第十二話 消えた涼子~それぞれの涙

【未来の武器 専門用語紹介】
◆AZエーゼット 友哉の健康管理から、転送、そして政府機関、機密機関などのファイアウォールを破り侵入できる万能のAiタブレット。中に人工知能「シンゲン」が入っている。ゆう子しか使えないはずが、友哉の指示にも反応した。正式名は実は「エージー」

◆RD「アールディー」未来の拳銃。ダイヤモンドよりも硬質のロンズデーライトをレーザーで核爆発させて地核のエネルギーを発生させる。手にした人間の意思で、威力の強弱ができるが、脳が進化した人間しか使えない。こちらも違う正称がある。

【ガーナラ】人口が激減したトキの世界での精力剤だが、男を凶暴化させるために禁止になった。友哉の足を治療するために再開発。数千種類の動植物の生薬とそれらをコントロールする化学物質が入っていて、腐敗していない人間を蘇生させることも可能。

【光】ガーナラとセットで開発させた脳をハッキングするまさに光。光のセンサーがレセプターを刺激し、人の体をコントロールしてしまう。

【リング】ゆう子と友哉が通信に使うだけではなく、友哉のリングには体内のガーナラを人に与える目に見えない針が付いている。

【プラズマシールド】友哉のリングから発生するバリア。この時代でもボーイング社などが開発済み。

【転送】瞬間移動。友哉のガーナラが東京都の電力と同様のエネルギーを発生させてワームホールを作り、その瞬間に移動する。障害物がない時は光の速度を超えるだけで、それほど疲労しない。

【R89】トキの世界で有事に備え、確率を計算する小型の装置。簡単な転送も可能にしてある。

【ストプ】違う時代の人間に危害を加えると、自殺を促す光。トキらが友哉の時代に来る前に浴びてくる


 白い薄手のニットとブルージーンズのシンプルな出で立ちの涼子は、利恵を見て、「お友達がいるなら帰りますね」と、玄関で言った。
「紹介するよ。重要な人物だから」
 ゆう子がそういうと、涼子が少しだけ首を傾げながらスニーカーを脱いだ。
 利恵が、「わあ、かわいい」と声を上げて、ソファに座るよう、自分が絨毯の床に移動した。
「あ、下でいいですよ」
「わたし、スカートだから床がいいの」

 利恵はスカートの裾をふわっと浮かせながら移動をした。そよ風が舞うようないつもの所作だ。
「可憐な方ですね」
と涼子が無表情で言う。
「うん。清楚可憐なこちらは友哉さんの彼女の宮脇利恵さん」
 利恵の隣に座ったゆう子がそう紹介すると、涼子が、
「え?」
と、声を出し目を丸めた。利恵をじっと見る。すると、利恵も涼子をまじまじと見つめた。長く見つめ合う二人。

「どーしたのー?」
と、ゆう子が二人の間で手を上下に振った。
「オーラのないアイドルdots
 ポツリと言ったのは利恵だった。すると、涼子が、
「見慣れた美女。どこにでもいそう」
と応戦する。しかし、二人とも物静かだ。
 ゆう子が、
「利恵ちゃんなら、個性的な美人だと思うけどdots。うん、タイプじゃないって男性もいると思うよ」
と言った。

「そうですか。わたしには平凡な美人にしか見えないけどdots
「あなたも、かわいいけどアイドルらしい華が見えないよ。気が強そうだし、マザコンの男の子ばかりがファンじゃないの?」
「うーん、当たっているけど、スカートをフワフワさせているお嬢様に言われたくない」
「そこから移動しただけ」

「普段もそうして男の人を魅了していると錯覚してる女に見える」
「今の男子なら、あなたみたいなボーイッシュな美少女が好きだと思う」
 二人はそう言いながらも、ケンカもせずに、まず利恵が腰を下ろした。
「静かに罵り合う異様な光景」
 ゆう子が首を傾げている。
 気を取り直した涼子が、
「この利恵さんって人があの人の彼女なら、ゆう子さんは本当に片想いなんですか」

 ゆう子を凝視した。
「二股」
 ゆう子がすました顔でワインを口にした。
「酔ってますね。それ、本当ですか」
 今度は利恵を見やる。
「うーん、厳密に言うと、ゆう子さんは仕事上のセフレ。わたしが彼女?」
「あー、本心言った!」
 ゆう子は思わず叫んだ。

「ウソウソ。そうならまだ救いはある。二人ともセフレ。または二人とも彼女で二股」
 利恵の言葉にゆう子が大きく頷く。それを見た涼子が、
「気持ち悪い女子二人dots
と、また首を傾げながら呟いて、気持ちをしっかり持とうと思ったのか、頭をさかんに振ってから、
「すみません。ゆう子さんはこちらに座ってくれませんか」
と先輩を気にするが、「涼子ちゃんと話をするなら正面がいいじゃん」と、ゆう子が制した。

「そうですか。すみません。あの、彼dots友哉先生って、適当に生きてる男の人だから、公然の二股もありえなくはないけれど、ゆう子さんはトップの人気女優で、そちらの方もまあまあ美人じゃないですか。友哉先生は独身なんだから、どちらかと結婚をしたいとか考えてるんじゃないですか」
「結婚?」
 ゆう子と利恵は顔を見合わせた。そしてすぐに、吹き出す。
「何がおかしいんですか」

「確かに適当。急にやる気無くしたり、またやる気になったり大変だよ。あんな頭のおかしな男の人がまた結婚なんて考えるはずない」
 ゆう子が真顔で言うと、利恵は利恵で、
「友哉さんと結婚は悪くないけど、即、離婚しそう。散財してセックスして食べるだけで、人生は終わりよ」
と言った。
「あのひとの悪口を言う女子会なんだ」

 涼子は、ワインを自分でグラスに注いだ。
「悪口を言って楽しめって言われた」
 利恵がそう言うと、涼子が神妙な目付きになった。そして口の中で、
「変わってないじゃん。イケてる」
と言う。
「え? なに?」
 ゆう子が問いかけると、
「悪口は良くないです」

と気持ちと違った言葉に変える。
「佐々木友哉研究会だ。彼は毛沢東になるか」
「毛沢東?」
「若い子は知らないと思うけど、中国にいたとんでもない奴だよ」
「知ってますよ。若い子って言うけれど、お二人とも若くて、毛沢東の話はできないと思いますよ」
「利恵ちゃんがね。博識なのよ」
 名指しされた利恵が、すました顔で、

「毛沢東は、ものすごい性豪で、人民の命なんかなんとも思わない独裁的社会主義者の代表格なんだけど、ゆう子さんが言うには優しさの欠片もなかった男らしくて、友哉さんとは違うって話をしていたのよ」
と言った。
「毛沢東と友哉先生となんの関連があるんですか。女の子の足が好きなだけで、政治には詳しいけど、その活動はしない作家さんですよ」
「足フェチだからなあ」

 ゆう子と利恵が一緒にため息を吐いた。
「昔、お父さんと一緒に会った時にも、足を見られて怖かったですよ。今、思えばわたしのミニスカが悪いんだけれど。見せておいて見たら怖いって矛盾していることはアイドルをやっていて痛感したから、今ではファンの男性たちにおおいに見てもらっています。だけど、ゆう子さんのその下着だけの姿は変です。女子会なんで」
 上がスウェット。下は薄いオレンジ色のショーツで胡坐をかいて座っている。スポーティなショーツだが、下着は下着だ。

「最初は短パンみたいのを穿いてたのに脱いだの。たまにおっぱいも出すの。もっと注意してくれる?」
 利恵も呆れ顔だった。ゆう子が、涼子を見ながら、
「友哉さんの前では基本、全裸で胡坐だよ。わたしの部屋で何が悪い」
と嘯いた。
「全裸で胡坐? ありえない。友哉先生はそれでいいって言ってますか?」
「何も言ってない。もしかすると、とっても嫌がってるかも」
「あれ? さっきまで喜んでるって言ってたのに?」

 利恵が目を丸めると、
「わたし、そこまでバカじゃないよ。半信半疑だ」
と笑った。
「なにそれ。勢いで喋ってるんだ。もう真面目に聞かない」
「全裸で靴下を穿いたり脱いだりして、いわゆるあそこをチラチラ見せていたら、心底嫌がったしね」
「全裸で靴下、マニアだね」
「マニアを意識したんじゃなくて、男性を興奮させるための技のつもりだったけど、友哉さんが嫌がったからやめた」

「靴下なら、わたしがいっぱい持ってますよ」
 涼子が自分の鞄を見た。
「夏も冷房で足が冷えるじゃないですか。わたし、三足、千円の安い靴下がいつも鞄に入ってます」
「だから? オチは?」
 涼子の話がつまらなかったのか、咎めるように言う。
「え? オチ? オ、オチはないです」

 涼子がたじろいだのを見て、利恵が、「ゆう子さん、ありえない。そんな大御所タレントみたいにかわいいアイドルの子をイジメて」と、ゆう子を少し睨んだ。すると、
「わたしが身をていして恥をさらしているのに、そんなかわいい話でまとめられたらかなわん。黒猫リンリンだっけ? ここではそれは通用しない」
と言う。利恵が、「ま、確かにかわいくまとめたオチだったよね。千円って」と納得してしまった。涼子が、「やっぱり怖いな。あのひとがいないと」と呟くが、ゆう子には聞こえない。
「すみません。どう言えばよかったですか」

「この場合は、その鞄の靴下で、わたしもなんか猥褻なことをしてますって言うのよ。彼氏が靴下フェチで涼子ちゃんの足を舐めるとかね。するとわたしと同列になって、お酒が美味しくなる。それが飲み会だよ」
「すみません。処女です」
「え?」
 ゆう子と利恵が同時に、しかも大きな声を出した。
「本物の清純派アイドルだ」
 二人とも目を見開いて驚愕している。

「すごい。こんなに超かわいいのに処女。まさに国宝」
 利恵も目を丸めたまま、涼子を讃えた。二人ともバカにしている様子はなく、利恵に至っては、手鏡で自分の顔を見ていた。自分は汚れていると思ったようだった。
「涼子ちゃん、素晴らしいオチだった。わたしは敬服するよ」
 ゆう子は頭は下げなかったが、なんと脱いだショートパンツを素早く手にして、きちんと穿いたのだった。

「あの、友哉先生の話がしたくてきたんですが」
 涼子が、「どうでもいいよ」という表情を作って言う。
「松本さんは、友哉さんのことを友哉先生って呼ぶんですね」
 利恵に訊かれた涼子は、
「そうですよ。佐々木先生じゃ、父と同じ呼び方だから」
と言う。ゆう子が、
「お父さんが編集者で、彼女は友哉さんのことを昔から知っているみたい」

と教えた。利恵は「ロスで聞いたよ」と言っただけで、それ以上は訊かない。
「そのロスでは何をやらかしたんですか。病院でお手伝いした時に、先生は成田の近くにいたのに、その一時間後にロスで発見されていましたよね」
「それはわたしたちの仲間にならないと言えない」
 そう言ったのは利恵だった。奥原ゆう子と付き合っているのだから、有名アイドルにもすぐに慣れたのだろう。

「仲間にするのはちょっとdots
 ゆう子が拒んだ。利恵は、来るものは拒まずのゆう子さんが珍しいなと思い、しかしすぐに、恋敵として涼子を警戒しているんだ、と分かった。
「あんたはなんでそんなに友哉さんを気にするの?」
 ゆう子の目が据わってきた。
「クレナイタウンで助けてもらったしdots
「し?」

「か、かっこいいしdots
「し?」
「良い小説を書くしdots
「し?」
「頭がいいしdots
「し?」
「もういいよ。ゆう子さん、しつこい」
 利恵がゆう子の頭を雑誌で叩いた。

「お二人は、仲良しですね。じゃあ、友哉先生はまさかの双子。わたしすら知らない兄か弟が実はいて、お二人は兄と弟の両方とそれぞれ付き合ってるってことですか。成田の先生がわたしの古い知り合いの友哉先生で、ロスの人は兄弟の人で影武者みたいになっててdots
「あ、それいいな」
 ゆう子が爆笑した。利恵も酩酊した様子を露わにしながら笑っていた。すぐに涼子は怒りだして、
「違うんですか。もうさっぱり分かりません。じゃあ、仲間にしてください。だから秘密を教えてください。仲間になるにはどうすればいいんですか」

と、けっこうな怒気を見せた。
「そもそもゆう子さんは日本中、大騒ぎなのに記者会見も開かないし、マンションの前はマスコミだらけ。隠れて入ってくるのに、必死ですよ。友哉先生はどこにいるか分からなくて、お父さんも困ってる。友哉先生はどこにいるんですか」
「休養中なのに、記者会見なんか開くか」
「じゃあ、先生はどこ?」
「都内のホテルに常泊している。でももうすぐ来るよ」

 ゆう子の言葉に、「友哉さん、来ていいのかな」と利恵が困惑気味に言った。
「仲間にはしたくないけど、涼子ちゃんがいれば回復するのは分かってる。美少女で処女の破壊力抜群。利恵ちゃんとわたしが生理の時は、涼子ちゃんのキスでしのごうか。友哉さんがいいって言うならわたしは我慢する」
「我慢ってdots
 利恵が呆れかえった。言っていることが、常にあからさますぎると思った。
「低体温の話ですか。それが女の色気で治る理由も教えてほしいです」

 涼子がゆう子を少しだけ睨んだ。利恵も困惑した顔をして、
「難しくてわたしも分からないのよ。それより、ゆう子さん、我慢って、まさに正妻になれない愛人のようなセリフなんだけど、ロスで注意したよね。自分を卑下しすぎるの」
 利恵に叱られるが、酔っているゆう子はかわまず、
「だって、友哉さん、ロリコンなんだもん。VIOを完全に処理しておいてよかった。友哉さんが涼子ちゃんに見惚れている時に、わたしは我慢しているよ」
と、また言った。

「ロリコンじゃなくて、服フェチでしょ。こういう格好が好きなんだって」
 利恵が語気を強めながらそう言い、涼子の服装を見た。シンプルな、どこにでもいそうな女子高生に見える。実際には涼子は二十歳だが、背も低く童顔なのでなおさらだった。
「なのにゆう子さんはそれに反発して、ブランド物の服ばっかり着るから、だからだめなんだって言ってるの。そのあおりを食ったわたしがもう秋なのに浴衣を着せられたりしてるんだから」
「わたしの人生は全裸かブランドなんだ」

「ほら、やっぱりだめだ」
 涼子はいつの間にか冷蔵庫の前にいて、冷えたワインを探しているようだった。
「白がないなあ」
「じゃあ、友哉さんに持ってきてもらおう」
「そうしてください。お二人の話じゃ、友哉先生がコスプレが好きなのしか分かりませんから」
 涼子はシャトームートンロートシルトを手に取った。
「わたしのミニスカの方が魅力的ですよ。今日はジーンズだけど、彼が来るならスカートが良かった。これも空けていいですか」

 どこか自信満々だった。
「彼が来るなら?」
 利恵はまさかこの女も友哉さんが好きなら、本当にそれは自然なことなのだろうか、と、ゆう子同様、疑うようになってきていた。涼子がトイレに立った時に、
「あのさ、成田でも訊いたけど、あれ、怪しいよ。例の元カノがやっぱり涼子ちゃんなんじゃないの?」
と、ゆう子に耳打ちした。

「だったら戻ってきたんだから、友哉さん、元気ハツラツになるはずだよ。あの子、友哉さんの居場所すら分からないようだから、連絡も取り合ってないんだ」
「処女が本当なら、友哉さんはやってないことになるしね」
 利恵が胸を撫で下ろした。
「でも、転落事故を救ってもらって惚れた可能性は高い」
「歳の差はあるけど、友哉さんが若く見えるし、もともと知り合いならありうるね。うーん、でもdots…」
「でもdots?」

「なんか、かわいいなあ。松本涼子」
 利恵がトイレの方を見て言った。
「まあ、普通にアイドルだし」
「妹にしたい感じ。背が低くて、表情がコロコロ変わって、我儘そうで、口がたつから叱ってあげたい」
 利恵の言葉に、
「へえ、利恵ちゃん、そんな母性みたいな優しさがあるんだ。意外」
 ゆう子が笑うと、「失礼な」と利恵が、ぷいっと顔を背けた。

 友哉はコインパーキングから、ゆう子の部屋の玄関の前に転送されてきた。
「え? 涼子dotsちゃん。なんでいるんだ」
「週刊誌にいろいろ書いてあったから心配で。マスコミには見つかりませんでしたか」
 玄関から入ってきたと思った涼子は、突然、友哉が現われた事に驚かなかった。
「大丈夫dots
と言いながら、涼子を手招きして呼んだ。涼子が、ゆう子と利恵を無視して友哉に駆け寄る。
「おまえ、なんで実家に帰らないんだ」

 耳元で呟く。
「なに、やぶからぼうに」
 友哉を睨もうとしたが、すぐに目が泳いでしまった。
「さっき松本と連絡した。お母さんの世話を父親と妹だけにさせておくのはどうかと思うぞ」
「お金dots入れてるし、でも、帰ろうとすると足がすくむんだ」
「すくむ?」
「お母さんが怖い」
「もう学校に行けとは言わないだろ」

「うん、でも会うのが怖い。わたし、なんか悪いことをしたのかな。お母さんに会うと、それを見ている人たちから怒られそうな気分になるの。石を投げられるみたいな」
 そこまで言ったところで、
「あんたたち、何コソコソ話してるのよ」
とゆう子が言った。涼子が、友哉から離れてリビングに戻ると、
「あんたたち、本当はかなり仲良しなんじゃない?」
と、ゆう子が訊いた。涼子は気を取り直して、

「友哉先生が、成田でわたしを好きになったそうです」
「うふふ」と笑いながら言う。少し口を尖らせたその笑い方に、利恵が「かわいい」と感動した。
「利恵ちゃん、そいつのルックスに感動してる場合じゃないよ。今のが本当ならあの男は三股を目指しているハーレム男になる。国王になる気だ」
 酩酊した目付きで言った。

「国王のハーレムの中には奴隷の男の子もいた。それでもいいのか。この時代では、男の子では犯罪だから、イケメンの大人の男を用意して、ハーレムにしようか。それなら、ゆう子も楽しいよな」
「ああ言えばこう言う。女を論破する男はもてないって言ってるでしょ」
 ゆう子がワインを一気飲みした。
「もてる気はないって言ってるだろ。すまん、利恵、来てくれ」
 今度は利恵を呼びながら、靴を脱ぎだした。

「ちょっと眩暈がする。ロスの後遺症かな。ホテルでも寝てたのに何度も起こされた」
 よろよろと歩いている友哉に、利恵が駆け寄り、たまたま横がトイレだったからかそのまま二人でトイレに入った。涼子が、「え?」と思わず声を上げた。
「トイレで超変態なことをする仲間よ。あなたもそれに加わるの?」
 ゆう子が不敵に笑って言うと、すぐに利恵がトイレのドアを開けて、
「ゆう子さんがそう言うと思って、わざとトイレに入ったのよ。もう、ゆう子さんのジョークは読めてる」

と言って、あえて廊下で彼にkissをした。酔っていて、それくらいなんでもないようで、すぐに二回目のkissをした。
「み、見せつける仲間?」
 涼子は苛立った顔つきになった。
「あんたが、友哉さんとわたしたちのラブシーンを見て、なんで怒るの?」
「他人のラブラブを目の前で見て、気分がいい女がいますか」
 友哉は、大手町界隈で買ってきたワインを冷蔵庫に入れて、

