第三話 ゆう子のマンション

 

 ポーランドから帰国して、トキからもらったお金をすぐに銀行から取り出しに行く予定を変更して、友哉は、ゆう子のマンションで滞在していた。報酬の多額のお金が本当に銀行にあるのかないのか気にはなったが、なければないでテロリストや凶悪犯との戦いは放棄。それでいいと思った。
 友哉は目の前の奥原ゆう子にもっと興味があった。銀行に数百億円あったとしても、それよりも奥原ゆう子という「女」を見ていたかった。

line価値はこちらにある。そして現実も。銀行にもし一兆円、使える俺の金があったとしても、先に観察するのは札束の山ではなく、この不思議な女優の方。
 そう機内でずっと考えていて、成田に到着しても銀行に向かう気はまったくなかった。
 それに彼女のパニック傷害が心配になり、空港でさっと離れるのはどうかと思っていた。彼女は彼女で、
「メンタルが弱ってるみたいだから、わたしの部屋においでよ」

と彼を心配した。ゆう子はそう言って、友哉を自分の部屋に引き入れたのだった。
 お互いの体調を心配する呼吸が合った、と友哉は思った。
line初めての経験かも知れない。トキは奥原ゆう子が俺に相応しい女だと言った。明るくてよく喋るからだと。そこじゃないんじゃないか。二人とも病弱なのがよい相性なんじゃないか。それに、三百億円に興味を示さないなんて、庶民と違ってお金を持っているからなのか。
 友哉はそう思い、苦笑した。

 AZで友哉の血圧や心拍数が測定できるようになっていて、帰国中の機内での血圧が、約200になっていた、通常のひどい高血圧だが、テロとの戦いの最中に300以上に跳ね上がっていた友哉には低くなっている値らしく、それを見たゆう子がCAの隙を見て、口を使ってくれて、友哉はその献身ぶりに驚いた。機内に漏れる精子の匂いを気にして飲み込んだのを見て、
「どうしてそこまでするの?」
と訊いた。

「衝撃の片想いだから」
 ティッシュで唇を拭きながら、彼女はそう言って茶化していたが、どこか寂しそうで、
「部屋にきてくれませんか。することがないし、寂しいし」
と、正直に心情を吐露した。
「もうすぐ死ぬかも知れないのに、のんびり部屋で座っているの? 必死ですよ。まさか、奥原ゆう子がセフレみたいに遊んであげるから部屋にきてって言って、お断りする無職の男性がいるの?」

「いないね」
「もしかしたら、本当は彼女がいるとかなら仕方ないけど」
「いないよ」
「だったら、普通、来るでしょ。セフレは嫌。だってワルシャワで仲良しになった」
「そうだな。ケンカしたのは最初だけだ」
 ゆう子は彼のその言葉を聞いて、髪の毛をかきわける仕草を見せながら笑みを浮かばせた後、飛行機の窓に目を向けた。真っ暗で何も見えない空中を見ながら、
「人間の本質を一言で言うと偽善で、人生を一言で言うと寂しい」

と言った。その暗闇には彼女の嫌いな人間はいないのか、なんの風景もない黒色をずっと見つめていて、目を逸らさない。心配になった友哉は、
「本当に俺との三年後の夢しかないのか」
と訊いた。ゆう子は、唇についた精子とティッシュの粕を舌なめずりをするようにもう一度、舌で拭った後、
「当面はあなたとずっと一緒にいること」
と言った。それから唇の乾燥を防ぐためのリップを塗った。

「それは分かった。だけど具体的なその夢は、俺がもしいなくなった時に道に迷うぞ」
「さすがに作家さんはしつこいですね。黙って感動してればいいのに」
 ゆう子はあからさまに苦笑いをしたが、首を傾げたまま口を開かなくなった。
「愛にしておけ。夢は男性を愛することって言うんだ」
 友哉が促すように教えると、
「なんの愛? 具体的に口にしたらだめで、それは抽象的すぎる」
と、さらに首を傾げた。

「女は生活を求めて男と寝て、やがてそれが本物の愛じゃなかったと分かった時には、もうおばさんだ」
「で、結婚した男性はお腹の出たおじさんになっていて、なのに必死に若い子と浮気して、ギャンブルをしてお酒ばっかり飲んでる。地震がきたら真っ先に逃げちゃう」
「なんだ。分かってるじゃないか。若い頃の始まりの付き合い方が生活を求めるために、セックスをするからだ。始まりに愛がない」
「あなたに恋をした」

「寂しい気持ちが恋心を上回っていて、それほど好みではない男ともセックスをしてしまう。君は違うとして、女は寂しくなると、男を作る。男は寂しそうにしていて簡単に抱ける女に好きだと嘘を言う。俺の部屋に来いよ、それでイチコロだ。それは100%愛じゃない。二回目以降の恋愛はほとんどがそう。薄々、分かっている女は賢明だが、愛よりも生活や友達の目が大事だから、その幸せに見える生活を重視して、寂しい女に付け入った男とやがて結婚する。

どこかで愛になったとしたらそれは途中、どちらかが命をかけた姿勢を見せたか、一回、泥沼になって別れたか。それくらいしか、セックスで始まった付き合いが愛に変わることはないんだ。そもそも、もし、結婚という制度がなければ、男は自分の部屋に女を呼ぶのはリスクを感じる。特に、利口で優秀な男は自分の部屋に迂闊に女は入れない。悪女かも知れないし、男の部屋は城だ。

つまり、無能な男ほど、自分のアパートやマンションで簡単に女と同棲を始める。女のほとんどが結婚をしたがるから、結婚生活に似た部屋を提供するのが無能な男の手口で、それに女は騙される。いや、分かっていて、足を開く女がほとんどだ。産業革命以来ね」
「わたしに対するお説教ですね」

「そう、君のような美女が男と寝てはまた男を替え、その男に力がなくなると、また別の男と寝る。悪びれた様子もなく。元彼と俺との隙間が何年か知らないが、トキの話がなければただの淫乱だ。俺は寂しそうな君をタダで抱いていて、大満足だ。それは俺からの本当の愛じゃない。なのに君は足を開く。そして俺が突然いなくなった時に、君のさっきの夢は間違いだったと分かる。だから、その夢はやめておけ」
「友哉さんは、女にわざと嫌われようとしてない?」

