その飛行機の中で、お金の交渉をしたんだよね。寝取りとか乱交の自撮りをする代わりに、十万円とかで」
「それはヤケクソでdots
 利恵が顔を伏せた。ヤケクソも事実。そして出会い系で男たちと交渉していたから、慣れていたのだった。

 初めてゆう子が自分を睨んだのを見た利恵。怒ったようで、年上の有名女優ということもあり、意味を訊くのが怖くなった。
「じゃあ、訊くけど」
「訊かなくていいよ」
「いや訊くよ。一億円はどのタイミングで入ったの? まさか成田で? そんなの無理だよね」
「帰りのロスアンゼルス空港にいた時間に、彼が社長に電話したらしい」

 はっきりと言うと、ゆう子が食べていたサラダを喉に詰まらせたような表情を見せた。女二人だけの女子会だから、利恵がズケズケと言っているのだが、それを大目に見ても、ゆう子の癇に触ったようだ。
「今の利恵ちゃんはそれを言ったらだめだな。それをしつこく主張すると友哉さんがブチ切れると思うよ」
「ちょっと意味が分からないけどdots

「それはちょっと良くないセリフだよ」
「なんで? 女の子は皆そうだよ。有名な先生にも言われたし」
「先生?」
「セラピスト」
「へえ。そんな先生と喋ったことがあるんだ。友哉さんと喋った方がいいよ。無料な上になんとお金がもらえる」
「そのお金もわたしとセックスするためでしょ」

「運命ってタイプじゃないよ。二人とも」
 ケラケラ笑う。利恵は、わたしを打算的な女だと思ってるんだ、と分かった。
「わたしは彼の優しさが好き。急に強くなるのはちょっとしんどいな」
と、ゆう子が言った。
「優しいのはセックスが目的だって」
「利恵ちゃんはそればっかだね」
「わたしはセックスだけの女にはなりたくないの」

 出会い系で見つけた男たちは、平凡とは違うオタクやお金持ちの変態もいたが、さすがにそこは話せなかった。しかし、何か女子会らしいネタを出さないといけないと思うと、学生時代の話しかないくらい、銀行では大人しくしている。
「向こうも運命と思っていたら結婚できるね」
 ゆう子が先に、利恵の止めた言葉を突く。
「なんかバカにした言い回し」

笑うのが苦手な女子の小さな笑顔を見つけてあげる

俺は弱音は吐かねえ

才能と車は裏切らない

人間の進化はペットとそれと同じ種を守ることで証明された

今年も大戦が勃発しなくて何よりでした

「利恵ちゃん、ロスの話の続きだけど、友哉さんの優しさに興味がないよね」
と友哉の話に戻す。
「彼の優しさは普通だと思うよ。男性の優しさは常にセックスしたいからだって」
「そうか。そこは譲らないんだ。じゃあ、友哉さんの何が好きなの?」
「お金持ちで、刺激的なところかな。まさに運命の…。いやそれはともかく流行の遊びしか提案しない平凡な男たちにうんざりしていた時に出会ったの」

 利恵はそのことをスマホで調べようとしたが、それを止め、部屋を見回した。
「他に誰か呼ばないの?」
「呼べるわけないよ。秘密結社なのに」
「AZは?」
「あるよ。どこかに」
「あっそう」
 お酒が出たのに会話が続かないのを察したゆう子が、

と言った。利恵は本当におかしそうに笑った。
「ゆう子さんは無邪気で面白いなあ」
 そう言いながら、オーパスワンをゆう子に注いだ。利恵はワインやスコッチは自粛していて、ビールを持ってきた。
「松本涼子もよく遊びに来るの?」
「一回だけだよ。友哉さんが助けた時に」
「ああ、例の都市伝説。クレナイタウンからこの部屋に転送したわけか」

「獺祭が好きなの。だからだめなんだよ」
 利恵がまた、呆れた口調で言う。
「記者会見で花嫁修業をするって息巻いてなかった? なんでレトルトのカレーを出してるの?」
「花嫁修業はやめた。彼は利恵ちゃんに上げる」
 ゆう子が白いハンカチを持ち上げたのを見て、利恵は思わず、
「白旗? 面白いよ」

「ワインばっかり。日本酒は?」
「ないよ。この前、涼子ちゃんとワインも二本飲んだ」
 利恵が大きなため息をついた。ゆう子が、
「日本酒が飲みたいの? 下で売ってるよ」
と言った。いろいろな勘違いをしている、と利恵は思った。
「だからだめなんだよ。友哉さんは日本酒派でしょ」
「うそ。聞いてないよ」

 ゆう子はずっと緩んでいた頬を少し硬くした。ストレッチもやめて、惣菜のサラダをつまんでいた。食事の時はそれなりに行儀よく、足も整えて座っていた。
「ごめんなさい。変な言い方して」
「いいの。わたしは共演した人とはやってないよ」
 過去のセックスは意地でも話さないようだ。利恵は話を止めて冷蔵庫を開けた。高級ワインが五本入っていた。オーパスワンが三本、あとはシャトームートンロートシルト、シャトーマルゴー。缶ビールも三つあった。

「プレゼントで誤魔化された」
「ふーん、晴香ちゃんの言うように、本当はマメなのか」
 なんのプレゼントか聞く様子もないゆう子。
 ゆう子さんの興味は物質的なものではなく、常にセックスや健康なのか、と利恵は分かった。
「ゆう子さんはやりまくってたんだ。女優さんってすぐに共演者の俳優さんと関係を持つし」
「うーんdots

「でもプロって言われたのは上手だからでしょ」
「うん。異常に上手らしい。すぐにイッちゃう。彼はそれを褒めるけど、あんまり嬉しくないな。体が敏感なのは隠しようがないけど、経験数や元彼に教わったことを見抜かれるのは恥ずかしい。この前もバーで、遊んでこなかったとは言わせないって、モロに言われた」
「はっきり言いすぎる男の人だなあ。それに怒らない利恵ちゃんもすごいよ」

「そんなはずないか」
 落胆した声で呟くと、
「何が?」
 ゆう子が体の動きを止めて訊いた。
「わたしは…友哉さんには言いたくないけど、合コンからのセックスが多かった。でもセックスがしたかったんじゃなくて、都会で遊びたくて遊びたくて。カラオケとか遊園地とかドライブ。その延長にエッチがある感じ」

「正常位の時とかに? そんな細かいところを見てるの? やだなあ、経験豊富な男は」
「セックスのやりすぎとか言われたわけじゃない」
「でもそう思ってるね。じゃあ、わたしのセックスの癖もばれてるんだ」
「当たり前だよ。利恵ちゃんがどんなセックスしてきたか知らないけどね」
 ロスアンゼルスのホテルで泥酔して、淫乱にセックスに興じたことは覚えている。しかし、酔った勢いだから、彼は「利恵は酔ったからああなった」と思ってくれてないだろうか、と希望を抱いていた。

 ゆう子の男の子言葉は、笑顔がかわいい美女だから許されているようなものだった。歳がずっと上の友哉にも平気でこんな言葉遣いだ。スカートを穿いたら必ずパンチラになるくらい行儀も悪いし、奥歯が見えるほど大きく口を開けて笑う。そんな女でも男が言い寄ってくるから余裕があるのだろうか。利恵は、ロスからずっと、絶滅危惧種の動物を見つけたような顔で、ゆう子を見ていた。
 そして、ブラを取りに行く気配もいっこうに見せない。

 利恵はキッチンに置いてあるカレーが付いた皿を見て、それをさっと洗い、その皿にサラダを盛りつけた。
「埃がたつから早くやめてくれないかな。あと、ブラをしてほしい。チラチラ丸見え」
 テーブルに惣菜を置いてあるのに、ストレッチをしているゆう子を睨み付ける。
「股関節が柔らかいのを変な目で見ていたからストレッチをして誤魔化している。普通さ、舞台とかやってたら体は柔らかくなるさ。ふざけんな」

 利恵は呆然としていた。ルビーのネックレスを投げ捨てたい気分になる。
「変なドレッシングがかかっていて、味が濃いから」
 不機嫌そうに答えるが、ゆう子はそれに気づかずに、ストレッチを続けていた。準備を手伝う気もなさそうだ。
「ドレッシングは別に付いている野菜だけのもあるよね」
「オーガニックじゃないから」

 今思えば、運命に導かれた友哉の好みの服装だが、それを一時、忘れることに努め、ゆう子の部屋に行った。ところがゆう子が、期待外れなラフな格好でいた。
「なんでサラダはお惣菜を買わないの?」
 なんと床に座ってストレッチをしている。しかも、スポーツジムでよく見かける短パン姿。上は、ティシャツ一枚でブラもしていない体たらくだった。
lineこの温度差はなによ

 ◆

 利恵は北千住のマンションから出て、また新宿に戻り、ゆう子のマンションのキッチンでサラダを作っていた。
 もしかすると、他に誰か来るかもしれないと思い、紺色のトップスに中は白いシャツ。首周りが鎖骨まで見えてかわいらしい。それとフレアーのロングスカートを合わせた。色はグレーで学生服のような柄。全体的に少々幼い恰好だから、友哉からもらったお金で買ったルビーのネックレスをして、そこが大人の色気を醸し出し、毛先にくるくるパーマをあてた。

◆末永葵 利恵をカウンセリングしたセラピスト。色っぽい大人の女。友哉と逆の考え方で利恵が混乱する。
◆横山明日香 未来人が口にした謎の男。「おまえのかわいい弟のような男」と言われて、友哉が首を傾げる。
◆リク 未来人カロリッチが「リク様」と口にする。リクが横山明日香を地中海で敵から助けたらしい。強者?
◆涼子の母と妹 母は友哉と何か関係あるようで、涼子から何度かそれをほのめかされる。

◆宮脇利里 利恵の母親。「佐々木友哉さんと結婚して」と利恵に言った友哉の熱心な読者。
◆奥原アンリ ゆう子の母親。ゆう子を虐待していた。ゆう子が高校生の時に死去。
◆奥原慎太郎 ゆう子の父親。ゆう子が借りているアパートに遺影があるが、亡くなっていることを隠している。
◆佐々木絵美子 友哉の母親。友哉が中学生の時に男と蒸発。子供の友哉を嫌っていた。
◆佐々木友孝 友哉の父。勉強家だがストレスに弱く、友哉が中学生の時、絵美子が蒸発し心労で死去。

◆喜多川律子 友哉の元妻。回想シーンでは友哉に冷たく高圧的。離婚後、友哉と晴香を会わせてない。
◆松本航 涼子の父。娘の身勝手に絶望し、友哉の前で泣いた男。友哉の担当編集者で親友。
◆久坂光章 神奈川県警の警察官。トキから力をもらう前の友哉が、「敵」から涼子を守るために一緒に戦った友人。
◆大河内忠彦 ゆう子に救われたホームレスの男。痴漢冤罪の罪を背負う。
◆川添奈那子 AV女優。友哉の元カノとも言われているが、実際はセフレ?

◆桜井真一 公安の警察官。襲われた晴香を助けるために絶命。それを友哉が蘇生した。密かにゆう子たちを護衛している。
◆伊藤大輔 桜井の部下。友哉に足を撃たれたが軽傷。その後、友哉を尊敬し、桜井と一緒にゆう子たちを護衛する。
◆小早川淳子 利恵の同僚。利恵にイベントのチケットを渡し、友哉とデートするように言った二人のキューピット。
◆富澤社長 利恵の銀行の社長。友哉に弱みを握られて、使いパシリにされている。

◆松本涼子 アイドル歌手。友哉の元カノ。友哉に棄てられた恨みで、復讐に燃えている。しかし、実際に離縁していったのは涼子?
◆喜多川晴香 友哉の娘の女子高生。未来人から護衛されている「晴香様」。涼子の友人。
◆トキ 千年後の世界で、世界を統治している君主。友哉よりも若く、しかし冷静に友哉と話し合った。
◆シンゲン 未来のAi型タブレットAZの中にいる知能。ゆう子に指示をする。

「なに?」
 涼子が友哉の端正な顔を覗きこむと、
「捕り物ってdots
と口にしたかと思うと、お腹を押さえながら笑った。
「佐々木先生が笑っているのを見たのは初めてです」
 久坂がびっくりして言うと、
「そう? 友哉先生なら、めっちゃ笑いますよ。わたしの前では」
と涼子が威張って言った。

   第十話 了

「人気のないところってことですかね」
「そうでしょうね」
「それよりも佐々木先生。あれ、器物破損罪ですが」
「自分の家の墓ですよ」
 友哉が律子の壊れた墓石を見た。
「怒っているようでいてクール」
 と涼子が言った。友哉の表情が鬼の形相というわけではなく、不良ごっこを楽しんだ少年のようで、そして急に笑い出した。

「いや、いいんです。急に府中まで追跡してくれって言われて焦ったが。本当に狙われているんですね」
 人の気配はどこにもなく、久坂はあきらめて拳銃もしまった。
「涼子のストーカーか晴香のストーカーだと思います。手前みそだけど、二人ともかわいいので」
「松本さんや晴香さんがいる時に現れるなら、そうでしょう」
「特に変わった場所で。dots急に府中に行きたくなった。車の中で迷っていたら、涼子が乗りこんできて、行くことにした。そんな特別に変わった状況で、奴らはやってくるんです。涼子の家の近くのカフェでいても現れないんだ」

 久坂は倒れている白いスーツの外国人から離れて、森林の方へ向かおうとした。友哉が振り返ると、そこには誰もいない。銀色のスーツの男は『RD』を拾って消えていた。
「なんだと!」
 久坂が声を上げた。白いスーツの男も消えていたのだ。
「半ば気絶していたのにdots。どこに逃げたんだ」
「いつも逃げ足が速い。それよりも久坂さんに付いてきてもらって助かった」

 涼子がテレビカメラを探しているのを見て、友哉がクスリと笑った。
「今までにもよくあった。最近、増えてきたよ」
「ふーん」
 涼子が、暗がりを見回すと、その視線の先に、銀色のスーツを着た男が見えて、久坂が銃を抜いた。
「どうしました?」
「こいつの持っていた武器を拾った男がいた」

「この世界? 日本のことか。どこの国の男だ」
 久坂が倒れている白いバイクスーツ姿の男に馬乗りになった。『RD』は落としてしまっている。
「なんだ、あの銃は? レーザー光線が出るが、なんの改造拳銃だ」
「久坂さん、そいつらは何も喋らない。一人、一人、退治していくしかないんだ」
 友哉がRDを拾って、空き地になっている場所に投げた。
「なんだ。捕り物の撮影だったのね」

たぶん生きてる人。
マイケルジャクソン

Do They Know It’s Christmas?