「まさか、涼子ちゃんがいるとは。まあ、美女が三人もいて壮観だな」
と言い、そのくせ、誰にも視線は投げなかった。それを見た涼子が、
「先生はわたしの写真集を買ったって聞いてたのに、実物は見ないの?」
と言った。病院での溢れ出た想いの言葉は、ゆう子と利恵に知られないよう口に出さないようだった。友哉もそれが分かり、ふざけた口調で、
「水着じゃないから」
と言った。

「水着の頁ばっかり見てるんですか」
「もっと水着の頁を増やしてくれ。でも写真集でなんかしてるわけじゃないよ」
「やだ。なんですかそれ」
 涼子は、大人の下品な言葉に怒り、ワインを一気飲みした。すると、ゆう子が「なんかお腹が痛い」と言い出し、トイレの方を見た。
「ほら、すぐ裸になるからだよ。トイレ、開けたまま入らないでね」
 利恵がたしなめると、ゆう子はトイレには行かずに寝室に入って、しばらくすると、ティシャツの上に腹巻をして帰ってきた。

「奥原ゆう子が腹巻?」
 利恵が驚愕した。
「この際、そんなことはどうでもいいのだ。いざとなったら裸に腹巻も考えるよ」
「どうしてこんな滅茶苦茶な女を友哉さんが好きなのか、わからなくなってきた」
 すると、友哉がゆう子に近寄り、
「好きとは言ってないが、ゆう子、これはいったいなんだ」
と言って、ゆう子の腹巻を人差し指で突いた。
「腹巻だよ。まさか知らないの?」
 ゆう子が真顔で驚くと、

「知ってるよ。この下のブヨブヨしたのはなんなの?」
と笑った。
「ああ、肉だよ。肉」
 ゆう子が憮然とした顔を見せると、利恵が大笑いをした。涼子も思わず笑っている。
「笑えないよ! 利恵ちゃんと涼子ちゃんが超痩せてるから!」
「面白いだろ。俺のジョークは」
「一生忘れない。わたしの体を使って笑いを取るとは。しかもわたしが一番気にしている部分を責めるなんて。そんなだからもてないんだ」

 ゆう子は腹巻の上からスウェットを着て、お腹を隠した。
 涼子がワイングラスを持ったまま立ち上がると、皆から離れるようにベランダの傍に立った。
「友哉先生がもてないってdots。こんなに綺麗な女が二人もいるのに」
「うちらと会うまで、彼女いない歴、四年以上だったようだ」
 ゆう子がそう教えると、涼子が悩ましい表情をつくって、少し肩を落とした。
「そ、そんなはずはないです」
「おい、妙なことを口にするなよ」

 友哉に釘をさされると、涼子が口を尖らせて、
「いましたよ。遠距離恋愛みたいな女が」
と言った。友哉が涼子を凝視した。
「マジで? だから見えなかったのか」
「見える? 見えない? 友哉先生の何かのデータでも見たんですか」
 涼子がきょとんとした顔をしていると、「黒猫リンリンはかわいいな」と、友哉が笑った。
 涼子は「かわいい」と言われて機嫌を良くして、

「それにどこかに、セックスの愛人が常にいましたよ。読者の女かプロの。そうそうなんとか奈那子とか言うAV女優とも仲が良かったみたい。晴香に聞いた」
と笑みを零しながら教えた。友哉は浮かない顔で、テーブルの上にあった誰かのワインを口につけた。
「まあ、それはちょっと見えてたけど、付き合っていたほどじゃないよね」
「遠距離恋愛の子をほっといてAV女優か」

 涼子が言うと、友哉がやりきれない表情になった。
「まあまあ、後輩よ。遠距離恋愛じゃ、男性はいろいろ困るよね。友哉さんの場合、わたしの知っている限りでは風俗に行かないで、性病のないプロ愛人と遊ぶみたいだから許してやれ」
と威張って言った。
「許してますよ。いっぱい」
 含み笑いを見せたが、目付きが悪くなっていた。

「君ね、君が俺を許すって言ってる意味が分からないけど、まあ、そのスリムジーンズはかわいいよ。だから、まさに許してくれないかな。つまり、昔話をやめてくれないか」
 友哉が涼子の下半身を見て、そのまま、じっと涼子のお尻を見ていた。
 ゆう子が、「やっぱり、涼子ちゃんはかわいい?」と、口をアヒルのようにして言うと、「皆、かわいいよ」と、また何事もないような顔で言う。
 その時だった。
「誰だ」

 友哉が突然PPKを手に持ち、涼子の方に向けた。正確にはベランダにだが、涼子は仰天して、体を反転させようとして倒れた。
「ちょっと友哉さん!」
 涼子の近くにいた利恵が、涼子の肩を抱き寄せた。ゆう子は思わずベランダを見ている。
「友哉様、撃たないでください。トキ様の使いのものです」
 銀色の服の男は、初老で日本人ではなく、南国色をした顔を強張らせた。

「友哉様、カロリッチが言ったのは本当ですね。わたしが現われてからたったの一秒dots速い」
 感心したように言った。
「だ、誰?」
 混乱してるのは涼子だった。友哉は拳銃を持っている。ベランダには奇妙な男がいる。パニックになって当たり前だった。
「ベランダが視界に入る場所に座っている。トキもベランダから俺の部屋に入った。ゆう子に会いにきた時もきっとベランダから侵入」
「さ、さすが、めっちゃ疲れているスパイ」
と、ゆう子が言ったが、驚いているからか棒読みだった。

「友哉様、そのRDを仕舞っていただけませんか」
 老人は顔面蒼白のままだ。
「ベランダからいきなり現われて、人に悪態を吐いたり、寝ているゆう子を見たり、車の中に突然飛び込んでくるおまえらを笑顔で迎える奴がどこにいるか」
「ゆ、友哉さんに一票」
 利恵が震えながら呟いた。
「あれが入口だ。分かるか。玄関というドアだ」

 友哉が横目で玄関の方を見ると、老人も視線を玄関に投じ、
「はい。申し訳ありません」
と老人が深々と頭を下げる。まるで、友哉が王様で老人がその執事のようだ。
「一秒もかかったのか。妙な現れ方をしたら一撃だぞ」
「はい。気を付けます」
 利恵がパニックになっているのか、ゆう子ではなく肩を抱いている涼子に、「友哉さんって何者?」と訊いている。涼子が震えながら無言で左右に首を振った。

「老人は撃たないように、別の者に聞いたはずではないですか。わたしに悪意がなくても、友哉様が本気になれば傷は与えられます。カロリッチが殺されるかと思ったとdots
 彼は手で額の汗を拭った。
「温度差がありすぎる。車に突然乗りこんできた男と笑顔で握手をするのか。とにかく玄関から入ってきてくれ。晴香のガードはどうなってるんだ」

「別の者たちが守っています。奴らも人手不足で、そうそうは押し寄せてこられません。晴香様の家の周りや学校の位置情報を破壊してあるので、直接飛び込むこともできないので、成田のようなことはありません」
 ゆう子も利恵も知らない話をしている。
「そうだったな。それなら娘の着替えや風呂も見られなくて安心だ」
「はい。わたしにはもう興味がない話ですが、若い者たちは見たかったようで、叱っておきました」

 今度は、手品のように手の中に出した布きれで汗を拭いながら大らかに笑うが、友哉は面白くなさそうな顔をしていた。
「このマンションも位置情報を破壊しているようだが、突然現れるな。レベル不明で撃ってしまう」
「このマンションは何もしてませんよ。我々が友哉様とお話をするために来るには適した場所です」
「このマンションは安全?」
「はい。おかしいですね。その説明がなかった? 若い者を派遣すると友哉様に緊張してしまうんですね」

 初老の男は首を傾げるが、なのに説明をする気はないようで、
「若者に自信を付けさせていただいたようで、ありがとうございます」
と、友哉に頭を下げた。
「ジョージか。あいつがオドオドしていたと思ったら急に生意気なことを言いだしたからだ。俺は何もしてない」
「友哉様に生意気なことを? 彼は戻ってから胸を張って歩いてます。体が弱かったのに、自信がついたのか、トキ様も目を細めてますよ」

「次から来る若い奴には、普通に話すように言っておいて欲しい。腰が低すぎる。カロリッチは態度が悪かった。おまえら、極端すぎるぞ」
「分かりました。善処いたします」
 老人は頭を下げると丸い水晶のような物体を手の中に出した。AZが出てくるようにそれは突然彼の手に握られていた。
「R89じゃないのか」
「R89もあります。この後の確率を計算しないとdots

「何をするのか知らないが、来る前に計算して来い。思い付きでやってくるから、俺に撃たれそうになるんだ」
「まったくその通りでございます」
 老人が頭を掻きながら笑った。
「話が全然見えないんだけどdots
 ゆう子が、初老の男と友哉を交互に見て言った。
 未来の人間を初めて見た利恵も言葉を無くしている。

 涼子は少し震えていた。利恵が優しく抱きしめているが自分も怖いから、涼子に体を寄せているのだ。
「ゆう子さん、はじめまして。おお、あなたが利恵さんですか。なるほど、女神と言えば女神に見えます」
「は?」
 利恵が目を丸める。
「若者と爺さんとじゃ、利恵の見解が違うようだな」

「おや、そうでしたか。ジョージは利恵さんを見ていないからではないでしょうか」
「利恵ちゃんが女神?こんな淫dots
 利恵が身を乗り出して、ゆう子の口を塞いだ。
「ゆ、ゆう子さん、あんまり冗談が過ぎると、さすがのわたしも怒るよ」
 笑みを零していたが声は笑っていない。ゆう子をきっと睨んだ。
「トキの世界は女が少ないから、わざわざ美女を見に来たのか。どうぞ、ここは美女、展覧会だ」

「涼子さんに会いにきました。友哉様を追跡していたら、涼子さんに会えると思って頑張っておりました。アイドルとやらのお仕事、あちこちに移動するので、涼子さんになかなか会えなくて四苦八苦です」
「なんで涼子ちゃんに会いたいの?」
 ゆう子が友哉とトキの使いを交互に見ながら訊いた。
「ほう、本当に涼子の居場所が分からないのか」
 友哉が老人に訊くと、彼は少し頷いた。

「それは俺の性格がいい加減だからってジョージに言われたぞ」
「そうですか。そうだと思いますよ」
「なにい?」
 友哉が頓狂な声を出す。
「涼子さんの居場所は知らないのに、世界を動かしているような男たちの居場所を調べてらっしゃる。小説のネタのようですが、仕事よりも愛する女性を労わってください。そちらの美女たちも失いますよ」

「今度は説教か」
 友哉が目を丸めると、老人は少しだけ友哉を睨み、
「世界最強の殺し屋はどこにいますか」
と訊いた。
「確か、ネパールのインドの国境近くの村なんだ。インドとネパールを旅行した時に立ち寄ったけど、治安が最悪。逃げて帰ってきた。そいつ、村人に化けているから、国際警察が見つけられなくてdots

 友哉が饒舌になったところで、
「それが迷惑なんです」
と老人が、ぴしゃりと言った。
「な、なんで? 小説のネタなのにdots
 年長者に叱られた友哉が、目を泳がせたのを見て、「やっぱ、未来の偉い人じゃないな。普通の男ね」と利恵が溜め息をついた。友哉が砕けたからか、利恵は少々、落ち着いてきたようだ。
「では松本涼子さんdots

 老人が涼子に目を向けた。ベランダに立ったままだが、それほど離れてはいない。涼子は、体をびくっとさせた。
「涼子ちゃん、大丈夫よ。これがわたしたちの秘密で、あなたが仲間になれるかどうかって話だと思う」
とゆう子が言った。
「あなたは友哉様と結婚したい」
「え?」
 驚いたのは涼子だけではなく、ゆう子と利恵も目を丸めた。

「学生の頃、友哉様にそう言って了解してもらった。それを実現させたいと思っている。あなたの夢ですね」
 涼子は頷いた。そして、
「なんで知ってるんですか」
と、当たり前の疑問を口にした。
「許嫁?」
 ゆう子が思わず叫んで、その口を開けたまま動かなくなった。
「編集者の娘と作家が不倫?」
 利恵が涼子を見て訊くと、

「そうですよ。だけど久しぶりに会ったら、女が二人もいた」
と、涼子はつんけんしながら言った。
「トキの使いの御老体。それをばらすのは自然か」
「おや、神経質なお言葉。ばれてないのが不自然で、利恵さんが気づいていないのが、そう、まさに不自然なんです」
「へえdots
 友哉が首を傾げた。

「お二人は以前からのお友達なのですが、まだ仲良くなっていないようなので」
「え?」
 利恵が声を上げた。友哉が、思いだしたかのようかのように、
「そうか。二人が同時に現れたから変だと思った。本当は俺と利恵と出会った時には、もう二人は友達になっていて、利恵が、涼子の口癖を懐かしいって思うのか」
と言った。『イケメン小説家は怖いな』のことだ。

「それから確認したいことがある」
「なんでしょう?」
 友哉がトキの使いの老人に近寄った。ゆう子たちは声も出さずに呆然としている。その中で、涼子だけはどこか勝ち誇った顔に変わってきていた。
「涼子の家の庭で、彼女が高校一年生の時に妙な魔法を使ったのも、トキたちか」
 涼子にはもちろん、ゆう子と利恵にも聞こえないように訊いた。

「はい。もちろん、使ったのは光の技術です」
 友哉は、老人から少しだけ目を逸らしながら「ありがとう」と呟いた。老人が目を細めて、友哉を見た。息子を見るような目だった。友哉が、老人に背を向けて、ゆう子たちに体を向けた。演説するように、
「改めまして、皆様。こいつがゆう子に会う前の彼女。隠していたのはわざとだ。偶然再会したが、もう別れたつもりだったから隠していた。しかし、こいつは自分で遠距離恋愛とか言ってるよ」

と言った。ゆう子は手になぜかテレビのリモコンを持っていて体を固まらせていた。どうやらワイングラスと間違えているようだった。
「もしかしたら、別れてないんだっけ? 愛着してる涼子」
dotsさあね。そーゆー話もあったかなあ」
 涼子が投げやりに言って、そっぽを向いた。
「あ、あんた。北海道の旅館に友哉さんと行ったことがあるか。嘘は言うな」

「ありますよ。別にいいでしょ。彼氏なんだから」
 利恵が、涼子を凝視している。そして、
「いつ?」
と消え入るような声で訊いた。
「高校一年生の冬。最後のデートかなあ」
 また、つんけんして言った。
「デートじゃなくて、おまえが俺の取材旅行に一緒に来ただけじゃないか」

 友哉がそう言うと、
「それがわたしたちのいつものデートでしょ」
と、彼を睨んで言う。ゆう子と利恵がいることが相当、気に食わないようだった。
「函館は人探しも兼ねてたから許す」
「ああ、見つからなかった。すまなかった。歩かせて。許すって何回も言ってたが、その口癖、やめてくれないか」
 少しばかり恋人同士のような会話をして、二人は視線も重ねた。

「浮気してる男みたいに聞こえる」
「してるじゃん」
「してない。この状況をよく観察してほしい」
「どう見ても浮気」
「違う。俺とおまえは別れている」
「なにー?」
 涼子が目を釣り上げた

「まあまあ、皆さん、揉めないでください。実は涼子さん、あなたに我々が光を与えたのです」
 ゆう子と利恵が思わず顔を上げた。
「光? まさかマリー?」
 ゆう子が声を上げた。すると友哉が、
「R12じゃないのか。チャーリー」
と老人に訊く。

「マリーです。友哉様、どうしてR12を知ってるのですか」
「え?」
 友哉が珍しく、体を固まらせる。
「トキの仲間の誰かが言ってたdots
「言ってませんよ。私の名前はなんで知ってるんですか」
「さっきから自分で言ってるじゃないか」
「言ってませんよ。ねえ、ゆう子さん」

 ゆう子に水を向けると、ゆう子が思わず頷いた。
「友哉様、脳が復調してきましたね。良かった」
 友哉が頭痛を嫌がるように頭を左右に振っている間に、老人の話が始まった。
「リングの話は複雑なので、皆さんは後でこのお美しい天才女優に聞いてください」
 初老の男がゆう子に手を向けた。ゆう子は虚を突かれたのか、きょとんとした。
「その昔、涼子さんのお父上が、友哉様にある相談をされに行った。涼子さんを連れて」
「覚えてる」

 涼子がポツリと言って、友哉を見た。少し、目が潤んだように見えた。
「友哉様のアイデアは、晴香様と涼子さんを友達にして、涼子さんの父上と四人で温泉やイベント会場に遊びに行くというものでした。しかし、当時の涼子さんは、友哉様の娘の晴香様のことも警戒されていたので、我々が涼子さんにマリーを与えました」
「なんで、あんた、晴香ちゃんを警戒するのよ」
 ゆう子が思わず言うが、涼子は答えない。

「始めのうちは友哉様にも好戦的だったので、涼子さんのサディズムを抑えるためにもマリーが必要だとトキ様が判断された」
「あんた、サドなの?」
「ゆう子、黙ってろ」
 友哉が間髪入れずに言うと、ゆう子は「はい」と言って背筋を伸ばした。
「涼子が立ち直ったのは、俺のアイデアや努力じゃなかったのか。R12の効果か」

「マリーです。友哉様。落ち着いてください。そんなことはありません。マリーの効果は、人を睨む涼子さんにはよく効きました。そして九割以上は友哉様の努力です。その友哉様の努力に彼女は惚れたのでしょう」
「惚れてないもん」
 涼子が口を尖らせて言うと老人が、
「本当ですか」
と笑った。すると、「うそ」と小さな声を落とし、友哉を女の目で見た。

「喋れるようになった」
 ポツリと言う涼子。うっとりした瞳で友哉を見上げた。
「失語症だったの?なんで?」
 ゆう子が声を上げた。
「食べることもできるようになった。あなたはわたしのお医者さんで、ミステリアスヒーロー」
 友哉の手を握って言う。もう、女の顔になったまま、溶けそうな笑顔だ。

「かわいい」
 利恵が思わず呟いた。
「その程度の効果なら、マリーなんて際どい光を中学生の涼子に与えるなよ。間違いが起こったらどうするんだ」
 友哉は涼子から手を離すとソファに座って、PPKもしまっていた。呆れた表情を見せている。
「間違いは起こってると思うよ。そんなに惚れちゃったら思春期の一人の部屋でいろいろね」
 ゆう子が呆れかえった口調で言った。
「いやらしいこと、言わないでよ」

 利恵がゆう子を睨んだが、友哉は、「それはそそるな」と笑った。
「ほら、少女のベッドの中を妄想してる。ロリコンじゃん」
 ゆう子が勝ち誇ったような顔で利恵を見た。利恵が「あとで検証する」と頬を膨らませて言った。
 初老の男は苦笑いをしながら、「緊張感のない楽しい女性たちですね」と言い、涼子に近寄った。
「なんですか」
「よく帰ってきてくれました。会えなかった時期の傷は友哉様が癒してくれますよ。存分に、このお方で遊んでください」
「?」

「今から光を使った…つまりハッキングを解きます。長期間、効き目があるマリーだったので外すと彼女は少し失神すると思いますが、すぐに目を覚ましてその時に彼女がどうなるか、ちょっと予測がつきません」
「利恵ちゃんが、友哉さんにその光を外されても、友哉さんのことを好きだったけど」
 ゆう子がそう訊くと、

「それは、利恵さんが、マリーを与えられる前から友哉様を好きだったのではないですか。マリーとはそういうもので、涼子さんにマリーを与えたら友哉様と即セックスというものでもありません。ただ、好きな人を好きでいる。それだけのことです。犯罪的なハッキングではありません」
と老人が答えた。利恵が思わず頷いた。どこか安堵の表情も見せる。
「うん。それはわたしたちも検証した。つまり涼子ちゃんはそんな子供の頃から友哉さんが好きだったってこと?」

