第十一話 女神か悪女か~愛と哀しみの女子会

【ここまでの登場人物】
◆佐々木友哉 交通事故で瀕死の重傷を未来人を名乗る男トキに治療してもらい、未来の力を得てテロリストと戦う。未来人から「友哉様」と呼ばれている。
◆奥原ゆう子 有名女優。トキから、「友哉の秘書になってほしい」と頼まれて、傷だらけの友哉を懸命に看護し支える女。
◆宮脇利恵 友哉の恋人の銀行員。過去に男たちと遊び惚けたトラウマがあり、友哉のお金で安定した暮らしを夢見ている平凡な女子。

◆松本涼子 アイドル歌手。友哉の元カノ。友哉に棄てられた恨みで、復讐に燃えている。しかし、実際に離縁していったのは涼子?
◆喜多川晴香 友哉の娘の女子高生。未来人から護衛されている「晴香様」。涼子の友人。
◆トキ 千年後の世界で、世界を統治している君主。友哉よりも若く、しかし冷静に友哉と話し合った。
◆シンゲン 未来のAi型タブレットAZの中にいる知能。ゆう子に指示をする。

◆桜井真一 公安の警察官。襲われた晴香を助けるために絶命。それを友哉が蘇生した。密かにゆう子たちを護衛している。
◆伊藤大輔 桜井の部下。友哉に足を撃たれたが軽傷。その後、友哉を尊敬し、桜井と一緒にゆう子たちを護衛する。
◆小早川淳子 利恵の同僚。利恵にイベントのチケットを渡し、友哉とデートするように言った二人のキューピット。
◆富澤社長 利恵の銀行の社長。友哉に弱みを握られて、使いパシリにされている。

◆喜多川律子 友哉の元妻。回想シーンでは友哉に冷たく高圧的。離婚後、友哉と晴香を会わせてない。
◆松本航 涼子の父。娘の身勝手に絶望し、友哉の前で泣いた男。友哉の担当編集者で親友。
◆久坂光章 神奈川県警の警察官。トキから力をもらう前の友哉が、「敵」から涼子を守るために一緒に戦った友人。
◆大河内忠彦 ゆう子に救われたホームレスの男。痴漢冤罪の罪を背負う。
◆川添奈那子 AV女優。友哉の元カノとも言われているが、実際はセフレ?

◆宮脇利里 利恵の母親。「佐々木友哉さんと結婚して」と利恵に言った友哉の熱心な読者。
◆奥原アンリ ゆう子の母親。ゆう子を虐待していた。ゆう子が高校生の時に死去。
◆奥原慎太郎 ゆう子の父親。ゆう子が借りているアパートに遺影があるが、亡くなっていることを隠している。
◆佐々木絵美子 友哉の母親。友哉が中学生の時に男と蒸発。子供の友哉を嫌っていた。
◆佐々木友孝 友哉の父。勉強家だがストレスに弱く、友哉が中学生の時、絵美子が蒸発し心労で死去。

◆末永葵 利恵をカウンセリングしたセラピスト。色っぽい大人の女。友哉と逆の考え方で利恵が混乱する。
◆横山明日香 未来人が口にした謎の男。「おまえのかわいい弟のような男」と言われて、友哉が首を傾げる。
◆リク 未来人カロリッチが「リク様」と口にする。リクが横山明日香を地中海で敵から助けたらしい。強者?
◆涼子の母と妹 母は友哉と何か関係あるようで、涼子から何度かそれをほのめかされる。

 ◆

 利恵は北千住のマンションから出て、また新宿に戻り、ゆう子のマンションのキッチンでサラダを作っていた。
 もしかすると、他に誰か来るかもしれないと思い、紺色のトップスに中は白いシャツ。首周りが鎖骨まで見えてかわいらしい。それとフレアーのロングスカートを合わせた。色はグレーで学生服のような柄。全体的に少々幼い恰好だから、友哉からもらったお金で買ったルビーのネックレスをして、そこが大人の色気を醸し出し、毛先にくるくるパーマをあてた。

 今思えば、運命に導かれた友哉の好みの服装だが、それを一時、忘れることに努め、ゆう子の部屋に行った。ところがゆう子が、期待外れなラフな格好でいた。
「なんでサラダはお惣菜を買わないの?」
 なんと床に座ってストレッチをしている。しかも、スポーツジムでよく見かける短パン姿。上は、ティシャツ一枚でブラもしていない体たらくだった。
lineこの温度差はなによ

 利恵は呆然としていた。ルビーのネックレスを投げ捨てたい気分になる。
「変なドレッシングがかかっていて、味が濃いから」
 不機嫌そうに答えるが、ゆう子はそれに気づかずに、ストレッチを続けていた。準備を手伝う気もなさそうだ。
「ドレッシングは別に付いている野菜だけのもあるよね」
「オーガニックじゃないから」

 利恵はキッチンに置いてあるカレーが付いた皿を見て、それをさっと洗い、その皿にサラダを盛りつけた。
「埃がたつから早くやめてくれないかな。あと、ブラをしてほしい。チラチラ丸見え」
 テーブルに惣菜を置いてあるのに、ストレッチをしているゆう子を睨み付ける。
「股関節が柔らかいのを変な目で見ていたからストレッチをして誤魔化している。普通さ、舞台とかやってたら体は柔らかくなるさ。ふざけんな」

 ゆう子の男の子言葉は、笑顔がかわいい美女だから許されているようなものだった。歳がずっと上の友哉にも平気でこんな言葉遣いだ。スカートを穿いたら必ずパンチラになるくらい行儀も悪いし、奥歯が見えるほど大きく口を開けて笑う。そんな女でも男が言い寄ってくるから余裕があるのだろうか。利恵は、ロスからずっと、絶滅危惧種の動物を見つけたような顔で、ゆう子を見ていた。
 そして、ブラを取りに行く気配もいっこうに見せない。

「正常位の時とかに? そんな細かいところを見てるの? やだなあ、経験豊富な男は」
「セックスのやりすぎとか言われたわけじゃない」
「でもそう思ってるね。じゃあ、わたしのセックスの癖もばれてるんだ」
「当たり前だよ。利恵ちゃんがどんなセックスしてきたか知らないけどね」
 ロスアンゼルスのホテルで泥酔して、淫乱にセックスに興じたことは覚えている。しかし、酔った勢いだから、彼は「利恵は酔ったからああなった」と思ってくれてないだろうか、と希望を抱いていた。

「そんなはずないか」
 落胆した声で呟くと、
「何が?」
 ゆう子が体の動きを止めて訊いた。
「わたしは…友哉さんには言いたくないけど、合コンからのセックスが多かった。でもセックスがしたかったんじゃなくて、都会で遊びたくて遊びたくて。カラオケとか遊園地とかドライブ。その延長にエッチがある感じ」

「でもプロって言われたのは上手だからでしょ」
「うん。異常に上手らしい。すぐにイッちゃう。彼はそれを褒めるけど、あんまり嬉しくないな。体が敏感なのは隠しようがないけど、経験数や元彼に教わったことを見抜かれるのは恥ずかしい。この前もバーで、遊んでこなかったとは言わせないって、モロに言われた」
「はっきり言いすぎる男の人だなあ。それに怒らない利恵ちゃんもすごいよ」

「プレゼントで誤魔化された」
「ふーん、晴香ちゃんの言うように、本当はマメなのか」
 なんのプレゼントか聞く様子もないゆう子。
 ゆう子さんの興味は物質的なものではなく、常にセックスや健康なのか、と利恵は分かった。
「ゆう子さんはやりまくってたんだ。女優さんってすぐに共演者の俳優さんと関係を持つし」
「うーんdots

 ゆう子はずっと緩んでいた頬を少し硬くした。ストレッチもやめて、惣菜のサラダをつまんでいた。食事の時はそれなりに行儀よく、足も整えて座っていた。
「ごめんなさい。変な言い方して」
「いいの。わたしは共演した人とはやってないよ」
 過去のセックスは意地でも話さないようだ。利恵は話を止めて冷蔵庫を開けた。高級ワインが五本入っていた。オーパスワンが三本、あとはシャトームートンロートシルト、シャトーマルゴー。缶ビールも三つあった。

「ワインばっかり。日本酒は?」
「ないよ。この前、涼子ちゃんとワインも二本飲んだ」
 利恵が大きなため息をついた。ゆう子が、
「日本酒が飲みたいの? 下で売ってるよ」
と言った。いろいろな勘違いをしている、と利恵は思った。
「だからだめなんだよ。友哉さんは日本酒派でしょ」
「うそ。聞いてないよ」

「獺祭が好きなの。だからだめなんだよ」
 利恵がまた、呆れた口調で言う。
「記者会見で花嫁修業をするって息巻いてなかった? なんでレトルトのカレーを出してるの?」
「花嫁修業はやめた。彼は利恵ちゃんに上げる」
 ゆう子が白いハンカチを持ち上げたのを見て、利恵は思わず、
「白旗? 面白いよ」

と言った。利恵は本当におかしそうに笑った。
「ゆう子さんは無邪気で面白いなあ」
 そう言いながら、オーパスワンをゆう子に注いだ。利恵はワインやスコッチは自粛していて、ビールを持ってきた。
「松本涼子もよく遊びに来るの?」
「一回だけだよ。友哉さんが助けた時に」
「ああ、例の都市伝説。クレナイタウンからこの部屋に転送したわけか」

 利恵はそのことをスマホで調べようとしたが、それを止め、部屋を見回した。
「他に誰か呼ばないの?」
「呼べるわけないよ。秘密結社なのに」
「AZは?」
「あるよ。どこかに」
「あっそう」
 お酒が出たのに会話が続かないのを察したゆう子が、

「利恵ちゃん、ロスの話の続きだけど、友哉さんの優しさに興味がないよね」
と友哉の話に戻す。
「彼の優しさは普通だと思うよ。男性の優しさは常にセックスしたいからだって」
「そうか。そこは譲らないんだ。じゃあ、友哉さんの何が好きなの?」
「お金持ちで、刺激的なところかな。まさに運命の…。いやそれはともかく流行の遊びしか提案しない平凡な男たちにうんざりしていた時に出会ったの」

 出会い系で見つけた男たちは、平凡とは違うオタクやお金持ちの変態もいたが、さすがにそこは話せなかった。しかし、何か女子会らしいネタを出さないといけないと思うと、学生時代の話しかないくらい、銀行では大人しくしている。
「向こうも運命と思っていたら結婚できるね」
 ゆう子が先に、利恵の止めた言葉を突く。
「なんかバカにした言い回し」

「運命ってタイプじゃないよ。二人とも」
 ケラケラ笑う。利恵は、わたしを打算的な女だと思ってるんだ、と分かった。
「わたしは彼の優しさが好き。急に強くなるのはちょっとしんどいな」
と、ゆう子が言った。
「優しいのはセックスが目的だって」
「利恵ちゃんはそればっかだね」
「わたしはセックスだけの女にはなりたくないの」

「それはちょっと良くないセリフだよ」
「なんで? 女の子は皆そうだよ。有名な先生にも言われたし」
「先生?」
「セラピスト」
「へえ。そんな先生と喋ったことがあるんだ。友哉さんと喋った方がいいよ。無料な上になんとお金がもらえる」
「そのお金もわたしとセックスするためでしょ」

 はっきりと言うと、ゆう子が食べていたサラダを喉に詰まらせたような表情を見せた。女二人だけの女子会だから、利恵がズケズケと言っているのだが、それを大目に見ても、ゆう子の癇に触ったようだ。
「今の利恵ちゃんはそれを言ったらだめだな。それをしつこく主張すると友哉さんがブチ切れると思うよ」
「ちょっと意味が分からないけどdots

 初めてゆう子が自分を睨んだのを見た利恵。怒ったようで、年上の有名女優ということもあり、意味を訊くのが怖くなった。
「じゃあ、訊くけど」
「訊かなくていいよ」
「いや訊くよ。一億円はどのタイミングで入ったの? まさか成田で? そんなの無理だよね」
「帰りのロスアンゼルス空港にいた時間に、彼が社長に電話したらしい」

「ほらね。その飛行機の中で、お金の交渉をしたんだよね。寝取りとか乱交の自撮りをする代わりに、十万円とかで」
「それはヤケクソでdots
 利恵が顔を伏せた。ヤケクソも事実。そして出会い系で男たちと交渉していたから、慣れていたのだった。

「その時点でもう利恵ちゃんに、一億円振り込んであったんでしょ。で、飛行機の中でも成田でもそれを言わずに別れた。ということは、選択する権利はすべて利恵ちゃんに丸投げしてあったわけ。寝取りをしてもよし、お金を持って逃げてもよし。彼、偽善者じゃないから、一億円を渡したら利恵ちゃんが戻ってくるとかの賭け事を楽しんだのかもしれないけど、まあ、その男らしさと優しさに気づかない利恵ちゃんは、なんの経験を積んできたのか正直、疑うよ。女は処女も淫乱も変わらないって、どこかの本に書いてあったけど本当だねえ」

「機内でわたしを試していたのか」
「機内で一億円を振り込んであるって言われたらどうなってたのさ。あんた、調子に乗ってただけでしょ」
「そうかも。でもうちの銀行名義になっていて、友哉さんの、ササキトキの名義じゃなかった。だから課税される。そのあたりが愛情じゃなくて、セックスのお金と思う。だから、まだ優しさは認められない」
「バカ。ササキトキの名義にしたら利恵ちゃんも国家権力に狙われるでしょ」
「あdots
「あ、じゃないよ。さすが、友哉さん。恋人と揉めてる最中にも気配り大将。で、なに? 一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとか言われたことがあるの?」

「え? な、ないよ」
 いつも友哉に論破されていると腹を立てていたが、ゆう子とも同じだった。誰と話しても矛盾や間違いばかりを口にしていて、こうして叱られるのだ。
「一億円渡したから、ああだ、こうだって言われてる? さっき、惣菜を買うお金がない話でも聞いたけど、ま、無駄遣いするな、くらいでしょ」
「うん。美容に使うようにって。財布とかはプレゼントするって言うし、なんか使い道がなくない?」

「何に使いたいの?」
「ぱっと思いつかないけど、友哉さんがホテルの部屋をスイートにしないから、わたしがもらったお金でグレードを上げるとか。冬になったら、大間のマグロとか高級寿司を食べまくるとか。リゾート地の温泉に行くとか。だって、都内にマンションを買ったら無くなっちゃうし」

「そうか。遊びたいんだね。あのさ、絶対に男の人は言うよ。これだけお金を渡したから、セックスをしろって。一億円も利恵ちゃんに渡して、何も言わない彼はなんなの? わたしが大河内さんに会う前の日、つまり銀行の男の子をこらしめた日の前日の夜、酔っぱらって寝てたでしょ。そのプレゼントで誤魔化された日よ」
「久しぶりに飲みすぎた。いろいろ面白かったから。PPKって拳銃を見せてくれた」

「寝てる利恵ちゃんを抱いてないから、銀座を走り回った疲れがあからさまに出ていたよ」
「寝てる間にレイプしていいなんて言ってない」
「レイプじゃないでしょ。カップルなんだし、セックスが好きなんだから。利恵ちゃんが、セックスが嫌いなら話は別だけど」
「セックスは好きでもいきなり犯されたら嫌だよ。いや、でも感じるか。わたしも暇な時に寝ている友哉さんを何度か起こして、頼んでるし」

「でしょ。認めたか」
「暇な時よ」
「その方が悪徳じゃん」
「そうなの? 疲れているからって彼女にイタズラする方が悪くない」
「利恵ちゃん、女を一からやり直す前に、滝に打たれてきたほうがいいよ」
「ひどくない? その暴言」
「あんたが友哉さんにひどすぎるから、代弁してるんだよ」

dots
 何が悪いのだろうか。確かにお金を請求したのは良くないがdots、利恵が首を傾げたのを見たゆう子が、ため息を吐いた。
「セックスは女は何をやってもいい世の中になってんのよ。利恵ちゃんが寝ている恋人の友哉さんに跨るのは良くて、友哉さんが寝ている恋人の利恵ちゃんを犯すのはだめって、なんなの? わたしがブチ切れるよ。まあ、回復のためにもちょっと話し合っておいてね。友哉さんの、副作用、半端ないんだから」

「それがピンと来ない」
「死ぬかも知れないからね」
dots
 利恵が瞬きをやめて、ゆう子を見た。
「セックスしないと?」
「色気をちょっと見せるだけでもいいし、優しくするだけでもいいよ。松本涼子が手を握って歌を歌ってくれただけで、元気になったから。ようは、美女の色気と優しさで彼は血圧が上昇していって、体が楽になるんだ。血圧が極端に乱高下する副作用だって」

「分かった。でも寝てる間に犯されるのはdots
「本当に嫌なの?」
「いいえ。わたしが疲れてなければ全然OK」
 ゆう子は息を吐き出して、
「友哉さんはそんなことはしない男のひとだけどね。ラブラブみたいなんだし、本当に話し合ってね。若い男の子だったら勝手に寝ている彼女の顔に出したりするんでしよ。知らないけど」
と言う。

「するよ」
「知ってるんだ」
「若い頃にされたことがあるよ。何度も」
「経験豊富なのに学習してないのか。その元彼の男子はよくて友哉さんがだめなんて、あんた、大人になったら逆に退化してるの?」
「いったん、お休みして、男を軽蔑したから、いろいろ忘れていた」

