第十一話 女神か悪女か~愛と哀しみの女子会

【ここまでの登場人物】
◆佐々木友哉 交通事故で瀕死の重傷を未来人を名乗る男トキに治療してもらい、未来の力を得てテロリストと戦う。未来人から「友哉様」と呼ばれている。
◆奥原ゆう子 有名女優。トキから、「友哉の秘書になってほしい」と頼まれて、傷だらけの友哉を懸命に看護し支える女。
◆宮脇利恵 友哉の恋人の銀行員。過去に男たちと遊び惚けたトラウマがあり、友哉のお金で安定した暮らしを夢見ている平凡な女子。

◆松本涼子 アイドル歌手。友哉の元カノ。友哉に棄てられた恨みで、復讐に燃えている。しかし、実際に離縁していったのは涼子?
◆喜多川晴香 友哉の娘の女子高生。未来人から護衛されている「晴香様」。涼子の友人。
◆トキ 千年後の世界で、世界を統治している君主。友哉よりも若く、しかし冷静に友哉と話し合った。
◆シンゲン 未来のAi型タブレットAZの中にいる知能。ゆう子に指示をする。

◆桜井真一 公安の警察官。襲われた晴香を助けるために絶命。それを友哉が蘇生した。密かにゆう子たちを護衛している。
◆伊藤大輔 桜井の部下。友哉に足を撃たれたが軽傷。その後、友哉を尊敬し、桜井と一緒にゆう子たちを護衛する。
◆小早川淳子 利恵の同僚。利恵にイベントのチケットを渡し、友哉とデートするように言った二人のキューピット。
◆富澤社長 利恵の銀行の社長。友哉に弱みを握られて、使いパシリにされている。

◆喜多川律子 友哉の元妻。回想シーンでは友哉に冷たく高圧的。離婚後、友哉と晴香を会わせてない。
◆松本航 涼子の父。娘の身勝手に絶望し、友哉の前で泣いた男。友哉の担当編集者で親友。
◆久坂光章 神奈川県警の警察官。トキから力をもらう前の友哉が、「敵」から涼子を守るために一緒に戦った友人。
◆大河内忠彦 ゆう子に救われたホームレスの男。痴漢冤罪の罪を背負う。
◆川添奈那子 AV女優。友哉の元カノとも言われているが、実際はセフレ?

◆宮脇利里 利恵の母親。「佐々木友哉さんと結婚して」と利恵に言った友哉の熱心な読者。
◆奥原アンリ ゆう子の母親。ゆう子を虐待していた。ゆう子が高校生の時に死去。
◆奥原慎太郎 ゆう子の父親。ゆう子が借りているアパートに遺影があるが、亡くなっていることを隠している。
◆佐々木絵美子 友哉の母親。友哉が中学生の時に男と蒸発。子供の友哉を嫌っていた。
◆佐々木友孝 友哉の父。勉強家だがストレスに弱く、友哉が中学生の時、絵美子が蒸発し心労で死去。

◆末永葵 利恵をカウンセリングしたセラピスト。色っぽい大人の女。友哉と逆の考え方で利恵が混乱する。
◆横山明日香 未来人が口にした謎の男。「おまえのかわいい弟のような男」と言われて、友哉が首を傾げる。
◆リク 未来人カロリッチが「リク様」と口にする。リクが横山明日香を地中海で敵から助けたらしい。強者?
◆涼子の母と妹 母は友哉と何か関係あるようで、涼子から何度かそれをほのめかされる。

 ◆

 利恵は北千住のマンションから出て、また新宿に戻り、ゆう子のマンションのキッチンでサラダを作っていた。
 もしかすると、他に誰か来るかもしれないと思い、紺色のトップスに中は白いシャツ。首周りが鎖骨まで見えてかわいらしい。それとフレアーのロングスカートを合わせた。色はグレーで学生服のような柄。全体的に少々幼い恰好だから、友哉からもらったお金で買ったルビーのネックレスをして、そこが大人の色気を醸し出し、毛先にくるくるパーマをあてた。