「そうですよ。好戦的とはいえ、いつも友哉様をこっそり見ていたので」
「じゃあ、外しても友哉さんを好きなままってこと?」
「それは良いことです。なにか問題でも?」
 余裕のある老人の笑みに、ゆう子は黙ってしまった。

「涼子さんからマリーを外すのは、トキ様からの要望で、涼子さんの学業も終わり、歌手の仲間とも諍いもなくやっているのを確認したためです。そして涼子さん、ちゃんと戻ってきたので。でも、外すのはリスクが高いかも知れません。テンドウ様は大丈夫なのでしょうか。なんかわたしも冷や汗が出てきました。涼子さん、いいですか」
「どうぞ。そのクスリを消されてもわたしは何も変わりませんので」
 自信満々に言い放った。

「ほう、俺をそんなに好きなのか。そりゃあ、びっくり」
「うるさい。好きも嫌いも楽しければいいのよ」
 二人のやり取りを聞いた利恵が、
「友哉さんにうるさいdots。わたしでさえ、言った事がない。まさに今どきのカップル」
と言った。
「確率は七十七%。これでいいのでしょうか」
 R89を見て呟く。

「テンドウ? テンドウがトラブルになる確率は?」
「テンドウ様を知ってるのですか」
「知らん。だがトリプレックスやらの中にはいないのに、テンドウ様と呼ぶなら相当な位にいる人物だろう。なになに様が増える一方だ」
「単純に三十%ほどではないかとdots
 初老の男、チャーリーが真顔になった。
「トリプレックスってなに?」

 ゆう子も真剣な口調で訊いた。
「涼子を守っている妙に強い連中だ。彼らは俺よりは若い。テンドウはもっと年寄りだ。この御老体が友情を育んでいる。そんな感情が出ていた」
「友哉様、我々の世界の心配は無用です」
「涼子ちゃんを守っているって?」
 ゆう子が訊くと、
「我々の世界から見守っています。それで幸せじゃないですか。友哉様も、皆さんのことを毎日見守っていますよ」

 初老の彼が涼子の肩に触れた。手に水晶のような銀色の玉を持っていて、それが緑色に光った。
 涼子が目を閉じた。すっと落ちていくように眠ってしまい体を崩し、利恵がそれを支えた。
「トキ様もすごい賭けに出るものです。緊張しました。涼子さんは今、ストレスになっていると思うので、私のことは忘れるようにしておきました。では私はこれで失礼します」
 初老の男、チャーリーは山間にある濃い霧が風で流れるような消え方をした。
 すると涼子が目を覚まし、ゆう子と利恵が身構えた。

 テーブルの上の週刊誌を見た涼子は、
「よかった。危うくわたしと先生が熱愛になるところだった。奥原さんがいるのに」
と言った。
「涼子ちゃん、成田空港の近くの病院ではありがとう」
 ゆう子が確認するように訊いてみる。目を丸めて、神妙な表情になっていた。
「成田空港? ああ、この前ですか。晴香に来てくれって言われてマネージャーと行ったけど、何をしにいったのか覚えないんです。ずっと寝てたのかな。後で晴香に聞いてみます」

 ゆう子が友哉の顔を見た。友哉は、苦笑しているだけで何も言わない。涼子が立ち上がり、「またワインを飲みに来ていいですか。オーパスワンが今日は無かった」と言う。
「えっと、松本さんは友哉さんの許嫁じゃないの?」
 利恵がそう訊くと、
「許嫁? なんの冗談ですか。晴香のお父さん、相変らずかっこいいですね。奥原さんと熱愛ですか。ちょっと妬けるな。でもまあ、晴香パパですよ」

 少しだけ友哉を見て、そしてまさにほんの少し首を傾げる仕草を見せた後、涼子は玄関に向かった。
「まさかの展開。さっきのお爺さん、どうするんだろう。未来人なのに大失敗?」
 ゆう子が呆然としていた。
「友哉さんに無関心だったのか。そういう女の子に使ったマリーの効果が切れるとああなるんだ」
 利恵が大きく息を吐き出しながら言う。自分はああならなくてよかった、と顔に書いてあり、「もし、利恵ちゃんもああなったら、一億円を逃すところだったからね」と、ゆう子が笑った。

「もうその話ばっかり」
 利恵が口を尖らせた。ゆう子は、
「びっくりした。昔からそんな関係だったんだ。まさか婚約してたの? あとで説明して。婚約してたとしても、それがマリーの効果だったら、少女レイプになるよ」
と、とてもじゃないが笑えないことを言う。友哉は顔を曇らせている。「どこの記憶が無くなったんだ」と呟いた後、
「やってないよ。セーフだな。まあ、これで利恵dotsそれからゆう子とはdots

 何か言いかけたが、ゆう子がその言葉を遮るように、
「あ、処女だって言ってたか。北海道の旅館でもやらなかったのね。偉い。でも今なら犯罪じゃないから、人気アイドルとやれそうだったのに」
と笑った。ゆう子はライバルが消えたからか、とてもはしゃいでいた。
「元カノが帰ってこないことを祈っていたけど、あっさりといなくなった。エッチはアイドルじゃなくて女優で我慢してね」
「そうだな」

 友哉は力なく呟くばかりで、ベランダに出てどこかを見ていた。
「機嫌が悪いからロリコン疑惑の検証はやめようか。テンドウって誰のことかな」
 利恵がそう笑っていたら、友哉はベランダから戻ってきて、「知らねえよ。トキの仲間だろ。そもそも、二十五歳も離れている女の子を今さら口説くことなんかしないし、俺には君たちがいるから、女日照りで困っているわけでもない。松本涼子を口説く理由はますますない」と言った。

 友哉の話は二人には嬉しいものだったが、ゆう子が「セックスで始まる恋はセックスで終わるとか、二十五歳も離れていたらだめとか、なんか友哉さんらしくないね」と言うと、利恵も、「チャラい男が頑張って真面目な振りをした感じのセリフ」と、追撃をした。
「松本涼子の小さなお尻を舐めるように見ていたくせに道徳的なこと言って、らしくない。ストレス発散のために、やりたかったって正直に言えばいいのに。でも、もういなくなっちゃったからわたしがお尻を小さくするようにダイエットするよ」

 ゆう子がワイングラスを持ち上げて、乾杯の仕草を見せた。
 すると友哉は、ゆう子のそのグラスを奪い取り、テーブルの上に叩きつけるように置いた。ワインがグラスから飛び散り、友哉の髪の毛についたが、彼はそれを拭わず獲物を見つけた肉食動物のような目を見せていた。赤いワインが額に落ちてきて、それが血に見えた。
 ゆう子から見ると、利恵のトイレを盗撮した男を睨んだ時の目に似ていた。

「ちょ、ちょっとdots
 ゆう子は、冗談なのにまさか怒った? と焦ったが、ベランダに出たのは泣いていたのか、涼子を探しに見に行ったのかも知れないと分かり、体を固まらせた。友哉が仕事のこと以外でこんなに複雑な、どこか悔しいような顔をしているのを初めて見たのだ。
「友哉さん、マジにならないでdots
 利恵も顔色を変えている。その利恵を一瞥して、友哉はなんと手にワルサーPPKを現わせた。

 トキたちが造った未来のその銃はセーフティー機能が備わっていて、友人やダークレベルの低い人間に誤発射をしない。それでもゆう子と利恵は金縛りにあったかのように動けなくなった。しかも、『友哉様が本気になったら傷をおわせることはできる』と、さっきの老人が言っていた。友人も敵になったと判断すれば撃てるのだろうか、とゆう子は思った。
「涼子ちゃんのこと、そんなに好きだった? ベランダで泣いてた?」
 ゆう子がそう直截的な言葉で訊いたが、逆効果だったようで友哉はそれを無視して、

「わたしをレイプしろと言った台本が読めない顔とおっぱいだけの女優」
 怒気が詰まった重苦しい音を喉から出していた。ゆう子に銃口を向けている。
「はい。ごめんなさい」
 真顔で謝った。
「おまえのごめんなさいは聞き飽きた。裸で部屋をウロウロするな。セックスをスポーツと言い張るアイドル女子大生か、おまえは。もういいから自分の指で大人しくやってろ。dotsチャラい男しか言い寄ってこないオーラがまったくない美人OL」

 今度は利恵に銃口を向けた。そしてその銃口を利恵の顔に近づけて、なんと口に押し込んだ。
「もう一度、チャラい男って言えよ」
 口をふさがれた利恵は、「ごめんなさい」と二回言ったが、「聞こえないな」と友哉は言い、口角を持ち上げた。
「あの口の悪い涼子にも言われたことがない。晴香にも律子にも。チャラい、軽い、軟派、軟弱、ヘラヘラしている。その類の言葉を言われたのは、四十五年生きてきて初めてだ」
「友哉さん、危ないよ。さっきのお爺ちゃんが、本気になったら撃てるって」

「本気じゃねえよ。女の口を責めるのは人類史に燦然と輝くSMプレイだ。ごめんなさいが聞こえない。謝る気があるなら股を開いてそのまま漏らせ」
 利恵はだらしなく足を開いて、白い下着を大きく見せた。数秒ほど、利恵の股間を見ていた友哉が、「人の家だから許してやる。ただし、メス豚はこれから人間みたいにトイレには行くな。ホテルの部屋のそのへんで垂れ流して自分で掃除しろ」と命じた。
 利恵は、銃をくわえたままさかんに頷いた。

「拳銃のフェラチオは興奮するか。PPKは男のよりも短いから寝取りで他の男とやっていろいろ比べてこい。男のペニスと拳銃は人類の邪悪の象徴だから、おまえにぴったりだ。すぐに口に出す俺のにも似てるだろ」
 顔を接近させて、興がった様子で言った。そしてようやく銃を利恵の口から離した。
「なんだ。これは射精しないのか」

 口から涎だけを吐きだした利恵を見て、つまらなそうに言うと、今度は利恵のだらしなく開いた股間に銃口を押し付けた。ショーツの上から膣に食い込んでいる。
「妊娠しないペニスだ。これでセックスをしようか、利恵」
 利恵の股間に銃を押し付けたまま、
「ありがとうございますって言えよ。おまえらを美人だってさっきから言ってんだよ!」
 遂に怒鳴った。
「は、はい。顔だけです。ありがとうございます」

 ゆう子が神妙に頭を下げた。おでこと首筋に汗が滲んでいた。すると、友哉はリングがはめられている左手を伸ばし、ゆう子の乳房の上を触った。
「熱!」
 ゆう子が声を上げた。
「ふざけてばかりだと、乳首を焼き切るぞ」
「ちょ、ちょっと気持ちいいけど」
 ゆう子が口に手をあてる女の仕草を見せて喜んでしまっているのを見た友哉が、「おまえはいい」と言って、また利恵を睨んだ。利恵の顔面は真っ青だった。

「寝取りの男たちの性病検査は俺がしてやる。顔に精子をつけたまま、街を歩いて、その美貌を軽蔑されながら俺の部屋に来い。その度に百万円やるよ。嫌ならやらなくていい。そのまま消えろ」
「えdots
 利恵がようやく声を出した。
「ゆ、友哉さん、涼子ちゃんがいなくなって利恵ちゃんまで捨てる気? 落ち着いて」
 ゆう子が声を震わせた。
「ごめんなさい。やります。その代わりdots

「その代わり?」
 友哉が目を剥くと、ゆう子が、「利恵ちゃんの話を聞いてあげて」と思わず言った。
「あ、あのdots
 利恵が口を開こうとしたが先に友哉が、
「おまえに条件を提示できる権利があるのか。別れるか、俺が納得するまで俺の性奴隷かだ。一億円は危険な目に遭わせた慰謝料のつもりだが、別れてないなら話は変わる。おまえはロスで俺の三百億円に因縁をつけた。

軍の兵士にそんな報酬はあるのかってな。おまえの一億円に対する反撃はこうだ。首都高のコスプレとドライブ先のラブホのセックスだけで一億円は高いって、日本中の女の子たちが、まさに手を挙げる。その子たちに二億円払って、尽くしてくれる女とセックスを楽しむって話だ」
 利恵が肩をすぼめた。泣き出していないが、ゆう子をちらりと見て小さく頷く。
「その代わりは、百万円はいらないって言いたかったの」

「ほう。それでいい。無料奉仕でこの世にあるすべての変態セックスを続けろ。見てみたい、純愛とやらを。どこのカップルも夫婦も、別々のカフェでパートナーの陰口ばかりの世の中だ。大半が金の問題。こんな金に塗れた愛のない世界は恐竜が絶滅したように一瞬で滅びてしまえばいい。皆が一緒に死ぬなら、俺は大歓迎だ。金と欲にまみれたこの狂った世界のどこに助ける価値があるんだ。俺がテロリストと戦うのをためらう理由はそれだ。分かるか。トキが正義の味方なら、俺はあんな爽やかな正義の味方はごめんだ。晴香と涼子がいたから了解しただけだ。

涼子は出たり入ったりの女だが金には目を向けない。晴香は娘。世界中の兵士、諜報員、警察官がそうだ。子供がいるから戦っているだけだ。誰が汚れた世界のために命がけで戦うんだ。価値があるのは金を欲しがらない涼子のような女だけだ。その涼子もセックスを覚えて、歳をとってくると、おまえのように金のお喋りばかりするようになる。おい、声を出せ、利恵!」

 サディズムを露わに語る友哉。拳銃による強烈な愛撫に感じていた利恵は、声を出そうと頑張ったが、あまりにも怖くて逆に自然な声が出ない。友哉がゆう子を見た。
「おい、涼子を愛してるって話じゃないぞ。俺は目の前の真実を愛する。おまえも利恵もいい感じで濡れてるじゃないか。愛しいよ」
「はい。御名答。ぬ、濡れてます」
 半ば震えながらだが、ゆう子の言葉遣いは変わらない。友哉はそんなゆう子を見てくすりと笑った。
「かわいいやつだ。しかし、あれはいい加減にしろ」

 友哉は急に右腕を反転させると、ハンガーにかけてあったアレキサンダーマックイーンのワンピースをPPKで撃った。ワンピースには無残にも穴が開いた。
 ゆう子と利恵は声も出せずに、ワンピースの焦げた穴を呆然と見た。
「わたしは汚い過去がある女だとほのめかしながら、一着三十万円以上のワンピースを新着が出る毎に着まわして、何を主張したいんだ」
dots
 ゆう子は何も答えない。

「俺がこの銃とリングを使って、世界を統治してもいいが、そんな価値はこの世界にはない。逆に滅ぼすぞ。それも面倒臭いからこんなにモノが溢れた世界に執着しないで、なんにも飾らない松本涼子のような女を口説いて、その新しい彼女をぼうっと見てる人生にしようと思っていた時期があった。南の海を見ているように。俺はロリコンなんだろ。おまえらのお望みどおり、どこかの美少女を連れて沖縄に行くよ。言いたい放題、ぺらぺら喋りやがって。俺は合コンにきた安っぽい男じゃない。俺はdots

 友哉はいったん言葉を止めると、
「天下の佐々木友哉だ」
と力強く言い放った。
「俺に従え」
 ゆう子と利恵が絶句している。
「二択だ。俺に従うか、テロとの戦いをやめるか。何しろ、こちらにはガーナラの副作用がある。二日に一回は地獄を見ている。おまえらと恋愛ごっこをしている余裕はない。俺の気分に従え。健康的なおまえは、スポーティーなファッションに変えて、大人しく俺の手を握って寝ながら、AZの研究を続ける。利恵はそのままのファッションでいいが、一億円分のセックスと家事を俺が辛い時にしろ」

 彼がわたしが着るブランド物の洋服を嫌がるのは、わたしがなんら自信のない女だったからなんだ、とゆう子は分かった。
 利恵は、『俺が辛い時だけ』と譲歩した友哉の優しさに触れた。
「男の本性を知りたいと言ったり、それを語らせたりして、女はその時は満足するが、半年もしたらいなくなる。それを語らない誠実そうな男のところに行って、またその誠実な男に本心を語らせて、最初は自分のモノになったと独占欲を剥き出しにしてうっとりしているが、次第に苦痛になってきて、また別の誠実な男に乗り換える」

 女の本質を語る友哉。女嫌いを剥き出しにするが、

lineきっとずっと涼子ちゃんを守ってきた

と、ゆう子は思った。学校の虐めでボロ雑巾のようになっていたのだろうか。それが今は人気アイドルになったのだ。

「涼子と俺との歴史を俗語で嗤いやがって。俺の恋愛は地上にはない。dotsいいかおまえら」
 ゆう子と利恵は襟を正すように座り直した。
「恋愛ごっこがしたいなら、まさにチャラい男の子のところへ行け」
 友哉はそれ以上は何もせず、何も言わず、マンションから出ていった。
「ち、地上にないってdots。言うことがヤバいよ。あれは帰ってこないと思う」
 ゆう子の額に汗が滲んでいる。

「赤い光線で、ふ、服にだけ穴が開いてる」
 利恵はハンガーが壊れていないのを見て、その射撃の芸当に驚きを隠せないでいる。そして、
「佐々木友哉だって自分を誇示した。そんな男、いるの?」と言った。
「大作家じゃないもんね。結局、未来の世界の偉い人なのか」
「わたしたちの時間の数秒間に、行ったり来たりしてるのかも」

「うん。さすがにそれは解明できないけど、疑った方がいいかも。R12ってなんだろう。未来の武器か何かの名称を知っていた。友哉さんはトキさんに未来の世界にいた記憶を消されてるのかもしれない。dotsあ、ダークレベル2のままだった。良かった。利恵ちゃんを撃ち殺す気も殴る気もまったくなかったみたい」
「十分、DVかセクハラだけど」
「今のセクハラは楽しかったよ。なんなの、あのリングの熱は? 乳首にビって。超感じてしまった」

「実はわたしは初めて見た。あの銃を撃ったところを。腕時計を壊されたことはあるけど、撃ったというよりも銃口が光っただけだったからね。やっぱりイーサンハントだ」
「トムクルーズ?」
 惚けている利恵を、少し睨んだゆう子は、
「一から十まで私たちが悪い」
と、まっすぐな声柄で言った。

「うん。反省しよう。お金目当てのメス豚だって自分から言って、セックスだけの女は嫌だって矛盾してる。ねえ、わたし、ちょっと漏らした。下着、貸してくれる?」
ゆう子は新品の下着を持ってきて、利恵に渡した。
「形は違ったけど、利恵ちゃんにブチ切れたでしょ。こんなことは言いたくないけど、出会ってすぐに一億円ももらったら、セックスばっかりは当たり前で変にかっこつけないほうがいいよ。

その当たり前も友哉さんはやろうとしないくらい優遇されてるしね。コスプレで車に乗るのや着替えをスマホで見せるのが嫌なら一億円は返した方がいい。友哉さんの言うとおり、他に手を挙げる貧乏な子、一万人はいる」
「うん。一億円もらってコスプレが嫌だって贅沢過ぎる。上から目線で癒してやるかって態度でいたし」
「明らかに利恵ちゃんの「チャラい」に激怒してたけど、チャラいのは利恵ちゃんじゃん。誰でも怒るよ」

 ゆう子が苦笑いをした。
「うん。ゆう子さん、それにわたしを怒ってたのね。今、気が遠くなるほど反省してる。わたし、宝くじが当たって偉そうにしている奴みたいになってた」
 利恵が慌てて下着を穿きながら言った。
「さっきのプレイ、厳しいけどやるの?」