「セラピストの洗脳ね。その件は友哉さんに言って。わたし、心理学者じゃないから、その洗脳を解けない。友哉さんなら解いちゃうと思うよ。恋愛小説家として中堅以上の佐々木友哉先生とどこかのセラピストじゃ格が違うって。それに、一億円もらっておいてdots。しつこくて悪いけどさ、知っての通り、彼は性豪。セックスは大好き。なのに、お金を渡したからやれとか回復する

まで腰を使ってろとか言わないのは、彼はセックスだけの男性じゃないからだよ。何か別のことも考えてるの。セックスと同時にね。それはあなたの体調とかだよ。酔って寝てるって言ってもさ、若いからセックスしても死ぬなんて滅多にないどころか逆に楽しいのに、気を遣ってるんだって」
 利恵はまさに打ちのめされていた。ゆう子の暴言の数々に怒れないほどだ。

lineまさか。病的に疲れている様子以外は完璧じゃないか。なんか惚れ直してしまった。さっきも、わたしが体調が悪そうに見えたから、すんなりとあきらめたのかも。
 利恵が、にやけてしまっているのにゆう子は気づかず、うっすらと怒気を見せている。
「わたしのお母さんと一緒。奈那子とかね。きっと律子さんも。謎の元カノは違うっぽいけどさ」
「銀行口座のことは勘違い。ごめんなさい」

「うんうん。それはいいよ。友哉さんの優しさはスケールが大きくて、わたしでも気づかないことが多いからさ。AV女優の奈那子とは超変態セックスをやってたんだけど、終わったら奈那子、ぐったりじゃん。友哉さんもぐったりなんだけど、明け方まで看病するかのように見てるんだ。実際、わたしがパニックの発作で飛び起きたら、友哉さんはほとんど起きてるか一緒に起きてくれる。なのに、奈那子、友哉さんが寝てしまったら財布からお金を取っていなくなってんの。

せめて何でもない日に盗めって思う。律子さんは友哉さんが熱を出しても看病したことがほとんどないみたいだ。利恵ちゃん、チャンスなのに元カノか新しい女に取られちゃうよ」
「え? いや、取られない。ゆう子さんには取られそう。ゆう子さんには楽勝は冗談。なんでさっきから、わたしと友哉さんを仲良しにさせようとアドバイスしてるの?」
怒りとは無縁の精神を持つ利恵。ゆう子の暴言や怒りを「アドバイス」と言う。

「わたしはトキさんに頼まれたレンタル彼女のような女だから、誰がきても三年間は空気みたいにいるさ」
「空気ならもっと黙っていたら?」
「おー、今の面白いよ」
 酔いが回ってきたゆう子が、利恵の皮肉にはさして怒った様子も見せずに笑う。
「お母さんみたい。どいつもこいつも。なんだ。お母さんみたいな女たちしか日本にはいないのか」

「お母さん?」
「もう死んだ。若い愛人の男とセックスしている時に死んだよ。男がたくさんいたから、若い男の子が嫉妬して殺されたのかもしれないけどね。小学生だったわたしを殴りまくって、お父さんを軽蔑しながら、男を何人も作ってさ。友哉さんみたいに強くて頭のいい男性が怖いくせに、ふざけんなって」
「強さは一瞬だけどね」

「利恵ちゃん、いいね。わたしがマジになったらそうして突っ込みを入れて。確かにお父さんは、お母さんにベタ惚れで媚びてたよ。洗濯機回そうか、料理作ろうか、コンビニ行ってこようかって、友哉さんの女への気配りとは違う生活臭い気配りだ。友哉さんは、ここに危険なものはないか、彼女の体調はいいか悪いか、が基本。お母さんたちはそこは嫌うか気づかない。重要なのは女に媚びてくれるかだよ。甘やかしてくれるかとかね

。お母さんの男たちは、めっちゃお母さんの下男だったからさ。それに喜んで、つまり利用しながら、お父さんがつまんなくなったら他の男とセックス。その男がつまんなくなったらまた別の男。一度に二人や三人の時もあった。どの男も優しいって自慢していて、それが聞けば聞くほど、たんなるバカと付き合っている。そしてまたお父さんを優しい人だって、近所に自慢している。お父さんはそれに喜んでかどうか知らないけど、クリスマスにお母さんにプレゼントしてた。

でも、お母さんはイブの日には別の男からも何かもらっていたんだ」
「お父様も相当、ゆう子さんのお母さんに惚れていたのね。ゆう子さん、虐待を受けていたんだ」
「わたしに男の人の悪口を言いながら、わたしを殴って、その男たちに会ったら、好きだって言ってセックスしてた女だよ」
「どんな悪口?」

「だから利恵ちゃんと同じだよ。男はセックスだけだって。優しいのはセックスしたいからだって。射精することとレイプすることしか考えてないゴリラだから、AVでも見て勉強しろって」
「ごめんなさい。そこまで言い切ったわけじゃdots
lineセラピストの先生と似てる。AVを見ろとは言わなかったけどdots。いい先生だったけどな、美人で成功者だった。
 利恵は漠然と不安を覚え、手に平に少し汗をかいていた。

「こっちもさ、死んだ人の悪口は言いたくないけど、あの女がいなくなって福岡と東京では助かった男性がいっぱいいたと思うな。痴漢冤罪も楽しんでいた女だからね。それでわたしが、危うく友哉さんに嫌われかけた。なんて怨霊だ」
「彼から聞いたよ。うちの銀行に小切手取りに来た。痴漢冤罪でホームレスになった男性を助けたんでしょ」
「やっぱり利恵ちゃんの所に行ってたんだね。ごめん。迷惑かけて」

「ううん。社長が友哉さんのまさに下男だから大丈夫。彼、すごく疲れていたから、わたし、初めて回復って言葉を使って、トイレで何かしようかって言ったら、いいんだって、とっても嬉しそうに笑うんだ。ありがとうって何回も言って」
「そうなんだ。一応、やる気はあったんだ。ごめんね。怒ってばかりで」
「友哉さんを見たらムラムラするから。でも断られた。というか彼は、急いでいたんだけど」

「いつものことだよ。それは利恵ちゃんの仕事の邪魔になるのを避けただけで本当はしたいんだ」
「上手く言えないけど、嬉しそうだった。彼、副作用が辛そうだけど、ゆう子さんとわたし、自惚れてるけど、二人でいるのが楽しそうよ」
「ま、普通にハーレムだからね」
 けらけらって笑う。
 その時、ゆう子の部屋のインターホンが鳴った。ゆう子が出ると、
「東京地検特捜部のものです」

と四十歳くらいのスーツを着た男が言った。後ろに部下のような男たちが二人いる。
「利恵ちゃん、東京地検特捜部ってなんなの?」
 振り返って訊くと、
「税金のことでしょ。ゆう子さんじゃなくて、ゆ、じゃなくて佐々木時の」
 頭の回転がいい利恵。咄嗟にトキの名前に変える。
「ふーん、すみません。なんの御用でしょうか」
「佐々木時さんについてお伺いしたいのですが」

「知りませんよ」
「では、佐々木友哉さんのことで、ロビーまで降りてきてもらえますか。またはそちらの玄関先でもいいです」
 ゆう子が、利恵におつまみを作っておくように言って、一階にあるロビーに降りた。応接できる部屋があり、そこに通して、ソファに先に座った。短パンはジーンズに穿き替えていた。
「本物の奥原ゆう子さんですねえ」
と、若い検察官が言うと、年長者の男が彼を睨みつけた。
「わたし、犯罪者じゃないので、アポなしで来ないでください。すっぴんだったらどうしましたか」

「それは失礼しました。もちろん、お化粧するまで待ちましたよ。佐々木時という男の行方を探しています。どうしても見つからない。巧妙な架空口座で、すばる銀行の社長も分からないし、凄腕の弁護士たちがいて凍結もできない。路頭に迷った末に、奥原さんを頼りにやってきました」
「架空口座? なんの話かわたしにはさっぱり」
「すばる銀行に突然三百億円が振り込まれた。名義は佐々木時だが、我々は佐々木友哉だと思っているから、あなたのところにきたのです」

「そうなんだ。だけど佐々木時って人に納税する義務がもしあるなら、今年じゃないから、来年にまたきて」
「予定納税の義務があります」
「なんのお金か分からないのに?」
 両手を小さく広げて「わかんない」のポーズを作る女優、奥原ゆう子。部下の一人がまだ見惚れている。日本の映画賞、総なめのトップ女優だ。

「あなたと佐々木友哉さんとが友達なのは日本中の人が知っています。彼が、すばる銀行本店に口座を持っていないのに、よく出入りをしていて、彼がキャッシュカードを使う時だけ、ATMの監視カメラが作動しない。おかしくないですか」
 ゆう子がAZで操作していた。ゆう子が忙しくてそれができない時は富澤社長も協力しているのだ。十分犯罪者集団である。
「あらま。それは大変です。そんなお話なら後ろにいらっしゃる警察の仕事かとdots

 ゆう子が視線をガラス製の自動扉に向けると、そこに桜井真一が立っていた。
「東京地検特捜部の八重樫さん、俺は佐々木友哉担当の公安の桜井真一だ」
 八重樫と呼ばれた男は立ち上がると、軽く会釈をして、
「存じていますよ。佐々木友哉の娘を助けて絶命。その後、生き返った有名な男」
と言った。続けて、
「その後も佐々木友哉の娘を部下と一緒に警護している」
と言う。

「当たり前だ。警察官だからな」
 桜井が、ゆう子から離れたところのソファに腰を下ろした。「やあ、奥原ゆう子ちゃん。こんなにまじかでまた会えるなんて」と笑った。ゆう子がげんなりした顔をする。
「公安の仕事ではない」
 八重樫がそう言うと、
「公私混同が趣味でね」
と桜井がニヤニヤ笑いながら言った。

「それは公務員の風上にも置けませんね」
「君、先月の十五日に赤坂の料亭で副財務大臣と飲んだが、その時に一緒だった銀座のホステス。彼女の食事代とその後のホテル代の領収書を切ったのは公私混同じゃないのか」
「うわ、それはヤバいです。税金でホステスとえっち」
 ゆう子が笑いを堪えるように、右手を口に押し付けた。
「どうしてそんなことをdots

「おまえが佐々木友哉の娘に近づいたから、付けさせてもらった。赤坂の料亭から女と一緒に出たから調べたよ」
 顔色を変えた八重樫は、帰る素振りを見せながら、
「我々は佐々木時を探しているだけで、佐々木友哉に彼の居場所を訊きたい。なのに、佐々木友哉も見つからない。それだけのことですよ」
と吐き捨てるように言った。

「思春期の娘に近寄って、母親と離婚した父親の居所を訊くような真似はやめろ。しかもあの娘は何者かに狙われてる。おまえら、その何者かに間違って殺されるぞ。俺みたいに」
 桜井がそう脅しをかけると、
「八重樫さん、我々の仕事じゃないですよ」
と部下が歯を震わせながら言った。八重樫たちがマンションから出て行くと、ゆう子が「じゃあね。今、女子会なの」と言いながらすぐに立ち去った。桜井真一が、
「冷たい。助けにきたのに」

と大きな声で言うと、ゆう子がエレベーターホールで振り返り、「桜井さんは男らしいけど、わたしを舐めるように見るのはやめてね。それから流行の安い腕時計。わたし、伝統のあるヴィトンやグッチとかのアクセサリーが好きなの。男性の洋服は分からないけど、友哉さんは靴もきちんとしてるよ」と、ズボラな桜井を見て、しかし、美しい微笑みを見せて言ったのだった。
 部屋に戻ると、利恵が、

「どうだった?」と口にして、揚げ出し豆腐をテーブルに置いた。
「美味しそう。お酒のつまみにいいね」
「料理なんて簡単よ。友哉さんも本気になればできる。作家なんかレシピ本、一撃で読むよ。他の頭の良い男性も。だから、料理の腕を褒められたくない」
「何を褒められたいの?」
「裁縫とルックスかなあ。肌が綺麗だとか」

「肌が綺麗って言われると舞い上がるよね。桜井さんがやってきて、特捜最前線は追い返した」
「なにそれ? へえ。桜井さん、ゆう子さんを見張ってるのかな」
「友哉さんにやられた部下の人たち三人くらいで、うちらを見張ってるの。わたし、晴香ちゃん、松本涼子よ。正確には、成田のことがあったから守ってくれていて、悪い気はしない」
「ゆう子さんに会いたいからだよ。公私混同してると思う」

 利恵がそう言うと、ゆう子が爆笑した。地検の八重樫と同じ台詞だったからだ。
「そんなにおかしいの? で、痴漢された女子高生がどうしたのよ」
 仕切り直しなのか、利恵はビールをぐいっと飲んだ。
「その犯人の女子高生をこらしめてほしいって頼んだんだけど、まさに、わたし、AZでお母さんみたいな悪女を探しまくってたんだ。徹夜でさ。それを友哉さんに怒られた。神がかり的な怒り方だ」

「冷静なんでしょ」
「そう、利恵ちゃんに一億円をさっと入れたのと一緒。ホームレスの男性の所に行ったら、先にもう友哉さんが話をつけていた」
「話が出来すぎてるのよね。何もかもトキさんに仕組まれてて、わたしたち踊らされてるとか」
「そう?大した未来人じゃないよ。わたしのお喋りにこいつ、パニクったけど」
 ゆう子がAZをちらりと見せて、また消失させた。
「ゆう子さんのお喋りには対応できないのか。確かに記者会見からめちゃくちゃだよ」

「どこが? 普通の会見じゃん。タブロイド紙の記者も黙ってたからね」
「ゆう子さんの天然に呆然としていたのよ。わたしの銀行の人が衝撃を頭に受けたのかって言っていたから」
dots
「女子高生をこらしめるなんて、めんどくさいことはしないほうがいいよ」
 利恵はたしなめるように言ったのではなく、本当に疲れた表情を見せた。続けて、「他にすることがあると思うよ。結婚はともかく一生、手料理ができないのってどうかな」と呟く。

「うん。利恵ちゃんは、やっぱり女らしいよ。裁縫もできるし、さすがだ。友哉さんはお母さんの怨霊が憑いた女子高生は完全に無視。だから、わたしはお母さんへの復讐はやめることにした。友哉さんが偉そうに、いろんな傷を治してやるとか言ってて本当にやってくれてる。その彼の優しさや知性をセックスがしたいからだって、わたしは思わない。優しくしたからやらせろとか一億円渡したから、ずっとしゃぶってろとかね。そういう男の人じゃなくて、なんか別のことを女としたいんだ。どうよ?」

「口にするのは恥ずかしいけど、愛でしょ」
「そう。だけど、友哉さんの欠点は気にいった女は、全部愛そうとすることかな」
「それも最悪」
「でも、お母さんの周りにいた男たち。お父さんもそうだったけど、お母さんしか愛してなくて、自滅していったから、まあいいかなって」
「悪女を一人、愛しているよりはリスク回避で何人もいた方がいいと思うよ。わたしは友哉さんにそれをやられるのは嫌だけど、実は昔の男たちに女がいっぱいいたのは、それだったんだよね。

日本の男たちは知らないけど、中世ヨーロッパの頃。本を読めば読むほど、男たちは人ばかり殺していて、決闘が好きで、女たちは男のお金を奪うのに必死。美談にされている有名な女にも愛人がいたりね。で、その後、教育や国の民主化で賢くなっていったのは、実は男性の方だけで、殺し合いをほとんどしなくなったのよ。ところが女たちの、財産やお金目当ての恋愛は続いてるのdotsって、

、自分の話になりそうで自爆してるけど、学生時代の女友達は、ゆう子さんのお母さんみたいな子ばかりだった。彼氏と男の悪口を言いながら、セックスはやりたがっていた。女子が二人以上になると、男の悪口か品定め。彼らがやってきたら、色気で誘って、ラブホに行ってやりまくって、また学生食堂で男の悪口。下手くそだったとかね。

彼氏の悪口なんか半端なく喋ってる。バカとかくそとか。出世しねえとか。なのにその彼氏が目の前にやってきたら、満面のかわいい笑顔になるから、もう女友達が信じられなくなった。で、わたしはその仲間にいたけど、うんざりして外れて、また読書家になって、二年くらいしたところで友哉さんと出会った」
「そうか。利恵ちゃんのその反省期間というか、知識が豊富なところが友哉さんのお気にいりだと思う。またってことは文学少女だったんだ?」

「お母さんに、本をいっぱいもらった」
「良いお母さん」
「わたしのダークレベルは?」
「は? なによ、突然。2だよ。友哉さんも」
「その指標や基準はなんなの?」
「女はわかんない。友哉さんは、あきらかに、やる時はやりますよって精神がダークレベルを上げてるの。ロスでも話したけど昔に、悪い高校生たちをこらしめたらしいよ」

「それも興味ある」
「うん。詳しくはロックがかかって見えないけど、わたしが友哉さんのダークレベルのことをしつこく訊いたら、三年前に高校生たちを病院送りにしたから、少しレベルを上げたって」
「病院送りって。かなり犯罪だよ」
「正当防衛とも言えるって書いてある」
「そっか。オヤジ狩りに遭ったのね。わたしもオヤジ狩りとかしているガキ、嫌いだからいいか」
 利恵が苦笑いを見せる。

「すべての暴力は悪だよ。この国は特にそう。猫を虐殺した子供も殴れない」
「なに、その謎かけみたいなdots
 利恵は一呼吸置いてから、
「わたしを守るためにテロリストを爆死させた友哉さんは悪?」
と言った。
「違うね。利恵ちゃんとは話が、だんだん、だんだん、だんだん合ってきた」
「だんだんがしつこい」

