と、話を続けずに、下着姿のゆう子から目を逸らした。部屋の端のベッドに晴香が寝ていて、輸血をしていた。
line友哉さんが起きないと、晴香ちゃんを助けられない。
「先生、わたしのスマホを見てくれますか。誰かからメッセージか電話は入ってませんか」
 まだ若い医師は、スマホの扱いに慣れているのか、さっと見ると、「一件、何か着てますよ」と、ゆう子に教えた。

「開いて見せてくれますか」
 若い医師はやってきた女性看護師にスマホを渡し、「これをこの人に見せて。僕は喜多川さんのほうに行きます」と、目のやり場にこまったのか、足早で晴香の元に行った。
「えdots奥原ゆう子? 」
 看護師は言葉を失ったまま、スマホをゆう子に見せた。
 メッセージには松本涼子から、「今、成田に向かってます」と、書かれてある。

「あなたが運転してるの?」
「いえ、運転手がいます」
「その運転手はどんなひと?」
「どんな人ってdots初老の元タクシーの人です」
「車はミニバン?」
「はい。そうです。松本は夜、ラジオがあるから、成田には少ししかいられません。それに都内からずっと覆面パトカーに追跡されているんです」

「え?」
「一台、猛スピードで抜いていきましたがdots。六本木の事といい、松本が何かやったんですか」
「何もやってません。涼子ちゃんの事務所にはわたしの社長から連絡をして、改めてお詫びとお礼に伺います」
「は、はい!」
 桜井真一の部下が、友哉に頼まれて涼子を追跡していたのだ。そういえばさっき、一人、利恵の銀行にいた刑事がいた。桜井が撃たれて、先に成田に行ったのだろう。だが、他の刑事は涼子を警護している。

「は、はい」
 涼子は携帯を受け取ると、「ちょっと聞こえていたけど、またショック療法なんですか」と、笑った。
「一生のお願い」
 ゆう子の声が真剣なのを聞き、「いいですよ。運転手が目を瞑ったら事故ると思うから、運転手さんには前を見て運転するように頼みます。友哉先生には見られてもいいですよ。だけど、写真も低体温に効くんですか。変なの」と言った。

 数分後に、ゆう子のスマホに添付画像が入ってきて、アイドルらしいポーズを車中で決めている涼子の画像が五枚、送られてきた。それは水着撮影の時などに使うポーズだったが、涼子は普通にミニスカートだった。
「なんだ、なんだ。一枚ずつソックスが違う。うわ、丸見えだ。ごめんなさい」
 さすがのゆう子もすまないと思った。このバカバカしい医療行為が効くとは思えなかったが、少しでも回復に向かう時間が短縮できればなんでもすると、ゆう子は思い、横にいる女

性看護師にも目を向けた。それほど美人ではないが、歳は三十歳くらい。少し、友哉さんに触ってくれないかな、と考えた。
「この人、お母さんに抱っこされたことがなくて、だから女の人に触ってもらったりすると、元気になるんです」
 実は本当の話だった。ゆう子はそのことでも友哉の過去に泣いたのだ。生まれた時からいないのならまだましだった。友哉は、母親から嫌われていたのだ。
「南野さんも少しだけ、触ってあげてください」

 名札に「南野」と記されていた。
「いいですよ。だったら、胸を擦りますね」
 白衣の天使らしく、疑わずに了解した。
 そして、ブラジャーを左で持ちながら、つまり乳房を隠すようにして、友哉の肌や頬に乳房を寄せているゆう子を見て、「誰も見ないようにするから、全部脱いだらどうですか。衝撃の片想いの男性なんでしょ」
と言った。

 転送から、友哉が目を開けるまで、約二十分。目は空いているが体はまったく動かなかった。喋ることもできず、だが涼子のパンツが丸見えの写真には少しだけ笑みを零した。
 時間経過は、恐らく、晴香と桜井が襲われてから、まだ一時間くらいだ。ロスから飛んできたから、二十四時間くらい経過しているような錯覚に陥るが、警察官が、「事件発生から五十分も経過したのに、犯人グループは見つからないのか」と、怒鳴っているのが聞こえたのだ。
「入れる病院が見つかったそうです。すぐに喜多川晴香さんを運びます」