「寝取りで他の男の精子を顔にかけてもらってそれをつけたまま、街を歩いて友哉さんのマンションかホテルに行くのか。昔、似たようなことはしてた。あ、思いだした。顔に出された後、カラオケボックスの会計をわたしがしたんだ。罰ゲーム」
「あんた、実はAV女優だったんじゃない? それ、AVの企画でしょ?」
 ゆう子がため息をついた。

「あのお爺さん、涼子ちゃんに帰ってきてくれてありがとうって言ってたのにdots
 ゆう子がベランダの外の薄暗い空を見た。
「パーティーの席からもいなくなるのかな」
 ゆう子がそう呟くと、利恵が少し顔を上げて、思慮深い面持ちで、ゆう子と同じようにベランダを見た。
 新宿の夜は、友哉が夢に見ている沖縄の夜空とは違い、星が見えない。

「友哉さん、どこに行ったんだろう。一人が寂しい人なのに」
 ゆう子はそう呟き、涙を浮かばせた。

 埼玉県の中心部にある狭い焼き鳥屋に、友哉はいた。二つの雑居ビルの間にあり、息が詰まりそうな店だ。
 ゆう子と利恵にPPKを向けた翌日の夜だったが、友哉はあの日から寝てなかった。
lineもう二度と、女には怒らないと誓ったのに、またやってしまった。

 ひどく落ち込んでいたが、
「そりゃあ、あの二人が悪すぎる。煽ってるようなものだ」
 慰めてくれたのは桜井真一だった。友哉は、涼子がその時にいたとは言わずに、元カノの話をして笑われたと説明した。女優やアイドルに好かれていることを自慢しているようになるのは嫌だった。

「まあ、美人は調子に乗るから、たまにはお灸をすえないとだめだって」
「怒るといなくなるじゃないか」
「おまえ、そんなに女に弱いのか」
「弱くはない。いなくなるのがなんだか嫌でね。居場所が分かればいいんだが…」
 茶褐色の甘辛のタレが肉から零れ落ちるほどのもも肉の串焼きを口に突っ込んだ桜井が、
「居場所ねえ。なあ、なんで三百億円もあって一本百円の焼き鳥屋なんだよ」

と愚痴った。汗まみれの若い店主が「え?」と思わず声を出した。
「仕事、大変だね。今のは冗談だ。俺たちもこう見えても大変なんだ。このおっさんはちょっと前に多臓器不全で一回死んだくらいで、本当はお酒は禁止」
「このイケメンは、交通事故で足が動かなくなったところで、妻に離婚されてノイローゼ。お互い頑張ろうな」
 友哉と桜井がそう言うと、店主は笑って頷いた。

「焼き鳥屋が嫌なら、あっちに風俗がいっぱいある。あとで行きなよ」
「おまえも一緒だ。代行で帰れ」
「なんで人気女優と付き合ってる男が、風俗店に行くんだ」
「社会勉強? 今さらなんだが」
 友哉と桜井は、そこで話を止め、ビールを飲みだした。
 焼き鳥で胃袋を膨らませた二人は河岸を変えることにする。

 繁華街を二人で歩いていると、若い女を連れた巨漢の男が「おいおい」と叫びながら、桜井に体をぶつけてきた。巨漢の男の腕にしがみつくように歩いている派手な女がうっとりしている。どうやら、ケンカが強い彼氏が好きなようだ。しかし、桜井は刑事。友哉が思わず吹き出すと、巨漢の男がいきり立った。
「オヤジ、なに笑ってんだよ」

と怒鳴った。ところが、その巨漢の男が友哉を見て、「おお、片想いの男じゃねえのか」と声色を変え、声を上げた。いかにも酩酊している様子だ。
「ああ、奥原ゆう子の男だ」
 女も声を上げた。
「まずいな」
 桜井が逃げようとすると、巨漢の男が桜井の腕を掴んだ。その腕を友哉が払うようにして叩く。
「佐々木、やめろ」

 桜井が警察手帳を出すと、男は驚いて後退りして、「おまえの本、売れてねえな。ノーベル賞、取ってみろよ。どうせ、奥原ゆう子のヒモだろ」と叫びながら走って逃げて、なんと彼女を置いて行ってしまった。
「あのバカ面で本を読むのか」
 友哉が苦笑いをしていると、残された女が、「警察がいなかったら、わたしの彼の方が強いよ」と嘯く。友哉は女を無視して、早足で繁華街の奥へ歩き出した。
「置いてきぼりにされたわりには、男に失望しないんだな」

 友哉に追いついた桜井が苦笑している。
「素敵なバカカップルだ」
 細い足を軽快に動かす友哉は無表情だった。
「ノーベル賞、取れるはずねえのに。まさに言ったもん勝ちってやつか」
「よく言われる。ヒットしても誰かのもっとヒットした作品と比較される。トップのトップのトップにならないとずっとアンチみたいな奴らに中傷される仕事だ。匿名でポルノ小説を書いていた方が気楽だ」

と、話すのも嫌そうに言うが、桜井には友哉が疲れているように見えたのか、
「今、腕力を使って疲れたのか」
と心配そうに訊いた。友哉から蘇生された桜井も少し体調に変化があり、ガーナラのことを友哉から聞いていた。
「違うよ。ケンカが強い弱いってあの女が言った。その話が嫌いなんだ」
「好きになったある女はケンカが強い男が好きで、好きになったある女はケンカをするような男は嫌いで、恋人が変わる度に、男は強くなったり弱くなったりしなくちゃならない。つまり、さっきのようなバカに対処する方法がない」

「御名答。そのストレスはキャバクラで治るかもね」
「おお、言うね。そうこなくちゃ」
 チンピラに絡まれた勢いで友哉は、桜井と一緒にキャバクラに入った。桜井の行きつけのようで、彼を見た店長の男が二人をVIPルームに通した。
「口の堅い美人を三人くらい呼んで、他は入れるな」
 桜井に命じられた店長は「わかりました」と頭を下げた。
「口の堅い女っているのか」

「いない。適当に飲んだら消えてもらう」
 キャバ嬢が三人、暇そうな顔をしたまま、ぞろぞろと歩いてきて、二人の隣に座った。
「代行は頼まないよ。ここで酔いがさめるのを待つことにする」
 友哉は彼女たちをちらりと見ただけで、桜井にそう言った。
「わかった。こいつはウーロン茶。俺はブランデーをロック。おまえに生き返らせてもらってから、妙に酒に強くなったんだ」

「副作用だ。あんまりそれまでと違う生活をすると、反動でぽっくりいくぞ」
 桜井は思わずグラスを落としかけるくらい、体を固まらせた。
「ロックはやめた。水割りにする」
 桜井にグラスに水を足すような言われたその彼女はとても美女だったが、化粧は濃い。ミニスカートの太ももの上にハンカチを置かない女の子が一人いて、太ももの隙間を桜井がじっくりと眺めている。
「あ、ハンカチ、忘れてた。桜井さんは本当にエッチだね」

 いかにも目を美容整形している女の子が慌ててハンカチを太ももの上に置いた。まるで、目玉のお化けだが、それがもてはやされる時代だ。
「奥原ゆう子は整形してないのか」
「してないと思う。自然な造形だ」
 奥原ゆう子の名前に、女の子たち三人が興味を示した。
「どうでもいいよな。奥原ゆう子なら多少整形していてもなんでも。あんなにバカにされても、それに怒った自分に落ち込んでるくらい惚れてるんだから」

「惚れてないよ。それにどっちかと言うと利恵に怒った」
「もしかして、奥原ゆう子の片想いの男がこの人?」
 キャバ嬢の女の子が言った。歳は十九くらいだ。勝手に自分のカクテルを頼んでいる。
「男? ゆう子は男を男の人って言うぞ。しかもおまえ、客に向かってその口の聞き方は変だ。本当にここはVIPルームか」
「まあまあ、先生、怒るなよ。女に怒らないって誓ったんだろ。君ら、奥原ゆう子の話は忘れて、俺とこの人をしばらく二人だけにしてくれないか。後でまた呼ぶ」

 誰もいなくなったら、今度は場違いな音楽が気になる。演歌だった。誰か店の隅でカラオケをやっているようだ。
「キャバクラの何か楽しいんだ」
「独身男の唯一の楽しみだ。おまえに金をもらってから、楽しさ倍増だよ」
「だから何か楽しいんだ?」
「若い女が楽しい」
「あんなの金のことしか頭にないパーじゃないか」
 そんなことを言ったのに、お金を欲しがった宮脇利恵を思い出した。

 桜井が友哉の心の内を読んだかのように、
「同じくらい悪態を吐いていたと思うけど、利恵ちゃんに怒るってことは、先生の中では彼女が恋人なんだな。ゆう子ちゃんは本当に片想いか」
 少し溜め息を吐くが、
「複雑そうでわからん」
と言い、また息を吐き出した。
 なぜ、お金ばかり見ていた彼女が魅力的なのか。

「生きるためのセックスじゃない女だと思う」
 利恵のこと、先程のキャバ嬢のことを言う友哉。
「さっきの子なら奨学金のためにバイトしてるって前に言っていたよ」
 桜井がそう擁護すると、友哉は「そうか。すまん。後で謝る」と呟いた。
line利恵。おまえに惚れている。涼子もそうだが悪女が好きなのか、俺は。

 涼子は典型的なファム・ファタル。男を破滅させるのが生き甲斐の女。それを計画的に実行する。しかし、利恵は自然体かもしれない。
「その方が厄介か」
 友哉は苦笑いをした。気を取り直してリングでゆう子に通信した。桜井にはリングのことを、「通訳、電話、病気の治療。なんでも出来る指輪だ」と説明してある。
「ゆう子、監視してる? さっきチンピラに絡まれたけど」

「はい。大宮にいる友哉さん。昨日はごめんなさい。さっきのチンピラですか。レベルは3だったけど、レベル4以上か警察官全員集合しか友哉さんの相手にならないよね。隣の男の人もちょっとレベルが高いけど、大丈夫ですか」
「桜井さんだ」
「あ、本当だ。すみません。ぼうっとしてて」

 どこか大人しい。前日のケンカのせいだろうか。しかし、友哉はゆう子が監視してくれていてほっと胸を撫で下ろしていた。
「お父さんのところにいるの?」
 父親の介護に行っているのかとも思い、訊いてみる。
「あ、違うよ。すみません。しっかり監視してます。ちょっと飲んでるけど」
「彼に仕事を一件頼みたいから、近場に凶悪事件がないか、調べてほしい」

「女の子と遊んでるのかと思ったのに頑張るんですね。わかりました」
 桜井は上目遣いで友哉を見て、「悪いね」と笑った。友哉よりも背が高いのに、背中をわざと丸めている。
「奥原ゆう子ちゃんはキャバクラに行っても怒らないのか。一途な片想いといい、昭和の演歌みたいな女だ」
 桜井のその例えに、友哉は大きな頷いていた。
「桜井さん、なんでそんなに腰が低いんだ」
「先生を尊敬してるんだよ」

「やめてくれよ。年下だよ」
「久坂光章って横浜の警察官を知ってるか」
 桜井が唐突に言うと、友哉が口を噤んだ。
「いいんだよ、先生。久坂さんから聞いた。その自殺未遂を繰り返していた女子高生、誰かは教えてくれなかったが、自分の命を投げて、女を助ける男がいるなんてな。宮脇利恵さんのこともあったから、あんた、本物だよ。死ぬのが怖くないのか」

「命を投げてない。あれは計算通りだ」
「落雷を計算するのか。天才だ」
「ゴルフしてるおじさんは皆、分かるよ」
 友哉の言葉に、桜井が大きく笑った。
「おじさんだよなあ」
 そう呟いて、若いキャバ嬢と茶髪の男の子の店員を見た。
「俺のことは桜井って呼んでくれ。歳はそんなに違わない。二人ともおじさんだ」

「そうだな。あんた、大腸に小さな癌があったんだ。もう、引退しなよ。三億円のうちの一億円は使ったとして、警察官なんかやめればいいじゃないか。晴香の命の恩人だから、足りなくなったらまた工面するよ」
「金はもういらない。皇居の事件を解決してからちょっと仕事が楽しくなってきたんだ。周りの評価が高くなって、人生が変わりそうでね」
「金はいらなくて仕事が楽しくなったか。あんたみたいな男が増えたら平和が続くよ」

「おお、ジェームズボンドみたいな男にそう言われると、なんか照れるぞ」
 桜井は本当に嬉しそうに笑った。
「先生も豪遊しないじゃないか」
「十分使った。宮脇利恵に一億円」
「あれは仕方ない。テロリストの人質になった上に別れ話が出たなら、慰謝料だ」
「そのうち遊ぶよ。そもそも遊ぶためにもらった金じゃない」

「その辺りの事情は分からないが、ストレスがあるらしいから、少しは弾けた方がいいぞ」
「あんた、本当にいい奴だな」
「いや、先生さ。顔色がいつも悪いからだよ。銀行で最初に会った時はそうでもなかった」
「うん。副作用なんだ。あんたに説明した薬の」
「それが女と遊ぶと少しは治るんだったら、高級ホテルのスイートルームに美女を五人くらい金で呼んで、一緒にシャワーでも浴びればいいじゃないか」

「雑誌に載ってるこのペンダントを買ったらこうなります、みたいな頭の悪そうな光景じゃないか。その中に、ゆう子と利恵がいるならいいけど、知らない女たちとは嫌だ。利恵は怒ってしまったから、もういないか。でも、ゆう子はいるようだ」
「そうか。奥原ゆう子がいるのは最強だし、羨ましいよ。俺も職場でもてるようになった。だけど…」
 桜井はいったん言葉を止め、
「なんか違和感があるんだ。俺、本当に生きてるのか」

と言った。友哉が首を傾げると、
「タイムカードを押しても、押されてなくてさ」
と言う。「公安にタイムカードがあるのか」と、友哉は笑った。
「桜井さんいたの? とか、よく聞かれるし、なんか違和感が俺にも周りにもあるんだ」
「あー、あんた、歴史上死んでいる人間だから、存在してないのかも知れないな」
 友哉が思わず手を叩いた。他人事のように笑っている。

「歴史上死んでる?」
「ゆう子が言っていた。白い服の男たちにやられてなくても、別の暴漢か誰かにやられていた歴史になっている。成田に旅行のために出向いたのか、仕事で行ったのかは分からないけど」
「俺、幽霊?」
 泣きそうな顔をした。酔っているのもあるが、公安警察官の警部補には見えなかった。友哉が本当に怖くて、小さくなっているのかもしれなかった。

「俺が無理やり生き返らせて歴史を変えたんだから、それでいいじゃないか。独身ならそれほど未来に影響も与えないようだし」
「じゃあ、おまえの娘は?」
「晴香は…晴香は逆?」
 友哉は頬杖をついて考えた。晴香にメールをしてみると、若者らしく反応が早く、「学校で違和感ってなに? なんにもないよ。出席日数? 普通にあるよ。幽霊? 誰が幽霊だよ。ひとをゾンビみたいに言うな」と返信がきた。

 メールを覗き込んだ桜井が、「口が悪い娘だよな。成田でも辟易したぜ」と苦笑する。
「すまない。誰に似たんだろう」
 友哉の言葉に、桜井は目を丸めた。
 ゆう子から通信が入った。
「桜井さんの管轄は分からないけど、直近だと十二月の十二日に、東京の府中市で女が一緒に暮らしている男を殺した後、車で逃亡中に集団登校の児童の列に突っ込む事件があります。子供が五人も死んでる」

と教えた。友哉がそのままを桜井に伝えると、「俺の仕事じゃないが、それは止めたいな」と言う。
「あんたダークレベルが高いのに、いい奴だな。最初に俺を殺そうとしたくせに」
「殺そうとした? ああ、ムカついただけだ。誰でもムカつくよ」
 友哉は、桜井と初めて会った銀行の応接間の出来事を思い出していた。リングが赤く光ったのは、激高した彼の脳が興奮したから念のために警告したのかと考える。
「ダークレベルってなんだ」

「俺が敵を殺すか殺さないか判断する時の数値だ」
「女で遊んできたから悪党って評価なんだろう。俺はおまえに殺される男なのか」
「いや、ボーダーラインだ。ギリギリセーフってやつ」
 友哉が笑うと、桜井は心底安心したのか、大きく息を吐きだした。
lineなるほど、利恵もレベルが高いし、俺も高い。ゆう子は1なのは正義感が強くて優しいからだろうな。俺や利恵のようにセックスで遊んだ経験が余計にあると少し高くなるのか。

トキがゆう子の避妊に気を遣ってくれていたし、トキの未来の世界では暴力はもっとも軽蔑される行為のようで、セックスのSMのようなプレイがだめなのか。いや、だったら、リングの力で女を濡らせることができるのに矛盾がある。合意した時に、光やガーナラを使い、大いにセックスの快楽に耽るのはいいのか。よく分からないな。セックスは関係なくて、ただ、俺がケンカによく絡まれて実際にやっていたからか。

 しかし、レベルが4、5になると、凶悪殺人者という判定か。それにしても、
lineR12がマリー?ガーナラはガーナラ?
「どうした、先生」
 友哉がぶつぶつ言っているのを黙って見ていた桜井が、怪訝な表情を作った。
「何もかもセット。または目的が別だった。それがこの時代に対応できていない。ちゃんとしろ、トキ」
「はあ?」

 桜井が半ば泥酔した様子で口を開けると、ゆう子から、
「聞こえたよ。また未来の世界に行ってきたんですか」
と、茶々が入った。
「どうやって行くんだ。こっちが聞きたい。今の俺の大問題は俺の独り言がおまえに聞かれることだ。ところでゆう子、さっき、十二日って言った?」
 答えが出ず、友哉は気持を切り替えた。

「うん。他に何かありますか」
「俺の父親の命日で、墓参りに行くんだ。利恵と一緒の話だったけど、嫌われてるかも知れないからね」
「そうなんですか。利恵ちゃんなら大丈夫ですよ。逆に友哉さんに尽くすって」
「利恵がそんなことを? おまえは嫉妬しないのか」
「女が嫉妬する恋愛の次元にいないお方なんでしょ。嫉妬したり、一番を争ってたら、あなたはさっといなくなる。行き先は天空? それとも未来の世界?」

「俺の恋愛は地上にないって話か。かっこつけただけだ。今も街の喧騒の中で息切れしている。都合のいい女にならなくていいよ」
「わたしにはそういう感覚はないの。虚ろな恋愛をしているだけ」
「虚ろ? そうか。なんとなく感じるよ。やかましいのに空気に見える」
「やかましいが余計」
「利恵がだめだったら一人で行くつもりだったけど、案件は桜井さんでいいよな」
 友哉は恋愛の話が長くなるのを避けた。

「桜井さんに任せた方がいいですよ。お墓参りの日にそんな仕事したらよくないから」
「お墓も府中なんだ。足も治ったし、秩父に移さないと」
「秩父?」
「うん、親父が好きだったんだ。府中の件は桜井さんに任せるよ。今から桜井さんの電話番号を言う。これからは電話で事件のことを教えてやってくれ」
 桜井に聞こえるように言うと、
「奥原ゆう子と電話番号を交換するのか。やった!」

と桜井は子供みたいに喜んだ。
 桜井のキャラが、ゆう子の好みではないようで、ゆう子はため息をついた後、
「友哉さん、今夜はうちに来る?」
と、元気のない声で言った。
「どっちでもいいよ。そんなに疲れてないし」
「車に乗ったらまた連絡します」
 ゆう子が通信を切ったところで、リングから目を逸らすと、桜井が、

「あんたたちの関係は聞いたが、こんなことは頼めないかな」
と神妙な顔をして言った。
「あんたの魔法である裏カジノを潰してほしい」
「裏カジノ? そんなの警察がやれよ」
 友哉が苦笑をした。桜井が公安警察官なのだから。
「ボスが官僚の事務次官補だ」
「ふーん、よくある話だ。闇の天下り組織」