「他に女との過激なセックスもそうだし、テロリストを殺すのもそう。でも、嫌がる女をレイプするわけじゃないし、善人に銃を向けるわけでもない。そこが2にとどまる理由。きっと、その高校生たち、人を殺すほどの悪だったと思うよ。むしろ、1の男の人たちが、実は、お母さんに貶められてきた男たちが1だから、ちょっと矛盾した数値なんだよ。バカや女性化した男なら1なんだって」
「女に優しくて媚びていて、決して怒らない男が1ってこと?」

「そう。脳内のテロリズム性が強いか弱いかがダークレベルの基準なの。なんかがっかり。トキさんの世界の判断基準に。男性の場合、カッとなってどんどん人を殺すような男が4。それで現実に一人以上殺している。これが基準。カッとならないのに殺すのがサイコパスで5。3は判断ができないから、友哉さんに任せる男で、でも誰かを殺したいほど恨んでいるとか日常的にDVとかしている男も3らしい。2は友哉さんみたいに冷静で、だけど怒る時は本気になる男性と軽犯罪の前科がある人。1が、いつも温厚で、笑っていて清廉潔白みたいな男の人」

「1の男の人、刺激がないよ」
「うん。お母さんの相手の男のひとたち、正直、男性崇拝のわたしでも嫌だったから。お母さんの命令はなんでも訊いて、車で飛んでくる。お母さんの殺し文句が、迎えに来なかったら、抱かせてあげないだからね。オドオドした男たちが、月に何回も自宅までやってきて、お母さんに頭を下げて、子供のわたしがいるのに、隣の部屋でセックス。お父さんは会社に行ってるのよ」
「最悪。ねえ、その話、友哉さんにしてあるの?」
「してない。嫌われる」

「したほうがいいよ。嫌われないって」
 ゆう子を慰めるように言うが、ゆう子はさかんに首を左右に振って、
「今まで何度この話をして男にやり捨てされてきたか。何度って言っても三回くらいよ。わたし、男遊びはしてない」
「三回くらいでも愛がなければ十分遊びだけど、あんたに言われたくないって反論されるから言わない」
「今すぐ言いたいよ。二回はわたしはその彼らを信じていた。抱かれているうちに愛されると思った。なのに、最初の人は一回で、次の人は一ヵ月で三回くらいやっていなくなった。あとの一人はこの部屋のホームパーティーでふざげすぎたら消えた」

「なんだ、乱交してるんじゃない」
「乱交ほどじゃないよ。ストレスがひどくてバカ遊びしたくてさ。ゲームの罰ゲームにエッチネタを仕込むんだ」
「それ、楽しいよね」
「利恵ちゃん、さすがに経験があるね。ただ、彼氏候補の男性以外にも裸は見せてしまった。酔うとそうなる。それが終わった後、皆に虐待された話を泣きながらしたんだけど、目が覚めたら部屋に誰もいないんだ」
「喋り過ぎたんじゃない? 虐待以外のことも。覚えてないだけで」

「そ、そうかもdots
「でもなんで虐待されたことを話してしまうの。ホームパーティーでバカ騒ぎする人たちに。そういう過去はもっと慎重に、静かな場所で話すことよ」
 利恵が生真面目に言う。ゆう子は、「利恵ちゃんにしては常識的で説得力があった」と前置きしてから、
「方言を喋らないことで、お母さんの話に誘導されていくんだ。まあ、それはわたしがお喋りなんだろうけど、聞きだしておいてそれが嫌で別れるのはひどくないか」

と、恨み節を言った。
「そうなんだ。わたしも迂闊にできない話はあるもんな」
「最初は同情してくれるんだ。でもそれはまさにセックスするためよ。結婚の対象外だ。だから、何回かやったらいなくなっちゃう。まさにお嬢様のような女が現われたら、そっちに乗り換えるわけよ。最悪だよ」
「ゆう子さん、男が好きなのか嫌いなのかどっちなの?」

「友哉さんが好き。あと、友哉さんに関わっている男性が、意外とイケてる。桜井さんは、性格がオヤジ臭すぎて困るけど、晴香ちゃんを救ったのは男らしいし、あと、あの冷静なイケメン、トキさん。それから名前は言えないけど、わたしに対して口の悪い男がいるんだ。その人もきっと友哉さんに似てる」
「へえ、浮気してるの?」
「してないよ。このAZだ」

「え? それ、人が入ってるの?」
 利恵が、AZを見て目を丸めた。AZはいつの間にか、ゆう子の手にひらに乗っていた。
「入ってないけど、わたしの疑問に答えてくれる男性が、かなりイケてる人なんだよ。リスクを恐れない男。何しろ、わたしを怒るからね。おい、あんまりひどいことを言うと、AZ捨てちゃうぞ。おまえはわたしに捨てられた男だ」
 ゆう子が酔った勢いで、AZを殴っている。利恵は呆然だ。もはや、ゆう子のお喋りについていけなくなっている様子だった。

「壊れない?」
「ダイヤモンドより硬い」
「売れそうだね」
「なんでそんなに売る買うが好きなの? ああ、お母さんの相手の中に友哉さんがいたらよかったのに。彼なら、わざと頭を下げて、お母さんが満足して裸になったところで窓から逃げちゃうか、お母さんがイク前にやめて主導権を握る。または、セックスする前に論破しちゃう。だけど、そういう男の人は怖く見えるからもてないからねえ。友哉さんが、ずっと一人なのは頷けるよ」

「ずっとのわけない」
 利恵が急に真顔になった。
「悔しいけどdots。あの自信満々な態度、切れる頭、イケメン、細マッチョ、小説家。もし、トキさんからもらった大金がなくてもそれなりにお金持ちだったみたいだし、絶対に女はいた」
「そんなに怒んなくてもdots
 利恵が声を震わせるほど、真剣に言うものだから、ゆう子が思わず、彼女をなだめるようにして手を振った。

「彼を見たら興奮する。きっとテストステロンってやつよ。抱かれたいと思ってしまう」
「知ってる。自信のない男性からは出てこないのよね。筋肉のないおデブさんからも」
「もし、彼にずっと女がいなかったとしたら、女の間違いを論破してしまうあの怖さだけど、素直な女には何も言わないだろうし、そもそも作家の男性でしかも若くないんだから、それなりに覚悟して付き合わないとだめ。覚悟した女がいなかったなら彼の女運が悪かったのよ」
「利恵ちゃんは覚悟してるの?」

「わたしが彼を作家先生だと知ったのは、ロスアンゼルスで」
「あ、そっか」
 なぜかゆう子が頭をかいた。利恵が妙に真剣になったから場を和ませようと懸命だ。
「今から覚悟してもいいよ。彼に女がいなければ」
と言って、ゆう子を見た。利恵は怒ったのではなく、友哉に興奮したのだ。目の前にいなくても、ゆう子がさかんに彼の本質を話したからだった。
「あわわわdots。とりあえず、わたしのことは置いておいて。トキさんからの依頼でやってきた秘書だから」
「そのトキさんって人が、本当に未来人かエリア51から来た人みたいだから許してるだけで、ゆう子さんが秋葉原からのレンタル彼女だったら、わたし、さっさといなくなってる」

「はい。ごもっともです」
 ゆう子が殊勝に頭を下げたら、利恵はビールを一気に飲み干し、
「で、本当にわたしたちの前にずっと彼女はいなかったの?」
と訊いた。一応、ゆう子も数に入っている。
「最低三年は女の子と旅行とかしてないよ」
「最後がどこかの温泉の話ね。そうか。わたしと会うまで、お互い一人だったのね。やっぱり運命」
 険が出ていた目元を緩める利恵。
「利恵ちゃん、美人だけど運命って顔じゃないよ」

「ひどいなあ」
「わたしがその前に出会ってワルシャワに行ってますが」
「ゆう子さんは空気だからいいよ。彼、咳き込んで帰ってきたみたいだし」
dotsどうしてもいじられてしまう。これがブーメランか」
 ブツブツ言っていると、利恵が話を変えた。
「お母さまはけっこうな熟女なのに、そんなにもてたの?」
「この顔が老けただけの女よ」

「それは色っぽい女。なるほど。福岡育ちなのはプロフィールで見たよ。あっちの方言は出ないの? ゆう子さん、喋り方が変」
「中学から東京。女優になったからね。お母さんに顔以外も似たくないから、方言はやめた。それがこの喋り方の原因かもね。わたしはあの女を一生許さないよ。わたしは男性に抱かれて、ありがとうございますって言う女になるんだ。それに女は見せてなんぼだからね。しかしそのセックスが下手くそって言われて、利恵ちゃんみたいに料理も裁縫もできないのに結婚したいって、そこまで自惚れてないよ」

 それほど自虐せずに、ケラケラわらっている。
「ほら、誘導尋問に引っかかった。方言のことを訊いたらペラペラ」
 利恵の言葉に、ゆう子が体の動きを止めた。
「普通に、バカだと思うよ、ゆう子さんって」
「何度、あんたにバカって言われたか。そのうちぶつよ」
「そのAZをしまってから殴ってね。で、結婚したくないの?」
「したくないんじゃなくてできないと思う。利恵ちゃんみたいな家事が得意な女の子に取られる」
「ゆう子さんなら美貌だけで結婚してくれるよ」

「それはないな。あるならもう誰かとしてるか、彼氏がちゃんといるよ。友哉さんの女の好みはきっと利恵ちゃんか元カノだよ。見た目が素朴な美人かな。利恵ちゃんは中身が派手だけどね」
「見た目が温厚な面持ちの美人で、中身が派手な女が好きなんだと思うよ。自慢じゃないけど」
「認めてるんだね」
「いくぶん。友哉さんの優しさの話、いろいろ勘違い。ごめんなさい」
「ああ、いいよ。彼のやっていることは、普通の女の子には理解できないでしょ。今の友哉さん、

基本的に女に弱いから、利恵ちゃんからもわたしからも、レベル1に見える。ロスのバーに律子さんがいたら、泣いてたんじゃないかな。鋭い顔のイケメンだけど、優柔不断に見える。それが急にスケールの大きなdots。そう、まさに彼女の人生に関わるような優しさを見せても気づかないよ。昔の友哉さんは違っていて、それこそ、毎日鋭い眼光でキレキレ。元カノや姉妹の前では、特にカッコいい男性で父親だったから、分かりやすかったと思う」

「キレキレの様子はどんなこと?」
「印象に残ってるのはサングラスかな。友哉さんが姉と庭にいて、徐にサングラスをかけるの。いつものように口でアームをくわえながらね」
「あれはかっこいいよ。車の中でもしてる」
「姉が、かっこつけてるとか笑ったらカラスが襲い掛かってきて、ぶん殴る」
「姉を?」
「利恵ちゃん、たまに天然になるね。カラス」

「あ、そうか。カラスの襲撃に備えて目を保護したわけだ」
「震度4くらいの地震がきて、目の前の女の子の手を引っ張る。すると、その女子、なにすんのよって怒った。よく見たら、彼女の上のシャンデリアが今にも落下しそうなくらい揺れてて、その女の子がびっくり」
「その女は誰?」
「元カノだと思う。ホテルだったから」
「元カノか。車の中で生着替えをやってくれた女ね。ロスでも日本にいる元カノを助けたいって言ってた」

 ゆう子が頷いた。
「何人かいると思うけど、夢の映像の中には主に姉妹とAV女優のセフレ、プロしか出てこないんだ。あとは律子さん。そのホテルにいたのも姉かも知れない」
「昔の女のことを引き摺ってる男、女々しいから、二人でバックレようか」
「利恵ちゃん、時々古い言葉使うから面白いね」
「昔の本から拾っているうちにこうなった」
「ロスでの元カノを助けに行くってあの台詞は言葉のあやで、本当は死んでるような気がする。急にお墓参りに行きたくなったとか。それは彼の最後の小説がそういう話だから」

「わたし、読んだよ。霊場に行く小説でしょ」
「また妻に会いたいってタイトル。奥さんが女子高生で、主人公の男が友哉さんくらいの大人。歳の差を世間から叩かれて、女子高生が精神的に病んでしまって、親も病気になっちゃう。それで山奥の神社にお祈りに行くんだけど、女子高生の若妻がすごく病んでて、彼を殺そうとしたりするんだよね」
「うん。おおまか、その若妻の頭がおかしい話だった。平気で夫に死ねとか言うの」

「おおまかとかいくぶんとかdots。で、その若妻が自殺するんだけど、遺言に、わたしの人生をめちゃくちゃにしたあなたが憎いけど愛してる、愛してるって何行にも渡って書き殴ってあって、でもその字が汚いの。夫は理由が知りたくて霊場に会いに行くんだ。頑張って最後まで読んだよ」
「辛い話だもんね」
「物語は辛くないよ。元カノの話なんか読みたくない」
「元カノかなあ。仮に本当に死んだとして、友哉さん、お墓に通ってる?」
「通ってないよ。そうか、じゃあ違うか。なんか深読みしすぎてるような気がしてきた。だけどさあdots

「ん?」
「元カノが病院に見舞いに来なかったのが大ショックっておかしくない? 普通来ないよね。だから、死んだ彼女、すなわち恋人が死んで、その直後に友哉さんが事故に遭って、だからPTSDになるとほどショックを受けたのかと考えたんだ。ワルシャワではその女は生きてるような口振りだったけど」
「恋人の死と交通事故が重なったら、誰でも大ショックだよね。ゆう子さんの夢の映像では見えてないのかもしれなくて、恋人と一緒に跳ねられたのかもしれないし」

「あー、なるほど、トキさんが優しいから残酷すぎるシーンが編集されているわけだ」
「不倫していた恋人が即死。それに付け込んだ妻が病床の彼に離婚届けを突き付けた。不倫していたなら自業自得かもしれないけど、友哉さんと奥さん、セックスレスだったらしいから、友哉さんの浮気が一方的に悪いわけじゃない。晴香ちゃんとも会えなくなって、うん、わたしだったら発狂している」
「わたしだったら自殺している」
 ゆう子と利恵が一緒に頷いた。しかし、利恵が声柄を変えて、

「でも例えば、元カノじゃないとして、死んでいるわけでもなくて、今も続いている彼女なんじゃないの? わたしたちに黙っているとか。旅行もデートもしない複雑な恋人っているものよ」
と言う。続けて、
「なんかわたしが一番じゃないような気がして。だって、女に振られてもかまわないような厳しい意見を平気で言う。あんな男、いないよ。いや、イケメンは皆、あんなのかな。わたしの付き合った男の中では一番イケメンだから。これは冗談じゃないよ。もし、ゆう子さんも一番じゃないとしたら、その元カノとまだ繋がってるとか」

と神妙に言葉を並べた。
「実はわたしもそっちが結論。友哉さん、元カノが見舞いに来なくて鬱になるような男じゃない。ワルシャワで問い詰めた時に、死んだ、とは言ってないし、だけど、AZに女の気配がない。AZ、友哉さんを監視できるからね」
「極悪タブレットだね。姉のことがAZに出てこないのは?」
と利恵が訊いた。
「晴香ちゃんもあんまり出てこなかったよ。友哉さんの交友関係はプライバシーで隠されているんだ。まあ、アンロック式だからそのうち出てくるんだろうけどね。姉は年齢的に友哉さんと近すぎるから、姉は実は律子さんの連れ子とか養女とかで、今はまったく交流がないとか」

「ああ、それはよくある話かも」
「友哉さんの生い立ちはいっぱい見えたけど、大人になってからの女性関連は特に隠されてる。奈那子やプロ愛人とのセックスが削除されてないのは、それこそプロだからでしょ」
「なるほど、確かに素人さんとのセックスを見せたらプライバシーの侵害になるよね。やっぱり姉じゃないように気がしてきた。もし、姉だったら、友哉さんが結婚したのが二十歳くらいにならない? 中学生のその子との映像、いつの頃?」
「約十年前。あ、そうか。だったら友哉さん、かなり若いね。教師と生徒ならありそう。実際に作家先生だし」

「バックレよう」
 利恵が真顔で言った。
「その女子中学生を温泉の混浴や貸し切り風呂、そして部屋でやりまくった後に殺して、遺棄したというわけだ。バックレよう」
 ゆう子がバカにしたように笑っていると、
「冗談。女の子に超優しいからね。信号のない横断歩道で渡るのを待っていたら、小学生から高校生くらいの女の子を見てるから、真正のロリコンかと思ったら、車を彼が止めるんだ。しかもそれが怖すぎるくらい、激しい」

と利恵が興奮して言った。
「彼が道に出て、車の運転手を睨みながら止めちゃうんだよ。タイの繁華街じゃないんだから、逆に危険すぎるって。でも友哉さんは強引に車を止めてしまって、そしたら女の子たちが横断歩道を渡るってこと。死ぬ気? って言ったら、必ず止まるって笑ってるんだ」
「彼の一番悪いところ」
 ゆう子が肩を落とした。
「悪い?」

「自殺する気じゃなくて、自分は死なないと思っているか自分の命の重さを知らない。本当に知らない。利恵ちゃんとの時も、自分は死んでもいいんだぜって顔だった」
「ロスの自爆の時ね。でもそこまでは激しくない。実際に車は止まる。計算して止めてる。止まらなそうなおばさんの軽自動車なら、児童の方を止めている」
「うーん、どこかで見たな。そのやり方」
「どこ?」