 今思えば、運命に導かれた友哉の好みの服装だが、それを一時、忘れることに努め、ゆう子の部屋に行った。ところがゆう子が、期待外れなラフな格好でいた。
「なんでサラダはお惣菜を買わないの?」
 なんと床に座ってストレッチをしている。しかも、スポーツジムでよく見かける短パン姿。上は、ティシャツ一枚でブラもしていない体たらくだった。
lineこの温度差はなによ

 利恵は呆然としていた。ルビーのネックレスを投げ捨てたい気分になる。
「変なドレッシングがかかっていて、味が濃いから」
 不機嫌そうに答えるが、ゆう子はそれに気づかずに、ストレッチを続けていた。準備を手伝う気もなさそうだ。
「ドレッシングは別に付いている野菜だけのもあるよね」
「オーガニックじゃないから」

 利恵はキッチンに置いてあるカレーが付いた皿を見て、それをさっと洗い、その皿にサラダを盛りつけた。
「埃がたつから早くやめてくれないかな。あと、ブラをしてほしい。チラチラ丸見え」
 テーブルに惣菜を置いてあるのに、ストレッチをしているゆう子を睨み付ける。
「股関節が柔らかいのを変な目で見ていたからストレッチをして誤魔化している。普通さ、舞台とかやってたら体は柔らかくなるさ。ふざけんな」

 ゆう子の男の子言葉は、笑顔がかわいい美女だから許されているようなものだった。歳がずっと上の友哉にも平気でこんな言葉遣いだ。スカートを穿いたら必ずパンチラになるくらい行儀も悪いし、奥歯が見えるほど大きく口を開けて笑う。そんな女でも男が言い寄ってくるから余裕があるのだろうか。利恵は、ロスからずっと、絶滅危惧種の動物を見つけたような顔で、ゆう子を見ていた。
 そして、ブラを取りに行く気配もいっこうに見せない。

「正常位の時とかに? そんな細かいところを見てるの? やだなあ、経験豊富な男は」
「セックスのやりすぎとか言われたわけじゃない」
「でもそう思ってるね。じゃあ、わたしのセックスの癖もばれてるんだ」
「当たり前だよ。利恵ちゃんがどんなセックスしてきたか知らないけどね」
 ロスアンゼルスのホテルで泥酔して、淫乱にセックスに興じたことは覚えている。しかし、酔った勢いだから、彼は「利恵は酔ったからああなった」と思ってくれてないだろうか、と希望を抱いていた。

「そんなはずないか」
 落胆した声で呟くと、
「何が?」
 ゆう子が体の動きを止めて訊いた。
「わたしは…友哉さんには言いたくないけど、合コンからのセックスが多かった。でもセックスがしたかったんじゃなくて、都会で遊びたくて遊びたくて。カラオケとか遊園地とかドライブ。その延長にエッチがある感じ」

「でもプロって言われたのは上手だからでしょ」
「うん。異常に上手らしい。すぐにイッちゃう。彼はそれを褒めるけど、あんまり嬉しくないな。体が敏感なのは隠しようがないけど、経験数や元彼に教わったことを見抜かれるのは恥ずかしい。この前もバーで、遊んでこなかったとは言わせないって、モロに言われた」
「はっきり言いすぎる男の人だなあ。それに怒らない利恵ちゃんもすごいよ」

「プレゼントで誤魔化された」
「ふーん、晴香ちゃんの言うように、本当はマメなのか」
 なんのプレゼントか聞く様子もないゆう子。
 ゆう子さんの興味は物質的なものではなく、常にセックスや健康なのか、と利恵は分かった。
「ゆう子さんはやりまくってたんだ。女優さんってすぐに共演者の俳優さんと関係を持つし」
「うーんdots

 ゆう子はずっと緩んでいた頬を少し硬くした。ストレッチもやめて、惣菜のサラダをつまんでいた。食事の時はそれなりに行儀よく、足も整えて座っていた。
「ごめんなさい。変な言い方して」
「いいの。わたしは共演した人とはやってないよ」
 過去のセックスは意地でも話さないようだ。利恵は話を止めて冷蔵庫を開けた。高級ワインが五本入っていた。オーパスワンが三本、あとはシャトームートンロートシルト、シャトーマルゴー。缶ビールも三つあった。