「少しは驚けよ」
「無感情は最強。そして最悪に女から嫌がられる」
「クールでかっこよくないのか」
「そうらしい。わたしの胸や足にしがみついて泣け、泣け、うるさい」
「奥原ゆう子が? まあ、いいや。俺の元カノがそのカジノにはまった後、行方不明だ」
「美人か。歳は?」
「美人だ。歳は二十八歳」

「そうか。なら言っちゃ悪いが、死んではいない。まだまだ使えそうだから、どこかでセックスの奴隷になっていると思うよ」
 友哉が淡々と言うと、
「おまえ、そんなことをさらっと言うから、女にもてないんじゃないのか。今はもててるけど」
と苦笑いをした。
「その元カノともしかするとやり直したい?」

「少しはあるよ」
「なら断る。夢や希望は持たない方がいいよ」
「アホか。夢も希望もない人生の何が楽しいんだ」
「じゃあ、訊こう。その女を助けに行ったら、ここでセックスの仕事をしているのがいいと言って、拒否されたらどうする?  桜井さんよりも、お金持ちの男たちと乱交している方が楽しいし、お金になると言ったら、あんた、自殺ものだぞ」

 友哉の言葉に、桜井が、
「夢や希望はないとだめだ。それが完璧な夢や希望がダメなわけで、それは認める。先生の言い方が、イエスかノーの二元論になっているから、女の子たちが嫌がるんだ」
と、たしなめた。友哉は素直に頷いて、
「桜井さん、あんた、顔がよければ警視庁で一番もてる男になれるぞ」
と言って、桜井をまたげんなりさせた。

「一言、余計なんだよ。俺は、彼女が戻ってくると信じる。五分五分だ。男はそれに賭ける」
「七、三だ」
「どっちが七?」
「とどまるほう」
「先生よ。あんたみたいにはっきり言う男、初めてだよ。友達もいないだろ」
「目の前にいる」
 桜井は大きなため息を吐いたが、否定しない。

「年間、行方不明者は十万人。そのうち、若い女は一万人だとして、ほとんどがセックスの世界にいる。もしくは、強い男の虜。もちろんお金ももらっていてね。そう、行方不明ではなく風俗嬢にもなっている」
「俺の元カノも、どこかの金持ちのセックスの虜になっているだけで、行方不明じゃないって言いたいのか」
「そうだ。怒るなよ」

「怒ってない。その事実があるのは否定しない。そんなことをさらっと言うから、女にもてないんだ」
「もてたいと思ってない。アイドルの女の子や若い女優が金持ちの社長と金とセックスの結婚をするのと、あんたの元カノが裏カジノで知り合ったお偉い政治家のセックスの愛人になるのと何が違うんだって言ってるんだ」
「同じだよ。ああ、本質は同じですよ、先生。だけど行方不明なのが違う」

 桜井が、友哉の腕を殴るように叩いた。けっこうな力だが、男同士で何事もない。
 友哉は少し考える素振りを見せた後、
「そうだな、行方不明はまずいか」
「やる気になってくれたか」
「俺が狙われるようになった時はどうする?」
dots
 桜井が神妙な顔になった。そして、

「誰に?」
と言う。
「とぼけるな。裏カジノを潰して、ただですむと思っているのか。暴力団や地下組織に狙われる。女に厭きたドラッグ中毒のタトゥー野郎とFBIをクビになった男の筋肉マンがカップルで俺を殺しにくる」
「怖そうに言わないな。先生、本当は何者だ?」
「怖いよ。映画で見たことがある話だ。俺の魔法は三分一ラウンドしかもたないし」

「そうか。そこは俺が抑える。ボスは抑えられないが、金で動いている奴らは抑えられる」
「悪いが、今は女が傍にいないと戦えない。疲れてるんだ」
 友哉が真顔で言って、首を左右に振った。
「分かってる。その黒ずんだ目のクマを見たから頼みづらいが、本当に頼む。もとよりカップルじゃないと正面から入れない店だ。ハプニングバーの形になっていて、単独男性は紹介でしか入れない特別な店だ。

そして地下室が秘密のカジノだ。場所は赤坂。ボスの名前は篠崎。事務次官補だが、アメリカにコネがあるらしい。店は有名人ご用達で、だから今のゆう子ちゃんはまずい。休養中におまえとハプニングバーに入っていたら復帰できなくなる」
「ゆう子への気遣いは嬉しいが、だからと言って利恵はだめだ。また利恵に危ない橋を渡らせるのか」
「先生さあ」

 桜井が疲れた面持ちを露わにして苦笑いをする。
「その三百億円で美女を用意すればいいじゃないか。それこそ、ゆう子ちゃんに頼んで、売れてない女優さんとかだよ。セックスしなくても女優さんの下着姿くらいで元気になるんだろう。それくらいなら奥原ゆう子ちゃんの事務所の子に頼めるんじゃないか」
「面倒臭いな」
「分かった!」
 桜井が大声を出したものだから、友哉が少したじろいだ。殴られると思ったようだ。

「うちの部署に地味な美人がいる。利恵ちゃんのような顔立ちだがショートヘア、剣道初段で礼儀正しい。しかも色っぽい」
「なに?」
 友哉が、ぱっと明るくなった。
「俺が土下座をして彼女に頼む。ササキトキの捜査にかこつけて、おまえの私生活を聞き出すように頼む。恋愛談義でもしながら彼女と婦人警官の制服でドライブでどうだ」

「乗った! なんて価値の高い報酬だ」
 桜井は呆れ返っていたが、友哉は逆に喜色満面になっていた。
「先生は素人マニアなんだdots
 そう言って、男たちに酒を注いでいるキャバ嬢を見た。

 桜井の元カノの名前は、児玉咲。半年ほど付き合ったお金のないキャバ嬢だったらしい。彼女の財布にお金が急に増えたから問い詰めたら、「マカオのカジノで儲けた」と言った。だが、マカオには行っておらず、後を付けたら都内のハプニングバーに入ったそうだ。桜井が調べたら地下室がカジノ。胴元が、一介の警察官には手を出せない政財界の連中だった。
 店から出た友哉が、立体駐車場に向かう途中、

「俺は違う店に行くよ。もっと触れる店に」
と桜井が嬉しそうに言った。そして、
「良かったな。二人ともいなくなってないじゃないか」
と、友哉の肩を叩いた。

 ポルシェ718に乗り込むと、すぐにゆう子からの通信が入った。

 軽快にハンドルを切って、公道に出る。
「かっこ良さそうですね。わたしその車に乗ったことがないんです」
 ゆう子が言った。
「敬語はやめろよ。怒ってないから」
「あ、でも、レイプごっこの台本作ったんだ」
「いいよ。無理しないで。あんなのは勢いで言っただけだ。利恵にもそう言っておいてほしい」
「でも作ったんだ。わたし、迫真の演技をするから」

「そうか。じゃあ、行こうかな。女優さんだから、もっとお芝居を見せてほしいと思っていた」
「良かった。どんなお芝居が見たい?」
「事情があって夫とセックスしないといけない妻。不機嫌な態度で一日、淡々とセックスをしている。あ、あと、不感症の女が頑張ってセックスするけど、感じなくて呆然と抱かれ続ける。もちろん声は出さない」
「それ、わたしがうるさいから、黙らせたいだけじゃん」

 友哉が笑ったのを耳にしたゆう子が、
「嬉しい。毎日会いたいから」
と言った。
「自分の時間も持ったほうがいいぞ」
「自分の時間?」
 ゆう子は失笑した。

「そんなの欲しがるのは親の愛情に恵まれている女だけよ。しかもいつでも彼氏がいてその彼氏からも好きだって言われ続けた女の贅沢。わたしは友哉さんとの時間だけでいい」
 ゆう子がまた恋愛の哲学を語る。
「友哉さんが自分の時間が欲しいなら。今日はいいけど」

「今の俺はおまえと利恵との時間が楽しい。あと、昨夜、もう一昨日か。言い訳かもしれないが、あれは芝居だ。PPKは誤発射しないんだ」
「わかってる。AZから見て、友哉さんの感情の数値に変化がなかった。クールな友哉さんね」
「だけど、それが逆に女子には怖いだろ。すまん」
「わたしは平気だけど、そういう子もいるね。暴力よりも理詰めで責めてくる男性が嫌いなひと」
「利恵は喉奥が好きだから、まあ、こんな怒り方でいいかなって」

「怒り方が変態なのはどうかと思うよ」
「女を殴るわけにはいかんだろ」
「そうか。でも今度、わたしに向けて撃ってみて。きっと発射される。悪い女だから」
「まさか」
「寂しいから、友哉さんに撃たれて死のうかな」
「なに言ってんだ」

 ゆう子が孤独な人生なのは知っていた。しかし、これ以上どうすることもできない。ゆう子が口を塞ぐから、過去に何があったかも掘り起こすつもりはない。友哉は何も返事をしなかった。すると、友哉が嫌がったのかと思ったゆう子が、
「重いこと言ってごめんなさい。利恵ちゃんのところにも行ってね。わたしはトキさんからのレンタル彼女だし、利恵ちゃん、優位でやや平等にして」
と言う。

「謙虚すぎるよ。大丈夫か。じゃあ、先にそっちに行く。もう首都高の新宿線だから」
「先に利恵ちゃんで、後がわたしがいいんだけど」
「それは優位を確信した正妻の姿勢だ」
「あ、そうなるのか。じゃあ、今日はわたしが先でいいよ」
 車は深夜の西新宿に入った。ゆう子のマンションはもう見えていた。

 ゆう子と利恵は一緒に原宿、渋谷、青山、銀座の順で買い物をしていた。

 若い女の子が群れる原宿では、友哉が、涼子に恋着していると断定して、女子中高生が着るような洋服を買い漁り、渋谷ではその上の年代の流行のファッションを調べて、また買い漁り、いったんそれをゆう子の愛車の後部座席とトランクルームに押し込んだ。
「全然、いける。原宿ファッション」
 二十五歳の利恵は、とてもはしゃいでいた。しかしゆう子は元気がない。

 それから青山に行き、ブティックでそれほど派手ではない大人の洋服も十着以上、まとめて買う。お金は利恵がすべて払い、総額は五十万円ほどで、「わたしが買っているブランドの服なら一着か二着の金額」と、ゆう子は小さく笑った。そして、
「こういう買い物はできるんだ。よかった」
と、ゆう子は胸を撫で下ろした。利恵が、
「どういう意味?」
と訊いたら、

「友哉さんが腕時計をしないから、プレゼントしようと思って買い物に行ったら、気持ち悪くなってできなかった。パニック障害の発作だと思うけど」
と説明する。利恵は、「そうなんだ。大変だね」とだけ言った。
 友哉の洋服は高くなった。
 あらかじめ、サイズを聞いて、二人が買ったのだが、友哉は派手なシャツや色を好み、だが、悪目立ちも好まない。

コートは例えばグレーだったら、光沢があるように光っていなければいけなく、それはブラックでもそう。艶がないとだめだということだ。本来一緒に選ばないと分からない趣味なのだが、ゆう子と一緒に歩くわけにもいかなかったし、女二人で相談して買いたい気分でもあった。
 女性用の高級ブランドのスポーツタイプのショーツを買っている時に、

「友哉さんのパンツの好み、もろにスポーツ系。女子の洋服に色気を求めないんだけど、自分は色っぽい洋服を着るから変な男の人だよね」
と、利恵が笑っていた。
 銀座に行って、グッチの新作のジーンズとシャツを買っただけで、二十万円になった。だが、ゆう子はその友哉のファッションが好きで、別のブランド店に行くと、ピンク色のシャツも喜色満面、せっせと買っていた。

「ピンクのシャツはいやだなあ」
 利恵が嘆くと、
「利恵ちゃんには利恵ちゃんの好みの格好をしてくれるよ。女性に一方的に押し付けているだけの男の人じゃないから」
とゆう子が笑った。
 ゆう子は時々、マスクやサングラスを外したが、利恵が一緒だからか、マスコミはもちろん、一般人も気づかなかった。

「中国からくる新種のウイルスって友哉さんがなんとかできないの?」
 利恵が真顔で言った。
「できるよ。中国にいるコウモリの洞窟を友哉さんが、PPKで破壊の限りを尽くせば」
「今度、頼んでよ」
「断られるよ。限がないし、人類の自業自得だって言うから。彼、ニホンオオカミの研究してるじゃん。絶滅させた人間が嫌いだからね。ま、そのニホンオオカミといえば…」
「ん?」

 利恵が、ゆう子の顔を覗き込んだ」
「トキさんたちのスーツに描かれてるんだ」
「怪しすぎる。合致しすぎてる」
「その話はまた今度。今日は涼子ちゃんのことよ」
「え?」
 マンションに戻った二人は疲労困憊だったが、「すぐに友哉さんを呼ぼうよ。彼も楽しみにしていたから、ゆう子さんがジムでランニングしてるような女の子の服をきて、わたしが女子高生みたいにかっこうしたら、超喜ぶよ」と、利恵が興奮して言った。

 だが、ゆう子が、
「呼ぶのは遅くなってもいいかな。利恵ちゃんなら明日会社も休めるし。ちょっと話があるんだ」
と利恵の気勢を制した。
「涼子ちゃんのことか。なんだか重くなりそう」
 利恵が苦笑いをした。
 いったん、シャワーを浴びにいったゆう子は戻ってくると、
「わたしたち、友哉さんをとんでもないくらいに傷つけたかも知れない」

と言い、いつものようにワインを冷蔵庫から取り出した。友哉をまだ呼ぶつもりはないようなことを言ったが、バスローブを取ると、ソファの影でチャコールグレーの高級スポーツショーツとブラを付けて、その上にはスポーツウェアのジャケットを着た。利恵も軽くシャワーを浴びた後、洗いざらしの白いシャツと下はデニムのミニにしてあった。足にはハイソックスを穿いていたが、足が蒸れると思ったのかいったんそれは脱いだ。

「傷つけたって? まああれだけ怒ってたから、傷ついたは傷ついたでしょ。ロリコンとか言われたし」
 利恵はビールのグラスを持っていた。話が長くなると思ったのか身構えている。
「そのハイソックがいいのかどうかって話になるよ」
「え? ハイソックス?」
 利恵が床に置いたハイソックを思わず見た。

「わたし、トキさんに友哉さんの四十五年間の映像を見せてもらったんだ。何度も言うけど、断片的ですべてではないけど、その映像の中に決まって娘が二人いて、とても友哉さんと仲良しでさ。ディズニーランドやスカイツリー。それから四人で温泉にも行ってるのよ」
「この前からの難題だよね。四人って? あと一人は?」
「友哉さんと同い年くらいの男の人」
「ますます危ない話になってきたな」

 利恵が身構えた。
「大人の男が二人で少女を犯していたとか」
「利恵ちゃん、妄想が行き過ぎてるよ。晴香ちゃんよりも少し年上の女の子がわたしの見た夢の中はいるんだ。晴香ちゃんもその年上の子も、友哉さんにぞっこんでさ。奪い合いだよ。わたしと結婚してって」
「うーん、友哉さんはイケメンでスマートなお父さんだから、娘がそうなることもあるよ。加齢臭もまったくないから、臭いから近寄るなって言われなさそうだし」

「上の娘が、学校からの帰りに、友哉さんと手を繋ぎながら結婚したいとか好きだとか言っていて、友哉さんは大人になったらしてやるよって答えていてね。とても嬉しそうなんだ。あんな笑顔はわたしは見たことがなくて、奥さんとはほとんどケンカばかりだから、余計に笑顔が輝いて見えた」
「娘が宝物なのは、晴香ちゃんとの接し方を見ていたら分かるし、父親は皆そうでしょ」
 利恵は、ゆう子が何を言いたのかわからず、ようやくビールを口に運んだ。そして、

「つまり、晴香ちゃんのお姉ちゃんがやっぱり行方不明とか死んでるとか」
と訊いた。
「利恵ちゃんは鈍いなあ」
 ゆう子は今日もワンペースでワインを飲んでいる。
「そのお姉ちゃんの顔、よく思い出したら、誰かに似てたんだ。松本涼子だよ」
「え?」
 利恵はビールを飲む手を止めて、

「成田でわたし、そう訊いたら絶対に違うって。じゃあ、あの二人、姉妹? 腹違い? え? わかんない」
と声を上げた。
「北の旅館だよ」
 ゆう子はバカだなあという目で利恵を見た。
「あ、涼子ちゃんが一緒に行ったって答えてたね」

「成田でわたしは否定したけど、あれで確定だ。夢の中に出ていた姉は涼子。姉じゃなくて、ただの恋人よ」
「女子高校生と中堅ベストセラー作家の恋」
「そ、晴香ちゃんの友達にして、友哉さんを好きになるよう未来人に洗脳されたのが、わたしが晴香ちゃんの姉だと思っていた涼子ちゃんだったんだ。つまり姉は最初からいない。他の温泉にいたもう一人の男性は、涼子ちゃんのお父さんだよ」

 利恵は合点がいったのか、だが、だからなんなの? という目でゆう子を見た。
「言われてみれば。でも、疑惑が晴れたなら大した話じゃないよ。解決した問題」
 利恵がそう言う。
 ゆう子はグラスに半分残っていたワインを飲み干すと、
「友哉さんは、涼子ちゃんが光で洗脳されていたって知らなかったでしょ」
と、少し語気を強めた。

「だから?」
 利恵はピンと来ないのか、水を向けるようにゆう子の続く言葉を促した。
「わたしの夢の中で、涼子ちゃんと結婚の約束をして、友哉さんはとっても喜んでいたよ。しかも奥さんとはほとんど口も聞かない夫婦だったんだ」
「確かに結婚どうこう言ってたけど、涼子ちゃんは当時何歳?」

「たぶん中学三年生。最後に一緒にいた時は高校一年生だと思う。入学式が見えたから。そこまでの歳になったら結婚は法的にオーケー。今、彼女はちょうど二十歳。歳の差はあるけど、もともと約束していたなら、涼子ちゃんは二十歳でもずいぶん待っただろうし、友哉さんが松本涼子の写真集を持っていたなら、彼もずっと待っていたのよ」
「離婚したのは涼子ちゃんと結婚するため?」

「それは分からない。わたしの夢の中では、奥さんが友哉さんの介護が嫌で離婚してる。涼子ちゃんも高校生くらいでいなくなっているんだ。転落事故の後、ここにきて久しぶりって言っていたし」
「じゃあ、衝撃の片想いならぬ、衝撃の再会ってこと?」
「うん。病院に見舞いに来なかったのは涼子ちゃんだよ。たんにアイドルの仕事が忙しくて会えなかったのか、だからと言って常識的には見舞いはするよね。お父さんと一緒にもいけるよ。公認の仲だったんだからね。なのに病院に来なかった。

友哉さんにはそれがショックだったんだ。さらに未来人にマリーを解かれたら、友哉さんへの恋着を無くしてさっさと帰っちゃった。友哉さんのショックは計り知れないよ」
「友哉さんが死にかけたのに見舞いに来なくて、元気になったら戻ってきて、また消えた婚約者?」
「はっきり言うとそうなるね」
 利恵は脱ぎ捨ててあった赤い柄のソックスを落ち着きなく、手に取って、それを穿こうとして止める。思慮深い面持ちになって、また靴下を手に取り、思い直したようにまた穿いた。