「事故の映像。でもその時は、車の運転手が心臓発作か脳出血で亡くなっていたんだよ。睨んでも止まらないよね」
 ゆう子が苦笑してしまう。
「わたしの推理の恋人と一緒に跳ねられたかも知れないやつだよね。正しくは、娘さんを渡らせようとしたんだっけ?」
「そうなんだけどね。娘、たぶん晴香ちゃんは救急車に乗らなかったんだ。消えていた」
「はあ?」
 利恵が声を裏返らせた。

「律子さんがいたのかもしれないけどdots。で、泣いている娘はいったん自宅に帰ったとか。その後に見舞いにも来ない。それも律子さんが行かせなかったんだろうけどね」
「ホラーより怖くなってきたんだけど」
「まだ怖い話があるよ」
 ゆう子が、薄気味悪く笑うと、利恵が体を乗り出した。
「北のどこかの旅館で、姉と二人きりの旅行をしてるんだ。もしかすると、どこかに妹もいたかもしれないけど、部屋には二人だけの映像しか見えなかった」

「北だけに背筋がぞくぞく」
「そう、まさに冬。部屋の外に小さな露天風呂があるの。大きい旅館で、その旅館の取材みたいな様子。で、そのまま宿泊してるんだ。外は猛吹雪。五階以上の部屋みたいで、友哉さんが、そのベランダから下を覗いて「海原が荒れ狂っている。吸い込まれそうな黒い海。あれは地獄に繋がっているのか。みたいなことを言ってるの」
「作家さん、らしいね」
「そうしたら、姉が、後ろから寄ってきて、一緒に死のうかって」

「うdots。そ、それは姉じゃないと思う。元カノでしょ」
「御名答。わたしもこれだけは元カノの映像だと思った」
「なんて重いんだ。ますますバックレたくなってきた」
「いいよ。バイバイ。ライバルが減って嬉しい」
「面白そうだから、もう少しいる。で、その後、どうなったの?」

「友哉さんが苦笑いをして終わり。でも一緒に寝てたよ。セックスしている様子はなかったけど、そこはカット編集かな。一瞬、姉だと思ったのは、背格好が似ていたから」
「お父さんと一緒に心中しようと提案する娘がどこにいるのよ」
「うん。しかも友哉さんから聞いた。元カノのお母さんが寝たきりだって。だから、北の旅館の心中未遂疑惑は完全に元カノ」
「その元カノが今はどうしているかって展開にならない?」

「他の男と結婚とかしていればいいけど、友哉さんの活躍を知って戻ってきたらうちらはヤバいよ」
「一緒に心中なら、わたしもしたけど」
 利恵が珍しく屈託ない笑顔を作った。
「そうか。ヤバいのはわたしか。けっこう頑張っているけど」
 ゆう子が頭を掻いている。それほど深刻な様子ではない。それを見た利恵が、
「わたしたちいろいろ言ってるけど、あんまり危機感ないというか、実はただ、お喋りのネタにしてるだけじゃない?」

と言った。ゆう子がにやりと笑い、
「ふ、あんな非現実的な男。楽しくて仕方ないぜ。怪しい元カノが戻ってきたら修羅場を楽しんでやる」
と言った。
 利恵は「やれやれ」と言って、いったん、ビールを口にしてから、
「あのね、疑問があるんだ。ゆう子さんはバカだから分からないと思うけどdots
と、首を傾げながら呟いた。
「何回、ひとをバカって言うのさ。今から利恵ちゃんのする話が理解できなかったら認めるよ」
 酩酊した様子のゆう子が利恵を睨みつけた。

「トキさんが本当に未来人で、日本の君主なら天皇家はどうなったの?」
「え?」
 ゆう子が、まさに、狐につままれたような顔をした。
「ほら、なんにも考えてない。トキさんは自称君主なんでしょ。君主って意味、知ってる?」
 ゆう子が思わずAZで調べようとしている。
「うう、なんにも解答が出てこない。エラーが出る。ロックがかかっている」
『君主』については、電子辞書を見ているゆう子。
「教えられないってこと? 確か、千年後の世界には日本人が少ししかいないのよね」

「うん、トキさんがそう言っていた」
「トキさんの話が本当なら、滅びたんだね。天皇家も他の日本人も」
「そうかもね」
 二人とも項垂れてしまう。
「友哉さんは天皇家と関係ない。晴香ちゃんの子孫が天皇家に嫁ぐ確率と比べると、たんに友哉さんと晴香ちゃんがトキさんのご先祖様の方が確率は高い。どちらにわたしたちが巻き込まれるかって確率よ。わたしの理屈分かる?」

「わかんない」
「晴香ちゃんの子孫が皇室に入る確率が1%だとして、わたしたちが未来の世界のその出来事に巻き込まれるのも1%だとするよね。二通りの1%に襲われることなんかないってことよ。だったら、単純にたったひとつの、つまり、友哉さんと晴香ちゃんがトキさんのご先祖様でただそれだけのことに巻き込まれたって方がまだ可能性はある」
「ふーん」
 ゆう子は首を傾げて、またワインを舐めるようにして口に少し含んだ。

「ゆう子さんがファンの人に三回くらいお腹を刺されて、なのに死ななくて、自宅に帰ったら窓から隕石が飛び込んできて、翌日に宝くじを買ったら一等が当たったとしてね。そんなことは起こり得ない確率でしょ。だけど、どれかひとつだったら起こり得て、実際に体験している人たちはいっぱいいるの。晴香ちゃんの子孫が天皇家に嫁ぐなんて、友哉さんの家系が不良キャラだから拒否されるだろうし、確率的には単純にトキさんのただの御先祖様」

「なるほど、利恵ちゃん先生と呼ばせてください」
「だって日本の天皇って言葉はなくなっているよね。国名も違うんでしょ」
「スリーアイランド」
「どこかに残っていた日本人が国を再建させた。その時に国王を決める事になって、選挙君主制を採用したのね」
「なにそれ?」

「国王を世襲じゃなくて、選挙で決める制度よ。トキさんが日本人だというなら、日本人の血を重んじて、トキさんの父親かお爺さんかそのその前の人か、とにかくその日本人の男性が選挙で国王に選ばれて、その後は、日本人の血を重んじて世襲にした。だからトキさんが君主なの。象徴ではなくて政治もやっているから、トキさんが君主として日本を統治している。どれくらい偉い人?」
「さあ、日本だけじゃなくて、ほとんどの国にも力があるらしい。人口が少ないんだって」

「絶対君主制ね。良識的な男性がやれば国民から信頼される」
「めっちゃ、好青年でイケメンだった」
「いいなあ。わたしも会いたかった。で、ゆう子さん、このこと、疑問に思ってなかった?」
「なかった。バカです。友哉さんは利恵ちゃんにあげる」
 再び白いハンカチを振り回すゆう子に、利恵が爆笑した。
 利恵が徐に、友哉の小説の文庫を取り出した。

「未来の話は胡散臭いからいいよ。これ、友哉さんの最後の小説。あ、まだ引退してなくて休筆中ね。さっきの若妻の小説以外は、あんまりそんなドロドロとした親子の話や恋愛の小説はないけれど、これは味覚障害になる主婦の物語とか、まるで今の友哉さんと似てない男が主人公。確か映画化しているの」
と言った。ちらりとテレビ画面を見たが、テレビはついていない。

「知ってる。この前、レンタルして見てみた。B級映画なんだけど、舞台俳優とか出ていて、良い作品だった。途中で観るのやめたけど」
「なんでやめたの?」
「律子さんの話のような気がしたから」
 ゆう子が嫉妬を剥き出しにしたのを見た利恵は、
「あれは違うと思うよ。友哉さん、料理に興味ない」
と笑った。物語は、料理が得意な夫の妻が浮気をしているうちに味覚障害になるというものだった。

「新妻が浮気して、その男の精子を飲んだ後、帰宅して夫の手料理を食べたら味が分からなくなる。…すごい話でしょ。わたし、友哉さん、尊敬しちゃった。本物の作家だよ」
 利恵が唸るように言う。
「女が、芸術家や小説家に恋をしたら一巻の終わりだよ。よかった。利恵ちゃんはもうすぐ終わるね」
 ゆう子が含蓄のある言葉を作って、笑みを零した。
「どういう意味?」

「神様に見えちゃうんだ。ピカソの女たちがそうじゃん。だけど、神様のわけがないから、現実を見ると冷めるんだよ」
「ピカソの女たちはほとんど最後まで残った」
「そうか。まあ、そのうちどうなるか分かるでしょ。わたしも友哉さんの奇妙な行動力にはびっくりだよ。痴漢冤罪でひどい目に遭った大河内さんと話した時にも、友哉さんは神の領域か諜報員だけど、めっちゃ疲れてますよって言ってた」
「めっちゃ疲れてるスパイって」
 利恵が失笑した。

「世界一、弱い諜報員か工作員だとして、そのAZがあれば怖い男ね」
 利恵が言う、「そのAZ」がどこにもない。よく見たらテーブルの下に置いてあった。
「なんで隠したり出したりするの?」
「それをやると疲れるから、もう隠さない。友哉さんは怖い男にはならないよ。権力志向がまったくないし、耽美派だしね」
「耽美派か。新品の下着とか大好きだしね。三百億円はそれに使ってしまうような感じ」
「歴史に残る下着フェチじゃん。そんな変態が友哉様か。まあ、下着フェチは知ってるけどさ」
「権力志向は絶対にない?」

 利恵が疑わしい目付きで、
「わたし、意外とお金持ちが好きそうに見えて、政治家とか嫌い」
と先手を打つように言った。
「大丈夫。作家だけど、まるで政治に興味がない。どちらかと言うと、芸術家よりのメンタルだよ。ルノワールが核爆弾持っても戦争はしないよね。基本的なテーマは、耽美、謝罪の習慣、愛憎、フリーセックスだよ」
「謝罪の習慣って?」

「人と人が謝り合えば殺人はなくなるって持論。なんでも、マナーが生まれてから殺人は激減したらしいんだ。だけど、謝罪は浸透してないって友哉さんが言ってた」
「そんなことを考えている男が、独裁者を目指すことはまずないか。わたしも読書家だけど、それは知らないテーマだなあ。友哉さんの本、早く全部読もう。絶版もあるから探すのが大変」
 『謝罪武将』のことだったが、ゆう子には伏せておく。
「本人にもらえばよくない?」
「前の家に忘れてきて、取りに行きたくないって」

 利恵の言葉に、なぜかゆう子が長く笑っている。やがて「友哉さんらしい」と言った。
「なんでも、誠意をもって謝る女はこの世にいないらしいから、恋愛の小説でその理想も書いたらしい」
「いないって断言するか。さすが、天才は違う」
「いないよ。無反省が女の恋愛の特徴でしょ。遅刻は当たり前だしね。男性が弱ったり、仕事を失敗すると、すぐに男を乗り換えていくんじゃん。わたしのお母さんもそうだった」
「そ、そうだね」

 自分のことを言われたような気がした。元彼と友哉との間隔は二年弱あったが、その前は乗り換えてばかりだった。中にはそう、自分を友人と取り合った挙句、病的に弱くなった男もいた。元彼と友哉との間隔が空いたのも、セラピストに止められた力で、自分の意思ではなかったのだ。利恵は、かぶりを小さく振り、気を取り直して、
「謝罪の習慣はきっと絶版になった本の中か」

と、言った。『謝罪武将』は絶版ではなく、ただ、ゆう子に読まれるのが嫌だったから咄嗟に嘘を吐いた。利恵は、友哉との思い出を独り占めをしたいと思ったのだ。
line今のわたしがゆう子さんに勝てるところは、彼をリアルに中学生の時から知っていたことだけ。それをばらしてしまったら終わりだ。
 そう思ってやまない。
 んdots謝罪?
 謝罪の女神dots
 利恵がテーブルの下にあるAZを見ていたら、AZの角がうっすらと緑色に光った。
「あのdots。AZが緑色に光ったけど」

「え?」
 ゆう子が思わずテーブルの下を覗いて、AZを見たが、その光は消えていた。
「なんだろう。まずい話でもしてて、AZが怒ったのかな。でも緑色ならいいか」
「その女神の名はdots
「は?」
 利恵の棒読みのような呟きに、ゆう子が目を丸ませる。
「その女神を迎え入れた女の名は?」
「利恵ちゃん?」

 また、AZの表面が緑色に光り、小さな文字が浮かんだ。
『その女と決して仲違いしてはならない』
 そう浮かんで、すぐに消えた。
「ケンカしたらだめだって」
「はあ? 酔ってるよね。まあ、うちら超仲良しじゃないけど、ケンカもしてないよ」
「ゆう子さんのことじゃない。女神との話」
「ケンカしようか」

 ゆう子が目を据わらせる。
「ごめんなさい。なんか、わたし、きっと悪女だね」
 利恵が首を少しだけ傾げたままAZを見ているが、ゆう子は構わずにお喋りを続ける。
「そうだよ。やっと分かってきたか。友哉さん本人もきちんと謝る。ワルシャワで大声を出した後、すごく謝罪してきた」
「どんなエッチをしてきたのよ」
「違うって、テロリストと戦った後に興奮して怒鳴ったの。ぶっ殺してやるとか。彼が本気で怒ったのはまだあの時だけ。わたしのお喋りに怒らない」

「テロリストとスケールが違いすぎるから、怒る気にもなれないと思うよ」
「久しぶりに頭の回転がいい女子と出会った。それはあんた」
「ありがとう。で、フリーセックスはなに?」
line心臓がドキドキした。なんなの、あのAZってタブレット。わたしをじっと見ているような気がした。
「許可制の自由恋愛」
「ああ、寝取りね。その話、やだな。成田からトラウマ」
「許可制の」

「うん。じゃあ、耽美は?」
「女性の肉体美が先。常にね。内面は顔に出る。美女なら笑顔よ。友哉さん、セックスが好きなようで射精にこだわらないからね。実はプラトニックが好きな男なんだ。フェチがその証拠。見てるだけでいいんだ。射精するとしたらその目的も、自分がすっきりするためじゃないんだ。女体を汚すのが楽しくて、妊娠させるのが目的でもないの。その精液で汚れた様子を見て、汚したはずなのに美しいと思うんだって」
「ぶっとんでる。そんなことカミングアウトしたの?」

「わたし、避妊してるのに、中に出さないから聞いてみたら、そんなことを言ってた。ただし、時間は気にしていた。美女が何をやっても美しいわけじゃないよ」
「時間?」
「自分の恋人が長い時間、別の男といるのはだめだって。許可を取ってセックスしてもいいけど、短時間だって。短時間では物語は創れなくて愛は滅多に生まれないかららしい。長い時間なら女の

体に刻印も出来てしまう。全裸以外のセックスをやる時間ができたら、その二人は二人だけの秘密を持ってしまう。だから、自分の恋人が短時間の浮気はいいけど、長時間は浮気ではなくなるからだめだって」
「難解な世界に突入しそうな話だね。裸で食事をして、服を着たまま入浴とか。確かに変わったプレイをしたら、恋人同士じゃなくても二人だけの世界になるね。耽美というか退廃?」
 利恵が目を丸めた。
「刻印も入れ墨じゃないよ。友哉さんにしか見えない傷とか痣らしい」

「セックスしていたら、たまには痣はできるね。傷も。でもいずれは消える」
「愛もいつかは消えてなくなるって口癖が彼にはあるね。自分は愛は失わないから、女に対する皮肉だよ」
「女は恋は好きだけど、実は愛は嫌いだって言うからね」
「利恵ちゃん、男性を愛した事がないっぽいもんね」
「なんで言い切るの」
「お金の話が先に口に出る女は、お金のない男にしつこく愛されて嫌になったことがあるのか、単純に資本主義社会で勝ちたいと思っている今どきのバカ女でしょ。利恵ちゃんは前者かな」

「少しだけ正解だけど違う」
「怒らないでよ。男性の悪口を言う女子会よりも、自分たちを戒める女子会の方が有意義だ」
「賛成。わたしは、まだ本気になれる男と出会ってないだけ」
「友哉さんは?」
「妙な話さえなければ愛せる。未来人どうこうよ」
「確かに、未来人とか数千種の生薬を飲んでるとか、ちょっと異常だからね。利恵ちゃん、バイバイ」
「しつこいなあ。三年間、様子を見るって」

 利恵はビールを一気に飲んだ後、
「謝罪のなんたらで、寝取りがいいとか意味が分からない。つまり、浮気してきた女に謝罪をさせて愉しむ男?」
と息巻いた。すると、ゆう子が目を輝かせるようにして笑った。
「それ、友哉さん、好きそう。利恵ちゃん、寝取りしてきて、その後、土下座して足でも舐めれば? また一億円くれるよ」
「そんな簡単に一億円ずつもらえるなら、誰とでも寝るよ。とか言うと、また愛がないって切り返しが来るんだ。その手には乗らない」

「ばれたか。まあ、冗談ではなく、つまり恋人を裏切らなければ何をしてもいいらしいよ。裏切りの目安が時間なんだってさ。利恵ちゃんが寝取りをしたとして二時間の約束だったのに、その男と一泊してきたら終了ってことだ。約束も大事にする男の人だから、二時間でちゃんと帰ってきたら確かに裏切りにはならないよ。合意もあるわけで。わたしにも、おまえがもしそれをやっても、その埃を掃うから美しいままだって。その埃は別の男の人の体液なんだ。大河内さんの時にもそんなことを口にしていた」

「だから事前に報告する浮気ならOKなんだ。でもそれ、すごい愛の告白だと思うよ」
「わたしは寝取りはできないけど、成田の時にわたしの評価が高くなったみたい。なんか、信じてほしいって言ったのが良かった」
 ゆう子が少し、勝ち誇った。
line女を信じるのが好きなのか。わりと子供だな
 利恵はふと、そう思うが、それ以外の彼の言動、行動力は妙に冷静で大人だから、ストレスに負けないように純粋な部分を残しているのかも知れないと思った。でも裏切られたら逆にひどいストレスになるから、ゆう子さんの言うとおり鬱になっているのか。

