第十一話 女神か悪女か~愛と哀しみの女子会

【ここまでの登場人物】
◆佐々木友哉 交通事故で瀕死の重傷を未来人を名乗る男トキに治療してもらい、未来の力を得てテロリストと戦う。未来人から「友哉様」と呼ばれている。
◆奥原ゆう子 有名女優。トキから、「友哉の秘書になってほしい」と頼まれて、傷だらけの友哉を懸命に看護し支える女。
◆宮脇利恵 友哉の恋人の銀行員。過去に男たちと遊び惚けたトラウマがあり、友哉のお金で安定した暮らしを夢見ている平凡な女子。

◆松本涼子 アイドル歌手。友哉の元カノ。友哉に棄てられた恨みで、復讐に燃えている。しかし、実際に離縁していったのは涼子?
◆喜多川晴香 友哉の娘の女子高生。未来人から護衛されている「晴香様」。涼子の友人。
◆トキ 千年後の世界で、世界を統治している君主。友哉よりも若く、しかし冷静に友哉と話し合った。
◆シンゲン 未来のAi型タブレットAZの中にいる知能。ゆう子に指示をする。

◆桜井真一 公安の警察官。襲われた晴香を助けるために絶命。それを友哉が蘇生した。密かにゆう子たちを護衛している。
◆伊藤大輔 桜井の部下。友哉に足を撃たれたが軽傷。その後、友哉を尊敬し、桜井と一緒にゆう子たちを護衛する。
◆小早川淳子 利恵の同僚。利恵にイベントのチケットを渡し、友哉とデートするように言った二人のキューピット。
◆富澤社長 利恵の銀行の社長。友哉に弱みを握られて、使いパシリにされている。

◆喜多川律子 友哉の元妻。回想シーンでは友哉に冷たく高圧的。離婚後、友哉と晴香を会わせてない。
◆松本航 涼子の父。娘の身勝手に絶望し、友哉の前で泣いた男。友哉の担当編集者で親友。
◆久坂光章 神奈川県警の警察官。トキから力をもらう前の友哉が、「敵」から涼子を守るために一緒に戦った友人。
◆大河内忠彦 ゆう子に救われたホームレスの男。痴漢冤罪の罪を背負う。
◆川添奈那子 AV女優。友哉の元カノとも言われているが、実際はセフレ?

◆宮脇利里 利恵の母親。「佐々木友哉さんと結婚して」と利恵に言った友哉の熱心な読者。
◆奥原アンリ ゆう子の母親。ゆう子を虐待していた。ゆう子が高校生の時に死去。
◆奥原慎太郎 ゆう子の父親。ゆう子が借りているアパートに遺影があるが、亡くなっていることを隠している。
◆佐々木絵美子 友哉の母親。友哉が中学生の時に男と蒸発。子供の友哉を嫌っていた。
◆佐々木友孝 友哉の父。勉強家だがストレスに弱く、友哉が中学生の時、絵美子が蒸発し心労で死去。

◆末永葵 利恵をカウンセリングしたセラピスト。色っぽい大人の女。友哉と逆の考え方で利恵が混乱する。
◆横山明日香 未来人が口にした謎の男。「おまえのかわいい弟のような男」と言われて、友哉が首を傾げる。
◆リク 未来人カロリッチが「リク様」と口にする。リクが横山明日香を地中海で敵から助けたらしい。強者?
◆涼子の母と妹 母は友哉と何か関係あるようで、涼子から何度かそれをほのめかされる。

 ◆

 利恵は北千住のマンションから出て、また新宿に戻り、ゆう子のマンションのキッチンでサラダを作っていた。
 もしかすると、他に誰か来るかもしれないと思い、紺色のトップスに中は白いシャツ。首周りが鎖骨まで見えてかわいらしい。それとフレアーのロングスカートを合わせた。色はグレーで学生服のような柄。全体的に少々幼い恰好だから、友哉からもらったお金で買ったルビーのネックレスをして、そこが大人の色気を醸し出し、毛先にくるくるパーマをあてた。

 今思えば、運命に導かれた友哉の好みの服装だが、それを一時、忘れることに努め、ゆう子の部屋に行った。ところがゆう子が、期待外れなラフな格好でいた。
「なんでサラダはお惣菜を買わないの?」
 なんと床に座ってストレッチをしている。しかも、スポーツジムでよく見かける短パン姿。上は、ティシャツ一枚でブラもしていない体たらくだった。
lineこの温度差はなによ

 利恵は呆然としていた。ルビーのネックレスを投げ捨てたい気分になる。
「変なドレッシングがかかっていて、味が濃いから」
 不機嫌そうに答えるが、ゆう子はそれに気づかずに、ストレッチを続けていた。準備を手伝う気もなさそうだ。
「ドレッシングは別に付いている野菜だけのもあるよね」
「オーガニックじゃないから」

 利恵はキッチンに置いてあるカレーが付いた皿を見て、それをさっと洗い、その皿にサラダを盛りつけた。
「埃がたつから早くやめてくれないかな。あと、ブラをしてほしい。チラチラ丸見え」
 テーブルに惣菜を置いてあるのに、ストレッチをしているゆう子を睨み付ける。
「股関節が柔らかいのを変な目で見ていたからストレッチをして誤魔化している。普通さ、舞台とかやってたら体は柔らかくなるさ。ふざけんな」

 ゆう子の男の子言葉は、笑顔がかわいい美女だから許されているようなものだった。歳がずっと上の友哉にも平気でこんな言葉遣いだ。スカートを穿いたら必ずパンチラになるくらい行儀も悪いし、奥歯が見えるほど大きく口を開けて笑う。そんな女でも男が言い寄ってくるから余裕があるのだろうか。利恵は、ロスからずっと、絶滅危惧種の動物を見つけたような顔で、ゆう子を見ていた。
 そして、ブラを取りに行く気配もいっこうに見せない。

「正常位の時とかに? そんな細かいところを見てるの? やだなあ、経験豊富な男は」
「セックスのやりすぎとか言われたわけじゃない」
「でもそう思ってるね。じゃあ、わたしのセックスの癖もばれてるんだ」
「当たり前だよ。利恵ちゃんがどんなセックスしてきたか知らないけどね」
 ロスアンゼルスのホテルで泥酔して、淫乱にセックスに興じたことは覚えている。しかし、酔った勢いだから、彼は「利恵は酔ったからああなった」と思ってくれてないだろうか、と希望を抱いていた。

「そんなはずないか」
 落胆した声で呟くと、
「何が?」
 ゆう子が体の動きを止めて訊いた。
「わたしは…友哉さんには言いたくないけど、合コンからのセックスが多かった。でもセックスがしたかったんじゃなくて、都会で遊びたくて遊びたくて。カラオケとか遊園地とかドライブ。その延長にエッチがある感じ」

「でもプロって言われたのは上手だからでしょ」
「うん。異常に上手らしい。すぐにイッちゃう。彼はそれを褒めるけど、あんまり嬉しくないな。体が敏感なのは隠しようがないけど、経験数や元彼に教わったことを見抜かれるのは恥ずかしい。この前もバーで、遊んでこなかったとは言わせないって、モロに言われた」
「はっきり言いすぎる男の人だなあ。それに怒らない利恵ちゃんもすごいよ」

「プレゼントで誤魔化された」
「ふーん、晴香ちゃんの言うように、本当はマメなのか」
 なんのプレゼントか聞く様子もないゆう子。
 ゆう子さんの興味は物質的なものではなく、常にセックスや健康なのか、と利恵は分かった。
「ゆう子さんはやりまくってたんだ。女優さんってすぐに共演者の俳優さんと関係を持つし」
「うーんdots

 ゆう子はずっと緩んでいた頬を少し硬くした。ストレッチもやめて、惣菜のサラダをつまんでいた。食事の時はそれなりに行儀よく、足も整えて座っていた。
「ごめんなさい。変な言い方して」
「いいの。わたしは共演した人とはやってないよ」
 過去のセックスは意地でも話さないようだ。利恵は話を止めて冷蔵庫を開けた。高級ワインが五本入っていた。オーパスワンが三本、あとはシャトームートンロートシルト、シャトーマルゴー。缶ビールも三つあった。

「ワインばっかり。日本酒は?」
「ないよ。この前、涼子ちゃんとワインも二本飲んだ」
 利恵が大きなため息をついた。ゆう子が、
「日本酒が飲みたいの? 下で売ってるよ」
と言った。いろいろな勘違いをしている、と利恵は思った。
「だからだめなんだよ。友哉さんは日本酒派でしょ」
「うそ。聞いてないよ」

「獺祭が好きなの。だからだめなんだよ」
 利恵がまた、呆れた口調で言う。
「記者会見で花嫁修業をするって息巻いてなかった? なんでレトルトのカレーを出してるの?」
「花嫁修業はやめた。彼は利恵ちゃんに上げる」
 ゆう子が白いハンカチを持ち上げたのを見て、利恵は思わず、
「白旗? 面白いよ」

と言った。利恵は本当におかしそうに笑った。
「ゆう子さんは無邪気で面白いなあ」
 そう言いながら、オーパスワンをゆう子に注いだ。利恵はワインやスコッチは自粛していて、ビールを持ってきた。
「松本涼子もよく遊びに来るの?」
「一回だけだよ。友哉さんが助けた時に」
「ああ、例の都市伝説。クレナイタウンからこの部屋に転送したわけか」

 利恵はそのことをスマホで調べようとしたが、それを止め、部屋を見回した。
「他に誰か呼ばないの?」
「呼べるわけないよ。秘密結社なのに」
「AZは?」
「あるよ。どこかに」
「あっそう」
 お酒が出たのに会話が続かないのを察したゆう子が、

「利恵ちゃん、ロスの話の続きだけど、友哉さんの優しさに興味がないよね」
と友哉の話に戻す。
「彼の優しさは普通だと思うよ。男性の優しさは常にセックスしたいからだって」
「そうか。そこは譲らないんだ。じゃあ、友哉さんの何が好きなの?」
「お金持ちで、刺激的なところかな。まさに運命の…。いやそれはともかく流行の遊びしか提案しない平凡な男たちにうんざりしていた時に出会ったの」

 出会い系で見つけた男たちは、平凡とは違うオタクやお金持ちの変態もいたが、さすがにそこは話せなかった。しかし、何か女子会らしいネタを出さないといけないと思うと、学生時代の話しかないくらい、銀行では大人しくしている。
「向こうも運命と思っていたら結婚できるね」
 ゆう子が先に、利恵の止めた言葉を突く。
「なんかバカにした言い回し」