「クリスマスの季節になって寂しくて男を作る女たちに興味がないんだ。俺が恋愛をする気がないって言ってるのに、しつこくしてくる女には興味があるよ」
「それはわたし。すぐ口の悪い哲学をフォローするね」
 ゆう子が苦笑いをした。
「突然、いなくなる男でもない。常に、居場所をお知らせするよ。そのAZがなくなってもね」
 ゆう子が、AZを出したり消したりして遊んでいるのを見て、半ば呆れながら言った。

「たぶんこれ、頑丈だけど、わたしの悪戯についてこられないよ。保証書がないし、不安だな。dots続きを聞かせて」
「続き? えーと、俺は寂しがっていて簡単に抱ける君を簡単に好きとは言わない。

君は恋愛をする気がないと言っている俺にしつこい美女。セックスで始まったけど、たぶん、これを真剣と言うから、突然いなくなることはないが、本当は、真っ白な離島の砂浜で一緒に並んで座っているだけの愛を夢に見ているのがベストで、あまり生活の匂いがする夢は持たないことだってオチだ。セックスだけなのも究極の愛に発展するが、それは文学的な世界だ」

「昔の小説やフランス文学にあるね」
「そう。女がしつこいんだ。あなたの体液が欲しい、体が欲しいって。お金はいらない。結婚しなくていい。あなたが欲しい。それだけだ。俗から離れた夢のような世界だ」
「遠くを見て言った。元カノもしつこい女だったでしょ」
「またか」
 彼はうんざりした顔をしたが、どこか口にしたいようで、
「しつこかった。俺が執筆している横で、スマホを見てるんだ。ずっと座ってて」

と、やはり懐かしむように言った。
「じゃあ、最初は付き合う気がなかったのね」
「そうだね。ブスなら海外に逃げてたよ。君と同じくらいの美女だった」
「美女だってことは聞いた。本当にこんなにかわいかったんだ」
 ゆう子が自分を指差して言うと、
「なんでそれは知らないの?」
と、友哉は、笑わせようとしたゆう子の仕草を無視して訊いた。

「あ、トキさんにもらったあなたの夢の映像のことね。基本的に、霧がかかっているような映像だから顔ははっきりと見えないし、そもそも愛人なのかセフレなのか恋人なのか分からない女がけっこう出てきます。でもdots
「でも?」
「北の旅館で一緒に死にたいって言ったのは、娘でしょ」
「え?」
 ゆう子の言葉が思わぬものだったのか、友哉が体の動きの一切をとめてしまった。

「なんかヤバいことを訊いたみたい。娘のわけないか。また、今度、尋問するね」
 友哉がまだ疲れが残っているのを見て、ゆう子がうっすらと笑った。
「お、女で悪いことをしているとお金が入ってくるんだぜ。早速、入ってきたみたいだ。早く成田に着かないかな」
 誤魔化すように悪ぶった口調で言うと、
「さっき、愛とかなんとか言ってたのに」
と、ゆう子は肩を落とした。

「君を好きとも愛してるとも言ってないのにセックスをしている。とても悪徳だ。そう言ってるんだ」
「好きじゃないんだ。まだ…」
 項垂れてしまう。
「俺もいい加減な男だ。一緒に本当の愛を探そうか」
「え?」
 ゆう子は思わず顔を上げた。

「本当のとか、本物のって言葉が好きなんだ。本物の愛を得られるようにしておいてあげるよ」
 ゆう子は目を丸めていた。何を言っているのかさっぱり分からないと思い、それを口に出してしまう。
「偽善者が嫌いなんだろ。嘘は吐かない男が君を抱くようにしてあげるって言ってるんだ。簡単だろ」
「そ、そんなことができるの?」
「できるよ。俺から学べば」
「だ、だ、大先生ですね」

 真剣に話していても、ゆう子はこうしてふざけた言葉を作る。だけど、真剣な男が好きで、ゆう子の内面の生真面目さと表面の不真面目さが、彼女に彼氏を作らせない原因になっているのだと、友哉は分かるようになった。
lineふざけた口調は自然なんだな。子供の頃に読んだ漫画か何かの映画の影響だろう。
 友哉は彼女に気づかれないように微笑んだ。

「俺が嘘を吐かない男だって気づいているよね? 偽善が大嫌いで、だから俺に衝撃の片想いだって俺は分析してるよ。あ、そうそう、トキにもいろいろ教えようとしたけど、嫌そうに断られた」
「あ、当たり前ですよ。未来の時代の君主様ですよ」
「だけど、君は女だから」
「女だから?」
「男の言うことは聞かないよね」
 友哉がとてもおかしそうに笑ったのを見て、ゆう子はまた仰天した。

「友哉さんはもてないよね。大人すぎて」
「心配無用。事情があって、もてたいと思ったことはない」
「ぼーぜん」
 精神状態を口に出して教えると、友哉は、「面白い女だな。そこは好きだよ」とまた笑った。爽やかでなく、相変わらず小さな微笑だった。

 成田空港から横浜の自宅マンションに一回戻った友哉は、着替えや電気カミソリなど男の生活必需品だけを鞄に詰めて、新宿の奥原ゆう子のマシンョンに行った。
 それにしても、疲れがひどかった。旅行の疲れとは違い、まるで寿命がきたような恐怖を伴う疲れだ。
lineまるで極度の鬱だ。
と、悩ましく頭を押さえていた。

「腕力を使う。つまり戦う。誰かの病気やケガを治す。それで友哉さんの血圧が下がるの。トキさんの世界ではそんなことにはならない軽度のガーナラを一回使いきりでは使用しているらしいよ。ほら、友哉さんのガーナラには動植物の名前がいっぱいあったでしょ。それが少ししかないガーナラだって。町には病院がなくて民間療法的に、個人が病気を治療するらしい。女性がいなくても、その程度だったら、寝ていれば回復するんだって。