「普通に、わたしは負けてるね。料理とかで挽回するか」
「利恵ちゃん、ドライブデートでわたしを上回ってるよ」
「OLスーツでかれこれ首都高を三十周くらいした。勘弁してほしい」
「車の運転が好きだし、利恵ちゃんも好き。首都高なら考えずに回れるから、きっと疲れてるんだね」
「わたし、疲れてるって連発する男、嫌いなんだけど、友哉さんのそれは違うから許している。本物の疲労だから、癒さないとだめだと分かってきた。それに疲れてると言いつつ、泣かなくて、疲れてるわりには自信満々な素振りが面白くて」

と笑う。
「自信満々かも知れないけど、女子との恋愛には控えめだよ。OLスーツで首都高を廻り続けるのも彼は好きなんだろうけど、利恵ちゃんならまだ学生服もイケるだろうから、本当は頼みたいと思っているはずだよ。でも言わないよね。きっと、ずーと考えてるんだよ。浴衣ならいいけど、学生服や体操服は嫌われるかも知れないとかさ。それが三十周になっちゃう原因。利恵ちゃんがロスで回復をやめた時も、無理にしなかったんでしょ」
「あ、うん。ごめんなさい」

「涼子ちゃんを助けた時も倒れたし、自分の命がかかってるんだから回復のために、利恵ちゃんを犯してもいいのにやらないよね。優しすぎるよ。わたしにも、必ず、抱いていいかって訊くからね。アホかって。セックスの秘書なんだから、無理やり口に突っ込めって思う。まあ、それも、PTSDか鬱だからできなのかって思ってきたけどね」
「回復させなくて、お金ちょうだいって言ったんだな、わたし」

 利恵は自分の悪行を思い出し、顔を曇らせて、
「あの時は、求めすぎたから、セックスを続けるのを自重したのもあったし、副作用の辛さも知らなかったんだ」
と弁解する。
「利恵ちゃんのセックス、好きなんだろうな。わたしとはやる気がないからさ。お喋り専門の女になりつつある。わたしとのセックスは疲れててできないと思ってたけど、利恵ちゃんとはどうなの?」
「会うとやるよ。わたし、セックスの勉強もしてたから、アイデアが豊富。友哉さんはそれに疲れないんじゃないかな。わたしが誘導する時もあるから」

「男性をリードできるんだ。いつからそんな女になったの? 悪い意味じゃなくて」
「男たちに教えられたのもあって、若気の至り。元彼は田舎で付き合っていた人と東京に出てきた人、二人だけで、しかも最初の人とは高校の時だからあんまりしてなくて、東京の人とはそれぞれ半年くらいだって言っちゃったのに、セックスが異常に上手らしいんだ」
「あーらま。お持ち帰りのセックス三昧がモロにばれてるよ」
 ゆう子は興味が無さそうに笑った。

「そう、ナンパしてくれる男で練習したんだ。ラブホにこもったこともある。ホント、友哉さんに言わないでよ。ばれてないから」
 利恵が胸の前で手を重ねて祈るようにゆう子を見た。自分から喋ったくせに、とゆう子は思った。
「ばれてるよ」
「前の男性にセックスを教わったことがばれるのは当たり前で、それに怒る男はどうかと思う。いろんな男とやりまくってたのはばれてない」

「やりまくってたdots。友哉さん、まともな女に囲まれてないな」
 呆れ返ってしまう。ゆう子がほんの少しベランダの方に視線を投げた。すぐにまた利恵に顔を向けたが、戻ってきた目に目力がなくなったのを見た利恵が、
「ゆう子さん?」
と小声で声をかけた。
「え? ああ、なんでもないよ。松本涼子が仮に友哉さんの友達だとして、わたしと利恵ちゃんと三人で、まともなのはいないなって。あの子も好戦的で癖があったからね」

「そうなのdots。大丈夫? 気分でも悪い?」
 ゆう子が胸に手をあてているのを見て、利恵が持っていた缶ビールをテーブルに置き、ゆう子の顔を覗きこんだ。
「ちょっと昔のことを思い出した」
「お母さんに虐待されていた過去は仕方ないよ。ゆう子さんのせいじゃないから」
「ああいうことがあると、他にも枝分かれするようにいろいろあった。友哉さんのようなすごい男性の傍にわたしなんかがいていいのかな」

「また自虐的になる。有名な大人気女優なのよ。わたしなんか過去をばらしたら一発で捨てられる」
「それにわたしはもてないんだ」
 ゆう子は気を取り直して、また芝居がかった表情をつくった。わざと泥酔して弾けているお嬢様みたいだと利恵は思った。
「出会って一時間喋ったら嫌われる。皆、こう言うんだ。下品だ。行儀が悪い。うるさい。言葉遣いが悪い。パンツを見せるな。いったいなんなんだ」

 確かにスカートで胡坐をかいたり、トイレのドアを閉めなかったりするが、男性の前でもやっているのか。利恵はまた珍しいものを見るような目で、じっとゆう子を見ていた。
「だけど、友哉さんはそんなわたしがいないとだめなんだ」
 ゆう子が快活に言うと、
「急に元気になったね。友哉さんよりも、ゆう子さんが躁鬱なんじゃないの?」
と利恵が呆れて苦笑いをした。
「そうかもね。いちいち鋭い女だな」

「友哉さんは行儀が悪いとか、そういうことは言わないの?」
「言われたよ。出会った日に、飛行機の中で下品だって。今朝も言われたよ。うるさいって。だけどわたしの情熱的なセックスに夢中なんだ」
「具体的にはどんなことをするの?」
「裸のままいて、飛びついたりする。基本的に裸族」
dots
「ずっと追い掛け回してスキンシップ。わたしは室内ストーカーだ。ずっと友哉さんを見ているんだ」

「乱歩とかヒッチコックの物語がエッチになったみたい。友哉さんはそれに文句は言わないの?」
「文句? 雑とかしつこいとか、歯があたるから痛いとか、そしていつも下手とは言われるけど、怒ったりしないよ」
利恵は呆然としていた。ゆう子はセックスの話が楽しいのか饒舌になって、
「ずっとわたしに怯えていたのに、大河内さんのことで怒らせた日の夜はそれなりに激しくやってくれた。いっぱい命令されたよ。待ち焦がれていた」
「怯えていたdots

 利恵はビールを飲むのを忘れてしまうほど呆れていて、温くなったビールをキッチンで捨ててきて、また冷たいビールを自分でグラスに注いだ。
「わたしには怯えてなくて、そんなセックス毎回だよ。だからそんなに鬱ではないと思う。楽しそうよ」
 気を取り直すように、強い口調で教えた。
「え?」
「え、じゃないって。彼がサドなのは明白でしょ。さっきも言ったけど、出会った時から激しいもん。命令されるよ、よくあるプレイばかりだけど、ミニスカートでノーパンで買い物に行けとか」
「え?」

「だから、え、じゃないって。トランプの罰ゲームなんだけど、勝てないんだよなー」
「利恵ちゃんが勝った時は?」
「滅多に勝てないけど、名店のディナーとか高級ホテルのスパ」
「好きだね。そういうの」
「嫌いな女はいないと思う」
「コスプレドライブしてるだけじゃないの? 聞いたことがない。わたしの前では蛇に睨まれた蛙のように大人しくて、なんにも命じないのに」
「命じなくても脱ぐから」

「あ、そうか。いちいち鋭い女だな。でも、昨夜はちょっと薬を入れてくれたし。もう最高」
と、また振り子のように体を左右に揺らしながら言った。どうやら、機嫌がいい時のゆう子の癖のようだ
「あの指輪で? なんか良さそうね」
「もうありえないくらい最高なんだ。壁を突き抜ける快感。全身が性感帯になってしまって、初めて中でいきまくった。ロックとセックスはドラッグだ」
 クッションを叩いて笑っているのを見て、利恵は心底羨ましいと思った。だが、

line初めてエクスタシーを得たのか。男をとっかえひっかえの女優と思ってたけど、そんなに長く付き合った男はいないのか。
と分かった。
line友哉さんもそれには気づいているはず。男が同じ時期に二人の女と出会った場合、よほどどちらかが悪女じゃないかぎりはセックスの経験が少ない女を選ぶものだから、奥原ゆう子はやは

り強敵だな。ゆう子さんはセックスが初心者のようだから、彼が好きなプレイで差を付けて料理の腕でも差を付けないと、また別れることになったらまずい。一億円を没収されるかも知れない。
 利恵は刹那、危機感を抱いたが、気を取り直して、
「指輪のdotsリングの薬って、光の作用のこと?」
と訊いた。

「そうだよ。レセプターを刺激して気持ちよくするんだよ。ヒスタミン受容体を刺激すれば、今日からわたし、花粉症だ。それと同じ。わたしたちの時代に見つかってないレセプターもトキさんの時代では解明されていて、その中にもセックスに応用できるレセプターがあるんだ。AZと友哉さんのリングが繋がっていて、友哉さんが何かの目的でレセプターを探すとリングから光を出すように友哉さんの脳をAZが指導して、そのレセプターを刺激する。友哉さんが知っている、または記憶したレセプターならAZは作動しない」

「エコだね」
「違う。これ見て」
 ゆう子がAZの表面を見せると、
『友哉様の意志に従う』
というテキストが表記されている。
「どういう意味?」
「最初は教えるけど、友哉さんが覚えたら、友哉さんが自由にやってよくて、もし友哉さんが悪さに使ってもかまわないって意味。例としたら、うちらを性奴隷にしてもAZは止めませんってこと。友哉さんの行為が正しいってことだよ」

「ちょっと待ってdots
 利恵はいったん言葉を止めて唾液を飲み込んだ。
「そのAZが未来のAiで、トキさんっていう君主が造ったとして、友哉さんはトキさんに善悪のすべてを一任されているの? 彼、そんなに偉い人ってこと?」
「そう。実際に成田で、こいつ、友哉さんの命令を聞いたからね。びっくりした。わたしにしか反応しないと思ったら、友哉さんの声に反応した。わたしがモタモタしていたらね」

「世界征服しようとしても止めない?」
「AZは止めないね」
「バックレよう」
「世界を征服されたら、逃げても捕まると思う」
「うん。このままいよう」
 利恵がそう言ったところで二人はお腹を抱えて笑った。
「そんなことしない。あの男」
と言葉を合わせる。

「信用されてるんだよ、トキさんに。でも、性奴隷は気を付けた方がいいな。怒るとセックスが強くなるタイプだから」
「信用されてるのか。初めて会った男がdots
 利恵が首を傾げ、視線を壁の一角に投じた。
「考えても時間の無駄よ。友哉さんが未来の人って話でしょ」
「そう。しかも一番偉い」
「そのうちに分かると思うよ。友哉さん、言動が変わってきてるしね。極度の女性不信も治ってきたみたいだし、友哉さん、どこから見ても権力志向じゃないからさ」

「そうだね。しばらく楽しんでればいいね。わたしも脳を刺激する気持ちいいのやって欲しい。ドライブのセックス、ちょっと厭きてきたんだけど、そんな媚薬みたいなのがあれば楽しくなりそう。ねえ、友哉さん、呼んでよ」
「よかった。利恵ちゃんが今日はよく喋ってくれて。恋愛の話、こんなに女の子としたの初めてだ。ロスで説教ばかりされたから嫌われてると思った」
 利恵は、ゆう子の言葉に少し嬉しくなった。

line友哉さんを独り占めされて、わたしが捨てられるのは嫌だけど、ゆう子さんはかわいくて楽しい。憎めない女。有名女優と友達になれるなんてありえないし、友哉さんはお金があるし、楽しい人生になってきた
「そんなことはないよ。ゆう子さん、とても面白いから。それに美容の話とかも聞きたいし、友哉さんとのセックスのことも気になるし。だからドラッグのセックスの話の続きを聞きたい」
「感度は十倍くらいになるよ。恥ずかしいけどイカされると失禁もする。最後には涎を垂らして失神しているらしいから、そこが嫌なんだけど、まあ、やめられないよ。利恵ちゃんにはやらないんだ」

「うん。そんなことができるなんて知らなかった」
lineもしかすると、わたしは簡単にイッてしまうから使わないのかも知れない。
 友哉からは、「イク時の様子が最高に色っぽくて美しいし、見ていて楽しい」と、抱かれる度に褒められるが、経験が豊富なのを慰められているようにも感じて、それほどいい気分ではなかった。

 二十五歳で、これほどセックスを知っていたら、まるでAV女優だ。友哉と出会った時には彼氏がいなかったことから、「一年以上、セックスしてなかった」と口を滑らせてしまった。つまり、もっと若いうちからセックスに没頭していたことになり、その通り体が男性のペニスで成熟したのは二十二歳くらいだった。高校、大学時代はまさにセックスとイベントばかりだった。女のそれを良しとする男たちは決まって、頭が弱そうな凡人かお金はあるが結婚する気がない、奥さんがいるおじさんだった。

 友哉と出会う前の男に、少しだけ友哉と似ている性格の大人がいた。既婚者で、セフレのような関係だったけど、経験が豊富で頭の良い三十半ばの男だった。友哉のようなイケメンではなく重厚感もなく、少し軽い性格だったから性癖の一致で付き合い始めただけだった。出会い系で知り合ったのだ。学歴がなく、なのにお金持ちで、いつもピリピリしていてセックスでストレスを解消していると正直に言っていた。

文芸の映画ばかり見ていて、アクションやサスペンスが好きな利恵とはその趣味も合わない。けれど、少しずつ彼を好きになってきた利恵は、
「セックスだけじゃなくて、わたしの内面を見て」
とある日の夜、酒とセックスだけの別れ際に言ってみた。すると、彼は無精ひげを擦りながら、
「内面があるのか」
と冷たく言い放った。利恵はそれに憤慨して彼と別れた。

 その数か月後に銀座で偶然彼と会った。彼が銀座によく行くから、偶然とは言い難く、利恵はそれほど驚きもせずに、二人でよく行ったカフェの片隅で座っていた彼に会釈をした。彼は女性と一緒にいて、見たことがある女優だった。あまり有名ではない女優だ。何度も俳優とお泊りデートをしたり不倫をして干された女優だった。彼女は、利恵を見ると、
「わたしも内面はないよ」
と利恵に聞こえるように言った。

 利恵が驚いて、紅茶のカップを持つ手を震わせていると、席を立って近寄ってきた。
「内面がないって言ったら、怒っていなくなった美人がいたって、彼がとっても後悔していたの。それがあなただって、今、聞いた。あのね、女の内面って恥じらいや優しさでしょ。彼やその前の男たちからお金をもらってセックスしていた女のお願いとしては、やや無謀ね。そんな生活をしながら陰徳を積んでいたからそれを指摘してほしかったとか。まさかね」
 利恵が呆然としていると、

「内面がある女なんて死滅したの。わたしは彼に過去を知られたくない。今は恥じらいをお芝居でしか見せることができない。平気でパンツ、脱ぐからね。まさか、セックスだけじゃなくて内面を見ろと言って、それが女らしさのことじゃないって言わないでしょ。内面って、あなたの学歴のことや別の才能のこと? 今、優しさの大安売りをしている男たちばかりで、料理も洗濯もしてくれて、ほとんど女と変わらない男ばかりで、それで女の内面って、男性との違いはなんなんのかしら」

 利恵を舐め回すように見て、
「おっぱいがあったりすることしか見えない。内面は母性? それともその若い体を使ってセックスをしてきたこと? 過去を見てほしい? 親はどんな人だったとか誰と初めてやったとか。ああ、夢を語り合いたいのか? それ、内面?」
と嗤った。
「違います」
 利恵が辛酸を舐めるような顔つきで言うと、その女優は「怒らないで。わたしも彼に似たようなことを言われたから」と微笑んだ。

「綺麗な体だって言われてイカせてもらっていて十分じゃないの。彼のセックスは最高よ。今、子供は保育園」
「え、彼の子供ですか」
「違う。主人の。主人は、わたしの内面を見るからつまんない。優しいとか家事が上手だとか話し合いをしようとか、そんな台詞、もっとおばさんになってからでいいの。しかも、わたしの女らしくない素行は知らんぷり。行儀の悪さとか。逆に彼は、おまえのお尻が好きだって言うから、こんなスリムジーンズよ。嬉しい。この歳でこんな真っ青なジーンズが穿けるなんて。これだけで抱けるって。そんなことを四十歳にもなる女に言ってくれる男性いる? わたし、幸せ」

 その女優の彼女は、なぜか利恵に握手を求めて、利恵もなんとなくその手を握り、彼のいる席に戻った。
 利恵はすぐに店を出て泣いた。
line学生時代の乱交は知られたくない。彼といた時はセックスばっかり。それで内面を見てほしいってdots。夢を語り合う余地はなかった。遊んでもらっていたのだから。そうだ。わたしがバカすぎた。
 涙はとめどなく流れて、彼と女優がいたカフェの窓を見た。
line本気にはなれなかった。奥さんがいたし、セックスばかりだったから。だけど、好きだった。

