●あらすじ

交通事故で重傷を負い絶望していた小説家、佐々木友哉とパニック傷害の持病に苦しむ人気女優、奥原ゆう子の部屋に、トキと名乗る未来人が現れ、二人に未来の世界の武器を渡す。多額の報酬を受け取りテロリストと闘うことを強要された友哉だが、そもそもテロリストや凶悪犯と戦う理由が教えられていない上に、入院中に恋人が見舞いに来なかったショックで、彼はやる気を起こさない。その恋人は彼の事故現場にいたのだった。
半ば世捨て人になってしまった彼に、正義感の強いゆう子が、「悪い奴をやっつけて!」と頼む。
未来の薬の副作用「死の恐怖」に苦しむ友哉に、テロリスト、殺人鬼、警察、スパイ、未来人が襲いかかる。そして離縁の復讐に燃える元恋人も、副作用に苦しむ彼を追い詰める。
その友哉の連続するピンチを無償の愛で支え続ける『架空の恋人』ゆう子の純愛の物語。

小説『衝撃の片想い』 
山宮健 著

序章 国民的人気女優の決意

AZ重要事項◆

【佐々木友哉の交通事故について。天才的な洞察力と危険を察知できる直感の持ち主で、空を飛ぶ航空機の異音も察知できるが、交通事故に遭った時はある女に気を取られ、重傷を負ってしまった。現時点で、その女が佐々木友哉の将来の妻になる女である】

「息苦しい。お酒の飲みすぎかストレスかわかんない」
 女優の奥原ゆう子はベッドの上で胡坐になって、心臓の辺りに手を置き、静かに擦った。パニック障害の発作だった。しばらく胸を擦り深呼吸をしていて、そのうちに横になり、浅い眠りに就いていた。
 ゆう子は27歳。二年ほど前からパニック障害の発作が出るようになった。ちょうど慕っていた父親が死んでからだった。夜、眠っている時の発作が多く、睡眠不足になり撮影現場で疲れるようになり、台詞を読んでいる時にまた発作を助長させた。
 ゆう子は真っ白な下着を穿き、それを露わにして寝ていた。
 指を股間に滑り込ませようとして、しかしまだ心臓が動悸している発作が鎮まっていなかったから、その行為を止める。ゆう子は父親が死んでから、お酒、ブランド物を買い漁る散財、そして彼氏がいない今はオナニーに依存していた。

「誰?」
 眠りかけていたゆう子はベッドの中で顔を上げた。部屋に人の気配がした。
 10階にある新宿の高級マンションの一室は、警備も厳重で、上だけ着ているスウェットの中にブラもしていない。スウェットはパジャマの代わりだが、疲れてしまうとそうなってしまう。
 だから、無機質に見える銀色のスーツを着た男が部屋に現れた時に、ゆう子は、「疲れてるんだ。これは夢だ」と慌てることもなかった。

 挨拶もなく、男の長い話が始まってからも、手に物が当たる感覚があっても、「リアルな夢だなあ」と思って、少しずつ楽しむようにしていた。
「君が女優業を休みたいのは知っている」
 そんな話で始まった。
 男の名前は、「トキ」。
 現代から遥か未来、955年後の日本からやってきたと、少し微笑して教えてきたが、もちろんそれもよくあるSFチックな夢。何もかも信じなくて、ただ、「なかなかイケメンの未来人。だけど洋服のセンスが悪い」と、ぼんやりと考えていた。

 その日、奥原ゆう子は、テレビドラマの打ち上げパーティーから帰宅し、酔いを覚ましながら、惰眠を貪っていた。寝ては起き、また寝ては起きて、深夜の二時を過ぎた。
line体調が悪い。
 パニック障害の持病は日増しに悪化し、時間に追われて台本を読むと動悸がしてきて、息が苦しくなる。
「長い期間、休みたいな」
 いつの間にか起きていて、誰もいない部屋で、思わず口にしてしまう。それに気づいた時、ゆう子は目に涙を滲ませていた。

line今度、事務所の社長に相談しよう。でも、休んで何をすればいいのだろうか。
 趣味はブランド物の新作が出るのを待っていることくらい。
 映画鑑賞は好きだが、それは仕事の一つとも言えた。
「誰かに恋でもしたいな。恋をしたことがないって、樺太で死んだ郵便局の少女たちみたいだ。過去に触れない完璧な純愛ってないかな」
 映画で演じた戦争の悲劇を思い出しながら、そんなことを呟いてしまい、ゆう子は自分がバカに思えて、部屋の灯りを消して目を閉じた。雨音が聞こえてきた。季節は梅雨入り前の晩春。