良い服、かっこいい服を着よう。人生が変わる

「神奈川県警の久坂だ。署まで同行してもらおうか」
 友哉の友人の警察官が仁王立ちしていた。

 ◆

「くそう。この世界の警察か」
 白いスーツの男は、日本人ではなく、イタリア人に見えた。

 また、赤い光線が足元をかすめた。素早く涼子を抱きあげた友哉はそれを飛びあがって避けた。
「あ、幽霊がなんか撃ってきてる!」
 やっと事態に気づいた涼子。抱っこされたまま叫んだ。
「トラップだ。今日は確かに墓参りの予定だったが、誰が夜の墓地に来るか」
 白いスーツの男は、友哉に向かって突進しようとしたが、その瞬間に、後ろから金属バットで殴られた。

「はあ?」
「相変わらず下手くそ」
「え? まだ何もしてないし、初めてから上手は引くんじゃないですか」
「涼子dots。いつになったらこの温度差を縮めてくれるんだ」
 友哉が敵を警戒しながら涼子の手を引き、林の方へ向かって走った。
「ええ? なんで走るの?」
「しかも夜はよく見える」

となぜか敬語で大きな声を出した。困惑しながらも少しばかり喜んでいるが、二人の頭上を赤い火の玉が走った。
「友哉先生、服が汚れるから、車に戻ってからの方がdots。初めてがカーセックスもどうかと。どこかのホテルにdots
「意外とお喋りだな。違うから」

 そう言って優しく抱きしめると、涼子は顔を赤くして、
「やだあ。お墓でエッチなことしないで。お墓の中の昔の方たちが怒る。これは常識的な意見よ」
と笑った。
「そうだな。妙な覗きもいるし」
 友哉が、急に涼子の頭を押さえ、地面に押し倒すと涼子が、
「え? まさかここでレイプですか。初めてがそんな過激なdots

 レストランで二人が食事をしていたら、奇妙な男が近寄ってきたから、武器がなかった友哉が咄嗟にお皿を割って刃物の代わりにしたのだが、涼子は会話の内容に怒った友哉がお皿を割ったのだと思っている。
「作家や画家はそんなもんだ。妻を殴らない代わりに、昔なら電話機、今ならパソコンを壊している。俺のパソコンは五台目。レストランの皿はフォークを持つのはどうかとdotsいやdots。ごめんな、嫌いになるなよ。高校生になってから、触ってあげているし」

「こういう男が好きなくせに。強くて守ってくれて、それでいて、わたしには暴力は振るわない。すぐに裏返るような媚びた笑顔は作らない男。そして才覚ある男」
「なに、自慢してんの」
「でも今のはやり過ぎか」
 友哉が頭を掻いて、まさに真っ二つに割れた墓石を見た。
「普通、別れるよ。絶対に暴力を振るわない男だって、お父さんが言っていたけど、器物破損は繰り返しているもん。この前もレストランのお皿dots

「でも?」
「嫌いにはならないが、他の女と浮気するぞ」
「すみませんでした」
 素直に謝る涼子。友哉に惚れていて、友哉が虐めから守ってくれている英雄で、友哉の怒りには決して逆らわない。そして友哉を「優しい男」だと涼子は思っていて、
「お墓が本物だったら蹴らないくせに」
と呟いた。

「あまり言いたくないが、おまえも調子に乗るなよ」
 足元に落ちた非常用ライトが友哉の顎の辺りだけを照らしていて、涼子は恐怖でまさに失禁しそうになった。
「わ、わたし、何か調子に乗ることをしてた?」
「温泉宿での誘惑の数々。やっていたことは逆だが」
「そうよ。わたしがあなたの背中を流したの」
「まあいいよ。でもdots

 涼子は言われた通りに、数歩、友哉から離れた。次の瞬間、友哉の右足が鋭く唸って、律子の名前が彫ってあるその墓石を吹っ飛ばしてしまった。涼子が悲鳴をあげた。
「屈辱じゃないと思ってるのか。転落、隷従、自分の手でやれ。普通に怒ってる。女を殴らないだけだ。律子にはきっちりと謝罪をしてもらう。服を着ている時にだ」
「そ、そうね」
 口に両手をあてたまま、震える声を出しながら頷いた。

 涼子はお墓の話は神妙な聞いてたが、狼の話になったら急に興味が無さそうな顔をして、得意のアヒル口も作った。女性らしく、浪漫に興味がないのだろう。
「今日は親父と話がしたかった。また、好きな女が出来てしまったって。何も欲しがらない心が進化した少女だ」
「え? わたし?」
「そうだ。ところで俺は律子の態度にけっこう怒っている。おまえが来てくれたのに、まだ気分が悪い。涼子、少し後ろに下がれ」

「俺は非科学的な話に興味がないから、そのうち隣に名前を入れようと思っているうちに、離婚の話が出てきた。律子もこの墓は処分するつもりだ。俺が買ってあげたんだがね」
「本当に離婚になりそうね」
「親父が秩父の神社によく行っていた。本当は日本狼を探しにね。だから、そっちにお墓を移したいんだ」
「日本狼なら絶滅したよ」
「秩父にまだいるって噂があるんだ」
「ふーん」

 墓石には、『佐々木友哉室 律子』と朱色で彫られてあった。
「そんなに驚くな。生前墓だ。朱色が生きている証し。まだ、死んだ日付はない。先にお墓を建てると長生きするって律子が言うから建てた」
「あなたのは?」
「隣に書く予定だったが、俺は秩父に別の土地を買ってある」
「秩父? なんで夫婦が別なの」

愛を持っている女は愛を持ってない男に恋をするね
昔からそうだからいいんだよ

 その類の言葉ばかりを浴びせられてきた。
 佐々木家の墓は、友哉の父、佐々木友孝とご先祖様が一緒の大きな墓石が真ん中にあり、その脇に小さな墓石があって、それは真新しかった。
「こちらはどなた?」
 友哉は車にあった非常用のライト。涼子はスマホのライトを照らしていた。
「え?」

「そ、そうだね」
 友哉の腕にしがみついた涼子は、「幸せ」と呟き、なのに、震えていた。
「なんなんだ。幸せなのに恐怖で震えるわたし」
「面白い。おまえは今までに会った女の子で一番楽しいぞ」
 友哉の褒め言葉に、しっとりと頷く涼子。そんなことも男子から言われない。友哉だけが言ってくれる。
『かわいいけど生意気』『男っぽい』『気が強い』『お高く留まっている』『目が怖い』『男狂い』

 車は府中市にある霊園に着いた。辺りはすっかり薄暗くなっている。
 駐車場から墓地の方に足を向けると、
「あの、わたし、車で待っていていいかな」
と涼子が顔を強張らせて言った。
「親父に、婚約者が出来た報告をしてもいいぞ」
「そ、そう? じゃあ、行こうかな。真っ暗なんだけどdots
「夏は肝試しじゃないのか」

「嘘ばっかり。唯美主義とやらは、それでゲイになるのよ。あなたがゲイになったら、女に奪われる心配はなくなる。わたしとのバイセクシャルでいいな」
「難しいことを口にする女子高生だ。合格」
「嬉しい。早く結婚しようね」
「アイドルになるのはどうした」
「どうせ、売れない。だから、二十歳くらいで結婚しよー」

「いないよ」
「ここにいる」
「わ、わたしはケンカは強いぞ」
 褒められた涼子が照れながら、友哉の腕を拳で叩いた。蚊を殺すほどの力だ。
「わたしのことは女じゃなくて、かわいらしいお人形さんだと思って見ていていいよ。女子高生Aiロボット」
「女は美しい。それだけで差別なんかしていない」

「俺が夜中に車で出かけても驚かないと思うが、俺のシャツや下着を洗濯している女のことは気にしているのがさっき分かった」
「それは、わ、た、し」
 涼子がまた屈託なく笑った。本当に楽しそうだ。友哉が、その顔をちらりと愛でるように見て、笑みを零した。
「快感。わたしも女が嫌い。陰湿で、友達の悪口を陰で言っていて、友達の幸せは祝福しない。近頃は暴力も振るうようになったねー」
「そうじゃない女もいる」

「女が弱い生き物だと思っているから余裕綽綽。女を見下しているから余裕綽々。背中を流しながら、こいつバカだなと思っていて、あのシチュエーションには興奮もしない。律子さん、今頃、家にあなたがいなくてびっくり。帰ってこなかったらどうしようか。まさか、女のところか。例の洗濯をしている女か。いったい、どこの女だ。何歳だ。美人なのか。仕事は何をしているのか。ホテルで会っているのか」

「傷つかないから。屈辱ともなんとも思ってないから。すなわち、あなたは…」
 涼子はワンピースの裾を整えてケラケラ笑うと、
「女性差別主義者」
と言い切った。
「ほう。古典文学や昔の哲学者みたいだ」

 そう決めているのだ。
「なぜ、俺が律子に頭を下げているのを聞いていて、俺に幻滅しないんだ」
「お、退屈じゃなくなってきた」
 涼子はそう言って、また不敵な笑みを零した。
「お芝居だから」
dots
 涼子は身を乗り出して、友哉の頬にキスをした。

「音楽が古いぞー」
「おまえのリクエストじゃないか。ビートルズとかクイーン」
「わたしは、他の女の子たちと一緒は嫌なの。音楽もファッションも、恋人も」
「それがいいよ」
 虐めをずっと受けていた涼子に、同意をする。学校の同年代の女子と同類になりたくないのだ。そこまでを語らせる必要はなく、頷いていればよい。
line傷ついた女の子には言いたいことを言わせて、聞いていればいい。

 そう、松本航が返事をしたのが、娘の涼子に聞こえた。
「退屈、退屈、退屈!」
 横浜からの道中、助手席の涼子が連呼する。
「うるさいなあ」
 友哉はけれど笑っていた。学校で泣いてばかりの涼子が、喜色満面、はち切れんばかりの笑顔。そしてボーイッシュな言葉を作る。汚い言葉でもなんでもいいのだ。涼子が笑っていれば。
「好きな人と一緒にいて退屈とは失礼な女だ」

「聞こえたのよ。一階に浴室を作ったのが失敗ね」
「行き先は太鼓がうるさい祭じゃない。霊園だ」
「いー」
 涼子が目を丸めた。
 車は府中へ向かった。友哉がスマホを取り出し、涼子の父、松本航に「涼子が勝手に車に乗り込んできたけど、僕は府中へ向かっている。夜、遅くなるかもしれない」と電話で教えた。
「分かりました。娘をよろしくお願いします」

「正面に座ったら、ちらって見せてあげる」
「その台詞は、律子も若い頃に言った」
「あらー、もうときめかないってこと? わたし、女子高生よ」
 高校一年の初夏。涼子はアイドルデビューが決まったばかりで、まさに美少女のピークだった。そして、友哉とは父親公認の恋仲に発展していたのだ。
「鬼嫁に、敬語で背中を流して、ペコペコしてる友哉先生」
「覗いたのか」

雪が降って一時でも街が美しくなれば…

利恵と友哉の成田のラブシーン。あの利恵と会える。

「おはよう」を言ってくれる人が増えた

 涼子は今度は不敵な笑みを零して言うが、目は笑っている。
 友哉は誰かにメールを入れた後、車を発進させると、涼子が、
「やった。ドライブだ。お父さんには言ってある。友哉先生の所に行ってくるって」
と、また満面の笑顔で言った。
「ねえねえ、お祭りに行こう。真中町でやってる。あそこまで行けば中学の時の子たちと会わない」
「祭か。金魚すくいとか見たいが、行くなら浴衣が良かった」

 涼子は花柄のワンピースを整えた後、
「友哉先生に隙あり。女に刺されるよ」
と笑った。瞳はキラキラしていて、何が楽しいのか体をゆらゆらさせている。ポニイテールの髪も一緒に揺れた。
「車の中で一人でいる時は、俺が魂を抜いてるリラックスタイムだ」
「リラックスタイムにも入りたくなるねえ」