 セックスばかり求めて、その余韻がなくなった時にわたしが内面を見てとか言い出したんだ。もしかすると、遊びの恋が本気の恋に変わると内面を見てほしいとか美貌以外を褒めるように言いだすのかもしれない。肌が綺麗だと褒めてと言って、かわいいと言ってもらいたくて、セックスが上手だと感心してもらいたくて、さらに内面も褒めろって言っていたのか。男性は、女をずっと褒めてないといけないのか。だからか、歴史上の偉人たちも女で苦労しているはずだ。次に会った男の人には言わないようにしようline

 利恵は、膝をたてて座っているゆう子を見た。行儀、悪いな、と思う。無名のあの女優がゆう子と重なった。友哉が、ゆう子が見せびらかしている『女らしくない』姿勢、言動をさかんにいじっているのを思い出していた。それでいて、美貌は褒めているのだ。私にも。
 友哉さんにもロスからの帰りに叱られた。セックスが終わったら、別のことをしていてそれに夢中で、男性はほったらかし。友哉さんは独身。もう失敗したくない。

 自立の話も慎もう。未来人どうこうは三年間だけのようだし、なんとかその後、結婚したい。
 利恵は、セックスに不慣れな奥原ゆう子を見ていて危機感を抱いた。こんなに美人がまるで処女のようなら、自分は俗に言う、もう調教し開発する必要がないまさにAV女優か。しかも、ゆう子は、「内面を見て」とか「自立がどうこう」とか言っている様子はまったくない。
line完全に負けている。
 もともと、ゆう子さんは有名女優。負けていて当たり前だが、まだ、秘書という立場を崩さない今がチャンスなのに、まさにわたしは自滅しているではないか。

 もちろん、相手の男性に他に女がいなければ選択の余地がなく、セックスの経験は問題視されないことが多いと思っている。そう、もてない男だったらなんら問題はなく、自分のような美女に夢中になってくれる。今までの男たちもそうだ。だが、佐々木友哉は違う。
 いや、無名になったあの女優をものにした彼もそうだ。彼と友哉は単純にもてる男なんだ。自分が男たちの引く手あまただと自惚れていると、結局、彼や友哉のような頭が良くて、心が強い男を逃すのだ。だけど、

line友哉さんはわたしを好きだとさかんに言ってくれる。どうしてこんな女が好きなのだろうか。成田でわたしを抱きしめて、別れたくないんだって寂しそうに言った
 利恵はこめかみを指で押す仕草を作りながら、
「もてる男なのにdots。ねえ、高峰若葉って女優さん知ってる?」
 ゆう子に聞くと、
「なに、唐突に。知ってるよ。もう引退したんじゃないかな。どうして?」

「銀座のカフェで会ったことがあるのを思い出した。ゆう子さんに似てる」
「似てないよ。病的に痩せてたし」
「わたしが見た時はふっくらしてた」
「そうなんだ。恋でもしたのかな。男、好きだったからね。わたしも友哉さんと出会ってから、ちょっと太った。いい男は、女を太らせるのよ」
「なんで?」
「ストレスを与えないから。ストレスで太った女子はいい男に恋をしたら痩せるしね」
「そうかな。友哉さんみたいにもてる男、ストレスじゃない?」

「もてるの?」
「女優さんが惚れてる」
 利恵がゆう子をちょんと指差した。
「もてない男の人の方がストレスだよ。わたしの話、聞いてなかった? 女の下男になるじゃん。友哉さんのあの余裕綽綽の態度。高い山の頂上から、女を見ていてそれでいて、足を滑らせると助けに駆け降りてきてくれる」
「そつなく」
 利恵が小さく笑うと、

「そつなくは口癖みたいで、そつなく助けている様子はないね」
と、ゆう子も笑った。
「友哉さんって、ゆう子さんの内面は見てる?」
「内面? いやーん、見られたら最悪。ちょっと政治思想のようなものは勘付かれたから、これ以上は見られたくないな」
「女らしさとかは?」

「は? この健康美でアピールするさ。彼、下着フェチだから、かわいいパンツの生着替えを見せまくってる。パジャマから私服に着替える時とか寝室まで見せに行くんだ。あと、ストッキングを穿く時とかに、このムチムチの太ももを見せてる。超、嬉しそう。それで回復するっと言ってる。幸せっ」
「そ、そうなんだ」
「どうしたの? それくらい簡単でしょ。やってあげてる?」
「う、うん。たまにね」
「まさか、一億円もらった彼女とは思えないくらい、サボってる?」

「ベッドの中では頑張るけど、セックスが終わったら、別のことをしたいの」
「トランプとかしてるよ。ま、その罰ゲームにもえっちなネタが仕込んであるけどね。でも、利恵ちゃんは外でデートしてるから」
「そうだった。でも、その時もミニスカ穿かされたり、映画館で太ももに触ってきたり、ちょっとしつこい」
「それがしつこいの? 羨ましいな。わたしとは映画に行ってないし。なんか、利恵ちゃん、変だね。コツコツ積み上げていく気がないんじゃない?」

「コツコツ?」
「一気に結婚とかさ。あっという間にお金持ちになったから、勘違いしてるのかな」
 また、ゆう子が酩酊している目をすわらせる。
「そ、そんなことない。リアルにいうと、イカされるとやる気がなくなるから、翌日に生着替えとか見せるのが面倒臭くなるんだ」
 ゆう子の目付きが怖くて、そう言ってしまう。あの女優に叱られたことを思い出す。

line自分がセックスで満足すると、セックスとはまるで無縁のことがしたくなって、またセックスがしたくなると、ベッドの中で乱れに乱れる。友哉さんのdots男性の性欲はあまり考えてなかった。優しくないのか、わたし。その内面を見てほしいって言ってきたのか。これからはちゃんとやろう。

 ゆう子と知らないあの女優、二人の目上の女性に叱られた利恵は、こっそりとスマホを操作し、友哉に『ごめんなさい。これからはセックスが終わった後も、いろいろ頑張るね』とメールをした。友哉からの返信が珍しく早くて、『頑張る? どうした? ゆう子に何か言われたのか』と心配してくれた。
『ごめんなさい。また今度、謝る』
 それだけを返信してスマホを鞄に入れた。
「わたしが友哉さんとコツコツ愛を育んでもいいの?」
「え? う、うーんdots。どうせdots

「どうせ? dotsあ、ごめんなさい」
 利恵は思い出した。三年後のパーティーの席で、ゆう子は死んでいるのだ。
「わたしみたいな女もだめだね」
 利恵が自虐的な言葉をつくり、ゆう子の不安を拭おうとした。
「セックスが好きなのに、普段はエロチシズムを発揮するのが面倒臭いって女には、男性は疲れるから、トキさんからもらったリングの光で、興奮させてもらってもいいんじゃない?」
 ゆう子が気を取り直してそう言った。

「うん。それ余韻があるならいいな。なんでわたしには使わないのかな。安全みたいなのに」
 絞り出すように言うと、ゆう子が、「どうしたの? なんか嫌な話だった?」と顔を曇らせた。
「ごめんなさい。ちょっとやきもち。平等にしてほしいな。レセプターの刺激以外はなんかある? それだけでは桜井さんを蘇生できないよね」
「うん、二つある。光を使って脳を刺激する未来の技術は麻薬みたいに肝臓が悪くなったりしないと思う。もうひとつはリアルな生薬」
「どういうこと?」

 利恵が首を傾げた。「誰でも分からない話だと思う」と、ゆう子は苦笑した。
「簡単な病気はリングの光を使うだけで治せるの。レセプターを刺激してね。でも重い病気やケガは友哉さんの体の中にあるガーナラって生薬のエネルギーみたいなものをリングを通して、相手の体に入れるんだ」
「ワームホールを作るほどの力でしょ。そのガーナラの中にセックスのドラッグみたいなのもあるの?」
「血液中にあるの。毒蛇が自分の毒で死なないのと同じなんじゃないの」

「友哉さんはいつでもラリってるわけじゃないよね」
「なんか懐かしい言葉だな。しかも利恵ちゃん、その清楚な顔で涼しげに汚い言葉をたまに使うからおかしいよ。セックスの時の淫乱な言葉も その顔で言うから、友哉さんは利恵ちゃんに夢中なんだな」
「そ、そうかなdots
 悪い気はしないが、すぐに話が脱線するから、苛立ってしまう。

「毒蛇やふぐが自分の毒で死なないのは、毒袋みたいな場所に保管されているからで、血液中にあったらだめでしょ。なんで友哉さんは自分の薬で変にならないの?」
「ある毒物がそのまま血中にあったら大変だけど、友哉さんの血中には数千種類の生薬が入っていて、普段は生薬がバランスよく、お互いを調整しているらしい。毒性の生薬もあるけど、それを別の生薬が抑えているんだ。未来の時代の化学物質がそれらをコントロールしている。R25って化学物質が数千種類の生薬を融合させてケンカしないようにしてるらしい」

「なんでもRって付くね。どっかの道?」
「栄養ドリンク剤の中の生薬も分離してないじゃん。千年後の医療技術では毒性の生薬と体に良い生薬をまとめるのは簡単なんだよ。それらハイブリッド生薬のドラッグを友哉さんが意識的に使う時にだけ、目的に必要な成分がリングを通して体から出るんだ」
「体から出せる? そんなすごい技術があるの?」
「なんか、汗をかいたら体内から塩分が出て行くでしょ。汗だったら自力で出せる人はいるよね。

友哉さんが、怒ったり興奮すると、リングから麻薬系の熱が放出されるようになってるんだ。さっきも言ったけど、最初はAZがコントロールしていたけど、そろそろ友哉さんが勝手にできてると思うよ。優しくリングから出すと、気持ちいいお薬。相手を倒すために出すと高熱になって、大やけどって感じ」
「個別に生薬を体内から放出してるの?」

「よく分からないんだ。桜井さんを蘇生させた時には栄養素だけ与えていたからどういうことか調べたら、リングの中で蘇生に有害な物質はストップさせていて、桜井さんの体に適切な栄養素と熱だけを与えたとか」
「不可能ではない技術だと思うけど、それを友哉さんの、つまり人の心の意思でできる技術は現代には絶対にない」
「友哉さんが亡くなったばかりの人に必要な栄養素や損傷した細胞を修復させる薬とかを熟知しているってことよ。ただ、友哉さんも専門家じゃないからAZもフォローしていたみたいで、友哉さんが血流を促した時に、リングを通してAEDみたいなショックを桜井さんの心臓に与えたみたい」

「その電気の元は?」
「さあ、リングは光だけだから、ビリビリするのはウナギじゃない?」
dots
 利恵が笑うに笑えずため息を吐いた。ゆう子はたまに欠伸をしていて真剣みがない。
「ワルシャワで大ピンチだった時はAZは助けてくれなかったってことよね」
「AZが大ピンチと判断しなかったんだよ。その時はわたしを優秀だと判断したわけ」
「本気で言ってる?」

「うん。ギリギリで友哉さんを逃がした天才秘書よ」
 利恵がゆう子の太ももの脇に置いてあるAZを覗きこむようにして見た。特に反応はなく、ゆう子が、
「勝手にこいつと友達になろうとしないでよ」
と釘をさした。
「そのAZが男性だったら、二択でわたしを取ると思うよ」

「二択ならね。ここにもうひとり女がいたらそっちを取る。あんたもわたしもどう見ても心の病を抱えていて、友哉さんはそれを勝手にないものとしていて、症状が出たら言葉ではなく優しさで包む男性。彼もそれに疲れてきたら、まともな女を選ぶって。遺作にもあったよ。癇癪を起こす若い妻をそっと抱きしめるの」
「遺作じゃないけどdots。『また妻に会いたい』の前半でしょ。わりと厳しい言葉を言うのよ」
「わたしにも最初厳しかった。でも優しい言葉は三日しかもたないって書いてあった」

「う、うんdots
 利恵が肩を落とすと、ゆう子はベランダの方に目を向けた。もう外は暗くなっていた。
「優しいばかりの言葉を作っていた男たち、今はもういないね」
 先にゆう子が口を開いた。利恵は頷いただけだ。
「目的がセックスか自分のイメージ作りだから」
「ゆう子さんも騙されたことがあるんだ」
「わたしも女らしくないから騙されたかどうかは分からないけど、友哉さんに出会って衝撃を受けた。わたしを抱く気がなくて偽悪だらけで、だけど優しかった」

「わたしのことは抱く気満々だったけど」
 利恵が失笑する。そして、
「ここに来る前に叱られたんだ。友哉さんにしてみれば、わたしとゆう子さんが女子会をやるのが嬉しかったみたいなのに、わたしが違う超つまんない話ばかりしてたんだ。ぶん殴られるかと思ったけど、その後、優しくしてくれたから今、ここにいる。彼は言葉は厳しいけど態度は優しいよね」
「何をしてくれたの?」
「その小説と同じようなことよ」

 利恵がそう言うと、ゆう子が小説の内容を話しだした。
「狭い町で悪い噂ばかりが目立っている若い新妻が大衆温泉施設で女たちに虐められるシーンで、夫が、おまえが睨み返すから悪循環になる。笑顔を返せ。気持ち悪いって言われたら、はいそうですって言えって、女子風呂から出てきた新妻を叱るんだ。新妻が反論しようとしたらさっと抱きしめて、かわいいって褒めるんだよね。すると、目付きが悪かった新妻が子供みたいに笑うんだ。しかも周りにいる人たちが大胆な夫の行動にびっくりしてね。物語上は、罵声を浴びてるけど二人には聞こえなくなっているんだ。うーん、純愛文学」

「俗を相手にするな。俺だけを相手にしろってその主人公の夫は言うんだけど、だったら町にある大衆温泉はどうかと」
「利恵ちゃんの突っ込みは鋭すぎるよ」
 ゆう子が苦笑する。今度は利恵が物語の続きを喋りだした。
「結果、新妻が自殺したのは夫が長期間の出張中で、新妻は仕事でいなくなる夫を憎んでいたよね。でも自殺した原因が夫がいない隙を狙った近所からの嫌がらせで、

小屋みたいな場所に逃げ込んだ新妻が、なんであなたはいつもいないのって遺書を遺して死ぬんだ。愛憎の塊みたいな新妻で、それしかないから逆に真っ白な女で本当にいたら死ぬか生きるかの二択しかしていない生き方をしていると思う。同類の友哉さんには似合っているかも」
「だから利恵ちゃん、その新妻が例の女じゃないかって話はやめよう。不毛だ」
「わかった」
 利恵が大きく頷いた。トキからもらった夢の映像に出てくる晴香の姉か友哉の恋人か分からない女。そう松本涼子のことである。ゆう子も利恵も一時、松本涼子ではないかと疑ったが、今は友哉には隠している恋人がいるか亡くなった恋人がいると思っていた。

「話を戻すけど」
「また戻すの?何に?」
「友哉さん、ウイルスを持っている動物の宿主にもなっている。ワクチンも接種済みだ」
「へえ、コウモリが体内にいて、エボラ出血熱に感染しても平気とか」
「エボラってコウモリが感染源なの?」
「らしい」
「なら、コウモリを丸ごと鰹節にした成分も体内にあると思うよ」
「コウモリを鰹節? うーん、妙な拳銃以外にも力や武器があるとはdots

「友哉さんに使ったガーナラは戦闘用ガーラナって言うらしくて、きっと、戦う時に使うために戦場で辛くならないように麻薬関連の生薬を血中に入れてあるんだろうね。AZで見たら無数に動植物の名前が出てくるから、調べる気力もないよ」
「ヘロインとかじゃなくて生薬のdots大麻の葉っぱみたいなものかな」
「たぶんね。他にも幻覚を見せるような植物があるよね。その一部が、女の膣内に入ってきたら、まあ、うちらイチコロだよ。ただ、友哉さんのために作ったガーナラは友哉さん本人が気持ちよくなることはできないらしい」

「効果があるようにすればいいのに。彼、ストレスの塊なんだから」
「個別にストレスを治すガーナラがあったらしいけど、友哉さんの性格が変わるのが困るから使わなかったらしい。ストレスを抱えて苦悩している友哉様が、強いらしい」
「なんかトキさんたち、友哉様って呼ぶのに厳しいね」
「わたしも思った。でも、光の方は少しは自分にも使えるようだし、まあ、疲れたらわたしで遊べってことよ」
「そうか。女を気持ちよくさせる麻薬みたいな生薬を使えるんだ?」

「そう。女性の膣に入れることができるんだ。それがさ、超気持ちよくてね。光だけでも体が軽くなる感覚で気持ちいいのに、さらにガーナラはまさにあそこに直だね。両方使ったら、うちら、セックスの奴隷にされるよ。いや、頼みたいくらい。今なら女優業、休んでるからやってもらってもいいし、いや、もう本当にたまらん」
 ゆう子が、だらしない笑みを零した。
「わたしはそこまでされたくないけど、もっともっと気持ちよくなるならやってもらいたい。その本物の麻薬と光だけとは感じ方は違う?」

「分からない。ちょっと友哉さんに聞いてあげる。なんで利恵ちゃんには使わないのか」
 ゆう子は利恵の返事を待たずに、AZの画面で、友哉の位置を見た。
lineどうしよう。使わなくても感じすぎるからって言われたら。
 利恵は背筋に冷や汗をかいていた。これから判決が下されるような気分だ。
「あ、横浜の自宅にいる。友哉さん、横浜の友哉さん」
 すぐに友哉が応答したようで、
「今からホテルに帰る」

と言った。利恵には聞こえない。
「利恵ちゃんとドラッグのセックスをしないのはなぜ?」
「え? 希望されないから」
「知らなかったらしいよ。言えばやってあげるの?」
「言えばなんでもやるよ。利恵、知らなかったのか。おまえから筒抜けだと思っていたのに。やる時は翌日の仕事に影響がないように」
 ゆう子が、利恵に友哉の言葉を伝えると、利恵は「言えばしてくれるんだ。良かった。別の理由があるのかと思ってた」と、胸を撫で下ろした。