「ワインばっかり。日本酒は?」
「ないよ。この前、涼子ちゃんとワインも二本飲んだ」
 利恵が大きなため息をついた。ゆう子が、
「日本酒が飲みたいの? 下で売ってるよ」
と言った。いろいろな勘違いをしている、と利恵は思った。
「だからだめなんだよ。友哉さんは日本酒派でしょ」
「うそ。聞いてないよ」

「獺祭が好きなの。だからだめなんだよ」
 利恵がまた、呆れた口調で言う。
「記者会見で花嫁修業をするって息巻いてなかった? なんでレトルトのカレーを出してるの?」
「花嫁修業はやめた。彼は利恵ちゃんに上げる」
 ゆう子が白いハンカチを持ち上げたのを見て、利恵は思わず、
「白旗? 面白いよ」

と言った。利恵は本当におかしそうに笑った。
「ゆう子さんは無邪気で面白いなあ」
 そう言いながら、オーパスワンをゆう子に注いだ。利恵はワインやスコッチは自粛していて、ビールを持ってきた。
「松本涼子もよく遊びに来るの?」
「一回だけだよ。友哉さんが助けた時に」
「ああ、例の都市伝説。クレナイタウンからこの部屋に転送したわけか」

 利恵はそのことをスマホで調べようとしたが、それを止め、部屋を見回した。
「他に誰か呼ばないの?」
「呼べるわけないよ。秘密結社なのに」
「AZは?」
「あるよ。どこかに」
「あっそう」
 お酒が出たのに会話が続かないのを察したゆう子が、

「利恵ちゃん、ロスの話の続きだけど、友哉さんの優しさに興味がないよね」
と友哉の話に戻す。
「彼の優しさは普通だと思うよ。男性の優しさは常にセックスしたいからだって」
「そうか。そこは譲らないんだ。じゃあ、友哉さんの何が好きなの?」
「お金持ちで、刺激的なところかな。まさに運命の…。いやそれはともかく流行の遊びしか提案しない平凡な男たちにうんざりしていた時に出会ったの」

 出会い系で見つけた男たちは、平凡とは違うオタクやお金持ちの変態もいたが、さすがにそこは話せなかった。しかし、何か女子会らしいネタを出さないといけないと思うと、学生時代の話しかないくらい、銀行では大人しくしている。
「向こうも運命と思っていたら結婚できるね」
 ゆう子が先に、利恵の止めた言葉を突く。
「なんかバカにした言い回し」

「運命ってタイプじゃないよ。二人とも」
 ケラケラ笑う。利恵は、わたしを打算的な女だと思ってるんだ、と分かった。
「わたしは彼の優しさが好き。急に強くなるのはちょっとしんどいな」
と、ゆう子が言った。
「優しいのはセックスが目的だって」
「利恵ちゃんはそればっかだね」
「わたしはセックスだけの女にはなりたくないの」

「それはちょっと良くないセリフだよ」
「なんで? 女の子は皆そうだよ。有名な先生にも言われたし」
「先生?」
「セラピスト」
「へえ。そんな先生と喋ったことがあるんだ。友哉さんと喋った方がいいよ。無料な上になんとお金がもらえる」
「そのお金もわたしとセックスするためでしょ」

 はっきりと言うと、ゆう子が食べていたサラダを喉に詰まらせたような表情を見せた。女二人だけの女子会だから、利恵がズケズケと言っているのだが、それを大目に見ても、ゆう子の癇に触ったようだ。
「今の利恵ちゃんはそれを言ったらだめだな。それをしつこく主張すると友哉さんがブチ切れると思うよ」
「ちょっと意味が分からないけどdots

 初めてゆう子が自分を睨んだのを見た利恵。怒ったようで、年上の有名女優ということもあり、意味を訊くのが怖くなった。
「じゃあ、訊くけど」
「訊かなくていいよ」
「いや訊くよ。一億円はどのタイミングで入ったの? まさか成田で? そんなの無理だよね」
「帰りのロスアンゼルス空港にいた時間に、彼が社長に電話したらしい」