た。パート先の飲み会では、男性社員の連絡先を五人も手に入れてきた。誰かに洗ってもらっているのだろう。そしてセックスも。

 律子の背中を流した後、友哉は、晴香が昼寝をしていることを確認してから、無言で家から出た。
 愛車のVWゴルフに乗る。
 ほんの数分、考え事をしていたら、助手席側のドアが開き、体の小さな女の子が強引に乗ってきた。
「隙あり!」
「涼子かdots

 友哉の声色が重々しい音に変わると、一瞬、律子の肩の動きが止まった。
「な、なによ」
「もう少し、面白いことを言ってほしい。小説のネタにもならない」
「そ、そうdots
 友哉は、「分かりました。なるべく触らないように背中を流します」とまた声色を変えて頭を下げて、律子の全身を石鹸で洗った。「男の手でやってもうと気持ちいい。あなたのことは嫌いじゃないの。だから気持ちいいのよ」と言う。まだ、美しい裸体をしている律子は、引く手あまただっ

「拙い言い訳。おっぱいは触っていいのよ。ただし、あなたは興奮しないこと」
「だったら、背中だけにします」
「洗って。わたしは少し声を出すかもしれない。あなたに感じたふりをして。それで、その後、自分で処理して。その報告もしなさい。惨めね。もてもてだったイケメン小説家が転落して、自分でやってるなんて」
と、嗤いながら言った。
「セックスレスを宣言した女が浮気するなとは、おまえdots

 友哉が頭を下げて、律子の背中を再び擦った。友哉の髪の毛がびしょ濡れになっている。
「わたしがなんでこんなに怒ってるか分かる?」
「さあ」
「浮気してるでしょ」
と言って、洗面台の方に視線を投げた。
「誰が洗濯してるのかしら、あなたのシャツ。洗剤の匂いがうちのと違うんだけど」
「ホテルのだよ」

「お金持ちの小説家が売れなくなって妻をパートに行かせてる上に、残っていた預金はプロの女に使い果たしてしまった。その責任は、わたしにこうして隷従することで少しだけ許すわ」
「隷従って言葉を知ってるんだ」
「その態度が嫌いなのよ!」
 律子がそう叫んで、友哉に浴室のお湯をかけた。
「隷従くらい知ってる。作家先生を気取って偉そうにしないで」
「すみません」

 虫刺されのような出来物が律子の白い肌に出来ていた。後ろから乳房も見える。
「興奮しないでね」
「しないよ」
「それは失礼ね。おばさんだからでしょ」
「今、するなと言った」
「敬語で喋ってくれないかしら」
「興奮しないでくれと言いました」
 友哉が小声で答えると、

「友哉さん、悪いけど背中を流してくれる?」
と、律子の声がスマートフォンから響いた。書斎にいた友哉がお風呂場に行くと、バスタオルを巻いた律子が、背中の辺りを首を捻じ曲げるように見ながら、
「ここになんか、できてて痒くて」
と言って、真顔になった。そのまま全裸になり、浴室に入る。
「あなたは服を着たまま。タオル越しにしか触らないで」
「わかった」

 友哉が、中学生の宮脇利恵からファンレターをもらってから、数年が過ぎて、まさに、律子との夫婦関係は悪化していた頃。当たり前だが、女子中学生からのファンレターのことなど、友哉には忘却の彼方になっていて、新しい恋人がすでに出来ていた。
 律子と言う妻がいるのだから、世間で言う不倫になる。
 ある日の夕暮れ時。
 お盆が近かったから、友哉は父親の墓参りに行こうと思い、執筆を止めた。その時、

と不意に決めた。
 わたしは、

line白馬に乗る王子様と会えたのに、その男性にお金を要求してしまった。どうやって、その罪を償っていいのか分からない。

と思い、利恵は黒い水晶のような瞳に涙を浮かばせた。

 そして利恵は今、自分が着ている洋服を見て、また目を丸めた。
dotsあ」
 友哉と出会ってから、ずっと着ている清楚なワンピース。または長くてふわっとしたスカート。その洋服に合った地味目の下着。
line友哉さんが、わたしの憧れの小説家の先生だったんだ。
 利恵は運命に導かれた出会いに感動した。だが、
lineこのことはゆう子さんには黙っていよう

を纏う女性を好んでいます。今の利恵さんから見て大人の女性は、恐らく女子大生くらいだと思うので、女子大生の利恵さんは紺色のフレアーのワンピースを着て、私の講演会に来てください。きっと利恵さんだと気づくと思います。よろしくお願いします。佐々木友哉』
 手紙を持つ利恵の手が激しく震えた。
line友哉さんは作家じゃないと思っていて、気づかなかった。
 友哉は最初、佐々木時と名乗っていたのだ。
line出会った時のあの懐かしい感覚はこれだったんだ。そう、紺色のワンピースを買うように言われた。

line【宮脇利恵様へ】佐々木友哉line
 作家、佐々木友哉からの手紙があったのだ。
『拝啓、宮脇利恵様。中学生の女の子が、私の本を読んでいるなんて、とても驚いています。ありがとう。お母様に、私と結婚するように言われたようですが、あいにく、私は既婚者なので離婚するようなことがあったら、改めて手紙をください。夫婦の二組に一組は離婚する時代なので、その確率はコインを投げた時の裏表の確率と一緒です。なお、私はとてもふわっとした洋服

 そこには、
『お母さんに勧められた本。利恵は、この本を書いた佐々木先生と結婚するんだ。昨日、ファンレターを書いた。まだ中学生だから、相手にされないと思う』
と、丸っこい字で書かれてあった。
 利恵は、本をベッドの上に置き、クローゼットの中にあるルイヴィトンの旅行鞄を開けた。旅行に行かなくなった時に、【宝物を入れる箱】に変えて、鍵もかけた鞄だ。
 田舎の友人の写真。父親から初めてもらった誕生日プレゼントの縫いぐるみ。大事な人たちからの手紙。今ではレアになっている携帯電話。そして、

 頁を捲ると、いろんな場所にマーカーで線を引いてあり、自分の字でメモも記してあった。
line命をかけた謝罪だった。国を守るために、彼は秀吉に首を差しだした。黒田如水は妻から、「また秀吉様に頭を下げてきたのですか」と笑われた。そして、妻も彼に深々と頭を下げて、「ありがとうございます」と言い、涙を流した。
 本にあとがきの頁には、メモが挟んであった。猫の模様が入ったかわいらしいメモ用紙だ。
「わたしの字dots

 利恵は途中下車をすると、ゆう子のマンションに行かずに、北千住にあるワンルームマンションに戻った。
 慌ただしく部屋に入り、持っていたハンドバッグを床に投げ捨てるように置いた。本棚を食い入るように見る。
 ルソー、オスカーワイルド、ニーチェ、川端康成dots。人類学の本、文学の詩集。百冊以上ある中から、帯が破れた一冊の本を見つけた。
【謝罪武将】佐々木友哉

「どこに女神がいるんだ」
「あなた様の周りに」
「悪女しか見えない。だけど、悪女は退屈しないから、それなりに守るよ。さあ、女よりもスポーツだ」
「ありがとうございます。トキ様が泣いてお喜びになる土産話になります」
 友哉が気障な所作でハンドルを切ると、車はスタジアムの駐車場に滑り込んだ。友哉のポルシェを見た駐車場の警備員は、いつものように友哉を専用駐車場に先導したのだった。

「五分で点が入ることもあるぞ」
「他の人間に見られると困ります」
「ガラガラの家族席に案内する。知り合いの選手がいる」
 友哉の目がいつのまにか穏やかに変わっているのを見て、カロリッチはまた目を丸めていた。
「大地のような父性dots。トキ様がプライドを捨てて頼られたdots
 カロリッチは友哉に聞こえない声で言った。
「友哉様」
「なんだ」
「女神たちをあなたの力でお守りください」

「この先を行けばサッカー場がある。観ていくか」
「あと、一時間ほどで消えます。時間を稼いだらいなくなるですか。晴香様、さすが友哉様の娘です」
「晴香様ねえ。顔だけだぞ、あいつ」
 友哉の言葉にカロリッチは笑いを堪える表情を見せた。
「車を止めていただけたら、あの公園のトイレから消えます」
 そう言って、車の窓から道路の脇にある小さな公園を見た。

「神に近い能力を持っています。進化した脳です」
「進化した脳を持った人間がいるのに、戦争をしているとは滑稽な進化だ」
「ごもっともです。お恥ずかしいかぎり。私も、欧州から千年後のこの国に逃げてきました。移民です」
 少し溜め息を吐いた。友哉の指摘が正鵠を得ていたのだろう。
「そうか。君はクロアチア人か」
「御先祖様がサッカー選手でした」

「未来人がなんで利恵を敬愛してるんだ」
「それはまだ言えません」
「そのトップとトキの関係は?」
「トキ様の側近で、戦闘力ならまさにトップです」
「千年後の世界で戦闘する必要があるのか。残念だな」
「そのため、利恵さんの守護神に選ばれました」
「守護神?」

「やはり涼子のことも詳しいのか。そう、さっきの昔の恋人は涼子だ。だが、俺は涼子の話は他人からは聞きたくない。今は利恵を愛したいんだ。銃はもうしまった。出したり消したりが疲れることは知ってるはずだ。おまえ、名前は」
「宮脇利恵班、カロリッチ」
「利恵班?」
「そのうち、説明する者がやってきます。利恵班のトップにいるお方が、利恵さんを敬愛しているので、利恵さんと一緒にいる時の友哉様に隙が見えると、私のように口の悪いことを言う者が今後も現れるかもしれません」

「麻雀と書いてあります」
「そのさらに上の五階が聞いたこともない宗教の貸し事務所。麻雀店は古色蒼然であれで経営は出来ていない。あんなに危険な雑居ビルはない」
「少年の頃からのその観察力と涼子さんと出会ってからの訓練で、涼子さんを救ってきたのですね。クレナイタウンの失敗を知り、私が個人的にイライラしていました。撃ってかまいません。ご無礼の数々、トキ様にもきっと叱られます」

 交差点を渡っているサラリーマンの男に視線を投げた。
「彼はあの後、地下鉄の階段を下りていくが、この交差点と地下鉄が同じだと思っている。あっちはdots
 今度は雑居ビルに入る宅配便の男を見た。
「雑居ビルが安全だと思っている。手前の歩道から精神状態に変化はない。なんの躊躇もなく、ビルの階段に入っていった。だが、雑居ビルの三階は暴力団の事務所だ」
 トキの仲間が、目を凝らして見た。

 彼は友哉から目を逸らすことはなかったが、その目は瞬きもできずに、友哉を見ていることしか出来ない様子で、指先はなぜだか震えていた。
「まあ、いい。勉強したいようだから教えよう。その恋人と一緒に出掛ける時はこうだ。東京都と神奈川県は違う。分かるか」
「よく分かりません。具体的に」
「ここは砂漠じゃない。都会のAの場所とBの場所では人間は変わらなければいけない。利恵の色気にフラフラしたが、だが、部屋のドアを開けた瞬間に俺はまったく違う男に変わる。あれを見ろ」

破片がないかどうかも。もう、あいつの体に傷ひとつ付けることはできないって気持ちだ。レスラトンのトイレに向かう男たち。女装していないかも見ていた。一人、捕まえて締め落としたことがあるが、警察がきたらいなくなっていた。そう、娘からの助言を教えよう。奴ら、時間を稼いだら消えていなくなるよ。おまえもそろそろだな」
dots

「おふざけにならずに」
「堅苦しい男だな。dots彼女は、中学の三年生くらいから正式に恋人になった。父親の了解も得ていた。彼女はアポなしdotsつまり突然やってくるから、自分の周りに妙な奴はいないか、危険物はないか、毎日、チェックしていた。もともとそういう危機管理能力は高くて、それで彼女の父親が俺に頼んできたんだ。安いホテルなら盗聴器や盗撮カメラのチェックもした。床にガラスの

海道の原野や山奥に行き、集中力を磨いた。熊と対峙した時、熊が俺から逃げた。持っていた登山用のナイフを手にしたまま黙って奴の目を見ていたら逃げていった。俺はこれであの子を守れる男になったと確信したよ。だけど、俺は持っていたおにぎりを彼に投げたんだ。そしたらその熊、おにぎりを拾って口にくわえて、また戻ってきたから、今度は俺が逃げたよ。具が鮭だったのが失敗だった。友達にはなれないって」

「俺の小説に出てくる男と、先生が一緒なら良いアイデアが浮かぶはずって言われた。その少女は、俺を見て腫れたほっぺを丸まさせて笑ったんだ。だけど、目は死んでいた。クラスメイトに殴られながらその笑顔を作るんだろうな。だから余計に虐めに拍車がかかる。俺は、この子を守るために生まれてきたかも知れないと背筋を震わせた。それから深夜の繁華街や熊が出てくる北

 友哉の言葉に男が顔を動かした。友哉をじっと神妙に、そう観察するように見た。友哉は車の運転のため、まっすぐ前を見ていた。
「彼女と出会ったのは、彼女が小学六年生か中学一年生の時だった。顔に殴られた痕があった」
 物悲しそうに言う友哉。すでに助手席にいる男に突き付けていた銃、PPKは消している。
「親友の編集者が連れてきた彼の娘だ。俺に、力を貸してほしいと言うんだ」
「力dots