「運命ってタイプじゃないよ。二人とも」
 ケラケラ笑う。利恵は、わたしを打算的な女だと思ってるんだ、と分かった。
「わたしは彼の優しさが好き。急に強くなるのはちょっとしんどいな」
と、ゆう子が言った。
「優しいのはセックスが目的だって」
「利恵ちゃんはそればっかだね」
「わたしはセックスだけの女にはなりたくないの」

「それはちょっと良くないセリフだよ」
「なんで? 女の子は皆そうだよ。有名な先生にも言われたし」
「先生?」
「セラピスト」
「へえ。そんな先生と喋ったことがあるんだ。友哉さんと喋った方がいいよ。無料な上になんとお金がもらえる」
「そのお金もわたしとセックスするためでしょ」

 はっきりと言うと、ゆう子が食べていたサラダを喉に詰まらせたような表情を見せた。女二人だけの女子会だから、利恵がズケズケと言っているのだが、それを大目に見ても、ゆう子の癇に触ったようだ。
「今の利恵ちゃんはそれを言ったらだめだな。それをしつこく主張すると友哉さんがブチ切れると思うよ」
「ちょっと意味が分からないけどdots

 初めてゆう子が自分を睨んだのを見た利恵。怒ったようで、年上の有名女優ということもあり、意味を訊くのが怖くなった。
「じゃあ、訊くけど」
「訊かなくていいよ」
「いや訊くよ。一億円はどのタイミングで入ったの? まさか成田で? そんなの無理だよね」
「帰りのロスアンゼルス空港にいた時間に、彼が社長に電話したらしい」

「ほらね。その飛行機の中で、お金の交渉をしたんだよね。寝取りとか乱交の自撮りをする代わりに、十万円とかで」
「それはヤケクソでdots
 利恵が顔を伏せた。ヤケクソも事実。そして出会い系で男たちと交渉していたから、慣れていたのだった。

「その時点でもう利恵ちゃんに、一億円振り込んであったんでしょ。で、飛行機の中でも成田でもそれを言わずに別れた。ということは、選択する権利はすべて利恵ちゃんに丸投げしてあったわけ。寝取りをしてもよし、お金を持って逃げてもよし。彼、偽善者じゃないから、一億円を渡したら利恵ちゃんが戻ってくるとかの賭け事を楽しんだのかもしれないけど、まあ、その男らしさと優しさに気づかない利恵ちゃんは、なんの経験を積んできたのか正直、疑うよ。女は処女も淫乱も変わらないって、どこかの本に書いてあったけど本当だねえ」

「機内でわたしを試していたのか」
「機内で一億円を振り込んであるって言われたらどうなってたのさ。あんた、調子に乗ってただけでしょ」
「そうかも。でもうちの銀行名義になっていて、友哉さんの、ササキトキの名義じゃなかった。だから課税される。そのあたりが愛情じゃなくて、セックスのお金と思う。だから、まだ優しさは認められない」
「バカ。ササキトキの名義にしたら利恵ちゃんも国家権力に狙われるでしょ」
「あdots
「あ、じゃないよ。さすが、友哉さん。恋人と揉めてる最中にも気配り大将。で、なに? 一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとか言われたことがあるの?」

「え? な、ないよ」
 いつも友哉に論破されていると腹を立てていたが、ゆう子とも同じだった。誰と話しても矛盾や間違いばかりを口にしていて、こうして叱られるのだ。
「一億円渡したから、ああだ、こうだって言われてる? さっき、惣菜を買うお金がない話でも聞いたけど、ま、無駄遣いするな、くらいでしょ」
「うん。美容に使うようにって。財布とかはプレゼントするって言うし、なんか使い道がなくない?」

「何に使いたいの?」
「ぱっと思いつかないけど、友哉さんがホテルの部屋をスイートにしないから、わたしがもらったお金でグレードアップとか。冬になったら、大間のマグロとか高級寿司を食べまくるとか。リゾート地の温泉に行くとか。だって、都内にマンションを買ったら無くなっちゃうし」

「そうか。遊びたいんだね。あのさ、絶対に男の人は言うよ。これだけお金を渡したから、セックスをしろって。一億円も利恵ちゃんに渡して、何も言わない彼はなんなの? わたしが大河内さんに会う前の日、つまり銀行の男の子をこらしめた日の前日の夜、酔っぱらって寝てたでしょ。そのプレゼントで誤魔化された日よ」
「久しぶりに飲みすぎた。いろいろ面白かったから。PPKって拳銃を見せてくれた」

「寝てる利恵ちゃんを抱いてないから、銀座を走り回った疲れがあからさまに出ていたよ」
「寝てる間にレイプしていいなんて言ってない」
「レイプじゃないでしょ。カップルなんだし、セックスが好きなんだから。利恵ちゃんが、セックスが嫌いなら話は別だけど」
「セックスは好きでもいきなり犯されたら嫌だよ。いや、でも感じるか。わたしも暇な時に寝ている友哉さんを何度か起こして、頼んでるし」

「でしょ。認めたか」
「暇な時よ」
「その方が悪徳じゃん」
「そうなの? 疲れているからって彼女にイタズラする方が悪くない」
「利恵ちゃん、女を一からやり直す前に、滝に打たれてきたほうがいいよ」
「ひどくない? その暴言」
「あんたが友哉さんにひどすぎるから、代弁してるんだよ」

dots
 何が悪いのだろうか。確かにお金を請求したのは良くないがdots、利恵が首を傾げたのを見たゆう子が、ため息を吐いた。
「セックスは女は何をやってもいい世の中になってんのよ。利恵ちゃんが寝ている恋人の友哉さんに跨るのは良くて、友哉さんが寝ている恋人の利恵ちゃんを犯すのはだめって、なんなの? わたしがブチ切れるよ。まあ、回復のためにもちょっと話し合っておいてね。友哉さんの、副作用、半端ないんだから」

「それがピンと来ない」
「死ぬかも知れないからね」
dots
 利恵が瞬きをやめて、ゆう子を見た。
「セックスしないと?」
「色気をちょっと見せるだけでもいいし、優しくするだけでもいいよ。松本涼子が手を握って歌を歌ってくれただけで、元気になったから。ようは、美女の色気と優しさで彼は血圧が上昇していって、体が楽になるんだ。血圧が極端に乱高下する副作用だって」

「分かった。でも寝てる間に犯されるのはdots
「本当に嫌なの?」
「いいえ。わたしが疲れてなければ全然OK」
 ゆう子は息を吐き出して、
「友哉さんはそんなことはしない男のひとだけどね。ラブラブみたいなんだし、本当に話し合ってね。若い男の子だったら勝手に寝ている彼女の顔に出したりするんでしよ。知らないけど」
と言う。

「するよ」
「知ってるんだ」
「若い頃にされたことがあるよ。何度も」
「経験豊富なのに学習してないのか。その元彼の男子はよくて友哉さんがだめなんて、あんた、大人になったら逆に退化してるの?」
「いったん、お休みして、男を軽蔑したから、いろいろ忘れていた」

「セラピストの洗脳ね。その件は友哉さんに言って。わたし、心理学者じゃないから、その洗脳を解けない。友哉さんなら解いちゃうと思うよ。恋愛小説家として中堅以上の佐々木友哉先生とどこかのセラピストじゃ格が違うって。それに、一億円もらっておいてdots。しつこくて悪いけどさ、知っての通り、彼は性豪。セックスは大好き。なのに、お金を渡したからやれとか回復する

まで腰を使ってろとか言わないのは、彼はセックスだけの男性じゃないからだよ。何か別のことも考えてるの。セックスと同時にね。それはあなたの体調とかだよ。酔って寝てるって言ってもさ、若いからセックスしても死ぬなんて滅多にないどころか逆に楽しいのに、気を遣ってるんだって」
 利恵はまさに打ちのめされていた。ゆう子の暴言の数々に怒れないほどだ。

lineまさか。病的に疲れている様子以外は完璧じゃないか。なんか惚れ直してしまった。さっきも、わたしが体調が悪そうに見えたから、すんなりとあきらめたのかも。
 利恵が、にやけてしまっているのにゆう子は気づかず、うっすらと怒気を見せている。
「わたしのお母さんと一緒。奈那子とかね。きっと律子さんも。謎の元カノは違うっぽいけどさ」
「銀行口座のことは勘違い。ごめんさない」

「うんうん。それはいいよ。友哉さんの優しさはスケールが大きくて、わたしでも気づかないことが多いからさ。AV女優の奈那子とは超変態セックスをやってたんだけど、終わったら奈那子、ぐったりじゃん。友哉さんもぐったりなんだけど、明け方まで看病するかのように見てるんだ。実際、わたしがパニックの発作で飛び起きたら、友哉さんはほとんど起きてるか一緒に起きてくれる。なのに、奈那子、友哉さんが寝てしまったら財布からお金を取っていなくなってんの。

せめて何でもない日に盗めって思う。律子さんは友哉さんが熱を出しても看病したことがほとんどないみたいだ。利恵ちゃん、チャンスなのに元カノか新しい女に取られちゃうよ」
「え? いや、取られない。ゆう子さんには取られそう。ゆう子さんには楽勝は冗談。なんでさっきから、わたしと友哉さんを仲良しにさせようとアドバイスしてるの?」
怒りとは無縁の精神を持つ利恵。ゆう子の暴言や怒りを「アドバイス」と言う。

「わたしはトキさんに頼まれたレンタル彼女のような女だから、誰がきても三年間は空気みたいにいるさ」
「空気ならもっと黙っていたら?」
「おー、今の面白いよ」
 酔いが回ってきたゆう子が、利恵の皮肉にはさして怒った様子も見せずに笑う。
「お母さんみたい。どいつもこいつも。なんだ。お母さんみたいな女たちしか日本にはいないのか」

「お母さん?」
「もう死んだ。若い愛人の男とセックスしている時に死んだよ。男がたくさんいたから、若い男の子が嫉妬して殺されたのかもしれないけどね。小学生だったわたしを殴りまくって、お父さんを軽蔑しながら、男を何人も作ってさ。友哉さんみたいに強くて頭のいい男性が怖いくせに、ふざけんなって」
「強さは一瞬だけどね」