「ほらね。その飛行機の中で、お金の交渉をしたんだよね。寝取りとか乱交の自撮りをする代わりに、十万円とかで」
「それはヤケクソでdots
 利恵が顔を伏せた。ヤケクソも事実。そして出会い系で男たちと交渉していたから、慣れていたのだった。

「その時点でもう利恵ちゃんに、一億円振り込んであったんでしょ。で、飛行機の中でも成田でもそれを言わずに別れた。ということは、選択する権利はすべて利恵ちゃんに丸投げしてあったわけ。寝取りをしてもよし、お金を持って逃げてもよし。彼、偽善者じゃないから、一億円を渡したら利恵ちゃんが戻ってくるとかの賭け事を楽しんだのかもしれないけど、まあ、その男らしさと優しさに気づかない利恵ちゃんは、なんの経験を積んできたのか正直、疑うよ。女は処女も淫乱も変わらないって、どこかの本に書いてあったけど本当だねえ」

「機内でわたしを試していたのか」
「機内で一億円を振り込んであるって言われたらどうなってたのさ。あんた、調子に乗ってただけでしょ」
「そうかも。でもうちの銀行名義になっていて、友哉さんの、ササキトキの名義じゃなかった。だから課税される。そのあたりが愛情じゃなくて、セックスのお金と思う。だから、まだ優しさは認められない」
「バカ。ササキトキの名義にしたら利恵ちゃんも国家権力に狙われるでしょ」
「あdots
「あ、じゃないよ。さすが、友哉さん。恋人と揉めてる最中にも気配り大将。で、なに? 一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとか言われたことがあるの?」

「え? な、ないよ」
 いつも友哉に論破されていると腹を立てていたが、ゆう子とも同じだった。誰と話しても矛盾や間違いばかりを口にしていて、こうして叱られるのだ。
「一億円渡したから、ああだ、こうだって言われてる? さっき、惣菜を買うお金がない話でも聞いたけど、ま、無駄遣いするな、くらいでしょ」
「うん。美容に使うようにって。財布とかはプレゼントするって言うし、なんか使い道がなくない?」

「何に使いたいの?」
「ぱっと思いつかないけど、友哉さんがホテルの部屋をスイートにしないから、わたしがもらったお金でグレードアップとか。冬になったら、大間のマグロとか高級寿司を食べまくるとか。リゾート地の温泉に行くとか。だって、都内にマンションを買ったら無くなっちゃうし」

「そうか。遊びたいんだね。あのさ、絶対に男の人は言うよ。これだけお金を渡したから、セックスをしろって。一億円も利恵ちゃんに渡して、何も言わない彼はなんなの? わたしが大河内さんに会う前の日、つまり銀行の男の子をこらしめた日の前日の夜、酔っぱらって寝てたでしょ。そのプレゼントで誤魔化された日よ」
「久しぶりに飲みすぎた。いろいろ面白かったから。PPKって拳銃を見せてくれた」

「寝てる利恵ちゃんを抱いてないから、銀座を走り回った疲れがあからさまに出ていたよ」
「寝てる間にレイプしていいなんて言ってない」
「レイプじゃないでしょ。カップルなんだし、セックスが好きなんだから。利恵ちゃんが、セックスが嫌いなら話は別だけど」
「セックスは好きでもいきなり犯されたら嫌だよ。いや、でも感じるか。わたしも暇な時に寝ている友哉さんを何度か起こして、頼んでるし」

「でしょ。認めたか」
「暇な時よ」
「その方が悪徳じゃん」
「そうなの? 疲れているからって彼女にイタズラする方が悪くない」
「利恵ちゃん、女を一からやり直す前に、滝に打たれてきたほうがいいよ」
「ひどくない? その暴言」
「あんたが友哉さんにひどすぎるから、代弁してるんだよ」

dots
 何が悪いのだろうか。確かにお金を請求したのは良くないがdots、利恵が首を傾げたのを見たゆう子が、ため息を吐いた。
「セックスは女は何をやってもいい世の中になってんのよ。利恵ちゃんが寝ている恋人の友哉さんに跨るのは良くて、友哉さんが寝ている恋人の利恵ちゃんを犯すのはだめって、なんなの? わたしがブチ切れるよ。まあ、回復のためにもちょっと話し合っておいてね。友哉さんの、副作用、半端ないんだから」