トキさんの国は、ストレスはほとんどなく、皆リゾート地にいるように暮らしているらしい」
「だからストレスに関する生薬が少ないのか」
「うん。光もそれほどストレス用のは開発してないらしい。今、作ってるとか書いてある。わたしたちに持ってくるってことかな」
 二人はソファを挟んで、向かい合って座っていた。

 友哉がソファに座り、テレビを背をしたゆう子は床に座布団を敷いて座っていた。交際期間を経て同棲を始めたカップルという様子はなく、セックスの時もどこか売春しているような愛のないやり方で、それが終わるとこうして距離をとっている。そしてゆう子は余計に肌を露出する女だった。今もスカートでパンチラなっているから、友哉は目のやり場に困っていた。

 ポーランドからずっとそうだ。行儀が悪いのにスカートやショートパンツばかり穿いている。ジーンズやパンツを穿かない理由も、「女は足をだしてなんぼ」と即答した。しかし、友哉が真っ青なスリムジーンズの女の子が好きだと言ったら、「じゃあ、それは穿くね。あなたも黒ジーンズはやめて青いのを穿いて」と笑った。
「街に医者がいないのか。未来の世界が本当ならがAi支配しているのかと思ったが」

「ロボットくんとの戦争があったらしいよ。トキさんたちの前の時代に」
「ほう。ロボットが感情を持ったんだな」
「ハイブリッドロボット」
「ハイブリッド? まさか」
「うん。人間とロボットコンピューターのハイブリッド。それでロボットだけの社会が出来て、そこから人間社会に侵攻してきたらしい。その時、世界を統治していたのは女たちだったんだよ。その戦争が世界の人口が減っていた原因のひとつだって」

「ハイブリッドのロボットって、かなり強いと思うぞ。生身の人間で勝てるのか。あのトキのような生身の人間だ」
「AZに出てこないの。その辺りの詳細は」
「わざと弱いハイブリッドでも造ったのか。あ、そうだ。美女がほとんどいないって言ってた」
「日本人の美女だと思う。わたしもじかに聞いたけど、その理由は教えてくれなかった。トキさんは純潔の日本人で、トキさんを護衛している若い男の人と側近たちは日本人。あとはほとんどの人が混血と移民の外国人だって言ってた」

「トキがdots日本人が未来の世界では一番偉いのか」
「今でもノーベル賞、取りまくってるじゃん」
 ゆう子が楽しそうな顔をした。会話が面白いようだ。
「わたしたちしかできない話だね」
 やはりそう言う。しかし、急に顔を曇らせて胸を擦り出した。パニック障害だろうか。
「ペラペラ喋るからだよ。落ち着いて、たまに深呼吸をしていないとだめだ」
 友哉がそう言って背中を擦ると、ゆう子はとても幸せそうな顔を見せた。

「いっぱい擦ってもらえるなら、この病気、バンザイだ」
「かわいいなあ。そこは好きだよ」
「どこか嫌いなの」
「どこも嫌いじゃないよ。光の治療は短時間のようだ。ガーナラだと生薬の成分がしばらく効くはずだが」
「光でも耐性ができるかどうかわからないけど、一回くらいではそんなに変わらないみたい。ガーナラの治療の場合、女は病気が治った後、ガーナラは排泄されるんだって。あくまでも男性のクスリ。誰かを治療するのも男性らしい。女が少ないから、あまり仕事をさせないのかな」

「女が少ないんじゃ、見るものがないね」
「女は嫌いなんでしょ」
「見てるだけなら最高にかわいいよ」
「猫を見るみたいな言い方。そんなことばっかり言ってると女性差別主義者って思われるよ」
「かまわない。そんなくだらない議論をする俗世とは関わらないから」
 ゆう子は含み笑いを見せ、
「わたしとは関わってるね」
と言った。

「君は俗ではないよ」
「わあい」
 ゆう子は嬉しそうに笑った。コロッと変わるその笑顔が突き抜けてかわいらしい。
「未来の世界の君主ってことは、日本だけを統治しているんじゃないのかな」
 友哉がそう呟くと、ゆう子はAZで調べてから、
「普ってなに?」
と首を傾げた。
「普みたいな王国になっているって」

「えーとdotsなんだっけ、プロテインじゃなくて、ドイツの辺りに昔にあった王国dots、プdotsプロdots
「出てきませんね。お年ですか」
「うるさいなあ。君はまったく分からないじゃないか。トキは漢字にした方が、君が分かると勘違いしたようだな」
「トキさんじゃないと思うんだよねえdots
「そうなの?」
 思わず「シンゲン」と言いそうになるが、AZからの攻撃が怖くて口を噤んだ。

 テキストの膨大なデータにしても、ゆう子の感情までも予測して収められている。
 なんか悔しいけど、わたしのお喋りが常軌を逸していたから、トラブルになったんだ、とゆう子は自嘲気味に苦笑いをした。「友哉さんは神なの?」と二十回くらい聞き続けたら、AZが違うテキストの一部を見せてしまったのだ。そこに「シンゲン」という名前が見えた。その名前だが手書きだったのだ。ようはサインだ。トキの世界の字ではなく、日本語だったのは、勝手に変換しているのだとゆう子は考えた。トキの世界は、日本とはいえ、新たな文字もあって、それらをこの時代の文字に自動的に変換して、わたしに読ませている、と。

 ゆう子が何を聞いてくるのか予想していて、その答えまでもテキスト化している。ゆう子だけではなく、友哉の情報も。ダークレベルが高い人間の情報も。レベルが低くても、友哉に近づいた不審な人間のデータも、すべてAZの中に入っている。
 恐ろしい。こちらの感情にAiではなくテキストが答えるなんて、しかもこんなに小さなタブレッドにその情報とテキストを入れるなんて、この時代では不可能なシステムだ。