 そして、
「ソックスはなに?」
と訊いた。「涼子ちゃんの温泉でのファッションだよ。浴衣に靴下。お風呂の帰りに浴衣の裾から白い靴下。着替えている時に靴下は取らないで、パンツと靴下だけ。鞄の中が靴下でいっぱい。あの子、痩せてるから冷え性なんだ」
「じゃあ、これはやめた方がいいかな」
「それは聞いてみよう。逆に好きかもしれない」
「は、早く友哉さん、呼んだ方がいいよ。自殺してるかも」

「自殺する男性じゃないよ。自分の命の重さは知らないけどね」
「自分の命の重さ?」
「こんなにひどいめにばかり遭っていたら、生きてるのもしんどいからじゃないの。わかんないよ。自殺する気はないけ
ど、銃を向けられてもまったく感情に変化がないからね」
「頭がおかしくなってモデルガンだと思ってるとか」
「利恵ちゃん」
「ごめんなさい」

「わかった? 傷つけたって意味」
「うん。わたしたち、涼子ちゃんが帰った後、ひどいことをいっぱい言ったよね。残念だったねとか」
「それを言ったのはわたし。しかも、バカにしながら。友哉さん、ベランダで帰っていく涼子ちゃんのことを見ていたのよ。呆然自失ってやつね」
「二十五歳も下の女の子は無理だって彼の道徳的な言葉も、自分に言い聞かせるものだったんだ」
「洗脳されていたとはいえ、あれじゃ、豹変した女よ。結婚を誓っていた女の子が、突然、それは嘘ですと言ったような態度だった。涼子ちゃんは悪くないけど」

「ずっと、昔の恋人を懐かしむように、涼子ちゃんを見ていたんだ。それをわたしたちが変態みたいに言ったり」
「うん。まあ、変態みたいにお尻は見てたからそこはいいんだけど、わたしたち、喜んでいた。涼子ちゃんが消えてくれて」
「うん。そうだよ。処女のアイドルには勝てないから」
 利恵は正直に言って、目を伏せた。

「友哉さんが自分を見失うほどの大ショックの最中に、わたしたちはどんちゃん騒ぎ。わたしは友哉さんの傷ついた心を癒すために、たぶん未来の偉い男性、トキさんに頼まれた。そして今、秘書として傍にいるのに逆に傷つけてんの」
 投げやりに言って、そして涙を滲ませた。
「未来に関わる敵と戦うために、友哉さんをわたしたちに守ってもらいたかったのかな」
 利恵はそう呟くと気分が悪くなったのか胸を自分で擦っている。

「ロスで、恋人のわたしが別れるなら金を寄越せみたいなことを言って、たぶんがっかりさせて、そのすぐ後に許嫁が豹変して離縁したようなものよね」
「そうなるね。車に轢かれてケガをしたら奥さんと離婚。その直後の恋人、つまり利恵ちゃんにお金でセックスするって言われて、再会した結婚の約束をしていた女は豹変。それを笑っている愛人秘書のわたし。それらがほぼ、一年間の出来事だよ。あの人、よく自殺もせず正常でいるよ。前にも言ったけど、脳が進化してるんだ、本当に」

「トキさんの時代の人たちがそうなのかも。だから、対等で友哉様って呼ぶんじゃないかな」
「そうだね。トキさん、あの友哉大先生をつまんないビジネスで口説き落とした唯一の男性かもしれないからね」
「つまんないビジネスよね。彼、さかんに正義の味方にはならないって言ってた。テロリストを倒して、殺人犯になったんでしょ」
「そう、人に優しくすると不幸になる。まさにその通りだ。わたしたちが友哉さんを不幸にしてるのよ」

 ゆう子は自分に唾を吐きかけるような顔をした。眉間に濃い線が浮かんだ。そして、
「裸族でうるさい女と一億円もらって調子に乗ってる女を笑って見てくれてるのに」
と言った。そして、半ば叫ぶように、
「あのケンカの時、AZを見たら、友哉さん怒ってないの。怒ったふりをしてのお説教よ。おっぱいだけの女優とか言われたけど、それって普段も笑って言ってることで、わたしはなんとも思わない。友哉さんはそれをわかってる」
「実はわたしも濡れた」
 利恵も頷く。

「PPKをあそこに押し付けてた時に、絶対にマリーを使っていた」
「感じやすくなるように?」
「そ、げんに大洪水でしょ。彼、わたしにも時々、こっそりとマリーを使う。わたしが疲れてる時や感じにくい時やストレスがある時に」
「うん、すごい剣幕で怒っていたけど、彼が出て行った後、わたしたち気絶してたわけじゃない。マリーを使ってたのか。男性の優しさを疑うわたしもなんか分かってきた。友哉さんは冷静で寛容な男のひとだよね」
と言う。

「AZには、無感情すぎるからゆう子さんたちが友哉様を楽しませてほしいって最近、出てきたんだ。なのに、あの時、友哉さん…、わたしたちに何か言おうとした…。涼子ちゃんが帰った後、怒る前に」
「あ、そう言えば…。わたしの名前を口にした」
「もしかするとね」
 ゆう子はまた涙を零した。
「これで利恵ときちんと付き合えるって言おうとしたんだ。わたしの名前も一緒に」

 利恵が真っ青になった。
「AV女優のわたしと? 処女のアイドルじゃなくて?」
「あんた、やっぱりAV女優だったのか」
「みたいな」
「AV女優よりもすごいよ。たぶん、ずっとそう考えていたんだと思う。涼子ちゃんが帰ってきてから。俺には今は利恵がいるって。ついでに三年契約のこのバカ秘書も。だけど、戻ってきた涼子ちゃんが、結婚を約束していた女だから困っていたんだよ。ねえ、利恵ちゃん」

「う、うん」
「友哉さんとやりまくってるよね。おまけに一億円ももらって」
「うん」
「なのに、ポイしない。友哉さん、頭、おかしいよ。夢も希望もないんだって。人を傷つけるからだって」
「涼子ちゃんとの夢を叶えたら、わたしとゆう子さんを傷つける?」

「そ、たぶん、二人で山奥の温泉宿で暮らすのが夢だった。それをしたらきっとトキさんの期待も裏切るよね。利恵ちゃんとトキさんとわたしを気遣って、涼子ちゃんと復縁しないんだ。わたしは彼の哲学と信念、分かってきた。自己犠牲と目の前の愛だよ。今、目の前の真実を見る。これも口癖」
「か、彼が傷つくじゃない!」
 利恵が声を挙げた。

「傷つかないらしい。ひと時のショックはあっても傷はつかないらしい、そんなの風邪と一緒らしい。傷ついたら、この場合、涼子ちゃんを攻撃した意味になるから、傷ついてないって言うと思う。実際はボロボロだけどね。桜井さんとずっと飲んでるから」
「ゆう子さん、もういい。わたし、自分が甘えたで死にたくなってきた」
 利恵が頭を左右に振ると、涙が飛び散った。

「とりあえず、涼子ちゃんのことで落ち込んでいるはずだから、セックスで癒し続けよう。女遊びをしないで桜井さんとずっと飲んでるんだよ」
「あんなにお金があるのに?」
「うん。女に対する信念があるんだろうけど、あれじゃ、ガーナラの副作用で死んじゃうよ」
「死なれたら困る。未来人どうこうがなくなったら、結婚を狙っているのに」

「泣きながら本音が出たね。利恵ちゃんは手料理も頑張って。謎が多い男のひとだけど、オタクみたいに洋服フェチなのは明らかだから、そのプレイをずっとしよう。友哉さんがセックス以外にしたい遊びがあったらそれも聞いて、屋外は利恵ちゃんが専門。室内はわたしが頑張る。あと、わたしの記憶で知っている涼子ちゃんと友哉さんが過去にデートした場所では、利恵ちゃんはデートはしないように」
「わかった。あとでその場所を教えて」

「女性に気を遣う人だから、友哉さんが、もう着替えなくていいとかいっても、笑顔で別の洋服に着替えよう。ワルシャワでそれに喜んでいた記憶があるの」
「そうだね。パンツとか持ってきて、どっちがいいのか訊くのもいと思う。ねえ、今日はどうする?」
「ゲームを買った。女の子が負けたら脱いでいくとか、そういうゲームもしよう」
「楽しそう!」

「友哉さんは、何年か前、涼子ちゃんと会わなくなってから、ほとんど遊んでないんだ。誰とも。その後、事故で車椅子、それが治ったらいきなりテロとの戦いよ。だから、遊ばなくちゃ」
 ゆう子はそう言って、指輪の通信で友哉に声をかけた。
「用意ができた。遊びにきて。ゲームも買ったよ」
 明るく言うと、
「ゲーム? 楽しそうだね。ワインがないなら買っていくよ」
と友哉が言った。

「白がいい! こっちも一番高い日本酒を買ってくる。利恵ちゃんの奢りだよ」
ゆう子がそう言うと、「利恵の金はもともと俺のなんだけどなあ」と友哉は笑った。その笑い声に、ゆう子と利恵はほっとして、顔を見合わせた二人は涙を浮かばせた。

 松本涼子は、番組の収録の最後に、俳優の相馬翔に声をかけられた。
 涼子よりも八歳年上の若手人気俳優だ。
「二十歳になったんだよね。今夜、飲みに行かない?」

 テレビ局の廊下だったが、涼子は人目を気にしながら、
「いいけど、場所によるかな。見つからないところ」
「大丈夫。いっぱい知ってるよ。八時でいい?」
 彼はあらかじめ用意してあった店の名前を書いたメモを涼子に渡した。すぐに涼子から離れて、足早に去っていった。涼子の事務所はそれなりにタレント揃いだが、奥原ゆう子のところほど老舗ではなく、事務所に力がないため俳優や男性アイドルから誘われるのはよくあった。

それを今まで断ってきたが、なぜ、断ってきたのかよく覚えてなくて、相馬翔に声をかけられた時、はじめて誘われた、という感覚になった。
 同年代のアイドルの女の子たちは、男性アイドルと平気でやっているのに、真面目に断っていたのだ。
lineお父さんくらい年上が好きなのに、そういう男の人からは誘われなかったからかな。
 腕時計を見たら、午後六時を回ったところだった。局から出て、車に乗る。

「すみません。今日は銀座に行ってくれませんか。そこからは電車で帰ります」
 運転手は涼子の事務所の運転手で涼子の運転手ではなく、たまたま空いていた初老の運転手に恐縮して言う。
 店は六本木かと思ったら銀座の高級ホテルの店だった。モンドクラッセ東京。
「いきなりホテルか。部屋には絶対に行かないぞ」
 ちょっと苦笑いをして、スマホの着信を見た。
「あ、晴香だ」

 あれからお父さんと会った? 奥原ゆう子ももうひとりの美女も気にしないで、若さでお父さんを奪い返してね。
とメールに書いてあった。
「どういう意味?」
 スマホの画面を見て、思わず口に出してしまう。通話に切り替えて、
「いきなり、なに? もう一人の美女はdots
。えっとdots
「利恵さんよ。わたしの先輩の命の恩人。ま、あの人はいっか」

「利恵さんか。うん、そうね。なんとなくわかる」
「なに言ってるの?」
「なんか一日、ぼうっとしてるの。だいぶ、治ってきたけど」
「そうか。一回、頭を打ってるからまた病院に行ったら?」
「利恵さんは大丈夫だったのかな」
「?」
「わたし、テラス席から転落したよ。でも、利恵さんは大丈夫だったというか、いなかったような気がするし」

「お父さんから聞いた話ではそこに利恵さんはいなかった」
「いたよ。確か神楽坂にマンションを買うからって、ちょっとケンカしたんだ。なんでだろう。わたし、高級マンションに興味ないのに」
「どっちと住むのに?」
「利恵さんでしょ」
「だったら、嫉妬深い涼子ちゃんは怒るでしょ」
「誰に何を嫉妬するの?」
「涼子ちゃんさあ。また後で電話するね。頭痛薬でも飲んでおいて」

 呆れた口調での晴香の電話が切れて、涼子は奥原ゆう子のことを思い出した。自分のスマホの中にパンチラの自撮りのような画像が五枚あり、送信先が奥原ゆう子になっているのに、昨日気づいた。その前のメッセージにも、「友哉さんが倒れたから成田にきて」とあって、その意味も分からない。自宅には、晴香からハガキが来ていて、「成田空港でお父さんと会うから来ない?」と書いてあった。

 当日は都内での仕事だったから行けなくはなく、迷っていたが、その日にちと奥原ゆう子からのメールの日にちが一致していた。
「成田でわたし、晴香のお父さんとなにをしたてのかな」
 マネージャーからは、成田の近くの病院まで送ったが、そこで何をしていたのかは知らないと、素っ気なく言われた。我儘なことを頼んだのか機嫌が悪かった。

 いろんなことを考えているうちに、車は銀座に到着をして、涼子はモンドクラッセ東京の裏で降りた。カフェがあったから、いったんそこに入る。ようやく晴香に、
 晴香のお父さんを奪うってどういう意味?
とメールをする。すると、電話がかかってきた。
「なに言ってるの? 本当に病院に行って」
と言われる。また涼子は首を傾げた。

「奥原ゆう子もあの美女もわたしは好きだけど、お父さんには涼子がいるから、なんとか妨害作戦を考えているんだ。いまどこ?」
「え? ああ、モンドクラッセ東京の近く」
「ちょっと遠いけど行くよ。そこにお父さんがいるって聞いたし」
「わたし、今から俳優の相馬翔さんと飲むんだけど」
「は? それってデート?」

「デートじゃないけど」
「じゃあ、いいや。今日は行かない。あんまり飲んで、その男と変なことにならないようにね。初体験はお父さんと!」
「ちょっと、初体験って?」
「まさか、お父さんと別れた後、誰かとやったの? それともお父さんともうしちゃってた?」
 もう、何を言われているのはまるで理解できず、

「一回、切っていい?」
と涼子は言って、スマホをテーブルの上に置いた。
 メニューを見て注文をしたが、店員が持ってきたのは注文した覚えがない飲み物だった。何を注文したのか覚えていないほど混乱していた。
lineなんでわたしが晴香のお父さんとやるのよ
 少し怒りが湧いたが、すぐにまた鬱っぽくなる。
 晴香のお父さんって利恵さんの彼女でdots

 少し前にクレナイタウンで偶然会ったけど五年近くは会ってなかったから、別れたって言われても、付き合っていたとしたら中学生の時?
 確かに、中学生まではよく晴香の家に行っていたけど、晴香のお父さんとエッチなことをした記憶はない。温泉で家族風呂に入った記憶はあるから、裸は見られたかも知れないけど、気にしてないからいいとして、それだけで付き合っていたことになるのだろうか。

 いや、確かに高校生の時にディズニーシーに二人だけで行った記憶がある。皆で行く予定が噛みあわず、たまたまわたしと晴香のお父さん、友哉先生と二人になったのか。
「友哉先生?」
 涼子は目を泳がせた。そんな呼び方をしていたのだろうか、と驚く。晴香のパパ、または佐々木先生だったはず。
 そういえば、晴香のパパの車だった。車の中でわたしdots
lineよく着替えていた。なぜ? 晴香のお父さんの前で服を脱げるの?

 涼子は、混乱が収まらず仕方なく父親の松本航に電話をした。
「どうした?」
 疎遠になっている父親がすぐに電話に出てくれて、涼子は笑顔を作った。
「今日はお母さんは元気にしてる?」
 涼子の母親は寝たきりで、今は父親と妹が世話をしている。

 涼子がちょうど高校に上がる時に、家の階段から落ちて腰の骨を折り、介護が必要な寝たきりになった。父と妹と介護士が交代で世話をしていて、アイドルの収入は松本家には重要で、世話をしない代わりにアイドルの仕事をしているとも言えた。涼子はそのプレッシャーもあり、また自傷をするようになっていた。クレナイタウンのテラス席でもここから飛び降りられたら、と考えていたのだ。

 父親の松本航には正直に、「けがをしたら休めると思って、衝動的にやった」と言ってあり、だが、「だったら芸能活動をやめなさい」とも言われなかった。
 松本航は、妻の介護をするようになってから、フリーの編集者になり、仕事量を減らしていたから涼子の収入を頼りにしていたし、娘である涼子に償いをしてほしいと思っていた。それはそう、
line佐々木友哉を裏切った償いだ。

「大丈夫だ。食事も摂れるし、たまに笑っている」
「よかった。休みが取れたら帰るね。ところでお父さんに聞きたいことがあるんだけど、わたし、晴香のお父さんと温泉に行ったことが何回かあるよね。なんで、年頃の娘が、友達のお父さんと温泉に行ったの?」
「はあ? なに言ってんだ、おまえ」
 朴訥な父親が素っ頓狂な声を出したから、涼子は目を丸めた。

「また俺を怒らせたいのか」
「え? いいえ。ちょ、ちょっと確認」
 思わず背筋を伸ばし、その背が震えてしまった。
「おまえにアイドルの仕事を続けさせているのはなぜかわかっているか」
「え? お、お金を入れるため?」
「俺はそんなに落ちぶれた父親か」
「す、すみません」
 また背筋を伸ばしてしまう。

「おまえを引退させて母親の介護を三李と一緒にして、俺が働けば生活は容易だ」
「はい。お父さんは腕利きの編集者です」
「だが、おまえをアイドル歌手にしてくれたのは、佐々木先生だ。命も救ってくれた。だからその償いをさせている」
「償い?」
「贖罪って小説を知ってるか。おまえ、その小説のヒロインの気分なのか。似てるぞ。俺はあの少女は嫌いだ」

「すみません。読んでない。それより温泉の話を聞かせて」
 父親に遠回しに嫌いと言われたが、母親の介護を拒否したら当たり前だと思っていて、そのうちに仲直りできると涼子は考えていた。こちらには、母親から無理やり学校に行かされた恨みがあるのだ。それを父、航は考慮してくれていた。しかし、『贖罪って小説のヒロインはそれとは関係なさそうだな』と首を傾げる。
「おまえが晴香ちゃんと佐々木先生と一緒にずっと遊んでいて、先生が執筆で籠もる温泉も一緒に行きたいって言うから冬休みや夏休みに行かせてたんじゃないか」

「え? お、お父さんは反対しなかったの」
「ああ、俺は最初は嫌だったよ。だけど、おまえが佐々木先生のことが好きなんだって泣き喚いていたから、先生と俺と男同士で議論して、お母さんも晴香ちゃんが一緒ならいいっていうから、晴香ちゃんも一緒に温泉や高級ホテルの宿泊をさせてやるようにしたんだ。もちろん、最初は都内のホテルは俺も一緒だったが、高校生になってからは一人で行っていた。俺には分からないがラブラブってやつだ」

「泣き喚いていた? ラブラブ?」
「勘弁してくれよ。結婚する約束だっただろうに。転落の後遺症があるのか。もう一度、病院に行け」
「そ、それはさっき晴香にも言われたから」
 涼子は呆然としていた。すると、父が、
「佐々木先生が死にかけても見舞いに行かなかった。所詮、子供の恋愛はそんなものか。自分の娘だが、俺はがっかりだぞ」
「え?」

 父が電話を切った。まさにがっかりした様子を露わにしたため息が聞こえた。
dots晴香のパパが死にかけたのに見舞いに行かなかった? なんなの、それ? 普通は行くよ。
 前髪をかき上げて、その左手をおでこにあてたまま、悩ましく足元に目線を落とした。
dotsいや、わたしは行かなかった。わざと。どうして?
 よろめきながら椅子から離れ、カフェを出た。
 相馬翔に指定されたホテル内のレストランに入ると、彼はもう来ていて、「やあ」と言って手を上げた。

「やっと来てくれた」
 相馬翔は、ドット柄のジージャンを脱いで、とても嬉しそうな笑顔を作った。
 中華のレストランだった。
 涼子は気を取り直して、とりあえず、今日はこの人と食事に専念しようと思った。
 涼子が、「辛くない料理とワイン」と言うと、彼はテキパキと注文を済ませる。
 かっこいいな、と涼子は見惚れていた。だが、急いでいるように見え、
「まさか、部屋は取ってないよね」