「それがピンと来ない」
「死ぬかも知れないからね」
dots
 利恵が瞬きをやめて、ゆう子を見た。
「セックスしないと?」
「色気をちょっと見せるだけでもいいし、優しくするだけでもいいよ。松本涼子が手を握って歌を歌ってくれただけで、元気になったから。ようは、美女の色気と優しさで彼は血圧が上昇していって、体が楽になるんだ。血圧が極端に乱高下する副作用だって」

「分かった。でも寝てる間に犯されるのはdots
「本当に嫌なの?」
「いいえ。わたしが疲れてなければ全然OK」
 ゆう子は息を吐き出して、
「友哉さんはそんなことはしない男のひとだけどね。ラブラブみたいなんだし、本当に話し合ってね。若い男の子だったら勝手に寝ている彼女の顔に出したりするんでしよ。知らないけど」
と言う。

「するよ」
「知ってるんだ」
「若い頃にされたことがあるよ。何度も」
「経験豊富なのに学習してないのか。その元彼の男子はよくて友哉さんがだめなんて、あんた、大人になったら逆に退化してるの?」
「いったん、お休みして、男を軽蔑したから、いろいろ忘れていた」

「セラピストの洗脳ね。その件は友哉さんに言って。わたし、心理学者じゃないから、その洗脳を解けない。友哉さんなら解いちゃうと思うよ。恋愛小説家として中堅以上の佐々木友哉先生とどこかのセラピストじゃ格が違うって。それに、一億円もらっておいてdots。しつこくて悪いけどさ、知っての通り、彼は性豪。セックスは大好き。なのに、お金を渡したからやれとか回復する

まで腰を使ってろとか言わないのは、彼はセックスだけの男性じゃないからだよ。何か別のことも考えてるの。セックスと同時にね。それはあなたの体調とかだよ。酔って寝てるって言ってもさ、若いからセックスしても死ぬなんて滅多にないどころか逆に楽しいのに、気を遣ってるんだって」
 利恵はまさに打ちのめされていた。ゆう子の暴言の数々に怒れないほどだ。

lineまさか。病的に疲れている様子以外は完璧じゃないか。なんか惚れ直してしまった。さっきも、わたしが体調が悪そうに見えたから、すんなりとあきらめたのかも。
 利恵が、にやけてしまっているのにゆう子は気づかず、うっすらと怒気を見せている。
「わたしのお母さんと一緒。奈那子とかね。きっと律子さんも。謎の元カノは違うっぽいけどさ」
「銀行口座のことは勘違い。ごめんさない」

「うんうん。それはいいよ。友哉さんの優しさはスケールが大きくて、わたしでも気づかないことが多いからさ。AV女優の奈那子とは超変態セックスをやってたんだけど、終わったら奈那子、ぐったりじゃん。友哉さんもぐったりなんだけど、明け方まで看病するかのように見てるんだ。実際、わたしがパニックの発作で飛び起きたら、友哉さんはほとんど起きてるか一緒に起きてくれる。なのに、奈那子、友哉さんが寝てしまったら財布からお金を取っていなくなってんの。

せめて何でもない日に盗めって思う。律子さんは友哉さんが熱を出しても看病したことがほとんどないみたいだ。利恵ちゃん、チャンスなのに元カノか新しい女に取られちゃうよ」
「え? いや、取られない。ゆう子さんには取られそう。ゆう子さんには楽勝は冗談。なんでさっきから、わたしと友哉さんを仲良しにさせようとアドバイスしてるの?」
怒りとは無縁の精神を持つ利恵。ゆう子の暴言や怒りを「アドバイス」と言う。

「わたしはトキさんに頼まれたレンタル彼女のような女だから、誰がきても三年間は空気みたいにいるさ」
「空気ならもっと黙っていたら?」
「おー、今の面白いよ」
 酔いが回ってきたゆう子が、利恵の皮肉にはさして怒った様子も見せずに笑う。
「お母さんみたい。どいつもこいつも。なんだ。お母さんみたいな女たちしか日本にはいないのか」