「友哉さん、わたしが情報漏えいマニアだと思ってないか。光の刺激と本物の麻薬と違いは分かる?」
「違い? そりゃあ、光は安全だよ。感じ方の違いは分からないが、ガーナラの方は幻覚が見えると思うよ」
「幻覚?」
「または妄想が現実だと思うのか。ゆう子は黒人の経験があるんだろ」
「え? あるわけないよ」
「そうか。黒人の有名人のと俺のと間違えていたぞ。アメリカに旅行した時に黒人俳優とやってたのかと思った」

「はあ? それっていつの話?」
「大河内さんの日の夜。俺のよりも二倍の大きさなんだね」
 ゆう子が冷や汗をかいているのを見た利恵が「どうしたの?」と訊いた。
「わたし、大ファンの黒人俳優の男性とセックスしているって友哉さんに言って、興奮していたらしい。しかも大きさまで口にして友哉さんをぶちのめしたようだ」
「そんな経験があったのか。しかも全然、彼を癒してないじゃないの。男性の大きさを笑うのは禁句よ」

「そんな経験なんかないって。幻覚だよ」
「友哉さんはそれを聞いていて、ゆう子さんは嫌われてないんだね」
 ゆう子は思わず、
「わたしが黒人の俳優さんと遊んでた経験があっても嫌いにならないの?」
と訊いた。
「気分はよくないが、楽しそうに喋っていたから、まあ、いいかなって」
 友哉がつまらなそうに答える。
「そんな経験はあるわけないじゃん。なんかつまらなそうですね、先生」

「マンションから出て、車を運転してるんだ。早く終わらせてくれ」
 友哉は淡々と答えるだけだった。ゆう子もつまらなくなって通信を切った。
「一回、ホテルに戻って休むってさ。まだお疲れみたい。晴香ちゃんからのハガキがあったらしいよ」
「ハガキ?」
「成田に迎えにきてって。ロスに行く前に出したみたいね。わたしのマンションにいたから読めなかったんだ」
「そうか。迎えに行ってたら大変だったのかな」

「ん? あ、逆にあっさりと友哉さんが犯人を捕まえた?」
 二人は顔を見合わせて、しばらく考えていたが、答えが出ないからか、また恋の話を始めた。
「セックスの癖と言えばさ。ゆう子さん、男の人の精子、残しておくのやめたら? 友哉さんが初めてじゃないなら元彼とやってたのね。すっごいばれてると思うよ」
「え?」
「え、じゃないよ。口から出したのをゴミ箱に捨てないで、一日くらいほったらかしにしてあるよね。ロスでも見たけど、ひどい時はコップの中。この前、部屋を見せてもらった日にナイトテーブルの上にあったよ」

「も、もったいなくてdots
 声が上擦った。しかも肩をすぼめてしまっている。
「もったいない? なにそれ」
「証拠かな」
「証拠? なんの」
 続く言葉を作ろうとしたゆう子の歯が震えているように見えて、利恵は質問する言葉を止めた。
 元彼で覚えた性癖を指摘されるのは、余程恥ずかしいのか辛いようだ、と利恵は分かった。
 裸で部屋を歩き回るのは、恐らくセックスの時だけではなく、子供の頃からずっと。

 男性の精子を大事に残すのは、元彼に教わったか、元彼に執着している。
 後者は、ゆう子の傷なのかもしれないと、利恵は分かり、笑ってあげようと気持ちを切り替えた。
「異常性愛だよね。友哉さんが帰った後、また口に入れてるんだ」
「そ、そんなことはしてdotsしてませんよ」
「してるんだ。まあ、スカトロよりいいか。臭いから、換気をしてね。部屋に入った途端に臭うの」
「はい。善処します。冷蔵庫に入れようかな」

「やめないのか!」
 利恵はあきたれ顔で、しかし快活に笑ってみせた。異常性愛と言ったが、それくらいやっている女はたくさんいる。知らない男の精子を飲んでいる女たちに比べたら、好きな男性の精子を残しておくのは愛かも知れないとも、利恵は思った。
lineそう、異常だったのはわたしのほう。わたしの体は好きでもない男たちの血で出来ている。だけど、それを認めてくれる彼氏が現われたら、もっと楽しいのかも知れない。その男は、佐々木友哉か。未来の世界の英雄かも知れない男性がこんな女を?
「寒い」

 利恵が背筋を震わせる。
「冷房止めようか」
「違うの。悪寒戦慄って自律神経失調症。友哉さんに抱かれないと発症する」
「抱かれないと?」
「そんな気がした。ここに来る前にケンカしたから。もしかすると誰でもいいのかもしれない」
「深刻なカミングアウトするね」
 ゆう子が真顔になった。パニック障害の持病があるゆう子は、利恵の気持ちが分かるのかもしれない。

「セックスはすごく楽しくて、何度もイクとホルモンバランスが安定するのか、そう、熟睡もできる。愛のあるセックスならより効果的かも知れないけど、相手の男性が上手なら体調はよくなる。二年間、男をやめている時に発症して、薬も少し飲んでた。友哉さんと付き合いだしてから治ってることに気づいたんだ。だから、セックスをしないでいると、エストロゲンが低下するのかな。更年期障害みたいな感じ。まだ若いからダイエットのせいだと思う。

でも、わたし自慢のウエストを太らせたくないんだ。友哉さんと付き合っていて栄養のバランスはよくなったし、友哉さんとのセックスで気分も体調も最高潮になっていたのに、最近、また発症するようになった。それが決まって、友哉さんとエッチをしない時なんだ。ケンカしたら高級レストランも行かない」
「お金のことでケンカばかりしてるからだよ。寝取りはどうなったの? それでもいいんじゃない。あの下着フェチの哲学者曰く、取り決めがあるなら愛があるらしいから」

「まだしてない」
「するの?」
「うん。わたしからお金をもらってやるって言って、そのお金がわたしの口座にある以上、やるよ。なんか時間をかけた大掛かりなセックスは やる気になるの。お金は、一億円以外はもらわないで。その方がわたしも気が晴れるし、上手な男がいたら体調もよくなるかも」
「友哉さんも、いつでもできる男性じゃないからね。体調が良ければ、十人くらいの女を一度に抱けると思うけど」
「そう。疲れてわたしを抱けない日が多いから、セックス依存症のわたしに寝取りを提案してきたのかもしれないし」

「依存症なんだ」
「最近、そんな気がしている」
「セックス依存症の彼女に、他の男と寝てこいって言う男は、精神が強いと思うよ」
「わたしを愛してないのよ」
「違うよ。友哉さんは、女は誰も愛さないの。それが逆に目の前の女に愛を与えるのよ」
 ゆう子の言葉に、利恵がくすりと笑った。
「さすがです」
と、ゆう子を小さな声で褒める。

「わたし、ゆう子さんと差別化された方がいいしね。ほら、妻と愛人とは違うって言うじゃない。さっきは平等にしてほしいって言ったけど、与える物品に対することで、すべてが同じだと、飽きられる。ゆう子と利恵は違うほうがいいような気がするんだ」
「そうか。光の大麻は物品ね。だったらその前に、利恵ちゃんには言いたくなかったんだけどdots
 利恵が、動かなくなった玩具を見ている子猫のようにほんの少しだけ首を傾げさせた。
「友哉さん、最初、リングの力を使って利恵ちゃんを落としたんだ。知ってた?」

 利恵は目を大きく丸め、持っていたビールグラスを置いた。
「まあ、わたしもトキさんにそれをやられて、友哉さんが好きなのかもしれないけど」
「未来の世界の惚れ薬みたいなの?」
「うーん、なんかよく分からないんだ。仲介手数料みたいな説明もあるし」
「なによ、それ」
 利恵が肩を落としながら力なく笑った。ゆう子の冗談だと思ったのだ。
「マリーって名前なんだけど、友哉さんに与えたガーナラって薬物とセットの光みたい。

ガーナラは光じゃないし、わけが分かんない。プラズマとも連動しているしね。そこが仲介なんだけど、トキさんの日本語の間違いだと思う。橋渡しって意味かと思う」
「ゆう子さんも間違ってるんじゃないの? 友哉さんと自爆する前にリングが光ってたよ。赤と緑の交互に」
「それよ。マリーが女を惚れさせる光だとして、友哉さんが近くにいる好きな女性をマリーの光が検知する。その女性に対してプラズマが作動する。橋渡しじゃん」

「分かった。惚れる効果はどのくらいなの?」
「女性にマリーを与えると、目の前のある程度、好意のある男性に惹かれるのは確かよ。で、この前、涼子ちゃんがここに来た時に、初めて会ったのに、すごく友哉さんに好意的でわたしに攻撃的だから、そんなにもてる男がいるのかなって、疑ってるんだ」
「わたしはともかく、ゆう子さんと松本涼子はすごいよね。わたし、未来の力で友哉さんに洗脳されているのか」
 利恵が少し、顔を曇らせたのを見て、

「よくある大学サークルの媚薬とお酒を使ったレイプとはちょっと違うんだ。安心して。友哉さんに聞いてみようか。効果がどうなっているか」
とゆう子が言った。
「効果がなくなるの?」
「薬みたいなものだから永久に効いているわけじゃないんだ。どこかでは効果が切れるみたい。わたしの避妊もそうだから、この前、もう一回、やってもらった。友哉さんの意思があったら、避妊の効果が切れたらリングがまた緑色に光って継続を促すの」

「指輪の力で避妊もさせてくれているの? それ便利だね」
「脳に妊娠しないように信号を送るんだよ。実際、妊娠してない」
「わたしはゴムだよ。ピルはまた飲み始めたけど、まだ効いているかどうか分からなかったから。あ、ロスでは生でやってしまった」
「昔、ピルだったの?」
「ゴムじゃ、最高のエクスタシーは得られなかった。わたしはね」
「性病のリスクは?」

「なんで母親みたいに尋問するの? 学生男子たちは怖かったけど、セックスの出会い系の男たちは安全よ。性病検査をした検査表を最初に出すから」
「リアルな男遊びだね」
 ゆう子が項垂れてしまう。
「何が悪いの?」
 利恵が少しだけ目尻を釣り上げさせた。
「は? 悪いと思ったから反省していたんじゃないの?」
「あ、そうだった。問題は、わたしが悪いのか男たちが悪いのか」

「あんたよ」
 ゆう子が即答すると、利恵はバツの悪そうな顔をした。
「彼らと合意の上のセックスでしょ。結婚するから抱かせろとか、一回でいなくなったとか、まさに取り決めがないセックスをされたとか、そういうのがあったの? まあ、何回かはあったと思うよ。セックスも仕事も他の遊びも、何度も続けていると必ずトラブルがあるからね。セックスだとそのたった一回で、女が文句を言うんだ。だけど、遊びだったら男のひとたちも完璧じゃないし、

セックスは興奮するものだから失敗はある。それくらいは覚悟してやらないとね。遊びなら、セックス以外にもリスクが高いのはある。クライミングとかバイクとかカジノとか。どれもルールがあるけど、トラブルは必ず起こる。その時に、それを人のせいにしないのが、それもルールよ。セックスならレイプ以外はそういうことだ。分かるか、ビッチ」
「ビッチは余計。友哉さんにも同じことを言われた。そんなに怒らなくてもいいでしょ。なんでわたし、怒られてばっかりなの?」

「セックスを合意で男の人たちと遊んで、男が悪いって言う女は、わたしは友達にはならない。あんたが悪いのはそこよ。どっちも悪くなくて、ただ遊んだだけさ」
 断言するゆう子。
「ごめんなさい」
 利恵が深々と頭を下げたのを見て、ゆう子が我に返ったように、
「あ、そんなに頭を下げなくても、こっちも言いすぎた」
と、狼狽して、ゆう子も少し頭を下げた。

「悪寒戦慄。男をやめてから半年くらいしてから発症して、友哉さんに抱かれるようになったら治ったのに、友哉さんが抱かないと寒気がするから、わたしがセックスが好きなんだ、きっと。ちょっと何をスマホで調べるのよ」
 ゆう子がスマホをいじっているのを見て、思わず声を上げる。
「利恵ちゃん、お母さんのことをおかんって言うのかと思ったら、そういう神経症か」
 スマホを見ながら大きく頷いている。
「わざとのボケは面白くないし、ゆう子さんにはスマホは不要。AZにそれくらい出てくると思うよ」

「利恵ちゃんが、今、喋ったからAZのロックが一個、外れると?」
「そう、調べたら?」
 ゆう子がAZをいじると、
【宮脇利恵の持病 悪寒戦慄。友哉様と出会う前に発症したが軽度のもので、生活に支障はない】
と緑色の文字が浮いた。
「それだけ? エッチなことをしたら治るとか書いてないの?」

「セックスのことはほとんど出てこないよ。友哉さんの性癖は出てきたけど、それも表面上の話で、女性の体形の好みとか下着の好み。トキさんたち、紳士な集団ぽいからね」
「トキさんたちっていうその理由は?」
「一人でこんなの造れるはずないでしょ」
と言って、AZを利恵に向かって突き付けた。

「一人で、友哉さんの銀行口座を作って、一人でイギリスの資産家と交渉して、わたしにも交渉して、一人でタイムトラベルしてきたの? その装置は誰が造ってるの? 友哉さんがブツブツ言ってたけど、後からトキさんの部下が未来のこととか説明しにくるとか言って来ないって」
「なるほど、いろいろ聞きたい。友哉さんに連絡できる? そんな便利な避妊なら、やってほしいんだけど、なんでわたしにはしないのかな。ゴムだと悪寒戦慄は治らない。そういう臨床があるのを調べたんだ。鬱病になる若い女のほとんどはゴムのセックスか彼氏がいない」

「へー、わかった。聞いてみるね」
 ゆう子が通信すると、すぐに「今度はなに」と、またやる気のない声が聞こえる。
「疲れてるのにごめんね。なんで利恵ちゃんには光を使った避妊はしないの?」
「トキから確実に避妊できるって言われていたけど不安だったからね。でもゆう子が妊娠する気配はないから、利恵にもしているよ」
「あ、こっそりしていたのか。ん? わたしで試した?」
「普通のピルでも最初は半信半疑だろ。光での避妊もゆう子をモルモットにしている最中。利恵にはそう言っておいて」

 通信が切れた。ゆう子が床の上にあったメモ帳に何やら走り書きをして利恵に見せた。
『ぼーぜん。わたしをモルモット』
と書いてあった。
「口で言えば?」
「わたしをモルモットにしている最中で、上手くいってるから、利恵ちゃんにもやったって」
「そんなこと言ったの? ひどい男だね!」
 利恵も声を上げた。
「わたしも妊娠しないようにしていたんだ。別に体に異変はないよ」

「ただの光だから、異変はないよ。くそう、大ショック。わたしを実験台にしてた」
 頭に血を登らせたゆう子がまた通信を試みると、「しつこいなあ」と友哉が面倒くさそうに言った。
「わたしを実験台に使ってるのか」
「ワルシャワからそんな話ばかりしていたはずだ」
「あ、そうだった。ねえ、ゴムをしているカップルの女性は鬱になる確率が上がるの?」
「知らない。俺はセックスの専門家じゃなくて恋愛小説を書いていただけだ」
dotsと先生が言ってます」

 利恵にそう伝えると、「読書量、足りなくない? 恋愛小説家なのに」と利恵がバカにした。すると、友哉が、
「利恵、調べるまでもない。ゆう子、リングをオープンにしろ。例えは悪いが、種牡馬がコンドームを付けて種付けをしたら、肌馬、つまり牝馬はびっくりしてショック死だ。馬はとても繊細だからだ。人間だって繊細な女だったら、違和感が生じるだろう。射精したペニスの動きを締め付けて妊娠しようとする本能があるのに、締め付けて絞り出した精子は膣の中に入ってこない。

そんなショッキングなセックスはない。人類の歴史で、それが始まってからまだ数十年。仮に国家がある時代からのセックスが今のセックスと似ていると仮定しても二千年間はゴムはなかった。ゴムのセックスでカップルの頭がおかしくなっても当然。調べる必要もない」
 リングから、友哉の声が聞こえていて、利恵は、「なんだ。スピーカーに出来るならしてよ」と言った。
「いやー、屁理屈が説得力あるねえ」
 ゆう子は納得をして、通信を自分から切った。

「分かりやすい事例だった。ゆう子さんの絡み酒、そのうち、友哉さんに叱られると思う。避妊とか取り決めがあったのね。わたしが良くない区別をされているのかと思った」
 利恵が胸を撫で下ろした。
「決めたかどうかはともかく、ワルシャワでわたしをクスリ漬けにするって言ってて、わたしは拒否しなかった」
「でも、羨ましいな。その大麻みたいなセックス。昔、強いお酒でセックスして気持ちよかったんだけど、翌日、死ぬほど二日酔いになった」

「利恵ちゃん、女子会でなんでも喋るタイプだね」
「うん。なんか無口な印象を男性に持たれるから、女同士だと喋る」
「大麻みたいな効果はわたしが頼んでるんだ。友哉さんがわたしに無理やりクスリを使ってるんじゃないよ。そんなふうにわたしに神経質なうちは、あの嘔吐や食欲不振や不眠は治らないよ。それじゃだめなんだよね」
 ゆう子は真顔でそう言うと、AZを手にした。
 友哉の位置を見る。モンドクラッセ東京に戻ったようだ。それを見た利恵は、