 看護師がゆう子に教えた。ゆう子は、「桜井警部補は?」と訊いた。
「先程、亡くなられましたが、別の車で同じ病院に運びます」
「そ、そうですか。私達も晴香ちゃんと一緒に行きます」
「もちろんですよ。お父さんなんですよね」
 看護師は寝ている友哉を見た。
 晴香は右肩を負傷したようだった。右肩を中心に、右半身に包帯を巻いていて、輸血と抗生剤と栄養剤の管が入っている。意識もなく、出血多量のショック状態らしい。

 店の扉に「貸し切り」と記してあったら、客はもちろん、これでは警察も入ってこない。
 リチャードの好意は、吉とはでず、凶だったのだろうか。利恵は、銃を向けているヒスパニックの若者を見て思った。
「ハルカはわたしです」
 利恵が英語で言うと、男の足と腕が少し動いた。

 何十人も死ぬはずが、わたしだけで済むのなら、リチャードの好意は吉だったのだ。利恵は観念して、「友哉さん、あなたのお金に見惚れた。ごめんなさい。これは天罰」と日本語で呟いた。その時に、「待て、話をしよう。君の名前は? わたしはリチャードだ。リチャードギアに似ているリチャードだ」と、リチャードが言った。
「ジェイク」
 彼は言った。
「ジェイク、なぜ、ハルカを狙うか、それを教えてくれ。酒も出す」

 ゆう子は真っ青な顔をしている友哉を見て、呆然としていた。AZを取り出そうとして、涼子がいることに気づき、手の動きを止めた。
line男性は、血圧が急降下すると発狂死したり、ショック死したりする。やはり、人口が減った時代に、種族保存のために作られたクスリなんだ。それが男性に過酷すぎて、暴力的にもなるから禁止になったのか。

「大丈夫? よほど、涼子ちゃんが好きなのね。嫌味じゃないよ。憧れのアイドルなら、キスをされただけでも回復して当たり前。アイドルオタクの男性なら逆に気絶するけど。でも、晴香ちゃんが生き返って、本当によかった」
 ほっとしたのか、ゆう子の目から大粒の涙が止まらない。
「女優とアイドルだ。すごい威力。どんな男も元気になるよ」
 友哉が珍しく屈託のない笑みを零す。

「何か不思議な力を友哉先生は持っているんですね。今度、教えてください。だって、そのリング、緑色にピカピカ光っていた。マネージャーが怒ってるから、わたし帰ります。あ、友哉先生」
 涼子が覗きこむように、友哉の顔を見た。友哉が顔を上げた。
「今、どこにdots
「キスでもするの。ありがたい。見ないふりしようか」
 涼子はホテル暮らしの友哉の居場所を訊こうとしたようだった。なのに、ゆう子がいつものふざけた調子で、涼子の『勇気』壊してしまうと、涼子が顔を曇らせて、

「先輩、今度、わたしの頼みも聞いてくださいね。最近、楽しみが増えたんですよ。だから、ゆう子さんが邪dots
 邪魔なんだよ、と言おうとしたのか、その言葉を友哉が遮るように、
「追放されるぞ。おまえの頼みは無茶なことばかりだから」
と言って、笑った。
「人聞きの悪いことを言わないでって。そんな事務所じゃないのに」

 涼子の暴言に気づかないゆう子。涼子は友哉から離れて、
「まだケガの後遺症があるようだから、温泉に行くといいですね。冷え性の女の子と二人きりで」
と言って、歩き出した。友哉は少しだけ微笑んで、だが何も返事はしなかった。
 涼子は言いたいことを言ったのか、いったんあきらめたのか、清々しい顔をして去っていった。
「わたしが一緒に行く。わたしのあなたへの愛は永遠。まるで源泉かけ流しよ」