「お母さん?」
「もう死んだ。若い愛人の男とセックスしている時に死んだよ。男がたくさんいたから、若い男の子が嫉妬して殺されたのかもしれないけどね。小学生だったわたしを殴りまくって、お父さんを軽蔑しながら、男を何人も作ってさ。友哉さんみたいに強くて頭のいい男性が怖いくせに、ふざけんなって」
「強さは一瞬だけどね」

「利恵ちゃん、いいね。わたしがマジになったらそうして突っ込みを入れて。確かにお父さんは、お母さんにベタ惚れで媚びてたよ。洗濯機回そうか、料理作ろうか、コンビニ行ってこようかって、友哉さんの女への気配りとは違う生活臭い気配りだ。友哉さんは、ここに危険なものはないか、彼女の体調はいいか悪いか、が基本。お母さんたちはそこは嫌うか気づかない。重要なのは女に媚びてくれるかだよ。甘やかしてくれるかとかね

。お母さんの男たちは、めっちゃお母さんの下男だったからさ。それに喜んで、つまり利用しながら、お父さんがつまんなくなったら他の男とセックス。その男がつまんなくなったらまた別の男。一度に二人や三人の時もあった。どの男も優しいって自慢していて、それが聞けば聞くほど、たんなるバカと付き合っている。そしてまたお父さんを優しい人だって、近所に自慢している。お父さんはそれに喜んでかどうか知らないけど、クリスマスにお母さんにプレゼントしてた。

でも、お母さんはイブの日には別の男からも何かもらっていたんだ」
「お父様も相当、ゆう子さんのお母さんに惚れていたのね。ゆう子さん、虐待を受けていたんだ」
「わたしに男の人の悪口を言いながら、わたしを殴って、その男たちに会ったら、好きだって言ってセックスしてた女だよ」
「どんな悪口?」

「だから利恵ちゃんと同じだよ。男はセックスだけだって。優しいのはセックスしたいからだって。射精することとレイプすることしか考えてないゴリラだから、AVでも見て勉強しろって」
「ごめんなさい。そこまで言い切ったわけじゃdots
lineセラピストの先生と似てる。AVを見ろとは言わなかったけどdots。いい先生だったけどな、美人で成功者だった。
 利恵は漠然と不安を覚え、手に平に少し汗をかいていた。

「こっちもさ、死んだ人の悪口は言いたくないけど、あの女がいなくなって福岡と東京では助かった男性がいっぱいいたと思うな。痴漢冤罪も楽しんでいた女だからね。それでわたしが、危うく友哉さんに嫌われかけた。なんて怨霊だ」
「彼から聞いたよ。うちの銀行に小切手取りに来た。痴漢冤罪でホームレスになった男性を助けたんでしょ」
「やっぱり利恵ちゃんの所に行ってたんだね。ごめん。迷惑かけて」

「ううん。社長が友哉さんのまさに下男だから大丈夫。彼、すごく疲れていたから、わたし、初めて回復って言葉を使って、トイレで何かしようかって言ったら、いいんだって、とっても嬉しそうに笑うんだ。ありがとうって何回も言って」
「そうなんだ。一応、やる気はあったんだ。ごめんね。怒ってばかりで」
「友哉さんを見たらムラムラするから。でも断られた。というか彼は、急いでいたんだけど」

「いつものことだよ。それは利恵ちゃんの仕事の邪魔になるのを避けただけで本当はしたいんだ」
「上手く言えないけど、嬉しそうだった。彼、副作用が辛そうだけど、ゆう子さんとわたし、自惚れてるけど、二人でいるのが楽しそうよ」
「ま、普通にハーレムだからね」
 けらけらって笑う。
 その時、ゆう子の部屋のインターホンが鳴った。ゆう子が出ると、
「東京地検特捜部のものです」