「そうです。友哉様dots。友哉様が利恵さんに色ぼけてしていると思って、口の悪いことを言ってしまいました。なぜ、急にゾーンが活発化するのですか」
「いや、色ぼけしてたよ。触っただけでできないなんて、どうすりゃいいのか考えてた。利恵にトキの金で遊べないと言った手前、ホテルの高級スパで、アロママッサージの美女も口説けない」
「おふざけにならずに」
 彼はそう言って、丁寧に頭を下げた。鳥の嘴のような鼻が下を向く。
「俺は昔の恋人がストーカーのような連中に狙われている時に訓練をした」

今日も優秀で将来性のある青年と会った

「転送してくるのも想定してる。その交差点の座標を計算しただろ。トキが俺の部屋にきた時にやっていた。舐めんなよ」
「トキ様はR89を見せたのですか」
「R89っていうのか、あのスマホサイズの転送装置は」
「転送というよりも、主に確率を計算する装置です」
「ほう、89がなんかの確率で、それを名称にしたってことか」

「晴香はもう大人だ。俺が死んでも困る子供はいない。愛してくれている女も親もいない。つまり俺は死ぬのが怖くない。どうだ。俺と戦えるか」
 信号で停止したら、ポルシェの助手席に男が突然現われた。まさに、いつの間にか座っていた。そして銀色のスーツを着ていた。
「友哉様、ま、参りました」
 友哉の右手にPPKが握られていて、男の腹をねじ込むように銃口が押している。男は目を剥いていた。

 追い打ちをかける烈しい言葉だ。「場合によっては殺す」という意味である。
「トキ様の側近と戦えますか。凄腕揃いです」
「トキが敵か味方ははっきりしてないが、俺からRDがなくなれば、涼子たちが危ない。従って、俺は涼子たちを守るために、RDを渡さない。おまえたちと戦う」
dots
 低い声で、しかもはっきりと言い放った。

「トキ様の側近を総動員で派遣すれば奪えますよ」
「やってこい。たかが千年後の人間で造形が同じ。四次元の世界や宇宙人でも地底人でもなさそうだ。それに、ガーナラは持っているのか」
dots
 友哉の凄みを感じたのか相手は口を噤んでしまう。
「そっちの世界に結婚制度があるかどうか知らないが、トキの側近から子供がいる奴を省いてやってこい」

「強気に出ましたね」
「最初からリングを使った通信をしてこい」
「ゆう子さんと通話が混在しないようにしているのです」
「三百億円は光を使って、人をコントロールすればすっと消せるだろうが、俺からRDとやらを奪い返せるかな」
「お金はいらないが、武器は欲しいと?」
「こんなに危険な目に遭っていて、借りてる武器を返すバカがどこにいるんだ」

「そうらしいな。部屋にこもってないで、利恵と遊びにも行けよ」
 愛車のポルシェが目の前にやってきて、中からバレーサービスの係りのホテルマンが降りてきた。鍵を渡された友哉は、「おい、トキの仲間。まだ聞いてるか」と車に乗り込みながら口にした。
「おまえが口を慎め。俺は嫌々やっているんだ。三百億円もいらない。トキはきっといい奴だが、その部下が俺を愚弄するなら俺は降りる」
 ポルシェのドアを怒りに任せて閉めたところで、リングを介して言葉が頭に入ってきた。

「そ、そうか。すまん。慌ただしくて渡すのを忘れた。でもあいつ、一億円持ってる」
 利恵が狙われていた様子もなく、だったら怒るほどでもないような気がして、頷いてしまう。
「美容とファッション、セックスのためにしか使うなって言われたって」
「へえ、そこは忠実に守ってるんだ」
「それに、友哉さんが大ピンチになってわたしがそれに気づかないと、AZは自動的に真っ赤に光るらしいからね。わりと、わたしは自由にできるんだ」

「見ていて?」
 友哉がキョロキョロしていると、ゆう子から通信が入った。
「ごめん。さっき、お化けがフロントの前にいた。今、消えたけど」
と言った。
「何やってんだよ。クレナイタウンの時みたいに騒ぎになったらどうするんだ」
「だって、利恵ちゃんがデパ地下で何を買ったらいいのかって電話でうるさいんだもん。しかも、わたしが立て替えることになった。お金くらい渡しておいてよ」

『利恵さんは裏のエレベーターに乗り、地下鉄で新宿に向かいました。先程の男の話は忘れてください』
と画面に表示された。
「なんなんだ、おまえたちは。俺を巻き込むな」
 思わず口に出して言うと、
『奥原ゆう子という美人女優と三百億円を手にして、その言い方はどうかと思います。先程、ゆう子さんの名前を言わなかったのはさすがですが、もう少し、しっかりしてほしいと私は見ていて思いました』

 友哉の待ち受けに使っていた画像がまたペイントされてしまっている。日本語でその話が書かれていた。画像は、利恵が清潔感を露わにして、公園で佇んでいるポーズ写真だった。
「また俺の大切な画像をdots
 項垂れてしまう。友哉はさっと席を離れてホテルの玄関に出た。
 愛車がバレーサービスで地下駐車場から運ばれてくる間に、物陰に隠れていたが利恵が出てこない。すると、またスマホが鳴動して、

「ち、アスカの名前を教えただけでも、AZの光が作用するのか」
 スマホの向こうから息が切れる音がした。苦しそうだ。
 その時、友哉のスマートフォンが鳴動した。
『友哉様。人質の彼なら、リク様dots我々が助けました。利恵さんが降りてくる前に、予定通り、横浜のマンションに向かってください』

『思い出せないか。かわいい弟のような彼を。地中海に津波を起こさせたバカを助けにやってきたが、今、我々の手に中にいる。些細なことだろう。利恵の新しい友人を紹介するくらい』
「地中海で津波が発生したようなニュースはない」
『凶暴なだけで頭の悪い男だなあ』
 やや、息苦しそうに言った。
line光を使うようだし、トキの敵か。だったら、トキが友好的に接したゆう子の名前は教えられない。横山明日香? どこかで聞いたことがある名前だ。

「人質? その名前を言わないと、なんにも答えられない」
『アスカ。横山明日香』
「横山明日香?」
 友哉が目を丸めた時に、コーヒーが友哉の分も運ばれてきた。
「佐々木様の分はサービスです」
とウエイトレスが言った。友哉は首を傾げたまま、彼女にぎこちない笑顔を贈った。

『おまえの敵だぞ』
「敵か。敵も味方も一瞬でひっくり返るものだ」
『それはない。その男に使った光なら、じきに消える。我々の光の技術は偽物。だが、すぐにおまえが手にしたリングの技術も盗んでみせる。RDはすでに我々がRD01という新たな武器を開発した。そしてこちらには人質がいる。だから答えろ。私の任務はおまえの交友関係を探ることだけだ。利恵が会っている涼子ではない女は誰だ』

「利恵ならもうすぐここに降りてくるが、利恵を狙っているなら俺が傍に付いていく」
『そんなことはしない。私はもうすぐ死ぬ』
dots?」
『この時代の無関係の人間に光を使った。しかもお前たちを殺す目的のために。それをやると、我々は自動的に心停止するか、そうならない程度でも、戻ったら重罪になる』
「よく分からないが、命は大切にしろよ。どこにいるんだ。治療しようか」

 誰も知らないのだ。二人が友達でもなんでもないことを。涼子の方は、利恵の名前すら知らない。
『我々の知らない人間…女がおまえの背後に潜んでいるようだ』
lineこの声の男、日本中の人が知っている奥原ゆう子を知らないのか。やはり未来人。なぜ、この催眠術をかけた男には訊けないんだ。
 虚ろな目付きで目の前に座っているサラリーマン風の男なら、友哉と奥原ゆう子との関係を知っているはずなのだ。衝撃の片想いだ。

 友哉がおどけて言ってみせると、スマホのスピーカーから小さく失笑する音が聞こえた。
『何度か戦ったようだが、では誰のためだ』
「そうくることは読んでいた。その誘導尋問には乗らない。ま、自分のためかな。暇潰しに楽しませてもらった」
『神格化したがる悪魔だ。もう、いい。利恵が会いに行くのは涼子ではなくて誰だ?』
「そこは答えない。利恵と涼子の関係を気にする奴に」

『おまえだ。国家を嫌っていて、国を狙うテロリストを倒す気もない』
「俺はそんなにいい男なのか。世界中で英雄にされてる理由がわかったよ」
『国家やトップのために戦わない男のどこが英雄なんだ』
「おバカなおまえに教えてやろう。国家ってやつは、国民を信用していない。だから、国民の俺が国家のために命をかける必要はまったくない。これが正論だ」

 桜井真一なら言うかもしれないが、そこは伏せておく。
『組織に入っても部外者の顔をして、仲間を助けることはなく、困っている人がいても、その人間の性格を分析してからしか助けない。女は抱くだけで愛さず、気にいらない男は殺す。自分が世界一、偉いと思っていて、リーダーの言うことに耳を貸さないだけではなく、敵のリーダーなら殺しに行く』
「誰のことだ?」

 スマートフォンから声が聞こえた。日本語だ。
「訊かれて、はいはいと答えると思うか。いや、そんなことないか。その場に居合わせたただの警察官だ。それよりもこの人が辛そうだ。なんのクスリを飲ませた?」
『光だ。おまえには解けない。その見知らぬ男を心配しているのか。そんな優しい人柄ではなかろう』
「光か。おい、涼子と利恵と俺の名前を同時に出す男なんか、この世にいないんだ」

line爆発する仕掛けはないが、誰かに筒抜けか
「この無関係の男にかけた催眠術のようなものは取れるのか」
 スマホに向かって言って、友哉は改めてウエイトレスを呼んだ。
「彼に美味しくて苦いコーヒーをお願いしたい。エスプレッソでもいい」
 ウエイトレスは頷いて、ニコリと笑った。
『友哉か。このスマートフォンとやらをいじるな。言葉が分からなくなる。晴香を殺すのを邪魔した男は誰だ』

 やや、声を高くして言ってみると、
「乗らないそうです」
と彼が自分の胸に向かって言った。
「そのポケットに入っているスマホを出してほしい」
 友哉の言葉に彼は黙って、スマートフォンをテーブルに置いた。
 友哉のリングがうっすらと赤く光った。

「今日の利恵との飲み会に、松本涼子を呼ぶ予定はあるか」
「え? ないよ。AZの話とかしたいから誰も呼ばない」
「分かった。ゆっくりしていてくれ」
 友哉は通信を切って、目の前のサラリーマンに視線を向けた。魂が抜けたような顔をしているが、さかんに、胸の内ポケットを気にする様子を見せている。
「誘導尋問には乗らない」

と数秒して返答がきた。
「デートはすぐに終わった。今、モンドクラッセ東京のロビーラウンジだが、目の前の男は何者だ?」
「レベル1。お友達ですか」
「知らない人だ。周囲にお化けはいないか」
「お化け? しつこいなあ。レベルの分からない人間はいないよ」
 拗ねた口調で答えるゆう子。

 常泊している友哉には何も言わず、ウエイトレスもメニューを持ったまま足を止めた。
「涼子じゃないぞ。ゆdots
 友哉が、ゆう子の名前を出そうとして口を噤んだ。
lineゆう子、見てないのか。
 リングの通信でゆう子に声をかけると、
「見てないよ。利恵ちゃんとデートだから。プライベートは覗かない」

「盗聴でもしたのか。それとも、利恵からたった今、電話かメールでそれを聞いた利恵の友達か」
 振り向いてそう言うと、彼は通路と隣接したロビーラウンジの席に勝手に座って、独り言のように、また、
「この後、利恵は涼子に会いに行って、涼子に諭されて、おまえと利恵とは仲直り」
と言った。
「涼子?」
 友哉は不審に思い、彼の前の席に座った。女性のホテルマンに視線を投げて、左右に首を振る。

 モンドクラッセ東京の一階に降りてきた友哉は、そこで見知らぬ男に声をかけられた。日本人、四十歳くらいのサラリーマン風である。体格もなく、年相応に老けている。
「利恵と喧嘩になりましたね」
 フロントの前のロビーで二人は対峙したが、友哉のリングは警告の赤い光は点滅していなく、友哉は「誰?」と首を傾げながら、無視をしようと歩き始めた。

 友哉の手が腰からお尻に滑り落ちた時に、一瞬、ときめいたが、時間もないし、軽く拒絶したら、彼もすんなりとあきらめた。
lineゆう子さんとの二人だけの女子会も楽しそうだけど、成田のことで怒ってるかも知れないし、緊張する。友哉さんも一緒にもっとワイワイやりたかったな。他に誰か芸能人とか来ないかな。
 利恵は自分の『一番楽しいこと』が、男から得る刺激的な行為、それにより興奮することだと気づかずに、ベッドの上にあったシャツに手を伸ばした。

line興奮した。なんなのこの刺激は。そう思ったら、もう彼と寝ていた。セックスは最高だった。
dots最高だった。

 利恵は、友哉が出て行ったホテルの部屋の扉を見ながら、首を傾げた。
line今の悪寒はなんだったのか。中途半端な昼寝のせいで自立神経が乱れているのか。それとも、抱かれなかったからか。

lineわたしの顔を見た後、胸を見ていた。名札の名前を見ていた。一億円を税金に使うって、去年、三億円くらい稼いだのか、遺産でも相続したのか。だけど、お坊ちゃんには見えない。確定申告も終わっているのに、なんか嘘っぽいな。あ、防犯カメラを見ている。悪い人? だけどイケメン。何歳くらいだろうか。独身だったら、逆ナンパしてみようかな。ちょうど、淳子からもらったチケットも持ってるし。佐々木時さんか。
 そんなことを考えていたら、急に応接室に連れて行かれたのだった。

line学生の仲間、銀行の社員とか、近くにいる男は運命の人じゃない。わたしのセックスが目当てだ。失敗したら、また銀行の知り合いの男が近寄ってきて慰めてくれて、その日にホテルに直行。一週間後には狭いアパートで同棲。そんな中身のない恋愛の繰り返しになる。
 その心療内科クリニックにセラピストの末永葵がいなくなり、クリニックにも行かなくなったちょうどその頃に、友哉が銀行に現れた。