 友哉がそのジョークに笑わないでいると、
「あ、行かないね。はいはい。デートはしません。したくないし」
と、ゆう子は落ち着きなく笑い、疲労で深呼吸をしている友哉の股間に触れた。
「忘れてた。ごめんね。立ちバックできる場所に行こう。わたしはこれで幸せ。本当よ」
 誰も見ていないことを確認して、病院の廊下の壁に両手を突いて、お尻をそっと突き出した。

「うわ、色っぽい。生きててよかった。でもその白いミニドレス、高価すぎて汚したくないんだよ。わりと貧乏性なんだ、俺」
 友哉は立ち上がって、ゆう子に体だけ合わせた。セックスには至らない。下半身を擦るように寄せ、ゆう子の乳房をそっと触っている。
「生きてて良かった? 珍しく素直だね」
「このシチュエーションに、文句を言う男がいたら教えてくれ」

「あら、有名女優で良かった。でもセックスしか頭にないバカ女だよ」
「こんなに優しくて機転が利いて、それでいてセックスしか頭にないバカ女なら逆に天才だ。だけど、源泉かけ流しは台無しで、その瞬間に女芸人になってしまった」
「ごめんなさい。言った瞬間に自分でも面白くないと思った」
 ゆう子がそう詫びた時に、友哉がスマートフォンの着信に気づき、画面を見つめた。
「なんて強引なペアリングだ。俺の画像を勝手に加工するな」

「どうしたの?」
【友哉様、先程見られた者です。桜井真一さんがまだ間に合います。私が腐敗するのを止めてあります】
 友哉が待ち受けに使っていたラベンダーの花の画像が、紫色の文字に変わっていて、ラベンダーの背景はそのまま、富良野の畑だ。
「桜井さんはどうした?」
「亡くなった。きっと晴香ちゃんを助けて」

「彼はどこにいるんだ?」
「この院内。霊安室か解剖中かも」
「行こう。あとで死ぬほど抱かせてくれ」
 廊下の向こうから歩いてきた看護師に、「桜井っていう警察官はどこに安置されていますか」と訊いた。
「桜井さんなら、霊安室です」
 霊安室は、地下の一階にあり、二人はその部屋の前に立った。

 鍵がかかっていて、友哉はPPKでさっと撃ち壊した。
「それ、やばくない?」
 ゆう子が目を丸めた。
 桜井真一は肉の塊となって横たわっていた。毛布をかけられていてもそれが分かる重々しさがある。
「遺体を見るのはきついからそこでいなさい」
 友哉が大人の口調でそう言い、ゆう子を扉のところで止めた。

「桜井dots
 まるで友人を悼むような目でじっと彼を見ている友哉。ゆう子はそれを静かに見ていた。
「やったのは白い服の男たちか」
と言って、彼の胸のあたりに手を置いた。すると、暗い部屋に緑色の光線が飛び散った。ゆう子は驚いて思わず友哉に駆け寄った。
「なにしてるの! またガーナラじゃない!」

 緑色の光がリングから飛び、壁にぶつかったその光がまた友哉のリングに戻ってくる。まさに、清流が流れる新緑の森に蛍が飛び交うようだった。
「今の俺は大丈夫だ。涼子ちゃんとおまえと晴香で、心が充実している。でも頼む。一緒にいてくれ」
 友哉がそう言い終わらないうちに、桜井の顔に生気が戻ってきていた。
「なるほど、まだ腐っていない。治せる」

 全身全霊をこめているのか歯を食いしばっていた。
「酸素がなくなった脳の損傷を治す」
 桜井の頭に左手を乗せる。すると、緑色の光が彼の頭全体を覆った。
「血を増やす。なんの混じり気のない深海のミネラルをdots。おっと、腸に小さな癌細胞がある。T細胞と太陽の熱で殺す」
 首に左手を移すと、緑の光が皮膚の中に溶け込んでいくように消えていった。
「が、癌細胞を殺すってdots