「利恵ちゃん、いいね。わたしがマジになったらそうして突っ込みを入れて。確かにお父さんは、お母さんにベタ惚れで媚びてたよ。洗濯機回そうか、料理作ろうか、コンビニ行ってこようかって、友哉さんの女への気配りとは違う生活臭い気配りだ。友哉さんは、ここに危険なものはないか、彼女の体調はいいか悪いか、が基本。お母さんたちはそこは嫌うか気づかない。重要なのは女に媚びてくれるかだよ。甘やかしてくれるかとかね

。お母さんの男たちは、めっちゃお母さんの下男だったからさ。それに喜んで、つまり利用しながら、お父さんがつまんなくなったら他の男とセックス。その男がつまんなくなったらまた別の男。一度に二人や三人の時もあった。どの男も優しいって自慢していて、それが聞けば聞くほど、たんなるバカと付き合っている。そしてまたお父さんを優しい人だって、近所に自慢している。お父さんはそれに喜んでかどうか知らないけど、クリスマスにお母さんにプレゼントしてた。

でも、お母さんはイブの日には別の男からも何かもらっていたんだ」
「お父様も相当、ゆう子さんのお母さんに惚れていたのね。ゆう子さん、虐待を受けていたんだ」
「わたしに男の人の悪口を言いながら、わたしを殴って、その男たちに会ったら、好きだって言ってセックスしてた女だよ」
「どんな悪口?」

「だから利恵ちゃんと同じだよ。男はセックスだけだって。優しいのはセックスしたいからだって。射精することとレイプすることしか考えてないゴリラだから、AVでも見て勉強しろって」
「ごめんなさい。そこまで言い切ったわけじゃdots
lineセラピストの先生と似てる。AVを見ろとは言わなかったけどdots。いい先生だったけどな、美人で成功者だった。
 利恵は漠然と不安を覚え、手に平に少し汗をかいていた。

「こっちもさ、死んだ人の悪口は言いたくないけど、あの女がいなくなって福岡と東京では助かった男性がいっぱいいたと思うな。痴漢冤罪も楽しんでいた女だからね。それでわたしが、危うく友哉さんに嫌われかけた。なんて怨霊だ」
「彼から聞いたよ。うちの銀行に小切手取りに来た。痴漢冤罪でホームレスになった男性を助けたんでしょ」
「やっぱり利恵ちゃんの所に行ってたんだね。ごめん。迷惑かけて」

「ううん。社長が友哉さんのまさに下男だから大丈夫。彼、すごく疲れていたから、わたし、初めて回復って言葉を使って、トイレで何かしようかって言ったら、いいんだって、とっても嬉しそうに笑うんだ。ありがとうって何回も言って」
「そうなんだ。一応、やる気はあったんだ。ごめんね。怒ってばかりで」
「友哉さんを見たらムラムラするから。でも断られた。というか彼は、急いでいたんだけど」

「いつものことだよ。それは利恵ちゃんの仕事の邪魔になるのを避けただけで本当はしたいんだ」
「上手く言えないけど、嬉しそうだった。彼、副作用が辛そうだけど、ゆう子さんとわたし、自惚れてるけど、二人でいるのが楽しそうよ」
「ま、普通にハーレムだからね」
 けらけらって笑う。
 その時、ゆう子の部屋のインターホンが鳴った。ゆう子が出ると、
「東京地検特捜部のものです」

と四十歳くらいのスーツを着た男が言った。後ろに部下のような男たちが二人いる。
「利恵ちゃん、東京地検特捜部ってなんなの?」
 振り返って訊くと、
「税金のことでしょ。ゆう子さんじゃなくて、ゆ、じゃなくて佐々木時の」
 頭の回転がいい利恵。咄嗟にトキの名前に変える。
「ふーん、すみません。なんの御用でしょうか」
「佐々木時さんについてお伺いしたいのですが」

「知りませんよ」
「では、佐々木友哉さんのことで、ロビーまで降りてきてもらえますか。またはそちらの玄関先でもいいです」
 ゆう子が、利恵におつまみを作っておくように言って、一階にあるロビーに降りた。応接できる部屋があり、そこに通して、ソファに先に座った。短パンはジーンズに穿き替えていた。
「本物の奥原ゆう子さんですねえ」
と、若い検察官が言うと、年長者の男が彼を睨みつけた。
「わたし、犯罪者じゃないので、アポなしで来ないでください。すっぴんだったらどうしましたか」

「それは失礼しました。もちろん、お化粧するまで待ちましたよ。佐々木時という男の行方を探しています。どうしても見つからない。巧妙な架空口座で、すばる銀行の社長も分からないし、凄腕の弁護士たちがいて凍結もできない。路頭に迷った末に、奥原さんを頼りにやってきました」
「架空口座? なんの話かわたしにはさっぱり」
「すばる銀行に突然三百億円が振り込まれた。名義は佐々木時だが、我々は佐々木友哉だと思っているから、あなたのところにきたのです」

「そうなんだ。だけど佐々木時って人に納税する義務がもしあるなら、今年じゃないから、来年にまたきて」
「予定納税の義務があります」
「なんのお金か分からないのに?」
 両手を小さく広げて「わかんない」のポーズを作る女優、奥原ゆう子。部下の一人がまだ見惚れている。日本の映画賞、総なめのトップ女優だ。

「あなたと佐々木友哉さんとが友達なのは日本中の人が知っています。彼が、すばる銀行本店に口座を持っていないのに、よく出入りをしていて、彼がキャッシュカードを使う時だけ、ATMの監視カメラが作動しない。おかしくないですか」
 ゆう子がAZで操作していた。ゆう子が忙しくてそれができない時は富澤社長も協力しているのだ。十分犯罪者集団である。
「あらま。それは大変です。そんなお話なら後ろにいらっしゃる警察の仕事かとdots

 ゆう子が視線をガラス製の自動扉に向けると、そこに桜井真一が立っていた。
「東京地検特捜部の八重樫さん、俺は佐々木友哉担当の公安の桜井真一だ」
 八重樫と呼ばれた男は立ち上がると、軽く会釈をして、
「存じていますよ。佐々木友哉の娘を助けて絶命。その後、生き返った有名な男」
と言った。続けて、
「その後も佐々木友哉の娘を部下と一緒に警護している」
と言う。

「当たり前だ。警察官だからな」
 桜井が、ゆう子から離れたところのソファに腰を下ろした。「やあ、奥原ゆう子ちゃん。こんなにまじかでまた会えるなんて」と笑った。ゆう子がげんなりした顔をする。
「公安の仕事ではない」
 八重樫がそう言うと、
「公私混同が趣味でね」
と桜井がニヤニヤ笑いながら言った。

「それは公務員の風上にも置けませんね」
「君、先月の十五日に赤坂の料亭で副財務大臣と飲んだが、その時に一緒だった銀座のホステス。彼女の食事代とその後のホテル代の領収書を切ったのは公私混同じゃないのか」
「うわ、それはヤバいです。税金でホステスとえっち」
 ゆう子が笑いを堪えるように、右手を口に押し付けた。
「どうしてそんなことをdots

「おまえが佐々木友哉の娘に近づいたから、付けさせてもらった。赤坂の料亭から女と一緒に出たから調べたよ」
 顔色を変えた八重樫は、帰る素振りを見せながら、
「我々は佐々木時を探しているだけで、佐々木友哉に彼の居場所を訊きたい。なのに、佐々木友哉も見つからない。それだけのことですよ」
と吐き捨てるように言った。

「思春期の娘に近寄って、母親と離婚した父親の居所を訊くような真似はやめろ。しかもあの娘は何者かに狙われてる。おまえら、その何者かに間違って殺されるぞ。俺みたいに」
 桜井がそう脅しをかけると、
「八重樫さん、我々の仕事じゃないですよ」
と部下が歯を震わせながら言った。八重樫たちがマンションから出て行くと、ゆう子が「じゃあね。今、女子会なの」と言いながらすぐに立ち去った。桜井真一が、
「冷たい。助けにきたのに」

と大きな声で言うと、ゆう子がエレベーターホールで振り返り、「桜井さんは男らしいけど、わたしを舐めるように見るのはやめてね。それから流行の安い腕時計。わたし、伝統のあるヴィトンやグッチとかのアクセサリーが好きなの。男性の洋服は分からないけど、友哉さんは靴もきちんとしてるよ」と、ズボラな桜井を見て、しかし、美しい微笑みを見せて言ったのだった。
 部屋に戻ると、利恵が、

「どうだった?」と口にして、揚げ出し豆腐をテーブルに置いた。
「美味しそう。お酒のつまみにいいね」
「料理なんて簡単よ。友哉さんも本気になればできる。作家なんかレシピ本、一撃で読むよ。他の頭の良い男性も。だから、料理の腕を褒められたくない」
「何を褒められたいの?」
「裁縫とルックスかなあ。肌が綺麗だとか」

「肌が綺麗って言われると舞い上がるよね。桜井さんがやってきて、特捜最前線は追い返した」
「なにそれ? へえ。桜井さん、ゆう子さんを見張ってるのかな」
「友哉さんにやられた部下の人たち三人くらいで、うちらを見張ってるの。わたし、晴香ちゃん、松本涼子よ。正確には、成田のことがあったから守ってくれていて、悪い気はしない」
「ゆう子さんに会いたいからだよ。公私混同してると思う」

 利恵がそう言うと、ゆう子が爆笑した。地検の八重樫と同じ台詞だったからだ。
「そんなにおかしいの? で、痴漢された女子高生がどうしたのよ」
 仕切り直しなのか、利恵はビールをぐいっと飲んだ。
「その犯人の女子高生をこらしめてほしいって頼んだんだけど、まさに、わたし、AZでお母さんみたいな悪女を探しまくってたんだ。徹夜でさ。それを友哉さんに怒られた。神がかり的な怒り方だ」

「冷静なんでしょ」
「そう、利恵ちゃんに一億円をさっと入れたのと一緒。ホームレスの男性の所に行ったら、先にもう友哉さんが話をつけていた」
「話が出来すぎてるのよね。何もかもトキさんに仕組まれてて、わたしたち踊らされてるとか」
「そう?大した未来人じゃないよ。わたしのお喋りにこいつ、パニクったけど」
 ゆう子がAZをちらりと見せて、また消失させた。
「ゆう子さんのお喋りには対応できないのか。確かに記者会見からめちゃくちゃだよ」