「愛嬌は忘れずにね。幸せになるために必要なのよ」
 セラピストの末永葵は自信満々に言った。利恵はそのセラピストを信じて、自分改革に励んだ。以降、男たちは完全に無視。再び読書をして、資格もひとつ取った。料理、裁縫、着付け…なんでもできるようになった。「利恵の利は利用の利」が、飲み会で受けるようになってからは、送り言葉を使わない喋り方で人気が出てきて、だけど、誰とも付き合わなかった。誘われても断っていた。セックスがなくても人気が出ただけで満足だった。

と、ぴしゃりと言った。
「元彼dotsたちdots
「下半身だけで生きている悪い男のことは忘れなさい。人類史を勉強しなさい。男は、人殺しとレイプばかりしてきたのよ。そんな男たちに、生真面目に接する必要はないの。宮脇さんは、セックスが楽しかっただけで、それは若かったのよ。もっと勉強して自立するの。先生みたいに」
「分かりました。勉強します。銀行にいながら資格も取ります」

 避妊をしている時点で、ある程度は快楽指向なのだ。その中から、思わず出た愛の言葉や約束を探して、愛を深めていく。それが結婚はまだしていない男とのセックス。
 そして女が興奮しても、愛を見失うセックスになるもの。それで傷ついたとしたら、それが彼らの犯罪になるのだろうか。
 利恵が首を傾げたのに気づいた末永は、利恵を睨み付けた。そして、
「傷ついたから、自立神経が乱れているでしょ。それは誰のせい?」

「わたしがセックスを希望したのに、彼らはわたしをレイプしたことになるんですか」
「あなたが希望したセックスと違うセックスになったらよ」
 利恵は頭の中で、そんな器用なことができる男性はいないと思う、と呟いていた。優しくしてとか、ちゃんと愛してと希望しても、男性が興奮したら、それが欠落する。調子が悪いとお酒を飲んだりしながら抱き合い、さらに愛はなくなる。だけど、それは当たり前だと利恵は思っている。

 正直者の利恵は、自分が出会い系サイトでセックスの条件を提示していたことを思い出し、そう言った。スマホの頁をクリックすると、セックスのプレイ、性癖に関する項目欄が出てきて、○と×を付けるだけで、簡単に好みのタイプを見つけることが出来るのだ。
「なんて、良い子なんでしょう。バカね。そんな考えでいると、またセックスだけされてポイ棄てになるのよ。女が希望しても女が傷ついたら、レイプなんですよ」

 銀行に勤めだして、しばらくすると寒気が体を襲うようになり、最初は冷房にせいだと思っていたが、悪寒戦慄という自律神経失調症の病気だったのだ。
lineこの仕事にストレスは感じないのに、男とお酒をやめたからかな。
 学生時代から一気に遊んだその快楽を急にやめたせいだと考えながら、街を歩いていたら、心療内科クリニックを見つけ、なんとなく入ったのだった。
「先生、あのdots。彼ら、わたしを犯してないです。わたしが希望したから」

 彼が海外に出張している間は、短期で別のお金持ちを出会い系で見つけて、セックスをした。相場は一日、四万円だが、利恵の美貌を見た男たちは、もっとお金を弾んでくれた。プレゼントもたくさんもらったが、それはすぐに売った。彼氏として付き合っていた最初の青年実業家は独身だったが、出会い系サイトで出会ったことがストレスに感じたことと、彼のある暴言がきっかけで利恵から別れを申し出た。それが二十三歳の時、つまりカウンセリングを受ける直前だ。

 三十二歳の青年実業家で、出会い系サイトで見つけた。セックスの味を覚えた利恵が、様々な条件を提示して見つけた極上の男だった。親からの仕送りを止めさせたくて、そう、お金のない実家に負担をかけたくなくて、その男から月三十万円をもらっていた。NGにしていたセックスの変態的なプレイをOKにすると、高級な指輪やネックレスを買ってくれた。どんどんはまっていって、彼にも好きだと言われて楽しかった。そう、彼らは「好きだ」と言ってくれるのだ。

「それも男たちの常套句ですよ。そうからかえば、ジョークを言えない女は脱ぐしかないの。でも、その勉強はもうしなくていいですよ。二度と、セックスだけの男とは付き合わないように」
「はい」
「悪寒戦慄の薬は一週間分出せるように、先生に言っておくから。お酒はしばらくやめなさい。最後にあなたのお尻を犯した悪い男を思い出したら、薬を飲んで寝なさい」
 学生の仲間と離れた後に付き合ったお金持ちの元彼の話だった。

「楽しかったのは錯覚ですよ。友達になってもらいたくて、男たちに好きになってもらいたくて、セックスをしていたんでしょ。美人で愛嬌がないとそうなってしまうの。愛嬌があったら、長く愛してくれる男が見つかるのよ」
「はい。わたし、面白くない女だって、皆に言われていてdots
「それでお酒を飲んで歌を歌いながら、裸になって頑張っていたんでしょ」
「美人ですましているとか、田舎の美人は生意気だとかdots

 やがてそれに慣れてきて、楽しくなってきた。飲んで歌って、セックスの話も体に触れるのも無礼講で。
「だけどね。あなたは普段は生真面目で、そう、完璧だけど愛嬌がないから、セックスだけの男たちが近寄ってくるのよ。つまんない女だから、セックスだけにしとくかって男が思うの。自分でも分かっていて、仲間たちと一緒に遊びたくて、乱交を頑張ったんでしょ」
「は、はい。頑張ったのは最初だけで、そのうちに楽しくなりました。それからまたつまらなくなったんです」

 図星だった。面白くないと言われて、泥酔するほど飲み、男たちに寄り添っていたのだ。
「あのわたし、先生が思っているほど真面目じゃないです。お酒を飲めば面白くなれるし、男性にも積極的になれます」
「確かにお酒の力はその人の本質を顕すとも言います」
「はい。お酒は好きです。飲んでセックスをするのも好きでした」

「白けなかった?」
「オチはないのかって言われました。ベンツの男との出会いの話かと思ったとか村人たちでベンツを押したら、ベンツの男が大金を配ったのかとか。でも、今は村じゃないし」
「村じゃないと主張するのも論点がずれていると思いますよ」
 末永葵が思わず苦笑してしまう。
「それであなたは困ってしまって、たくさんお酒を飲むのよ。それでもだめなら、色気を使う」

 利恵の話が面白くないのか、またカルテに目を向けた。しばらくすると、
「脱輪したからなんなの?」
と訊いた。
「JAFが来ました」
 末永葵は大きく息を吐き出して、
「飲み会や合コンでその話をしたことがある?」
と言った。
「あります」

 利恵はセラピストの言うとおりに、その言葉を繰り返した。
「かわいらしくね。言い切るの。ですます調の言葉遣いはどこで覚えてしまったの?」
「東京に緊張してdots。筑波山の麓の、昔は村みたいな土地に実家があるんです。周りの家には軽トラックばかりがあって、だけど筑波山のゴルフ場に行く車は高級車がよく通るんです。道を間違えたベンツが脱輪したのを見たことがあります」
「ああ、そう」

 厳しい言葉を作るが、よくいる患者なのか、やはり表情は「無」に近い。
「カウンセリングも三回目なのに、ずっと敬語で、俯いていて。その丁寧な喋り方も壁を作る薄い笑顔も、少しとっつきにくいですよ。利恵さんの利はなんで、理科の理じゃないんですか」
「え? 前田利家の利からもらったそうです」
「利恵の利は利用の利って言ってごらんなさい。男の人たちがびっくりして笑ってくれますよ」
「へ?」
「利恵の利は利用の利。さあ、復唱して」

「得?」
「幸せになるには、一生、お互いを知らない程度がいいんですよ。ましてや過去のセックスのカミングアウトなんか誰もしません。男たちも」
「わたしは嫌です。そんなのdots押し潰されます」
「自分を変えなさい。宮脇さんは完璧すぎます。真面目すぎて、堅苦しい」
と言ってカルテを捲った。

「そ、それはその人を騙すことです。お母さんがそれはだめだって。謝りなさいって。過ちを犯したら誠意をもって謝る。女は頭を下げながら泣きながら、男の人は命がけで」
「お母様が? お母様は昔の女ですね。今は皆、そうやって生きているんですよ」
「皆?」
「そうですよ。過去の恋愛の傷を喋って得することなんか何もありません。あなたにも、将来の彼にも」

「そんな生々しい表現はよくないわ。真面目な女ね」
 利恵とは正反対の短いタイト。足を組み替えると下着が見えそうだ。この先生はこれで一人の男だけですむのだろうか、と利恵はふと思った。
「真面目dots。そう言われて遊んできたのに真面目ですか」
「あなたの本質なの。次に好きな男性と出会ったら、その話は言わずに、そう、墓場まで持っていけばいいのです」

 銀行に入社したばかり利恵は、長いタイトスカートで、白いシャツを着ていた。男が近寄ってくる悪目立ちする洋服は着たくなかった。
「宮脇さん、あなたは完璧じゃないですか。わたしよりもパーフェクトな女性ですよ。そして若い。羨ましいわ」
 大げさに褒めていたが、三十代後半ほどの女性セラピストは、無感情に言っていた。
「わたし、自信がありません。わたしの体は知らない男や好きでもなかった男たちの体液で汚れてます」

「結婚したくなるほど、好きな男性に出会ったらどうすればいいんですか」
 セラピストの部屋で二十三歳の利恵は体を震わせていた。体が急に震え出す悪寒戦慄という自立神経失調症で心療内科に行き、薬だけで治らずセラピストを紹介してもらった。保険が効かないそのカウンセリングを予約し、有名な女性セラピストに話を聞いてもらっていた。
 末永葵。
という名前である。

 嫌われても構わないから、本当のこと、厳しいことを言えるのだ。ロスアンゼルスでも思ったことだ。
 きっと、他に女がいるから、あの余裕と迫力が生まれるんだ。芝居がかった行動に出られる。俳優の私生活と舞台が違うのと同じ。わたしへの怒りは舞台。私生活はdots
line奥原ゆう子か。
 利恵は友哉が消えたホテルの部屋の扉を見ながら、昔のことを思い出していた。温かみのある高級ホテルの一室が、直線的で冷たい会議室のような部屋に変わったように見えた。

が怒ったと言っていたが、怒らせたんじゃないか。暑苦しいって言われた。確かにそうだ。銀行を辞めて、なんかの資格を取るとか言ってる女の子たちの話、聞いていても面白くない。だけど、わたしの一番楽しいことってなに? まさかセックス?
 利恵は急に体を震わせた。
「寒い。まだ夏なのにdots
 まるで悪寒戦慄だ。
lineあのひと、本当にわたしのことが一番好きなのだろうか。

 利恵が先程、頭の中で没却させた言葉はそう、
『何もかも芝居なのではないか』
というものだった。だから逆に迫力があるのだ。冷静だからだ。獲物を狙った鷹のような目を見せた後に、舞台で賞をもらった少女の頬に祝福のキスをするような行動を見せた。
line見たことがない。あんな男。お金持ちでイケメンじゃなければ終わってる。美人に嫌われるかも知れない怖さはないのだろうか。ありえない破滅願望だ。クレナイタウンで助けた松本涼子

 また忌まわしい十九歳の初夏に戻ってしまう。「空気が読めない」「真面目すぎる」「面白くない」と、学生友達から散々からかわれてきた。それから、そう、
lineセックスを覚えたのだ
「ゆう子とは俺の悪口で盛り上がれよ。今日も綺麗だ。俺は横浜マンションの郵便物を見てくる」
 友哉は利恵の唇ではなく、頬にキスをしてから、ホテルの部屋を後にした。
line急に目が温かくなった。

ある。おまえの過去は知らない。セックスがどうしてそんなに上手なのかも知らない。セックスのすべての経験があるような体をしていて、家事もこなすし読書量も多い。しかも美人だ。おまえのような謎のある女は俺の好みで、俺はおまえと別れる気はない。英会話教室の相談なら、木曜日にするって言ってるんだ。つまり、自立したい話もその時に聞くって言っている。空気を読んでほしい」
「空気dots。そうだね。ごめんなさい」

「打算的dots
「常に男と別れた時のことを考えて恋愛をしているのか」
「違うよ」
 そう反論するが声を漏らすのが精一杯で、利恵はまさに打ちのめされていた。
「わたしのことを丸ごと知っているの?」
「そうだったら、別れる。理解した本は売ってしまうが、理解できない本や厭きない本は残して

れない女の子が自立したいと言って、海外にでも行きたい英会話の勉強なら、大いに応援する。だけど、おまえには学歴があるし、良い銀行にいて今は俺がいる。もし、俺と別れた時のことを考えている俺との恋愛なら、そんな打算的な自立したいもないもんだ。繰り返すが、今からゆう子と女子会だ。もしかすると、芸能人が他にも来るかもしれないんだぞ。自立と英会話教室のことを頭の隅に残したまま、ゆう子と酒を飲むことになる」