 ゆう子は立ちすくんだまま、震えていた。
「人工の熱じゃないぞ、ゆう子。リングから発する光は太陽の光だ。ちょうど43℃。AZで大腸の汚物を廊下のトイレに転送。俺の力で飛ばせる」
 突然指示する。奇妙に冷静な声色に、ゆう子は震えながらAZの操作をした。
「お腹の中、友哉さんのリングから見えるけど、どうすればdots
「そのAZはテレパシーの方が反応がいいはずだ。脳で事情を伝えてみろ」

 ゆう子が念じると、AZの表面に大きな文字が浮かび、
【トイレの座標がない】
と出てきた。
「トイレならどこでもいい」
 それを見た友哉がそう言うと、桜井真一の大腸から汚物や水分が消えた。
「え、AZが友哉さんの指示を聞いた」
「よし。せっかく動き出したのにごめんよ。また腸の動きを止める。その間に癌を死滅。うん、ピンポイントでいける。dots終了。再び、腸を回復させる。傷の神経の修復、アミノ酸、ビタミンdots桜井、分かるか。俺だ。佐々木だ」

「佐々木dotsあんた誰と戦ってるんだ」
 ゆう子は驚愕した。死亡から一時間以上経過した死体が蘇生したのだ。
line友哉さんは、強くなっている。いや、これが桁外れのゾーンなのか。そしてリングを使った医療技術をいつのまにか会得している。
 ひどく感動してしまう。
 わたしの愛する男性はすごい人だ、と。
「看護師か誰かを呼んできてくれ」

 ゆう子はすぐに廊下を走った。
「桜井さん、娘を助けてくれて、ありがとう」
「ここは霊安室じゃないか。俺は死んだのか。これは死後の世界の夢か。だって、今の奥原ゆう子だろ」
「俺が生き返らせた。もうすぐ看護婦と医者が血相変えてやってくる」
「おまえ、やっぱり超能力者なんだな」

「あんたをやったのは白い服の人間か」
「そうだ。おまえの娘の前に突然現れたから応戦したが、敵は二人だったし、赤い光線が意外と下手じゃなかったぞ。嘘つきだな。だから惨めに負けた」
「惨めじゃないよ。ありがとう」
 寝ている桜井よりも腰を低くして、そう屈みながら桜井の手を握ると、彼は、「まさか友情か」と笑った。
 霊安室に飛び込んできた医師は、「信じられない。また生き返ったのか」と、晴香のことも

あり、顔面を蒼白にしていた。だが、看護婦が、「先生、五年に一回くらいありますよ」と、笑う。ゆう子が「そうなんだ」と、くすっと笑った。その時、携帯が鳴った。利恵からだった。
 桜井が運ばれていき、ゆう子は携帯を耳にあてたまま、廊下に出た。
「ゆう子さん、こっちも大変なことにdots
「どうしたの?」
 ゆう子は思わず、友哉の顔を見た。

「ゆう子さん、大きな声を出さないで聞いて。実はバーにテロリストが入ってきて、わたしと北島春香とリチャードが人質になっている。何億円か渡せば殺さないって言ってるけど、それも友哉さんが持っているお金の話で、時間を稼いでいるの。警察も気づいていない。たぶん、だめだと思う」
 力なく言う。
 ゆう子は、いったん電話を切って、
「ロスでは利恵さんが殺されそうです。あのバーにテロリストがやってきたみたい」

と、友哉に教える。ゆう子は、おでこのあたりに手をやり、吹き出す汗を拭うおうとした。いや、激しい頭痛に襲われたのかもしれなかった。
「学校じゃなくて、利恵のいるバーに? なぜだ」
 友哉も目を泳がせるほど動揺していて、桜井が運ばれていく後をたどたどしく歩いていく。
 いったん処置室に運ばれた桜井の横に、友哉は座った。医師と看護師がバイタルのチェックをしている。