 お酒のせいか暑苦しくなったゆう子は、ベッドの中で、スウェットの下を脱ぎ、白い下着とスウェットだけになっていた。ブラも外していて、とても無防備に寝ていた。
 よく「行儀が悪い」と叱られる。
「そんなに美人なのに、胡坐をかいて座るな」
 最後にわたしにそう言ったのは誰だろうか。皆に言われるから覚えていない。叱りながら傍にいてくれたらいいのだが、皆、いなくなる。だからか、怖い夢と寂しい夢ばかり見る人生。ゆう子はナイトテーブルの上にあったパニック傷害の錠剤の薬を取ろうと手を伸ばしたが、水を用意してなかった事に気づき、また浅い眠りについた。

 そう、やっと眠れたのに、部屋に突然男が現れたのだ。
「悪夢でもない夢で起こされるなんて」
 よくあるSFチックな夢だ、と、ぼんやりと彼を見ていると、その男がそれなりの美青年で、じっと体を見られていて恥ずかしくなった。
 下半身が何度も穿いている白の下着だけで、太ももはもちろん、寝相が悪くてずりあがったスウェットもお腹が丸出しだ。ブラをしていないから、乳房のラインも浮いていると思い、無性に夢から目覚めたくなった。

 羞恥心を見せたゆう子のその様子を見たのか、
「美しいものだ。美女は何をしても美しい。行儀が悪くても寝相が悪くても、そう血まみれでもdots。ただ、私は女はやめたから気にしなくていい」
と言った。
「血まみれってdots。あなたは何歳ですか。女はやめたなんて寂しいですね」
 頭の中で呟く。実際に声に出していたかも知れない。

「三十六歳になるが、私の時代では、女はあまりいない。それに片耳がない女性が多くてね。両耳がある女性の価値は格段と上がるんだ。数が少ないと価値が上がる。一点しかない絵画は数億円の価値が出る。この時代ではそうだろう。私の世界では美女に価値があるが、いやしかし通貨はない。そして私は恋愛は今はしていない。耳があるとかないとか、日本人じゃないとか移民とか。もううんざりなんだ」
「恋は休戦中ですか。また頑張ってね。若いんだから」
 ゆう子が屈託なく笑って言うと、彼は少しだけ苦笑いをしながら、また口を開いた。
「美しい女性にはきちんと恋人がいる。この時代でもそうだろう?」
と笑った。

「わたしにはいませーん」
 おどけてみせると、彼はそれを無視して、また口を開いた。
「君たちの時代のSF映画などで想像されている通り、女は妊娠する必要がなくなり、子供たちは人工的に作られていた。自然妊娠がなくなり、女はすることがなくなり、強くなった。しかし、私の少し以前の時代ではそれ故に戦争が起こった。指導者になった女たちが戦争をした時代があった。快楽に耽り、創造を怠った。欧米の女たちは半数が死んでしまい、残った男たちがまた本質を追求するようになった。戦争の犠牲になった男たちを助けるために、そう、あるクスリの副作用に苦しむ男たちを助けるために、私は世界を支配する光をばらまいた。それら、すべてが手遅れだった」
 よく喋る未来の人だ、ゆう子はおかしくなった。しかし、彼が急に肩を落とし、
「父の遺言を聞けばよかった。臨終に間に合わなかった」
と言った。

「それは悲しいことですね」
「私は頭がいいらしいが、勇敢ではないらしい。非情にもなれない」
「悪い奴はぶったほうがいいよ」
 ゆう子がそう言うと、彼はくすりと笑った。その笑顔がとても純朴に見え、ゆう子は、きっと優しいばかりの人なんだろうな、と思った。
dots全世界の人口は3000万人ほどで、それは悪くない数だとブレーンが教えてくれた。とても統治しやすい。ただ、女性と日本人はもうわずかしかいない」
「日本人がいない?」
「増やしたいものだ。優秀な日本人を」
 ゆう子は、左の薬指にブルガリの指輪がはめられていることに気づいた。