と四十歳くらいのスーツを着た男が言った。後ろに部下のような男たちが二人いる。
「利恵ちゃん、東京地検特捜部ってなんなの?」
 振り返って訊くと、
「税金のことでしょ。ゆう子さんじゃなくて、ゆ、じゃなくて佐々木時の」
 頭の回転がいい利恵。咄嗟にトキの名前に変える。
「ふーん、すみません。なんの御用でしょうか」
「佐々木時さんについてお伺いしたいのですが」

「知りませんよ」
「では、佐々木友哉さんのことで、ロビーまで降りてきてもらえますか。またはそちらの玄関先でもいいです」
 ゆう子が、利恵におつまみを作っておくように言って、一階にあるロビーに降りた。応接できる部屋があり、そこに通して、ソファに先に座った。短パンはジーンズに穿き替えていた。
「本物の奥原ゆう子さんですねえ」
と、若い検察官が言うと、年長者の男が彼を睨みつけた。
「わたし、犯罪者じゃないので、アポなしで来ないでください。すっぴんだったらどうしましたか」

「それは失礼しました。もちろん、お化粧するまで待ちましたよ。佐々木時という男の行方を探しています。どうしても見つからない。巧妙な架空口座で、すばる銀行の社長も分からないし、凄腕の弁護士たちがいて凍結もできない。路頭に迷った末に、奥原さんを頼りにやってきました」
「架空口座? なんの話かわたしにはさっぱり」
「すばる銀行に突然三百億円が振り込まれた。名義は佐々木時だが、我々は佐々木友哉だと思っているから、あなたのところにきたのです」

「そうなんだ。だけど佐々木時って人に納税する義務がもしあるなら、今年じゃないから、来年にまたきて」
「予定納税の義務があります」
「なんのお金か分からないのに?」
 両手を小さく広げて「わかんない」のポーズを作る女優、奥原ゆう子。部下の一人がまだ見惚れている。日本の映画賞、総なめのトップ女優だ。

「あなたと佐々木友哉さんとが友達なのは日本中の人が知っています。彼が、すばる銀行本店に口座を持っていないのに、よく出入りをしていて、彼がキャッシュカードを使う時だけ、ATMの監視カメラが作動しない。おかしくないですか」
 ゆう子がAZで操作していた。ゆう子が忙しくてそれができない時は富澤社長も協力しているのだ。十分犯罪者集団である。
「あらま。それは大変です。そんなお話なら後ろにいらっしゃる警察の仕事かとdots

 ゆう子が視線をガラス製の自動扉に向けると、そこに桜井真一が立っていた。
「東京地検特捜部の八重樫さん、俺は佐々木友哉担当の公安の桜井真一だ」
 八重樫と呼ばれた男は立ち上がると、軽く会釈をして、
「存じていますよ。佐々木友哉の娘を助けて絶命。その後、生き返った有名な男」
と言った。続けて、
「その後も佐々木友哉の娘を部下と一緒に警護している」
と言う。

「当たり前だ。警察官だからな」
 桜井が、ゆう子から離れたところのソファに腰を下ろした。「やあ、奥原ゆう子ちゃん。こんなにまじかでまた会えるなんて」と笑った。ゆう子がげんなりした顔をする。
「公安の仕事ではない」
 八重樫がそう言うと、
「公私混同が趣味でね」
と桜井がニヤニヤ笑いながら言った。

「それは公務員の風上にも置けませんね」
「君、先月の十五日に赤坂の料亭で副財務大臣と飲んだが、その時に一緒だった銀座のホステス。彼女の食事代とその後のホテル代の領収書を切ったのは公私混同じゃないのか」
「うわ、それはヤバいです。税金でホステスとえっち」
 ゆう子が笑いを堪えるように、右手を口に押し付けた。
「どうしてそんなことをdots

「おまえが佐々木友哉の娘に近づいたから、付けさせてもらった。赤坂の料亭から女と一緒に出たから調べたよ」
 顔色を変えた八重樫は、帰る素振りを見せながら、
「我々は佐々木時を探しているだけで、佐々木友哉に彼の居場所を訊きたい。なのに、佐々木友哉も見つからない。それだけのことですよ」
と吐き捨てるように言った。