円周率をひとつの記号に短縮するように、何から何まで圧縮して、AZの中に格納しているのだ。現実に、友哉の銃も、AZも圧縮されて消える。情報が圧縮されているのも想像できるし、AZの中に例の光の様々な力が圧縮されて入っているから『あなたの記憶を消す』と反撃してきたのだ、とゆう子は考え背筋を震わせた。

「友哉さんの背景は調べ尽くしているけど、あんまりこの時代の背景は調べてないみたいですよ」
 ゆう子がそう笑う。
「普を例に挙げるのもおかしいよ。世界を統治しているなら昔のイギリスじゃないか」
「そうだね。なんか時代背景は本当に適当」
「民族と政治。両者を暴力的、そして独裁的に一つにしないと世界は統治できない。ヒトラーがやろうとしたことだ。あの男にそんなことができるのか」

「人口が少ないからできた、だって」
 ゆう子がAZを見て言った。
「な、なんて入力したの?」
「トキに世界を征服できるのかって」
「やめてくれよ。聞かれてるかも知れないじゃないか」
 友哉が焦ったのを見て、ゆう子がクスクス笑ってる。女のこと以外で初めて、友哉が狼狽したと思って、笑いが止まらない。

「向こうは訊かれるんじゃないかと思って、答えを用意しているから大丈夫だよ。トキさんの時代では日本の北海道は気候の変化で住めなくなったらしいけど、トキさんの敵が活動拠点にしているから放置しているらしい。沖縄より南西のほとんどがトキさんが統治していて、中国はどこかの戦争でなくなっていて放射能に汚染されているらしい。欧米はロボットとの百年戦争でほぼ壊滅」
「南米やアフリカ、ロシアは」

「ロシアも寒くて住めなくなって、ロシア人は世界に散らばったらしい。南米はトキさんの国の技術を頼って生活してるって。アフリカはロボットくんたちの国になっていたから、今は誰もいない」
「人類滅亡寸前だな」
「セックスできなくなって、ガーナラって薬を開発したくらいだから、当然ですよ。おまけにロボットくんと戦争してるんだもん。まあ、予想通りの未来ですね。そうそう、トキさんの世界、片耳だけの女ばかりってどういうことだろうね」
「片耳ばかり?」

「うん。そう言ってた。しかも切られたっぽいの。両耳がある女が価値が高いらしいよ」
「片耳がないってことは戦争犯罪者じゃないかな。女が戦争をしていたんだろ。その戦争に参加してなかった女は耳が残っているとか」
「怖い」
「本当に未来の時代なら、文化も慣習も違うだろうし、理解できないことはあるさ。タイムマシンを開発しているのか。ワームホールを見つけた?」
「そういうことはAZに書いてない。教えるのはタイムパラドックスを生むんじゃないの」

「なるほど。君と俺との出会いがすでにタイムパラドックスを生んでるかもしれないけどね。ところで、トキから病気の治療は光センサーって聞いたけど、おさらいしてほしい。生薬は俺の力になるだけか。さっきのトキの世界のガーナラを使った治療の話と混乱している」
 友哉は、トキから『リングが緑に光る、その光が脳を刺激し、病気を治療する』と聞いていた。

「大麻のような生薬は使ってあるから、ようは両方よ。そのリングを使って、リングの光だけの治療と体内にあるガーナラを使った治療、その両方での治療。脳を光で刺激するだけで治せる病気がほとんどだけど、ケガなどを治すにはガーナラが、友哉さんのリングを通して、患者の皮膚から体内に侵入していくらしい。友哉さんが、自分の体内にあるガーナラを使って誰かの命を救えば、その人間は病気になる前よりも強く若々しくなるらしいけど、友哉さんが死ぬそうよ」

 また、死ぬと言われて、友哉は落ち込んだ。
 男の性欲に対してはよく気の付く女だが、俺を超人と思っているのか、生死に関する部分は楽観しているようだな、と友哉は考えていた。
「なんで俺には、そんなに強烈なガーナラなの?」
「友哉さんのケガが重くて骨を治療する部分的に治療するガーナラは使えなくて、たぶん、最強のガーナラを使って完治させたんだと思う。通称戦闘用ガーナラだからね」

「戦闘用dots
 少しばかり体をのけぞらせてしまう。
「他にも近視や胃腸障害も治ってるでしょ。友哉さんの今の体は医者がうらやむほどで、健康診断でパーフェクトだと思うよ。だだ血圧は異常に高くて、市販の血圧計でマックス。病院に行ったら強制的に入院させられるよ」
「脳の血管も強化されてる?」
「当たり前」
「目はよくなった。精力はつくし、筋肉は一時的に強くなる。夢のようだが、地獄も付録でついてきたか」

「わたしのこと?」
「君は夢のひとつ。副作用のことだよ」
 ゆう子が、「えへへ」と声に出して笑った。
「最高の褒め言葉を言ったのに、その程度か。どうしたらいいんだ」
「愛してるって言って」
dots
「はいはい。まだまともにKissもしてないからね」

 ゆう子と友哉はまるで愛のないセックスや愛撫はしているが、まだ触れ合うようなKissをしていない。お互いが、体の心配をするのが、唯一の恋人同士らしさと言えた。
「友哉さんの体にその最強のガーナラが投与されていて、それが友哉さんのリングを通して、誰かの病気を治すの。つまりリングの中に薬があるんじゃないのね。その時に友哉さんの体の中からガーナラが出てしまうから、激しく疲労するんだ。だけど、女を抱くと、血流が上がって、ガーナラが体の中に巡り、体力も戻るってことです」

「女を抱いている時には筋肉はそんなに硬くなってないよ」
「そりゃあ、そうよ。ケンカしてるわけじゃないんだから」
「光を使っての治療も少し疲れる」
「光の治療はガーナラを使わないけど、それを使用するためのスイッチや強弱の調整を友哉さんの脳で指示しているから疲れるらしい。友哉さんがハードディスクで、リングがソフトなのかな。ハードは酷使するとすぐ死ぬからね」
「死ぬ、死ぬって言うな」