「どこが? 普通の会見じゃん。タブロイド紙の記者も黙ってたからね」
「ゆう子さんの天然に呆然としていたのよ。わたしの銀行の人が衝撃を頭に受けたのかって言っていたから」
dots
「女子高生をこらしめるなんて、めんどくさいことはしないほうがいいよ」
 利恵はたしなめるように言ったのではなく、本当に疲れた表情を見せた。続けて、「他にすることがあると思うよ。結婚はともかく一生、手料理ができないのってどうかな」と呟く。

「うん。利恵ちゃんは、やっぱり女らしいよ。裁縫もできるし、さすがだ。友哉さんはお母さんの怨霊が憑いた女子高生は完全に無視。だから、わたしはお母さんへの復讐はやめることにした。友哉さんが偉そうに、いろんな傷を治してやるとか言ってて本当にやってくれてる。その彼の優しさや知性をセックスがしたいからだって、わたしは思わない。優しくしたからやらせろとか一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとかね。そういう男の人じゃなくて、なんか別のことを女としたいんだ。どうよ?」

「口にするのは恥ずかしいけど、愛でしょ」
「そう。だけど、友哉さんの欠点は気にいった女は、全部愛そうとすることかな」
「それも最悪」
「でも、お母さんの周りにいた男たち。お父さんもそうだったけど、お母さんしか愛してなくて、自滅していったから、まあいいかなって」
「悪女を一人、愛しているよりはリスク回避で何人もいた方がいいと思うよ。わたしは友哉さんにそれをやられるのは嫌だけど、実は昔の男たちに女がいっぱいいたのは、それだったんだよね。

日本の男たちは知らないけど、中世ヨーロッパの頃。本を読めば読むほど、男たちは人ばかり殺していて、決闘が好きで、女たちは男のお金を奪うのに必死。美談にされている有名な女にも愛人がいたりね。で、その後、教育や国の民主化で賢くなっていったのは、実は男性の方だけで、殺し合いをほとんどしなくなったのよ。ところが女たちの、財産やお金目当ての恋愛は続いてるのdotsって、

、自分の話になりそうで自爆してるけど、学生時代の女友達は、ゆう子さんのお母さんみたいな子ばかりだった。彼氏と男の悪口を言いながら、セックスはやりたがっていた。女子が二人以上になると、男の悪口か品定め。彼らがやってきたら、色気で誘って、ラブホに行ってやりまくって、また学生食堂で男の悪口。下手くそだったとかね。

彼氏の悪口なんか半端なく喋ってる。バカとかくそとか。出世しねえとか。なのにその彼氏が目の前にやってきたら、満面のかわいい笑顔になるから、もう女友達が信じられなくなった。で、わたしはその仲間にいたけど、うんざりして外れて、また読書家になって、二年くらいしたところで友哉さんと出会った」
「そうか。利恵ちゃんのその反省期間というか、知識が豊富なところが友哉さんのお気にいりだと思う。またってことは文学少女だったんだ?」

「お母さんに、本をいっぱいもらった」
「良いお母さん」
「わたしのダークレベルは?」
「は? なによ、突然。2だよ。友哉さんも」
「その指標や基準はなんなの?」
「女はわかんない。友哉さんは、あきらかに、やる時はやりますよって精神がダークレベルを上げてるの。ロスでも話したけど昔に、悪い高校生たちをこらしめたらしいよ」

「それも興味ある」
「うん。詳しくはロックがかかって見えないけど、わたしが友哉さんのダークレベルのことをしつこく訊いたら、三年前に高校生たちを病院送りにしたから、少しレベルを上げたって」
「病院送りって。かなり犯罪だよ」
「正当防衛とも言えるって書いてある」
「そっか。オヤジ狩りに遭ったのね。わたしもオヤジ狩りとかしているガキ、嫌いだからいいか」
 利恵が苦笑いを見せる。

「すべての暴力は悪だよ。この国は特にそう。猫を虐殺した子供も殴れない」
「なに、その謎かけみたいなdots
 利恵は一呼吸置いてから、
「わたしを守るためにテロリストを爆死させた友哉さんは悪?」
と言った。
「違うね。利恵ちゃんとは話が、だんだん、だんだん、だんたん合ってきた」
「だんだんがしつこい」

「他に女との過激なセックスもそうだし、テロリストを殺すのもそう。でも、嫌がる女をレイプするわけじゃないし、善人に銃を向けるわけでもない。そこが2にとどまる理由。きっと、その高校生たち、人を殺すほどの悪だったと思うよ。むしろ、1の男の人たちが、実は、お母さんに貶められてきた男たちが1だから、ちょっと矛盾した数値なんだよ。バカや女性化した男なら1なんだって」
「女に優しくて媚びていて、決して怒らない男が1ってこと?」

「そう。脳内のテロリズム性が強いか弱いかがダークレベルの基準なの。なんかがっかり。トキさんの世界の判断基準に。男性の場合、カッとなってどんどん人を殺すような男が4。それで現実に一人以上殺している。これが基準。カッとならないのに殺すのがサイコパスで5。3は判断ができないから、友哉さんに任せる男で、でも誰かを殺したいほど恨んでいるとか日常的にDVとかしている男も3らしい。2は友哉さんみたいに冷静で、だけど怒る時は本気になる男性と軽犯罪の前科がある人。1が、いつも温厚で、笑っていて清廉潔白みたいな男の人」

「1の男の人、刺激がないよ」
「うん。お母さんの相手の男のひとたち、正直、男性崇拝のわたしでも嫌だったから。お母さんの命令はなんでも訊いて、車で飛んでくる。お母さんの殺し文句が、迎えに来なかったら、抱かせてあげないだからね。オドオドした男たちが、月に何回も自宅までやってきて、お母さんに頭を下げて、子供のわたしがいるのに、隣の部屋でセックス。お父さんは会社に行ってるのよ」
「最悪。ねえ、その話、友哉さんにしてあるの?」
「してない。嫌われる」

「したほうがいいよ。嫌われないって」
 ゆう子を慰めるように言うが、ゆう子はさかんに首を左右に振って、
「今まで何度この話をして男にやり捨てされてきたか。何度って言っても三回くらいよ。わたし、男遊びはしてない」
「三回くらいでも愛がなければ十分遊びだけど、あんたに言われたくないって反論されるから言わない」
「今すぐ言いたいよ。二回はわたしはその彼らを信じていた。抱かれているうちに愛されると思った。なのに、最初の人は一回で、次の人は一ヵ月で三回くらいやっていなくなった。あとの一人はこの部屋のホームパーティーでふざげすぎたら消えた」

「なんだ、乱交してるんじゃない」
「乱交ほどじゃないよ。ストレスがひどくてバカ遊びしたくてさ。ゲームの罰ゲームにエッチネタを仕込むんだ」
「それ、楽しいよね」
「利恵ちゃん、さすがに経験があるね。ただ、彼氏候補の男性以外にも裸は見せてしまった。酔うとそうなる。それが終わった後、皆に虐待された話を泣きながらしたんだけど、目が覚めたら部屋に誰もいないんだ」
「喋り過ぎたんじゃない? 虐待以外のことも。覚えてないだけで」

「そ、そうかもdots
「でもなんで虐待されたことを話してしまうの。ホームパーティーでバカ騒ぎする人たちに。そういう過去はもっと慎重に、静かな場所で話すことよ」
 利恵が生真面目に言う。ゆう子は、「利恵ちゃんにしては常識的で説得力があった」と前置きしてから、
「方言を喋らないことで、お母さんの話に誘導されていくんだ。まあ、それはわたしがお喋りなんだろうけど、聞きだしておいてそれが嫌で別れるのはひどくないか」

と、恨み節を言った。
「そうなんだ。わたしも迂闊にできない話はあるもんな」
「最初は同情してくれるんだ。でもそれはまさにセックスするためよ。結婚の対象外だ。だから、何回かやったらいなくなっちゃう。まさにお嬢様のような女が現われたら、そっちに乗り換えるわけよ。最悪だよ」
「ゆう子さん、男が好きなのか嫌いなのかどっちなの?」

「友哉さんが好き。あと、友哉さんに関わっている男性が、意外とイケてる。桜井さんは、性格がオヤジ臭すぎて困るけど、晴香ちゃんを救ったのは男らしいし、あと、あの冷静なイケメン、トキさん、それから名前は言えないけど、わたしに対して口の悪い男がいるんだ。その人もきっと友哉さんに似てる」
「へえ、浮気してるの?」
「してないよ。このAZだ」

「え? それ、人が入ってるの?」
 利恵が、AZを見て目を丸めた。AZはいつの間にか、ゆう子の手にひらに乗っていた。
「入ってないけど、わたしの疑問に答えてくれる男性が、かなりイケてる人なんだよ。リスクを恐れない男。何しろ、わたしを怒るからね。おい、あんまりひどいことを言うと、AZ捨てちゃうぞ。おまえはわたしに捨てられた男だ」
 ゆう子が酔った勢いで、AZを殴っている。利恵は呆然だ。もはや、ゆう子のお喋りについていけなくなっている様子だった。

「壊れない?」
「ダイヤモンドより硬い」
「売れそうだね」
「なんでそんなに売る買うが好きなの? ああ、お母さんの相手の中に友哉さんがいたらよかったのに。彼なら、わざと頭を下げて、お母さんが満足して裸になったところで窓から逃げちゃうか、お母さんがイク前にやめて主導権を握る。または、セックスする前に論破しちゃう。だけど、そういう男の人は怖く見えるからもてないからねえ。友哉さんが、ずっと一人なのは頷けるよ」

「ずっとのわけない」
 利恵が急に真顔になった。
「悔しいけどdots。あの自信満々な態度、切れる頭、イケメン、細マッチョ、小説家。もし、トキさんからもらった大金がなくてもそれなりにお金持ちだったみたいだし、絶対に女はいた」
「そんなに怒んなくてもdots
 利恵が声を震わせるほど、真剣に言うものだから、ゆう子が思わず、彼女をなだめるようにして手を振った。

「彼を見たら興奮する。きっとテストステロンってやつよ。抱かれたいと思ってしまう」
「知ってる。自信のない男性からは出てこないのよね。筋肉のないおデブさんからも」
「もし、彼にずっと女がいなかったとしたら、女の間違いを論破してしまうあの怖さだけど、素直な女には何も言わないだろうし、そもそも作家の男性でしかも若くないんだから、それなりに覚悟して付き合わないとだめ。覚悟した女がいなかったなら彼の女運が悪かったのよ」
「利恵ちゃんは覚悟してるの?」