 ワインを一杯飲んだところで、涼子は彼を覗きこむような顔で訊いてみた。
「取ってないけど、平日だし、空いてるんじゃないか。部屋で飲む? 人目につかないし、俺、変なことはしないよ」
「あ、う、うーんdotsどうしようかな」
 また、晴香の父親を思い出してしまう。佐々木友哉を。

 中学生の時に一緒に温泉やこういう高級ホテルで遊んでいた友達の父親と、ひょっとしたらセックスをしていたのかもれしない。貸し切り家族風呂に入っていた記憶と、晴香と川の字に寝ていた記憶があって、時々晴香を避けて、佐々木友哉の胸に潜り込んだ記憶もあった。だが、それは怖い夢を見て寝付けなくて、甘えただけだったはずだ
line抱いてもらおうかな。ストレスがひどいし、この人、かっこいいし。

 涼子は相馬翔を見て、少し興奮していた。白い肌は清潔感があり、筋肉はあまりないが、優しく触ってくれそうな手をしている。
 何かがあって記憶の一部を無くしているとして、自分が処女なのか経験があるのかも分からない。中学生の時が初体験だったら、ませたガキだと思うだけだが、はっきりさせたい気持ちはあった。周りの皆は経験しているが、自分はセックスには嫌悪感があって、それはやったことがないからで、好きになれるかも知れないとふいに思う。

「部屋を取れるかな。でもなければいいよ」
 涼子は本心を言った。無理にする必要はないし、できるならそれでもいいということだ。
「電話してみる。空いてなければ都内の別のホテルに行けばいいさ」
 相馬翔がそう言ったのを聞いて、やっぱりやりたいんだな、と涼子は緊張した。もう大人だし、こういう状況は断るのもよくないと思って、ウロウロするよりもこのホテルの部屋が空いていることを祈った。

「空いていた。僕が先にチェックインするから、時間差で入ってきて」
 彼はそう言うと、料理が残っているのに、慌ただしく会計をして店から出ていった。
『下着、どこかで売ってないかな』
 涼子は店から出て、近くのコンビニでお泊りセットを買い、下着も買った。マスクで顔を隠しているとはいえ、誰かに見つからないか緊張していた。その時、ホテルの前で何か騒ぎがあり、涼子は思わずコンビニにまた戻った。身を潜めるようにして外を覗う。

 ホテルの前の暗がりで、赤い光がはしったのが見えた。しばらくすると、騒ぎは収まり、また涼子はホテルのエントランスに駆け足で戻った。ロビーにいた客が、「外国人がケンカをしていた」と、肩をすぼめて友人と喋っていた。警察官がすぐにやってきて、ホテルマンに話を聞いていた。涼子はエレベーターの前にある椅子に逃げるように走って行き、座った。すぐに相馬翔から電話がかかってきて、部屋の番号を聞いた涼子は、手のひらが汗で濡れているのに気づいた。途端に、胸がどきどきしてくる。

 部屋はスイートルームだった。
「わざとこんなに良い部屋にしたんじゃないよ。飛び込みは、高い部屋にされるもんだ。ワインを注文したから、その間にシャワーを浴びなよ」
 爽やかに笑うから、涼子は、この人は優しくしてくれる、と観念するようにバスルームに向かった。
 シャワーを浴びている間にルームサービスがやってきて、ワインをボトルで置いていったようだった。バスローブを着ている涼子に、

「なんてかわいいんだ」
と、相馬は感嘆の声を上げた。悪い気はせず、
「あなたもかっこいいです」
と、涼子は言い、彼の近くに座った。
「さっき、下でケンカがあったみたい。怖い」
「うん。窓の外を赤い閃光がはしった。レーザーの光りかな。物騒だよね」

 涼子が心配そうに窓の人に目を向ける。見慣れぬものに怯える子猫のようなその表情を見た相馬は、
「トップアイドルはやっぱりかわいい。オーラがある。本当にかわいいよ。僕もシャワーを浴びてくるから、ワインを飲んでて」
と言って、とても嬉しそうにバスルームに入っていった。
 男性は、女を抱く時にこんなに喜んでくれるんだ。
 涼子はとても気分がよくなった。

 セックスっていいのかも知れない。友達もそう言ってる。早くやってみたい。もし、晴香のお父さんとすませていたとしても覚えてないのだから、今日が初体験でいいんだ、と考えていた。
 シャワーを終えた相馬翔は、部屋の照明を暗くして、ソファに座っている涼子にキスをした。特に緊張しなくて、キスはよくしていたのかもしれない、と考えてしまう。
 涼子はふと、あれ? 最近、誰かにキスをしたなと思い、「ちょっと待って」と、彼から離れた。
「え。急に嫌になった?」

 相馬翔は、とても好青年だった。避けるように離れた涼子に襲い掛かるかもせず、「もう少し飲もうか。テレビでも見ようか」と、気を遣う言葉をさかんに作った。
「嫌じゃないの。気持ちの整理をしてます」
 ぎこちなく笑って言うと、
「はじめて?」
 びっくりしたのか、大袈裟に目を丸めた。
「わたし、ちょっと前にテラス席から転落して頭を打ったの」

「知ってるよ。転落した君が消えたから都市伝説って世間は言ってるけど、君は三日くらい休んでいたから業界では本当のことって噂になってる。後遺症があるの?」
「誰かに抱っこされて連れていかれて、どこかの部屋で治療してもらったんだ。誰だったかな。なんかゆう子さんがいたような気がしてきた」
「ゆ、ゆう子? 奥原さん?」
「うん。なぜかメルアド、持ってるし」
「本当に? アイドルの君と奥原さんとなんの関係があるの? 共演した?」

「してない。局ではよくすれ違うけど」
「友達じゃないんだね」
「違うよ。メールの内容は理解できないけど」
「どんな内容?」
「ちょっと言えない。エッチな話で」
「そ、そうなんだ。奥原さんと友達だったら、僕が君とやったことで、君の人気が急落したら僕が潰されちゃうよ」
「まさか。ばれないよ」

 涼子がそう言ったのを聞いた相馬翔は、『よし、抱いてもいいんだな』という女好きな表情を作っていた。
「記憶が混乱していて、なんか最近、誰かにキスしたような記憶があるの。病院のベッドだから、黒猫のメンバーじゃないんだ」
「転落した時の病院じゃないの?」
「病院には後日行ったけど、ベッドには寝てないの。CT撮影しただけで。誰だろう。なんかわたし、童謡を歌っていたんだ」
「童謡?」

「かごめかごめのdots
「ああ、なんでそれを?」
「嫌いなんだ、あの歌。だから、その男の人に聞かせてやろうと思ったのに、キスをしていた。たぶん、夢かな」
「きっとそうだよ。矛盾してるし、病院のベッドで寝て処置もされてないんだから」
「うん、あの、正直に言ってもいいかな」
 涼子は、ソファの一番隅っこに座り直した。

「もしかすると、経験があるかも知れなくて、もしかするとないかも知れない。もしあったら、中学生の時の友達のお父さんが初めての人。キスも記憶になくて、でもそのお父さんと一緒に寝たことがあるからキスはしているかも。なんか、ごめんなさい」
 相馬翔は、考える素振りを見せ、いったんつけたテレビを消した。
「中学生は早いな。友達のお父さんなら犯罪じゃないか」

「違うよ。わたしがその人を好きだったdotsらしいの」
「らしい?」
「友達はそういうけど、覚えてないんだ」
 晴香と父親がそう言うなら、本当に後遺症があり、まさか、晴香の父親に恋をしていたのは本当なのか、と不安になってくる。だが、喋っておいて後戻りできないと決意し、
「それで、処女なのかもう経験しているのか知りたくて、相馬さんならいいかなって」

「女って自分が処女かそうじゃないか、分からないの?」
「どこかで聞いたせりふ」
 友哉にも言われている。そして友哉は涼子を抱いていない。
「男の挿入によるかな。君が若すぎて少しだけだったら分からないだろうし、激しくしていたら分かるでしょ」
「じゃあ、わたしは処女か激しくは抱かれてない」

「分かった。じゃあ、ベッドに行こう。僕は光栄だ。松本涼子の初めての男になれるのは。初めてじゃなくても光栄だ」
 そう生真面目に言った。
 気分がよくなった涼子はベッドに入り、彼に脱がせてもらい、ゆっくりと抱いてもらった。
 とても優しくしてくれていて、挿入の瞬間も怖くなかったが、痛みはあり、思わず、「痛い」と声を出してしまった。
「よかった。はじめてだったんだ」

「わかんないよ。中学生が初めてだったら、もう五年経っているから、それで痛かったのかも」
「そうだな。出血があるから初めてだと思うけど、でも、そんなことはどうでもよくないか」
 相馬はキスをしながら、「好きだよ」と囁いた。
 ああ、セックスっていいな。心が安らぐ感じがする。男性って、力強くなったり、優しくなったりして、素敵だな。
 涼子は、頬を朱色に染めて、彼に抱きついた。
「もう一度、抱いて」

 涼子に言われたとおり、彼はペニスを涼子の体に押し込んだ。
 また痛みが走ったが、それでも涼子は、「嬉しい」「楽しい」と思っていた。

 翌朝、二人は、ホテルから仕事の現場に向かうために、慌ただしく部屋から出る用意をしていた。
 化粧をしていたら、
「先に行っていいか。部屋のお金は下で払っておくから」

と相馬が言った。
「あ、いいですよ。またデートしてくれますよね」
「涼子ちゃんの鞄、靴下がいっぱいだね。笑ったよ」
「え? あ、冷え性なんだ」
「そうか。連絡するよ」
 相馬翔はそれだけを言うと、部屋から出ていった。
 涼子は、キスをしてほしかったと思ったが、それほど深くは考えずにメイクを続けた。

 スマホに目を向けると、着信のランプが点滅していて、「もう連絡をくれたんだ」と、相馬からのメールだと思った涼子は満面の笑みでスマホを手にした。だが、相手は晴香だった。
『ちゃんと帰った?』
と書いてある。
 どうしようか。涼子は息を飲んだ。
 まさか、セックスをしたと言えるはずもなく、だが、このまま黙っていていいのだろうか、とも思った

 相馬翔に抱かれたことを書こうと思った時、また晴香からメールが届いた。
『やっぱりモンドクラッセにお父さんがいるみたい。ずっと常泊してるんだって。仕事の後で行けば?』
 涼子はそれを読んで、返信するのをやめた。
 急に心臓の動悸がしてきて息が苦しい。
 このホテルに、一緒に温泉に行ったあの人がいたのか。

lineキスをされた時になんとも思わなかった。相馬さんを好きじゃないんだ、わたし。それすらも分からないなんて、どうかしている。どこかの病院でわたしがキスをしたのは、晴香のお父さんだ。あの童謡は、籠の中の鳥のこと。晴香のdotsいや、あのひとが、「おまえを籠の中から出してやる」と約束したんだ。中学生の時に。そして、
「新緑の森の中に解き放してくれたんだ」

 記憶の断片の数々が無数に蘇る。それも愛の時々の切れ端ばかり。
 メイクをする手を止めて、ベッドの上に座った。そこには相馬翔に抱かれた跡が生々しく残っていた。シーツは乱れ、出血を拭いたティッシュは、ゴミ箱の横に落ちていた。彼の体液の臭いもした。ゴミ箱の中のコンドームから漏れているのだろうか。乳製品が腐ったような臭いだった。
 昨夜、素敵だと思ったセックスが、急に不潔な行為だったと思うようになって、涼子は涙が出そうになってきた。「やらなければよかった」と、口に出していた。

 そして無意識に天井を見ていた。
lineこの上の部屋に好きな人がいるかも知れない。なのにここで、好きでもない違う男とセックスをした。
 涙はとめどなく流れ出て、
「わたしはいったい何をしているのだろうか」
 ただ、そんな言葉が漏れるだけだった。

 ゆう子と利恵は、毎週金曜日に必ず、友哉を囲んで三人で遊ぶことに決め、普段の平日は友哉は、ゆう子がスルーしていいと言った、国内の凶悪事件を阻止するために奔走していた。
「人に優しくすると不幸になる」
と言っていたが、桜井真一が事件を解決するのを楽しんでいるのを見て、気が変わったらしい。
 ゆう子は、友哉の言動を深く考察せずに、退屈そうにしている友哉にAZで分かる凶悪事件を教えた。

 桜井に、十二月十二日の都内の事件を与えたが、都内以外の事件では、まず最初に、埼玉県の郊外の住宅街に、外国籍の男が侵入し、たった二万円を盗んだだけで一家を皆殺しにした事件を直前で回避させた。
 続けて、十数人の死者が出た静岡県の高速道路の玉突き事故で、最初に前の車に追突した男性が急性心不全だったので、サービスエリアでその男性に気つけクスリを与えて、事故を未然に防いだ。

 続けて、信州の山中でレイプされ殺された女の子を、その山中へ繋がる道には行かせず、友哉がマリーを使ったナンパをして回避。その後、すぐにマリーを解いて、別れてきた。
「田舎の女の子は朱色のポルシェに興味を示すから、マリーが効いてしまう」
 友哉はそう笑っていたが、新しく、ゆう子と利恵を一緒に乗せられる四ドアの車を買ったばかりで、ポルシェはやはり売るようだった。
 友哉が注文した車は小さな外車のSUVだった。

「疲れると運転する集中力がなくなるから、人や前の車に対して自動停止する車がいいんだ。利恵が乗るなら万が一の時に頑丈な車がいいしね」
 友哉がそんな話をしていたのは、国内の事件を四回、解決した翌日。それからゆう子と利恵がいくらセックスやコスプレなどで癒しても、友哉は嘔吐をしたり、食事を残すようになっていた。
 肉体が回復してもメンタルはなかなか回復しないと分かったゆう子は、

「事件の回避のお仕事は、一週間、休んでそれからまたやることにする。つまり隔週ね」
と、友哉に厳しく言った。
 ゆう子が管理するAZがなければ、起こる事件が分からない友哉は観念して、頷いていた。
 ゆう子は、
lineああ、だからわたしがAZを持っていて、友哉さんは持てないのか。

と分かって、自分の仕事がとても重要だと再確認をした。それは何かとても幸せな気持ちにさせた。
「あなたはわたしがいないと何もできないのよ」
 ある日の夜、ソファで座っている友哉にそう微笑み、ゆう子はそっと顔を近づけた。すると、彼はゆう子のその顔に自分の顔も近づけ、触れるようなキスをした。
「え?」
 思わず声を出してしまう。こんなキスは初めてだった。

「やだ。やめてよ」
 声を上ずらせたゆう子は、寝室に隠れるように入った。
 寝室の灯りを付けずに、ゆう子はベッドの端に座った。心臓が破裂するかと思った。
 涼子のことから完全に嫌われていると思っていたのに…逆に優しくなっているように感じるが、わたしと利恵ちゃんがセックスや家事を頑張っているからだろうか。
 ゆう子は、クロゼットからシンプルなパーカーを取り出し、下にはグレーのスポーツタイプのショーツだけにして、友哉のいるリビングに戻った。

「おかしいな。今のようなキスをおまえにすると、それよりも口に突っ込みたくなる」
 少々、リアルなセックスのことを口にした。
「友哉さんのキャラでしょ。別にいいのよ、わたしもだから」
 ゆう子が苦笑いをしたら、
「違うんだなあ。手を繋ぐのは抵抗がない。そこが不思議なんだ」

と友哉が首を傾げた。友哉からよく、「手を繋いだまま寝てくれ」と言われているゆう子は、手よりも男性を握ったまま寝た方が彼が喜ぶと思い、それをすると、逆に叱られたりした。しかし、利恵はよくしているらしく、「本当にあいつは男のこれが好きだよ」と視線を下に向けて笑った。
「利恵ちゃんが良くて、わたしがだめな恋愛に関することが多い。わたしが嫌いなんでしょ」
 ゆう子がすねると、
「バカでもわかることだがdots

と友哉が口を開いた。
「ごめんなさい。先に言っとく。きっと分からない」
 ゆう子が肩を落とした。
「トキの仕業だよ」
「え? なにそれ」
「彼が最初に俺に教えたことは、RDの撃ち方だったが、次にどんどん取説を送ってきたのは、おまえとのセックスのやり方だった。避妊、マリーの使い方。そして、奥原ゆう子とのセックスは苦労します、とトキは言った」

「サドとサドだから」
「そういうことにしておこう」
 友哉がため息を吐き、話をやめると、ゆう子が口を尖らせて、「マリーを使って、わたしをマゾっ子にしたらセックスも上手くいくんだよ。その取説はないのか」と、まくしたてた。

「そのかっこうで、セックスの軽い話、かわいいよ」
 どこか少年のような口調だった。ブランド物の洋服でいると、「かわいいじゃないか」と大人のセリフ回しになっていたような気がした。今は目を輝かせて褒める言葉を使っている。
line友哉さんが、変わってきた。
 ゆう子はそう思って、とても感動していた。あきらかに成田で出会った頃の冷たい態度はなくなってきた。

 キスはその一回だけで、「好きだ」とも言ってくれないが、光の刺激を使ったまさに軽い愛撫は、ゆう子には最高に楽しくて、ある一瞬、一瞬で「幸せだなあ」と感じるようになっていた。
 そんなことがあったのが晩秋の水曜日で、翌朝になっても友哉の顔色が悪かったから、
「木曜日は事件はない。あっても行かせないよ。金曜日の夜から利恵ちゃんと三人でゆっくり遊ぼうね」
と、ゆう子は子供をたしなめるように言った。友哉はその時も弱々しく、「うん」と言った。

 金曜日の夜、ゆう子と利恵は、キッチンで一緒に料理を作っていた。
 利恵が料理が上手なので、ゆう子は、「利恵先生」と冗談っぽく言っていた。
「花嫁修業してね。わたしはずっと愛人でいるから」
 利恵は真顔でそう言った。
「なんで? コロコロ変わるね。それに利恵ちゃんの方が家庭に向いてるよ」

「まさか。わたしはお金がほしいって言った女だよ。この前、狙っているって言ったけど、友哉さんには断られるだろうな、結婚」
「セックスは回復も含めてちゃんとしないとだめだけど、そのことでお金をせがんだのは、そんなに気にすることはないと思う。友哉さんも気にしてないよ。金額が大きいから?」
「そうかもね。出会って間もない女が、一億円ももらって、それに喜んで結婚してほしいって、なんかまさに打算的って言うか、幸せにはなれないような気がする」

 ゆう子は、今は何を言っても無駄だと思い、話を変えた。
「三人でドライブに行ったら、その海とかでさdots
「ん?」
「わたしと友哉さんをちょっとの間、二人きりにしてくれないかな」
 ゆう子がそう言うと、利恵はおかしそうに笑って、
「いくらでもどうぞ。さっと消えて、頃合いを見て戻ってくるから」
 と言った。

「そもそも二人でも行けばいいじゃない。そんなに見つからないと思うけどなあ」
「それが意外と見つかるもんだし、友哉さんと二人きりでデートする自信がないんだ」
「昔、なにかあったの?」
「昔って言うか、なんかデートが怖いというか」
「なんで?」
「わかんない。計画すると気持ち悪くなる」
「元彼とのトラウマじゃないの? ゆう子さん、わりと繊細だから」

「違うよ。デートしたい願望はあるから、利恵ちゃんに計画してもらおうかなって」
 利恵はいい加減にゆう子の過去を知りたいと思い、難詰していこうとしたがそれを聞いてはいけない運命なのか、またインタフォンが鳴り響いた。
 来訪してきたのは松本涼子だった。
「涼子ちゃん? な、なにをしにきたのよ」