「え?」
 友哉が怒ったのを見て、ゆう子がだらしなかった足を揃えた。それを見て、友哉は毒気を抜かれて、怒るのをやめる。
 行儀が悪いのではなく、わざと見せているのか、と。
 彼女なりのアピールなのだろうが、どこかかわいいと思った。
「あんまり死ぬって言わないでくれよ」
と笑って言うと、ゆう子はほっとした顔になり、「そんなに言ってた? ごめんさない」と息を吐きだしながら言う。そして、

「友哉さんって何度かもう怒ったところを見たけど、すぐに鎮まるから、怒りはお芝居なのね」
と分析してきた。
「そんなことはないよ。切れてるだけさ」
「ううん。きっと、そろそろ怒ろうかなって考えてるんだ」
「俺のそんな夢の映像も見たの?」
「うん」
 ゆう子は少しはにかんだ。まるで初恋をしている少女だった。

「逆にそれが友哉さんがもてない欠点かも。女に神経質になりすぎだと思いますよ。映画に出てくるような美人スパイに撃たれて死にそう」
「プラズマ電磁シールドとかでプロテクトするのに、美人スパイに殺されるわけないよ」
「友哉さんが美人スパイに見惚れていたら美人スパイの殺意を感じないから、プロテクトしないかも知れません。あ、すぐ近くにいる人も守れますね。もちろん、疲れますけど」
「近くの人も?」

「プラズマのバリアをリングが届く範囲で近くの人に転送してるの。dotsん?」
「どうした?」
 ゆう子が目を皿のようにしてAZを読んでいる。
「マリーってなんだろう。マリーが仲介して、最後の力は傍にいる人に与える」
「検索しなよ」
「出ない。友哉様が使用したら出るって」
「俺と君が爆発に巻き込まれた時に、最後に君を守って俺が死ぬようになっているんだ、きっと」

「そ、そんな自己犠牲dots
「守るのは近くにいる人間で女に限らないと思うけど、マリーの正体が分からないとなんとも言えないな」
「うん。このAZ、タイマーがかかっているから」
「新しい情報が時間が経つと出てくるの?」
「うん。友哉さんのことで言うと、成田までは出てこなかった情報が今は出てきた。例えばdots
「た、例えば?」
 友哉が息を飲む。

「横浜のマンションの住所」
dots
「成田に行くまでに教えると、わたしが友哉さんのマンションに行っちゃうと、トキさんが思ったのかな」
「それが正解。さすが、未来の世界のトップ」
「くそ。あの結婚詐欺師のような笑顔のお兄さんに、わたしの性格を見抜かれてるとは」

 ゆう子が、初めてトキの悪口を言ったのを聞いて、友哉が声を出して笑った。
「彼は人の目は見ずに考え事ばかりしていた。人を騙す人間はあらかじめ言葉を用意していて、自信たっぷりに相手の目を見て話すんだ。あれはいい奴だ。あと、毒ガスや毒物は? サリンとか」
「ガーナラが解毒します。今から死ぬって言うけど、わざとじゃないので。えーと、最強のガーラナを得た男性は低血圧のスタミナ切れで死ぬ以外に死ぬことは寿命以外にほとんどないみたい」

 友哉がくすりと笑うと、ゆう子が呼応するように笑って、少し頭を下げた。
「でも、女がいないとあっという間にスタミナが切れるようだな。そうだ。危険を警告するよね。リングが赤く光って。それはレーダーと一緒の原理かな」
「うん。警告は距離関係なく遠くの人も検知するから狙撃されることもないみたい。近くにいる人間に殺意があったら、それこそ、その人間の脳の異常を検知してリングが赤く光る。リングが友哉さんの脳に指令を出して自動的にプロテクトするけど、疲れちゃうと何もかも弱くなってい

るか、強くなるのが遅れるから、プラズマのプロテクトに頼らずにさっさと戦った方がいいって書いてある」
「さっさと?」
「早急にって書いてありました。ごめんさない」
「いや、いいんだ。突っ込みがいがある女の子だと思って」
 友哉は笑ったが、ゆう子は口を尖らせただけで、笑わなかった。

「それから、わたしが寝ている時に友哉さんに危険があったら、AZが自動的にじゃじゃじゃーんって飛び出してきて、友哉さんが慌てているのをフォローしますよ」
「じゃじゃじゃーんはわざとだよね。面白くないよ。天然じゃないとだめ」
「だから、わたしは寝る時は寝る! 昼寝もする!」
 今度はほっぺたを蛙のように膨らませて言った。言葉遣いがおかしいのを突くと不機嫌になるようだった。

「最後のひとつだけ、疲れる順序は分かるか」
「大きなケガを治す、病気の患者さんを治す、長距離の転送、プロテクト、余計な腕力を使うの順。なんだ、セックスは混ざってないぞ」
 ゆう子が残念そうに言った。
lineそんなにセックスが好きなのか、しかも露骨にそれを口にする。エッチと言わずにセックスと言うあたりも、セックスに真剣に取り組んでいるのだろうか。

 合意したレイプ願望もあるようだし、AV女優にでもなればよかったのに、と友哉は嫌味ではなく真面目に思い、首を少し傾げた。
「腕時計しないね」
 友哉が考え事をしていると、ゆう子がリングがはめてある左の手を見て、唐突に訊いてきた。
「入院中、激やせして、手首が細くなったからやめたんだ。売ってしまった」
「世界時計にしようよ。わたしが買ってあげる」

「そうか。頼もうかな」
 考えもなしに生返事をした。ゆう子は、彼がやる気のない返事をしたことに気づかずに、「どんなのにしようかな」と笑みを零して呟いた。
 日本では毎日一回は殺人事件が発生している。
 だが、ゆう子の記憶にあるほどの大事件は向こう一週間以上なく、最初に目立ったのは、ニートの息子による親殺しの事件だった。

「これはスルーしよう」
 ゆう子はそう言った。
「いいのか」
「殺される人が五人以下はほとんどスルーする。友哉さんの体がもたない。それに、金属バットで父親を殺したとか、女子高生が産んだ子供をコインロッカーに捨てたとか親の虐待で幼い子供を殺したとか、介護のdots介護殺人とか、そういうのは今の時代はきりがないから」