 鷹のような目付きで言う友哉。
「え? い、言ってる意味がわかんない」
lineこの迫力はなんなの? 刺激的な男とは正直付き合ったことがある。だけど、友哉さんはまた違う。まるでdots
 利恵は思いついた結論を頭の中で打ち消した。
「道徳的な言葉は達観していて、社会の裏話は意味が分からないか。皆と一緒になりたくてもな

 友哉が部屋から出て行く支度を始めた。
「女の自立をバカにしている」
 バスルームの方に行った友哉に、利恵が言葉をまさに投げつけると、彼が一直線に歩きながら戻ってきて、利恵を睨み付けた。利恵が体を強張らせた。暴力は振るわない男だと分かっているが、テロリストを殺せるのだ。
「自立って言葉は身動きとれない女が使うんだ。おまえは親に虐待を受けながら泣いている女の子でもなければバックに暴力団や国家権力がついている女でもない」

「矛盾していた」
「矛盾?」
「なんで男に頼らず自立したい女が、最後に経済力のある男と結婚するんだ。しかも、男に英会話教室の金を請求するのも矛盾してる」
dotsあ」
「将来男に頼らないで生きるために、今、男を利用して自立を目指すなら、利恵の利は利用の利だけれど、お母さんは、まつのような女になりなさいって言ったのなら、今、目の前の彼氏のために頑張るのが利恵の利じゃないのか。良いお母さんだなあ。まつ子やとし子じゃ、今どきの名前にならないから利恵にしたんだね」

「女の子とこういう話になると、嫌われるんだ。勘弁してくれ。さっき達観してるって言われたけど、おまえだからそんな言葉を作るだけで、他の女子からはうるさいおじさん扱いだ」
と言って、目を逸らした。
「そんなにつまんないことを喋った? 普通に会話をしてくれればよくない?」
「ほら、口論になる」
「これはあなたが悪い。普通に会話をしてくれれば口論にならない。つまんないって言ったからだ」

「たdots楽しいよ」
「そうか。だったら、一番楽しいことはしてないんだ。銀行の仕事が辛くてすぐに転職したいのか」
「違うよ。一番楽しいことdots?」
 利恵が首を傾げていると、
「おまえはまだ若いけど、きっと、昔に失敗した出来事の中に、一番楽しかったことがあって、それを楽しくなかったと思いこんでいるんだ。あのねdots
「なに?」

 激しく動悸がした。大学に入りたての頃、「真面目すぎる」とバカにされていたことを思い出してしまう。
「男たちが筋トレとかしながら成功だ、今日も精一杯生きるとか叫んでいたら、女子たちが暑苦しいって嫌がるけど、女の子が、自立だとか生きたるために勉強するとか、両立する時代だとか最近多い。正直、美人が口にしても暑苦しいよ。しかもゆう子と飲む前にもったいない。今、一番、楽しいことをしていればどうだ」
「それは刹那主義」
「今日を楽しく生きてる女は、今の利恵の言葉は口にしないなあ」

「英会話教室に行くお金をもらえないかな」
「わかった、わかった。木曜日に資料を持ってきて」
「女が男性に頼りすぎたら、大変な人生になる。だから三十歳までに資格を少しでも多く取って、銀行でおばさん扱いされる前に、独立した仕事とかを探さないとだめなの。あなたにもらった一億円は税金が多いから、一生分には程遠いの。なんかの教室とか開きたい」
「暑苦しいよ、利恵」
「え?」

「言ってないよ。賢い男性と結婚しろって。それって仕事ができる男性。それに、うちは超貧乏だった。農家だから、天候不順とかで一年以上、新しい服を買えなかったこともあった。お父さんはその間、畑が回復するのを待ってるだけよ」
「お父さんが悪い?」
「違うよ。環境破壊のせい」
「なるほど。本気の相談事なら、おまえの遊びが終わった後に乗るよ。そうだなあ、木曜日にはなんにもないかdots。そこでどう?」

 友哉がそう茶化すと、利恵は少しだけ怒気を見せて、
「なんかさ、真面目に聞いてないよね」
と言った。すると、
「今から有名な女優さんのマンションで飲むのに、もっと楽しそうにしろよ。つまんないよ」
と、たしなめた。
「え?」
「お母さんは金持ちと結婚しろと言ったのか。残念だ」

「傷ついたと思っていたら、永久に傷は癒えない。いい勉強になったと思えばいい」
「達観してる。説得力なし」
「わかった、わかった。結婚する気がなくて、セックスだけならそうなんだろう。さらに理由もなく消えたら遊ばれたんだ。男の半数はそうだ」
「でしょ。だから、自立するんだ。資格も取って、もっと勉強して、生きていくために、経済力のある男性と結婚する。お母さんとの約束だから」
「俺はバブルかもよ」

「目は笑ってるだろ。そんなにひどい目にあってなくて幸せなんだよ。ラブラブってやつだ」
 和やかに言うと、利恵は目を丸めた。
「わたしは、飛行機の中でも言ったけど、つまり男の人と付き合ったことがあるのに、お金がなかった。男はセックスが目当てって言ったら、あなたは怒るけど、言いたくて仕方ない」
「俺との付き合いが幸せじゃないから、昔の男たちの悪口が出てくる。それは寂しいな」
「え? 違うよ。dots過去の傷が癒えてないから発散する悪口はダメなのかって訊いてるの」

「なんで悪口を言わないの?」
「悪口? 言ったよ。律子は看病はしない女だって。ああ、ゆう子はね、お喋りがうるさいよ。あと、行儀が悪いんだ」
 嬉々とした表情で言うと、まさに、
「目が笑ってる」
と指摘される。利恵が、
「わたしの学生時代の仲間たちdots銀行にいる人たちも、彼氏彼女の悪口ばっかり言ってるよ」
と言う。

「満点だよ」
「元カノたちは?」
「たち? なんの誘導尋問なのかなあ。うーん、点数を付けられるほど長く付き合った女はそんなにいないよ」
「ロスで言ってた元カノは?」
「満点じゃないか。頑張り屋さんだった」
「奥様は? 前の」
「優しい女だったよ、突き抜けて。だけど俺のことが嫌いだったようだ。看病とかしなかったからね」

「どうしたの?」
「エッチな画像と動画を買わないかって、迷惑メール」
 友哉はすました顔でそう言い、そのメールを削除した。またメールがくるかも知れないと思い、利恵から少し離れてベッドの端に座り直した。
「ねえ、ちょっと聞いていいかな。初めてのすごい年上のあなたに」
 利恵が神妙に言うと、友哉はさらに利恵から離れて、窓際にあるテーブルの椅子に座った。
「ゆう子さんは何点?」

 利恵が頭を下げたところで、友哉のスマホにメールが入った。なんとなく見ると、知らない人間からのメールで、一瞬、迷惑メールかと思う。
『奥原ゆう子は見つからない。何が見つからないかって? 昔の男との画像や動画だ。だけど、ロスで一緒にいた女の画像や動画は見つかった。名前は宮脇利恵。動画から顔をキャプチャしたら、けっこう同じ顔の女が乱交している投稿画像が出てきた。後ほど送らせてもらう』
lineなんだ、こりゃ。

「利恵の素性はばれてないけど、晴香はばれたみたいで怒ってるよ。迂闊に成田空港で会ったからだ」
「もう、惚れ直しちゃう。世界中でヒーローになってるよ」
 利恵はそう言って、友哉に熱い口づけをした。
「しかも大富豪。そこはばれてないから、こっそり遊べる。モルディブに行く時間ない?」
「だからそれが余計な一言なんだ。トキからの預かり金だよ」
「あ、すみません。言ってみただけdots

日本でも見られて、「奥原ゆう子の男の佐々木友哉じゃないか」「隣にいる女は誰? けっこう美人」「たまたま居合わせた客の女性だよ」「テロリストをやっつけたのは佐々木友哉か、すげーな」「ワルシャワのテロリストを殺したのもこいつかも」「かっこいい、まるで英雄」「奥原ゆう子が片想いになるのも納得」などとコメントは数千にもなっていて、友哉を批判するコメントはほとんどなく、ワイドショーでもさかんに取り上げられていた。

「なるほど、まさにまつのような女。満点だ。昔の女たちがどんなセックスをしていたか知らないが」
 利恵は友哉の言葉に少し笑みを零した後、スマホを見ながら、「これ、どうするの?」と笑い方をぎこちなくした。友哉と利恵がロスアンゼルスのジャズバー『ノイズ』から病院に搬送されているネットの動画だ。撮影したのは、店の近くにいたアメリカ人だが、ネットに投稿された動画は

親友になる男は女の話を
本音で語ってくれる

なんて優しい女なんだ。彼女はなにも
疑わない。

楽観的な優しい女子が地獄に落ちないよう
頑張るのが男の仕事

 利恵も気を取り直して、そう答える。
「よかった。俺が横浜じゃ、回復が遅れる。都内にマンションを探す」
「分かった。ねえ、そのマンション、わたしの好きな場所とかでいい?」
「いいよ。探してくれるなら助かる。あんまりゆう子のマシンョンから離れないでお願いするよ」
「そのマシンョンにわたしが住めるように、わたしが頑張る」
「なにを?」
「セックスdotsアンド、料理」

「ああ、ゆう子と三人で暮らすか」
「なーんだ。まるでシェアなんとか」
 心底、がっかりした表情をつくる利恵。友哉は利恵のその溜め息は気にせず、
「とにかく、仕事が馬鹿げていて大きすぎるし、副作用がきついから、恋愛のことはしばらくゆっくりさせてくれないか」
と、少しだけ語気を強めて言った。
「三年くらい、あっという間」

「そ、そんなに綺麗かな。プレッシャーだよ」
「振る舞いが優雅だから、余計にそう見える。プレッシャーになるなら気にしなくていいよ。美容のためのお金だけだ。その前に俺が都内にマシンョンを買わないとだめだし、前にも言ったかも知れないが、トキの話によると、テロと戦うためのお金だから」
「そこに一緒に住む? でもゆう子さんは?」

 項垂れてしまう。
「そうだね。さらに一億、二億と要求されそうだ」
「くれるの?」
 わざと大きく笑顔を作ると、
「一億はどうかと思うけど、利恵にならまたお金を出すよ」
と言った。
「冗談で言ったのに。なんで、なんで?」
「美しい女にお金をかけるのは夢のようなことだ。たまたま、今、お金があるからね」

 恥ずかしそうにしている。友哉がそっと、利恵の背中を擦り、その手をお尻に手を伸ばす。
「だめだって。ゆう子さんからの命令」
「え? あいつにそんな権限があるのか」
 思わず手を引っ込める友哉。
「なんか面倒臭いことを言ってた。もし、友哉さんとセックスするなら、友哉さんも一緒に来ないとだめとかなんとか。それより寝言が恥ずかしい。利用の利よりも、加賀百万石の方ががめついじゃないの」

「熱なんかないよ。冷房負けもしてない」
「うなされていたからね。熱があるかストレスかもしれないと思ったんだ。それにしても、利恵の利は利用の利じゃなかったんだ。加賀百万石って呟いていたぞ」
「マジで?」
 利恵がカップを持ったまま、自分にうんざりした顔を作った。
「そんなに寝言を言うなんて」

「その預金、トキさんからもらった三百億円に埋もれたね」
「上手いことを言うなあ」
 友哉がそっと利恵の手首を持った。
「なに? 脈拍?」
 脈拍を取られている。利恵が上半身だけを起こして、ベッドに座り直した。
「大丈夫だな。熱もなさそう」

「そういうテーマ。歴史小説もそれだけだからね」
「効果って」
「社会批判をした話だったんだけど、世の中は変わらない。俺だけが変わった。大金が入ってきて、女がどんどん近寄ってきて、美女を選べる特権を得た。その女たちは、その時だけの女だった。それが嫌になって、次の小説から厭世的になって売れなくなった。だけど、味覚障害の新妻の物語が映画化して、また預金が出来たよ」

「ま、まさか。お母さん、読んでたよ」
 利恵が大きな声を上げた。
「それは奇遇だ」
 友哉は淡々としていて、驚く様子はない。その理由は、そのデビュー作は大ヒットしていて、多くの人が読んでいたからだった。
「効果がなかったら、もう書かない」
「何を?」

「うん。大丈夫、わたしのお母さん、元気だよ。お父さんも。うろ覚えだけど、あなたの名前が出てきたの」
「ほう」
「友哉さん、デビューは何歳?」
「三十歳前かなあ」
「わたしが小学生の時か。一致する夢。戦国時代の物語?」
「そうだよ」

 利恵の銀行からほど近いモンドクラッセ東京の一室。友哉が作ってくれたコーヒーは、ホテルの部屋に設置されているドリップ式のもので、とても良い香りがした。
「お母さんの夢を見たのか。なんでうなされてるんだ。お母さん、元気じゃないのか」
 利恵の乱れた髪を、友哉が撫でるようにして整えていた。

『嫌だよ。本を書いてるおじさんなんか』
 利恵の母は大きく笑ったが、

line利恵はきっと、賢い男性を好きになるわよ

と言った。

「お母さん!」
 うたた寝をしていた利恵が飛び起きると、利恵の顔の前にコーヒーカップが現われた。
「ゆう子のマンションに行くんだろ。ほれ」

『佐々木友哉さんって新人。戦国時代に生き延びた武将は、皆、謝罪してばかりだった物語で、前田家も出てくるの』
『中学になったら読むね』
『生き延びた武将の妻も長生きしてるもんね。この作家さん、謝りたい人がいるのかしら』
『奥さんかな』
『あ、結婚してる。きっとそうね。離婚したら、利恵がお嫁さんになって上げて』