「思春期の娘に近寄って、母親と離婚した父親の居所を訊くような真似はやめろ。しかもあの娘は何者かに狙われてる。おまえら、その何者かに間違って殺されるぞ。俺みたいに」
 桜井がそう脅しをかけると、
「八重樫さん、我々の仕事じゃないですよ」
と部下が歯を震わせながら言った。八重樫たちがマンションから出て行くと、ゆう子が「じゃあね。今、女子会なの」と言いながらすぐに立ち去った。桜井真一が、
「冷たい。助けにきたのに」

と大きな声で言うと、ゆう子がエレベーターホールで振り返り、「桜井さんは男らしいけど、わたしを舐めるように見るのはやめてね。それから流行の安い腕時計。わたし、伝統のあるヴィトンやグッチとかのアクセサリーが好きなの。男性の洋服は分からないけど、友哉さんは靴もきちんとしてるよ」と、ズボラな桜井を見て、しかし、美しい微笑みを見せて言ったのだった。
 部屋に戻ると、利恵が、

「どうだった?」と口にして、揚げ出し豆腐をテーブルに置いた。
「美味しそう。お酒のつまみにいいね」
「料理なんて簡単よ。友哉さんも本気になればできる。作家なんかレシピ本、一撃で読むよ。他の頭の良い男性も。だから、料理の腕を褒められたくない」
「何を褒められたいの?」
「裁縫とルックスかなあ。肌が綺麗だとか」

「肌が綺麗って言われると舞い上がるよね。桜井さんがやってきて、特捜最前線は追い返した」
「なにそれ? へえ。桜井さん、ゆう子さんを見張ってるのかな」
「友哉さんにやられた部下の人たち三人くらいで、うちらを見張ってるの。わたし、晴香ちゃん、松本涼子よ。正確には、成田のことがあったから守ってくれていて、悪い気はしない」
「ゆう子さんに会いたいからだよ。公私混同してると思う」

 利恵がそう言うと、ゆう子が爆笑した。地検の八重樫と同じ台詞だったからだ。
「そんなにおかしいの? で、痴漢された女子高生がどうしたのよ」
 仕切り直しなのか、利恵はビールをぐいっと飲んだ。
「その犯人の女子高生をこらしめてほしいって頼んだんだけど、まさに、わたし、AZでお母さんみたいな悪女を探しまくってたんだ。徹夜でさ。それを友哉さんに怒られた。神がかり的な怒り方だ」

「冷静なんでしょ」
「そう、利恵ちゃんに一億円をさっと入れたのと一緒。ホームレスの男性の所に行ったら、先にもう友哉さんが話をつけていた」
「話が出来すぎてるのよね。何もかもトキさんに仕組まれてて、わたしたち踊らされてるとか」
「そう?大した未来人じゃないよ。わたしのお喋りにこいつ、パニクったけど」
 ゆう子がAZをちらりと見せて、また消失させた。
「ゆう子さんのお喋りには対応できないのか。確かに記者会見からめちゃくちゃだよ」

「どこが? 普通の会見じゃん。タブロイド紙の記者も黙ってたからね」
「ゆう子さんの天然に呆然としていたのよ。わたしの銀行の人が衝撃を頭に受けたのかって言っていたから」
dots
「女子高生をこらしめるなんて、めんどくさいことはしないほうがいいよ」
 利恵はたしなめるように言ったのではなく、本当に疲れた表情を見せた。続けて、「他にすることがあると思うよ。結婚はともかく一生、手料理ができないのってどうかな」と呟く。

「うん。利恵ちゃんは、やっぱり女らしいよ。裁縫もできるし、さすがだ。友哉さんはお母さんの怨霊が憑いた女子高生は完全に無視。だから、わたしはお母さんへの復讐はやめることにした。友哉さんが偉そうに、いろんな傷を治してやるとか言ってて本当にやってくれてる。その彼の優しさや知性をセックスがしたいからだって、わたしは思わない。優しくしたからやらせろとか一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとかね。そういう男の人じゃなくて、なんか別のことを女としたいんだ。どうよ?」

「口にするのは恥ずかしいけど、愛でしょ」