 夢のはずなのに、妙に指輪が指に食い込んでいる感覚があって、右手の人差し指でその指輪を触ってみた。
 シンプルなホワイトゴールドで、小さなダイヤが並んでいる。
「その指輪は、君が恋人になる男が選んだものだ。彼に君の指のサイズを教えて、彼が勝手に選んできた。婚約指輪でもなく、結婚指輪でもなくdots私も上手く説明ができなかったら彼は頭を抱えていたから、気に入らなくても許してくれないか。そう、女優の奥原ゆう子とは言っていないが、年齢が27歳で髪はロング、童顔、身長、体重などを教えて買ってもらったものだ」
「体重も?」

 ゆう子は飛び起きるほど驚いた。そして現実に起きることができ、夢から覚めた。なのに、トキと名乗る男は目の前に立っていた。部屋の隅、寝室のドアの前に。
 左手を見ると、指輪もはまっている。
 背中には冷たい汗が流れ、動悸は鎮まらない。もはや、下着姿はどうでもいいことだった。すると、
「パニック障害の発作が出ては困る。落ち着きなさい」
 彼がそう言うと、彼の左手が緑色に光った。よく見ると、彼もリングを指につけていた。ブルガリではないが、銀色のシンプルな指輪だ。ただの輪っかにも見える。
 間接照明で薄暗かった部屋が、新緑の森の中にいるような瑞々しい緑色に一瞬染まった。lineなんか気持ちよくなってきた
と、ゆう子は惚けた顔をした。

「私の世界では、難なく治療ができる心の病だが、この時代にやってきた私には、もう力がないから、一時的な処置だ。私はこの時代に一回だけしかいられない。間もなく、私の時代に帰るので、今から要点だけをまとめて話すがいいか」
lineと言われてもdots
 ゆう子が無言でいると、その青年はゆう子の返事を待たずに口を開いた。
「君は今から三年後のある日に、その男に強烈な恋心を抱き、彼も君に惹かれる。それを少し早め、今日から好きになってもらいたい。きっと女優業を休む決心がつくはずだ」
 ゆう子は呆然として聞いていた。何か聞き返したくても、話についていけない。そして、優しい好青年に見えた彼は、よく見ると凛とした佇まいは崩しておらず、とても怜悧に見える。
 別の場所に視線を投げても、そう隙がないように見えた。愚痴は零しているが背中が丸まっているわけではなく、声にも震えがない。どこか気高くも見え、ゆう子は体を硬くした。
「もし、君が嫌だと言ったら彼のケアは次の恋人に頼むことになるが、それは私の本意ではない」
「次の恋人?」
「三年の間にその彼に恋人ができる。恋人になりそうな女も。その女たちに頼むのではあまり意味はない。いや、意味はなくはないがdots

彼はこめかみを指で押した後、
dots仕方ない。これで」
と言い、また部屋の中を緑色に光らせた。
 突然、ゆう子の頭の中に少年の姿が浮かんだ。
 母親と喧嘩をしていた様子や、友人に裏切られて落ち込んでいる様子。その母親はやがて男と蒸発。大人になったその少年が、見知らぬ女の子とデートをしている光景。セックスをしている生々しい姿も断片的にゆう子の頭の中に浮かんでは消えた。変態セックスを希望する女とする汚いセックスもたまにあった。しかしそんなセックスに疲れた女を、一晩中看護するように見守っているシーンがいっぱいあり、なのにその女は翌朝消え、二度と帰ってこなくなっていた。

 男たちにも同じように優しく接していて、陰徳も積んでいて、貧困国の子供たちに定期的に寄付もしている。「まるで優しさの大安売りだ」と、ゆう子は呆然としてその映像見ていた。
 ゆう子は、彼と自分が幼馴染で、ずっとその彼と交際していたかのような錯覚すら覚えた。
 泣いていた。ゆう子は涙が出てとまらなかった。
lineこの男性は、なぜこんなに人に裏切られるのだろうか。つまり、優しい人間は貶められるという証拠か。
 悲しくて、あまりにもその生き方が真剣すぎて、なのに不運ばかりが続く男の人生を映画で見せられたような気分だった。