「桜井さん、どうしたらいいか」
 友哉が、年上の彼に教えを乞う。ゆう子は顔面蒼白で立ちすくんでいた。
「どうしたんだ。今度はなんだ」
 桜井が二人を見やった。看護師が点滴を付け、血圧を測っていたから、彼の耳元で、
「ロスでテロだ。あんたに皇居を頼んだのは、翌日のロスのテロを阻止するのが目的だった。だが、晴香が成田で襲われたから帰ってきたんだ。どういうことか分からないが、宮脇利恵

が人質になってしまっているらしい」
と教えた。
「白い服の男たちがテロに加担してるのか」
「わからない。だが、テロを阻止するように依頼されている。誰にとは言えないが…。ゆう子、ロスに俺だけを転送してくれ」
 看護師が席を外した隙に言った。すると、別の若い看護師が部屋に入ってきて、
「娘さんの部屋に前の奥様がいらっしゃいましたよ」

 ゆう子が躊躇いながら言った。
「そこの窓から犯人を撃つのか」
 友哉が処置室の窓をちらりと見た。
「そ、そんなとんでもないことができるのか」
 桜井が大きな声を出した。だが友哉が、
「自信がない」
と正直に言う。晴香と桜井を蘇生させたばかりで、友哉は一言、言葉を口にする度に息切れをしていた。

「ワルシャワで、俺が取り乱したのか疲れていたからか分からないが、目の前の敵にも赤い光線が当たらなかった。空に飛んで、カーブを描いてテロリストに向かったが、弱々しく消滅したんだ。俺の意思がRDとやらに伝わらなかったんだ。きっと集中力の欠如だ」
「ごめん。AZに書いてあった。友哉さんが完全に元気で、完璧に集中しないとまるで届かないか、届いても店ごと吹っ飛ぶかもしれないって」

 AZを操作しながら、ゆう子が弱々しい声で教える。
「いいんだ。だったら犯人の銃を転送できないのか。位置が分かるならできないか」
「できない。できるなら、それこそさっさとやってる」
「なんで? 俺のPPKは部屋の隅に置いても、また俺の手の中に出てくるぞ」
「さっき自分でここに俺がいるから、桜井さんの腸の汚物を転送するって言ったじゃない。友哉さんがデフォルトな上に、そのPPKの中とリングの中にも転送に必要なハードとソフ

トのようなものがある。犯人の武器にそんな未来の技術は入ってない。それができるなら、犯人を転送で殺せばいいわけで、まさに世界征服ができちゃう」
「そうだな。涼子ちゃんの財布を転送できなかったんだから。dotsやっぱり、俺をロスに転送してくれ」
「わたしは行かなくていいの?」
「おまえが一緒だと体積を負担するから回復にてこずる。向こうには利恵がいるから、それでしのぐんだ」

「分かった。だけど、着いたら絶対に意識を失うのにどうやって犯人と戦うの?」
 話を聞いていた桜井が、「俺にはついていけない」と、真顔で言った。
 だが、「俺の上着のポケットにいいものがある」と、彼は友哉が座っている椅子の背もたれにかかっている自分の背広を見た。
 友哉が桜井の上着の内ポケットをまさぐると、四角い形の小さな機械が出てきた。
「金の交渉をしても、釣り上げていくために一人ずつ殺されるだろうからな」
 そう指摘する桜井。

「皇居を狙った奴らから押収した小型の爆弾だ。三つ持っていたのを一つ現場で拝借した。俺が護身用に持っていたんだ。なぜならあんたが怖かったからだ。マジだぜ。dots銃を突然出したり、急に消えたりするあんたが怖かった。やっぱり、超能力者とか宇宙人とかいるんだな。それをやるから、宮脇さんを助けな」
 ゆう子が急いで利恵に電話をする。
「利恵さん、今どこ?」