「本当に浮気の監視になってるね」
と苦笑した。
「許可をもらって見てる。監視してるわけじゃなくて、なんかあったら大変だから。友哉さんの近くにレベルの高い人間が現れたりしないか時々、見てるだけだよ。あれ、誰かいるdots
ゆう子がAZの画面を凝視した。
「女?」
「ルームサービスかな。dotsあ、いなくなった。帰ったみたい。性別やレベルとか見る暇がなかったけど、ルームサービスだね。友哉さん、聞こえる? 今度は真面目な話。利恵ちゃんがまた聞きたいことがあるって」

 利恵は、「怖いからいいのに」と、声を上ずらせた。
「利恵ちゃんに使った『マリー』は、まだ効いているの?」
「ばらしたのか。情報漏えいじゃないか。最初に出会った時にも外したり、また使ったり試行錯誤していて、だけど、利恵に変化はそれほどなかった。そして最終的にはロスで外した。だからふられたって言っていたんだ。もう、しつこいからそっちに行くよ」
 友哉は通信を切った。ゆう子がAZの画面を見ると、部屋から出ていく様子が見えた。

「友哉さんのリングにカメラ機能があって、許可を取れば簡単に友哉さんの周りが見えることに最近気づいた。トイレやお風呂、覗いたらダメって事になっててなんにも見えないと思ってた」
「それ、使いこなせてるの? 天才秘書さん」
 利恵は、はっとした顔をし、
「そういえばロスのホテルの部屋で、わたしの肩に手を置いて、いま、俺が好きかって変なことを訊かれた」
と言った。
「ああ、その時に外したんだね。それでも利恵ちゃんは友哉さんが好きなのか。それは本物だ」

「なんにも気持ちの変化がなかったけど」
「うーん、やつはなぜかもてる」
 ゆう子は口は悪いが、なぜか嬉しそうだった。酔いのせいもあるだろうが、ずっと体を左右に揺らし続け、笑っていた。
 彼氏がもてることが嬉しいのか、わたしが未来の力を使わずに友哉を好きでいるのが嬉しいのか分からないと利恵は思ったが、訊く必要もないと思った。すべての会話が不毛に思えてくる関係だと悟ってきた。

「そのAZの監視のシステム、超不思議なんだけど、友哉さんの様子が分かるのは他にGPSも拝借してるんだよね。で、なんで近くにいる人のデータみたいなのが出るの? リングのカメラ機能で解析してるの? 最初にわたしのことも見たらしいし」
 利恵が少し神妙な面持ちになった。
「解析してない。先に言うと、トキさんたちって超神経質というか、未来の世界がすごく人権を尊重しているのよ。あ、トキさんの時代の少し前はまるで人権がなかったみたいだけどトキさんたちが正したみたいだ。

わたしの恋愛の過去を友哉さんに教えなかったのも、女性のセックスは言えないって。プライベートを守っていて、友哉さんがトイレとか行くと、テレビ電話みたいな映像が図形に変わっちゃう。友哉さんが無意識に拒否しているのも分析してるんだろうな」
「ゆう子さん、友哉さんのお風呂とかトイレ、覗きそう」
「うん。見られなくて悔しい。でも図形だけでもじっと見てる」
「ちょっと気持ち悪い女だよ。それに、友哉さんがスマホをトイレに置いてくれたら見れるよ。それなら、わたしたちの時代でもできるよね」

「なに?」
「なにってdots。男性向けのエッチなサイトに素人の女子の部屋を見せる課金制のコンテンツがある。同じことを友哉さんに頼まれたよ。バスルームの出入りを見せてほしいって」
「へー、そんな楽しいプレイをしてるんだ。わたしには本当、なんにも言わないんだ」
「めんどくさい」
「めんどくさい? まあ、忙しければめんどくさいね。じゃあ、なんで友哉さんの近くにいる人のダークレベルや背格好が分かるかと言うと、それは驚愕なシステム」
 利恵が身構えた。

「全世界の人間のデータが入ってるんだ」
 ゆう子がAZを左手に持ち、右の人差し指で指差して見せた。
「全世界?」
 利恵が声を上げる。
「そ、ただし、満十歳未満と百歳以上はなくて、友哉さんと生きている全世界の人たちに限定されている。その人たちのプライバシーを尊重するために、名前や学歴とかはなくて、ダークレベルと性別、背格好だけになってる。利恵ちゃんが銀行で友哉さんと応接間に入った時に、レ

ベルが2、身長百六十センチとかは出たけど、名前や学歴とかは出なくて、わたしが後で知っている限りを登録しておいた」
「つまり、わたしも全世界の人間の中からデータがあったってこと?」
「そ、クレナイタウンの松本涼子の転落事件の時にレベルが分からない男がいるって問題は、そのことよ。利恵ちゃんがいたら分かる。他の誰でも。なのに分からない人間がいたから、未来人なんじゃないかって友哉さんが言ったの」
「そんな気がしてきた」

「例えば知らないドイツ人の人が現れても、ダークレベルと性別は分かる。そして、画像があればわたしは調べることができる。そのドイツ人のデータはAZにないけど、世界中の監視カメラのシステムにハッキングできるようになっていて、例えば利恵ちゃんの顔の写真を取り込むと、「この人間を調べますか」って表示されて、わたしが「そうする」と念じるか、『原因』のボタンに触れると、政府や民間の監視システムが持っている利恵ちゃんのデータが一瞬で出てくるの」
「え? わたし、政府とかに監視されてるの?」

「当たり前じゃん。街中監視カメラがあるんだよ。常に利恵ちゃんを誰かが見てるわけじゃないけど、必要な時には見られるよ。わたしは有名女優だから着替えまでも見られているかもしれない」
「え? 誰に?」
「政府とかCIAに」
 ゆう子が失笑した。
「利恵ちゃんはお嬢様だね」
「どうやって、他人の着替えを見るのよ。許可も取ってないのに」

 利恵が殺気立った。もちろん、彼女の怒りは物静かなものだった。目の色が変わっただけだ。
「このスマホのインカメラとかあのパソコンのカメラで」
 ゆう子がテーブルの上のノートパソコンを見て言う。
「マジ? わたし、スマホのインカメラ、黒ペンで潰すよ」
「それがいいよ。友哉さんとの盗撮ごっこも嫌いみたいだしね。わたしはトキさんが細工してくれた。わたしのスマホやパソコンに誰も侵入できないように。もちろんAZは未来のAiコンピューターだから侵入は不可能」

「ちょっと待って、そのAZは未来のAiだから、ゆう子さんは簡単に誰のことでも見られるの? 盗撮っぽく」
「うん。それにしても友哉さんのスマホをトイレに置いてもらえばいいだけなのは盲点だった」
「盲点でもなんでもない。この時代でも変態カップルはやってる。あのね。ペットや介護が必要な親を監視するカメラでもできるの。電気屋さんで売ってるって。ゆう子さん、もしかしたら世間知らず? それとも単純なことは分からないの?」
「あらー。そんな便利なものが販売されていたのか」

 ゆう子が苦笑いをした。
「で、話をさ、逸らさないでくれないかな。許可が取れない人の部屋も見られるの?」
「よこしまな気持ちがあったらだめだけど、敵なら見られるよ。友哉さんを殺そうとする奴とか」
「相馬翔の部屋とか?」
 有名人気俳優の名前を挙げた。
「利恵ちゃんのミーハーはどうすれば治るのかな」
 ゆう子がスマホの画像フォルダを開くと、その俳優との飲み会の写真が出てきた。

「あー、すごい!」
「当たり前じゃん。わたし、奥原ゆう子だよ。どんな俳優さんの写真も持ってるよ。これをAZに移してdotsそれで相馬くんのことを見たいってわたしが念じるか、それを書き込みするとdots
 AZの画面に『エラー』のメッセージが出た。
「相馬くんが友哉さんの敵だったら見えるけど、わたしたちが彼の裸が見たいとか、そんなよこしまな気持ちじゃ、AZは反応しないんだ。トキさんたちの世界は素敵すぎるよ」
「でも相馬さんのダークレベルは出ている。2なんだ。性別男。日本人」

「世界中の人間のデータが入ってるからね。相馬くんがもし敵だったら、彼のスマホ、パソコン、そして衛星を使って、彼の様子が見れるよ。心配しなくても、わたしは利恵ちゃんのことは追跡したり監視したりしてない。友哉さんの近くに女が現れる度に、利恵ちゃんなのか違う女なのかってパニックにならないように友哉さんの知り合いは、わたしが詳しく登録していってるの。念のために桜井さんと晴香ちゃんも登録したよ」
「追跡してないと、わたしは見つからないの?」

「敵じゃないからね。敵なら追跡しなくても見つかるよ。街中の防犯カメラに侵入しまくればいいんだ。友哉さんはわたしと指輪で繋がってるからいつでも見つかるだけ。なんかロマンス」
 ゆう子がうっとりとした顔を作る。惚けてはいなく、珍しく艶かだった。利恵が、「あれ? かわいいよ」と思わず声を上げた。
「わたしがディズニーランドに行くって言ったら、見つけられる?」

「そうそう、そうやって場所を特定してくれれば見つかる。そして利恵ちゃんの許可がそうしてあればね。防犯カメラに侵入するまでもなく、衛星をから見て背格好で見つかるよ。登録してある利恵ちゃんとディズニーランドの利恵ちゃんが極端に変わることはないよね。体重とか」
「変わっても1kg以内でしょ」
「そういえば利恵ちゃん、三年後のパーティーで髪の毛が減ってたよ。ショートにしたとかじゃなくて本数だと思う。若禿げかな」

「マジで。そんなバカな…」
 利恵は顔を曇らせるが、それはほんの刹那で、ゆう子が手にしているAZをまた興味深く見ていた。
「すごいな。わたしも欲しい。ある意味、ゆう子さんの玩具じゃない」
「へへへ、けっこう楽しいよ」
 ゆう子が妖艶に笑う。
「だけど、友哉さんにレベル5の人間が近づいたのにわたしが寝ていたら、これ、真っ赤に光って叩き起こされるからね。

まあ、言い換えれば起こしてくれるならぐっすり寝ていてもいいんだけど、友哉さんが回復に手間取って道端で倒れたとか見てないといけないし、わりと大変な仕事だよ。だからさっきのルームサービスの人はレベルが低いんだ。わたしが利恵ちゃんとお喋りしていて監視してなかったのに、これが真っ赤に光らなかった」
 利恵は友哉の話よりも、自分が監視されているのが心配だったようで、「わたしが監視されてないならいいよ」と言った。そして、

「そんなことができるなら、例の凶悪事件の予測も、ゆう子さんの記憶にしないでデータにすればよかったんじゃないかな」
と言った。
「え? 事件は毎日出てくるからデータ化しなかったと思う。警察に任せればいいようなことを友哉さんにやらせるわけにはいかないし、どうも、ワルシャワ以外は、うちらに関係がある事件くらいしか重要視していないみたい。優先順位で、順番に事件が出てくるんだ。知らない女性がレイプされた事件とか、わたしの記憶にあっても百番目くらいだよ」
「ロスは?」

「真っ先に出た。晴香ちゃんの先輩がいたし、時間差で晴香ちゃんもいたから念のためとか」
「痴漢の人は?」
「痴漢の人じゃなくて冤罪。だけど、大河内さんにわたしは影響を受けたから、もともと出会う運命の人だったかもね。人間のダークレベルや背格好のデータはわたしと友哉さんが出会った頃のある日の全世界の人間のデータだよ。五月に出会ったから、四月一日の五十億人分とか」
 利恵は大きく頷いたが、何回か首も傾げていた。
「やっぱり世界征服が可能」
「利恵ちゃんは、トキさんを知らないからね」

「だから会わせてよ」
 利恵が窓の外、ベランダを見て言った。
「わたしも会いたい。でも無理みたい。AZとリングとRDっていうあの銃を友哉さんに渡した時に、まさに友哉様に一任。世界征服? そんなことはしないなってトキさんだってそれは考慮しているはずだ」
「AZはゆう子さんが持っているけど、リングの力で洗脳できるもんね」
「トキさんがテロリストで、友哉さんにそれをやらせたいなら、選んだ男を間違えてる。あんなにやる気のないテロリストがいたら、爆笑だよ」

「爆笑だね。独裁者になるのがどんなにしんどいか。休暇が欲しいしか言わないあんな虚弱な男の人が、世界征服なんか考えないって。でも、あの銃で原発を吹っ飛ばすことは可能なのよね」
「原発に悪意があると判断したら可能だ。だけど、それによって、怒った市民を制圧するとかさ。反対勢力を処刑していくとかさ。彼はそんなことよりも利恵ちゃんとのドライブが好きだよ」
「うん。ほっとした顔で運転してる。やっと休みだとか言ってる。どれほど疲れてきた人なのかなって」

「仕事も恋愛も報われなかったからだよ」
「それが原因で、プロ市民みたいな活動もしないのね。作家なら、なりそうだけど」
「どこかの途上国の政治の被害にあっている子供たちは気にかけているけど、基本的に友哉さんは本気で怒らない」
「怒らない?」
「初めて利恵ちゃんの銀行に行った時に、友哉さんを逮捕するために桜井さんたちが押しかけてきてね。友哉さん、目がオドオドしていたんだ」
「へえ、あんなに気の強い人が?」

 利恵が目を丸めた。
「気が強いと怒りは別だと思うけど、これ見て」
 ゆう子がAZの画面を見せると、また緑色の文字が数センチ、浮かんで並んだ。
『怒りを抑制できる進化した脳を持っている人間』
「文字がフワフワかわいいね。触ったらどうなるの?」
 利恵がAZの文字に手を翳すと、まさに光の中を通り抜けるように、文字は乱れず、ただ、利恵の右手だけが左右に振られていた。
「う、通り抜けた」

「ちゃんと読んだの? わたしが友哉さんって冷たい感じで嫌だなーってしつこく念じていたら出てきた。ふふ」
「ゆう子さんに根負けする千年後のAiなんだね」
「うん。わたしの上品なお喋りに勝てる人はいないよ」
「上品って意味、知ってる?」
「見た目だけが上品なあんたに、その言葉そのまま返す。友哉さん、気は強くない。破滅願望があるだけよ。最初、ワルシャワでも怖がっていたよ。それをわたしがちょっとイライラしていたから怒らせたんだ。幻滅したとか期待外れって」

「秘書なのに、とんでもない悪態吐いてるね」
「うん。そうしたら怒った。とばっちりを受けたのは桜井さんだけどね。蛙の顔とか悪口言われて、部下の男の人は足を撃たれてさ」
「普通に犯罪者ね」
 利恵がクスクス笑った。
「利恵ちゃんの所の社長さんを、狸の置物」
 利恵が今度は爆笑した。
「急に頭がキレッキレになったから怖くなったんだけど、ダークレベルがそのままなんだ」
「ダークレベルがそのまま?」

 笑うのを止めた利恵が、真顔になった。
「彼はもともと2なんだけど、2のまま怒ってるんだ。殺意がなくて、悪徳も考えてないってことよ。感情が一定して安定してる。利恵ちゃんの銀行のしょぼい男の時も目は怒っていたけど、桜井さんに任せていたよ」
「あ、彼ね。書類送検された後に、ちらっと見かけたけど、わたしを見てダッシュして逃げたよ。友哉さん、何をしたの?」
「だから、急に強くなる。ホント、勘弁してほしい」
 ゆう子が心底、疲れた表情を見せた。

「ネクタイが手刀で真っ二つ。しょぼい彼のカメラがキックで粉々。あ、利恵に近づいたら、今度は首を切るとか怒っていたよ」
「ほら、わたしが大好きなのよ」
「うん。ちょっとあの台詞には嫉妬したけど、首を切るってdots
「急に怖いね」
「そして自分の首も折れたかのようにがくってなってさ。苦しい胸を擦りながらトボトボ歩いていったとさ。てんてん」
「ダークレベルが高い有名人はいる?」

「ヒトラーとか毛沢東はレベル5。参考資料で、過去の独裁者たちや凶悪犯罪者たちの名前が出てくるんだけど、目の前に敵や宗教観の違う人間が現われて、それをきちんと分別しないまま殺す奴らだよ。5のまま下がらないらしい。政権批判をした子供に対しても5のまま銃殺。家族と恋人に対しては少し下がるけど、恋人が不愉快なことをすると、一瞬で5に戻ってレイプして殺す。他に、嫌悪している人種か職業の人をそれこそ、誰彼構わず殺す。切り裂きジャックがそうね」
「過去に行って調べたのかな」

「行ってないらしい。映像と資料、それと本人のゲノムから採取したって」
「毛沢東やヒトラーのゲノムがあったのか」
「どっかにあるでしょ。妙な夢を持つと、傷つくよって叱られた。その男性が野心なんか持たないよ」
「言い得て妙だなあ。都会に夢を見て、東京の大学に入って、ボロボロになった」
 利恵がしんみりと呟いた。
 時間がどんどん過ぎていき、二人とも完全に酔いが回ってしまった時に、インターフォンが鳴った。友哉と思ったら、モニターには、松本涼子が映っていた。

「松本涼子だ。ひい。本物dots
 利恵が声をあげた。
「どうしたの?」
 ゆう子がモニター越しに涼子に訊いた。
「週刊誌を見たから来ました」
 涼子がとても納得する回答をしたので、ゆう子はエントランスからの扉のロックを解除した。
「次から次へと敵がやってくる」
 ゆう子のセリフは本当に面白いと、利恵は思い、また思わず笑っていた。

                            第十一話 了