 途中、何度か言葉を止めながら、苦しそうに最後まで言い切った様子だった。
「付き合わない方がいいよ」
「なにに?」
 ゆう子の言葉はたまに主語がなくなるから、友哉は訊き返した。
「そういう事件に」
「ああ、そういうことか」
「わたしとも付き合わない方がいいよ」

 口角を持ち上げて言う。友哉のほんのわずかな勘違いに気づいたようだ。
 成田空港では「彼女になる」と宣言し、ワルシャワでは「セックスだけでいいんだ」と主張し、「死ぬまで傍にいる」と、いきなり愛を誓い、さて、今度は何を言い出すのだろうか、と友哉は常に身構えていた。
 十日間、友哉とゆう子はセックスだけをしていた。
「愛のないセックスはやめておけ」
と機内で説教をしたが、お互いがそれを分かっているなら問題はなかった。

 ゆう子の部屋は質素で、女の子特有の縫いぐるみやキャラクターのグッズもなく、目立っていたのは大量の映画のDVDとブルーレイ。洋服、観葉植物。そして高級ワインだった。赤は冷蔵庫の外に雑に置いてあり、白は冷蔵庫の中に入っていた。
 いつも清掃業者が来るらしい。トキは家事ができない女だと言っていた。しかし、ワインが適当に置いてある以外は、本や衣類などは整理されている。すべて業者がやっているわけでもないだろう。

 その清掃業者が週に一回くるらしく、ゆう子は「今週はお休みさせてください」と電話をして、それが彼女が誰かに電話をした最後だった。
 携帯の電源を落とし、パソコンも開かず、テレビも見ず、ただ、セックスをしては寝て、食べて、シャワーを浴びる生活を十日間していた。
「セックスは楽しいけど、部屋がだんだん散らかっていくが嫌なんだよね」

 快感の余韻でベッドから出られなくなったゆう子が、床に落ちている雑誌を見て、途方に暮れたような表情を見せた。友哉は、ゆう子が寝ている間になるべく、部屋の片づけをしていた。綺麗だった部屋が少し散らかった程度のものを掃除するのは苦ではなく、キッチンの洗い物もした。離婚してから少しの間だが、一人暮らしになっていたから、それも苦ではない。高校の頃に、母親が蒸発した後は、自分で家事もしていた。だから、家事が得意な女性を理想としていた部分もあったが、友哉が結婚した女はそれが不得意だった。

 離婚の原因は、彼女からすると友哉の浮気。友哉からすると、専業主婦なのに家事をしないことだった。
「引き寄せるんだなあ」
「なに? なにを」
「いや、なんでもないdots
 やる気のないゆう子を見て、優しく微笑む。家事をしないなら、プロの業者に頼めばいいし、家事が好きな女が近寄ってこないなら、それが運命なんだと悟る。歳の離れた女の子に好かれる傾向もあって、それと、家事や男の世話をしない女性を引き寄せる一因になっているとも分かっていた。

「友哉さんよりも早く起きられないのは、なんか恥ずかしいな。朝のお世話もしたいのに」
 ゆう子は綺麗になったキッチンの流し台を見て言った。
「朝のお世話?」
「朝立ち。そう言ったらまた下品だって叱られるからお世話って言ったのに、なんだよ」
 ゆう子は口を尖らせ、キッチンにいた友哉の下半身をまさぐった。
「朝立ちのお世話をする女っているの?」

「あんまりいないかも知れないけど、友哉さんって女運悪いよね。菜々子みたいな女のことだけじゃなくてさ。家事もろくにできない女と結婚したり」
 ゆう子がため息をついた。
「家事、君もできなくて、君と結婚する可能性は0ではないと思うよ」
 友哉がそう指摘すると、ゆう子は「別れた嫁をかばった」と、またため息をついた。
マンションの自宅では、ワルシャワで見せた精子を残しておく奇行はやらなかった。あれはたまたまだったんだ、と友哉は思い、忘れることにした。

 人気有名女優のセックスに、友哉はすぐに慣れたわけではなく、機内でのフェラチオには逆にストレスを感じた。彼女が精液を飲んだ時に驚いて心臓が破裂しそうになった。三日目くらいから、ようやく慣れてきた友哉は、ゆう子の美しい肢体と、悪く言えば淫乱な口元を堪能できるようになってきた。すると、ずっと続いていた吐き気はなくなり、生気がみなぎってくるのが分かった。

 彼女をセックスのために抱きかかえるのはとても楽だった。
「まるで羽が生えているように軽いよ」
 よくあるセリフを使ったのだが、それを聞いたことがなかったのか、ゆう子は、
「やだな、作家さんは。嬉しいけど」
と、頬を朱に染めた。
「元カノとどっちが軽い?」
「元カノ」
「はっきり言った!」

「声が急に大きいってdots。トキから君の体重を聞いていて、彼女の体重も覚えていただけだ。華奢で痩せてたんだ。今の感覚だと、デブの女でも片手で抱きあげられる」
「わたしも華奢です。ふともも除く」
「気にするな。君が言わせたんだし」
「セックスにも力を使ってみてよ。本気になって。見てみたいから」
と真顔で言い、しかも目を輝かせた。
「そのうちね」

 また、さらりとかわしておく。本気になるとは、二十四時間、抱き続けるとか凌辱するように責めろということのようで、それは頭を押さえて口の中に出してほしいと言ったことから分かっていた。しかし、パニック障害の女の子に安易にそんなことはできないと思っていて、慎重にならざるを得ない。
line激しくやってくれと言って、パニック障害の発作が出たら、しつこかったと言うもんだ。
 女の気まぐれを警戒しているのも、ゆう子を激しく抱かない理由のひとつだった。

 それにさっと別れられる女なら言うとおりにしてもいいがdots。そう今までの女と違う。運命とかポエムのような言葉では表現できない特別な違いdots。抱こうとすると緊張する。世界最高峰の山に登り始める準備をしているようなdots。不可能な野望を抱くような緊張感。トキの言葉が頭の中に木魂する。「彼女と一緒にいると苦労する」と。
 友哉はガーナラを得てから、顔見知りの高級交際倶楽部の女性に頼んで、長時間のセックスをやってあった。