「わたしが彼を作家先生だと知ったのは、ロスアンゼルスで」
「あ、そっか」
 なぜかゆう子が頭をかいた。利恵が怒ったから、場を和ませようと懸命だ。
「今から覚悟してもいいよ。彼に女がいなければ」
と言って、ゆう子を見た。
「あわわわdots。とりあえず、わたしのことは置いておいて。トキさんからの依頼でやってきた秘書だから」
「そのトキさんって人が、本当に未来人かエリア51から来た人みたいだから許してるだけで、ゆう子さんが秋葉原からのレンタル彼女だったら、わたし、さっさといなくなってる」

「はい。ごもっともです」
 ゆう子が殊勝に頭を下げたら、利恵はビールを一気に飲み干し、
「で、本当にわたしたちの前にずっと彼女はいなかったの?」
と訊いた。一応、ゆう子も数に入っている。
「最低三年は女の子と旅行とかしてないよ」
「最後がどこかの温泉の話ね。そうか。わたしと会うまで、お互い一人だったのね。やっぱり運命」
 険が出ていた目元を緩める利恵。
「利恵ちゃん、美人だけど運命って顔じゃないよ」

「ひどいなあ」
「わたしがその前に出会ってワルシャワに行ってますが」
「ゆう子さんは空気だからいいよ。彼、咳き込んで帰ってきたみたいだし」
dotsどうしてもいじられてしまう。これがブーメランか」
 ブツブツ言っていると、利恵が話を変えた。
「お母さまはけっこうな熟女なのに、そんなにもてたの?」
「この顔が老けただけの女よ」

「それは色っぽい女。なるほど。福岡育ちなのはプロフィールで見たよ。あっちの方言は出ないの? ゆう子さん、喋り方が変」
「中学から東京。女優になったからね。お母さんに顔以外も似たくないから、方言はやめた。それがこの喋り方の原因かもね。わたしはあの女を一生許さないよ。わたしは男性に抱かれて、ありがとうございますって言う女になるんだ。それに女は見せてなんぼだからね。しかしそのセックスが下手くそって言われて、利恵ちゃんみたいに料理も裁縫もできないのに結婚したいって、そこまで自惚れてないよ」

 それほど自虐せずに、ケラケラわらっている。
「ほら、誘導尋問に引っかかった。方言のことを訊いたらペラペラ」
 利恵の言葉に、ゆう子が体の動きを止めた。
「普通に、バカだと思うよ、ゆう子さんって」
「何度、あんたにバカって言われたか。そのうちぶつよ」
「そのAZをしまってから殴ってね。で、結婚したくないの?」
「したくないんじゃなくてできないと思う。利恵ちゃんみたいな家事が得意な女の子に取られる」
「ゆう子さんなら美貌だけで結婚してくれるよ」

「それはないな。あるならもう誰かとしてるか、彼氏がちゃんといるよ。友哉さんの女の好みはきっと利恵ちゃんか元カノだよ。見た目が素朴な美人かな。利恵ちゃんは中身が派手だけどね」
「見た目が温厚な面持ちの美人で、中身が派手な女が好きなんだと思うよ。自慢じゃないけど」
「認めてるんだね」
「いくぶん。友哉さんの優しさの話、いろいろ勘違い。ごめんなさい」
「ああ、いいよ。彼のやっていることは、普通の女の子には理解できないでしょ。今の友哉さん、

基本的に女に弱いから、利恵ちゃんからもわたしからも、レベル1に見える。ロスのバーに律子さんがいたら、泣いてたんじゃないかな。鋭い顔のイケメンだけど、優柔不断に見える。それが急にスケールの大きなdots。そう、まさに彼女の人生に関わるような優しさを見せても気づかないよ。昔の友哉さんは違っていて、それこそ、毎日鋭い眼光でキレキレ。元カノや姉妹の前では、特にカッコいい男性で父親だったから、分かりやすかったと思う」

「キレキレの様子はどんなこと?」
「印象に残ってるのはサングラスかな。友哉さんが姉と庭にいて、徐にサングラスをかけるの。いつものように口でアームをくわえながらね」
「あれはかっこいいよ。車の中でもしてる」
「姉が、かっこつけてるとか笑ったらカラスが襲い掛かってきて、ぶん殴る」
「姉を?」
「利恵ちゃん、たまに天然になるね。カラス」

「あ、そうか。カラスの襲撃に備えて目を保護したわけだ」
「震度4くらいの地震がきて、目の前の女の子の手を引っ張る。すると、その女子、なにすんのよって怒った。よく見たら、彼女の上のシャンデリアが今にも落下しそうなくらい揺れてて、その女の子がびっくり」
「その女は誰?」
「元カノだと思う。ホテルだったから」
「元カノか。車の中で生着替えをやってくれた女ね。ロスでも日本にいる元カノを助けたいって言ってた」

 ゆう子が頷いた。
「何人かいると思うけど、夢の映像の中には主に姉妹とAV女優のセフレ、プロしか出てこないんだ。あとは律子さん。そのホテルにいたのも姉かも知れない」
「昔の女のことを引き摺ってる男、女々しいから、二人でバックレようか」
「利恵ちゃん、時々古い言葉使うから面白いね」
「昔の本から拾っているうちにこうなった」
「ロスでの元カノを助けに行くってあの台詞は言葉のあやで、本当は死んでるような気がする。急にお墓参りに行きたくなったとか。それは彼の最後の小説がそういう話だから」

「わたし、読んだよ。霊場に行く小説でしょ」
「また妻に会いたいってタイトル。奥さんが女子高生で、主人公の男が友哉さんくらいの大人。歳の差を世間から叩かれて、女子高生が精神的に病んでしまって、親も病気になっちゃう。それで山奥の神社にお祈りに行くんだけど、女子高生の若妻がすごく病んでて、彼を殺そうとしたりするんだよね」
「うん。おおまか、その若妻の頭がおかしい話だった。平気で夫に死ねとか言うの」

「おおまかとかいくぶんとかdots。で、その若妻が自殺するんだけど、遺言に、わたしの人生をめちゃくちゃにしたあなたが憎いけど愛してる、愛してるって何行にも渡って書き殴ってあって、でもその字が汚いの。夫は理由が知りたくて霊場に会いに行くんだ。頑張って最後まで読んだよ」
「辛い話だもんね」
「物語は辛くないよ。元カノの話なんか読みたくない」
「元カノかなあ。仮に本当に死んだとして、友哉さん、お墓に通ってる?」
「通ってないよ。そうか、じゃあ違うか。なんか深読みしすぎてるような気がしてきた。だけどさあdots

「ん?」
「元カノが病院に見舞いに来なかったのが大ショックっておかしくない? 普通来ないよね。だから、死んだ彼女、すなわち恋人が死んで、その直後に友哉さんが事故に遭って、だからPTSDになるとほどショックを受けたのかと考えたんだ」
 ゆう子がそう言うと、利恵も頷いて、
「恋人の死と交通事故が重なったら、誰でも大ショックだよね。ゆう子さんの夢の映像では見えてないのかもしれなくて、恋人と一緒に跳ねられたのかもしれないし」

「あー、なるほど、トキさんが優しいから残酷すぎるシーンが編集されているわけだ」
「不倫していた恋人が即死。それに付け込んだ妻が病床の彼に離婚届けを突き付けた。不倫していたなら自業自得かもしれないけど、友哉さんと奥さん、セックスレスだったらしいから、友哉さんの浮気が一方的に悪いわけじゃない。晴香ちゃんとも会えなくなって、うん、わたしだったら発狂している」
「わたしだったら自殺している」
 ゆう子と利恵が一緒に頷いた。しかし、利恵が声柄を変えて、

「でも例えば、元カノじゃないとして、死んでいるわけでもなくて、今も続いている彼女なんじゃないの? わたしたちに黙っているとか。旅行もデートもしない複雑な恋人っているものよ」
と言う。続けて、
「なんかわたしが一番じゃないような気がして。だって、女に振られてもかまわないような厳しい意見を平気で言う。あんな男、いないよ。いや、イケメンは皆、あんなのかな。わたしの付き合った男の中では一番イケメンだから。これは冗談じゃないよ。もし、ゆう子さんも一番じゃないとしたら、その元カノとまだ繋がってるとか」

と神妙に言葉を並べた。
「実はわたしもそっちが結論。友哉さん、元カノが見舞いに来なくて鬱になるような男じゃない。だけど、AZに女の気配がない。AZ、友哉さんを監視できるからね」
「極悪タブレットだね。姉のことがAZに出てこないのは?」
と利恵が訊いた。
「晴香ちゃんもあんまり出てこなかったよ。友哉さんの交友関係はプライバシーで隠されているんだ。まあ、アンロック式だからそのうち出てくるんだろうけどね。姉は年齢的に友哉さんと近すぎるから、姉は実は律子さんの連れ子とか養女とかで、今はまったく交流がないとか」

「ああ、それはよくある話かも」
「友哉さんの生い立ちはいっぱい見えたけど、大人になってからの女性関連は特に隠されてる。奈那子やプロ愛人とのセックスが削除されてないのは、それこそプロだからでしょ」
「なるほど、確かに素人さんとのセックスを見せたらプライバシーの侵害になるよね。やっぱり姉じゃないように気がしてきた。もし、姉だったら、友哉さんが結婚したのが二十歳くらいにならない? 中学生のその子との映像、いつの頃?」
「約十年前。あ、そうか。だったら友哉さん、かなり若いね。教師と生徒ならありそう。実際に作家先生だし」

「バックレよう」
 利恵が真顔で言った。
「その女子中学生を温泉の混浴や貸し切り風呂、そして部屋でやりまくった後に殺して、遺棄したというわけだ。バックレよう」
 ゆう子がバカにしたように笑っていると、
「冗談。女の子に超優しいからね。信号のない横断歩道で渡るのを待っていたら、小学生から高校生くらいの女の子を見てるから、真正のロリコンかと思ったら、車を彼が止めるんだ。しかもそれが怖すぎるくらい、激しい」

と利恵が興奮して言った。
「彼が道に出て、車の運転手を睨みながら止めちゃうんだよ。タイの繁華街じゃないんだから、逆に危険すぎるって。でも友哉さんは強引に車を止めてしまって、そしたら女の子たちが横断歩道を渡るってこと。死ぬ気? って言ったら、必ず止まるって笑ってるんだ」
「彼の一番悪いところ」
 ゆう子が肩を落とした。
「悪い?」