『お母さん、それはどこの国?』
『石川県の金沢よ』
『うちは茨城県なのに』
『この作家さんの本、面白い』
 利恵の母、宮脇利里がハードカバーの本を開いた。何度も繰り返し読んだのか、汚れている。
『誰?』

 しばらくしたら、そんな返信がきた。
「その後、利恵ちゃんだけきて、友哉さんがこないとなんかムズムズするから」
『じゃあ、しないで行くね。わたしはゆう子さんの二番目だから』
 文の最後に笑っている絵文字があり、ゆう子はほっとした。

『利恵の利はねえ、加賀百万石の前田利家から取ったのよ。お母さんの名前からじゃないの』

line利恵ちゃんはホテルに寄らずに、こっちに来るのかな。
 友哉さんが、利恵ちゃんとセックスした後に来ないパターンは嫌だな。
 ゆう子はスマホを手に取って、「今日は友哉さんとエッチしないでわたしのマンションにきて」とメールをして、服を着て、友哉のレトルトカレーの食べ残しがあったから、それを食べていた。
『なんで? 友哉さんがうちの会社の近くのホテルにいるから、早退して、ちょっと抱いてもらってからそっちに行こうかと思ったけど』

 友哉はゆう子の色気と尋問が苦痛になってきて、着信ランプが光っているスマホを手にした。
「晴香からメールがきてる」
と、ゆう子に教えた。
「なんだって?」
「連日学校で大騒ぎで疲れたから、今日は休むって。怒ってる絵文字がある」
「ご愁傷様です」
 晴香と会えるようになって嬉しそうな彼に、少し生活臭さが見え、ゆう子はため息を吐いた。

「女優はすごいよ。もはや喜劇だ。いったん、その子供みたいなピンクの靴下を脱いで、また全裸でテレビでも見ててくれ」
 呼吸を整えて言うと、
「友哉さんだけなの。行儀が悪いって怒らない人は」
と笑って、ソファの上で足を顔の近くまで上げて靴下を脱いで、しかもその靴下を足元に捨てた。
「それを通り越しているんだ」
 床に投げ捨てられた靴下を見ながら、呆れて言っていた。

「その会えない娘のファッションだ。いつも靴下を穿いてる。浴衣なのに靴下を穿いてる」
「そっか。それは辛い過去だね。じゃあ、裸に靴下はやめるよ。娘も裸で旅館の部屋を歩いていたから、それがトラウマなら全裸もやめた方がいい?」
「風邪をひくんじゃないかって心配になるんだ」
 友哉はゆう子から離れて、自分でジーンズを穿いた。
「どうしよう。このままたたなくなったら」
 さかんに彼に苦痛を与えていて、神妙に言うゆう子。

「やったんだね。娘が挑発をしてるから仕方ない。あなたの目の前でおっぱい出してるからね。大丈夫。あなたを嫌いにならない」
ゆう子は言いきり調でそう言って、友哉のジーンズを脱がして、ペニスをくわえこんだ。いつものように雑なフェラチオだ。歯があたったり、男が喉を突いてないのに自分で勝手にむせたりしている。
「ヤバい。大きくならない」
 ゆう子が口からペニスを離して、友哉の顔を見上げた。

元カノなら二十歳以上の差か。ま、若い子にモテる要素はあるか。ゆう子は友哉をからかいたくなり、責め続ける。
「まあ、そこだけ削除したら、逆に疑われるから残した感じ。それに仲良しの親子ならなくはないよ。日本人は混浴の文化があるからね。でも、上の娘は中学生くらいだったから、何かあったならカミングアウトして。嫌いにはならないよ。ホントに」
 友哉が、呆然としているのを見て、

「あ、ごめんなさい」
 会えないとは離婚しているからだと、ゆう子は思い、思わず謝った。
 晴香とは偶然会ったに過ぎない。そしてどうやら姉は生きているようだ。もちろん姉ではなく元カノかも知れないが、どこかに存在しているのは確定した、とゆう子は思った。
「温泉に一緒に入ってたのを知ってるのか。その辺は削除しとけよ」
 トキに恨み節を言った。

「一緒にお風呂に入ってるのは見えているよ。でもお風呂の中で体に触ってないからね。混浴風呂は水着だったし。娘があなたの背中を流しているのは見えている。その時にあなたが勃起してるかどうかは小さくて見えない。小さいっておちんちんのサイズじゃないよ。カメラのアングルが悪いから見えないって理屈。でも娘が挑発した近親相姦なら許す。娘が今も生きているならね」
「生きてるよ。会えないけど」

「尋問してない。慰めてるの」
「それが?」
「そう。わたしがすべてを受け入れてあげる。おいでママよ」
と言って、ゆう子が両手を広げた。美しい乳房が弾けたように見えるが、まるで色気はない。友哉ががっくりと肩を落とした。しかし、ゆう子は出会ってからずっとこの調子だから、もはや生来の性格だと友哉は観念していた。

「あるよ、いっぱい。四十五歳だぞ」
「まあ、だいたい知ってるけど。奈那子との変態セックスの数々。でも娘とのことはよく分からない。どうも上の娘と何かあったっぽいなあ。名前はなんて言うの?」
dots
「名前も言えないとは、まさかどこかに遺棄したとか」
「まさか。尋問するなって」

「なるほど、友哉さん、深い意味がないどころか深海にいるよ。もっと気楽に」
 ゆう子が友哉の肩をポンポンと叩き、なぜか背伸びをする仕草を見せる。
「気楽にさせるためにどこかの王様から派遣されてきた女がその調子だから、本末転倒だ。とにかく、それを忘れていたのに、それで緊張した」
「緊張? なんか変だな。隠し事があるねえ」

 ジーンズを穿いた友哉の股間を触って、目を丸めた。
「そんなに嫌な話なの? まさか上の娘とやったとか」
「やってないよ。でも、楽になりたいから言うけど、その裸に靴下は好きなのを思い出した。それは俺が人間の足が猿の足に見えるからで、深い意味はない」
「足が猿に? なんだそりゃ」
「進化って言葉が好きなのに、ヒトは手足だけ進化してないように見える」

「それは冬の温泉宿が寒かったからだ。お風呂に行ったら、帰りの廊下で冷えるから靴下を穿くんだよ。行ってみろよ。冬の温泉宿に」
「なんでそんなに動揺してるの」
 友哉が瞬きすらせずに部屋の一角を見ていて、体の動きも止めてしまったのを見たゆう子が、慌てて彼に駆け寄った。裸で早足に歩くから、乳房が揺れた。
「あれ? さっきまで膨らんでいたのに」

「温泉で。晴香ちゃんじゃなくてお姉ちゃんの方に」
「見えたのか。それは勝手に着替えていたんだよ。どこまで見えてるんだ」
「霧の中にいるみたいな見え方しかしないから、友哉さんのおちんちんの形とか娘さんの顔や裸もはっきり見えないよ。安心して」
「よ、よかった」
「そんなに蒼白にならないでよ。娘とセックスしてないのは知ってるから。そんなシーンはもらった映像にはないよ。でも、裸で下着だけとか、裸で靴下やお風呂上がりの浴衣がはだけているとか目立ってたなあ。絶対にやらせていたよね」

 友哉が自分の股間や足を直視していることで、ゆう子の女のプライドは大いに満たされる。また、ゆう子はこうして友哉を言葉でイジメるのが好きで、サディストの側面もある女だった。もちろん、鞭で男性を叩いたりはしなくて、あくまでも言葉責めだった。
 ゆう子は、友哉がそろそろ、襲いにやってくると思っていたが、友哉はあからさまに顔色が悪くなっていて、それに気づいたゆう子は足を閉じた。
「娘に?」

「全裸になるのが好きなようだけど、俺は少し着ていてもらいたい」
「うんうん。あなたが着衣のセックスが好きなのは知ってる。後でかわいいパンツも穿くからね」
 友哉が煩悩を振り払っているような顔で、頭を振った。すると、ゆう子は今度は裸のまま靴下だけを穿きだした。
「全裸に靴下は、娘にやらせてたね。ヤバい、近親相姦だよ。だからそれを真似たプレイだよ。どう?」

最高の料理が最高の美か最高の女が最高の美か。
勝負しようじゃないか

定期セミナー、楽しかった。講演会は厳しく、セミナーは和やかに。

「元来、そういう女じゃないらしい。おまえが売れっ子女優だからセレブな生活を期待しているんだ。売れてない女優だったら、下町に引っ越すように言うやつだよ」
「他人に合わせるってことか。変わった女子だなあ。自分の信念はないのかな」
「それが信念なんだよ。男には都合がいい。あなたの色に染まるってやつで、利恵はどんな男にももてる女だ」
 友哉の言葉に小さく失笑したゆう子は、足首を片方の膝に乗せ、股間が少し見えるように座り直すと、友哉がそれを真顔で見ていた。ゆう子はその視線が楽しくて、裸でいるのをやめられない。

 ロスから帰国して約二週間。利恵は、ゆう子が買えなかったロスの土産を持って一回来訪し、その時はゆう子の部屋を見ただけで帰り、二回目は新しいスマホを見せにきたが、他の用事があるからと早く帰った。
「もっと泊まってるのかと思った」
「まだそんなに仲良くないよ。新宿なのかってがっかりしてた」
「自由が丘や広尾じゃないって意味?」
「うん。利恵ちゃん、お洒落の虜だね」

「大河内って男もそれを読んでロスのことを知ってたし、奥原ゆう子は終わったな」
「熱愛、一回で終わるようなわたしではない」
「そうだな。三年くらいじゃ、その美貌も劣化しないだろうし。利恵はよく来るの?」
 全裸のゆう子を見ながら言う。その視線を感じたゆう子は口角を持ち上げて嬉しそうに笑っている。
「うん。三回目。でもいつもすぐに帰るよ。今日は泊まるらしいけど」

『奥原ゆう子、熱愛の相手は、ロスアンゼルス、テロ事件の作家佐々木友哉だった』
「想像で書いたわりには一緒に成田にいた目撃談があって、もう反論できないね」
 成田空港では、晴香が出迎えて騒いだから、余計に目立ってしまったのだ。雑誌に載っている写真はタクシー乗り場での口論のもので、晴香も一緒に写っていた。成田空港で一緒にいるところを目撃されて、目立つカラーのポルシェがゆう子のマンションの近くをウロウロしているのを見られていては確定だった。

「おかしいよ、絶対」
 友哉が頭を抱える仕草を見せるが、ゆう子はおかまいなしだ。
 男性に見てもらうことが生き甲斐のようなゆう子の悪癖だった。
 ゆう子は子供の頃の気質がまるで男の子で、お風呂から出ると服を着ずに全裸で歩いていたり、下着だけで座っていたり、特に夏はずっとそうだった。そのせいか、大人になった今、立ち姿は健康的に見えるのだが、まさに子供のように行儀が悪く、陰毛を処理してあるVラインまで丸見えである。

6日の定期セミナーのテーマは
挫けない方法。やる気が出る

心が疲れたら時計(時刻)を捨てて休むことだ。

東京講演会のお問合せは080-3416-5754
(男性アシスタントが応対します)まで

「ほら。うるさい」
 ベッドから出たゆう子は全裸のままテーブルにある週刊誌を開いて、
「これ、どうする? わたし、初スキャンダルだけどね」
と、肩を落として訊いた。
 電子レンジで温められたレトルトのカレーを食べながら、友哉は、「うーん」と唸っただけだった。彼はゆう子の裸が気になって、なかなかカレーライスが減らない。

と訊いたが、ゆう子はそれには答えず、
「利恵ちゃんが夜に遊びに来るんだけど、あなたはどうする?」
と訊いた。
「帰る」
「美女二人に興味なさそうだね」
「見た目には興味はあるけど、お喋りがうるさいから帰るよ」
「笑えないよ。笑えないよ。笑えないよ」

 ワルサーPPK(正称RD)にしても、彼の意思で威力を変えられるようで、友哉がたまに山に出かけて、一人で何かやっている様子がAZで確認できるが、自分でPPKを使った射撃の練習しているようだった。彼はいつも疲労感を露わにしていて、無口だが、それに疲れているのもあるのだろう。
 電子レンジの音で友哉が起きた。彼はすぐに顔を洗いに行った。キッチンに入った友哉が、
「朝からカレーのレトルト?」

lineパニック障害、また、きつくなってきたかな。
 ゆう子は深呼吸をして、気持ちを整えた。友哉に『光』を使った脳を刺激する治療を毎回頼むのも気が引けて、薬をこっそりと飲んだ。友哉も、「光とはいえ、毎日のようにやっていいのか分からない」と言っていた。AZで調べたら、『毎日できるが、友哉様の技術次第』と書いてあり、彼が光の刺激の強弱ができるようになったら、光の治療がより安全になるという意味だった。

 友哉が使ったブラックジョークを言うが、女優の演技力のプライドしかないゆう子は気にしない。
 メールはそれで切れたから、ゆう子はマンションから直結する店に買い物に出た。マスコミに見られなくて便利なマンションだ。簡単に出来るレトルト食品などを買い、部屋に戻り、レンジにそれを入れて、またベッドに潜り込んだ。
 ベッドの中で服を器用に脱いで、裸で友哉にすり寄ろうとしたら、急に喉が詰まったような不快感に襲われ、それを止める。ゆう子は首を傾げた。