 ほぼ、精力は無限だったが、彼女がギブアップして、友哉も終盤に依存していた薬が切れてしまったような焦燥と肉体疲労を感じた。しかし、彼女が少しでもエロチシズムを見せると、勃起は延々と続き、彼女が怖がってしまった。精子もすぐに生産されるのか、十回以上射精をしても白い精液が飛び出した。
 夢のようだ、始めのうちは感激したが、ワルシャワでの転送の時と同じく死の恐怖を味わい、それがトキに与えられたクスリの副作用だと知らずに、彼女に、「体調が悪いからもう少し一緒にいてくれ」と、余分にお金を払って、もう一泊してもらった。

lineあのセックスの終わりに、セックスで回復しなかったのは、セックスに厭きて興奮しなくなったからか。相手もやる気を無くしていたしdots
 ゆう子はアレキサンダーマックイーンを始め、ブランド物の洋服を出かけないのに部屋で着たり、友哉の好みに合わせて、庶民的な服をウォークインクロゼットの奥から引っ張り出してきて、それも着てくれた。
「大学に行ってた時の服が出てきた」

と笑っていた。しかし、初夏で暑いとはいえ、全裸で部屋を歩き回ることが多く、トイレもそのまま行ってドアを閉めないから友哉が何度か注意をした。部屋の中で忽然と消えたとびっくりしたら、冷蔵庫の前で半裸で胡坐をかいて座っていて、背の高い友哉から死角にいたのだった。体の動きを一切止め、冷蔵庫の中をじっと見ていて、しばらくすると、
「ワインがなくなってきたな」

と残念そうに言った。すぐに分かりそうなものを、なぜ、長い時間、冷蔵庫を開けて見ているのかも分からない。これらの奇行で彼女の言う「優秀な男に嫌われる」として、友哉は逆に、
line面白い女だ。小説にも使えそうだ。
と興味を持つようになっていた。
 エプロンをして、「キッチンで抱いてよ」と言い、なのに料理が出来ず、電子レンジをちんするだけ。エプロンは友達が置いていったものだと、すまなさそうに言った。

「汚してほしい。いじめてほしい」
 マゾヒズムを露わにし、2LDKの部屋を友哉に付いて回る。
 ゆう子のセックスはとても激しく、そして重々しい。遊び心がなく目が真剣で、男性を癒す気がないような荒々しい愛撫をする。友哉は、このセックスではdotsと辟易した。
line奇行は見ていて面白いが、このセックスは辛い。体調を崩した時に優しさは発揮するが、セックスは自分本位か。美人でなければ疎ましいだけで、どの男もすぐに嫌気をさすのではないか。

と思った。とはいえ、やはり、セックスをしていない時の独特の話し方や冗談しか口にしない軽さが、地下室にこもってするようなセックスを忘れさせる光を与えていた。
 ゆう子は芸能界のことも自分の過去も話さない。
 清純派でスキャンダルがない女優は、親しくなった男にも自分を隠すのだろうか。
と友哉は思って、
「セックスだけで三年間、過ごすの?」
と何もすることがなくなった暁の時に訊いた。

「うん」
 即答だった。
「デートしたらマスコミがうるさいし、そういうキャラじゃないんだよね」
「恋愛にコンプレックスがあるみたいだけど、昔になんかあったの?」
 今がこんなに美しいのだから、そう心身共にdots。だから過去に何があっても気にならないが、言いたいなら吐きださせようと友哉は思った。
「なんか?」
「君の言動から察するに、レイプ?」

「そんなこと言って、本当にレイプされたことがあったらどうするの?」
「俺は無責任にそんなことは言わない」
「はいはい。またぶれない信念のお話をどうぞ」
 嫌味な目付きで話の続きを促すと、
「レイプが傷になっているなら、それを喋りながらセックスをする。こんなふうに犯されたって言わせる」
と言い切った。
「ひどすぎませんんか」

「それが傷の治し方だ。この場合の責任は、ずっと一緒にそのセックスを続けることだ。治るまで。もちろん、生活も一緒にする」
「やれやれですねえ。男らしくて涙がちょちょぎれますわ。求婚が殺到して、体が持ちませんよ。あなたがもてないのは撤回します。本当は重い女にもてもての人生。違う?」
「当たりだ。つまり不幸がやってくる。それを俺の力で少しだけ幸運にする。君は大女優で成功者だけど恋愛はきっと不幸。それを俺が幸運にするのが、これまでからのパターンだ」

「自信満々に言ってのけた。美人の元カノも不幸な女?」
「母親が寝たきりだ」
「うわ。ごめんなさい。もう元カノのことは聞かないね。わたしはレイプはされたことがないなあ。殺されない保証があれば逆に願望があるよ。瞬間移動が一人で出来るようになったら、わたしのこの部屋に急に飛んできて寝てるところを犯してよ。なんか興奮する。友哉さんの友達と一緒だったら3Pでもいいよ。手足を押さえてさ。死なない保証があればどんなセックスもしたい。ボロボロにされたい」

「バカなこと言うなよ」
「やってる女、いっぱいいるよ。友哉さんさ、菜々子ともやっていてわたしはだめって、おかしい。有名女優だから? なんからしくないな。そういう差別はしない男のひとに見えるけど」
「簡単に出来て楽しいさ。だからすぐに厭きる。その時に後悔するんだ。そうdots。俺と結婚するか、一生、俺の女でいるなら別だが」
 語尾を強い口調にすると、ゆう子は顔を背けて、

「ごめんなさい。三年が一生だとしたら、そのつもりよ。わたし、淫乱じゃないよ。あなたの肉体の一部になりたいの。だけど、未来のことはわかんないもんね」
と俯いて言った。
「そういうセックスを続けて、来年の今頃、別れていたら、君のような繊細な女は自殺するよ」
「冷静な優しさ、ありがとうございます」
 ゆう子が神妙に頭を下げた。
「衝撃の片想い、大正解。だけど、ちょっと面白くない男の人ですよ」