「自殺する気じゃなくて、自分は死なないと思っているか自分の命の重さを知らない。本当に知らない。利恵ちゃんとの時も、自分は死んでもいいんだぜって顔だった」
「ロスの自爆の時ね。でもそこまでは激しくない。実際に車は止まる。計算して止めてる。止まらなそうなおばさんの軽自動車なら、児童の方を止めている」
「うーん、どこかで見たな。そのやり方」
「どこ?」

「事故の映像。でもその時は、車の運転手が心臓発作か脳出血で亡くなっていたんだよ。睨んでも止まらないよね」
 ゆう子が苦笑してしまう。
「わたしの推理の恋人と一緒に跳ねられたかも知れないやつだよね。正しくは、娘さんを渡らせようとしたんだっけ?」
「そうなんだけどね。娘、たぶん晴香ちゃんは救急車に乗らなかったんだ。消えていた」
「はあ?」
 利恵が声を裏返らせた。

「律子さんがいたのかもしれないけどdots。で、泣いている娘はいったん自宅に帰ったとか。その後に見舞いにも来ない。それも律子さんが行かせなかったんだろうけどね」
「ホラーより怖くなってきたんだけど」
「まだ怖い話があるよ」
 ゆう子が、薄気味悪く笑うと、利恵が体を乗り出した。
「北のどこかの旅館で、姉と二人きりの旅行をしてるんだ。もしかすると、どこかに妹もいたかもしれないけど、部屋には二人だけの映像しか見えなかった」

「北だけに背筋がぞくぞく」
「そう、まさに冬。部屋の外に小さな露天風呂があるの。大きい旅館で、その旅館の取材みたいな様子。で、そのまま宿泊してるんだ。外は猛吹雪。五階以上の部屋みたいで、友哉さんが、そのベランダから下を覗いて「海原が荒れ狂っている。吸い込まれそうな黒い海。あれは地獄に繋がっているのか。みたいなことを言ってるの」
「作家さん、らしいね」
「そうしたら、姉が、後ろから寄ってきて、一緒に死のうかって」

「うdots。そ、それは姉じゃないと思う。元カノでしょ」
「御名答。わたしもこれだけは元カノの映像だと思った」
「なんて重いんだ。ますますバックレたくなってきた」
「いいよ。バイバイ。ライバルが減って嬉しい」
「面白そうだから、もう少しいる。で、その後、どうなったの?」

「友哉さんが苦笑いをして終わり。でも一緒に寝てたよ。セックスしている様子はなかったけど、そこはカット編集かな。一瞬、姉だと思ったのは、背格好が似ていたから」
「お父さんと一緒に心中しようと提案する娘がどこにいるのよ」
「うん。しかも友哉さんから聞いた。元カノのお母さんが寝たきりだって。だから、北の旅館の心中未遂疑惑は完全に元カノ」
「その元カノが今はどうしているかって展開にならない?」

「他の男と結婚とかしていればいいけど、友哉さんの活躍を知って戻ってきたらうちらはヤバいよ」
「一緒に心中なら、わたしもしたけど」
 利恵が珍しく屈託ない笑顔を作った。
「そうか。ヤバいのはわたしか。けっこう頑張っているけど」
 ゆう子が頭を掻いている。それほど深刻な様子ではない。それを見た利恵が、
「わたしたちいろいろ言ってるけど、あんまり危機感ないというか、実はただ、お喋りのネタにしてるだけじゃない?」

と言った。ゆう子がにやりと笑い、
「ふ、あんな非現実的な男。楽しくて仕方ないぜ。怪しい元カノが戻ってきたら修羅場を楽しんでやる」
と言った。
 利恵は「やれやれ」と言って、いったん、ビールを口にしてから、
「あのね、疑問があるんだ。ゆう子さんはバカだから分からないと思うけどdots
と、首を傾げながら呟いた。
「何回、ひとをバカって言うのさ。今から利恵ちゃんのする話が理解できなかったら認めるよ」
 酩酊した様子のゆう子が利恵を睨みつけた。

「トキさんが本当に未来人で、日本の君主なら天皇家はどうなったの?」
「え?」
 ゆう子が、まさに、狐につままれたような顔をした。
「ほら、なんにも考えてない。トキさんは自称君主なんでしょ。君主って意味、知ってる?」
 ゆう子が思わずAZで調べようとしている。
「うう、なんにも解答が出てこない。エラーが出る。ロックがかかっている」
『君主』については、電子辞書を見ているゆう子。
「教えられないってこと? 確か、千年後の世界には日本人が少ししかいないのよね」

「うん、トキさんがそう言っていた」
「トキさんの話が本当なら、滅びたんだね。天皇家も他の日本人も」
「そうかもね」
 二人とも項垂れてしまう。
「友哉さんは天皇家と関係ない。晴香ちゃんの子孫が天皇家に嫁ぐ確率と比べると、たんに友哉さんと晴香ちゃんがトキさんのご先祖様の方が確率は高い。どちらにわたしたちが巻き込まれるかって確率よ。わたしの理屈分かる?」

「わかんない」
「晴香ちゃんの子孫が皇室に入る確率が1%だとして、わたしたちが未来の世界のその出来事に巻き込まれるのも1%だとするよね。二通りの1%に襲われることなんかないってことよ。だったら、単純にたったひとつの、つまり、友哉さんと晴香ちゃんがトキさんのご先祖様でただそれだけのことに巻き込まれたって方がまだ可能性はある」
「ふーん」
 ゆう子は首を傾げて、またワインを舐めるようにして口に少し含んだ。

「ゆう子さんがファンの人に三回くらいお腹を刺されて、なのに死ななくて、自宅に帰ったら窓から隕石が飛び込んできて、翌日に宝くじを買ったら一等が当たったとしてね。そんなことは起こり得ない確率でしょ。だけど、どれかひとつだったら起こり得て、実際に体験している人たちはいっぱいいるの。晴香ちゃんの子孫が天皇家に嫁ぐなんて、友哉さんの家系が不良キャラだから拒否されるだろうし、確率的には単純にトキさんのただの御先祖様」

「なるほど、利恵ちゃん先生と呼ばせてください」
「だって日本の天皇って言葉はなくなっているよね。国名も違うんでしょ」
「スリーアイランド」
「どこかに残っていた日本人が国を再建させた。その時に国王を決める事になって、選挙君主制を採用したのね」
「なにそれ?」

「国王を世襲じゃなくて、選挙で決める制度よ。トキさんが日本人だというなら、日本人の血を重んじて、トキさんの父親かお爺さんかそのその前の人か、とにかくその日本人の男性が選挙で国王に選ばれて、その後は、日本人の血を重んじて世襲にした。だからトキさんが君主なの。象徴ではなくて政治もやっているから、トキさんが君主として日本を統治している。どれくらい偉い人?」
「さあ、日本だけじゃなくて、ほとんどの国にも力があるらしい。人口が少ないんだって」

「絶対君主制ね。良識的な男性がやれば国民から信頼される」
「めっちゃ、好青年でイケメンだった」
「いいなあ。わたしも会いたかった。で、ゆう子さん、このこと、疑問に思ってなかった?」
「なかった。バカです。友哉さんは利恵ちゃんにあげる」
 再び白いハンカチを振り回すゆう子に、利恵が爆笑した。
 利恵が徐に、友哉の小説の文庫を取り出した。

「未来の話は胡散臭いからいいよ。これ、友哉さんの最後の小説。あ、まだ引退してなくて休筆中ね。さっきの若妻の小説以外は、あんまりそんなドロドロとした親子の話や恋愛の小説はないけれど、これは味覚障害になる主婦の物語とか、まるで今の友哉さんと似てない男が主人公。確か映画化しているの」
と言った。ちらりとテレビ画面を見たが、テレビはついていない。

「知ってる。この前、レンタルして見てみた。B級映画なんだけど、舞台俳優とか出ていて、良い作品だった。途中で観るのやめたけど」
「なんでやめたの?」
「律子さんの話のような気がしたから」
 ゆう子が嫉妬を剥き出しにしたのを見た利恵は、
「あれは違うと思うよ。友哉さん、料理に興味ない」
と笑った。物語は、料理が得意な夫の妻が浮気をしているうちに味覚障害になるというものだった。

「新妻が浮気して、その男の精子を飲んだ後、帰宅して夫の手料理を食べたら味が分からなくなる。…すごい話でしょ。わたし、友哉さん、尊敬しちゃった。本物の作家だよ」
 利恵が唸るように言う。
「女が、芸術家や小説家に恋をしたら一巻の終わりだよ。よかった。利恵ちゃんはもうすぐ終わるね」
 ゆう子が含蓄のある言葉を作って、笑みを零した。
「どういう意味?」

「神様に見えちゃうんだ。ピカソの女たちがそうじゃん。だけど、神様のわけがないから、現実を見ると冷めるんだよ」
「ピカソの女たちはほとんど最後まで残った」
「そうか。まあ、そのうちどうなるか分かるでしょ。わたしも友哉さんの奇妙な行動力にはびっくりだよ。痴漢冤罪でひどい目に遭った大河内さんと話した時にも、友哉さんは神の領域か諜報員だけど、めっちゃ疲れてますよって言ってた」
「めっちゃ疲れてるスパイって」
 利恵が失笑した。

「世界一、弱い諜報員か工作員だとして、そのAZがあれば怖い男ね」
 利恵が言う、「そのAZ」がどこにもない。よく見たらテーブルの下に置いてあった。
「なんで隠したり出したりするの?」
「それをやると疲れるから、もう隠さない。友哉さんは怖い男にはならないよ。権力志向がまったくないし、耽美派だしね」
「耽美派か。新品の下着とか大好きだしね。三百億円はそれに使ってしまうような感じ」
「歴史に残る下着フェチじゃん。そんな変態が友哉様か。まあ、下着フェチは知ってるけどさ」
「権力志向は絶対にない?」

 利恵が疑わしい目付きで、
「わたし、意外とお金持ちが好きそうに見えて、政治家とか嫌い」
と先手を打つように言った。
「大丈夫。作家だけど、まるで政治に興味がない。どちらかと言うと、芸術家よりのメンタルだよ。ルノワールが核爆弾持っても戦争はしないよね。基本的なテーマは、耽美、謝罪の習慣、愛憎、フリーセックスだよ」
「謝罪の習慣って?」