 そして奇妙な哲学も女たちに語っていた。それは過去と今の人間は違う人間という持論だった。時間が存在するかしないかは相手によって変わる。dotsアインシュタインの話なのかプラトンのほうだろうか。彼のオリジナルなのだろうか。ゆう子はそれに興味を持った。だが、トキが、
「女性の過去は気にしない、と言いたいのでしょう。簡単に言えばいいものを変わった男です」
と笑った。

 彼の傍には必ず少女が二人いる。娘の姉妹のようだった。二人とも、彼にべったりとくっついていて、小学生の低学年ほどの娘が、「お父さんと結婚する」というと、負けずに14歳くらいの姉も「結婚するのはわたし」と、はにかんで言っていて、妹は中学生の姉には勝てないと思ったのか、いつもやきもちをやいている。その後、三人で温泉などに行くようになり、彼が仕事を旅館にまで持ち込んでいる時は、姉がお茶を淹れたり熱心に肩をもんだりしていた。彼が唯一、無邪気に笑っているシーンは、その姉妹と一緒にいる時だった。温泉宿にはもう一人、大人の男性がたまにいるが、別の日にホテルのロビーでもいる。打ち合わせをしているようで、仕事の友人のようだった。そのホテルでも姉妹のどちらかが彼らの周りをウロウロしている。

 自宅を見ると、妻とは寝室は別にしていて会話はほとんどなく、友人はみな仕事の関係者のようで、愛人のような女が一年から三年に一度のペースで変わっていた。それなりにもてるようだが、彼が優先しているのは、二人の娘のようで、ディズニーランドにもよく出かけている。結婚したのが若かったのか、父親には見えない彼と高校生になった姉と二人だけでディズニーシーに行っている様子も見え、まるで歳の差カップルのようだった。  顔は紗がかかったようになっていてはっきりと見えないが、姉妹はとても美少女のようで、姉が芸能プロダクションの者にスカウトされているシーンもあった。父親である彼の顔が緩みっぱなしなのは当たり前と言えた。
比較的、遊ぶのは室内の方が多く、特に海はなかった。高級ホテルや幕張のイベント会場、スカイツリーなど、女とは行かずに娘と行っていた。そこに妻がいない。

「このひとは車椅子じゃないですか」
 姉妹と遊んでいたその後年、交通事故に遭い、車椅子の生活になったようだった。ゆう子はそう絞り出すように言うと、
「今は違う。わたしが治した」
 トキは答えた。
 ゆう子の頭の中に入ってきた優しいその彼は、交通事故に遭い、車椅子の生活に絶望していた。青白い顔で、だが決して泣くことはなく、時々、発狂したかのように笑い、急に空を見てはまた笑い、いつも一人の部屋でいた。なぜだろうか、事故の現場で泣いていた娘の姿もない。泣いていたのは背丈から妹のようだった。二人で公園で遊んでいて、次の映像では救急車が到着していた。ドキュメント映画のような映像は、退院した彼が部屋の整理を一人でしているシーンで終わり、シュレッダーで写真や何かの書類を処分していた。それが一年ほど前だと言う。

「治したって?」
「未来の医療技術で治した。今は超人のような男になっているが、まだ大けがをした時の心の傷は癒えていない。本人は否定しているが、私の見立てでは集中力が欠如している。さっきから君は彼のことを、優しい男のひとだ、と呟いているが、今はそうではないと思う」
「そりゃあ、そうでしょ。わたしだったら自殺してる」
 ゆう子は丁寧な言葉も忘れ、絞り出すように言った。その勢いでなぜだか、『この男の人の役にたちたい』と強く思い、膝の上に置いていた枕の端をぎゅっと掴んだ。
「彼の記憶の一部を消して、心の傷を治療することもできるが、それをしてしまうと性格が変わってしまい、本人ではなくなってしまう。彼は優秀だから、違う人間にしてしまうわけにはいかない。わかるな」

「わからないよ」
「神経も痛めた複雑骨折の治療のため、他の筋肉、骨も強化させてしまっている。そんな我々の医療薬の副作用が出るが、それがとても彼には苦しい。しかし、君に優しくしてもらえば緩和される。君は彼に相応しい女性だ」
 彼の名前は、佐々木友哉。45歳。小説家だった。
 トキは言った。
「その男は私のご先祖様だ。私と仲間たちの希望だ」
と。