 そう言いながら、また友哉の下半身に手を伸ばした。愛の言葉を取り消すことはなく、惚れた男の肉体の一部になることを実行しようとしている。
「こういう時は女を黙らせるために口にこれを突っ込むのよ」
「それをやって何度、ふられたか」
「またか。元カノが多すぎるよ」
「重複しているのがある」
「あ、そうか」

「処女じゃなかった。前の男とはちゃんと愛し合ったセックスか」
dots違います」
「簡単にやって、今、口に出来ないじゃないか。俺には喋らせるのに」
「ぐうの音もでないdotsです。昔の話はできない。だからあなたのような女嫌いの優秀な男性に愛されることはない。つまり、逆に抱かれているだけでいいってことよ。自殺もしないから安心して」

「男には都合のいいばかりの話だが、実はさらっと怖い台詞を混ぜた。だから君は男の都合のいい女にはなったことはない。男の肉体の一部になりたいなんて言ったら、普通、逃げ出すぞ」
「逃げる?」
「普通に見える?」
「見えない。トキさんの方が普通っぽかった」
「銀色のスーツで夜空に飛んでいく奴よりも、俺が変なのか」
 友哉がそう笑うと、ゆう子もくすくす笑った。

「トキさんをネタにすると仲良くなれるね。でも、あなた、さっきの不正解。男性の肉体の一部になりたいって、あなたに言ったのが初めてよ」
「へえ。それは光栄です。じゃあ、都合よく遊ばれてきたんだね」
「そう。それでも生きてる。孤独でも」
「分かった。カミングアウトはもうやめよう。架空の恋人っぽいけど、俺がいる。孤独とか、そういうdots寂しい言葉は作らないでくれ。君には似合わないんだ。ふざけててほしい」
「やだな、作家さんは。そんな素敵な言葉dots

ゆう子は本当に耳まで赤くした後、大きくため息を吐いて、
dotsはあ、わたし、AV女優の方が向いてる。昔、尊敬できるAV女優がいたんだ」
と言った。
「尊敬できるAV女優?」
「男性の悪口は言わないの。男性を男って言わないの。男のひとって言うの。ずっとハードなAVをやってる。もう十年くらい。なのに、明るいブログを書いている。その女優さんを真似て、わたしも男のひとって言うようになった」

「超有名女優が、AV女優の影響を受けて恋愛をしているのか。すごく興味がある話だ」
「お母さんに勧められたんだ…男はこんなもんだって。確かにほとんどのAVが女の子がやられてるか、そうじゃなくても最後に顔とか汚されるよね」
「母親にAVを勧められた?」
「あ、ごめんなさい。この話はしたくないや。興味があるように言わないで。わたしがずっとあなたを好きでいるから、それだけでいいや」

「殺人が減って、殺人の映画やゲームばかりになった。レイプが減って、レイプのポルノがいっぱいになった。亡くなったお母さんは分かっていないようだ」
 ゆう子の母親はすでに他界していて、その話は機内で聞いた。
「うん。分かってない。さすが、作家さんはいろんな知識がありますね。お母さん、実は友哉さんがタイプだと思うよ。それは怖いって意味」
「プライドが高かったんだな」
「うん。美人のプライド。元カノさんは女優みたいにかわいい子で、プライドは高かった? あ、また聞いちゃった」

 母親の話をやめたいようで、苦し紛れの言葉になっていた。
「そういうプライドはなかった」
「いい人だったんだね。だったら、なんで…」
 病院に見舞いに来なかったんだ、という話になりかけたのをゆう子が自ら止めて、友哉もそれに気づいたのか、口を閉ざしていた。そして、ゆう子はこう考えていた。
『元カノではなく、まだ付き合っているか、事故の前後に亡くなったんだ』
 どちらにしても聞くのは怖すぎる。

 重苦しい時間が長く続いた。
 友哉はゆう子を見るのをやめ、深呼吸をしながら寝室の天井に目を向けた。だが、すぐに下を向いた。
lineしまった。見てしまった。
 心臓が不規則に動いた。入院中に、ずっと天井を見ていた地獄を思い出してしまう。すると、ゆう子が恋愛談義の続きを始めて、友哉は助かったと安堵した。

「友哉さんみたいな男の人に抱かれてるのが幸せなんだよね。他の女に友哉さんを取られそうになったら、さっとセフレになって身を隠す。どうせ、その女は悪女だから、友哉さんが傷ついて戻ってきたら、またさっと彼女に戻る」
と言い、笑みを零した。悟っている様子だった。しかし、この言葉も彼女のことだから三日くらいしたら変わってくるのだろう、と友哉は思い、真面目に聞いていなかった。
「そうか。もういいよ。けっこう喋ったな。また今度にしよう」
「嫌いになった?」

 好きにならなくていいんだ、と言っていて、嫌いになられるのは困るらしい。友哉は、女の子特有のそんな駆け引きに食傷している年齢だった。惚れられるのは悪くないが、その女もある日突然、いなくなるものだ。バレンタインのチョコを渡しておいて、その数日後にいなくなる。そんな経験も二度、三度とあった。だから、「好きだ。好きだ」と、さかんに言われてもそれほどときめかない。しかし、
lineわたしを信じて、には参ったな。
 あなたを好きですも、愛していますも、それこそ信じることはないが、「わたしを信じて」と真剣に言った女は初めてだった。

 過去に何があったかは分からないが、彼女が悲観している男の子言葉などのコンプレックスはそれほど気にならないから、しばらく仕事もセックスも彼女の言うとおりにしていようと、思う。
 友哉は、タオルを使って顔を出したり見せたりしているゆう子の股間に手を入れていった。
「これでいいんだよね」
 冗談でもなく真剣でもなく、いつもの音楽が流れるように言うと、ゆう子は快楽の声を小さくもらしながら、「これでいいです。わたしはこれでいいです」と、敬語に変え、友哉に下半身を寄せていった。

第四話『本当の恋人、利恵』に続く。