「人と人が謝り合えば殺人はなくなるって持論。なんでも、マナーが生まれてから殺人は激減したらしいんだ。だけど、謝罪は浸透してないって友哉さんが言ってた」
「そんなことを考えている男が、独裁者を目指すことはまずないか。わたしも読書家だけど、それは知らないテーマだなあ。友哉さんの本、早く全部読もう。絶版もあるから探すのが大変」
 『謝罪武将』のことだったが、ゆう子には伏せておく。
「本人にもらえばよくない?」
「前の家に忘れてきて、取りに行きたくないって」

 利恵の言葉に、なぜかゆう子が長く笑っている。やがて「友哉さんらしい」と言った。
「なんでも、誠意をもって謝る女はこの世にいないらしいから、恋愛の小説でその理想も書いたらしい」
「いないって断言するか。さすが、天才は違う」
「いないよ。無反省が女の恋愛の特徴でしょ。遅刻は当たり前だしね。男性が弱ったり、仕事を失敗すると、すぐに男を乗り換えていくんじゃん。わたしのお母さんもそうだった」
「そ、そうだね」

 自分のことを言われたような気がした。元彼と友哉との間隔は二年弱あったが、その前は乗り換えてばかりだった。中にはそう、自分を友人と取り合った挙句、病的に弱くなった男もいた。元彼と友哉との間隔が空いたのも、セラピストに止められた力で、自分の意思ではなかったのだ。利恵は、かぶりを小さく振り、気を取り直して、
「謝罪の習慣はきっと絶版になった本の中か」

と、言った。『謝罪武将』は絶版ではなく、ただ、ゆう子に読まれるのが嫌だったから咄嗟に嘘を吐いた。利恵は、友哉との思い出を独り占めをしたいと思ったのだ。
line今のわたしがゆう子さんに勝てるところは、彼をリアルに中学生の時から知っていたことだけ。それをばらしてしまったら終わりだ。
 そう思ってやまない。
 んdots謝罪?
 謝罪の女神dots
 利恵がテーブルの下にあるAZを見ていたら、AZの角がうっすらと緑色に光った。
「あのdots。AZが緑色に光ったけど」

「え?」
 ゆう子が思わずテーブルの下を覗いて、AZを見たが、その光は消えていた。
「なんだろう。まずい話でもしてて、AZが怒ったのかな。でも緑色ならいいか」
「その女神の名はdots
「は?」
 利恵の棒読みのような呟きに、ゆう子が目を丸ませる。
「その女神を迎え入れた女の名は?」
「利恵ちゃん?」

 また、AZの表面が緑色に光り、小さな文字が浮かんだ。
『その女と決して仲違いしてはならない』
 そう浮かんで、すぐに消えた。
「ケンカしたらだめだって」
「はあ? 酔ってるよね。まあ、うちら超仲良しじゃないけど、ケンカもしてないよ」
「ゆう子さんのことじゃない。女神との話」
「ケンカしようか」

 ゆう子が目を据わらせる。
「ごめんなさい。なんか、わたし、きっと悪女だね」
 利恵が首を少しだけ傾げたままAZを見ているが、ゆう子は構わずにお喋りを続ける。
「そうだよ。やっと分かってきたか。友哉さん本人もきちんと謝る。ワルシャワで大声を出した後、すごく謝罪してきた」
「どんなエッチをしてきたのよ」
「違うって、テロリストと戦った後に興奮して怒鳴ったの。ぶっ殺してやるとか。彼が本気で怒ったのはまだあの時だけ。わたしのお喋りに怒らない」

「テロリストとスケールが違いすぎるから、怒る気にもなれないと思うよ」
「久しぶりに頭の回転がいい女子と出会った。それはあんた」
「ありがとう。で、フリーセックスはなに?」
line心臓がドキドキした。なんなの、あのAZってタブレット。わたしをじっと見ているような気がした。
「許可制の自由恋愛」
「ああ、寝取りね。その話、やだな。成田からトラウマ」
「許可制の」

「うん。じゃあ、耽美は?」
「女性の肉体美が先。常にね。内面は顔に出る。美女なら笑顔よ。友哉さん、セックスが好きなようで射精にこだわらないからね。実はプラトニックが好きな男なんだ。フェチがその証拠。見てるだけでいいんだ。射精するとしたらその目的も、自分がすっきりするためじゃないんだ。女体を汚すのが楽しくて、妊娠させるのが目的でもないの。その精液で汚れた様子を見て、汚したはずなのに美しいと思うんだって」
「ぶっとんでる。そんなことカミングアウトしたの?」

「わたし、避妊してるのに、中に出さないから聞いてみたら、そんなことを言ってた。ただし、時間は気にしていた。美女が何をやっても美しいわけじゃないよ」
「時間?」
「自分の恋人が長い時間、別の男といるのはだめだって。許可を取ってセックスしてもいいけど、短時間だって。短時間では物語は創れなくて愛は滅多に生まれないかららしい。長い時間なら女の

体に刻印も出来てしまう。全裸以外のセックスをやる時間ができたら、その二人は二人だの秘密を持ってしまう。だから、自分の恋人が短時間の浮気はいいけど、長時間は浮気ではなくなるからだめだって」
「難解な世界に突入しそうな話だね。裸で食事をして、服を着たまま入浴とか。確かに変わったプレイをしたら、恋人同士じゃなくても二人だけの世界になるね。耽美というか退廃?」
 利恵が目を丸めた。
「刻印も入れ墨じゃないよ。友哉さんにしか見えない傷とか痣らしい」

「セックスしていたら、たまには痣はできるね。傷も。でもいずれは消える」
「愛もいつかは消えてなくなるって口癖が彼にはあるね。自分は愛は失わないから、女に対する皮肉だよ」
「女は恋は好きだけど、実は愛は嫌いだって言うからね」
「利恵ちゃん、男性を愛した事がないっぽいもんね」
「なんで言い切るの」
「お金の話が先に口に出る女は、お金のない男にしつこく愛されて嫌になったことがあるのか、単純に資本主義社会で勝ちたいと思っている今どきのバカ女でしょ。利恵ちゃんは前者かな」

「少しだけ正解だけど違う」
「怒らないでよ。男性の悪口を言う女子会よりも、自分たちを戒める女子会の方が有意義だ」
「賛成。わたしは、まだ本気になれる男と出会ってないだけ」
「友哉さんは?」
「妙な話さえなければ愛せる。未来人どうこうよ」
「確かに、未来人とか数千種の生薬を飲んでるとか、ちょっと異常だからね。利恵ちゃん、バイバイ」
「しつこいなあ。三年間、様子を見るって」

 利恵はビールを一気に飲んだ後、
「謝罪のなんたらで、寝取りがいいとか意味が分からない。つまり、浮気してきた女に謝罪をさせて愉しむ男?」
と息巻いた。すると、ゆう子が目を輝かせるようにして笑った。
「それ、友哉さん、好きそう。利恵ちゃん、寝取りしてきて、その後、土下座して足でも舐めれば? また一億円くれるよ」
「そんな簡単に一億円ずつもらえるなら、誰とでも寝るよ。とか言うと、また愛がないって切り返しが来るんだ。その手には乗らない」

「ばれたか。まあ、冗談ではなく、つまり恋人を裏切らなければ何をしてもいいらしいよ。裏切りの目安が時間なんだってさ。利恵ちゃんが寝取りをしたとして二時間の約束だったのに、その男と一泊してきたら終了ってことだ。約束も大事にする男の人だから、二時間でちゃんと帰ってきたら確かに裏切りにはならないよ。合意もあるわけで。わたしにも、おまえがもしそれをやっても、その埃を掃うから美しいままだって。その埃は別の男の人の体液なんだ。大河内さんの時にもそんなことを口にしていた」

「だから事前に報告する浮気ならOKなんだ。でもそれ、すごい愛の告白だと思うよ」
「わたしは寝取りはできないけど、成田の時にわたしの評価が高くなったみたい。なんか、信じてほしいって言ったのが良かった」
 ゆう子が少し、勝ち誇った。
line女を信じるのが好きなのか。わりと子供だな
 利恵はふと、そう思うが、それ以外の彼の言動、行動力は妙に冷静で大人だから、ストレスに負けないように純粋な部分を残しているのかも知れないと思った。でも裏切られたら逆にひどいストレスになるから、ゆう子さんの言うとおり鬱になっているのか。

「普通に、わたしは負けてるね。料理とかで挽回するか」
「利恵ちゃん、ドライブデートでわたしを上回ってるよ」
「OLスーツでかれこれ首都高を三十周くらいした。勘弁してほしい」
「車の運転が好きだし、利恵ちゃんも好き。首都高なら考えずに回れるから、きっと疲れてるんだね」
「わたし、疲れてるって連発する男、嫌いなんだけど、友哉さんのそれは違うから許している。本物の疲労だから、癒さないとだめだと分かってきた。それに疲れてると言いつつ、泣かなくて、疲れてるわりには自信満々な素振りが面白くて」

と笑う。
「自信満々かも知れないけど、女子との恋愛には控えめだよ。OLスーツで首都高を廻り続けるのも彼は好きなんだろうけど、利恵ちゃんならまだ学生服もイケるだろうから、本当は頼みたいと思っているはずだよ。でも言わないよね。きっと、ずーと考えてるんだよ。浴衣ならいいけど、学生服や体操服は嫌われるかも知れないとかさ。それが三十周になっちゃう原因。利恵ちゃんがロスで回復をやめた時も、無理にしなかったんでしょ」
「あ、うん。ごめんなさい」

「涼子ちゃんを助けた時も倒れたし、自分の命がかかってるんだから回復のために、利恵ちゃんを犯してもいいのにやらないよね。優しすぎるよ。わたしにも、必ず、抱いていいかって訊くからね。アホかって。セックスの秘書なんだから、無理やり口に突っ込めって思う。まあ、それも、PTSDか鬱だからできなのかって思ってきたけどね」
「回復させなくて、お金ちょうだいって言ったんだな、わたし」

 利恵は自分の悪行を思い出し、顔を曇らせて、
「あの時は、求めすぎたから、セックスを続けるのを自重したのもあったし、副作用の辛さも知らなかったんだ」
と弁解する。
「利恵ちゃんのセックス、好きなんだろうな。わたしとはやる気がないからさ。お喋り専門の女になりつつある。わたしとのセックスは疲れててできないと思ってたけど、利恵ちゃんとはどうなの?」
「会うとやるよ。わたし、セックスの勉強もしてたから、アイデアが豊富。友哉さんはそれに疲れないんじゃないかな。わたしが誘導する時もあるから」