「わたしはトイレ。犯人と北島春香とリチャードは店の中よ」
「友哉さんが爆弾を手に持って現れるから、それを使ってみて。手榴弾と同じ要領よ。赤いボタンを押してからdots
「五秒くらいだろう」
 桜井が言った。
「五秒くらいで爆発するの」
「そんなの店の中に投げたら、リチャードと春香さんも死ぬよ」

 利恵がそう嘆くと、友哉がゆう子の携帯を奪い、
「犯人をトイレに引き寄せ、おまえが俺ごと自爆しろ」
と言った。
 友哉は絶望的な顔はしていなく、自分のアイデアに酔ったような顔をしていた。ゆう子は目を大きく見開いたまま、息を止めていた。目の前の男に震駭した。

 利恵がなかなかトイレから戻ってこないのに苛立ったのか、トイレと店の真ん中で、ジェイクが声を荒げた。
「長いぞ。クソならいいが、これ以上、長引いたら、リチャードから撃ち殺す」
「本当にトイレよ。興味があるなら見にきて。あなたのトイレもお手伝いするから」
 利恵はそれをきちんと訳するよう、日本語で春香に言った。
「逃げたら、トイレのあの女を殺すぞ」

 リチャードと春香をそう脅し、ジェイクはトイレに向かった。トイレの扉の前からは店内も覗けて、それほど距離はなく北島春香が自分だけ、逃げることはできなかった。
「春香さん、この男がトイレのドアを開けたら爆発するから伏せて。リチャードにもそう合図して」
 利恵が日本語で言った。利恵の震える声に春香は緊張感を露わにし、身構えた。
 ジェイクがトイレのドアを開けた。若い女の排泄を見られると思ったのか顔が上気している。

 北島春香が、カウンターの端に飛びつくように伏せた。トイレの方角から死角になった一角だった。そして「lie down」と、リチャードに叫んだ。次の瞬間、トイレから爆音が轟き、店のテーブルが椅子が、そして扉が吹っ飛んだ。
 店の前を歩いていた数人が爆風でケガをし、近くにいた警察官がすぐにやってきた。ストリートは大騒ぎになった。スマホで動画撮影をしている人が大勢いた。

「その日本人の学生がケガをしている。わたしは大丈夫だ!」
 カウンターの奥から顔を出したリチャードが叫んだ。警察官が、春香を抱き寄せた。
 春香は顔や腕から血が出ていたが、意識はあるようで、「助かったかも」と日本語で呟いた。
「銃を持ったヒスパニックの男が入ってきて、人質になった日本人のもう一人の女性とトイレで爆発したんだ。彼女は私たちを助けるために自爆したのか」

 リチャードは錯乱していた。北島春香から伏せるように指示されたということは、利恵が自爆するつもりだったと、リチャードは考えたのだ。その時、
「リチャード、泣かないで」
 煙と砂埃が巻き上がっている店の一角から、利恵が出てきた。利恵は片言の英語でそう言ったのだ。
「彼も病院にお願いします。いててdotsわたしも一緒に」

 警察官にそう言い、トイレの入口の辺りで倒れている友哉を見た。そして友哉に近寄り、そっと愛でるように口づけをした。
「彼は彼女の恋人の男だ。裏口から入ってトイレに隠れていたのか。ああ、奇跡だ」
 リチャードは、利恵を神様を見るような顔で見ていた。警察官たちも絶句して、お互いが目を合わせていた。

「ごめんなさい。巻き込ませてしまって。わたしが悪いの。軽い気持ちで彼をそそのかして。でも、お店は後で彼が弁償するわ」
 利恵の笑顔を見たリチャードは、

「まるで女神の微笑みだ」
と英語で唸るように言った。
 友哉のリングが赤く光ると、友哉とその近くにいる大事な人が守られる。その力を使ったのだ。だが、友哉に体力がないと様々な「穴」が出るプロテストで、まさにこれは賭けだった。

dots