『そうなんだ。わたし、今から出勤。電車の中よ。彼はいつまでいるの?』
「わかんない。だらだらとずっといるかも。わたしの体に夢中だから!」
『そういう挑発には乗りません。どうせ、休みなんでしょ。仕事が終わったら行くね。お泊りセット、持っていくよ』
「わたしと友哉さんが一緒に寝てることに怒らないの?」
『ゆう子さんには楽勝だから。だって、中身がお粗末なんでしょ(笑)』

 友哉は新宿の高級ホテルの方角に向かったが、ゆう子が自分のマンションに連れて行った。手を繋いだままだと、どこか胸が苦しくなったが、駄々っ子を強引に連れて行くように手を引っ張ると、そうでもなく、ゆう子は母親のような態度で、その日、友哉を看病した。
 利恵には正直に、
「まだ朝だよ。友哉さんが寝てるよ。体調が悪かったから回復させた」
と返信をした。『回復』行為をする時の取り決めを伝えた形になった。

講演会参加希望のA.Hさん
メルアド不通で案内ができません。連絡をください

lineお母さんは、俺だけじゃなくてお父さんも嫌いなのか。悪いのは、きっと俺なんだろうな。隔世遺伝っていうのがそうなるのかなあ
 大粒の雨が降ってきた。友哉は細い体をしなやかに動かし、家路を急いだ。

 大河内忠彦との事があった翌日の朝、利恵から、「遊びに行ってもいい?」と携帯のメール連絡を受けたゆう子は、ベッドの中で寝ている友哉をちらりと見、ナイトテーブルの上の置き時計を見た。

「もうすぐゲリラ豪雨がきます」
と彼女に視線を向けて教えた。皆、空を見て、「あっ」と声を上げた。
「それから、そこで鳴いている蝉、あと三十分くらいで死んで、あなたたちの頭の上に落ちるかもしれません」
 木の枝の先にしがみついて鳴いているその夏最後の蝉を見て言うと、まさにその瞬間に蝉は鳴くのをやめ、友哉と奥さんたちの間に落ちてきた。悲鳴を上げる奥さんたちをしり目に、友哉は公園を出た。

「ずっといました。声が大きいですよ」
 大人びた口調で言うと、四人のうちの三人が顰め面を作った。
「お母さんの話は冗談よ。お友達の男性と一緒だったの」
 弁解するように、奥さんの一人が言った。その人は優しい面持ちをしていた。四人のうち、一番口数が少なかった女性だ。友哉は『このお母さんは女神に近い人かも知れない』と思った。だから、危険が近づいているのを教えようと思い、

「あ、そうか。奥様のことはよく分からないね」
「なるほど、隔世遺伝で、友哉くんが女好きになるのね」
 友哉はその話に始めて反応した。
line隔世遺伝ってなんだ?
 家に帰ってすぐに調べたいと思って、ベンチから立ち上がって、公園の入り口へ歩いていくと、彼女たちが友哉に気づいて、びっくりした。
「友哉くん、いたの?」

 大きな声で言い放って笑っている。友哉にはその意味がぼんやりと分かっていたが、興味は、四人のおばさんたちが醜いことだけだった。髪形を綺麗にまとめている女もいなければ、ミニスカートで脚を出している女もいない。まだ四十歳くらいだし、それなりに美人もいたが、ジャージのようなパンツを穿いている。パーカーを着ている女は化粧はしていなかった。
「佐々木さん、地元でしょ。祖父の藤次郎さんが満州でいっぱいレイプしてきたって話よ。いや、そのお父さんかな」
「慰安婦のこと? でもその血筋は奥さんと関係ないよね」

 四人の女たちが、友哉の母親の浮気の話で興奮している。
「あんなに立派な旦那さんがいるのに、何が不満なのかしら」
 奥さんの一人がそう言った。友哉はその女を見たことがあった。授業参観に来ていたクラスメイトの母親だった。
「あっちに決まってるでしょ。美人妻に手を焼いた佐々木さんが、抱かなくなったのか、きっと弱いの」

「わたしが女子中学生だったら、年下でもいくよ」
 三十五歳くらいの奥さんが言う。夏なのに二重、三重に体を隠した格好をしていて、マスクをしている女もいた。真夏に花粉症なのかと、友哉は思い、とても彼女たちが暑苦しく見えた。
line女神とは程遠い女たちだ
と思い、急に曇ってきた空を見た。
「佐々木さんは有名大学を出てるし、イケメンだし、奥様も綺麗。息子がああなるのは当たり前か。だけど、絵美子さん。駅で男といるのを見たよ」

「友哉さん、あなたdotsあなたは何者?」
 友哉を、まるでまさに神様を拝むように瞳を輝かせて見ている伊藤大輔を見て、ゆう子は思わずそう訊いていた。
 首を傾げながら、すっと右手を伸ばすと、友哉が伊藤大輔と同じように目を輝かせてゆう子を見て、ゆう子のその右手を握りに戻った。

 第九話 了

 歳の差、涼子の素っ気ない態度、二人が電話番号すら知らないことで、まさに容疑者からすぐに消えていたのだった。
「友哉さん」
 呼び止めると、友哉が公園の出口の所で足を止めて、ゆう子を見た。元カノのことを訊こうとして、思わず、口を噤むゆう子。その時、友哉の近くに、まだ伊藤大輔がいるのが見えた。ゆう子と友哉を警護してくれていたようだ。

line元カノじゃない。まだその女と付き合っているのだ。こっそりとdots。夢は一緒に叶えられなかったが、どこかで会っている。または連絡だけを取っている。病院に運ばれた時も連絡をしていた。だけど来なかった。きっと、一円もいらないって言った女が顔が整いすぎている元カノ、いや、彼女だ。
 ゆう子はそう思い、友哉の背中を重々しい目で見ていた。
 その女が、松本涼子だとは、ゆう子は知らない。

 ゆう子は彼の背中を追いかけながら、元カノが帰ってこないことを祈っていた。そしてまた首を傾げる。
line元カノが病院に来なかった? それがそんなにショックなのだろうか。
dotsと。
 いや、何度も何度も結論は出ている。そう、

line泣き過ぎて、涙が出なくなった男性って初めて見た。本当にいるんだ。強がっているんじゃなくて、泣くことができないのか。
 トキかシンゲンも言っていた。友哉様は自分を地獄に落した彼女たちを愛していると。それは神の領域だと。
line泣かない神様? そんな神様じゃなくていい。泣いたり、わたしに無茶なことをしてほしい。甘えてもらいたいんだ。

 彼はそう怒ったが、それでもいいじゃないか、とゆう子は思った。あんなにかっこよくて仕事ができて頭もいいのだから、たまには泣いてもいいじゃないか。PTSDの発作を収めながら、わたしに優しくしないで、もっと泣けばいいのに、それが出来ないのは、母親のことで号泣したから、もう涙が出ないのか、あの元カノのことでも号泣したのだろうか。その恥を後悔しているのか。律子さんのことでも。
 恋愛の失敗も離婚も誰でもある。親が蒸発することもdots。だけど、その終焉が尋常じゃない人だ。

 彼の口癖の「ありがとう」。優しい瞳で少しだけ笑みを浮かばせる。そして、
「あっという間に楽になったよ。ゆう子は優しいなあ」
と、いつものように笑みを少しだけ長引かせる。足元はまさにたどたどしく、楽になったのは嘘だと分かる。
lineなぜ、女性を前にするとこんなに強がるのだろうか。晴香ちゃんが、犠牲者名簿にいるってあの勘違いの時も気丈に振る舞っていた。
『トキは女で泣いていた俺を助けたのか』

 一億円も渡しているんだし、仲も良い。これくらい当たり前だって顔で犯しちゃっても罪じゃないはず。
 友哉さんを愛してるって言いながら、まさに彼の背中に爪をたてて、足を痙攣させてうっとりしていた女たちが、皆、いなくなったから、出来ないんだ。利恵も友哉に対してその前科がもうある。
 ゆう子が、友哉に歩み寄りながらそっと背中を擦る。
「ありがとう」

 友哉は肺が痛いのか胸を擦りながら、公衆トイレではなく、常泊しているホテルの方角に足を向けた。ゆう子には彼の背中が、テロリストを倒したとは思えないほど、弱々しい小さな背中に見えた。
lineそこのトイレでわたしの体で遊べばいいのに。道ならぬ恋も、そんな無心で遊べるセックスも、もう疲れてしまってできないんだ。酔って寝ている恋人を抱けないなんて。そんな弱々しい恋愛、女に媚びない友哉さんのような男性が楽しいはずがないのに。

「おまえには銀行の金を使い込んだ容疑がある」
 そう言って、桜井が倉持を連行した。
「そんな力があるのは楽しい?」
 ゆう子が顔色の悪い友哉に訊ねる。
「副作用がなければdots。伊藤って若い彼に弟子にしてほしいって言われたけど、午前中にケンカの仕方を教えて午後に練習で負けてしまう。それにあんな奴が増えるのもごめんだ」

 それを聞いたゆう子が、
「ありがとうございます。十分です」
と礼を言い、頬をいつものように朱色に染めた。
「すごい。空手ですか。僕を弟子にしてくれませんか。銃の腕前も超一流。僕の膝は静脈も神経も外していて、少し出血しただけだった。まるで凄腕の諜報員です」
 伊藤大輔が友哉に歩み寄って、手を握ろうとする。友哉は、「やめてくれよ」と言ってそれを拒んだ。

「利恵ちゃんが大好きなんだね」
 ゆう子が口を尖らせると、
「おまえに愛の言葉を作るのはなぜか苦しい。しかし…」
 今度は左足の蹴りが、倉持のポケットをかすめた。倉持の小型のカメラがポケットから吹っ飛び、粉々に壊れてしまう。
「ゆう子のプライベートの写真をおまえが持っているのは許さない」

「そうか。これでも来るか」
 友哉が突然立ち上がり、日本刀を下から振り抜くような動きで右手を斜めに突きあげた。すると、倉持のネクタイが空中に舞い、真っ二つに切れて、噴水の前に落ちた。
 倉持が腰を抜かして、座り込んだ。
「常に受け身の人を怒らせちゃった」
 ゆう子が苦笑いをした。
「逆に脅迫しよう。次は首が飛ぶ。利恵と席が近いらしいが、肩に触ったら俺は本気になるぞ」

 友哉が笑うと、桜井は大きく頷いた。伊藤も笑っている。
「公安? まあ、また後日来るよ。俺は犯罪は犯していない。金を貸してくれと言っただけだ。寄越せなんて言ってない。だから脅迫じゃないんだ」
「利恵ちゃんのトイレを盗撮したくせに」
 ゆう子がいきり立つが、
「そんな証拠はない」
と言い放った。たった今、素早く動画を消去したようだった。

「あらん。小物相手ならAZはいらないのね」
 ゆう子が失笑した。
「さっき利恵から君が早退したって報告があったんだ。倉持くんだったかな。後ろ」
 彼が振り返ると、桜井真一と伊藤大輔がもう、挟むように寄っていて、逃げ場はなかった。
「公安の桜井といいます。容疑はたくさんあるが、まずは奥原ゆう子ちゃんの太ももを盗撮した迷惑条例違反の容疑だな」
「桜井さん、だんだんジョークが上手くなってきたぞ」

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あまり笑わない女性が、笑ってくれた

「彼女、デートに誘っても断るから、全部知りたかった。部屋の様子も見たかったなあ」
「ひい、変態ストーカー」
 ゆう子が思わず、男から目を逸らした。
「君は利恵の腕時計が壊れた瞬間に、どこかに逃げるべきだった。頭の弱い男だ」
 友哉がけだるい表情に戻って、少しだけ笑った。そして公園の入口に視線を投じた。そこには桜井真一が立っていて、ゆっくりと歩いてきた。右腕の伊藤大輔も一緒だ。

 友哉の問いに、男は目を丸めた。
「あれ? ばれてたのか。さすがだねえ。楽しませてもらってる。けっこう、何回も入っていたからね」
「利恵ちゃんのトイレを盗撮? 犯罪じゃん」
 ゆう子が声を上げた。
「その動画もこの瞬間にネットに流すことができる」
 男はスマホの画面に指を乗せて、嗤った。

「すばる銀行の宮脇利恵に手を出している上に、奥原ゆう子がホームレスと話をしているところと、今の二人の様子も写真と動画で撮っている。もっと言うなら、すばる銀行の社長をあなたが脅迫している。その事実をネット動画サイトで世間に公表し、ロスで一躍スターになったあなたを潰す。それが嫌なら、口座にある金の数億円を貸してくれないか」
「こいつ、調べようか、AZで」
 ゆう子がげんなりした顔で言った。
「宮脇利恵のトイレの動画は?」

「すばる銀行にある、ササキトキ名義のお金。あれはあなたの?」
「名前を言えば?」
 ゆう子が勇ましく立ち上がろうとしたのを、友哉が止める。友哉は落ち着いている。
「そんな義務はない。私は佐々木さんを脅迫しにきた立場ですから。脅迫する人間は優位に立っているので名乗る必要はないのです。匿名で中傷をネットに書くのと同じです」
「脅迫の内容を聞こうか。疲れているんで手短に」

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