「男性をリードできるんだ。いつからそんな女になったの? 悪い意味じゃなくて」
「男たちに教えられたのもあって、若気の至り。元彼は田舎で付き合っていた人と東京に出てきた人、二人だけで、しかも最初の人とは高校の時だからあんまりしてなくて、東京の人とはそれぞれ半年くらいだって言っちゃったのに、セックスが異常に上手らしいんだ」
「あーらま。お持ち帰りのセックス三昧がモロにばれてるよ」
 ゆう子は興味が無さそうに笑った。

「そう、ナンパしてくれる男で練習したんだ。ラブホにこもったこともある。ホント、友哉さんに言わないでよ。ばれてないから」
 利恵が胸の前で手を重ねて祈るようにゆう子を見た。自分から喋ったくせに、とゆう子は思った。
「ばれてるよ」
「前の男性にセックスを教わったことがばれるのは当たり前で、それに怒る男はどうかと思う。いろんな男とやりまくってたのはばれてない」

「やりまくってたdots。友哉さん、まともな女に囲まれてないな」
 呆れ返ってしまう。ゆう子がほんの少しベランダの方に視線を投げた。すぐにまた利恵に顔を向けたが、戻ってきた目に目力がなくなったのを見た利恵が、
「ゆう子さん?」
と小声で声をかけた。
「え? ああ、なんでもないよ。松本涼子が仮に友哉さんの友達だとして、わたしと利恵ちゃんと三人で、まともなのはいないなって。あの子も好戦的で癖があったからね」

「そうなのdots。大丈夫? 気分でも悪い?」
 ゆう子が胸に手をあてているのを見て、利恵が持っていた缶ビールをテーブルに置き、ゆう子の顔を覗きこんだ。
「ちょっと昔のことを思い出した」
「お母さんに虐待されていた過去は仕方ないよ。ゆう子さんのせいじゃないから」
「ああいうことがあると、他にも枝分かれするようにいろいろあった。友哉さんのようなすごい男性の傍にわたしなんかがいていいのかな」

「また自虐的になる。有名な大人気女優なのよ。わたしなんか過去をばらしたら一発で捨てられる」
「それにわたしはもてないんだ」
 ゆう子は気を取り直して、また芝居がかった表情をつくった。わざと泥酔して弾けているお嬢様みたいだと利恵は思った。
「出会って一時間喋ったら嫌われる。皆、こう言うんだ。下品だ。行儀が悪い。うるさい。言葉遣いが悪い。パンツを見せるな。いったいなんなんだ」

 確かにスカートで胡坐をかいたり、トイレのドアを閉めなかったりするが、男性の前でもやっているのか。利恵はまた珍しいものを見るような目で、じっとゆう子を見ていた。
「だけど、友哉さんはそんなわたしがいないとだめなんだ」
 ゆう子が快活に言うと、
「急に元気になったね。友哉さんよりも、ゆう子さんが躁鬱なんじゃないの?」
と利恵が呆れて苦笑いをした。
「そうかもね。いちいち鋭い女だな」

「友哉さんは行儀が悪いとか、そういうことは言わないの?」
「言われたよ。出会った日に、飛行機の中で下品だって。今朝も言われたよ。うるさいって。だけどわたしの情熱的なセックスに夢中なんだ」
「具体的にはどんなことをするの?」
「裸のままいて、飛びついたりする。基本的に裸族」
dots
「ずっと追い掛け回してスキンシップ。わたしは室内ストーカーだ。ずっと友哉さんを見ているんだ」

「乱歩とかヒッチコックの物語がエッチになったみたい。友哉さんはそれに文句は言わないの?」
「文句? 雑とかしつこいとか、歯があたるから痛いとか、そしていつも下手とは言われるけど、怒ったりしないよ」
利恵は呆然としていた。ゆう子はセックスの話が楽しいのか饒舌になって、
「ずっとわたしに怯えていたのに、大河内さんのことで怒らせた日の夜はそれなりに激しくやってくれた。いっぱい命令されたよ。待ち焦がれていた」
「怯えていたdots

 利恵はビールを飲むのを忘れてしまうほど呆れていて、温くなったビールをキッチンで捨ててきて、また冷たいビールを自分でグラスに注いだ。
「わたしには怯えてなくて、そんなセックス毎回だよ。だからそんなに鬱ではないと思う。楽しそうよ」
 気を取り直すように、強い口調で教えた。
「え?」
「え、じゃないって。彼がサドなのは明白でしょ。さっきも言ったけど、出会った時から激しいもん。命令されるよ、よくあるプレイばかりだけど、ミニスカートでノーパンで買い物に行けとか」
「え?」

「だから、え、じゃないって。トランプの罰ゲームなんだけど、勝てないんだよなー」
「利恵ちゃんが勝った時は?」
「滅多に勝てないけど、名店のディナーとか高級ホテルのスパ」
「好きだね。そういうの」
「嫌いな女はいないと思う」
「コスプレドライブしてるだけじゃないの? 聞いたことがない。わたしの前では蛇に睨まれた蛙のように大人しくて、なんにも命じないのに」
「命じなくても脱ぐから」

「あ、そうか。いちいち鋭い女だな。でも、昨夜はちょっと薬を入れてくれたし。もう最高」
と、また振り子のように体を左右に揺らしながら言った。どうやら、機嫌がいい時のゆう子の癖のようだ
「あの指輪で? なんか良さそうね」
「もうありえないくらい最高なんだ。壁を突き抜ける快感。全身が性感帯になってしまって、初めて中でいきまくった。ロックとセックスはドラッグだ」
 クッションを叩いて笑っているのを見て、利恵は心底羨ましいと思った。だが、

line初めてエクスタシーを得たのか。男をとっかえひっかえの女優と思ってたけど、そんなに長く付き合った男はいないのか。
と分かった。
line友哉さんもそれには気づいているはず。男が同じ時期に二人の女と出会った場合、よほどどちらかが悪女じゃないかぎりはセックスの経験が少ない女を選ぶものだから、奥原ゆう子はやは

り強敵だな。ゆう子さんはセックスが初心者のようだから、彼が好きなプレイで差を付けて料理の腕でも差を付けないと、また別れることになったらまずい。一億円を没収されるかも知れない。
 利恵は刹那、危機感を抱いたが、気を取り直して、
「指輪のdotsリングの薬って、光の作用のこと?」
と訊いた。

「そうだよ。レセプターを刺激して気持ちよくするんだよ。ヒスタミン受容体を刺激すれば、今日からわたし、花粉症だ。それと同じ。わたしたちの時代に見つかってないレセプターもトキさんの時代では解明されていて、その中にもセックスに応用できるレセプターがあるんだ。AZと友哉さんのリングが繋がっていて、友哉さんが何かの目的でレセプターを探すとリングから光を出すように友哉さんの脳をAZが指導して、そのレセプターを刺激する。友哉さんが知っている、または記憶したレセプターならAZは作動しない」

「エコだね」
「違う。これ見て」
 ゆう子がAZの表面を見せると、
『友哉様の意志に従う』
というテキストが表記されている。
「どういう意味?」
「最初は教えるけど、友哉さんが覚えたら、友哉さんが自由にやってよくて、もし友哉さんが悪さに使ってもかまわないって意味。例としたら、うちらを性奴隷にしてもAZは止めませんってこと。友哉さんの行為が正しいってことだよ」

「ちょっと待ってdots
 利恵はいったん言葉を止めて唾液を飲み込んだ。
「そのAZが未来のAiで、トキさんっていう君主が造ったとして、友哉さんはトキさんに善悪のすべてを一任されているの? 彼、そんなに偉い人ってこと?」
「そう。実際に成田で、こいつ、友哉さんの命令を聞いたからね。びっくりした。わたしにしか反応しないと思ったら、友哉さんの声に反応した。わたしがモタモタしていたらね」

「世界征服しようとしても止めない?」
「AZは止めないね」
「バックレよう」
「世界を征服されたら、逃げても捕まると思う」
「うん。このままいよう」
 利恵がそう言ったところで二人はお腹を抱えて笑った。
「そんなことしない。あの男」
と言葉を合わせる。

「信用されてるんだよ、トキさんに。でも、性奴隷は気を付けた方がいいな。怒るとセックスが強くなるタイプだから」
「信用されてるのか。初めて会った男がdots
 利恵が首を傾げ、視線を壁の一角に投じた。
「考えても時間の無駄よ。友哉さんが未来の人って話でしょ」
「そう。しかも一番偉い」
「そのうちに分かると思うよ。友哉さん、言動が変わってきてるしね。極度の女性不信も治ってきたみたいだし、友哉さん、どこから見ても権力志向じゃないからさ」

「そうだね。しばらく楽しんでればいいね。わたしも脳を刺激する気持ちいいのやって欲しい。ドライブのセックス、ちょっと厭きてきたんだけど、そんな媚薬みたいなのがあれば楽しくなりそう。ねえ、友哉さん、呼んでよ」
「よかった。利恵ちゃんが今日はよく喋ってくれて。恋愛の話、こんなに女の子としたの初めてだ。ロスで説教ばかりされたから嫌われてると思った」
 利恵は、ゆう子の言葉に少し嬉しくなった。

line友哉さんを独り占めされて、わたしが捨てられるのは嫌だけど、ゆう子さんはかわいくて楽しい。憎めない女。有名女優と友達になれるなんてありえないし、友哉さんはお金があるし、楽しい人生になってきた
「そんなことはないよ。ゆう子さん、とても面白いから。それに美容の話とかも聞きたいし、友哉さんとのセックスのことも気になるし。だからドラッグのセックスの話の続きを聞きたい」
「感度は十倍くらいになるよ。恥ずかしいけどイカされると失禁もする。最後には涎を垂らして失神しているらしいから、そこが嫌なんだけど、まあ、やめられないよ。利恵ちゃんにはやらないんだ」

「うん。そんなことができるなんて知らなかった」
lineもしかすると、わたしは簡単にイッてしまうから使わないのかも知れない。
 友哉からは、「イク時の様子が最高に色っぽくて美しいし、見ていて楽しい」と、抱かれる度に褒められるが、経験が豊富なのを慰められているようにも感じて、それほどいい気分ではなかった。