 思わず険がある言い方になってしまうが、結婚話が破談になったことは涼子にはなんの罪もなく、ゆう子は慌てて、「ごめん。ちょっと立て込んでいたんだ。どうしたの?」と声色を変えて言い直した。
「友哉先生はいますか」
「いないよ」
「どこにいるか知ってますか。晴香がモンドクラッセにいるって言ってたけど、出かけたみたいで」

 なぜ、友哉さんを探しているのだろうか。
 ゆう子と利恵は顔を見合わせた。
 正直、今から三人だけのホームパーティーをするのに、部外者がいては困る。
「最近は新宿のホテルみたい。うちら今日はホームパーティーなんだ。ごめんね」
 つれなく言う。利恵は、ゆう子を思わず見た。ホームパーティーなら、やってきた友達もついでに入れればいい話で、まるで松本涼子は友達じゃないと言い放ったようなものだと、利恵は呆れ返った。

「一杯飲んでいく? 入って」
 利恵がエントランスの扉のロックを解除するボタンを押した。ゆう子がびっくりしている。
 涼子がマンションの中に入ったのを見てモニターを消した利恵は、
「女優さんって会社勤めの経験がないのか、常識がないの? あんなこと言ったら、あんたは友達じゃないって言ってるようなものよ」
 呆れ返った顔でゆう子を見た。
「だけど、友哉さんが来るから」

「来る前に、なんで彼を探しているのか訊いて、それから帰したらいいでしょ」
「わかった」
 利恵は、ゆう子よりも二つ年下だが、まるで姉のようだった。ずっとそうだった。
「友哉さんをなんで探してるの? お父さんになら、連絡したらしいよ」
 ゆう子がソファに座った涼子に言う。涼子は、お尻まで隠れるワンピースのニットを着ていて、下はデニムのショートパンツ。

「スカートもパンツも穿いてないように見えるよ。それで街を歩いてるの? 若い子はすごいな」
 ゆう子が笑うと、
「友哉先生と温泉に行った時のかっこうdots
と、虚ろな目で言った。
 ゆう子と利恵は、言葉を失った。
「な、なんかあったの? 銀色の服の男が現れて、頭を触られたとか。その時、ピカーって蛍みたいなのが光ったとか」

 動揺したゆう子が早口で言うが、涼子はその言葉に反応はせず、
「好きじゃない人とセックスしちゃった」
 泣きそうな顔で言う。利恵が料理の手を止めて、
「わたしもしたことがあるから、気にしないでいいよ。魔がさすっていうか。ちゃんと避妊した?」
と言った。
「しました」
 涼子がぼそりと答えた。驚いたのはゆう子で、
「あんた、誰とやったのよ。処女だったよね」
と声をあげた。
「それはdots
 ゆう子の方が目を泳がせている。

「利恵さんは好きじゃない男の人とやったことがあるんですか」
「上京してきた時はよくナンパされたから。なんていうのかとっても平凡なの、わたしって女は。日本中の女の子たちがやっているような恋愛をしてきただけのつまんない女なの。だから、利恵が好きだよ、かわいいよ、なんて簡単に言わない友哉さんに惹かれるのよ。友哉さんにオーラがない美人OLって言われた。的中」

 利恵の話を聞き終えると、
「ゆう子さん、なんでわたしのパンチラ写真持ってるんですか」
と今度は、ゆう子を凝視した。だが、その言葉には力はない。鬱っぽいとはまさにこのことだった。
「わたしレズっけがあるから、ちょっと見たいなって」
 すぐにばれる嘘だった。涼子は、

「わたしとゆう子さんは友達だったんですか。テラス席から転落して運んでくれたのは友哉先生で、場所はゆう子さんの部屋。それからメルアドを交換したのを思い出した」
「思い出した?」
「誰かに見せたんですよね。友哉先生ですか」
 と言い当てる。
「見せてないよ。そんなことしてあんたに訴えられたら、わたし書類送検だ」
「大丈夫ですよ。怒ってません。確認したかっただけで」

「あとで削除しておくね。これから友哉さんを呼んで、三人でパーティーなの。ごめんね。帰ってくれないかな」
「わたし、嫌われてるんですか。前にワインを飲みにきていいって。そういうのも思い出した」
 それを聞いた利恵が、
「嫌ってないけど、今から大人のパーティーなの。好きじゃない男とやったくらいで泣いてる女はいたらだめなの」
と語気を強めて言った。とても迫力があった。

「そんなことしてるんですか」
涼子があからさまに驚いた。
「友哉さんはあなたも知っているように、いろんな酷い目に遭ってきたよね。それで毎日吐いたり、食事が摂れなくなったりするから、たまたま彼と出会って友達になったわたしとゆう子さんが、友哉さんを慰める会を結成したの。お酒とセックスで慰めるのよ。悪いの? 戦う男を慰めるのが女の役目。彼は今、世界中から期待されてる英雄よ。女が百人いてもかまわない」

「いや、百人は多いって。今の彼は腹上死になる可能性もあるし」
 ゆう子がいつものように冗談めかして言うと、利恵が睨んだ。
「ロスでテロの男をやっつけたり、わたしを助けたり、かっこいい」
「なんだ。分かってるじゃん。はいはい、さっさと帰って」
 自分から部屋に入れておいて、帰れと言っている利恵を見て、ゆう子は苦笑いをした。
「あの利恵さんdots

 涼子が、キッチンにいる利恵に顔を向けた。
「彼氏が毎日、好きだってメールしてくるんです。また抱きたいとか。あ、彼氏じゃなくて、やっちゃった人。初めての夜もいっぱい好きだよって言ってくれました」
「だからなんなのよ。良かったじゃない」
 男性経験が豊富で大人の利恵があからさまにイライラしている。
「彼はわたしのことが好きなんですか」
「好きなんじゃないの。そう言ってるなら」

 筑前煮が煮込まれている鍋の蓋を開けた利恵は、涼子は見ずに、
「友哉さんは、そんな気持ち悪いメールはしてこないけど、女を心底愛しているので。女に裏切られても女を守ろうとする。ようは本質ってやつよ」
と、先に含みをもたせた答えを言った。
「お母さまも蒸発している。居場所を知らせる最後のプレゼントを友哉先生は開けなかった」
「それは初耳」

「ちょっと利恵ちゃん。どこかの男とやったとか、今の話とかわたしたちが勝手に知ったらだめな問題ばかりだよ。友哉さんに聞かれたらまずい」
 キッチンに駆け込んで利恵に耳打ちする。しかし、利恵は涼子をきっと睨み、
「その最後のプレゼントをゴミ捨て場に投げ捨てた?」
「きっと部屋にあります。開けてないけど」

「ほーら、自分を棄てた母親を憎まない態度が、わたしたちのような悪女を嫌わないって本質がある証拠よ。女が反省さえすればね。ゆう子さんなんか親子で無反省よ。さすがの友哉さんもゆう子さんのお母さんとは気が合わないな」
「利恵ちゃん、わたしは涼子ちゃんのこの問題と関係ないから」
 ゆう子がキッチンから出ていった。うんざりしている。
「恋人の利恵さんをオーラがないとか言うのに?」
「ああ、めんどくさい!」

 利恵が大きな声を出した。大きな声と言っても、利恵にしてみればである。
「だからその服は何よ!思い出の洋服で大人を誘惑して、若い男と二股でも狙ってるのか」
「利恵ちゃん、手、手!」
 ゆう子が、利恵の手を指さした。利恵は包丁を握ったまま、リビングに入ってきていた。
「友哉先生に見てもらおうと思って。二股なんかしません」
 言い返す気力もないのか、力なく呟く。少し、様子がおかしすぎると思ったゆう子が、
「体調が悪いの?」
と優しく声をかけた。

 もともと、仕事が忙しいだけで自傷を考える女の子だから、ゆう子は心配になってきた。俯いたままの涼子を見て、利恵も冷静になり、
「パーティーは中止しないけど、ちょっとあっちで寝かせたら」
と寝室に目をやった。
「その服は違うのに替えて。ゆう子さん、何か貸してあげて」と言った。
 涼子が寝室に消えた。すぐに利恵が、
「友哉さんが昔を思い出すあの洋服はだめよ。ゆう子さんがわたしにそう進言したくせに」

と、ゆう子に言った。黙って頷くゆう子。
「友哉さん、そろそろ、待ちくたびれているか、ぶっ倒れてるかだけど…」
「パーティーは中止にできないし、どうしたらいのかな」
 利恵は悩ましく言った。

 涼子がいるとは知らずに、友哉がやってきた。午後六時だった。

 友哉はリビングまで入ると、すぐにソファに座って、「お酒くれないかな」と、キッチンの利恵を見て言った。利恵のエプロン姿がよかったのか、「かわいいエプロンだな」と目を輝かせて言う。
「ごめんね。下は裸でもパンツだけでもなくて」
 利恵が恐縮して言うと、ゆう子も、
「あの、まだ飲んでないから観賞してもらう気分じゃなくて」

と詫びる。友哉が来たら、ゆう子は自分で勝手に乱れていて、それを友哉が見て愉しむ約束だったが、涼子がいたから料理の準備が精一杯だった。テーブルには手料理と買ってきた惣菜が並んでいて、もう一つの机にはトランプやゲームが置いてある。利恵はまだ煮物を作っていた。
「酔ってないし、普通の女でつまんないかも。お酒が入ったらベランダで裸になって踊るよ」
 またゆう子が恐縮した。利恵がそれを聞き、
「確かにゆう子さんって酔わないと、それなりにまともだよね」

と笑った。
「別にいいよ。高層階だけど、ベランダはトキの仲間に見られるぞ」
「突然現れて激突じゃない?」
と笑ったのは利恵だった。
「露出願望が強いから見てもらうのは好きだけど、あんな礼儀のない人たちと激突は嫌だな」
 ゆう子が苦笑いをしながら友哉に酌をすると、
「ずっとおまえたちがいれば大丈夫だと思う」

と左手のリングを見て言う。光も使えると言いたいのだろうか。
「ぽっくり逝くことはないなって」
 続く言葉にも力はない。
 弱気なセリフだとゆう子と利恵は思った。相当、参っているのだろう。友哉の今の体は、栄養状態も内臓を調べた際の血液の数値も正常なのに、精神面が激しく傷んでいるようなものだった。AZでよく調べると、『疲労が蓄積されると、血圧の降下とともに二十四時間、死の恐怖に苛まれる』と書いてあった。

lineなんなのいったい。ガーナラって拷問サプリか。友哉さんが二択で選んだようだけど、ちゃんとした説明はトキさんからあったのかな。
 ゆう子は、時々、奥歯を噛んでいる友哉を見ながら、恨めしそうに思った。
 いろんなことに耐えてる男性だな。大けがで入院、手術したショックがある上に、涼子は見舞いにこなくて、奥さんは離婚したら晴香ちゃんを気にしないで浮気相手と外出ばかりか。

 律子がSNSに男と遊んでいる様子を投稿しているのが、AZから簡単に覗けた。律子が、友哉に対して悪意や恨みがあるという証拠だった。AZはそういう人物しか覗けない。
line友哉さんの耳にも入るように投稿してるし、とはいえ、晴香ちゃんの親権は譲らない上に会わせないし、こっちでも拷問か。涼子ちゃんの存在を知っていて怒っていたとしても、あの女も夫を放置していたし、その後、浮気してるじゃん。

 なのに、今の友哉さんにはけっこうまともな行動力がある。自惚れだけど、わたしと利恵ちゃんがいるからか。
 ゆう子は、常識的な言葉を作って雑誌を読んでいる友哉を見て、目を丸めていた。
lineだけど、涼子ちゃんが他の男とやった話は今の友哉さんにはまずいな
 ゆう子が頭を抱えた。
 ゆう子の感覚だと、転送を繰り返しながら、凶悪犯と戦ったら、顔色がよくなるまで、三日か四日は必要だった。それはゆう子と利恵がいて三日である。

 今、友哉が新宿にいるのも、ゆう子のマンションに近いからで、それは利恵が銀行に行っている間に、友哉の体調が悪くなった時の対策だった。涼子が、相馬翔と関係を持った時は、大手町のモンドクラッセにいたが、今は新宿である。
「友哉さん、血圧見ていい?」
 AZを見ながら言う。友哉は何も答えずに頷いた。

line百八十九。うーん、微妙。激しく動いている時が、二百五十くらい。だけどワルシャワでは五百くらいまで上がっていた。そこからこんなに落ちているのか。怖い。自殺でもしないのだろうか。
 ゆう子がAZで『鬱がひどくなって自殺しないのか』と、調べてみると、
『友哉様は自殺はしません。どんな地獄を見ても絶望しても、拷問されても』
と書いてある。
line評価、高すぎる。何を根拠に言い切れるのだろうか。トキさんは本当に、友哉さんのこと知ってるのかな。

「根拠なんかない」
 友哉がポツリと言い、ゆう子が驚いて彼を見た。
「リングから聞こえたぞ。ゆう子にも隙があるんだな」
「根拠がないなら、こんな仕事だめでしょ」
「根拠はないが約束はした」
「トキさんと?」
「そうだ」
「どんな約束よ」
「覚えてない」

「はあ? 半年ちょっと前でしょうに」
 友哉は首を傾げると、目を閉じて座ったままウトウトし始めた。喋ると疲れるのだろう。
 AZでまた友哉のことを調べていると、RDに関する記述が出てきた。
『友哉様は大丈夫です。なぜなら友哉様のPPKから照射されるRDには欠陥があり、それは自殺できる欠陥です。

責任を持っている人間がその責任を成せなかった時に自殺しようと考えると、RDは責任感からなる自殺を複雑すぎる心理のため理解できず、その手助けをするように自分を撃ち殺します。しかしトキ様が自信を持って、友哉様にRDをお渡ししました。友哉様は自殺しません』
「それはヤバくないか!」
 ゆう子が大声を上げたものだから、利恵が飛び上がった。寝かけていた友哉が、耳を塞ぐような仕草を見せる

「AZを読んで遊んでないで、なんかすれば? ちょっと来て」
 利恵に叱られ呼ばれたから、ゆう子は料理の手伝いかと思ったが、
「トキさんとの約束を覚えてないってどういうことよ」
と耳打ちされた。
「地獄耳、利恵」
「ふざけてないで」
「副作用がひどくて忘れたんでしょ」
「違うと思うよ。トキさんの時代と行き来してるから、記憶が混乱してるんだと思う」

「また利恵ちゃん持論。だったらトキさんにきてもらって説明してほしいよ。一回しか来られないって彼も言っていたし、AZにも書いてある」
「だったら一周してきた」
 思慮深い利恵の面持ち。いつも物事を考えている人間の顔をしている。
「一周して向こうで友哉様になって帰ってきた。イメージとして」
「成立するイメージね。まあ、この問題は議論しても答えは出ないから、先に目の前の問題を片付けて行こうよ」

 利恵が頷くと、
「ゆう子、きてくれ」
 友哉から呼ばれて、ゆう子はリビングに戻った。
「ゆう子、おっぱい触らせろ」
 大きく息を吐き出した友哉がそうはっきりと言った。
「あ、はい」
 ゆう子は、ソファに座る友哉の隣に慌てて座った。

 ゆう子は、涼子がいた時はジーンズだったが、それを脱いで下は紺色のショーツだけ。上はグレーのパーカーでノーブラだった。乳房は触りやすく、「贅沢だな」と友哉は少し笑った。
「気にしなくていいよ。毎日、大事件や事故を防止しているんだから。かわいい女の子を抱ける特権があるの」
「心配するな。そんな謙虚な悩みはない。女のおっぱいは本来、猥褻なものでも性器でもないから、肩やウエストに触るのと同じレベルにしないといけない」
「どういう哲学?」

「女の裸体は美しいから、それは共有物。少女が男に触られて傷つくのは、触られると傷つくと親と社会が洗脳しているからに過ぎない」
「お、ロリコン全開。だけど許す。わたしもまだセーラー服、いけるから。ゆう子さんなら体操服もジャージも似合うよ」
 利恵が笑った。
「なんなら、もう一人、呼んでもいいよ」
「いつもの友哉さんらしくなってきた」

 キッチンからそう言って笑うと、
「寝室にいる小学生みたいな女のおっぱいを触ろうかって話だ」
と、二人を見て言った。
「ばれた」
 ゆう子が友哉から思わず離れる。
「こらこら、寝室の美少女に気づかれないように、俺に跨れよ」
「できないよ」
 ゆう子はキッチンにいる利恵のところに行き、彼女の肩にもたれかかった。

「寝室に涼子がいる気配くらいわかる。腐っても俺は佐々木友哉だ」
「さすがです、友哉様。えっとね、なんか鬱っぽくて、自傷の前科があるから寝かせているの」
「わかった。治してくる」
「え?」
 友哉が、素早く寝室に行ってしまい、二人は止めることもできなかった。
 見ると、パジャマで雑に寝ている涼子の頭を撫でている。寝室の扉を閉めていなくて、二人はその様子を見ていた。友哉のリングが緑色にゆっくり点滅している。

「見てたのか。起きたらすっきりだ。あとで自分にもしよう」
 友哉はおかしそうに笑ったが、足元がふらついている。
「無理しないでよ。わたしたちもセックスを何十時間も続けられるわけじゃないんだから」
 ゆう子がそう言うと、目の前に立っている彼女を友哉は抱きしめて、「抱き心地がいいなあ」と笑った。そのまま下着の中に手を入れると、ゆう子は「あ」と声を出した。利恵が、「ちょっと、わたし、料理係り?」と不満そうな顔をした。

「なにしてるんですか」
 涼子が寝室から出てきて、立ったまま抱き合っている友哉とゆう子を見た。
「回復したのか。じゃあ、帰るんだ」
 そう言ったのは友哉だった。
「じゃあ、利恵さん、わたしの洋服を返して」
「寝室に置いてあるよ。着替えたら、こっそり帰って」
 涼子は寝室に戻ると、ほんの二分くらいでまたリビングに戻ってきた。

「こっそり帰れって言ったでしょ」
 利恵が声を上げる。
「このセーター、あなたに買ってもらったやつです。覚えてますか。温泉で、わたしのこと抱いた?」
 友哉は、苦笑しながらソファに座った。
「またそれか。娘がいる部屋で、君を抱くのか」

「あ、そうか。そんなことはできないな。でもいない時もあった。中学生の男の子と会った時とか。まあ、でも抱かれてないからわたし、怒ってるような気がしてる」
「なに自分から文句を言って、あっという間に自己完結してるんだ。ならさっさと帰れよ」
「友哉さんに聞きたかったのはそれだけ?」
 ゆう子がそう言った。
「はい。あ、そうだ。あなたはなんで利恵さんのことをメス豚って言うの?」
 涼子が、利恵をちらりと見た。

「お金が目当てだって自分からカミングアウトしたから」
 友哉が正直に教える。
「滅多に言われない。わたしから頼んでるの。反省したいから」
 利恵が間髪入れずに言う。
「じゃあ、ゆう子さんはどんな女?」
「淫乱な秘書」
「あなたが淫乱にしたの?」

「会ったその日から淫乱だったから、素質はあったんじゃないか。下手くそだけどそれがそそる」
「下手くそだから淫乱秘書に徹してるの。自分からしてるの」
 今度はゆう子が間髪入れずに言うと、友哉が、
「利恵に変なところで対抗するなよ。そんなことはどうでもいいんだ」
と苦笑いをした。
「じゃあ、便利なセフレが二人か」
「涼子、恋人を便利とは言わないんだよ」